41歳ニートと俺とおかんと親父の話

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2025.12.10
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テーマ: お別れ(9)
カテゴリ: 俺の哲学



まいど、俺や。
最近な、「去り際」って言葉がやけに胸に残る。
若いころは“勝ち残ること”ばっか考えてたけど、
この歳になると、“どんな顔で去るか”のほうが気になってくる。
でもな、そこにこそ美学があると思うんや。
去り際は「終わり」やなく「次の始まり」
仕事でも恋でも友情でも、
いつかは終わりが来る。
けどな、去るって“終わる”やなくて、
**「一区切りつける勇気」**や。
無理に残るより、
ええタイミングで身を引く。
それが、潔さや。
俺がバイト辞めるとき、
上司に「次の人が困るやろ」って言われたけど、
心の中ではこう思ってた。
「困るような仕組みにしてるお前が悪い」ってな。笑
勝者の去り際が一番難しい
ほんまの強者は、“勝ったあと”の態度で決まる。
いつまでも勝ち続けようとする奴は、
そのうち見苦しくなる。
イチローも長嶋茂雄もそうやけど、
去り際に「まだできるのに」と思わせて去る人って、
カッコええやん。
才能というより、人間の深さやと思う。
未練は“生きる証”でもある
去るって、言うほど簡単ちゃう。
未練がある。
「もうちょい頑張れたんちゃうか」って思う。
でもその未練があるから、
次の場所でちゃんと燃えられるんや。
完全に燃え尽きたら、
それこそ立ち上がられへん。
去り際に未練を持つってのは、
次の自分への火種や。
沈黙の去り方が一番カッコええ
長々と理由を語るより、
黙って去るほうが美しいこともある。
「何も言わんでも伝わる」って関係、
ほんまの信頼があってこそや。
俺の親父なんかまさにそうやった。
防大卒で、仕事辞めるときも
「もうええ」って一言だけ残して去った。
かっこよすぎて笑うしかなかった。
おかんの去り際は生活感ありすぎた
一方で、おかんは毎回ドラマチックや。
親戚の集まりで帰るとき、
「ほな、うち帰るわ〜!」って3回言って、
5回しゃべって、20分後にやっと玄関出る。
でもそれもまた“おかんの去り際の美学”。
人にはそれぞれの“余韻”があるんやなと思う。
去る勇気と残る優しさ
人間関係でも、去る勇気が必要なときある。
でも、残ることが優しさになるときもある。
見極めるのは簡単やないけど、
俺は最近こう思ってる。
「去ったあとも相手を思えるかどうか」
それが、“去り方の品”を決めるんやと。
無職にも“去り際”がある
無職いうても、
俺にも“去る”瞬間はようけあった。
趣味に飽きたとき、
ゲームをやめるとき、
人間関係を断つとき。
どれも最初は寂しいけど、
去ったあとに必ず“新しい余白”ができる。
その空白が、次の楽しみを呼ぶんや。
去り際は“人生の句読点”
文章も、句点がないと読みにくい。
人生も同じで、
「終わりを打つ」からこそ流れができる。
去ることで、
過去の自分と区切りがつく。
そして、また一歩、前に進める。
去り際とは、
“潔く生きるためのリセットボタン”や。
終章:人は去っても、残るのは気配
人が去ると、
静けさとともに、その人の“気配”が残る。
それは悲しさやなくて、温度やと思う。
大事なのは、
「去ったあとも誰かの心を温められるか」。
それができたら、その人は一生“美しく在る”んやと思う。



俳句で締め
去り際に
言葉は要らぬ
風の音





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最終更新日  2025.12.10 08:00:09
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