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そして5月のGW明けから Rは正社員として初出社してきた。GWに入る前に Rは俺に 「これだけは守ってほしいって事がひとつだけあんねん・・」そう、俺に言ってきた。それは・・「今日で親友って言う関係を終わりにしてほしいんや・・公私混同したないねん・・」「俺は、明日から きよすけ・・お前の社員やねん・・部下やねん・・」「せやから、俺はお前の事を 明日からは 社長・・って呼ぶから そのつもりでおってほしい・・」「お前も 俺を絶対に特別扱いだけは せんとってくれよ・・」俺は 言葉がでなかった・・「そしてな・・きよすけ。。。何十年後かに もうこれで俺達・・人生・・勝ち組になれたな・・そう二人が思えた時、二人で一緒に仕事・・引退しよや!」「そしてその時に、また親友の関係に戻らせてほしいねん・・」俺は そっと、頷いた。。。カッコつけるわけやないが言葉は いらんかった。。忘れもしない平成14年5月2日 木曜日・・親父が亡くなってちょうど、8ヶ月目の夕方であった。。。つづく (続きは次回)
2006年04月29日
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またまた 久々の日記になってしまいましたが更新します・・当時、人の気持ちをあれほど温かく感じた事はないくらいRの言葉が 温かく嬉しく・・生涯忘れる事はないと思う・・しかし、どうしても その気持ちを受ける事は出来なかった・・それは・・Rには家庭があるからである。。特に、子供がいるからであった・・大人の事情に子供は関係ない・・そう思ったからである・・一ヶ月や半年・・一年の期限付きの単身赴任とは訳が違う・・R達家族が 再び一緒に暮らせるとなれば それは、家族全員が関西の家を引き払い ここへ移転以外にないのである・・子供の学校・・友達・・塾・・etc・・嫁さんの職場・・友達・・親・・etc・・すべての生活環境が変わるわけで。。。それらを 考えると どうしてもRの気持ちを受ける事ができなかった・・Rには それらの事を全部話した上で断った。。そして、一方・・仕事の状況は・・と言うと。。益々、最悪の状況であった・・現場は、俺が入り・・下請けの応援等で なんとか廻るのだが俺が現場に入ってる間は事務関係がストップするわけで営業活動・・書類・・入札・・見積り・・デマの信用回復・・すべてが ノーガードになってしまい、悪循環のまま時間が経った・・経営の経常利益にも まともに影響し このままだと行き詰まる・・なす素でなしなのか・・倒産やむなしか。。絶体絶命を名実共に感じた時である。。それは、4月の終わりであった・・・Rが、退職届を提出し、家族をきちんと説得し すべてをクリアーして再び俺の所へ来た。。。しかも、着替え以外は何も持たず裸ひとつで来たのである。。「きよすけ。。。部屋探しくらいは付き合えよな!(笑)」涙が止まらなかった・・・この瞬間・・絶対絶命の言葉は消え・・勝てる! そんな確信に変わった・・Rは現在も 俺の右腕として俺を支えてくれているがきょうまでにも、いろいろな事が この後にも起こり、その事は・・ここに書ける限り書いて行こうと思う。。つづく (続きは次回)
2006年04月28日
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年が明けたが 状況が変わる訳でもなく 従業員も数名が退職していき辛い毎日が続いていた・・そして忘れもしない 2月・・・一日の仕事を終え疲れきって 会社のソファーに座っていると一本の電話が鳴った・・「きよすけ・・俺や。。明日、そっちに行こう思ってんねんけど予定はどないや?」・・Rからであった・・「おぉ!Rか・・うん・・かまへんよ・・いつでも来てくれや!」そう答えた。。。心身共に疲れきっていた俺に Rの声は なんとも温かかった・・そして、翌日。。。Rが夕方に来た。。開口一番・・Rは、「きよすけ・・何をショボい顔してんねん!お前らしくないで・・・あんな。。。きょうここへ来たんはお前に、俺のすべてを託そう・・そう思って腹決めて来てん・・今の事情は ○○(俺の弟)から聞いてる・・お前を助けたい! きよすけの下で働かせてくれや!」いつになく真剣な顔でRは言った。。。Rは、スーパーゼネコンに勤務していて 管理職をしていて転職する必要などまったくない境遇であった・・なのに、家族を関西の自宅に残し 単身で俺を助けてくれると言うのだ。。。嬉しさと驚きと当時の辛さの気持ちとすべてが込み上げ 泣けてきた・・Rと俺の関係は 揺るぎ無いものではあるが、そこまで俺のことを・・・Rと一緒に働ける。。。そう思うだけで 嬉しさと安心感で震えが止まらなかった・・・そう・・Rの気持ちが 何よりうれしかった・・しかし・・俺はRの気持ちだけ受け取り・・断った・・つづく (続きは次回)
2006年04月27日
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仕事の激減・・まさに死活問題であった・・どうする事もできず ただ必死の毎日やった・・あの時の俺を ずっと支えてくれたのが 彼女であった・・愚痴を黙って聞いてくれ・・「何があったって私はきよすけの傍にいるし全部が敵になっても 私は変わらずきよすけの味方・・」普段の彼女の行動からも読み取れる 心底からの言葉である事がわかり当時・・あまりにも温かい言葉に甘えきった・・しかし・・現実が変わるわけでもなく 暗い気持ちで親父抜きの初めての正月を迎えた・・忘れもしない1月3日・・・おふくろの用事の足をしていた時・・携帯が鳴った・・Rからであった・・「どや?少しは落ち着いたか?」Rに現況を打ち明けた・・・R・・「わかった・・きよすけ。。もう少しがんばりや!お前、一人には させへんから!」意味がわからなかったが 何もかも 分かり合ってるRとの会話は何故か 温かかった・・・そして年始めの仕事がはじまった・・今年は 無我夢中で がんばり・・一歩前進の年にしょう!そう決め・・自分なりに 新たなスタートをした・・一ヶ月後・・・最高に温かい経験をする事になるとは この時・・思いもしなかった・・つづく (続きは次回)
2006年04月25日
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更なる苦難・・それは、土木業には その道の人がいて嫌が上にも付き合いをしなくてはならない・・ある日 この辺では かなり力を持っている人から連絡があった・・俺の携帯番号なんて教えた事もないのに何故?と思ったがそんな事を調べるくらい朝飯前なのであろう・・その人の用件とは・・詳しくは書けないが 簡単に言うと今後、まともに仕事をしたかったら 下につけ・・というものであった・・俺は迷った・・しかし・・解答を出すには充分な時間を与えてもらえなかったのも事実である・・話し方は ほんまに やんわりと言ってきたがとてつもない威圧が陰を見せていたのも事実である・・「ゆっくり話し合おうや・・今から事務所に来てくれへんか・・」仕方なしに出向いた・・映画の舞台セットを思わせるような まんまの事務所。。。聞きたくもない相手の話しに同調しながら苦痛な時間が過ぎた・・・親父やったら どう言うやろ・・聞きたい思いでいっぱいであった・・誰にも相談できないのが ほんまに辛かった。。そして自分なりにひとつの答えをだした・・・「誠実」・・・これは親父のトレードマークでもあった・・俺は キッパリ断った・・・これでもし 会社をダメにすることがあっても本望や・・そう思い・・断った。。しかし、相手の反応は意外にも 「お前・・肝すわっとるやないか・・気に入ったで」であった・・これが縁で その後この人とはいい付き合いをさせてもらっている・・ しかし・・・問題はここからである・・俺がこの人の事務所に入るところを 偶然ある人に見られ「あいつは ああいうところと親密な関係がある・・」デマの追打ちをかけられる事になった・・・仕事の激減に 拍車がかかった・・つづく (続きは次回)
2006年04月21日
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仕事も落ち着いて来た頃の12月。。。会社で事務仕事をしていた時の事である・・一本の電話が鳴った・・事務員が電話を取り 俺に繋いできた・・相手は家の大切な得意先からで あった。「いつもお世話になってます。」いつもと変わらない応対をしたのだが 違うのは相手の方であった。。なにか様子がおかしい・・用件を聞いてみると すべて段取りを取ってあった仕事をなかった事にしてほしい・・との事であった。。意味がよくわからず もう一度 聞き返しても回答は同じ・・「なかった事にしてほしい・・」何がなんだか訳がわからない状態のまま電話を切った。数日後、また違う会社からの電話・・用件は 前回と同じである・・・次から次へと仕事がなくなった・・取り引き先の会社へ訪問し 事情の説明を要求したが回答は 「いろいろ事情があって・・」と 話しを濁される・・どうすることも出来ず 途方に暮れていると以前から親しくしてる同業者から 貴重な情報を入手できた・・親父、亡き後・・俺の若輩と、当時の家の会社の不体勢さを狙ってあの同業者が 家のまったく事実無根のデマをウワサしてウワサを流した後に すかさず 営業に廻り 金額を家より安くするから仕事を回してほしい・・と言った営業をして担当者に 裏金を握らせたと言うことであった・・・これ以上 詳しくは書けないが えげつない やり方である・・仕事が激減した・・この不況の時では、死活問題である従業員も 不安を隠せず、退社表明をして来た・・・絶対絶命であった・・・情報入手をしたものの 動かぬ証拠がなく なす素でなし・・であった。。あまりの悔しさに 涙もでなかった・・親父に 合わす顔がない・・・当時の自分の力のなさに 無性に腹がたった・・この後・・無情にも苦難が 続く事になる・・つづく (続きは次回)
2006年04月16日
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そして11月・・9回目の結婚記念日が来た・・しかし・・結婚して初めて 毎年恒例のプレゼントはもちろんの事・・二人で食事・・「おめでとう」の言葉すら一切言わなかった・・心・・ここへあらず・・であった。。。そして11月の下旬・・親父が、予てから生前・・「仕事を引退したら 自分の田舎に帰ってのんびりしたい・・」と言ってたのを 遺言として 親父を 祖父母の墓に分骨してあげる事にした・・生前、親父は 中学の同窓会を毎年 楽しみにしていたので地元の同窓生に分骨する事を伝えたところ 当日・・20人を越える同級生が集まってくれて 盛大にする事ができた・・中には他県に嫁いだ同級生の方もいてて めちゃめちゃ遠方よりわざわざ駆けつけてくれ親父の生前の交友の深さに 改めて驚かされた・・分骨式後、一席設け料亭で 親戚・・友人(同級生)と団欒をした・・初めて聞く、親父の幼い頃の やんちゃな話しや中学の時・・川で溺れていた子供を 高さ7.8mある 橋の上から飛び込んで救命した話しや 上級生5.6人に脅かされてる友達を一人で向かって行って助けた話しなどなど・・いろんな話しを聞かせてくれた。。懐かしそうに話す同級生が次第に 大粒の涙を流して泣かれた時は俺も耐え難いものがあった・・そんな感じで 無事に分骨も終える事が出来、帰途についた・・そして12月に入り、少し仕事も落ち着いて来た頃・・新たな試練が待ちうけていた・・つづく (続きは次回)
2006年04月13日
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初めて二人で逢ったが ほとんど緊張感もなくめちゃリラックスして話しができた・・いろんな話題がでた・・メールをやり始めた頃の事・・あの時の会話は楽しかった・・・とか、親父が亡くなった時のメールはほんまに不思議やった・・とか・・・そんな話しをしてたら 彼女から 「仕事はどお?」と切り出してくれた。。自然と 甘えられて 愚痴が言えた。。。何も言わず そっと肯きながら話しを聞いてくれた・・とても安心できて 久しぶりに 穏やかな気持ちにさせてくれた・・彼女には感謝の気持ちでいっぱいであった・・その晩・・PCを開いて見ると 彼女からメールが届いていた・・そこには、彼女から こんな歌をプレゼントされた・・今井美樹の「PIECE OF MY WISH」であった。。。歌詞を書いてみた・・当時の大きな支えとなった歌である・・「朝が来るまで泣き続けた夜も歩き出せる力にきっと出来る太陽は昇り心を包むでしょうやがて闇はかならず明けてゆくからどうしてもっと自分に素直に生きれないのそんな思い 問いかけながらあきらめないで すべてが崩れそうになっても信じていて あなたのことを本当は誰もが願いを叶えたいのだけどうまくゆかない時もあるわ希望のかけらを手のひらにあつめて大きな喜びへと変えてゆこう愛する人や友達が勇気づけてくれるよそんな言葉 抱きしめながらだけど最後の答えは一人で見つけるのねめぐり 続く 明日のために雨に負けない気持ちを炎もくぐりぬける そんな強さ 持ち続けたいそれでもいつか すべてが崩れそうになっても信じていて あなたのことを信じていて欲しい あなたのことを」今でも 二人でドライブに行く時・・この曲を よく聴いている・・他にも たくさんの想い出の曲があるがそれは 後で書こうと思う・・つづく (続きは次回)
2006年04月11日
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彼女の言葉で 虚勢を張りすぎていた自分から抜ける事ができて気持ちの上で すごく楽になった・・もちろん現実が変わる訳ではなく やるべき課題は山ほどあったがそれらを取り組む気持ちの軽さは ほんとに楽であった・・後の日記に 書こうと思うが この後・・世間から、いろんな攻撃を受ける事になり 大きく凹む事も経験するのだがその度に 彼女から 心を大きく支えてもらう事になる。。。また これも後の日記に書くつもりやが 例のいつものメンバー達も俺を一人にしないように 毎日 短時間ではあるが電話・・もしくは 訪問をしてくれた・・どんなに気持ちが紛れたか わからない。。。当時、俺を支えてくれたすべての人達を 俺は絶対忘れない・・話しは外れたが・・親父の49日法要も無事に終え一段落が着き数日後・・彼女と約束の食事をする日が来た・・あんなに気持ちがトキメキ 心が躍ったのは 最近ではほとんどないくらいワクワクであったのを よく憶えている・・・つづく (続きは次回)
2006年04月08日
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またまた日記の更新が遅くなってしまいました・・今まで有限だった家の会社を 株式にし 社名も変更したのでバタバタでした。。。やっと大きな目標の通過点を達成できて一人喜んでます・・では、日記の続きです・・ 運命の出逢いを果たして 満面の笑みの二人・・実際に逢うのは 当然・・初めてなのに なぜか初めて逢った気がしないほどなんの違和感もなく 会話が弾んだ・・その話しの中でも 彼女は 俺の仕事の事・・心身の事を気遣ってくれた・・「きよすけ・・仕事はどお? 写真より全然細いけど 痩せたんやない?」「無理しないでね・・気負いしないで きよすけらしく・・だよ!」こんな言葉が とても温かかった。。。この言葉にどれだけ救われた事か。。。この約一ヵ月・・無我夢中で 自分が めい一杯の背伸びをしていた事に気付く・・今の俺が 親父のような事が出来るハズがないのに・・・誰だって年輪・・経験を積んで現在の地位や力を見に付ける事が出来たハズ。。。「きよすけらしく。。。」「そうや・・俺らしく行けばいいんや・・どんなに頑張ったっていろんな経験を積まなければ できるハズがない・・」そう思ったら 気持ちが ほんまに楽になったのをよく憶えている・・彼女の労りからの言葉で こんなにも気持ちが穏やかになれた・・彼女の 心からの思いやりの気持ちがストレートに伝わった・・・あの時からである・・食事も 少しずつ食べれるようになり 気持ちにも余裕が持てるようになったのは。。たしかに この後も仕事で いろんな事があったが 気持ちを楽に 勝負できるようによった・・あの時、彼女の言葉がなかったら。。。。きっと身体を壊し 自分が潰れていたと思う。。そしてその時・・食事に誘ったら 彼女は 飛び上がって喜んでくれて日にちまで決めた・・つづく (続きは次回)
2006年04月03日
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