現実逃避所 Ally of Jastice

May 7, 2005
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カテゴリ: 今日のこと
「あのさ、なんかまた暑くなってきてない? 」
雨が降るかも、と涼しくなりかけた空は無情にもどこかへ行ってしまった。
「ああ、そうかもな。なんとなく…蒸し暑いし」
二人は今、比較的穏やかな道を歩いている。
2時半ごろに、「お腹がすいた」という話をしてからかれこれ1時間弱が経ち、夏の日差しはピークを終え、なんとなく涼しくなる3時ちょっと過ぎ――を迎えるはずだった。
が、しかし!
絶好の冒険日和――もちろん今日――は朝9時から25度を超え、昼2時には東京でも36度を観測、現在未だ30度を切っていない。
直射日光はそれほどでもないが、アスファルトに溜まり込んだ熱光線は、反射という放射をなお続けている。
しかも、とどまることなく。

ふと気がつけば、せみの鳴き声が変わっていた。
家の近くの『ミンミンミンミン』ではなく『ジリジリジリジリ』という声に。
「ねぇ、せみの鳴き声、変わってる」
「そうだな」
「海にさぁ、近づいてると思う? 」
「たぶんな」
返事が短い紫音に、少し不安を覚える。
「なんか怒らせた? 」
「怒ってない」
「うるさい? 」
「喋り続けてくれても構わない」

けれどこなえはやはり不安だった。
「わかった、お腹すいて力が出ないんでしょ! 」
こなえが言った。
馬鹿っぽさ丸出しで、場を和ませるつもりだったのだが、なぜか紫音はフリーズしてしまった。
この猛暑の中フリーズできるだなんてまったく羨ましい奴……そう思いながらも水無月こなえは「どうしたの? 」と声をかける。

低く、重いその声。
そういえば、と思ってみれば紫音は声変わりしていた。
(そうかそうか。だから声かけられても気付かなかったんだ! )
などと呑気にしているこなえとは裏腹に、彼女の隣では日暮紫音が「なぜ! 」「どうして? 」「顔に出てたか!? 」「お前はいつもの鈍感なこなえじゃない! 誰だ! 」「俺はもうおしまいだ…」――と、一人慌て騒ぐ。
たかがお腹のすき具合をあてられたぐらいで――と人は思うかもしれない。
けれど、基本的に無口な紫音にとって『何も喋っていないのに気持ちを当てられた』という事実は、彼を『何も喋っていないのに浮気がバレた』男に仕立て上げるのに充分な材料だった。
「おい、水無月ッ! 」
もはや自分が見えていない。
構うものか!
このサイコ・ガール水無月をどうにかしないと自分の浮気がバレてしまう!
さぁ、水無月かかって来い――
「んは? 」
かかってきたのは何とも間抜けな返答だった。
彼女も何気なく口にしたのだろう。浮気などしてない。バレない。
というより、まず隣にいる少女は紫音の彼女でも何者でもない。
――空回りに気付き、妙な脱力感が紫音を襲う。
「なに、紫音」
「悪い……。なんでもない」
「あっ ねぇ、その自転車貸して! 」
紫音は最初、自転車で海を目指すつもりだったのだか、こなえがついてきたため彼は律儀にも自転車を押し押し歩くのだった。
「貸して? 」
「いいけど……」
200mくらい先に、また急な坂がある。
走るとしてもそのくらいだろう。
「ひゃっほー……って、あつっ!」
黒いサドルはめいっぱい太陽の光を浴びていた。
危なっかしいこなえに思わず言う。
「ばか、気をつけろ」
「なにに気をつけるのよ!? 」
思わず『ばか』と叫んだ自分が憎らしい。
会話に困る。いまさら謝れない。
「……不審者に…気をつけろ……」
「は……?」
「と、とにかく!あの坂までだからなっ」
「わーかってるって!」
眩しいきらきら陽光の夏の日。



坂は、長く高かった。
「思うんだけど……こんなっ…」
途中まで言いかけて、大きくすぅはぁ息をする。
「大変なっ……思い…しなくたっ…て…絶対…他のルートがっ……」
急な坂のため一歩一歩に力を入れる。
特に、自転車を押して歩く人は。
「んだと……な…んなら……帰ったって……い、いいんだ…ぜ…」
「はっ な、なにを今更ぁぁぁああぁぁあっ……よし!やった! 」
そこまで言い終えると同時に、坂の頂上に達する。
「『よし!』 ……じゃねぇっ!自転車を押す俺の気持ちも考えろっ」
「あー大変だなー」
「よくわかってるじゃねェか……」
ピキピキと顔を引きつらせている彼を隣に、彼女は提案をする。
「ねぇ、疲れたでしょ? 木陰で休もう? 」
坂の頂上であるこの道の脇には、うっそうと生い茂る木々の陰。
ひんやりする草が肌に当たる。
そよ風が吹く。相変わらず熱風だが、汗ばんだ肌と衣服の隙間を駆けてゆく風は心地よかった。
「ひゃー 気持ちいー」
ほとんど道の脇は森である。山である。
夏だ!自然だ!ナチュラルだ!
わけのわからない宣伝が駆け巡る頭を、木々の間から覗かせる。
森の奥には、色鮮やかな花が咲いていた。
「ばかが。そうやってコドモみたいに騒いでばっかだと蚊に食われるんだ……
「よっ!」
元幼馴染の声と共に首筋に冷たい感触が走る。
「きゃっ」
「虫除けスプレーだ」
自慢げな紫音をキッと睨み、
「ばかぁっ! …くさい!くさい!虫除けくさい」
こなえは手足をバタバタさせた。
「俺は気にしない」
「わ・た・し・がッ! 気にするの! 気になるの!!! 」
「ごめん……」
あまりにも素直な紫音に思わず引き下がる。
「いいけどさ…。ほら、お返しよ」
プシュウゥゥゥ、と煙をあげて爽やかで甘いシトラスの香りが紫音の肌に染み込む。
「な、なっ やめろ!!! 」
「安心しなさい。ただのデオトラント・スプレーよ」
直射日光はそれはもうギラギラと眩しいが、木漏れ日もきらきらと中々眩しいものだった。
「よーし。そろそろ行こっ? 」
「そうだな――っと、おい、水無月。後ろ、乗れ」
自転車にまたがりながら紫音は親指で自転車の後ろを指す。
「? 」
とまどいながらも自転車に乗る。
さすがにスカートでまたがるのはなぁ、と、横に足をそろえて。
気付けば紫音が悶えていた。
「どした? 」
「み、み……水無月…そこ、くすぐったい。上過ぎ!上過ぎ! 」
思わず紫音に手を回していたのだが、脇下であったため、彼はひざを震わせながら笑いをこらえている。
「ご、ごめん」
謝ってからお腹の辺りにつかまる。
「力入れんなよ。わき腹も実は弱点 だッッッ」
紫音とこなえを乗せた自転車は坂を一気に駆け下りる。
ドドドドドドド……
『ぎぃやぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁ』
のどかな夏の風景。
どこかでなるチリンチリン、という風鈴の調べ。
そこにこだまするは少年少女の絶叫であった。
何しろ山をひとつ下るのだ。
一歩どころか半歩間違えれば死ぬのである。
しかし彼らはそれに気付かずに過ちを犯す。
――が、死にはしない。若さゆえの偉業(異業)である。
死にはしないがトラブルは付き物だ。
悲しいかな、坂の終わりに湖が見えてきた。
ブレーキは効かないだろう。
「わっ 湖!あぶないっ」
「喋るな水無月ッ! 舌をかむぞ!? 」
「何言ってるの紫音も喋ってるじゃない」
「どうでもいい、飛び降りろ―――!!!」
声に反応し横にそろえて組んでいた足を肩幅に広げ、力を入れる。
体をひねりひねり、なるべく前を向く。
高い跳躍、のち、ひじの反動を思い切り利用して手首を勢いよく地面に付ける。
足を前面に――綺麗に見事な円を描き一回転。
前転着地、成功!
(あ、危なかった……)
湖岸の「淵」で止まる。ギリギリセーフだ――
と思った瞬間、ぼちゃぁん、ともう1つの音――紫音と彼の自転車が湖に落ちる音――がした。



「っくしゅん」
紫音はすっかりびしょ濡れだった。
「だ、だいじょうぶ!? ――風邪、引くよ?」
近くの木に絞ったTシャツをかけて、タオルで体を拭く紫音。
反対側の湖の方を向いて水切りをやる気なくしながら問うこなえ。
今さっき、紫音は湖にダイブした。勇敢にも、無謀にも、事故で。
幸い、近くにコンビニがあった。
湖があるくらいなのだから、きっと観光客が来るのだろう。
本当によかった。
タオル、お菓子、飲み物――そして、替えの下着を今しがたこなえが買って来たところだ。
「悪ィ、助かった」
自転車と共におぼれかける紫音を引き上げ、コンビにまで走り、そして今木陰でぐったりとしながらポチャンポチャンと水切りをする。
「自転車……どうする? 」
呟くように問いかける。
「どうするもこうするも、もうアレは使い物にならんだろう」
「だよね…」
目の前で沈んでいった自転車よりも、紫音を助けた当然の結果だった。
「歩こう」
「え? 」
「止まってても始まらないだろ。歩いてるうちに服は乾くだろうし。行こう」
「うん」
歩きはじめる二人。
まだ見ぬ冒険の海を見るまで、二人の旅は終わらない。



ジリジリジリジリ――
見えてきた。二人とも、もう疲れていた。
夏の日暮は遅いと言う。
じゃあ、もう夕日が沈みそうな今この時間は一体何時なのだろう。
親は心配するだろうか。怒られるだろうか。
そういった不安がなくはなかった。
けれど、冒険に対する期待のほうが大きい二人は、どこまでも歩いた。
そして、見えてきた。大きい海。
浜辺に出た。
これまで海に来たことのある二人でも、歩いてくるとやはり違った。
今まで歩いた道は、どこまでも続いていた。
遠くが見えないくらい。
しかし、今目にしているこの広大な海は、今までの道のりよりも更にずっと遠くまで繋がっているのだ。
「――俺、感動した」
しゃがみこんで砂浜に日付と名前を記すこなえに、彼は語りかけた。
「感動した」
「わたしもだよ」
「これ、ずっと遠くまで繋がってるんだよな」
「そうだね」
「俺たちが通ってきた道では全然見られないヒトやモノに、繋がってるんだよな」
「また、詩的なこというね」
「馬鹿の戯言だよ」
ゆっくりと、雲が流れ、そして日が沈むのが二人にはわかった。
「ねぇ、紫音。あの雲もさぁ、きっと遠くから流れてきたんだよ」
「うん」
「それでさぁ、私たちも、ここまで来られた」
立ち上がって、風を両手で受けて、こなえは言う。
紫音は、まだ少し濡れているシャツに風が当たり、少し寒そうな顔をした。
「最初ね、海なんて絶対無理だと思ったの」
「そりゃそーだ」
「でもさぁ、楽しかったんだ。久しぶりに紫音と歩くの」
「……うん」
「で、夏休みなにもしないで十数日過ごしたわたしも」
「わたしも」
「何かしようと思えば、できた」
「……うん」
「結構色々諦めてたんだ」
「勉強とか。友達とか。紫音も――」
こなえ言いかけて、それを紫音が継いだ。
「うん、俺も。野球、諦めてた。練習しても、全ッ然上手くならねーし」
「はは」
「練習のおかげで勉強も全然しなかったし」
「そっか」
こなえは、もういちどしゃがんで、水をすくった。
「今はさ、どんだけつかもうとしても、目標の『海』はこんなにするするすり抜けちゃうの」
水をすくった手を空に、ぱっと放す。
雫1つ1つに夕日が映った。
「でもさ、目標にたどり着こうとする前に、諦めるはちょっとやめてみる」
「俺も」
「悩むのは、後からでだって遅くないしね」
「そうそう、冒険中は、精一杯できっと悩めないし」
「帰る? 」
「帰ろう、俺たちの町に」
「中学校、ばらばらだね。寂しい? 」
彼は彼女のの質問に答えなかった。
駅に向かって歩き出す。浜辺に地図看板があったから、帰りは安全を考え電車にしようと話していたからだ。
電車に揺られ、二人は帰った。



偶然再開した幼馴染と水無月こなえは旅に出た。
電車が町につく頃には、辺りはもう夜になっていた。
月が出ている。とても綺麗な月だ。
手を振って、お別れをして、裏庭からこっそり部屋に入る。
月明かりが、眩しい。
めんどうくさく怒られるのと、今日の分の宿題は明日にして、こなえはそのままぐっすり眠った。



眠った手に握り締められているのは、「寂しいに決まってるだろ」の言葉とともに綴られた、彼のメール・アドレス。
―――ある夏の日の、とある少年と少女の物語。
彼らの夏休みはまだ、残っている。





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Last updated  May 7, 2005 04:11:48 PM
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