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8月31日をもって亀城公園のプールがなくなるらしい… 亀城プールがなくなっちゃうってことで、亀城公園でのたくさんの思い出を作ってくれたものがまた1つ減ってしまいます。 亀城プールで夢中に遊んだ後に食べた「アイスボンボン」。思い出しただけで涙が出てきます。 プールで冷え切った身体を温めてくれた屋台というかリアカーのおでん屋。 だれもが使いまわしの串とは分かっているのに、だれも不衛生だなんて思う人もいなく夢中に食っていたおでん。 おでん屋のオヤジが夕方の人が少なくなった公園で一生懸命に串を拾っていた後ろ姿が懐かしく思えます。 話しが亀城プールから少しズレてしまった。 僕は泳ぎは得意な方ではありませんがそれなりには泳げます。 そして、僕が泳げるようになったのは亀城プールのお陰といっても過言ではございません。 はじめて水中で目を開けられたのも、はじめてダルマ浮きができたのも、はじめてビート板に触ったのも亀城プールです。 あれ?もしかしたら水郷プールかも? でも、とりあえず思い出を美化するために亀城プールってことにしておきます。 みんなで酔っ払って夜中に忍び込んで全裸で泳いだ思い出。小学生の時にみんなでベニヤ板の隙間からのぞいた女子更衣室で、たまたま見てしまった同級生の女の子の裸。自分達はまだお子様でツルツルだったのに同じ年なのにボゥボゥであまりの衝撃でビックリしすぎてヘコんだ思い出。プールサイドで遊びすぎて日焼けしすぎちゃって、その夜に高熱を出してしまった思い出。プールサイドは走っちゃいけないのに、走ってコケて血だらけになった思い出。プールのど真ん中になぜかプカプカと浮いていたう○こ。だれがしたのかは知りませんが慌ててプールから出て、監視員のお兄さんに報告してお礼を言われた思い出。 たくさんの思い出…思いだせばキリが無い… 時代の流れかも知れませんが寂しいかぎりでございます。 別に弓道場やヘビすべり台がなくなったときはこんなセンチな気持ちにはならなかったのですが、土小出身の僕には亀城プールがなくなるのは悲しいです。 今度、亀城公園でこんな気持ちになる時は、亀城公園から猿がいなくなったときでしょうね。 そういれば「昔、亀城公園に白い大きなヤギがいて、教科書を食べられた」って話をだれも信じてもらえません。
2006/09/02
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(問題) 「最近、なんで日記を書いてないの?」という問い合わせがあった。 (疑問) 最近日記を書いていなかったのは事実である。 8月を振り返ると、みんなで海に行ったり、みんなでBBQしたり、八坂祭礼・キララ祭り・真鍋鹿嶋祭礼があったり、嫁が実家に帰ったり、急性胃炎になり協同病院で点滴&注射3本もごちそうになりお店を臨時休業したり、いろんなことがあったのに、なにひとつ日記を書いてない。 そこで「なんで日記を書かなかったんだろう?」って考えてみた。 (考察) 「ネタがなかったのだろうか?」 毎日とは言わないがそれなりに充実した日々を過ごしていたし、なにかしら面白いことなどはあったと思う。 喜怒哀楽がない真っ白な1日みたいな日はないので、ネタがないことは無い。 「PCを扱う環境がなかったのだろうか?」 基本的には毎日のようにPCは触っていた。mixiのほうは毎日のようにログインしていたと思う。 「時間がなかったのだろうか?」 たしかにお店が忙しく仕事に追われたり、なにかとやることが多く時間に追われたことはあったが、そんなのはちょっとしたことで自分の時間がないってほどではなかった。 ヒマでPCをいじっていた時間もたくさんあったし、あまりにもやることがなくてボゥ~としすぎて幽体離脱でもしちゃうんじゃないかってほどな時間もあった。 (結果) そのほかにもいろんなこと考えてみましたが、日記を書かなかった原因はどこにも見付かりませんでした。 よって、日記を書かなかった“言い訳”はないという事実が判明した。 (結論) 日記を書くという環境的・時間的要因は普通に存在し、日記を書いていないという事実に対する“言い訳”は皆無に等しく、「なぜ日記を書いてない」という問いに関しては、一切の言い訳はできないという結論に達しました。 そこで、一切の“言い訳”をできない状況下で精神的な見地から「なぜ最近日記を書いていなかった」のかを考えてみて、ある結論がでました。 その答えは、ただただ「面倒なだけ」だったとういことでした。 以上。
2006/09/01
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