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参照記事「無いものねだりをするよりも」 http://plaza.rakuten.co.jp/meaning1/diary/201308230000/
記念すべき第3回目は、内田さんです。
内田さんは、ガチガチのバリュー投資から脱バリュー投資へと投資手法が劇的に変化している投資家の中では、余り評価が低くない稀有な投資家です。より正確に言うのであれば、バリュー投資家で内田さんを批判する人が圧倒的に少ない。脱バリュー投資をしたバリュー投資家は、有名であればあるほどバリュー投資家から石を投げられ村八分にされる、そのような流れが多い中にあって、内田さんのような脱バリュー投資家は非常に珍しいです。何故でしょうか。バリュー投資家は弱いものいじめが好きなので、打たれても響かない強いものはいじめないのです。はい、暴言頂きました。さくさく次に行きましょう。
内田さんは、今からではとても考えられませんが、10年前はガチガチのバリュー投資原理主義者でした。
初期に『バフェットからの手紙』と『バフェットの銘柄選択術』に惚れ込み、数十回読み返したという事を様々な所で書き込みされていました。
サイト上でも、ROEの重要性を説く、生粋のバフェット信者でした。
初期の頃は、会社の社長に『バフェットからの手紙』を送って経営力を上昇させよう、という面白企画までやったりしていました。冗談みたいなホントの話です。決算報告書の最初に書かれている挨拶の文面がどれも同じで個性がない、下らない、読む気にもなれない、と批判していたものです。(今でこそ個性溢れる決算報告書の挨拶ですが、10年前はどれも紋切り型の同じような文章でした)
しかし、内田さんはかなり初期に脱バリュー投資をした投資家です。脱バリュー投資先駆者の一人です。
ターニングポイントを挙げるとすると、株価上昇率に着目したレースの企画になるでしょう。
希望参加者にバリュー投資の観点から銘柄を選定してもらい、その後のパフォーマンスが一番良かった人に賞金を出す、という企画です。期間は1年。このレースを始めたあたりから短期取引に方向性が変わりました。この1年という期間は、バリュー投資では余りに短いのです。短すぎるのです。僕は中期投資家ですが、中期投資家から見ても1年というのはやや短いように感じます。この期間についての指摘は少なからずありましたが、内田さんは1年という期間で投資レースを行うことを決定しました。その代わり、参加条件にバリュー投資としての分析を求めました。そこで徹底した分析をしているバリュー投資以外の申込者をふるいにかけ、残った者がレースに参加。
そのレース結果に果たしてバリュー投資としての意味はあったのでしょうか。ないでしょう。そのレースで勝者になるにはバリュー投資とは別の視点が必要だったのです。その違いを理解している人は、主催者と傍観者だけでした。参加者はみんなピエロです。分かったつもりになって、分かっていない。馬鹿は自分が馬鹿だと気が付かないのです。冷酷なレースだったと思います。
その後の話は巻いていきましょう。
内田さんは、株価の価値を理屈で考えようとするな、感じることが出来るようになれ、というやや過激な主張で、言い切り型の文体を多用するようになりました。もう数年前から生粋のテクニカル派で、順張り投資家。今ではバフェット信者の面影もありません。
内田さんの脱バリュー投資の転身は誰よりも早く、そして徹底していたので、批判されたりしなかったのかもしれません。変化に疎いバリュー投資家の中において、自分が正しいと思っている投資手法の主張を短期間で劇的に変えた、かなり少ない例外といっていいと思います。
しかし劇的に変える前の投資手法が確立されていなかったかと言うと、決してそうではありませんでした。
当初から、自分の考えは要するにどういうことか?を主張できる程度に、自分の主張の本質的な理解をしていました。そしてその上で面白おかしく文章を綴ることが出来るユーモアを持ち合わせていました。独特のユーモアは他のバリュー投資家にはない独自性がありました。
個性豊かな群雄割拠時代において、内田さんの個性は頭一つ抜きん出ていました。
そんな内田さんの運営するサイト「CMB研究所」は、投資DVDだけでなくオリジナルTシャツまで販売、という何処までが冗談かよく分からない状態で今でも続いています。10年くらいほぼ毎日といっていいくらい頻繁に更新している、数少ない個人投資家サイトの一つです。
「CMB研究所」
http://www.cmb-fund.jp/column/buffett3/#e2355
※10年前の投資家を振り返る、という題ですが、10年に拘りはありません