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まいど、俺や。41歳無職、滋賀大卒。
10年以上生け花やってて、
御室流で奥伝、嵯峨御流でも奥伝。
まぁ言うたら、“花界の資格コレクター”やな。
先日、久々に先生に会いに行ったんや。
作品見せたら「腕、落ちてへんな」って言われて、
内心ちょっとニヤけてもうた。
けど、そのあと先生が笑いながらこう言うてきたんや。
「定職についたら、師範代にしてあげるわ」
……ぐうの音も出ぇへんかった(笑)。
花の道に、まさかの“就職条件”
いや、花の道に「定職」って。
修行の条件としては、渋すぎるやろ。
でも先生の顔、冗談半分で本気半分やった。
「花を教える人は、“生活の根”が安定してないとアカン」
って、静かに言うてくれてな。
その言葉、
生け花の哲学やなくて、人生の真理やった。
根がないと、花は立たへん
生け花って、根を切った花を“立たせる”芸術やけど、
その分、花器の中に“支え”が必要なんや。
剣山とか、枝の組み方とか。
人間も同じ。
支えがなけりゃ、いくら綺麗に見えても、すぐ倒れる。
先生はたぶん、それを言いたかったんやと思う。
「職=生活の根」や。
そこが安定してこそ、人を導ける。
無職なりに、花はいけ続けてる
正直、収入ゼロでも花は咲かせられる。
剣山ひとつ、野の花一本あれば、それで作品はできる。
けど――
先生が言う“師範”ってのは、
作品をいける人やなくて、
人をいけられる人のことなんやろな。
花の形だけやなく、人の生き方も整えられる人。
そこまでいって、初めて“師範代”。
俺、まだそこまでいけてへん。
……でも、ちょっと燃えてきたわ。
おかんの反応がいつも現実的
帰っておかんに話したら、
「はよ働きや、花より飯やで」って即ツッコミ。
ま、ぐうの音も出ん(笑)。
でもおかん、花の話してるときは、
ちゃんと笑って聞いてくれるんよな。
心のどっかで、「あの子、ほんまに花が好きなんやな」って思ってくれてるんやろ。
花と仕事の“共通点”
花をいけるって、一見芸術的やけど、
実際はめっちゃ“現実的”な作業なんや。
水の量、茎の長さ、角度、光の入り方。
仕事も一緒やろな。
地味で、見えへんところをどれだけ丁寧にできるか。
その積み重ねで、最終的に“形”になる。
先生の言葉、
つまりは「花を教える前に、生活を整えろ」ってことや。
……刺さるわぁ。
無職でも“心の花”はいけられる
正直、今はまだ“師範代”って肩書きには届いてへん。
けど俺、毎日心の中ではいけてるで。
水道水で手洗いながら、
「今日の俺、どんな形してるやろ」って考えてる。
生け花って、結局“心の状態を映す鏡”や。
花が乱れてたら、自分が乱れてる。
花が素直に立ってたら、心も整ってる。
親父の教えも重なる
防大卒の元鬼軍曹の親父が昔言うてた。
「部下を持ちたいなら、まず自分の足を固めろ。」
……先生と同じこと言うとる。
やっぱり、“人を導く立場”って、生活の安定が前提なんやな。
花も、人も、
立つには“根”がいる。
まとめ
先生の「定職ついたら師範代」って言葉、
最初は冗談やと思って笑ったけど、
今は、ええ目標になっとる。
花をいけながら、
俺も少しずつ“根”を伸ばしていけたらええな思う。
今はまだ“つぼみ”やけど、
いつか人に花をいけられる日が来たら――
そのときは胸張って「師範代です」って言うたるわ。
俳句で締め
根を張らず
それでも咲ける
今の花
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