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2005年05月02日
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テーマ: 命(69)
カテゴリ: カテゴリ未分類
 キリスト教世界で執り行なわれる葬式の話にはしばしば、死後にも生き続ける魂と復活の両方が登場する。例えば、聖公会の牧師はたいてい次の文言を唱える。「憐れみ大いなる全能の神が、世を去ったこの愛する兄弟の魂を召すことを喜びとされたので、わたしたちは兄弟の体を大地にゆだねます。土は土に、灰は灰に、塵は塵に。主イエス・キリストによる永遠の命への復活という確かな希望のもとに」。― 「聖公会祈祷書」。

 この言葉を読むと、聖書が復活を教えているのか、それとも不滅の魂を教えているのか分かりにくく思える。この点で、フランスのプロテスタントの教授オスカー・クルマンが自著「魂の不滅か死者の復活か」で述べている事柄に注目できる。「クリスチャンが死者の復活に対して抱いている期待と、魂の不滅というギリシャ人の信条との間には、大きな相違がある。……キリスト教は後代にこれら二つの信条の結びつきを確固たるものとし、今日でも普通のクリスチャンはこの二つを全く混同してしまっているが、私と大半の学者が真理と考えている事柄を隠すべき理由は何もないと思う。……新約聖書の精髄と思想は、完全に復活への信仰によって支配されている。……実際に死んでいる人全体が、神の新たな創造的活動によって生き返らされるのである」。

 死と復活に関する一般の人々の理解が混乱しているのも不思議ではない。この混乱を解決するには、聖書に目を向ける必要がある。聖書には、人間の創造者が啓示された真理が収められているからである。人間から出た哲学など真理からは大きくかけ離れている事実を知り、人間を創造された人格神であるJehovahのみ言葉聖書に記されていることが(唯一まことの)真理であることを認識しなければならない。聖書には、幾つもの復活の事例が記録されているが、そのうちの四つから明らかになる点について確かめてみたい。





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最終更新日  2005年05月19日 18時22分27秒
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