音楽三昧+α

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2017.09.01
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カテゴリ: 歴史




 大正12年9月1日午前11時58分44秒、その瞬間、中央気象台に置かれた地震計の針は1本残らず吹き飛んだと言われている。唯一計測できたのは、東大理学部の地震計だけで、記録した数字はマグニチュード7.9。被害は関東のみならず、静岡や長野にまで及んだ。
 被害者の数は日本の災害史上もっとも酷く、死者の数99,331名、負傷者103,733名、行方不明者43,476名、全壊した家屋は128,266戸、半壊は126,233戸を数え、さらに火災で約44万7100戸が焼失した。
 火災によって東京の全戸数の70%、横浜では60%が焼失したと言われている。
特に地震が昼食どきに起こった事が、火災などの被害として規模を拡大させる要因になった。

 大正12年9月1〜2日にかけて東京の気象庁(旧名 中央気象台)の寒暖計は46.3℃の温度を記録しています。これは、関東大震災に伴って起こった大火災が中央気象台にも迫ったための温度上昇です。もちろん自然に起こった気温の変化ではありませんから正式な観測記録としては採用されていません。

 震災の後の大火災は、平成 7年に起こった阪神・淡路大震災、平成23年の東日本大震災でも見られた現象。関東大震災の際の東京の被害は地震そのものの被害よりもこの火災による被害の方が大きかったとか。

きょうは二百十日でもあります。

天災は忘れた頃にやってくる






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Last updated  2017.09.01 07:05:30
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