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本日の出来事。どっちも子供のための用事で 本日は午前も午後も外出でした。午前は 2か月ぶりの兄のための泌尿器科の病院、そして午後からは新たな問題発覚のため、妹のために「子供発達センター(小児神経科)」に下見のためドライブへ。以前も書いたように、兄の「夜尿症」治療のため、泌尿器科にかかっているのですが、いつものように提出するための記録票 数枚を出して、先生よりアドバイスをもらってきました。 毎度のことながら、予約時間は10時30分とはいっても実際の順番が まわってくるのは早くて1時間後。ひどい時には2時間待ち。 まさに 今日は後者の方で、しかも患者としては 一番最後。かなり待ちくたびれてしまいました。私が、その記録を続けていくことにストレスを感じていたので、少し前に スクールカウンセラーさんに どうしたらいいのか相談しました。(今、確実に 自分が絶対の信頼が持てれて 的確なアドバイスがもらえると思っている人はこの方だけなので)病院を替える事が不可能ならば、直接 泌尿器科の先生に 必ず聞いてアドバイスをもらって・・・と言われたことを 今日は聞いてきました。「記録を続けている目的・意味」先が見えないことを続けていてもしんどくなるだけだから、「とりあえずの目標」「ちゃんと治る可能性があるのかどうかをハッキリしてもらう」まずは、記録票を見るなり前 受診時よりの続きでの記録で 失敗続きで「うーん」と一言。後半になってくるにつれ、失敗の割合か゛減ってきていることに対し、「頑張ってますね」とのこと。途中 途中を見ては「この失敗なら いい失敗。」「これはちょっと悪い失敗」と以前も似たような事を言われて・・・ 「相変わらずだなぁ~」と(これは 私の先生に対する感想です。)で 相変わらず。「もう少しですね。」と また相変わらずのセリフが飛び出した。「もう少し」って何?失敗でも 「いい」とか「悪い」とか、私にはさっぱりわかりません。で、すかさず 例の質問をぶつけてみました。「記録を付けることで、 時間帯によっての飲食・排出量が数字として表れて、 具体的に気をつけてほしい事を指摘しやすくなる」らしいです。失敗の良し悪しは、・夜の失敗+朝排出 もしくは・失敗なしの 朝排出量が、200~100(mg)or(g)ならオッケー100以下なら理想的なのだそうです。病院に受診し始めていた頃の昨年の夏は それが500~400あったと話してくれました。今回の記録では、200~150前後で ほぼ減ってきました。じつは 治っていないといっても、以前のように 毎日失敗していたわけではなく、失敗しなかった日がちょこちょこ続き、10日から、多い時で17日くらい無事に過ごせれた日が続きました。でも 油断して喜んでいると、翌日には失敗していたり、なるべく20時以降は水分を控えていても、何かしら薬を服用するために水を飲ませれば、それが ストレートに失敗につながることも多々あり・・・。なかなか思うようにはいかないのでした。 病院の先生曰く、失敗しない日が 3か月~4か月ずっと続いてす過ごせれるようになってようやく完治したと言えるのだそうです。 それを思うと、まだまだ ずいぶん先の話で・・・。あと どれくらい いつまで続くのかが不安で、本当に治るのかどうなのかも不安で、だから気が遠くなって 疲れてしまっていたんだと思います。今日、そのことも話してきました。 記録用紙を見ての 今回の先生の意見では、「後半の記録の状態がこのまま続けば、 来年の春ごろには 治っているといいですね。」とのことでした。やっと ちょっと出口が見えてきたのかな?といったところです。まだまだ油断はできないけど。そしてまた、3か月後の受診までの記録用紙をもらって 病院を後にしました。 ちょっとだけ出口が見えた安心感からなのか、まだまだ油断できなくて、そう簡単には いかないような心配な気持ちからなのか、なんだかよくわかりませんが、泣きそうになりました。さすがに病院とか 車の運転中とか、涙ぐむのも恥ずかしかったので「ぐっ」とこらえていたのですが、複雑な心境で辛かったです。そのまま何も用事がなく 家に帰ってこれれば気持ちを落ち着かせれたのに、 帰宅直後は 妹のための病院の下見のドライブのために、まだ出かけなくてはならなくて なんとか落ち着かせました。帰宅後、だんな君を助手席に乗せ、再び車を走らせて病院での話を報告していたら、ホロホロきてしまって、ごまかすために泣き笑い。とりあえず遅い昼食に外食。 そこでプチ贅沢してスイーツを食べたら、すっかり気持ちがおさまりました。些細なことだけど、プチっと贅沢することに、そういう効果があるんですね。大発見でした!! たまには いいかな。と自分にご褒美です。ごちそうさまでした。お腹もふくれて、さて次は 目的地までの長距離運転。(あくまでも 私目線で)実際の所要時間は40分くらいなんですが、何せ 知らない道を走るのは、私にはかなりの長距離感覚でして・・・。 普段、助手席にいて見る景色の感覚と、運転して見る感覚とは えらい違いです。街中で車の量も 普段の「ど田舎」の地元と比べたらもう・・・「この世で一番の怖がり」な私には(←え゛?) とんでもなく多くて、ビックリです。なので ついついチカラが入ってしまい、帰宅後には疲れ切ってしまいました。とりあえず、行って帰って来れたので、予約日の当日も無事に行って帰って来れることを祈りつつ、安全運転を心がけて過ごしていきたいと思います。妹の新たな問題とはじつは 学校より娘の件で、ある教科の理解力が弱く 、これから指導していくにあたり対策を練るのに具体的なデータが必要とのことで 心理検査を依頼されました。兄で お世話になっていることもあり、心理検査のデータをもとに学校側でいろいろ対策をしていただいていたので、その関係から 妹もぜひに・・・という話でした。ここ数年 本来では、初診で「小児神経科」はこの先4~5か月待ちなのですが、兄が2か月後に受診を控えていたため、同じ日に希望したところなんとか時間を作っていただくことができたので、それ前に 妹が検査受診。兄と同日に検査結果を聞くこととなりました。素早い病院の対応に 感謝です。検査結果をもとに、学校でも具体的に対策を考えて指導していただけるのなら、何の心配もないと思っています。妹を見る限りでは 生活面では 特に心配はなかったのですが、1学期最後の懇談会の時、学習面で 先生より若干の心配と指摘があったので、今後の「検査をする」ということと結果がどうであっても 何も抵抗は感じていません。 兄の時もそうでしたが、問題や困難があったとしても、早期に知れた方が 安心できるし、何かと対策がとれるので私は そういうことに関しては、真摯に受け入れることができます。何もわからず、あいまいなまま過ぎていき、本人たちが大変な思いをしないで済むようにできればと 思いました。気が付けば なんだかタイトルと違う方向に話が展開してしまったような・・・。支離滅裂な文になってしまった。「疲れた」なんて言いながら 矛盾してますね。失礼しました。
September 29, 2010
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雲ひとつない晴天です!
September 25, 2010
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昨日の天気の心配をよそに、気持ちのよい晴天に恵まれました。 本日、只今 運動会開催中です
September 25, 2010
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明日は小学校の運動会です。 でもお天気は… びみょ~です。 予報では、 明日の朝方まで〓雨、 午前9時以降は〓晴れ。 時間ずらしてでも、 開催してほしいものです。 雨ならお仕事です(泣)。そして、翌日に運動会。 そんなのやだよ~〓〓〓
September 24, 2010
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じつは、先日三谷さんのHP esqlinkの掲示板に久しぶりにお邪魔して 書き込みさせていただいたのですが・・・同じ事を記事にさせていただきます。(^^;「エンジェルハート」と言っても、香水の名前ではありません。・・・と いきなり 失礼しました。m(__)m「キャッツ・アイ」「シティ・ハンター」でおなじみの北条司さんの作品の1つです。最近の 私のお気に入りのマンガ作品で、今回の新刊のストーリーの中の一部分のセリフの中で三谷さんの音楽に通じるものがあるように思いました。ある男性と、女性との会話の中での一部分です。女性「あなたには 類のない天賦の才があるわ」 「〇〇としての才が・・・」男性「天賦・・・天から授かった才・・・それがギフト?」女性「それだけじゃないわ それを人に分け与える事 ・・・自分の才を必要としている人に贈る(ギフトする)事」 「私は ギフトを持つ人は それを人に与えることで幸せになれると信じているの・・・」三谷さんの音楽家としての才、そして それを必要としている人達に贈ること、 三谷さんの歌を聴いている人たちが 笑顔になれる事、そして 歌うことが大好きで、ライブの時に見せる、歌いながらとびっきりの笑顔で 皆を幸せにしてくれること。聴く側のお客さんの笑顔を見渡して、三谷さんがまた幸せそうな笑顔になること。 私には 思いっきり三谷さんに通じるものがあるように思えてなりません。お気に入りの音楽と お気に入りの漫画で 通じるものを見つけられて 嬉しくなりました。と、そう思えてならなかったのですが、三谷さんファンの方から見たら、こんな自分の意見って どう思われますか?いつも or 時々?掲示板に書き込みさせてもらっているとき、レスがなかったりすると、「やっぱり これは 自分だけの思い込みで 暴走したかなぁ~」と思うこと しばしばあります。>猛爆自分の考え方って 変かなぁ~とか。人それぞれだから、同意を求めるのはどうかと思うけど、自分の考え方って、周りの人たちにどう思われているんだろ?って 妙にに心配になってしまうんです。「自分は自分、人は人」って 割り切って自分の応援の仕方で 応援すればいいのに。・・・と思えればよいのだけれど。いかんせん、ワタクシ 非常に小心者でして。(汗汗)だから余計に、不意に、レスをいただけると、それはもうとっても嬉しくて、共感して 同じ気持ちでいてくれる方に「ありがとう~」って気持ちでいっぱいになります。
September 18, 2010
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先回のブログ更新から 気が付けは半年が過ぎた。なんとなく 気持ちの整理をしたくて、思いつくままに つれづれと書いていこうと思います。最近、ある人とのメールのやり取りの中で自分のブログを紹介してしまったものの ほとんど放置状態で今思えば、失礼なことをしてしまったなぁ~と思った。それで 今まで どんな内容を書いていたんだっけ?と 久々に自分の過去の記事を読み直してみた。ここしばらくは、子供のグチばかり。いつも似たような 内容ばかりの記事に自分のことながら 飽き飽きした。たぶんその時 その時、ここに書くことで気持ちを紛らわせていたんだろうけど、いい加減 そんなことにも嫌気が刺してしまって、それでこの半年 何も書けずにいた。時間を置いて、何か別の事で、「書きたい」と思うまではそのままにしておこうと思った。この数か月で やっと、気持ちが安定してきたものの、 今まで好きでやってきた事や、絶対自分には欠かせないと思っていた事が一切できなくなった。PCも依存しすぎるくらい なくてはならないものだったし、音楽を聴くことだって、聴けば「落ち着く」とか「気持ちが晴れる」とか 今までだったらそうだったのに、全く心に響かなくなってしまって、冷めた自分がいた。好きだったはずなのに どうしちゃったのかな?と そんなことにも 若干落ち込み(涙)。そんなことにもストレスを感じては 重荷が増えるだけ。時間が経って ようやく、自然に、 気持ちが向くままになれればよいのかなぁ~と思えるようになった。子供の事でストレスや負担に感じるのならば、極力 それ以外のストレスを逃していく。自分自身の事なら たぶん上手くコントロールできる自信が ちょっとだけあった。 「好きなことは 好きな時にできればいい。無理して嫌いになりたくないから」そんな調子です。自分の事だけでも 自然に、気持ちに正直でありたかった。昨年の9月の第一土曜日から始まった、「発達障害児を持つ お母さんのための勉強会」毎月 第1土曜日に開かれて、最初のうちは、世話人のカウンセラー(先生)さんに 何かとキツイ言葉を頂いた。 今年6月まであって ようやく慣れたけど(苦笑)。それまで、子供の事を相談しに、どこへ相談に行っても「地道に言い聞かせるしかない」って言われていたのに、そこでの先生の一言は「言っても理解できないのに 言い聞かせるなんて"無駄"!!」と バッサリ。あと いろいろ困ったことがあって話をすれば「〇年生にもなって、そんなことをしているようでは、手遅れ!」とか、とにかく 最初の頃は、かなり打ちのめされた。毒舌なかわりには、適切な対応の仕方を、長い間 たくさんの発達障害児を見てきた先生だけあって的を得たアドバイスをくれていたので、あの毒舌さえ スルーできれば(自分が慣れて 無視できれば)確実に 勉強会の実りはあったと思う。おかげで、全くこの勉強会と無縁だったころと比べると、はるかに 私自身も変われたし、そこで得られた知識のおかげで、実践や試行錯誤しながら、以前よりずっと きちんと子供と 関われるようになったと思う。さすがに勉強会の帰宅後は、まともな精神状態ではいられず、クールダウンしないと家族の顔もまともに見られないほど 激落ち込みな日が 数か月はあったが。 そこで得た情報をもとに いろいろ実践したり試行錯誤していても時々 家族に理解されないこともあって、今度は逆に、家族から「そんなことをしても無駄だ!!」と 言われてしまうこともあった。子供に何かあれば、「母親が 一緒に遊んでやらないからだ!!」「母親が 相手をしてやらないからだ!!」「母親の愛情不足だ!!」とにかく 何かにつけて、私のせいにする。(とくに 酔っぱらった時の舅の言葉は イチイチトゲがある何の根拠もないことを・・・>怒)子供が小さければ それも一理あるかもしれないけど、それっておかしいでしょ。 子供の相手をするだけが 親の仕事なんかじゃない。そればかりか、子供に対して、自分の信念があって 今までやってきたことを家族中が とにかく否定する。わかってもらえない事に孤独を感じたり、悲しかったり。でも、周りが理解しなくても、子供にさえ それか通じればいい。理解のなさは あきらめることにした。 子供の事は 家族中は少なからず理解していて、よく面倒も見てくれるし、とても世話になっている。 自分では それが甘えすぎていると思っていた。でも本当は違う。でも自分自身は、そんな風だから 甘えられない。時々 たまらなく疲れてしまって、ヘトヘトになる。「1人で抱え込まないで、解放しようね。」って 学校のカウンセリングの先生にも よく言われるけど こんなんじゃ そうせざるを得ない。どうしたら わかってもらえるんだろう?って カウンセリングの先生と、何度も作戦会議をして アドバイスをもらった。ちょっとずつ 作戦通りに行動することで、少しずつ 自分の手から 手放せるようになった。今は どんな時も、この先生が私の見方をしてくれる、心強い存在です。この人との縁が いつまでも続きますように。学校での 子供の様子を聞くと、うちでは見せない、気が付けば急成長したような 嬉しい話題を耳にする。学校からの そんな報告を受けても、家での様子から 全く想像もつかなかった。私には見せない、外での顔。とても信じられなかった。そんな事を 先日のカウンセリングの日にカウンセラーさんに話した。「あの子自身の成長するチカラも もちろんあるけど、それだけじゃなくて、あなたが今まで 努力してきて、悩んだり苦しんだり、泣いてきたからそんな お母さんの成果でもあるんだよ。あなたは よく頑張っている。」って言われた。そんなことを言われたら、もう号泣です。自分が「頑張ってきた」と 思うことは、決して悪い事ではないと。自分で自分を認める事も 大事だと その時に言われた。周りに認められなくても、自分が自分を認められればいい。そんなアドバイスをもらったら 素直になれる。今までの自分は、そう思うことは、図々しい事だと思っていた。けど そう言われたら、自分を褒めることも大事なんだなってやっとわかった。子供の言動で、ストレスを感じていたのも事実ですが、もう一つ、これが 今の私にとって 一番の重圧であり ストレスです。それが消化されない限り、きっと 今も続く モヤモヤした感覚は なくならないでしょう。先回の記事にも触れましたが、小学5年生の現在もなお、「夜尿症」が治りません。本当は 今年のキャンプまでには治させたかった。 そのために 昨年の夏から 泌尿器科にお世話になっていました。なんでも 「夜尿症」を治す 権威のある先生 とかで 紹介していただいたのですが・・・。様子を見て薬を出す。という最初の話は どこへやら。副作用の頭痛のために、極力出さない。と 薬の話は それっきり。次の受診日までの記録・朝いちばんと 夜寝る前の 排尿を計る・午後3時以降の飲食の量を計る・オムツ(またはオネショパッド)の重さを計る・3日分の、朝起きてから寝るまでの排尿を計るそのすべてを記録して翌受診日に提出するということをこの1年間ずっと 続けてきました。正直、いつ治るのかも、いつ終わるかもわからないオネショのためにずっと 毎日 こんなことを続けていることにとても疲れました。 ストレスで、吐き気さえ 起こるようになりました。とても辛いです。 この先生の治療方針は 生活改善のようです。そのために、午後3時以降の飲食については いつも細かくチェックしていて、いろいろアドバイスされました。とは言っても、この夏の この酷暑で3時以降、「夜は 寝るだけなのだから、極力食べてはいけない、飲んではいけない」といっても無理な話です。 おまけに 高学年ともなれば、帰宅するのは午後4時過ぎだし、育ちざかりで 帰宅後に「おなかすいた」と帰ってくるのはふつう 当然の話だし・・・。病院の先生の言葉も正論ではあるけど、実際は そうはいかない。いい加減、ストレスがたまって ダンナに言えば、「気にしすぎていては、治るものも治らない」と言われる始末。おまけに治療に通い始めた頃には更に追い打ちをかけるような一言も・・・「まだ小学生のうちなら いい。大人になっても 治らない人たっているんだぞ!!」だってさ。その一言は 私には 裏を返して「ずっと 治らなければ、こういう記録をずっと続けていかなければならいんだぞ!」っていうふうに解釈してしまって。(たぶん疲れていたから) もう 耐えられなかった。そんな事を言えるのは、こんな大変な事を続けている辛さがわからないから、他人事みたいに言えるんだ!!って 思った。もう めちゃくちゃ悔しくて 思いっきり泣けた。「だったら 全部 今まで私がやってきた事やってよ!!」って 言いたかった。 言いたかったのに、のど元まで来て言えなかった。言いたいのに言えないもどかしさで、苦しくなった。 いつもそう、本当は言いたいのに、決まって抑えてしまう。そんな自分がもどかしい。でも やっぱり耐えきれなくて、直接子供に「もう 私は無理だから、お父さんに頼んで!!」子供自身も とりあえず計っても他人事みたいに「計ったよ」って言う。それがいつも許せなかった。治す気があるのかと問えば、売り言葉に買い言葉で「治したい」という。でも あまり深刻な様子もない。本当に本人に治す気があるのか。無意識の時の事だから、気を付けようがないのかもしれないけど、それもわかっているのに、怒りたくなる自分も居る。「夜尿症」こそ怒ってはいけない、責めてはいけない、気にしすぎてはいけないと言われている。 でも その立場に立たされている身にしてみれば 出口の見えないこんな辛い気持ち、 どこにぶつけていいのかわからない辛さを誰かにわかってほしい。小児神経科で 発達障害との関係を聞いてみたものの、全く無関係だという。 あの辛さから 解放されたくて、別の病院を紹介してもらうよう頼んだのだか、「夜尿症」を治すのなら、むしろ 今のままで治療していくべきだといわれた。小児神経科の先生は、自分こそ、その病院を紹介してほしいと言っていた。それまで小児神経で「夜尿症」と言えば、治すための薬を処方していたらしいが、そのことを 私たちが通っている(泌尿器科の)先生に対して 申し訳ない・・・とのことだった。結局、今の病院のままで、再び記録をつづけなければならないことにがっかりして小児神経科(病院)を後にした。 子供の 言動での、ほんのわずかでも成長が見られて喜べたとしても、こんな生理的な成長の変化がなければ、そちらのストレスの方が重くて、気持ちがふっきれない。いつまで こんなことを続けなければならないんだろう。 自分の気持ちは、どこにぶつければいいんだろう。
September 14, 2010
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