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海外ナースへの道、、自習の仕方ってどこから始めればいいのか迷いました。何でも看護に関することなら無駄にはならないのだけど、効果的な方法があれば知りたい、、、とよく思ったものです。もし同じように考えている人のすこしでも参考になればと思って書いてみます。方法:大学・TAFEの看護コースで使われている専門分野のテキストを活用1.私は、現在NSW州で大学を卒業されナースをされているMISIAさんのホームページなどを参考にしてMedical-Surgical NursingとFundamentals of nursing の二つの分厚いテキストを購入。とりあえず得意な分野から始めています。テキストを読んでできれば自分なりにまとめる。キーワードを覚え、各章の終わりにあるReview問題を解く。間違えた部分を復習。2.看護系コースのあるTAFEの図書館には看護医療系のテキストだけでなくビデオやカセットCD-ROMが沢山あり、学生だった頃は多いに借り出したり、学生でなくなっても館内でビデオを見たりしながら活用しました。インターネット医療に関する最新ニュースを読むのが最近毎日の習慣になりました。ほかにもいろんなサイトがあるでしょうからお気に入りのものを選んでリーディングに役立てましょう。看護英会話1.アマゾンなどで購入した本を使って地道にエクササイズ。できるだけ使える表現は看護助手で働いている時に意識して使ったり、仕事中に「あの時どういえばよかったのだろう?」という表現は忘れないうちに調べて記録しておきます。英語表現はなるべく頻繁に使ったり何回も見返したりするほど覚えが早いです。地域の図書館には「English for Medicine」というカセット付きの教材がありました。どちらかといえばドクター向きですが、問診の様子や患者に説明したりしている会話の録音があって看護にも多いに役立つと思います。医学・看護用語メディカルターミノロジーに関してはTAFEに沢山の本があり、よく借りました。オーディオカセットが付帯しているものを借り、発音やリスニングにも役立てました。フラッシュカードを使うのも手です。CD-ROMではゲーム感覚で学べるようなものもあり、気分転換にもいいです。本の入手方法すでにオーストラリア入りしている人は、インターネットなどでオーストラリア内のブックショップで購入するかAmazonなどで購入し海外発送してもらう方法があります。オーストラリアは印刷物への税金が高く、海外で買ったほうが安い場合があります。大学やTAFEの学生でなくても学校のブックショップでテキストを購入することもできるので、テキストを探している人は看護系のある学校に行って調べてみるのもいいかもしれません。学校によっては卒業した人が売っていったセカンドハンドの本が安く売ってあったりすることもあるようです。Ebayなどでも売っています。オーストラリアの図書館はとても充実しているので、図書館を活用しない手はありません。オンラインカタログなどを使って各大学の図書館の蔵書を調べて借りることで、テキスト代を浮かせることもできます。私の町の図書館には看護系の本は少ないですが外国人向けの英語のテキストが沢山ありIELTSの勉強の時には大変活用しました。その図書館に、日本語の本も数冊だけですが州立図書館から借り入れていることを知り、早速借りて読んでいます。本だけでなくいろんなDVDやCDも借りることができます。自習には気分転換も大事です。図書館を多いに活用していきましょう。私が購入・参考にした本海外ナースの方でお勧めの学習法や教材などありましたら是非教えてください。
2006年01月27日
「ダーリン」なんて言うことに慣れていない私が、今日気づいたら言っていました。「イエス、ダーリン。」といってもロマンティックに夫に言ったわけではなく、ナーシングホームのおじいちゃんやおばあちゃん達にでした。オーストラリアの人はよく、見知らぬ人でも「ダーリン」呼ばわりします。会ったばかりの人でも「ダーリン」、子供たちも「ダーリン」、私の姑も私のことをダーリンと呼びます。夫も私もお互いのことは決してダーリンとは呼ばない。私は単に照れくさい感じがして嫌なんだけども。話は元に戻って、仕事場のスタッフはよく入居者を「ダーリン」と呼びます。「さあダーリン、夕飯を食べにダイニングに行くわよ。」「ダーリン服を着替えましょう。」「ダーリンおやすみなさい。」働き始めの頃は「ダ」の字も言うのが恥ずかしくていつも「ミスター○○」とか名前で呼んでいたのだけども、最近はこの「ダーリン」を言うのが自然になってきました。使いはじめると乱用しまくってダーリンダーリン言ってしまうのも良くないかなと最近思うくらいです。日本で看護師をしていた時に患者さんを「おじいちゃん」とか「おばあちゃん」と呼ばないできちんと名前で呼ぶようにと教育されてきたけれど、この「ダーリン」は「おじいちゃん」と言ったりするのと同じかもしれません。違うのは「ダーリン」と言っても高齢者(「おじいさん」と呼ぶことでお年寄りだと分類する)を意味するわけではないことです。男の子なら「ぼうや」とか女の子なら「おじょうちゃん」って感じかな?日本にいた頃はダーリンは彼氏のことだとしか思わずオーストラリアに来てもなかなかその使い方に慣れなかったので、違和感なく使っている自分に違和感を感じた今日この頃です。
2006年01月20日
1週間夫と二人で友人宅のお留守番に行きました。お留守番と言っても、やることは犬・鳥・金魚の世話と郵便物ぐらいなので、ホリデーハウスで過しているかのような気分でした。ちょうど同居生活やホームシックに疲れあんばいだったので、ちょうどよい休みとなりました。疲れているときは落ち込みがちなもの。ホームシックも雪ダルマ式にひどくなるとこでしたが、1週間の休みを終えてリフレッシュし、新たに気付いたことがあります。それは今晩、大好きな「サラリー」と言う銘柄の冷凍で売っているバナナケーキを食べていた時のこと。かつてシドニーにやって来たとき、日本のコンビニデザートのような安くておいしいケーキ類がないことに大変ショックを受けていたことを思い出しました。ここオーストラリアには大手菓子メーカー「サラリー」の冷凍ケーキがコンビニケーキと同じぐらいの値段でしかも量は日本のその3倍以上ぐらいで手に入ります。味は少し大味ですが、3倍ぐらい得した感じになれます。で、行き着いた結論は、「日本にあるものと同じものを求めると満足するのが難しいが、ここにあるものを楽しめば日本で得られる幸せとはまた違う幸せやそれ以上の喜びを感じることができる。」ということ。そのバナナケーキを満足して甘くてもう食べられないと言うくらいまで堪能した後に夫に言った言葉でした。手に入らないコンビニケーキを想って嘆き苦しむだけでは幸せになれないっ!バナナケーキがあるじゃないかっ!たかがケーキですが、自分で言った後に「そういえば、ホームシックって、故郷にあって今の周りにないものに焦点を当てすぎているから気分が沈むのであって、自分の手に入るものに目を向けてそれを楽しめば、自分の思っている以上に幸せ感が得られるのだな。」とホームシックを分析するに至りました。ありがとうバナナケーキ。結局全部は食べきれず(といってもそれでも全量の3分の1なのに)、半分残しました。明日も食べられる!!小さな幸せ大きな喜び!!ただ単純なだけかな。
2006年01月14日
私のお気に入りの師匠Goldieの夢の話を読んで、私も夢をよく見るのでそのことについて書いてみたいと思います。今日の夢は小学校・中学校・大学の古い友人達数名と中学の陸上部の顧問の先生と合宿所にいるシーンから始まります。先生が皆に一発芸を披露するように命じます。私は1人でうちわを使って花火を打ち上げるという一発芸をしようと考えました。考える規定時間の何分かが過ぎ、一人一人披露していきます。小学校の友人の番になった時、なぜか私と他の友人も借り出され、3人で芸をする羽目になってしまいました。何やら古典文学の朗読がレコーダーから流れて、それに合わせて大御所役の私がアドリブと口パクで演技。面白くもなんともなく、さむーい空気の中一発(でもないんだけど)芸を終えたのでした。私の一人芸の方がおもしろかったはずなのにと悔しい思いをしていると、大学の先輩が私のやろうとしていた芸を始めます。部屋中笑いの渦でした。でもその先輩、芸の閉めに近くのロンドンブリッジ(石でできた小さな橋だけど)をバイクで駆け抜けようとします。その橋はなぜか川沿いに動いていて、タイミングをずらすと向こう岸には渡れません。先輩は苦労しながらも見事成功を収めました。すると今度は対岸の橋のたもとでクリント・イーストウッドが花火の点火を始めました。「これをずっと待っていたんだ」と味のあるセリフを残し、打ち上げシャワーのような花火が空高く舞い上がります。ここら辺で何やら身の危険を感じ、私は橋から遠ざかろうとします。が、しかし、橋の近くに私の父親役(何でそうなのかは不明)である石田純一がいることが分りました。助けなければという気持ちをよそに、私はひたすら逃げます。大きな爆発があり、急に不安になった私は石田純一を探しにシドニーハーバーを歩き回ります。誰も彼のことを知る人はなく、私は狂ったように人ごみを駆け抜け、周りのものを張り倒し、探し続けます。オペラハウスを過ぎた辺りに、石田純一を見たという人がいました。その人は爆発のあとボランティアで救助をしていたという食堂のおじちゃんで、「やったことはすべてホワイトボードに書いてある」と言ってそのボードを見せるのですが、わけの分らぬ字や数字が並べられてあるだけで理解不可能でした。おじちゃんは自慢げに「今度これを出版する予定なんや」とにこにこしているとこで私は夢から覚めました。地理的にもおかしいし時間の感覚もないし、夢ってほんと変ですよね。この夢を見終わった時、すっごく恐怖で慄いた気持ちで目覚めたのだけど、書いてみると何だかコメディーみたい。不思議です。文には書ききれない細かい描写などもあって、映画を一本見終わった感じがするくらいです。夢ってパラレルワールドへの入り口なのだと思ったりしませんか?夢の中ではこの世界での常識が常識でなくなったり、時間や空間の感覚がこの世界のものとは違っていたり、今の自分とは少し違った自分だったり。何はともあれ、自分の脳の記憶などがそのような面白おかしな夢を作り出しているのですから、無意識の脳の力って面白いなと思います。「初夢」のアイデアも面白いと思います。今の今まで人が語り続けた「初夢」の所以にはきっと何かそれなりの理由があるのではないでしょうか。ちなみに私の初夢は得意の泳ぎで海でおぼれている人を助けている夢でした。ダイビングナースに転職しようかな。
2006年01月06日
新年早々ちょっぴりホームシックです。日本のお正月が恋しいですね。年末に日本から二人の友人が訪ねてきてくれたこともあって、少し里心がついたのかな。学生時代からお世話になっている私にとってはお姉さん的存在の彼女たちと、私のシドニーのお気に入りの場所を観光したり、いろんなことを語り合ったり、一緒にクリスマスをすごして、充実した4日間を過しました。姉御たちがホテルに泊まっていいよと言ってくれ、4日間も入り浸り。夫も、こんな機会だから好きなようにしていいよと言ってくれました。嫁や妻としての自分を忘れ独身時代に戻ったような開放感の中、プチ里帰り気分を味わった感じでした。その反動がきたのですね。姉御らが帰った後は何だかとっても寂しくなり、日本に帰りたいなーと思い始めました。新年になり実家に電話すると親戚が集まったり兄が帰省してたりしてそれが更に里心を高めます。普段はあまり里が恋しいと思わないけど、実家では盆暮れ正月に家族が集まるのが長年の習慣なので、そういう時は辛いですね。実家に自由に帰ったり、友人としょっちゅう会えたりするのって、精神安定に重要ですよね。とはいえ、あまりホームシックにどっぷりつかってしまうと自分が大変なので、これくらいにしてシドニーの夏を楽しむぞー。来週はダイビングでもしてこようかな。
2006年01月03日
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