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本日、4月22日、延期になっていた娘ナナの高校の入学式が行われました。こんな状況のなかで、入学式を行っていただいた、学校の先生方、関係者の皆さまににただ感謝、感謝です。 高校は1学年の人数が280人と..多いですね。高校の第一体育館は避難所に、第二体育館は物資置き場になっているので入学式は、各クラスの教室で、放送での入学式になりました。先生方も初めての試みで、緊張た雰囲気でした。 各自の中学校の制服に身を包み、この子達、280人 この高校に入学する日をどんなに楽しみに待っていたことでしょう。 AM10時3.11の東北大震災で亡くなった方々に黙とうをしそのあとに日本の国歌「きみがよ」 誓書そのあと、放送での入学式が行われました。 ことの大きさをあらてめて実感し、生き残って今日の日を迎えることができた私達には今日の入学式は 「希望の光」 です。 保護者説明会がありました。 通学の足であるJRの壊滅で通学困難な生徒への交通手段の確保を学校が市と連絡をとり真剣に取り組んでくださっている状態であること。 難しい状況ではあるけれどひとりひとりの 子供たちの進路希望に添った勉強、指導ができるように、全力で取り組みたいというお言葉をきいてこの高校を選んでよかったと、改めて思いました。 高校総体に向けての部活動の練習が2.3年生は思うようにでるのかな? とか 今年の3年生は受験の面で、他の県の高校生と比べて かなり遅れをとっている様子でそんなことも心配でした。 いちばん楽しい時期に瓦礫の町になってしまい こんな中でスタートする高校生活友達との結びつきが大切です。楽しい思い出を、つくって全力で支えてあげたいと思いました。ガンバレ、新一年生 !
April 22, 2011
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このまちで、車が渋滞なんてありえないんですけど寸断された道が多いので、どうしても渋滞なんです。り災証明書続きがはじまり特に市役所の前が車がものすごい渋滞なので こんなところで、地震や津波がきたらと思うとやっぱりまだこわい。 恐怖感で、 途中でひきかえして、帰宅しました。用事があったんですけど.... このごろ町に関東ナンバーの車が増えています。カメラを手にした人、写真撮影でしょうか。電力や、消防、自衛隊、瓦礫をつんだトラックだけでも車は渋滞なので 見物で来る方は、カンベンしてください。これでは、一生懸命復旧作業をしている方の仕事が全くはかどらないt思うのです。 コンビニの駐車場も他県ナンバーが止まっています。コインランドリーの駐車場にも関東ナンバーの車が止まっていて、中でタバコを吸っているんです。水道も、電気もきていない家庭がまだあります。コインランドリーの駐車スペースには車を駐車しないでいただけると助かります。
April 20, 2011
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福島原発の放射能の関係で雨は避けて、雨にはあたらないほうがいいそうです... 給水車に毎日並んでいた生活の頃は雨にも雪にもあたっていたし。地理的にも原発からは150キロ離れているから大丈夫だと思うんのですが。季節が変わり、南風が吹くようになるとここも危ないらしい...くわしいことは、よくわかりません。放射能は目に見えないものなので。ちゃんとした知識が必要です、ニュースを聞いておかなければなりませんね。 話はかわりまして娘ナナの高校の制服をオーダーする店舗が津波で壊滅して採寸することすらメドがつかずにおりましたが 制服を譲って下さるという方がみつかりました!明日、都合のいい時間を聞いて伺うことに、連絡がとれました。親切な方でした、娘が姉妹で高校に通っていてとっくに卒業したので サイズが合うものをもっていっていいわよと。とにかく、一度みてみてちょうだいと。 高校の入学式には、制服を準備できそうです。うれしい! うれしい!早く高校の制服を着た姿がみたいな。 登下校は、がれきの沿岸沿いの道もとおるので当分、地震が落ち着くまでは送り迎えをしようかと思っています。
April 19, 2011
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やっぱり解約しようと思って。未曾有の災害にあって一番頼りになるのは自分がもっている現金なのではないかと思いました。 震災前に、夫が衝突事故にあって、通院していたのですが 損保J保険会社とは連絡が取れなくなりました。 T損害保険会社は、保険金のだししぶりをしています。 わがやで契約しているA生命保険も営業所は、津波で流されて瓦礫になってしまいました。電話もつながらないし、担当者とも連絡がとれずにいます。 東京の本社のコールセンターに繋がりましたが契約者本人の夫でないと、個人情報保護法だといって、話をしていただけませんでした。 万が一、夫の身になにかあったときにこの保険会社から、保険金をいただくのにどれだけの労力がいるのか。それもそうだけどA生命保険の会社が、わたし達が60歳になったときまで、存在しているかどうかもあやしくなっていました。資本の少ない保険会社は、危なくなるだろうと銀行員の方がいっていました。計算してみたら 月々の保険料を、生活費に使わないで別口座にちゃんと積み立てを続けていけば将来、受け取る保険金の金額とかわらないようなので解約の方向でいきたいと思います。津波で、家ごと流された方のなかには通院するのにも健康保険証もなく、医療費を全額実費で負担することになるかもしれないそうです。
April 17, 2011
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蛇口から水が流れて、ほっと安心しました。マイナス地点から、ゼロ地点にきたという気持ちです。 断水生活のクセで汲み置きしていた水で食器をあらってしまいます。 給水車のボランティアの方は、断水のがおわるまで毎日、毎日きてくださいました。家のまえに、何もおっしゃらずに23リットルポリ缶に水をくんで置いてくださいました。和歌山県のボランティアの方でした。 パパは復旧作業に行くので水汲みは女性の仕事でした、水をもって、坂道をのぼって階段を往復して運ぶのは大変な作業でした。そんな中、助けていただいたことは忘れることができません。こうしてパソコンの前に座っていてありがたさに、涙が流れてきます。ボランティアの方が、心配そうにわたしをみる顔。 夫は水がでて、安心したのか熱をだしてしまって寝込んでしまいました。 ですが、水が出るようになってからでよかった汗をかいたパジャマも洗濯できて、着替えもあるし氷まくらで、冷やしてあげることができます。 断水生活が終わったことで地震の怖さがすこし、減りますね。 まだ、ライフラインが通っていない家庭に1日もはやく、電気や水道が届きますように。 ブログに、コメントありがとうございます。レスが遅れてしまってごめんなさい<m(__)m>
April 16, 2011
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今日はお風呂をわかしました。18リットル、ポリタンクを3つ借りてきて家族3人で 公園の水道から、家のお風呂に水を運びました。お風呂の水を満タンにするのに家と公園を何回も往復し、18リットルxポリタンク約12~13コ分でお風呂が水で満タンになりました。 いままではただ蛇口をひねれば、出ていた水道水。外から運んでくるとこんなに労力がいります。 お風呂で使用した水は、トイレのタンクに移して使用します。 水洗トイレを1回流すのに洗面器5個分の水が必要です。トイレの床が水びだしになってしまいます。 飲料水には2リットルのペットボトルを毎日7個分、給水車から確保してきます。 給水車がきてくれた初日は、3時間並んでやっとペットボトル2本 約5リットルの水しかいただくことができませんでした。 1滴の水もムダにできません。水のありがたさを、涙の出るほど、今かんじています。 停電生活もそうでした。夜のうちから、翌日太陽が昇り、外が明かるくなるのがまちどおしかった。 豆電気もついていない、真っ暗な寝室。カーテンをあけたら、月明かりと、雪明りで外の方が明るかった。電気がついていない、真っ暗なトイレ、冷たい便座 片手に懐中電灯をもって、片手に食器をもって夕食のあとかたづえをしたっけ。 お天道様のあかりがどれほどありがたいかなぜお日さまに 「様」 とつくのか わかりました。 電気が復旧し、家に明かりが通ったときの感動、うれしさは一生忘れることができません。 こんかいの災害は自然界が警告を発しているような気がします。 高度経済成長世代に育ちあまりにも文明化された現代の生活から逆戻り ろうそくの明かりで部屋を明るくし公園の水道水で洗濯物を洗い、水を汲んでくる。という生活を学びました。 自然に怒られないように これからも、節電、節水をし避難生活をしている人たちに、暖かい気持ちをもって接していきたいと思います。
April 13, 2011
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パールのアクセサリーパーツを購入していたネットショップさんから 「地震お見舞い」 のゆうぱっくがとどきました。 電話と電気がつながってすぐ4月はじめだったかな・・・お電話をいただいて、びっくりしました。ネットでは通じていても直接お話したのは始めてだったので。「自宅は大丈夫でしたか?」「怪我はされませんでしたか?」 などお話をしたのですが、あの日は、混乱していてなんで、こんなときに電話なんか!わたしはぶっきらぼうに、対応してしまいました。 なぜかというとパート先から、帰宅途中に行方不明だった友達Rちゃんが車のナンバーと、遺体でみつかったという 訃報があった日だったのであたりかまわず、電話の先の人にも泣き叫んだと思うんです.... 宮崎県日向市の Aショップの Kさま。申し訳ございませんでした。お手紙まで添えていただいて。 「断水なんです」 と言ったのを気遣ってくださったのかちゃんと、水がなくてもすぐに食べられるものを送ってくださって、、、すばらしい心遣い。 復旧したら、ちゃんと恩返ししますね。何倍にもしてお返しをしたいと思っています。
April 10, 2011
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神奈川から給水のボランティアに来てくださった方が給水車から自宅まで水をポリ容器23?運んでくださいました!お礼に缶の緑茶の渡しました。「貴重な、お茶なのに、ありがとう」 といってくださった。 埼玉からきた給水ボランティアの方には「もてないので、ポリ容器の半分の水でいいんです」といったところ満タンに水をいれてくださって、家まで運んでいただきました!次の日も家を覚えてくださっていて水を運んでいただきました。 その翌日はお会いできませんでしたが本当に、なんてお礼をいったらいいのか。ご住所を聞けばよかった、 ボランティアにくる方々は、寝袋または毛布と、1週間分の自分の食料をもって東北の被災地まできてくださるんですって。車で7時間もかけて。 「ここは、4月になっても雪が降るんですか?」って聞かれて「例年であれば、3月のお彼岸すぎると降らないんですけど...」 この地震がなければ絶対にお会いすることも、会話をすることなんてなかったであろう神奈川や、埼玉、他県の方々と こうして、お会いすることがでいて助けていただいて、本当に感謝しています。 先日、おおきな震度5強の余震があり2日間、停電生活に戻りました。やっぱり停電怖い。まだまだ。地震のエネルギーはあるんですね... コメントのレスがおくれてごめんなさい。<m(__)m>
April 9, 2011
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断水は、3週間くらいで復旧だろうと考えていましたが水道局に電話してきいてみたらうちの地区は津波の被害で、水道の本管が漏水しているそうで住宅の水道がでるまで、まだまだメドがたたないらしい。あと3日とか1週間で水道がでるということないそうだ。特に高台にある家は圧力がないと水道がいかないと説明をうけました。 しかたがないので 坂道を登り、避難所近くの公園の水道で洗濯をしてきました。水で、ざぶざぶ、すすぎもして 脱水は家の洗濯機で。干したらいいかおりがして、気分がすっきりしました。 こんなことが現実なのだろうか明日の朝、目が覚めたらぜんぶ、うそだった、ゆめだった まだそんな気がします。
April 2, 2011
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