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2004年03月22日
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魔術的な慣行は民族によって異なり、驚くほど多種多様なものがあるが、その背後の基本的な考え方はたいへん似通っている。

まず第一に、類は類を生む、つまり望ましい効果はそれをまねることによって生み出せるという考えがある。これは模倣魔術と呼ばれることがあり例えば、雨が不足して作物が危険にさらされると、北アメリカのオマハ族のインディアンは、水を入れた容器の周りを回って踊る。次いで、一人の人がその水を少し口に含み、小雨かにわか雨に似せて、水を空中に吐きかける。あるいは、男の人が傷ついた熊のように地面を転がって、首尾よく熊狩りができるようにしたりする。

詠唱用の歌やささげ物を含め、もっと手の込んだ儀式を行なった民族もいた。中国人は大きな紙製の、あるいは木製の竜、つまり雨の神を作り、それを持って練り歩いたり、あるいは神々の偶像を日なたに置いて太陽の熱を感じさせれば、雨を降らせることができるかもしれないと考えて、その偶像を神殿から取り出したりした。

東アフリカのヌゴニ族は儀式の一環として雨の神殿の境内に埋めたつぼにビールを注ぎ、「主なるチャタよ、あなたは私たちに対して心を固くされました。私たちに何を行なわせたいとお思いでしょうか。私たちはまさしく滅びうせるに違いありません。あなたに差し上げたビールがございますので、あなたの子供たちに雨をお与えください」と祈る。それから、残ったビールを飲み、その後、歌ったり踊ったりして、水に浸した木の枝を振る。

魔術的な慣行の背後には、人の所有する物件は所有者から離れた後でさえ、引き続き当人に影響を及ぼすという、もう一つの考え方がある。そのために、かつてある人の所有していたある物品に力を及ぼすことにより、その人に魔法をかけることが行なわれた。

ヨーロッパ大陸や英国では十六、七世紀当時でさえ、人々はそのような力で人に危害を加え得る魔女や魔法使いのことを依然として信じていた。そして、ある人の像をろうで作り、それに針を刺したり、人の名前を紙片に書いて、それを火で焼いたり、人の衣服の切れ端を埋めたり、あるいは髪の毛や切った爪、汗や、はては排せつ物に対してさえほかの色々なことをしたりする方法があった。

このような、あるいは他の方法がどの程度まで行なわれていたかは、1542年、1563年、および1604年に英国の議会が魔法を行なう者に死罪を科す法令を定めたことからも分かる。

このような魔術はあらゆる時代を通じて、ほとんどあらゆる国民の中で様々な仕方で行なわれてきたのである。





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最終更新日  2004年03月22日 13時07分04秒
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