マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2010.05.07
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カテゴリ: 生活雑記



 結局この道の駅で買ったのは、コゴミ2袋とアザミ1袋と韓国海苔1袋。帰宅後、コゴミは茹でて胡麻和えにした。コリコリした食感と癖の無い味で、とても美味しい。アザミは教えられた通り茹でた後、油で炒め醤油で味付け。こちらの方は「食べられる」のは分かったが、食感も悪く、さほど美味しいものではない。それにアザミには人間にとって有害な成分が含まれているため、一度に大量に食べると中毒を起こすので要注意だ。

 船下りの時間が近づき、戸沢村古口の船着き場へと移動する。江戸時代、ここには戸沢藩の舟番所があった。山形県内を縦断する最上川は、その当時重要な運搬手段であり、交通手段でもあった。上流から運ばれるのは米や紅花。それらは河口の酒田に集められ、北前船(西廻り船)で大坂や京へ運ばれた。それらの船で京からは桐の下駄や京人形などが運ばれて来たようだ。

 乗船時間が来るまでの間、私は1人離れて説明板を読んでいた。それほど夢中になっていた訳ではなかったが、館内放送に従って集合場所へ行くと、もう誰もいない。大慌てで船着き場へ急ぐと、妻が焦った顔で私を手招きした。ツアー客は全部で42名。それで1艘の船を借り切っていた。遅れた人が何人か、慌てて乗り込んで来た。

 船の中央に長いテーブルがあり、その両側にツアー客が座る。エンジンが掛かり、船が動き出す。前に座ってマイクを握っているのが副船頭で、船の後方で舵を取るのが船頭。この副船頭が実に巧みな話術で乗客を和ませてくれた。ここから同じ戸沢村内の草薙までの11kmを約1時間かけて下る船の旅がいよいよ始まった。

 ここは最上峡と呼ばれる、最上川の中でも最も川幅の狭い場所。江戸時代は舟でしかし進めなかった由。今は雪解け水が加わって物凄い水量になり、所々で渦巻きすら見られる。深い所で20m、浅い所でも10mの水深があるそうだ。岸辺の奇岩や植物などについて語る副船頭の説明が愉快。義経がここを通った際に弁慶が投げた「つぶて」の痕などは、責任が持てないと彼。船内がどっと沸く。

 両岸の天然杉は樹齢300年以上で、国内では黒部峡とここにしか無い珍しいものとか。副船頭の歌う民謡「最上川舟歌」を聴きながら、山形名物の芋煮とお握りを食べる。ポイントの2番目の○○は芋煮で、○○○○は結局おにぎりだった。山形の芋煮は醤油味で米沢牛などが入っているのだが、この牛肉と里芋が美味しくて2回お代りをした私だった。



 五月雨を集めて早し最上川  これは有名な芭蕉の句。奥の細道で旅した時に詠んだものだ。だが日本三大激流と言われるが、最上川は大河であるだけに川の流れはさほど早くはない。明治期には正岡子規もこの地を訪れ、船下りした際に47ある滝の全てに名前を付けたとか。轡の滝の標識を「くつわの滝」と読んだら、どこの大学を卒業したのかと煽てられ、「尋常小学校」卒と答えておいた。<続く>










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Last updated  2010.05.07 16:18:42 コメント(2) | コメントを書く
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