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今、超えなければならない課題が二つある。経験者でもなければ、最近身体を動かしてもいなかった中年が、いきなりフルマラソンに参加しなければならないような無理難題だ。「それはわたしがすることではないでしょう!」という悲鳴も内心聞こえるが、やらねばならないと決まったからには、やらねばならない。他のことも処理しながらなので、漕ぎ進まない船に気持ちはあせる。つる、かめの「かまって」コールに苛立っている。ルール改正を果敢に乗り越え、怪我のつらいリハビリを積み重ねて克服した高山樹里さんを想う。焦らず、足元から丁寧に積み重ねていこう。きっと、できる。堪えられない試練は与えない、と神様は約束してくださったのだ。神さま、「あなたの名誉のために」乗り越える力をください。そんなわけで、しばらくこの日記はお休みします。トレーニングに励む選手たち。受験生とそのご家族。ブログで垣間見えるたくさんの人のがんばる姿。春はもうすぐ。
2006.01.27
7時15分頃起床、ぐずぐず言いながら着替えて朝食を食べる7時55分登校。ついでに新聞を家に投げ入れてくれる学校の休み時間、今はやっているのはサッカーと大縄跳びらしい。サッカーの組み分けするとき、男の子が女の子の中から真っ先に選んでくれるのがつるだそうで、気をよくしていた。つるの話では上手だからでなく、かたまらないでボールをまわせるポジションにいつもちゃんといるのがつるだからだそうである。15時すぎ、帰宅。しばしば(・・・というより連日のように)友達を同行(学校近くに住んでいるので、ランドセルはもう置いてきている)おやつを食べてふとん、ハンガーラックなどを使って基地(?)を作っているかめはお姫様にされたり、お客さんにされたりしている。お姉ちゃんとお友達にとっては、ほとんど動くお人形状態家が荒れることには目をつぶる。16時45分新聞をメガホンにして子供たちに声をかける「時間になりました。基地を解体して出ていらっしゃい」部屋を片付け終わってお友達17時帰宅学校の宿題・通信教育教材などをする(食事を作っているハハのもとにチェックしろとうるさく言ってくる)友達に頼まれたまんがを描く(連載ものである)18時夕食1時間近くかけてだらだら食べる19時バイオリンレッスン(ハハの音とりつき)19時半入浴~翌日の持ち物・衣類の準備をして21時までかめとふとんででんぐりして遊ぶ21時一応就寝。チチが時間がある日はふとんに入ったまましりとりをして遊ぶ。ほとんどチチが先に撃沈。何て充実した1日だろう。わたしが小学校2年生のときなんて家庭学習はしなかったし、ピアノの練習も気が向いたときしかしなかった。母が留守のことが多く、海外に住んでいて治安の関係で外出できないので、下校後はおやつを食べながら同じ漫画ばかり読んでいた。今でもそらんじることができるほど。「つる姫じゃ~!」「地獄と極楽・お釈迦様(父がお寺からもらってきた)」なぜか親の本棚から「万葉集」「ゲーテの詩集」へんな小学生だった。暇だと人間思いがけないことするもんだ。つるの健康的な(?)生活ぶりにわたしは満足である。
2006.01.25
バット、少しずつみがいています。まずは食生活からよね。空に近い冷蔵庫、今日満タンにしておきました。わたしの座右の銘は「とにかく食べて生き延びなくちゃ」だけど、食べ物への執着が年々減っている気がする。学生時代は焼肉定食2人前はぺろりだったんだけれどねえ。こんなだから、毎回食事の献立を立てるのに一苦労。本人が食べたいものないんだもの。「今日食べたいものない?」といつも家族に聞いてうるさがられている。今日はパパがカレーライス食べたい、というのでカレーにしたら、つるの学校給食もカレーだった!チェックしてなくてごめん。。。。もともと食は細く、偏食のはげしい子供だった。しゃべってばかりでお皿の中のものが減らない、などと言われていた。食事時間が苦痛だったことを覚えている。夏など牛乳とキュウリで生きている、と母を嘆かせたものだ。苦労かけたなあ。そんなわたしが「美味しい!」と喜んだ記憶は・・・ブラジルで食べたシュハスコ。牛肉の巨大な塊をスライスしてもらう塩味ステーキ。父の満足げな顔つき。しぼりたてのオレンジジュースもおいしかった。母のにぎったまあるいおむすび。おひなさまに母が作ってくれたはまぐりのお吸い物とはまぐり寿司。家の祝い事に食卓に載る鯛の塩焼き。えらの下の一番とろりとしたところを父が取り分けてくれた。翌日の潮汁もおいしいねえ。学生時代韓国人留学生のアルバイト先でごちそうになった韓国料理。焼肉は言うまでもないがサラダがとくに美味しかった。顔パスで何度もご馳走になった。同じく中国人留学生の学生楼(寮)の野菜炒め。愉快な会話つき。中国でホームステイした先のお宅が庭で飼っているニワトリをつぶして作ってくれたチキンスープ。これは涙もの。近所の女子供大勢集まってお祭り騒ぎ。落ち込んでいるとき中国人留学生がちゃちゃっと皮から手作りして作ってくれた水餃子。とっても励まされた。教会の青年会で大鍋いっぱい作ったのびたインスタントラーメン。おわんにめいめい取りながらわいわい食べた。北海道の農家が開いたレストランのシチューとパン。地平線に沈む夕陽と家族の笑顔つき。う~ん、どうも、わたしは「食事そのもの」よりシチュエーションが大事なようだ。食べ物でなく愛情食べて生きてきたのかも。つる・かめにたっぷり愛情を食べさせられるように、給食のおばさんのように献立表を毎週1週間分立てとこうかしら。料理本をひっくり返してみるししゃもである。お宅の今夜の食事は何です?
2006.01.23
インフルエンザになった。わたしはよく高熱を出す方だけれど、いつもと様子が違うと思い、よろよろ病院に行ったら、やはりそうだった。風邪の39度とインフルエンザの39度は違う。脱水症状も出ていて、レントゲンも撮ることになった。改めて自分のレントゲン写真を見ると骨が細い細い。若かりし日に、「腰、ほそいね~。骨格が細いんだ。筋肉つけないと年取って腰いためるよ」と言われたのを思い出した。こんなか細い身体でよくぞ今までいばって生きてきたもんだ。これじゃ子供がガミガミ騒いでるようにしか見えなかっただろう。「先生」なんて呼んで尊重してきてくれた方々、何て謙遜でえらいんだろう~とヘンな感心をしてしまった。胸にも影があるとかで、どっさり薬を処方していただいた。そういうわけで、移ると困るので家族と離れて別室で数日隔離生活をすることになった。金、土、日と高熱で何も覚えていない。パパに言い含められてわたしが寝ている部屋に入れないつるがティッシュペーパーにおみまいの手紙を書いて戸の隙間からすべりこませてくれた(適当な紙がなかったらしい)ときおり障子にかめの影がうつっていた。薬をもらって3日目、山田美葉さんの夢を見た。(注:山田さんはシドニーオリンピックで捕手をつとめた選手。現役引退されている)わたしたちは無造作につまれたおそろしくたくさんのバットを磨いているのだ。美葉さんはあぐらをかいて黙々とバットを拭き、わたしは時折彼女から汚れたぞうきんを受け取ってゆすいでは返しているのだ。「どうせすぐ使うからって放っておいてはだめなんだよ。毎日まいにちちゃんとふかないとね、ほら、金属製のものは汚れたままのところは劣化してるでしょう。古くなってるから誰も使わない、なんて思わないでみんな大事にしてね。監督の言いそうなことはわかるなんて思わないで、ちゃんと話を聞くんだよ」たたみかけるように言いながら、美葉さんはバットを拭いている。わたしは新入部員なのか、何なのかわからないが、自分がやるべき仕事をしてもらっているような卑屈な気持ちだ。どうして宇津木監督でも高山樹里さんでもなく山田美葉さんなんだろう、などと夢の中で思いながら。「これ、全部拭き終えたらどんなかわかる?」やることすんだらと聞かれて頭に浮かぶのはすぐにブレイクタイム。美葉さんの好物って何だろう。どんなものを準備したらいいんだろう。いつも誰かの胃を満たさなければならないと思い込んでいる主婦らしい発想だ。「きちんと全部手入れしたらね、早く使いたくなるんだよ!」バットをかざして彼女は笑った。まぶしい笑顔だった。目がさめた。身体が軽くなっていた。この頃、ゆっくり神さまと話す時間を持っていなかった。三食きちんと食事をしていなかったし、睡眠時間も不足気味。かめに食べさせている間に自分も食べたような気になってご飯一膳もろくに食べていなかった。そんなことを反省しながら、こんな時にソフトボール選手の夢か!と苦笑してしまった。昨年、山田美葉さんが教えている高校が好成績を残しているのが嬉しかったから、あんな夢を見たのかもしれない。突っ走っているわたしに赤信号を知らせるために、神さまはインフルエンザを送ったりソフトボール選手の口を使ってわたしを諭されたのかもしれない。自分の手入れ。今年わたしは30代最後の年だ。年々これから変化するであろう自分の心と身体をどう使い尽くすのか。手入れするのはそれそのものが仕事なのではなく、気持ちよく闘うためだ。これからは「いかに動いて働くか」ではなく「いかに力を神に注いでもらうか」がいよいよ問われるだろう。わが主なる神はこう言われた。「お前たちは、立ち帰って静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある」と。しかし、お前たちはそれを望まなかった。「そうしてはいられない、馬に乗って逃げよう」と。それゆえ、お前たちは逃げなければならない。また「速い馬に乗ろう」と言ったゆえにあなたたちを追う者は速いであろう。 (イザヤ初30:15,16)加速する現代社会の渦の中で、重要なことと緊急のことを見分けることができますように。弱った頭で「二度寝したら、今度は高山さんも出てくるかな~」と淡い期待を持ってみたけど、それは無理だった。やれやれ。起きよう。子供たちが待っている。
2006.01.16
だらだらと治らない風邪に体力もつきてしまった。食欲も落ち、日頃15分で食べるものが1時間かけても食べられない。礼拝が終わり、役員さんと有志で楽しく炊き込みご飯を食べ(わたしはおしゃべりばかりでご飯はすすまない)午後、かめが眠いというので昼寝に連れ出した。くらくらする。このままだと危ない。そのとき、冷蔵庫に板チョコが入っていたのを思い出した。最期に買い物に行ったとき、つるが食べたい、と言ったので買い物カゴに入れたのだった。つるに一枚、自分用に後からこっそり一枚。わたしはシンプルな日本製板チョコに目がない。受験のイライラする日にも、失恋に泣いた日も、元気のないときゃチョコレートに限る。銀紙をはがしてバリバリかじる。かたい固形物がとろけて喉を通るのがたまらない。たちまちぺろり、と一枚。もう一枚はつるのぶん。だけど、買ってしばらくたつのに、つるは食べたいと言い出してない。忘れてるのかも。また買って冷蔵庫に入れておけばいい。チョコレート二枚を食べて昼寝のかめのふとんに滑り込む。目がさめたのは夕方。身体がとてもらくになった。夕食もちゃんと食べられた。よかった。「ママ、板チョコ食べた~い」なに!?板チョコと?「ご、ごめん、つる」自分の目が泳いでいるのがわかる。「食べちゃったの!?全部!?」ああ、つるに平謝り。聖書に「鼻から息するものに信頼するな」とあるけれど、つるが一番はじめに信頼できなくなったのがハハであるとは。赦してくれ、つる。たとえ、千枚の板チョコを贈ろうとも、つるは今日の一枚を忘れないであろう。でも、恨みに思う人を赦すのはクリスチャンの必修科目だから・・・赦してくれ。明日は10枚のチョコレートを購入しておこう。二枚はつるのため、二枚はパパのため、六枚は二人の取り分を食べようとするふとどきな女の欲望を抑止するためだ。(体力が落ちている今なら、何枚食べてもいいような気がする、体重も減っているし、吹き出物すら出ない、今だ!)罪深いチョコレート女、汝の名はししゃも。
2006.01.08
我が家の風邪はぬけきらない。フルメンバー元気にならないと遊びにも行けない。パパが借りてきたビデオを2本見る。サモ・ハン・キンポーの「燃えよデブゴン」「小七福」カンフーもの。カンフー映画というと、ブルース・リーや少林寺系のシリアスものと、ジャッキ―・チェン、サモ・ハンたちのお笑い系に大別されると思う。わたしはお笑い系の、しかもサモ・ハンが大好きだ。彼が出演・監修している映画はバカバカしくもほっこり心あたたまるものがある。顔立ちは正統的中国俳優だし(京劇の2枚目風)中学時代の友人はジャッキー・チェンが大好きだったけど。ユン・ピョウはちょっとジャニーズ系のかわいい俳優さんだ。でも、わたしはサモ・ハン大好き。カンフー映画は正月らしい、と思うのはわたしだけかな?「小七福」はサモ・ハン、ジャッキー・チェン、ユン・ピョウの自伝的な映画で、ストーリーは知っていたけど、見たのは初めて。わりと長いけど、子供にも面白かったらしくて、二人とも目まんまるで見ていた。泣ける映画だった。「こんなの、正月らしくない」口をとがらすつるに、続いてゲーム大会。例の野球盤ゲームソフト風をする。わたしたちはレベルアップして、チェンジアップやライズも投げられるようになっている。野球盤でどうやってライズができるって?「消える魔球」レバーを利用するのだ。タイミングよくレバーをたたくと転がる球の床面が跳ね上がって球も跳ね上がるのだ。ますます点は入れにくくなり、いっそうソフトボールの試合らしくなった。ああ、熱が上がってしまいそう。
2006.01.02
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