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そうですネ。こうしましょう。なるべく人の多いところがいいですから・・・・。う~ん、私はどちらかと言うと人ごみよりも静かなところの方が好きなんですけどネ・・・。まッ、この際、イランで人の多い所、バザールなんてどうでしょうか。テヘランのバザールで大声で「アガイエ・アリィ~!」と叫びましょう。イヤイヤ、叫んだことにしましょう。うん。早い話が、「アリさ~ん!」とネ。このときは「アガイエ・アリ」ではなく「アガイエ・ァリィー」というように、「ア」ではなく「リ」にアクセント・マークをつけて、しかも「ァリィー」と少々伸ばしましょう。イランでは名前だけでなく後ろにアクセントを置いた言葉が多いんですヨ。それはともかく、叫ぶとですネ。どうですかネェ~。およそ、半分近くの人が「今僕のこと呼んだ?」とばかりに振り向くのではないでしょうか。かく左様に、イラン人の男性は、「アリさん」が多いのです。「アリ」「モハメッドアリ」「アリレザー」「ゴーラムアリ」・・蟻さんだらけなんですネ。その一人、「アリレザー」の話。私は彼の名字を知らない。そう言えば聞いたことがない。彼は、とある絨毯屋で見習いをしていましたが、その内親方に認められ、独立をしたのです。彼は、私を見つけるといつも満面に笑みをたたえ、チャイを勧めてくれます。チャイが終わると何処からともなく、絨毯を持って来るのです。どうやら「この絨毯、品質は最高だ。しかも安い。買っておけ」と言ってるようです。首を右前から左後ろに振るのです。「カモン」と言う仕草ですネ。私が「ナー、ラゼムニスト」(いらない)と言うと、満面の笑みがたちどころに消え去り、最愛の恋人に振られた男のように、肩を落とし、寂しそうな顔をするのです。反対に、OKでもしようものなら、笑みに包まれた顔をより一層くしゃくしゃにして、右手の平を胸に当て一礼するのです。そして、「俺はこの絨毯を彼に売ったんだ」と周りの人に嬉々として報告です。本当に愛すべき人、「アリィレザアー」
2002年11月30日
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イスラム圏では金曜日が休日です。皆さんご存知ですネ。ある冬の晴れた金曜日、友人が「マウンテン・サイドに行こう」と言うのです。「素晴らしいから」とネ。私はこの「素晴らしいから」の一言に浮き立ち、連れて行ってもらうことにしました。車でエルブルス山脈の麓まで、快適なドライブです。車から降りると既に、テヘランの町がある程度見渡せる程で、風もなく、一段と期待に胸が膨らむのでした。ここから少し歩いたところにロープウェイがあり、それで一気に山頂付近に行くと「絶景だ」と嬉しいことを言ってくれます。イランの山は禿山です。木が一本もありません。そこに雪が積もったりして・・・。眼下にはテヘランの町並みってな調子です。ところがです!!。。。歩き始めたとたんのことです。息が切れ足が思うように前に進まないのです。何としたことか。ハアハア、ゼイゼイ。「時差による寝不足のせいか? はたまた、日頃の運動不足のせい?」ふぅーッ!たちどころに、友人のイラン人には置いて行かれ、彼らは「早く来いよ」とばかりに立ち止まって私を振り返っています。「エェーイ!このままでは日本男児のなおれ。イラン人ごときに負けてなるものか!!」ハアハア、ゼイゼイ・・・・・。そうなんですネ。イランは太古の昔、海底が隆起して出来た高原です。テヘランの平均海抜はなんと、1500メートルもあるらしいのです。従って、私はおよそ、海抜2000メートル付近を登っていたのです。空気は~薄く~、フゥーッ、気ッ圧は~低いッ、はぁ~・・・・。と言うことなんですネ。お解りでしょうか。誰ですかッ!?「年のせいじゃないの?!」なんて言ってたのは!やっとのことで、ロープウェイにたどり着きました。「ウゥ~暑い!もう死ぬかと思った」などと少々オーバーに、それでも元気にロープウェイの順番を待つのでした。待つこと約1時間、若干の苛立ちと身体の冷えを感じながらも、イラン人達の嬉々とした表情と、誰彼となく人懐っこく話しかけてくることにまぎらわされつつ、一気に山頂へ駆け上がるのでした。ん?あれ?肝心の景色はと言うと、煙って見えない!!しかも、キエェーッ!!何だこの寒さはぁーっ!!未知の世界との遭遇だったんですよ。それでも、友人に「美味しいレストランがある」などと我輩の弱点をつかれ、気を取り直してレストランへと急ぐのでありました。レストランはと言うと、なるほど暖かい。しばしは喜んだのですネ。それもつかの間、運ばれて来た料理は美味しいなんていえる代物ではありませんでした。無理して食った、でも残した、と言う類です。私は、友人の甘い言葉に惑わされたことを悔やみつつ、下山の途につくのでした。でもそこからが、本当の試練だったのですヨ。これが。三々五々登って来た登山客も、降りるときには何故か混み合っておりました。2時間待ちです。例の未知の寒さの中で。ガチガチガチガチ。余りにも寒いので、駆け足宜しく身体を動かす。すると、空気が薄くハアハア、ゼイゼイ。しんどいので休む。またもやガチガチ、ガタガタ。皆さん、くれぐれもご注意下さい。冬にはイランの山に軽々しく行かないように!!冬になるとかのイラン人、「山に行こう」とニヤリとするのです。皆さん、冬の間だけお願いです。私に山のことを思い出させないで下さい!
2002年11月29日
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40℃以上もあったイランも11月ともなれば冬です。テヘランと東京の緯度はほぼ一緒ですから、イランにも当然四季があるわけですネ。只、イランの春と秋は極端に短いのです。ほとんどが夏と冬なんですヨ。今年の日本に似ています。秋が短かったですよネ。イランの夏はカラカラの乾期で、冬が雨期なんです。イランの冬は寒く、零下10℃~20℃にもなります。そして雨期ですから雪が降るのですネ。この雪が重要なんですよ。雪が。イランには、エルブルス山脈とザグロス山脈という富士山級の山脈が存在します。この山脈に万年雪をたたえるのです。この万年雪が地下に滲み込み、オアシスに湧き出すのです。従って、雪の少なかった年の夏は水不足になってしまいます。イランにとって寒くて雪の多い、長くてうっとおしい冬は、恵の季節でもあるのです。余談ですが、イランで傘屋は儲からないでしょう。傘をさしている人を見たことがありません。ご存知でしたか?イラン人の顔立ちに傘は極端なぐらい似合わないんですヨ。それはともかく、零下10℃~20℃といっても、イランの冬はさほど寒いとは感じません。気温ほどはネ。風ですよ、風。そう、木枯らしが吹かないのです。傘の件は冗談ですが、これは本当です。
2002年11月28日
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もう随分前の事ですが、ドイツに行ったことがあります。私のドイツに対する感想は、「ドイツは大人だ」。一言で言うとこんなものでした。「何が大人なんだ?」ということですが、五つ位あります。まず第一に、ご存知のようにあの国、駅に改札口というものがありません。切符を買わなくても電車に乗れるわけですネ。これは要するに、「無賃乗車をするフトドキな輩などわが国にはいない!」と言うことを前提にしているわけですネ。なるほどいないのですネ。第二ですが、ドイツでベンツと言えばタクシー(ディーゼル車)ぐらいです。ベンツやポルシェやBMWなど、ほんの少ししか見かけません。日本のほうが、よっぽどたくさんこれらの高級車が走ってます。皆んな、1500ccの大衆車、ワーゲンかフォードなんですネ。見栄など張らないんですヨ。第三に、若い女性です。白いブラウスにパンプスですネ、ほとんど。日本のように、ピンヒールにシャネルとブランドバッグなどいないでしょう。いれば、商売女に間違われます。第四には、カジノです。私はある日本人を見てしまいました。(あぁ~はずかしい)彼はテーブルの上に3~4百万円の札束(日本円だった)を置いて、カードに興じていました。腕まくりをして、目の色変えてネ。当然のことですが、横には派手な女が。それに比してドイツ人ギャンブラーはスマートでした。彼は幸運だったようです。物静かに悠然とディーラーにチップを渡し、席を立って行きました。要するに、ギャンブルは負けても困らない人の遊びなんですネ。ドイツでは。第五に、銀行でのこと。私の友人が両替をしておりました。私は、特に用がないので長椅子に腰掛けて、地図か何かをみていたのです。すると順番を待っていたドイツ人、私に、あなたの番ですよと身振りでうながすのです。割り込みというような、はしたない行為は金輪際しないという態度なのですヨ。まだありました。ドイツの道路には必ず無料の駐車スペースというものが設けてあります。よって駐車違反は致しません。駐車違反をしないとどうしょうもないのに、何処もかも駐車禁止と言うような理不尽は許さないのですネ。彼らは。かくかように、国が国民を大人扱いし、国民も大人として振舞う。このことにいたく感心させられておりました。ところでです。この旅行中、私はある若いイラン人と少し話をする機会があったのですネ。彼はドイツに来て2年目ということでした。「ドイツは大人だ」と感心していた私は、このイラン人に「ドイツとイランとどっちが良いか」と尋ねてみたのです。彼はすかさず「イランだ」と言うのです。「やはり、そうか」「して理由は?」するとどうでしょう。そこには思いもかけない言葉が・・・・。「ドイツは人間が機械みたいだ!」
2002年11月27日
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トルコの親日は有名です。しかし、わたくし、「日本人観光客好き」と言った方がよろしかろう・・・・と思うのですが。私の知ってるトルコ人、30代という若さで、観光旅行会社と絨毯の会社の社長です。(お土産の客引きからターキッシュ・ドリームを達成したのですネ。)口を開けば、「日本人のお陰です。日本人大好き」とのこと。彼の言葉の端々から「日本人を小ばかにしている」と感じるのは私のヒガミなんでしょうか!?!カモなんですネェ~。日本人。(トルコ日記をご参照下さい。)ところで、本題のイランの親日感情ですが、これには驚かされました。「トヨタ、セイコー、ソニー。日本の技術は素晴らしい。」この点については何処の国でも同じです。皆さんも「そうだろぅ~!」なんて、初めの頃は少し優越感に浸っていましたが、今ではすっかり聞き流していることでしょう。聞き慣れましたものネ。イランとてその点については変わりません。「イランってェ~、そんな発想がぁ~?」と感心するのは次です。とある男性、わずかばかり年配の方でした。彼曰く、「日本は素晴らしい。あんなに小さな島国でありながら、アメリカとあんなに頑張って戦った」???ですと。あんぐり、ポカーン!??!でしたネ。その時私は。「イラン人ならではの発想」「おみごと」と思いませんか?親日国イランの根幹はこんな所にあったのですネ。そう言えば、あちこちに「アメリカくたばれッ!」のスローガンが。
2002年11月26日
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私は、何人かのイラン人と宗教の話をしたことがあります。イヤ、してしまうはめになったんです。そこで、なんとも不思議な事を発見しました。といっても、怪奇現象や奇跡の事ではありません。イラン人は言うのです。イスラム教もキリスト教もどの宗教も神様は同じなのだと。またある時、敬虔なイスラム教徒を自認するイラン人に「あなたの宗教は」と尋ねられたので、「私は神を持たない無宗教なんだ」と答えました。すると彼らは「なんでだ」と追い討ちです。私は、「あぁ~ぁ、やちゃったよ」と心の中で思わず舌打ちです。意を決して、「私は、神が人間を作ったと思わない、人間が神を作ったのだと思うんだ」と答えました。するとどうでしょう、彼らは反論することもなく、「なるほど、面白い考えだ」と言うのです。おぉ~なんと、彼らは、イスラム教以外の宗教にも、イスラム教すら否定してしまう無神論者にも食って掛からないのですネ。何が言いたいのかというとぉ・・・実はネ、私は「イスラム教徒=過激」と言う思いがあったのです。早い話がネ。イランはイスラム教でも過激と言われているシーア派に属しています。だから、「唯一神 アッラーを否定する考えは許さない」とばかりの「洗脳の嵐」に身構えたんですヨ。・・・・・これって解りますよネ。あなたのイスラムに対するイメージも同じ様なものじゃないかと思うのですが、如何でしょうか?イスラム教では、一日5回のお祈りが義務付けられているようです。しかしこれとても、「忙しかったり出来なければいいのです、また出来る時にすればいい」と言います。イスラム教が寛大なのか、イラン人がおおらかなのか??私は後者だと思っています。
2002年11月25日
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いわずと知れたとおり、イランはイスラム国家。他のイスラム系国家との違いは、イスラム教の坊さんが政権を握っていると言うことです。ニュースで目にする頭にターバンを巻いて、神父のような服を着た人は坊さんなんですネ。そこで、お酒が禁止、西洋音楽や西洋映画禁止、肌の露出禁止など、イスラムの教えに反すると判断されたものは禁止なんです。ところで、娯楽の少ないイラン人は、何かと言うと親戚縁者が集います。今日は誰それの誕生日ということで、ホームパーティーです。そう、イラン人は陽気で楽しいことが大好きです。音楽にダンスにお○もなんです。都会と田舎、貧富の差なんかでそれはかなり異なりますがネ。女性の服装はというと叶姉妹のような方までいたりします(イヤーッ!これは実に楽しい)。(注:パーティーがですッ!)西洋音楽も大きな音で響きわたらせたりして。「お前ら何時に寝るんだぁー!」と言うような時間まで続いたりします。外からは、丸見え、丸聞こえ。でも平気なんですヨ、これが。家の中と外では全く違います。外では厳格なイスラム教徒に見えたイラン人も、家の中は治外法権かのように振舞います。警察もそんなことでは踏み込みはしません。陽気でおおらかなんですネ。イラン人。でも、彼らはイスラム教徒です。
2002年11月24日
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あの交通ルール無視、交通マナーくそ食らえ!(お食事中の方はご容赦を)のイラン人がですよ!冬のある時「デレイ」。そうなんです、私はその時、トルコ・イスタンブールのアタテュルク空港にいました。あいにくの雪のため、テヘランのメヘラバード空港が閉鎖。何時飛ぶのやら、うんざりしながらイランの天候回復を祈っていたのです。このイスタンブールからテヘラン行きの深夜便は、何時もイラン人であふれているんですヨ。家族や親戚に頼まれたお土産の大きな荷物を持ってネ。でネ、そのお土産の話ではなくて、こうした時に限らず、イラン人はやさしくて、思いやりがあるということを言いたいのですよ。実は。トルコ語を話せるイラン人も多いので(タブリーズの町の常用語はトルコ語です)空港職員のアナウンスがトルコ語だけだったりするのです。すると、イラン人は唯一の外国人である私を見つけて、親切にいろいろ世話をやいてくれるのです。食べ物まで分けてくれたりネ。一言二言話せばもう友達です。片言のペルシャ語の単語を並べようものなら、尚更です。俺の家に来い!飯食ってけ!イランには何しに行くんだ!案内してやる!泊まるとこはあるのか!てなもんです。要するに、困っている人をほっておけない、思いやりのあるイラン人を私はあらゆる場面で発見するのですネ。イラン人は古い車を大事に乗ります。でも、古いのでよく故障します。砂漠の中の一本道でエンコです。イラン人はこれを見るとJAFなんぞに任せておいたり致しません。これは言うまでもなく、イランにJAFがないという理由からではありません。誰かれなく助けてあげるのですネ。温かく、思いやりのあるイラン人なんですよネェ~。だからなんです。まるで、人の迷惑を考えないかのようなイラン人の運転。解せませんなぁー。
2002年11月23日
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前に書きましたネ、自分勝手なイラン人の運転。そう、まるでレースのように、我先にと突進していくやつですですヨ。車を運転すると人格が変わるなんてネ、我が日本でもよく聞く話なんですがネ。お前もそうだろうってッ!? (ほっとけッ!!)あッ!しッ、失礼。。。。そうなんですが。イラン人の七不思議のひとつと言いますかネ。う~ん、解せない。やはり解せないんですヨ。ギャップが埋まらないと言うやつなんです。やはり。うんそう。ある夏の日の夕暮れ、私はイランのイスファハンと言う街にいました。ここは、ペルシャ統一王朝としては、最も栄えたと言われているサファビー王朝時代(西暦1502年~1736年)の都で、歴史的建造物も多く、イランでもっとも美しい都市です。日本で言うと京都のようなところです。従って、イラン人観光客も多いのですネ。家族旅行が。人々は思い思いに食料を持参したりなんかして、街の中心を流れるザヤンデー川のほとりの公園で、キャンプよろしく夕食です。私はと言うと、例のコーサーホテルですよ。覚えてますか?そう、あの飲み放題の生メロンジュースをしたたか飲んで、下痢をした。違いますヨ。そうではなくて、メロンの芳醇な甘い香りに酔いしれていたのです。(どうだ!うらやましいだろう!)そして、昼間は40度でも夜になると急に涼しくなってくるので散歩としゃれ込んだのですネ。するとどうでしょう、あっちでも、こっちでも、「お前はジャポニか?」「どうだ一緒に食ってけ」「ここに座れ」と手招きしてくるのです。これは、旅先で彼らがたまたま開放的になっているからではないと思われるのです。はたまた、お土産を高く売りつけようと言うような魂胆も見えないのですヨネ。これが。ちょと長くなるので明日に続く。(日記なんだからその日のうちに書き終えろってェ~。)
2002年11月22日
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白黒と言うのでカラスを突然思い出しました。カラスは黒いもんですよネ。でも、イランに行って大発見。新種の鳥発見!学会に発表しなくちゃなんてネ。はじめは思いましたヨ。ツートン。ツートンカラーなんです。頭と背中は黒いのですが、胸からお腹はグレーなんですヨ。イランのカラスはお洒落さん!なんですよネェ。エッ!ちょと地味だってぇ。でもこれ位にしとかないとカラスと言えなくなりますからネェ。。。それよかネ、黒いチャドールを身にまとった女性が集団で現れると、大きい声ではいえませんが、実に○○です。「カラスの集団」なんてネ、イラン人が言ってましたヨ。あッ!失礼!でも私じゃないですヨ。。。。。<緊急連絡>イラン以外でもこんなカラスの目撃情報ありましたらお知らせ下さい。(イラン野鳥の会)
2002年11月21日
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目が大きいことが美人の証し。イラン人女性はことさら、目の化粧を入念に行うようです。その大きな黒い瞳でじっと見つめる。じっとですヨ!!今日は、問題の一夫多妻というやつですネ。皆さんお待ちかねの。イスラム教では、4人まで妻を持つことが許されています。ハイ、ハイ男性の方、よだれ出てますヨォ~。女性陣、ブーイングはやめて最後まで話聞いて下さぁ~いッ!イランは男性社会のようです。女性が働きに出る所はほとんど無い。レストランもウエイターなのです。男性が強く、女性の立場は弱いかのようです。イラン人男性に「4人もかしづいてくれて、なんとうらやましい」と話を向けると、ほとんど、「日本人の方がうらやましい」との答えが返ってきます。イラン人曰く「4人までOKですよ、でも命は無いでしょう」そう、イラン人女性は強いのです。家を取り仕切っているのは女性です。浮気をしたら殺されます。イランには娯楽が乏しく、女性はほとんどの時間家で夫を待ちます。そう、あなたの想像通り女性は強いのです。一人で充分、男は死んでしまいます。かくして、皆奥さんは一人だけなんですネ。(もったいない)二人目、三人目にチャレンジしてる人は、そう言えばお目にかからないなぁ、やっぱり死んじゃったのかなぁ・・・・。イラン人の理想の女性像は「おしん」なんですネ。15年ほど前、土曜日の夜8時になると街から人影が消えました。おしんがペルシャ語を喋っていたのです。おしんを知らないイラン人はいない。おしんを知らなかった日本人がここにいますがネ。そうなんです。「おしん」はイラン、ナンバーワンTV番組だったのです。これが、「日本人の方がうらやましい」とイラン人が言う第3番目の理由です。おしんがイラン人にとっての日本人女性像なんです。ハイ。でも、イラン人女性(友人の奥さん方)は自慢の手料理で人をもてなすのが好きです。ほんとに優しい、母性愛の塊のように見えますがネ。私には。私のイラン人の旧友(男)は「間違えなければネ」と笑います。
2002年11月20日
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今日は皆さんのご要望にお答えし、イラン人女性について。女性に限らず、イラン人は家庭で、それぞれの役割というものをしっかりとわきまえ、それを果たしているように見えます。例えば、学生であれば勉学、ご主人は妻子を守り食べさせる。女性はというと、家庭を守る、食事をはじめとにかく家族の身の回りの世話をやく。というように。世界有数の美人国なんですネ。イランは。イランもアジア。従って、肌の色も顔つきも我々日本人に似ており、色白で彫りの深い美人が多い。(アラブ系の方はちと違う)だって、日本人がみんな彫が深くなったら美人でしょ?イヤー、あなたは今のままで充分お美しい(汗)。チャドールで顔を隠してるから「美人だろうなって思うだけでしょ」だってェ~。イヤイヤ違いますよッ。私が特別な関係になって顔を見たわけでもなんでもないですヨ。いやですネェ、変な想像はよして下さいッ!革命以前は、チャドールを着ない人もミニスカートの人もいたんですネ。そして、革命後、年々民主化されている現在はと言うと・・。信仰心の度合いにもよるのですネ。イスラム教によると、髪の毛、肌、ボディーラインなど男を惑わせるものを晒してはいけないのです。しかし、一般的に都会よりは田舎、若い人よりお年寄り、金持ちより貧しい人の方が信仰心は深くその教えは守られているようです。テヘランあたりで裕福な家庭にお邪魔すれば、我々と変わらない服装です。女性も一緒に食事に同席します。出掛けるときもチャドールではなく、黒っぽい生地で仕立てたコートを羽織ります。頭には絹のスカーフを巻いて、前髪を少し出したりします。しかもその前髪を金髪に部分染めしたりして(イラン人は黒髪です)。当然顔は全面開放です。若い人はコートの下はジーンズ、肩にはビトンのショルダーバッグだったりするのです。お洒落なんですヨ。イラン女性は目が大きい。目が合うと、日本人のように心を堅く閉ざした防御の眼差しと共に目をそらす、というようなことはありません。大きな澄んだ目でじっと見つめてきます。ドキッツ!としますネ。ほんとこれには!「イラン人は情熱的なんだッ!」「あなたはイラン人女性と日本人女性どちらが好み」かってェ~?そんなの決まってるでしょ!勿論イ・ラ・ン・ジ・ンではなく、日本人なんです。これが。う~ん、「イラン大好き!!」なのにネ。おぉーとっ!ひぐらしさんの関心事、一夫多妻も書かなきゃいけんかったのにィ~。これはまた、明日のお楽しみと言うことで・・・・・・。どこかのTV番組みたいに1週間も待たせないから、また明日、明日も来てネ。
2002年11月19日
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サラマレコンム!と、どこかのご家庭にお邪魔して下さい。まずはチャイです。奥さんなどの女性ではなく、ご主人など男性が運んで来ます。これはイランの女性がなまけものだから?いえいえ、チャイを入れたのはおそらく奥さんでしょう。チャドールに身を隠し、ご主人以外の男性に顔や肌を見せてはいけないのです。おぉそうだ、今日は果物だったナ!イランの女性については別にゆずろう。エツッ!この女好きめッって?ほっといてくれッ!エヘン!(気を取り直して)どこのご家庭でも、フルーツがお皿に山盛りしてあります。いつも客人を迎える体制万全ってとこですネ。要するに、果物が安くてうまい!そう、これを言いたかったんだ。メロン、これは大きい、しっ、しかも安い!値段を聞いてびっくりするなよ!いいかい。10円。たったの10円なんですよ。いやほんと。日本じゃ、「1万円するメロンがあんのよ」と話してやると、「クレイジー」だって。次に、スイカ。切って出てくりゃ、日本のものと変わらない。しかし甘い。ほんとに美味い。値段と味は日本の負け。このスイカの形、なんか、「ヘンダワネ」。そう、イランのスイカは丸くない。ラクビーのボールのような形なんです。だから、スイカのことをペルシャ語で「ヘンドゥワネ」というのです。ハイ。ちなみに、スイカは「西瓜」と書くでしょう。何故、西の瓜かご存知ですか?この西瓜とか、胡椒、胡瓜など、「西」とか「胡」と付くものはイランからシルクロードを通ってはるばる伝わってきたのです。「西」や「胡」はイランのことなんですネ。イランが原産だったのです。私の一番のお気に入りは、ももです。小さい方の。このもも、ももらしからず、まるでUFO宜しく、円盤形なんです。これを彼らは、皮をむきもせずガブリ!絶妙、いや、「ゼッツミョウー!!!」なんです。香り、甘み、酸味、ジュウシーさ、うーッ!困った。こんな貧困なボキャブラリーでは表現できない!困った。皆さんの豊かな想像力でカバーして下さい。ほかにもいっぱいあります。いちじく、バナナ、りんご、みかん類、みんな美味しい。あぁ!そうだ、胡瓜もだ。「胡瓜は野菜だろ」ってェ~?私もそう思うんですが、何故かイランでは果物と一緒にお皿に盛って出てきます。皮をむいて塩をかけてかぶりつきます。ボリボリ・・・・・では又ネ。
2002年11月18日
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夏と書くぐらいだから、冬もある。でも今日は夏。イランの夏は熱い。エッ!夏は暑いのが当たり前だって?いえ、いえ、だからネ、「暑い」のでなく「熱い」のです。国土の三分の二が砂漠(土漠)のイランの夏は40度を越えます。何を触っても体温より高いのです。じっとしていても体温が上がる。太陽の下を歩こうものなら、もう微熱状態です。「熱い」お話をひとつ。余りの熱さに、わたしはシャワーを浴びて服を着ようとしました。日本では、サッパリ感に浸る時ですネ。あなたは海水浴に行った時、シャワーの後で日向に置いていた服を着た経験がありませんか?あれです。寒い冬に高温の風呂に入った時とも言えるでしょう。「あっ、熱っいィー!!」ついでに、もうひとつ熱い話。夏は風があると涼しい。これは日本の常識。イランでは、夏の日中、風が吹くと熱いのです???砂漠では、日中の気温は50度、60度にもなるそうです。従って、風は、ドライヤーの熱風状態なんです。余り熱いので、体温を下げないとぶっ倒れてしまいます。やおら、シャツを濡らしてみる。しかし10分もすればカラカラ。汗も流れる前に乾いてしまう。もうこれでは干からびるーッ!!そこで、冷えたメロンかスイカをほうばります。うっ、うまい!あまいィー!じゅうしいィ!!体温が下がったところで、おやすみィー!!3時頃から5時迄はお昼寝タイムです。ここでとっておきの情報。。。イスファハンの町のザヤンデー川シオセポール(橋)のたもとにあるコーサーホテル、ここの生メロンジュースは美味。しかも、飲み放題ですゾォ~。
2002年11月17日
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一番よく飲む飲み物はチャイ=紅茶です。一日何回も、チャイチャイチャイ・・・・・・・・とにかくよく飲みます。座ればチャイ、話せばチャイ、話が途切れたらチャイ、話し疲れてチャイってな調子です。しかし、チャイは食事中には飲みません。食事中はコーラが一番よく飲まれています。これがなんと、コカとかペプシではなくmade in Iran なんですネェ~、ハイ!イランに行って、ホテルで食事をする羽目になった時のオススメ。トマトスープかオニオンスープ、シュリンプカクテル、チキンシェニツェルを注文されたし。カクテルと言っても飲み物ではない!これは速い話が海老サラダなのだ。シェニツェルなる舌を噛みそうな食べ物はカツ、すなわちチキンカツなんです。間違ってもビーフステーキ何ぞ頼まないように、くれぐれもネ。どす黒い血のしたたる、生臭い、どうしたら飲み込めるの?と言うような代物にお目にかかりたぁ~い。あなたがこの様な「怖いもの見たさ」の好奇心旺盛な方なら話は別ですがネ。とにかく、中近東はマトンです。マトンがきらいでもマトンです。「マトンは臭いがネェ~」少なくともイランのマトン料理はマトン臭くありませんから一度お試しあれ!臭うのはビーフですから。魚もそうですが、新鮮なものは臭くない!ということなんですネ。エッ!あなた辛いの苦手なんですか?イラン料理には香辛料を沢山使いますが、インドのような辛い香辛料は使いません。イラン料理やトルコ料理は辛くありません。
2002年11月16日
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ホテルは朝食だけにした方がいい。イタリアレストラン、ステーキレストランなんぞの洋食レストラン、日本料理店は敬遠されたし。うまい分けないから。経験上。郷に入れば郷に従え!ってのは、まるでイランに行った時に考えた諺だったのか?ウンッ??とにかく、イスラム圏にはトン汁はない!(エッツ!当たり前だってェ~)エヘン!モトエ!豚肉料理がないんだった。コーランに豚は食うな!と書いてあるらしい。一番よく食べられているのはマトンだ。ご存知ですネ。イラン人は外食するのが好きです。この外食で最もポピュラーなのが、チェロキャバーブなんです。(略してチェロキャバ) チェロとはご飯、キャバーブとは焼肉を意味します。そしてキャバーブといえば一般的に羊の焼肉をさします。(ちなみに、鶏の焼肉の時は、ジュジェキャバーブと特定して言うようです。)ところで、このチェロキャバ、まずは、30cm位のお皿に白米ご飯が盛られたものが出てきます。ご飯の一部は黄色いサフランライスになってたりします。そのご飯の小山のてっぺんには、羊の乳から作ったバターが一塊。人々はご飯の温かいうちに右手に持ったスプーンと左手のフォークで両方からすくい上げるようにしながら混ぜ、焼肉が出てくるもを待ちます。かくしてバターライスが完成したころ、楕円形のステンレス製大皿に乗ったシシキャバーブが出てきます。この焼肉には2種類あり、厚さ7ミリ長さ25cm幅6から7cm位のいわゆる焼肉と、クビデと言って、ミンチ肉に香草などを混ぜ込んだものを、五平餅よろしく串にくっつけて焼いた竹輪状の物があります。前者の方が上等です。この大皿にはあと焼いて表面の皮が焦げたトマト、レモン、香草などが一緒にのっかっています。あと、生のたまねぎのぶつ切りなんかも頼みます。飲み物はコーラが一般的。(他に、オレンジジュース、ノンアルコールビールなど)焼肉はスプーンをナイフ代わりにして一口大に切り、トマトの皮を丁寧にはがしてつぶし、ご飯と混ぜ込んだりして、フォークを壁にして右手のスプーンにトマト汁入りバターライスを焼肉と共に載せて口に運びます。常に一緒にほうばるのです。そしてたまねぎをガブリ・・・・・・。おぉ~何とまぁ美味!ホシマゼ、おいしいんです。これが!!今日はこの辺で! 食事事情はつづく。
2002年11月15日
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お土産好きの日本人と日本語を勉強するトルコ人。トルコに行くと兎に角やたら日本語で話しかけてきます。観光地で街角で。観光案内を頼みもしないのに「アナタニホンジンデスカ?」流暢にあるいは片言で・・・。その内に「友達ネ」なんて、いつの間に?でも、「まぁいいか、こいつ日本語しゃべれるし、親切そうだし」てな具合です。そのうち、やおら「僕の友達がやっている店にいきませんか。安いです」なんて話に。10万円そこそこの絨毯が、「現地で買えば安いはず」という固定観念ゆえに30~40万円に化けてしまいます。女性の場合は「買わないと帰してもらえないような雰囲気でした。」ということまで・・・聞きます。「日本人には3倍で」というのが常識のようです(ある絨毯屋の客引きに聞いた話)。またまたビックリする話。空港の免税店も気をつけた方がいいです。トルコではドイツ・マルクで値段を表示している空港免税店がほとんどです。ところが、日本人が「ハウマッチ?」とやると、100マルクを100ドルと答える店員がいるのです(100マルクは50ドル前後)(今は?ユーロかも)。なんせ、トルコは観光客で食ってると言ってもいい国。中でも、日本人は一番のカモなんです。「ワタシニホンジンダイスキデス」ってネ!そりゃ~、ニホンジンから10万円ボッタクりゃ、彼らにしたら80万円の荒稼ぎになるんですからネ。金持ちになりたければ、日本語を勉強しろ!なのです。とは言え、それさえ気をつければ、トルコは本当にいい国です。安全だし、食べ物は美味しいし、エキゾティックで異国に来たと実感できるし、物価もまあまあ安いし、観光名所も豊富だし、ローマ、ビザンチン、オスマン帝国、現代と各時代を楽しめるし。私は、内陸部よりはイスタンブールからマルマラ海・エーゲ海・地中海沿岸の町が大好きです。 トルコ旅行される方は是非情報を尋ねてみて下さいネ。
2002年11月14日
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イランvsイラク戦争終結以来、イランの復興は目覚しい。道はよくなる、車は綺麗になる、建築ラッシュに、地下鉄が出来る・・・と。いい事がいっぱいだけど、悪いことも。物価です。もううなぎ上り。15年程前、1ドルは、公定レートで78リアル、ヤミで1,380リアルだった。確か。現在ヤミレートはなくなっが、1ドル8,000リアル。リアルの貨幣価値が6分の1にまで落ちた。ということは、当たり前だけど物価が6倍になったということだ。でも、トルコのインフレの方がもっとすごい。ここ10年位に6倍。数年前についに、500万トルコリラ札が出来た!!!みんなお金の勘定をする時、ゼロを少なくとも三つ省いてる。三つもですよ!!!
2002年11月13日
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[イランに行く]とか、中近東の話をすると「大丈夫?」との反応が返って来ることもしばしば。「イスラム圏=治安が心配」というのが大方の日本人の常識のようですネ。 それもそのはず、イラク、アフガニスタン、イスラム原理主義過激派、アルカイダetc. これが日本人のイスラム圏イメージだもんネ。 このBBSでも、何人かの方が「恐そう」とのご感想。。。 心配ご無用!!!イスラム圏、イランの治安は「すこぶるいい」のです。「犯罪に対する罰則が厳しいから??」なのか、素朴で人がいいからなのか、スリも置き引きも引ったくりもなく、ましてやどこかの国のように毎日殺人事件でマスコミを賑わすことも無いのです。 声を大にして、「ヨーロッパ、アメリカ、日本よりよっぽど治安いいゾーっ!!!」 私のイラン人感:エネルギシュで情熱的・温かく親切・日本びいき・・・・・ でも、あえて言っておきます。顔の恐い人ははっきり言っています。お許しあれ!! お国は変わってトルコの治安について一言。トルコも治安がいいことで有名?ですが、ひとつ気をつけて下さい。 観光地の込み合った場所、特にツアーでガイドさんの案内で説明を聞きながら観光しているときは気をつけて下さい。スリ団が徘徊していますので。 女性(とくにおばさん、ハイッ!よそ見してちゃぁだめですよ!あなたですよぉ~)のハンドバッグの中の財布。 注意して下さいヨ~!いいですかぁ・・・・。 しかし、トルコの名誉のために言って置きますが、このスリ団は東欧がらの出稼ぎのようです。 じゃ!また明日、来てネ~。
2002年11月12日
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>月のぉ~、砂漠を~~~、はぁる~ばあぁるとぉ~~。>・・・というのが私の、アラブ圏原初イメージで・・・。>月明かりの中を金と銀の壷を乗せたラクダが・・・もう、うっと>りしてしまいます。楽しみに読んで頂き、感謝!ところで○○さん!折角のうっとりイメージを壊してすみません。月のぉ~土漠(ドバク)を~~~、はぁる~ばあぁるとぉ~~。と歌って下さい。イランの砂漠には風紋がありません。そう砂漠といってもアラビアのロレンスなんぞで見るのと大違い!土と瓦礫の不毛地帯です。太古の昔、海底が隆起して出来た地層のようで塩分が強く、荒涼とした大地です。山には一本の木も生えていません。っそれからっと!エヘン!イラク、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などのアラブ諸国(アラブ圏、アラブ民族)とイラン(ペルシャ民族)は違います。昔、強大なペルシャ王朝は西はトルコ、アラビア、東はアフガニスタン北は旧ソ連圏南部までを支配しており、その頃からアラビアンナイト物語が語り継がれて来たようですネ。「ペルシャ」と聞くと子供の頃に絵本で見たアリババと・・・、空飛ぶ絨毯、金銀の壷を乗せたラクダの隊商の絵が浮かんで来てしまうのです。うっとりと。荒涼とした砂漠の大地で、砂漠の民は気の遠くなるような年月を費やして、一結び、一結びと華麗な絨毯を織り続けます。自然が過酷だからこそ、天上の楽園を夢見て、絨毯に夢幻の世界を織り込んでゆくかのようです。
2002年11月11日
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ガソリン・・・・・・・・・世界一高い日本と比較すると安すぎる!なんと1リッター6円位。それでも近年高騰している。イラン人に言わせれば「水みたいにいくらでも湧いてくるものが6円も高すぎる」・・・だそうです。交通マナー・・・・・・・・これは、マナー以前の問題です。まるで全くルールがないように見えます。なにせ「早いもん勝ち」という感じです。直進も左折も右折も、どちらが優先というルールがないのです。人と車でもそれがたとえ横断歩道上でも同じです。信号も横断歩道も数は少ないので彼らはどこでも横切ります。そしてよくはねられています。道路を横切るのはまさに命がけの感があります。車どうしの接触事故も多く、事故ルと車は横にどける事無く、そのまま警官が来るのを待ちます。従って大渋滞になるのです。待つ間は、結構大きな声で罵り合います。しかし、手を上げたり、威嚇するような態度を取る人はいないようです。どこかの国のようなヤクザっぽい人や汚い言葉を使う人はいません。
2002年11月10日
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イランはやっと地下鉄が一駅出来たばかり。従って移動は車。車の多さは日本に負けていません。渋滞も東京、大阪並です。ほんの少しオーバーか? でも多い!イランの国産車ペイカン、ヨーロッパ車、日本車、アメ車。近年は価格の比較的安い韓国車も増えてきています。イランは衣食住は安いが、車とか電化製品は贅沢品。日本とは全く逆で、すこぶる高い。ちなみに、トヨタコロナ1800ccが300万円位、平均月収3万円位の人にとっての300万円ナノダ!従って10年、20年落ちの中古車も直して直して乗るのです。たとえば、15年落ちの中古車(日本ではスクラップするのにお金を取られるようなもの)が、なんと年収の2倍位するのですゾ!)アメ車など革命以降入っていないので、走っているアメ車はまるでアンティーク。それでも最近は新車も見かけるようになりました。
2002年11月09日
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サラマレコン(こんにちわ)15年ほど前、イランvsイラク戦争が終わった頃までは、メヘラバード空港も自動小銃を抱えた軍人が徘徊し、緊張感に包まれていた。入国審査もきびしく、パスポートチェックに1時間、所持金検査に1時間、荷物検査に1時間と、計3時間も待たされたものだった。今は、荷物が出てくるのが少々のんびりしている位で、30~40分位で入国出来るようになった。随分進歩したものだ!近年、フロントガラスやドアのない車も見かけなくなった。道路も年々よくなている。去年から地下鉄が、まだ一駅だけだが走り出した。これは革命前に計画されていたものが動き出したのだ。テヘランの見所は、2km四方ほどの巨大バザールとイラン最後の国王パーレビの宮殿か。バザールはまるで迷路。小さな店がひしめき、ありとあらゆるものが売られている。パーレビの宮殿にはマッシャッド・エモグリの手による紫がかったエンジ色の巨大な絨毯などが敷かれている。コレハ素っ晴らしい!!! 見逃せないものがもうひとつ、カーペット・ミュウジアムだ。これは圧巻。500年前のものから新作まで、代表作の逸品が勢ぞろい。1日中見ていても飽きない。私はこれまでに5回も行ったが、又行きたい!長くなるので又明日。
2002年11月08日
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新規OPEN致しました。中近東、イラン、トルコの旅行事情、絨毯事情、裏話、最新情報満載の日記帳にしたいと思ってま~す。乞うご期待を!!あぁ、田中耕一さんは謙虚だから「期待しないで下さい」と言ってたなぁ~・・・・でも、期待してほしいなぁっ!
2002年11月07日
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