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今日は私の実家へ行ってきた。実家に直接行かないで、まずは母と待ち合わせをした。だんなと子供達は車の中で待っててもらい、母と私だけで入院している祖母のお見舞いに行ってきた。実は先月上旬に誤嚥による肺炎を起こしてしまい、特養にいた祖母は病院に入院していた。祖母は認知症がひどくて、実の娘である母も、孫である私もわからない状態。それでも私は随分会ってなかったから、久しぶりに会いに行ってきた。大部屋だったから気を使ったけど、でも後悔したくなくて明るく声をかけた。
「Mintだよ。調子はどう?」
祖母の中では、私はまだ小学生のままらしい。だから
「大丈夫だよ。いい子でちゃんと留守番しているからね」
そう言いながら、ずっと祖母の手を繋いだまま話しかけた。祖母は看護師さんからも言われるんだけど、いつでもニコニコしているの。でも会話にならない。こっちが話しかけてる内容と、祖母が話す内容が合わないのだ。特に今は肺炎だから、声があまり出ていなかった。それでも祖母にいっぱい話しかけた。
「○○君(私の弟)ね、結婚したよ」
それを言った後で、新情報は一切インプットされる事はないって事を思い出し、慌てて
「○○君ね、元気に外で友達と遊んでいるから大丈夫だよ」
そう話したら、ニコニコしながら、私の手を何度も何度も握ってくれた。祖母の瞳は曇りが全くない。まるで新生児のように、澄んだ瞳ですっごくきれいなの。こっちが汚れてるって気づかされて恥ずかしくなってしまうくらい、ものすごくきれいな瞳をしているの。そんな瞳を見つめるのは、鏡で私の汚れを見せ付けられてるような錯覚を起こす。だから辛いけれど、それでも私は目を見て話をしたかったから、一生懸命笑顔で元気に明るく祖母に話しかけた。
でも時間にしたらたぶん3分程度しかいられなかったんだと思う。もっと一緒にいたかった。もっと手を繋ぎたかった。もっと触れていたかった。髪の毛を優しく撫でながら、でももう片手は祖母の手を握ったまま話した。たぶんこの3分が限界なんだと思う。でないと泣いてしまうから…。
「また来るね」
ニッコリ笑顔を見せて病室を出た。病室から出た瞬間、涙が溢れて止まらなかった。そういえば数年前、祖父をお見舞いに行ったのも1月2日だった。祖父はその翌日に亡くなった。いつか祖母とも永遠の別れをする時が来るのだろう。祖母は娘と孫が来た事も理解していない。覚えてくれる事もない。「Mint=孫」じゃなくなっている。祖母の頭の中では「孫=小学生のMint」のまま、時間が止まっている。だからこんなに変わってしまった私を見ても、もう自分の孫だと理解できていない。
今日のお見舞いは自己満足だったのかもしれない。そういえば前回会った時も、あの澄んだ瞳を見ながら話しかけたけど、もう私を孫とわかってもらえないってのが悲しくて泣いた…。
私が若かった頃、祖母に冷たく当たった時もあった。八つ当たりしてしまったり、きつい口調で責めてしまった時もあった。今では祖母をたっくさん愛しているし、当時は素直に「大好き」って言えなかったけれど、今なら言えるんだ。でももうそれは、どんなに気持ちを込めて伝えても届く事は永遠にない。後悔しても遅いのはわかってる。痛いほどわかってる。それでも後悔の涙が止まらない。
私はどこでこの罪を償っていけばいいんだろう?
どうやって償っていけばいいんだろう?
どうしたら祖母に伝わるのだろう?
頬を伝う後悔の涙は
とても冷たい…。
おばあちゃん、ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
ひどい孫でごめんなさい。
苦しませてしまってごめんなさい。
若い時から、たっくさん苦労してきたのに
いっぱい私を愛してくれていたのに
それすら気づく事もなく
苦しくて辛い思いを、たくさんさせてごめんなさい。
今は
その赤ちゃんのような笑顔が救いです。
もうあの頃のような苦労を忘れてるよね?
娘や孫との記憶を忘れてしまった時に
辛かった日々も忘れたよね?
忘れられてしまうって
こんなにも悲しくて
苦しくて
辛いなんて知らなかった。
- Mint Tea -
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