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<0.4mlパックが10個のサンプル><グラスの絵が微妙> <40ml入りのサンプル><8ml入りのサンプル>
2006/06/30
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100円ショップでみつけた「ガラス絵 絵の具」。黒・赤・青・黄・緑の5色入りで105円。透明シートに黒で絵の輪郭を描き乾かし、隙間を色で埋め乾かし、乾いたらはがして好きなところに貼るっちゅうもの。これってさー、絵の具じゃなくて「色つき木工用ボンド」では?…見比べたら木工用ボンドとは成分違ったけど。木工用ボンドワッペン作り。小さい時私が大好きだった遊び。小学生の頃缶ペンケースに水性ペンで絵を描いて乾かない内にその上から木工用ボンドを塗って乾かして作ったワッペンを名札に貼るのが流行った。学年中で流行りに流行り、ついには担任から木工用ボンドワッペン作り禁止令が出てしまった。それ以来やっていなかったが、やってみるとこりゃ楽しい。黒の縁取りはまるでステンドグラスのよう。シートからはがす前には冷凍庫で数分冷やすとはがしやすい。貼って飽きたらはがせばいい。パソコンにアクセント。「ガラス絵 絵の具」はいろんな種類があり単色でも売っていた(単色は1本105円で量が多く他にもラメ入りとか)。週末、白色を買いに行こう! …でも木工用ボンドで代用できるんじゃ?
2006/06/28
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このブログ始めてから1年経ちました。我ながらよくそれに気づきましたってなもんです。昨日6/26でちょうど。ポーランドから帰国して1年とひと月。私のポーランドサイトでの「たわごと」の続きのようにここに書き始めたけど、なるべくポーランド情報の一つになるような出来事をテーマを選んで義務のようにアップしていた「たわごと」に比べ、HNこめだかの看板(ん?看板?付箋紙程度か(笑))に幕を降ろした後のこのブログはもう、ワタクシ率60%である。手帳に書き続けてる日記並み。こめだかの「たわごと」は書いては消しを繰り返した、ワタクシ率30%。
2006/06/27
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一昨日残った刺身と洗いでフッコ茶漬け。梅昆布茶を振りかけて上から熱々の煎茶をそそいで。冷蔵しておいたあらで、あら汁も作った。縦割りしたかったけど骨が硬く切れなかったので頭丸ごと。あと、中骨・尾、刺身で切り取った中心の小骨などを一度煮こぼす。一晩つけた昆布だしにあら・生姜・長葱・大根・人参を入れ、味付けは酒と少量の塩・醤油・味噌。一匹で二食分うきました。フッコありがたや。
2006/06/26
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鷹の今日の釣果は拍手もん。40cmのフッコ1匹とママカリを15匹。フッコの澄んだ目に吸い込まれそう。まな板に載せるとその大きさがわかる。私も半分手伝い、フッコは刺身と洗いに、ママカリはガーリック揚げと南蛮漬けにした。ベランダのプランターから摘んだエゴマの葉を添えて。刺身と洗いがおいしいのは当然として、ママカリを食べるのは初体験。臭いと聞いていたけど牛乳に漬けたのが良かったのかニンニクのおかげか、ぜんぜん臭味もなくおいしくいただいた。 読み返して、 虫をつぶすのに痛みを感じ、 釣った魚はウマいと喰らい、 なんなんだわたしは! 勝手な生き物や。書くまでも無いこと。 思春期か(恥)。
2006/06/24
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パソコンテレビ「GyaO」で既に放送終了した宮沢和史さんポーランドライブが再放送中!27日まで。私もちびっと映ってたりして。。。^m^
2006/06/23
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テントウムシを捕獲飼育し始めて4日間アブラムシ、テントウムシ、アブラムシ、テントウムシと悶々と過ごしてきたけれどテントウムシを逃がし、すぱっとルッコラ苗を始末してさっぱりした。植物を育てるのって日々変化があって楽しいけれど拘り過ぎの気がある私には野菜を育てるにはあまり向いてないのかも。花はほったらかしでも平気だけど野菜は薬を使いたくない。間違って虫を口に入れたくないって思いが強すぎる。そのうち神経病みそう。虫は天敵!とばかりに殺すことが普通になってきたのも怖い。幼虫(シャクトリムシや青虫)なんて今まで絶対触りたくなかったのに素手でつまみ取るのが平気になってしまった。それに間引き。最初は一苗選ぶのにも悩んでとても辛かったのに、今じゃほいほいあっちゅう間だ。私は変わったのだろうか。これっていいこと?悪いこと?初めて間引いた時のルッコラはとてもありがたい大切な思いで食べた。小さくてもゴマの味がして美味しかった。あの気持ち、忘れないでいたい。
2006/06/23
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テントウムシ探索の散歩に出かけてめでたく5匹の黒い警備員たちと共に帰宅した。焼肉店の駐車場脇のヨモギの茎で自由を満喫しているところの緊急召集であった。この勇敢な(哀れな)員たちの任務はルッコラに繁殖したアブラムシの壊滅。隔離された、にわか温室で任務に励んで欲しい。深夜―持ち場のルッコラ鉢を懐中電灯で観察したら黒い警備員はたった1匹しか確認できなかった。どこ行ったんだよーーー!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・右のFree Pageで◆◆土と水の緑色の記憶◆◆―ミソラのベランダ菜園記載ハジメマシタ☆
2006/06/19
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下の日記のコメントを書いていて、まとまらないけど今書いとこ、と思ったこと。うちのネコがまだピチピチのうら若き乙女猫だった頃、時折天井のすみっこをみつめて吼えることがあった。「ウ゛ゥー!」ってけんかの時の威嚇の声。能天気にテレビ見ながら「あんた、な~に怒ってんのよ?」と嗜める。ネコと暮らすのが初めてだった私は、ハエでもいるのかな?私の影がうつってるのかな?なんて思ってたけど色々と猫本を読むうちに、ネコは邪悪なものに反応し祓ってくれる生き物である、という説があることを知った。ある時、いつもなら4~5回の威嚇で収まるのに、激しい威嚇が20分くらい収まらないことがあった。「ねぇねぇ」とつついてもなでても抱きしめても無反応。ひたすら一点を見つめたまま吼え続け、しばらくすると「ギャーウォ!」と叫びながら一人勝手に腕を振り上げ下げ暴れる。私は、…とても怖かった。私はなんにも見えないし感じない。なのに目の前にいるネコは“ナニカ”と戦って、私を守ってくれようとしてるのかなと思った。そんなことも忘れていた、こないだのGW帰省の時(ネコはポーランドに移住する時に実家に預けたきり)、実家の私の部屋で二人でのんびりくつろいでいる時、ネコが突然吼え始めた。一人暮らしのアパートで少女時代に吼えて以来、実家に預けてからは一度も吼えたことがなかった。十数回帰省して何百日も一緒に同じ布団で寝てたのに。ネコはもう14歳で若い頃の感性は鈍っているはず。寝ボケたのか?ボケたのか?ネコの目の前に掌を振ってみるが目を見開いての威嚇は収まらない。私は、何か得体の知れない恐怖を感じた。ネコがみつめる天井の角を見るのが怖かったけど、でも見たけど、やはり何もいなかった。しばらく吼えた後「ふんっ」と鼻を鳴らし、いつもの様子に戻ってうとうとし始めたネコ。私にはなんにも起こらない。何も感じない。その瞬間も前後の日々でも。なのに―ネコは邪悪なものに反応し祓ってくれる生き物である―という説を信じる。そして、なぜ信じるのかもわからない。
2006/06/16
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バスの運転手さんは車内マイクで「そこ、そこのお客さん、ひめゆり行くんですか?」バックミラー越しに目が合う。「そ、そうです。」とうなづく。他のお客さんもいるのにどうして分かったのだろう?「じゃね、ここで降りて。向かいのバス停に1時に乗り換えバスが来るから。ここは市場もあるし色々見れるから。」糸満市場入口にて。ありがとう!停留所前の市場に入って雨宿り。おばさんが話しかけてくれる。「平日は商店街もにぎやかだけど今日は日曜だからね。」そして刺身を切っているおじさんも「買わなくていいから食べてみて。」と売り物のパックのふたを開け小女子の佃煮をすすめてくれる。美味しい!と言うと嬉しそう。買わなくてすみません。停留所で待っていると、1時少し前にさっきのバスの運転手さんが折り返してきた。今度は車外マイクで「1時ね。1時に来るから。」重ね重ね、ありがとうございます。地元の人々の優しさに触れ、雨の鬱陶しさを忘れていた。 ひめゆりの塔・ひめゆり平和祈念資料館。11年前の記憶と少し違う。昔は人形なども展示されていたと思う。被爆して皮膚が垂れ下がった腕を前に伸ばし歩く姿の、等身大の人形。2004年に改装、平和への広場が増設されたそう。オシフィエンチムのパネルがある。以前訪れた時は展示されているもの全てが恐ろしくて凝視できなかった。戦争の傷には触れないように絆創膏を貼ってできれば見えないようにしていたかった。今は違う。ポーランドに住んでいた間に国内全ての強制・絶滅収容所あとを訪れた。目をそらさずに見て、読んで、そして知らなきゃいけない。那覇に移動し念願の居酒屋へ。前日予約もしておいた。ここは11年前に嬉しい思いと悲しい思いにまみれた、私にとっちゃ特別思い出深い店なのだ。今回の旅での最後の沖縄料理。手作りの料理は素朴で美味しく、泡盛のグラスはかわいい。私を一喜一憂させた壁の写真も健在。少し色褪せたか。11年前ここにいた私は、今の私がこうあることなんて想像もできなかった。総合して見てみると、色濃くなかなか良い11年間だったのではないだろうか。
2006/06/11
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ホテル内のマリンクラブに寄ってみると午前中の海遊びプランは決行されるという。歩くだけでズボンも靴もびちょ濡れになるほどの雨の中なんと無謀な。ボートで島に渡ってのエコツアーとシュノーケリング。申し込んでやった。せっかく沖縄に来たのだから海に抱かれたいじゃないですか。意地よ意地。 支給されたウェットの上に合羽を着、浮きベストを着け、雨にまみれ水しぶきにまみれボートで15分。到着した島肌は洪水のような雨水で洗われている。まずはエコツアー。添乗スタッフの方が島内を歩きながら「天然記念物のオカヤドカリ」「ヤシガニが好んで食べる実」「ルートビアの材料になってる植物」「オオゴマダラの鳥肌もんキモイ幼虫・金ぴかの蛹」など滑って転びそうになりつつ説明してくれる。なかなかためになりました。 待ってましたシュノーケリング。最初は水の冷たさと足が付かない不安に心臓がバクバクしたけど徐々に久しぶりの感覚が戻ってきて浮いているだけでも楽しい。魚の餌付けは普通はパンだと思うのだけどさすが沖縄、車麩を渡されました。いいね、麩。溶けて無くなることがない。さかな、さかな、なまこ、なまこ、なまこ、ウニ、ヒトデ。あっという間の30分。やっぱりダイビングしたかったなぁ。帰りのボートは雨が上がり爽快な気分。上陸したら再び雨。しかし水を得た魚の勢いは止まらず閑散としたビーチの海に飛び込んで泳ぎ、体が冷えたので半屋内プールに移動し五往復してやっと満足したのであった。
2006/06/10
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「がじゅまる」と「でいご」の木11年ぶりに訪れた沖縄は雨。しょんぼり傘をさしてビーチを散歩。白い砂、青い海。 なのに灰色の空。…なんだかなぁ。
2006/06/09
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ファンデーションサンプルと粉状コラーゲン試供品
2006/06/08
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新宿ロフトにて。“相当”すごいメンバーでのイベントライブでした。日付が変わってから帰宅したのだけどワタクシ今すごくシアワセです。宮沢さんはもちろん、サヨコさん森若香織さん山下久美子さんって、もう!私の青春時代の生活の中心線に鎮座していた方達!カセットテープ擦り切れるほど繰り返し聴いてた。(サヨコさんはZELDA、森若さんはGO-BANG'Sだったけど)。GO-BANG'S時代の大好きだった曲も歌ってくれた森若さんは昔よりも更に若く可愛らしくなっていて驚いた。こういう風に歳を重ねて行きたい。山下さんだけバンド出演だったのだけど、演奏が始まったとたんぶあーっと風が吹きました。私のコピーバンド時代にどんぴしゃりの曲達。「1986」「POP」「Baby alone」の頃。リリスの前奏を聴いた瞬間、左手の練習がものすごく大変で初めてちゃんと弾けた時に涙が出るほど嬉しかったことや、「So Young(→マイウェイ)」もやりたかったけど楽譜がみつけられなかったことや、学祭のステージでドラムが台から落っこちたことや、たくさんのことを思い出して懐かしく嬉しくパワフルでかっこよくてそして慈母のような笑顔の山下さんは本当に本当に素敵でした。好きだーバンド時代には見に行くことができなかった山下さんのライブを17年の時を経て今見れたこと。シアワセ
2006/06/06
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どきどきで参加した、友人主催の交流パーティー。結局40人以上集合なさったんじゃないかね。腰が重い私がお話させていただいたのは半人数にも満たないけれど今まで経験したことがない、濃密、な時間だった。惰性で日々過ごしている私は何度も何度も目を見開かされた。短絡に言うと「“生きる”時間を大切にしなきゃ。」なんだけど現場ではぐるぐる感じ過ぎちゃって終電で帰宅したら眼頭痛だ。たくさんの人の、色とりどりの世界を垣間見し過ぎた。出逢いは宝。昨晩逢った魅力的な人たちとまた会いたい。残念なのは料理を舌心から味わえなかったこと。緊張でもうそれどころじゃなかったのよ。最初に口にしたレバ刺しの旨さに驚いてからも他品口にする瞬間瞬間「うまっ」とは感じていたけれど、どきどき無しでもう一度、駒場東大前の「丹虎」、行きたいです。いや、行きます。…遠いけど。
2006/06/04
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