現実逃避所 Ally of Jastice

May 6, 2005
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カテゴリ: 今日のこと
会いたいよ。



ミンミンミンミン―――
せみが、なく。
うるさい。畳で扇風機の風をあびながら、うちわ片手にアイスキャンデーをほおばる少女――水無月こなえは夏休みのそのいつも通りの一日にぐったりしていた。
宿題は完璧!……に終わっていなかった。得意科目である英語には手を付けてみるものの、苦手な数学にはこの猛暑の中まったく歯が立たずにいた。完敗。
(気分転換しよう)
ふとそんなことを考え思いつきで家を飛び出す。
アイスを口に詰め、残りのジュースを飲み干すと彼女は鍵と財布と携帯電話をつかみウェスト・ポーチに押しこむ。
この間わずか27秒。

彼女は夏特有の『だらだら病』にかかっていた。
何をするにも、30秒以上かかるとやる気がなくなってしまう。
たとえば宿題であり、とくに宿題。そしてさらに言えば数学。
椅子に座り、問題集を開いて、シャーペンを握り、頭の司令室に電気をつける。
しかしそこで必ず司令長は快適な司令室・ライフのために様々な準備――主としてそれはお気に入りのBGMやジュースだった――をはじめるのだ。
そこでもう、2,3分かかってしまう。
すると、やる気がなくなってしまうのだ。
司令長は快適な環境に加え漫画などの娯楽を欲する。
好きな科目ならまだいい。課題に取り組みながら誘惑と戦う余裕がある。
しかし、相手が数学ではそうもいかない。
誘惑に、負ける。

そう、このままではいけないと思った彼女は勇敢にもあるきだした。
――日常を、変えるために。
変えてどうなるとか、そういうことは結構どうでもよかったりする。
肝心なのは、だらだらしているよりも何かを探して刺激を受けるほうがきっと今の自分には大切だというインスピレーション。
何もおきなくてもいい、何かおこるかもしれないのだから。




(うわぁ、蒸し暑ぅ……)
いつも、こうだ。
夏っていうのは冷房のきいた場所からでると熱風が襲ってくる。
肌にあたる風は少し心地いい。
そして部屋の中よりも大きく聞こえた。
ミンミンミンミン――
せみが、うるさい。
涼しい部屋に戻りたい気持ちを抑えながら鍵を閉める。
そこではじめてサンダルを履きなおす。
暑い日差しの中水無月こなえは歩き出した。



(どうせだから、行ったことないところに行こう)
はずむ足取りは暑さに負けて、すでに重くなっていたが、彼女の決心は変わらなかった。
「あれ、水無月じゃん」
声をかけられて振り向く。
しかし、そこには誰もいなかった――などという冒険ロマンス始まりのパターン、ではなく、そこには幼馴染だった日暮紫音が自転車にまたがり地に足をつけまじまじと自分を見ていた。
しおん、聞いただけで可愛い響きである。
が、男だ。バリバリ野球部、長身の男だ。
彼とは小学校の6年間ずっとクラスが一緒だったが、中学校にあがるとき離れ離れになった。
こんな日に会うなんて。
ついさっきまで家でごろごろぐうたらしていた自分が。
幼馴染に会えた、それは結構嬉しいことだった。
嬉しいけれど、突然声をかけられなんと反応していいかわからない。
「……なに」
出たのは、そんな無愛想な言葉。
司令長は熱さでだらけてしまったのか!?――裏切りおって、この軟弱者!
「ご、ごめん。なに? 」
あわてて言い直す。
「あー…いや、別に。うん、なんでもないけどさ」
「そっか。なにしてるの? 」
「――俺? 」
驚いたような声で小さく問い返す。
「そうだよ。紫音以外にだれもいないでしょ」
「お前がいるだろ」
「馬鹿にしてるの? 」
「滅相もございません」
かしこまって日暮紫音は言った。
こんなやりとりは、小学校でいつもしていた。
「えへへへ」
「なんだよ水無月。いきなり笑うなって」
「あれ、紫音わたしのこと"水無月"って呼んでたっけ? 」
「いまさら"こなえ"なんて呼べるかよ」
「わたしは別にいいけど」
「俺が恥ずかしいの! 」
そんなふうに会話はぽんぽん進む。
「ねぇ、せっかくだからちょっと寄らない? 」
適当に歩きながら会話していたのだが、どうにも司令長が休みたがっている。
こなえが指したのはごくありふれたバーガー・ショップ。
「お前のおごりな」
「ふざけないでよ」
自分から誘っておいて『ふざけないでよ』とご機嫌ナナメになるこなえ。
頬を膨らませ唇を尖らせてにらむ彼女に呆れた紫苑は、「はいはい。わかってますよ。自分の分は払いますって」と降参した。



向かい合う席。
馴染みのこの街で二人が向かい側に座らないのはきっと、誰かに見られるのが恥ずかしかったからだろう。
水無月こなえはオレンジジュースを、日暮紫音はコーラを片手に、二人で1つのポテトをつまんでいた。
「で。どこいこうとしてたワケ? 」
「別に……どこも」
通路に視線をそらす紫音に、こなえは次の攻撃を与える。
「うそでしょ。なんかおもしろそうなこと隠してるでしょ」
「いや、別に。……なぁ? はははは…は……」
「何が 『なぁ?』 よ。わざとらしいって」
「知ってどうするんだよ」
「ついてく」
「はァ!? 」
意外すぎた――というより、突飛過ぎる彼女の発言に紫音は驚きを隠せないでいた。
「ついてくるって……オイ。やめとけ」
「だめ。楽しそうだもん」
「あ、そう。じゃいいよ。一緒に行こう」
「ずいぶんあっさりしてるね」
「旅は道連れ」
「不吉なこと言わないでよ!もう」
冗談交じりで言葉を交わす。
――もっとも、冗談抜きの会話なんておもしろくもおかしくもないけれど。
「俺は、夏休みだらだらだらだらと過ごしてきた。」
紫音がイキナリ語りだしたので、こなえは大人しく聞くことにした。
「実は俺、野球部やめたんだよ。そんでもって、夏休みは冷房ガンガンの部屋でずっと本読んでたんだ。この俺が、本だぞ? 信じられるか? られないよな。まぁそれはどうでもいい。とにかくその本はおもしろかった。
確かにそれがジュニア向けライトノベルだったこともある。けどな、その冒険がまた読者の視点からでもこう……ハラハラすんだよ。めちゃくちゃ楽しい」
こなえはここまでしゃべる紫音をはじめて見た。
明るい奴だったが、思春期の男子そのもので女子である自分にここまで長く何かを喋ってくれたことはなかった。
それが無性に、嬉しかったりする。
一方の紫音は一気に喋り疲れたのか、ストローから口を離さない。
ストローを噛みながらこなえは尋ねる。
「野球部やめたの? 」
「まぁな。色々と。――で、まぁその本がもうすごくおもしろいわけよ」
また本の話をはじめた。
せっかくだから全部黙って聞こうと思った。
「主人公は普通の中学生なんだ。けどな、ある日家出するんだよ。家族に嫌気が差して、ふら~っと。歩いていくうち、森があってな、そんなかの湖のぞいたら街がうつってて。んで、そこが異世界とつながってて。
もとの世界に戻る方法を探すため向こうの世界で旅に出る。……と、まぁそんな感じだ」
語り終えて誇らしげな彼にたずねる。
「だから、それで君どこにいくわけ?」
「もちろん、旅に出るんだよ」
あっさりとしていて、でも漠然な『本日の』目標。
ああ、神様。
目前のこの男の子はなぜどうしてこんなに夢見るお年頃なのでしょう。
そしてこの私自身もなぜどうしてこんなに夢見るお年頃なのでしょう?
――ということで、水無月こなえと日暮紫音は旅に出た。



「あっつ~」
「疲れた~」
「どこまで行くの? 」
「海を目指そう! 」
「ちょっと…アンタ本気!? 」
「俺は真面目だ……。海へ…行く」
黙っていると、むなしい。
片方は自転車を押しながら、もう片方はとぼとぼと歩きながら。
夏の日差しがさんさんと降り注ぎ、そしてそれをこれでもかとバンバン反射するアスファルトは、早くも二人の旅路を過酷なものにする。
「うし。まぁ…海でも……いいでしょう」
「どうして……決定権が…お前に……あるんだ」
ぜえぜえ言いながら紫音はたずねる。
「あ、あ……わ…わたしのほうが……年上だから…よ……」
「た、たかだか3,4ヶ月だろォ……」
「いいえ……5ヶ月…上よ……」
一言一言にあわせ足を一歩ずつ前進させる。
「だぁぁぁっ! 暑い!暑い!暑い! 暑いってば」
「暑い暑いゆうな! 私まで暑くなるっ」
ミンミンミンミン――
「飲み物買おうぜ」
「ナイス・アイディア」
「しかしコンビニも自動販売機もない」
「探せ! 探して歩くんだ日暮クン」
「はっ 了解であります、曹長! 」
――と、そんなノリで十数分。
二人は1つの自動販売機を見つけた。
「わたしオレンジジュース♪」
「またかよ」
「悪い? 」
こなえはまたしてもオレンジジュースを、紫音はお茶を購入した。
互いに頬につめたい缶をくっつけあう。
「えへ」
「ばか」
『つめたいっっっ!!! 』
笑いあう二人に、会っていない分の時間の溝はなかった。



どこまでも歩いていく。
少女――水無月こなえと、少年――日暮紫音は夏休み宿題を放り出し、暑い日差しの中黙々と歩いていた。
先ほどまでは互いに皮肉を言い合ったりしながら歩いていたのだが、さすがにこの暑さ。
会話も少なくなっていった。
「海……まだぁ? 」
けだるそうな声でこなえは紫音に問いかける。
「まだ」
「どのくらい」
「まだ…だ…」
海は遠かった。二人が思うよりもはるかに遠く、険しい(?)道のりであった。
数学の宿題と、冷房のきいた(扇風機付きの)部屋と、美味しいチョコナッツバーをおいて。
久しぶりに会った元クラスメイトと共に、海を目指して歩いている。
「ねぇ。 なんか天気悪くない? 」
こころなしか涼しくなり、きれていた息を取り戻す。
やっと、普通に話せた。
「そうだな。なんだか、天気悪いかもしれないな」
「雨降ってきたらどうする? 」
「どうするもこうするも雨とかその前に――」
「待て、雨はお前が言い出し――」
「ほっときなさい。……もう、2時半なんだけど。」
「あれ、何時から歩き始めたっけか」
「11時ちょっと過ぎ」
「もうだいぶお腹すいたな」
「そういうこと。なんか食べよ」
田舎道――とまでは行かないが、結構何もない。
ファミレスもなければ、山があるわけでもなし。
工場のような、なんというか――トラックばかりのつまらない道。
南、南へと道を歩き海を目指す。
「海、見えるだけでいいの? 」
「水着ないだろ」
いや、ちがくて…――声に出さずにツッコミを入れる。
「わたしが言ってるのは、写真とかに撮らないの?……ってこと」
「は? なんで」
「冒険って言ったって、どうせわたしと歩くだけじゃない。写真とかに残しておいたほうが――」
「馬鹿だなー。写真とかに収まるもんじゃないだろ。俺は、俺の感動を見つける。それは色あせない」
「ロマンチックなこというねー……」
「冒険って、そういうもんだよ。きっと。写真とか、そういうのには残らない」
坂を登りながら、一語一語に力を入れ、一言一言にあわせて歩を進める。
「何かを探しに旅に出て、あとから書き記すことはあっても……そのとき写真に収めたりはしない。探してる間は、そして見つけたそのときは――精一杯すぎてわかんないと思うんだ、俺」
話を聞きながら、こなえはひどく感心した。
そこにいるのはやっぱり紫音だったけど、小学生の紫音じゃなくて、もっと大人びた彼だった。
「本で読んだの? 」
「馬鹿の戯言だよ」
笑いながら答える彼の横顔はやっぱり大人っぽくて、気付けば自分と同じくらいの背には10cmくらいの差が出来て、時間の流れをちょっと感じた。
見えないところでも、同じ空気を吸って。
会えないところでも、同じ町内で育って。
それでやっぱりその流れは止まらずにここでも流れてる。
そして、ここで流れてる時間は二人だけのもので、それを流すのにこなえは必要不可欠だ。
そういう事実が、彼女には嬉しかった。   <前編・終>






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Last updated  May 6, 2005 10:40:35 PM
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