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今日は学校祭で、8時50分までに登校でした。いつもだと、起こしてと言われた時間に起こす。起きない。もしくは生返事だけ。30分後に起こす。返事だけ。もう起きないと大変の時間に起こす。頭が痛いと言う。そうなるともうベッドからはがせなくなる。昼まで寝てしまう。という悪夢は繰り返しませんでした。あまり練習に参加していないので気持ちの負担があるのかと思っていましたが、前日に学校祭の手伝いをして、自分の役割を確認できていたのでしょう。サクサク起きて、時間通りに登校できました。午前中にステージ発表、午後はバザーとゲームでとても楽しんで参加していました。驚いたのは、昨年はほとんど学校に来ていなかった子が今年は実行委員として、別人のように活躍していたことです。息子が行っているのは養護高校なので、不登校の子供もけっこういるのです。来年はあんな風に踊りや太鼓をたたいて、そのうえ司会進行とかも出来るようになるといいなぁ。とにかく、まる一日学校に居れたからよかった。
2006.09.30
今日は午後からだけど一人で学校とパワーリハビリへ自転車で行けました。だんだん自転車に慣れてきたようです。帰りみちでは、先日目をつけていた、白い大きな犬の頭を撫でていました。アパートの一階のベランダで飼われているようで一瞬なんでここにいるの~っていう感じです。すごく人なつこい犬でした。犬ほしいんだろうな~。どっか、一軒家に住んだほうがいいんだろうな~。ごめんね。甲斐性無しで・・・・・・
2006.09.29
ん~。昨日は一日中ベッドに張り付いていました。学際がプレッシャーになっているみたいです。グループでギターを弾くのですが、団体練習にもほとんど参加していないし、自宅での練習もつま弾く程度です。また、自分の出番以外の時間が苦痛だと言っていました。他の生徒の発表に興味がない。 ボンバーマンをがんばっていました。 くくく泣ける~>>>来週、発達障害の専門医に見てもらう予定です。だからどうなるとか、わからないのですが、親にとって、本人の気持ちとか、わかりにくい部分が多々あるので少しでも理解の助けになればいいと思っています。今は高機能広汎性発達障害のことが出ている本をガブ読みしています。
2006.09.29
昨日の夜、10時頃から散歩にいきました。息子がまた昼夜逆転したからです。一日中ふとんでゴロゴロしていたので、さそったら乗ってきました。家から3kmぐらい行った街はずれの道路で、僕ちょっと走るわと言って直線を走っていってしまいました。どこかで待っているだろうと歩いて行ったのですが、行けども行けども姿が見当たりません。後で寄ろうと話していたGEOやBOOKOFFも探しにいきましたがいません。家にたどり着いたのは12時5分前でした。(もうくたくたです)でも、息子は帰っていませんでした。一瞬、方向音痴の息子が家と逆方向へどんどん走っていく妄想が浮かびました。心細いままに自動車で深夜の走った道をたどって行くと、反対車線に息子の姿が!お互いホッとして二人がいかにしてすれ違ったのか討論しました。やっぱり狸にばかされたのでしょうか。暗闇と自動車のライトでお互いの姿は消えてしまっていたのでしょう。という訳で、今日は午後から学校へ自転車で行けました。お母さんも痩せさせてやると言ってわたしも一緒でした。トホホ先生方も息子が前と変わったと言ってくださいました。ときどき休むときもあるけれど後戻りしてるわけじぁ無いんだよね。
2006.09.27
アスペルガー症候群と高機能自閉症 青年期の社会性のために 杉山登志郎 (編著) 高機能広汎性発達障害(こうきのうこうはんせい)発達障害について、今、知りたいことが著わされていました。 しかし、この子らのためのプログラムははじまったばかりのようです。 特に社会性を身につけるには小さい時からが良いようです。 知っているはずと、取り残されたままになっている小さな事柄が積み重なって、本人の空白部分になっているようです。なんか、思い当たることばかりで頭をかきむしりたい様な気持ちです。
2006.09.26
1月末の学力テストを何とか受けて、私立高なら2校入れると判りましたが、息子は全然自分のこととして受け入れず、今行っている養護学校の、高等部なら行けると答えました。養護学校なら専門の先生がいるのだろうという今から思えば甘い考えでした。なるべく追い詰めないように暮らしていました。3月頃、姉J子の友達のお母さんから、現在通っている病院のカウンセラーを紹介されて、そこの心療内科の医師に代わりました。前の病院よりは話しやすいのか、聞かれたことは話す風になってきました。この頃からか、図書館で不登校の本を読みあさっていくうちに息子が発達障害の症状にいくつもの項目が当てはまることに気付いたのです。養護の担任にも発達障害のことをはなしたのですが、具体的な指導はされたのかわからないままです。やっぱり、週に1~2日行くだけですから、お客さんみたいに好きなことだけしてくる状態です。そして、夏休み明けに実家へいくようになったのです。前に比べたらとてもよくなっています。このまま見守ればいいのか、それとも発達障害のことをもっと具体的に専門医の門戸をたたいていくべきなのか、ちょっと悩んでいます。
2006.09.25
息子は中3の6月から不登校になり、夏休みは家から出られないようになりました。8月ごろ最初の病院に行きました。そこでこれまでのことを親が話し、息子は先生の前にでても、だまってしまいます。結局、親が様子を答えて眠れないから睡眠導入剤を貰ってかえるのです。待つのに2時間、診療5分でした。10月ごろ養護学校に転校しました。病院では適応障害と診断されてました。数種類の検査をしましたが、カウンセラーの方から大丈夫ですよ。と言われ、だんだん直って、来春には高校へ行ける様になるのかと錯覚しました。息子は勉強は頑固に拒否したままです。受験の時期も養護学校では、学力の診断のしようがないから、高校は自分でさがしてくれと言う感じでした。つづく
2006.09.25
今日は頭痛がするとの訴えで、息子はお休みモードです。お昼まで寝ていて、ギターを弾いたり私の部屋の本を片付けたりしてくれました。(こんな事をするのも進歩だ!)夕方なんか食べたいというので、芋ほりの特大の芋を電子レンジでふかし、梨をひとつむきました。ついつい元気になるといけいけどんどんしちゃうので、波があることを意識していきたいです。
2006.09.25
今日はカウンセリングの先生が主催するイベントで、海の近くの畑へ芋ほりと梨がりに行ってきました。中高生の不登校の子供たちと、保護者が二十数人でした。最初に行ったさつまいも畑は、100Mぐらいの長さがあって、作業車で芋のつるをカットして、黒いビニールをはずすと芋が埋まっています。息子ははりきってブルドーザーみたいに掘り起こしていました。あとで貰った芋も特大級。梨も欲張りすぎるビニール一袋。パンパン近くのお寺の駐車場をお借りして焼き鳥を焼いたり豚汁を作ったりして楽しんできました。息子はすすんで焼き鳥を焼いたりして、自分からみんなの中に入る様にしていました。本当にりっぱな一週間になりました。(花まる)
2006.09.23
息子は自転車で学校へ行き、クラスメートの男の子からアニメのDVDを借りて、放課後はまた自転車で、パワーリハビリのある病院まで行き、(道に2回程迷ったようですが)運動していました。完璧です。5時頃パワーリハビリに電話したら、息子さんきてますよ~と先生の声が・・・・再び感涙です。帰り道わかる?と聞いたら、また迷うかもしらんと言われて、いいよいいよ、今お母さんも自転車で迎えにいくよ。二人で夕暮れの街を帰ってきました。息子は大声で唄を歌いながら・・・やっと今週おわった。
2006.09.22
朝ごはんに起こしたら起きてきました。明け方5時位まで寝られんかったって・・・・・昨日と同じかなぁ。そして昼まですやすや寝てもうたがな。今日は1時からお母さんは仕事だから、学校いくなら一人で自転車で行ってね!と、言い残してパート先へ行っちゃいました。今日は棚卸だったのです。おそるおそる帰ってくると自転車がない!いったんだぁ!行けたんだぁ!感涙!一人で昼間、家から出られた!昨日、心療内科の先生にパキシルを3錠から2錠に、勝手に減らしたことを言ったら、何か変わったことがあったら、夜でもいいから知らせてほしいといわれました。パキシルは、効いてくるまでに副作用があるし、時間がかかるそうです。急に落ち込んだから一錠増やして直ぐ効くものでもないそうです。半年から一年ぐらいは飲みつづけなければいけないらしい。(でもちょっと高いのよ~)若いのに薬を飲んで大丈夫なの?と、まわりからも言われるし、色々な副作用のこともネットででているので心配なんだけど、色々な方法や人々に頼らないと親だけではどうにもならないので、パキシルは続けようと思います。そして、本人が目的を定めて安定した状態になったらやめる方向に以って行くそうです。もう4時だけど、息子はどうしているんだろう。
2006.09.22
昼から二人で学校までの5キロメートルを自転車で行きました。 約一年ぶりの自転車。昼だから学生はいないよ~。しばらく部屋でもぞもぞとしていたのですが、やがてきっぱりと出てきました。息子は学校までの道を覚えていません。いつも車に隠れるようにシートを倒していたからです。方向音痴でもあります。一時間ほど学校で過ごして今度は病院まで30分の道。診察を終えてパワーリハビリで30分の歩行と腹筋強化のジム病院から家までまた自転車で30分。ママは太ももパンパンです。でも心地よい疲れです。今日の息子は心療内科の先生ともよく話せていたし、パワーリハビリの先生にも眠れなかったことなど相談していたみたい。なんか、目的を持つと立ち直りが早くなるみたいです。前は私がうるさく言うと機嫌が悪くなって布団から出てこなくなってしまったのに。この調子でいきたいな~。
2006.09.21
昨日は学校にも行って、パワーリハビリで身体を動かして、インストラクターから食事の注意ややせるための生活とかを熱心に聞いてすごくやる気になっていたのですが・・・・・・。夜、10時に寝たのはいいのですが、深夜2時頃目覚めたのか、それとも眠れなかったのか、夜中にボンバーマンゲームをしていました。結果、明け方熟睡モードで、9時ごろ朝ごはんは食べたのですが、私がパートに行っている間に学校へ自転車で行くといっていたのにしっかり昼間まで寝てました。今日は心療内科へ行く日なのでパキシルを減らしてもらおうと思っていたのですが、やっぱり無理なのかしら。
2006.09.21
昨日の夜中、眠れない息子と話をしました。実家で過ごしていたけれど、我慢の限界にきていたようでした。息子はとても素直で言葉の通りに行動します。相手の言葉の裏にある気持ちには気付きません。お愛想をしたりお世辞を言ったりというのが超苦手で、わかりません。そのため、図々しいと思われたり、むかつくと思われたりすることがあります。いとことの関係がうまくいかなくなってきたようでした。最初は面倒をみようと言ってくれていたのですが、やはり、四六時中自分の部屋にかってに入ってきたりするのでだんだん邪魔になってきたのでしょう。専門家ではないので仕方ありません。でも、いとこに色々なことを教わったようで、とにかくやせたいと。中学のときの知り合いが、誰も僕だと判らないようになりたい。(息子は去年の6月から不登校になり、 気持ちは一年前から動けなくなっているのでしょう)家のまわりを出歩くことはできませんが、学校(高校)の近くなら大丈夫なので、今日から学校の500M手前で降ろしました。やせたいのはママもだけど・・・・・・
2006.09.20
副題が「わたし、アスペルガー症候群」です。 小学校高学年の女の子のお話です。ちょっとひとと違うとか、コミュニケーションの仕方がずれてるとかでいじめの対象にされてしまう。教師からも叱られてしまう。世の中にはいっぱいこんな目にあっている子供がいるのでしょう。親はなかなか気づかないのです。自分の子供が他の子供と違うとは認められない。本の少女は乗り越えていったのでしょうか。中学、高校と壁がいっぱいあるけれど。
2006.09.19
連休も終わりに近づいた7時半頃、息子から電話がかかって来ました。どきどき・・・・どうしたの?息子はあまりしゃべりません。矢も立てもたまらなくなって実家へ飛んでいきました。すると、布団の中で泣いている姿が・・・・・。お祖母ちゃんたちはなにもなかったよ。急に家に電話をかけたいって言いだした。とのこと。つまり、ホームシックだったんですわ。家に向かう車の中ではお姉ちゃんとぺちゃくちゃしゃべりまくっていました。大声で歌うし、「こな~ゆき ねえ」ってそして今日は学校へ朝から行っています。先の見えない日々です。
2006.09.19
今日は連休なので息子に会いに実家へ行ったのですが、明日はお店が仕事をするので、家には帰らないと言われてしまった。いっしょに本やへ行って、大人の迷路という小さい本を右脳と左脳の2冊を買ってくれと持ってきました。あとカエルの宇宙人のまんがも読んでみたいそうで、計3冊買いました。それからお気に入りのそばやへ行っておろしそばに海老天がはいったやつの大盛り!ママは細ぎりうどんのおろし海老天!うま~Butうどんがそばの器に消えていった。大盛り食ってるのにママのをとるな!夕方帰るとき玄関まで尽いて来て一緒に帰るか聞いたらやっぱり帰らんって・・・・・・本当に決心してるんだね。
2006.09.17
ひとくちに発達障害と言っても、いろいろなタイプがあると思うのです。もう一人のうちの子にあてはまることは、友達ができにくい。いじめられやすい。(言い返さない)言いなりでがまんする。ストレスが溜まってキレる。書写が苦手。(左利き)ノートがまともにとれない。プリントがぐじゃぐじゃかばんの中もぐじゃぐじゃ筆記用具をよくなくす。遅刻する。運動が苦手。漢字の読み方が変中学3年から不登校になって、もう受験どころじゃなくなって外に出られなくなってしまいました。この一年間、ずーっとオンラインゲームをしていて、昼夜逆転になり、睡眠導入剤や、うつの薬などのお世話になっていました。現在、彼は家を出て私の実家で暮らしています。お盆で実家に行ったとき自分で決めました。23歳のいとこになついていて、商売の手伝いをしたり、畑の手伝いをしたりして、朝8時には起きるようです。病院へ行ったり、カウンセリングや、薬や、ギターやといろいろ働きかけをしました。考えてみるとうちの子はいやと言えないこだったのに、けっこう私があれこれかまいすぎたのかなぁ・・・・・今は彼がどうしたいのか見守るつもりです。私のほうも発達障害についてもっと詳しくしらべたいです。
2006.09.16
今日は、2週間前に型どりした、補高靴のサイズ合わせをしてきました。ブーツ型でファスナータイプのものを作ってもらうことになりました。足型から作ってもらうのははじめてなので、どんなふうになるか楽しみです。J子は右の足が5~6cm短いのです。今までは、市販のくつを底上げして履いていました。だから目だってしまうので本人も少し気にしていました。今度は中に底上げを隠すので、かっこよくなると思います。若い靴職人さんがはりきって作ってくれています。成人になってからと子供の時とでは、申請のしかたが違っていました。子供の時は医師の診断書がいるので、診断書代で2~3000円かかったので、手続きがめんどうで、直接靴の補高を注文していました。今回からは、一度市役所に申請して身体障害者センターで医師の診断を受ければよいのです。以後、1年半ごとに靴を作ることができます。所得によって負担金は変わるそうですが、今まで合わない靴でがまんしていたのでうれしいです。
2006.09.15
歌野 晶午さんは玉川上死という作品で、あの「世界の終わり、あるいは始まり」に通じる、親の心理がちらっと描かれています。仲間うちのいじめ関係って、いつの時代もどんな年代でもあると思うけど、特に思春期という時代は注意していないと、突発的な事件になりやすいです。いじめられている子は発達障害ぎみの可能性があるように思います。知能はむしろ一般より高いのですが、まわりの空気を読めないとか、教師にしかられているような場面なのに笑ってしまい、ふざけていると思われてしまうような・・・誤解されやすい行動をとってしまう。また、命令の逆らうことができず、気持ちにストレスをためやすい。結果、ある日 暴走する。親は自分の子供は人並みにしたいと、ひいきめにみていますから、なかなか、その発達障害に気がつきません。早く啓蒙していかないとかわいそうな誤解されやすい子供たちが大勢被害にあっているとおもいます。
2006.09.14
下記の通り、予約資料の用意ができましたので、ご来館ください。川に死体のある風景著者名 :歌野 晶午∥著出版者 :東京創元社出版年 :2006.5図書館からメールが来ました。今から借りに行きます。(わくわく)
2006.09.13
2006年8月25日発刊の新刊ですが、28年前にサカキバラ事件に似た事件があったということで、被害者側家族がうけたダメージの大きさと、28年前の少年Aのその後の信じられない態度が、世の中の不公平感への怒りで、ふつふつと煮えたぎります。なんで人殺しが弁護士になれるの?なんで謝罪しないの?
2006.09.12
その後、5月末が20歳の誕生日だったので、障害基礎年金の申請をすることになりました。 まず、市役所の年金課へ行って申請用紙をいただいてきます。(これが直ぐにはくれないのです。主人が行って自滅してきました。 バトンタッチして生後からの履歴をママが説明してOK!) 現在通っている授産施設の年金担当のかたに連絡したら、療育手帳の判定をし直すとのことで、 (手帳の判定は2年後だったんだけど。)障害者センターでIQの判定をうけました。そこで、重度障害医療を受けられないか、先生にこちらの事情を説明したのです。すると、会議にかけてみます。といわれて半信半疑で通知が来ないか待っていたところ、一カ月半過ぎた頃OKの通知が来たのです。感涙その後書類をもって市役所の福祉課へ手続きにいったのですが、B2で重度障害医療を受けた前例があるそうで、私がTELでなにか方法がないか聞いたときにはこのことは出てきませんでした。(後で思いついたとか言っていたけどその時アドバイスしてくれたら5,6月の入院費と薬代節約できたのに・・・)そうですよね、手帳に○がついていないのなら○をつけてもらえばいいんですよ。ああいう公共のところは、書類で物事が決まってしまうところなので、今できることをとにかくやってみようと心に刻んだ私でした。所得制限がありますが、うちは全然OKでした。(制限にかかるほど所得があればこんなに必死ではないですよ~。)
2006.09.12
つづきを書き込みます。 実は小児慢性がきれる前、病院の先生や、保健所やらに相談しました。月々5万円近くの医療費が、おそらく一生続くのですから・・・。しかし、どちらも今の状態ではどこにも引っかからないようで、どうにもなりませんでした。病状が悪化すればなんとかなるのかもしれませんが、生体肝移植後の悪化など、目を覆うばかりです。それから5月頃、障害手帳を配布されるとき、いっしょに貰ったパンフレットをみていましたら、医療費の助成のらんに、重度心身障害者医療費受給証をもらえる対象者に知的障害者=A,B1,B2の一部(所得制限あり)と載っていました。早速 市役所にTELして係りの人に相談しましたが、療育手帳B2ではだめだとのことで、手帳の重度心身障害者医療費助成のらんに○がついていないとだめだと言われ、がっくりしました。 以後つづく
2006.09.12
誰も続きを読みたくないかも・・・・・。小児慢性疾患の医療費の援助が20歳の誕生日で切れました。ちょうどその頃J子は入院していまして、10日程の入院で13万程でした。しかも、5月と6月にまたがっていたので、6万と7万円に分散されて、高額医療の恩恵も 6月の薬代と併せたもののみとなって、返却は1万数千円だそうです。(どうにかしてよ~) とにかく、移植患者は免疫抑制剤を毎日飲まなければなりません。一月の医療費は血液検査等診療費に7~8千円。薬代に4~5万円。授産施設に通っているJ子が一生払っていける額ではありません。 それを救ってくれたのは・・・・・(つづく)
2006.09.10
J子は療育手帳ではB2なので、窓口では「むづかしいかもしれない」と言われましたが、J子の生まれてからの病気の数々と、16才で生体肝移植して、今に至るまでのことを、担当者に説明して書類一式を貰えました。(3ヶ月前) 生まれて半年で肝臓のガンを手術して、心臓に穴が開いていたので手術しました。J子の5分の1くらいは病院だったかも・・・・・・。とても先のことは考えられない日々でしたが、生体肝移植後は年に1~2回の入院はありますが、とても元気に養護学校を卒業し、今は授産施設にかよっています。でも、日々の生活にはお金がかかります。 支援費もしかりです。今月、J子が働いたのは15日です。時給101円です。10098円の給料をいただきました。支援費13000円と共済費5000円が口座から引き落とされます。 お弁当を持っていっているので昼食代はいりませんが、がんばって働いて赤字になるのはひどいです。10月からなんか変わるそうなのでなんとかしてほしいです。J子が普通に生活費を稼げるはずはないので年金を申請したのです。 肝移植でこちらをごらんになっている方は、薬代があるだろうと、疑問に思うとおもいます。 あります。 県外の大学病院に月1で行きます。20歳までは小児慢性疾患でしのいできましたが、越えたとたん、気の遠くなるような医療費が・・・・・。 (以後はまたの機会に)
2006.09.09
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