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2003年06月07日
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インターネットの始まりと設計
 インターネットの始まりとなったのは、米国国防総省が1960年代に行なったある実験だった。その目的は、広い地域に分散している科学者や研究者が、数少ない高価なコンピューターやそのファイルを共有することにより協働するよう助けることにあった。この目的を達成するには、幾つかのネットワークを接続し、一つの大きなネットワークとして統合することが必要だった。

冷戦によって、“攻撃に耐える”ネットワークに対する関心が高まり、ネットワークの一部が破壊されても、データは残った部分の助けによって目的地へと移動を続けられるようにすることが計画された。そういうわけで生まれたインターネットでは、メッセージの送信経路を決定する責任を一か所に集中させるのではなく、ネットワーク全体に分散させているのである。

インターネットが生まれてこのかた20年以上になるが、その人気はおもにブラウザの使用によって高まった。ブラウザとは、皆さんもご存知のようにユーザーがインターネット上の様々な場所を“訪れる”のを非常に簡単にするソフトのことである。

 このあと少しだけ、インターネットのもたらした功罪について考えてみたい。
2003/06/07 22:03:42

扶養という難しい問題
 若い父親がみな逃げる父親になるわけではない。中には自分の子どもに対して当然の道義的責任を感じ、子育てを助けたいと心から願う若者もいる。しかしそれは、言うは易く行なうは難しという場合が多い。一つの理由を挙げると、未婚の父親には法律上の権利があまりないかもしれないので、どれほど多く―または少なく―子どもと接触するかをコントロールするのは少女とその両親ということになる。前に紹介したJは、「子どものことに口を出す権利を持とうとするのでいつでも争いになります」と言った。そのため、若い父親が躍起になって反対しても、養子に出すとか中絶するといったことが決められてしまうかもしれない。「母親側が子どもを見ず知らずの人に渡してしまうのを見ているのはつらいことでした。でも、私にはそうする以外に方法はなかったように思います」と、ある若い父親は嘆く。

 子どもの母親に結婚を申し込む若者もいる。 確かに、結婚すれば、少女はきまり悪さを感じないですみ、子どもも父親と母親が育てることができる。二人がしたことは不品行だったとはいえ、二人は本当に愛し合っているかもしれない。しかし、少年に子どもをもうける能力があるということは、夫また父親になるのに必要な精神的、感情的円熟に達しているということではない。また、妻と子どもを経済的に扶養する能力があるという意味でもない。調査の示すところによると、妊娠したために急いでした結婚は長続きしない傾向がある。それで、急いで結婚することは必ずしも賢い解決策とはならない。



 実際の子育てに参加することについてはどうか。これも難しい問題になるかもしれない。男性と女性の両親は、また性関係を持つことを心配して、二人が会うのをやめさせようとしたり、禁止したりすることもあるかもしれない。女性自身が、子どもには、自分の夫でない男性と「親密なつながり」を持たせないよう決意しているかもしれない。いずれにしても、父親が子どもとの定期的な接触を許されるなら、家族は付き添いがいることを確かめるなどして、それ以上不品行が行なわれないようにするのは賢明なことと言える。

 未婚の父親の中には子どもと親しくなりたいと考えて、お風呂に入れること、食事をさせること、本を読んで聞かせることなど、基本的な子どもの世話を幾つか学んだ人もいる。聖書の規準の価値を認識した若い男性は、神の言葉の原則を幾つか子どもに教えることさえ試みるかもしれない。(Ephesians 6:4.)いくらかでも父親の愛情深い心遣いがあれば、子どもにとっては、全くないよりましに違いないが、それは、毎日父親が家にいてくれることにはとうてい及ばない。そして、いつかその子の母親がだれかと結婚するならば、若い父親は、別の男性が代わって自分の子どもを育てるのをただ見るだけで、どうすることもできない立場に立つことになるだろう。

であるから、未婚で子どもをもうけるなら、親も子どもも多くの悲惨な出来事を経験するのは明らかである。
 十代の妊娠のような悪い状況を乗り切ることはできるかもしれないが、一番良いのはもちろん不道徳な行為に初めから巻き込まれないようにすること。ある若い父親は、「いったん未婚の父親になってしまったら、生活は決して元には戻りません」と言った。確かに、若い父親は、自分の過ちの結果を背負って、残りの人生を生きてゆかなければならないかもしれない。繰り返しになるが、「淫行から逃げ去りなさい」という聖書の助言はやはり賢明な助言である。―1 Corinthians 6:18.
2003/06/07 13:31:04

子どもへの悪影響
 逃げる父親は、恥ずかしいという激しい感情とも闘わなければならないだろう。自分の子に悪いことをしたという恥ずかしさである。聖書が示しているように、子どもにはやはり母親と父親の両方が必要。(Exodus 20:12. Proverbs 1:8、9.)男性が子どもを捨てると、その子を多くの問題にさらすおそれがある。米国厚生省のある報告書には、「シングルマザーの家庭の幼い子どもは、国語と算数の学力テストで低い点をとる傾向がある。児童期については、ひとり親に育てられる子どもは全体的傾向として、成績が他に比べて悪く、行動面での問題が多く、慢性的な健康問題や精神障害をより多く抱えやすい。思春期の人や若い成人の間では、母子家庭で育つと、十代で出産したり、高校で落ちこぼれたり、自分の殻に閉じこもってしまったりする率が高くなる」と述べられている。

 アトランティック・マンスリー誌(英語)は結論として、「増加する社会学的証拠によると、離婚で崩壊した家庭や未婚の出産による家庭の子どもは、両親のそろった家庭の子どもに比べて、福祉に関係した幾つかの面でうまくやってゆけない。ひとり親の家庭の子どもが貧しくなる可能性は6倍も高い。貧しい状態のままにとどまる可能性もある」と述べている。

 これらのリスクは、集団に対して行なわれた統計的な調査に基づくものである、必ずしも個人に当てはまるものではないということを覚えていていただきたい。不利な家庭環境にあっても、りっぱな、バランスの取れた大人になる子どもはたくさんいる。しかし、たとえそうではあっても、自分の子どもを捨てた若い男性の思いには、罪悪感が重くのしかかることだろう。「子どもの人生を永久に[台なしに]してしまったような気がします」と、ある未婚の父親は言っている。―「十代の父親たち」。
2003/06/07 10:17:33





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最終更新日  2003年06月07日 22時03分42秒
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