目と耳が悪いビジネスマンの一筆

目と耳が悪いビジネスマンの一筆

2010/06/18
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シャンプーを泡立てて丹念に頭皮を揉み洗いしているとき、その事実に気づきました。

いま自分は三十二、こいつがわたしの元へやってきたのは大学を卒業してすぐ、二十二の春でした。

人生のおよそ三分の一の年月を、ともに歩んできたと思うと感慨深くなります。

申し送れましたが、「こいつ」というのは、わたしの両眼の機能を少しずつ蝕んでいった「病」のことです。

大学院の朝一番の講義に出席し、いつものように最後列に座っていました。

先生が電磁気学にまつわる話をしながら、こむずかしい概念を黒板に図解しています。

自分の身に生じている異変に気づいたのは、そのときでした。

いつもならそんなことはないのですけれど、黒板に記された数式や図が、ゆらゆらと霞んで焦点が定まりません。



そう思ってようく目を凝らしてみるのですが、そのあやふやな見え方は改善されませんでした。

「オレもそろそろメガネをかける頃なのかもな」

それまでずっと裸眼で過ごし、しばらく検査などしていなかったので、知らぬ間に視力が低下したのだと呑気に構えていました。

近所の眼科を訪れてみると、意外なことにお医者さんの表情はこわばりました。

その様子を見て取って、これは大きな病院に行った方が良さそうだと感じたのでした。

そうして以前祖母が手術を受けたことのある眼科専門の大きな病院を受診したところ、「ぶどう膜炎」という思いも寄らぬ仰々しい病名の病と診断されたのでした。

お医者さんによると、原因は不明、治癒する見込みのない難病だということでした。

その症状には個人差があり、なかにはほとんど何も損なうことなく生活している患者さんもいますよ、とお医者さんはフォローしてくれましたが、自分の置かれた状況がそれまでとはまったく別の様相を呈しはじめたことをひしひしと感じていました。

それからは定期的にやって来る炎症の発作が視力を着々と奪い、白内障や網膜剥離も重なってめまぐるしく視環境は変転しました。

そして見え方の変化は、わたしという人間そのものの変化を要求し、それに応えなければなりませんでした。

思い返してみると、その「変化」は何か新しい個性を獲得するとかそういうことではなくて、むしろ変質しつつあった自分を本来のものへと矯正する圧力だったかも知れません。



そう、ちょうど10年前にやって来た「病」はわたしにとって必然的なもの、言わば出会うべくして出会った親友なのです。

それまでの何倍も濃密な人生をもたらし、本物の自分自身へと導いてくれたわたしの「病」。

決して「戦う」ことなく、これからも共に寄り添って生きていきたいと思います。

今日も大切なことに気づくことができて感謝します。

ありがとうございました!!



先日のお義父さんへの父の日プレゼントにつづき、今日は我が父への贈り物を買いました。

わたしたちが選んだのは、デジタルフォトフレーム。

自称・淋しがり屋(アホですね)の父も、自分のデスクに写真を飾って心を慰めてくれることを願っています(笑)。

●今日の天気
晴れのち雨。

●今日の運動
お休み。





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Last updated  2010/06/20 05:22:52 AM コメントを書く
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ミンミンぜみ @ ありがとうございました! はちの家さん いつも気にかけてくだ…
はちの家 @ お別れの言葉 ブログ(日記)は、毎日一定の質の文章を…
ミンミンぜみ @ ありがとうございました まめあちゃさん 温かいメッセージを…
まめあちゃ @ Re:お別れの言葉(07/26) 間の抜けた頃に、コメントさせて頂きます…
ミンミンぜみ @ Re[1]:お別れの言葉(07/26) 和1号さん こんばんは、コメントあり…

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