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イランVSイラク戦争は遠い昔の話となって、今イランの躍進は目覚しい。とは言え、イランのこと、鉱工業生産の一大躍進と言うわけには行かない。やはり、手作り産業が中心だ。今、政府が力を入れているのは、交通網の整備のようだ。地下鉄の建設と高速道路の整備が急ピッチに進んでいる。テヘラン市内に、数年前ドイツのアウトバーンのように、規模はうんとささやかだが、ちょうどトルコのイスタンブール市内の高速道路を思わせるものが完成した。テヘランからクム(ゴーム)の高速道路、片道3車線は昔からあったのですが、クムからカシャンの片道2車線の高速が昨年完成しました。更に現在、カシャンとイスファハンの間の高速道路を整備中です。これも、カシャンとイスファハンのちょうど中間のナタンズからイスファハンまではほぼ出来上がっています。これにより、クム-カシャン-イスファハンはうんと近くなってきています。これまで、片側1車線の道路は、峠付近でトラックのノロノロ運転にはばまれたり、冬の夜は凍結で危険でした。イランが近代化しようとしています。良いことなのか、悪いことなのか判りませんがね。
2003年01月31日
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イラン人の家族、親戚の結びつきは強い。しょっちゅう誰かがやってくる、昼間と言わず、夜と言わずに。今日もやって来た。ドイツから来たと言うイラン人。どうやら、奥さんの兄弟の息子らしい。突然やってきて、お茶を飲んで話しをし、果物を食べては少し話す。ご飯を食べて帰って行く。この若者が帰ったと思ったら、今度は2人のおばさんが、それぞれの息子らしい青年2人を伴ってやって来た。夜の7時頃である。このおばさんもどうやら親戚らしい。目的は余りはっきりしない。どうやらおしゃべりに来ただけのようだ。息子達は運転手としてついて来たのだ。(これがまた、嫌がっている様子は全くない。日本の息子達とどうしてこうも違うのだろう。)この人たちもチャイと果物を食べながら、ひとしきりおしゃべりがすむと夕食は断って8時半頃帰って行った。イラン人の夕食は遅い。9時前にやっと夕食が始まる。しかし、散々の飲み食いの後だけに夕食は極めて軽く済ませる。又機会があれば書こうと思うが、イラン人は一日中、チャイにお菓子、果物にナッツ類と食べっぱなしなのだ。(食いすぎなんだよ、だから太るのだ。)でも彼等は止めようとは思わない。飲んで食べて、歌って踊って、生活をエンジョイ出来ないのであれば死んだ方がましだと言う。ダイエットなど医者の強制でもない限り、やろうなんて思わないのだ。(おい聞いたか、そこのガリガリの娘達よ!魅力がない!と相手にされないぞ!)それはそうと、夕食の終わった9時半ごろ、今からおじいちゃんおばあちゃんの家に行くという。歩いて数分の奥さんのご両親のお宅だ。お前も行くかと言われたが、ペルシャ語オンリーの世界なのでお断りした。彼等もまた特別用事はなく、ご機嫌伺いに行くようだ。10時過ぎになってようやく彼等は出て行った。そうこうしている間にも、3人の既に結婚している娘達、その旦那と子供達が入れ替わり立ち代りやって来ては帰って行く。イラン人の娘は父親とフレンドリーだ。結婚しても、父親の家に一緒に住んだり、父親の家のそばに新居を構えることが多い。そして、始終親元の家で過ごしている。昼も夜も、どこかに出掛けた帰りにも。旦那はどうしているのだろうと思えば、夜になってやって来て、飯を食ってから一緒に帰って行くという塩梅なのだ。夫々訪問できない相手は、電話だ。とにかく電話がよくなる。鳴りっぱなしといっても過言ではない。アメリカから、アラブからいたる所から、「どうしてる、元気か」と。長電話はないようだ。かくかように、イランでは親戚縁者が連絡を取り合い、助け合って暮らしているのです。そういえば、我々は最早、結婚か葬式でもない限り集まったり連絡を取り合ったりもしなくなって久しい。ことに我が親戚の大久保彦左衛門たる大叔父が死に、父が亡くなってからは、正月の挨拶にも行き来しなくなった。イランにもこんな日がやってくるのだろうか。
2003年01月27日
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ガイド本を見ればわかることを今更とは思いますが、書いておきます。日本からイランに行くには、トルコエアーのイスタンブール経由、ルフトハンザのフランクフルト経由、キャセイパシフィックのシンガポール・ドバイ経由、パキスタンエアーのカラチ経由等の経由便があります。これらは皆、夫々の経由地にて1~2泊のトランジットを余儀なくされます。日程に余裕のある時は、これらの経由地にて観光など楽しんでからテヘランに向かわれるのもいいでしょう。でも、私は、パキスタン・カラチ経由だけは2度と利用したくない。理由は、蒸し暑さとゴキブリ、パキスタン人の目とチィップのけたたましき要求にあります。これ以上は偏見に満ち溢れた文章になりますので書くのを控えます。日程に余裕のない時は、直行便がいいでしょう。イランエアーが、成田-テヘラン間を飛んでいます。成田発は、今の所月曜日と木曜日ですが、木曜の便は北京経由で、北京にて1時間飛行機に乗ったまま、清掃を待たされます。また、直行便は、比較的すいていることが多いのですが、北京経由便はいつも中国人で満杯です。テヘラン発は、日曜日が直行便、水曜発が北京経由便です。成田-テヘラン間は、およそ8,000km、約11時間30分位のフライトです。成田のチェクインカウンターには、既にイラン人が並んでいました。イラン人の中には、日本人女性とのカップルも3組。小さな子供をつれて、お正月を奥さんの実家で過ごしてイランに戻るのでしょう。日本人はもう一人、中年の女性がいた。そして私。イラン人のチェックインは何時ものことながら時間がかかる。とにかく荷物が多いのだ。なにか、許可証らしきものを示して説明している。埒が明かずに、カウンター女性はたまらず、イランエアーの責任者を呼びに席を立つ。てなことの繰り返しなのですね。中には2匹の犬を預けるイラン人までいたのです。彼らのバイタリティーには完敗です。彼らの辞書には、「めんどうだ」とか「大変過ぎる」と言う言葉はないようです。ボーイング747-SPというアンティーク・ジャンボ機に乗り込むと、チェックインにあれだけ手間取ったのはウソのようにすいていた。乗客はおよそ半分位、この時の私は、帰りの北京経由便の状況もしらず、喜んでいた。それにしてもガキがウルサイ!!「何だこのガキは!ウッ、イラン人のガキかッ!!」走り回る、暴れ回る、奇声を発する。おまけに「マッマー!!マッマー!!」としょっちゅう大声で叫ぶのだ。母親は他のイラン人のおばさんとの話に夢中で、子供をほったらかし。子供はその母親の注意を引こうと叫ぶのでした。よく観察してみると、そうした連中が一塊の集団となっていたのです。するとそこへ、なんとパイロットが現れたのです。子供はそのパイロットにじゃれ付くのでした。かのパイロット達、木曜日に日本に家族ずれでやってきて、日曜日まで3泊4日の日本観光の後、今日月曜日帰国する所だったようです。「イラン人は男の子をとにかく甘やかして育てる」と聞いたことがあります。それにしても「くそ坊主」、「このジェットはお前のバーバー(パパ)のものじゃないのだッ!」「くそッ」。いや~!皆さん失礼しました。でもそこのガキ「うるさいぞッ!」久しぶりに見るイラン人、やはり、顔が「濃い」なんて思いながらテヘランへ向かうのでした。
2003年01月25日
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1月某日イランのテヘランバザールで鴨池君に出会った。彼は私の斜め前方に立っていた。私が「鴨池く~ん!」と呼びかけても返事がないので、近寄ってみると、彼は「鴨池君」ではなく「末吉君」であった。彼の紺色の服の胸元には、一文字およそ10cm×8cm位の大きな白い文字で、縦に「鴨池」と書かれており、その下に小さなオレンジ色の横文字の刺繍が「末吉」と施されていたのです。「君は鴨池高校の末吉君なのか?」と言う私の問いかけにも、彼はキョトンとした顔をするのみだったのです。しかるに、彼の顔をよく見ると、何処から見てもイラン人、イランの18歳位の若者と見受けられた。更によく見ると、彼の着ているその服は、スクールジャージと言うやつではないか。彼は、日本語はおろか、英語も全く理解しない純粋のイラン人であった。彼は、ニコニコするのみで、私の言っていることを全く理解せずに立ち去ったのでした。彼の体格からして、わたしは、その時はテッキリ「鴨池高校」と思っていたのですが、日本に帰ってからネットで調べたら、それはどうやら九州の「鴨池中学」と思われるのです。問題は、何故にイランの若者が「鴨池中学の末吉君」のスクールジャージを着ているのかなのですネ。皆さん。言うまでもなく、イランの若者の間で、日本のスクールジャージが流行している訳ではありません。して、彼の着ていたものはコピー商品ではなく、本物と思われるのです。そう言えば、数年前、イランでも大きな地震がありました。何処の町だったか思い出せないのですが、かなりの被害だったように思います。その時の援助物資として、「鴨池中学」出身の「末吉君」が要らなくなったスクールジャージを提供したのではと思われます。今では、大学生か社会人と思われる、「鴨池中学出身の末吉君」何処でどうしているいるのでしょうか。ご存知の方はお知らせ下さい。
2003年01月24日
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イランでひいた風邪が今だなおらず、日記更新の気力湧きません。皆さん、すみませんが今しばらくご容赦下さい。頑強なイラン人が培養したウイルスは強力です。倦怠感及び、胸の悪さと格闘中。
2003年01月21日
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なんとか無事帰ってきました。現在、時差ぼけ中。私にとっては、イランは記録的な暖かさでした。イラン人に「今年のイランは本当に暖かいネェ」と言うと、口々に「そうは思わない」と言うのです。と言うのも、昨年暮には雪が一週間程降り続き、寒かったそうで、私の滞在中だけ暖かかったようです。イラン最終日に始めて曇り、翌16日から雪になると天気予報は伝えているとのことでした。信じられないほどのラッキーさです。なんせ、連日の晴天続きで15日にはなんと15℃にまでなったのですから、これはもう春です。
2003年01月17日
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Iran deha sakunen 12gatu matu ni yuki ga furisamukatta soudesuga watasino toucyaku suru sukosimae kara atatakakunari renjistu no kaisei ga tuzuiteimasu.kyou ha kinyoubi de yasumi desu.omiyage wo katte kimasita. iran no syougatu ha 3gatu 20ka desu.iran reki toiunoga atte nendomo wareware toha chigaimasu.tokorode maria san. yuujin no ojousan ha 25sai debijindesu. mariasan no kitai niha soezu sudenisakunen kekkon simasita.iran josein no kekkon ha hayaku 10dai de kekkonsimasu.kanojo ha daigaku ni itteita tame sotugyou site2nenme no kekkondesu.hanasi ha kawarimasu ga iranjin no unten ha watashi wostukare sasete kuremasu.mainichi suukai jiko ni aisoudesu.genki ni tabi wo tuzuke tai to omoimasu. 10th Jan.2003 from Iran Kerman
2003年01月10日
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6th,Jan.iran ni tukimasita.kotosi no iran ha yuki mo sukunaku atatakadekaitekidesu.omiyage banasi o takusan siirete kaerimasu
2003年01月07日
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いよいよ明日出発です。明日は午前6時30分に家を出て、日本時間の7日午前3時30分頃テヘラン着、宿にたどり着けるのは6時前になる予定です。楽しみと憂鬱が交差しています。イランも今は真冬、零下10℃位を覚悟しているとはいえ、比較的暖かな関西に住む私にはかなりこたえます。トランクの荷造りを夕べやってみましたが、ぎゅうぎゅうです。というのも、お土産なんですネ。ユニクロ、行ってきました。フリースのジャケット喜ばれるのです。6枚お買上げ。ついでにホカホカ貼るカイロ。これら暖ったかグッヅがこの季節、イランには重宝されます。子供さんには、シャボン玉セットを数セットに、チョコレートをドッサリコ。大喜びしてくれることを期待しています。かくして、私の荷物は少ないにも拘らず、トランクは今や満杯です。困った!帰りです。ガランガランのスーツケースでは、つぶれてしまいますからネェ。前に一回やってしまって懲りておりますから。お土産いっぱい買って帰るより方法はないのでしょうか。女房のやつ、お土産買いに行くのも荷造りもいやがらずに手伝ってくれました。これを狙ってなのか??皆さん行ってきます。土産話はいづれ又。17日まで留守にしますが、よかったら、何でも書き込みしておいて下さい。よろしく。
2003年01月05日
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あっという間に明けてしまいました。明けましておめでとう御座います。皆さんに新年のご挨拶遅れてしまい、申し訳ありません。昨日書いた日記は、何処へ行ったの~!!消えてしまったみたいです。さてさて結局、30日は休めず、休みは3日間。しかも、31日は正月の準備の買い物、2日はイラン行きの準備の買い物と誠にあわただしく終わってしまいました。して、6日にはイランへと旅立ちますので、17日位までまたまたお休みさせていただくことになります。それはともかく、今年もイラン珍情報=ケルマンの見たまま、感じたままのイランを綴って行きたいと思いますので宜しくお願いいたします。
2003年01月04日
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