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2005年03月30日
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テーマ: 感情(58)
カテゴリ: カテゴリ未分類
「祝福とのろいが、同じ口から出て来るのです。わたしの兄弟たち、こうした事がこのようにして続いてゆくのは正しくありません」。―ヤコブ 3:10。

 話すという能力は、人間の特性の一つであり、他の動物にはない。しかし残念なことに、この賜物を誤用する人がいる。侮辱、悪態、不敬な言葉、冒とく、下品な話、卑わいな言葉は、人の感情を害することがあり、時として身体的な負傷よりも痛手となる。聖書は、「剣で突き刺すかのように無思慮に話す者がいる」と述べている。―箴言 12:18.

 ののしったり悪態をついたりすることが日常生活の一部になっている人が増えている。学校からの報告によると、子どもたちが汚い言葉を使う頻度は高くなっている。しかし、人の気分を害するような言葉も、感情を発散させる手段としては益になり得る、と言う人もいる。政治学専攻のある学生は、「普通の言い方ではこちらの気迫が伝わらない場合、汚い言葉を使うことは強力な一手になるはずだ」と書いている。クリスチャンは(そうでない人であっても)、人の感情を害する言葉を発することに対してそのような無神経な態度を取ってもよいのだろうか。神はそのことについてどうお考えなのだろか。





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最終更新日  2005年04月11日 00時20分33秒
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