全90件 (90件中 51-90件目)
<きのうから続く>今は点数をより稼いだほうが勝つ。そして、減点が不合理なほど苛烈なのだ。連続ジャンプで失敗すると単独ジャンプより出る点数が低くなってしまったり、回転不足を取られるとときに転倒より点が低くなってしまったりするのはもともとだが、判定を厳しくすることで乱用している。不合理なルールのもとで戦うからこそ、より合理的にならなければならない。試合に勝つために何が一番大切かを見失ってはいけないのだ。一番勝負に影響するジャンプ構成を本人の体調と実力、滑走順--特に1位が2位か--によってはライバルの出した得点をみて決めていくのが選手を支える陣営の役割だ。そして、忘れてならないこと--今のルールで一番大事なのは、「特にジャンプで、減点されないこと」なのだ。日本選手がこのルールの中で勝つ戦略を立てるうえで、一番障害になるのが、実はメディアと日本人ファンがひれふしている大技信仰なのだ。インタビューで聞くのは「明日は4回転(トリプルアクセル)は?」ばかり。大技のことだけ聞かれるから、「なんとか跳びたい」という気持ちが高まる。そしてそれ以外のことを見失う。やる必要のない難しいジャンプはやってはいけないのだ。そしてやる必要があるかないかは、自分の調子だけでなく、ショートの順位と点差、ときにはフリーでライバルの出した得点によって変わってくる。挑戦するかどうかはコーチと選手が直前まで待って判断することで、「前日」に決めることではないのだ。大技をなんとか決めて勝てるルールならいい。今は完全にそうではないのだ。エレメンツの1つにすぎず、他のジャンプへの影響も大きい大技への挑戦を周囲が煽り、未完成なまま選手が試合で跳んで失敗し、それを見て「果敢な挑戦素晴らしい」「失敗しても挑戦する姿に感動しました」「今回失敗しましたけど、次につながりますから」などとトンチンカンなことを言ってる限り、フランケンシュタイン・ルールへの対応は遅れ続ける。そして日本人以外は「またやってるよ、バカだなあ。認定してもらえないのはわかってるのに」「ほかがダメだから難しいジャンプやらないと勝てないんだよね」と冷ややかに見ている大技への挑戦を選手が繰り返し、討ち死にするのだ。大技は常に一か八か。恐ろしく分の悪い博打をしている場合ではないのだ。誰だって自国の選手の「難しい大技への挑戦、そして失敗」を「プレッシャーのかかる状態でよく挑戦したよ。失敗したけど、偉かった。次も頑張って」と言ってあげたい。だが、このルールのもとでそんなふうに日本人的な情緒に流されていては、日本以外にはたくさんいる「日本人を負けさせたい」人々の思う壺だ。選手にこれ以上「ばんざい突撃」をさせてはいけない。攻めて負けるより、ときには守りきるという勝負に出る勇気も必要だ。だからファンは大技を期待し、そこに感動を求めるのではなく、たとえ選手が「守って負けた」としても暖かく見守る気持ちをもってほしい。韓国のファンはその意味では、キム選手に対してとても暖かい。キム選手に「新たな挑戦」を求めたりはしない。若干思い込みの部分が多いにせよ、「博打のようなジャンプに賭ける必要のないヨナは世界一のスケーター」だと信じているのだ。一方の日本のファンは、韓国人から見れば博打のようなジャンプとその挑戦ばかりを評価しているのだ。安藤陣営はシーズン前、ここまでひどい判定をされるとは知らずにジャンプ構成をしっかり組んできた。安藤選手のもともとのフリーの構成は得意の3ルッツ+3ループではなく、3トゥループから3ループになっていた。そして3ルッツからの連続ジャンプのセカンドは2ループにしている。つまりモロゾフは、4Sを入れることの難しさを考慮して、最初の最高難度の3ルッツ+3ループをやめ、少し楽な(はずの)3トゥループ+3ループにする戦略を立てたのだ。安藤陣営だって、ちゃんと体力面を考えてジャンプ構成を組んだのだが、思いもかけない3ループと3フリップに対する厳しい認定が、作戦を白紙に戻してしまった。だからファイナルでの4S挑戦は、あくまでも4Sを一度跳んで認定されるかどうかを見るという意味合いのものだったと思う。そして、結果は「認定せず」だった。安藤選手は「4サルコウ跳びたい、跳びたい」という気持ちで、ときにすべてを見失ってしまう選手だ。今回ついにチャレンジして、結果は出たはずだ。このショックを乗り切れなければ引退だろう。だが、彼女には、4サルコウ以外にも素晴らしい部分がたくさんある。4サルコウの回転不足は克服するのはあまりに難しいが、2A+3T程度の回転不足なら克服できるはずだ。シーズン途中から入れて、あそこまで跳べるのだ(ほとんどおりていると言っていい)。いつも中途半端でやめてしまうが、本格的に2A+3Tに取り組めば、完成させるのは安藤選手にとって難しくないはず。フリップとルッツを安定させるのも、4サルコウに注力しなければ、もともとできていることだから、それほど難しいないはず。3ルッツ+3ループがダメでも、3ルッツ+2ループだけだって、世界を見渡してもそれほどできる選手はいないのだ。キム選手ですら、フリーでルッツを2つ成功させることは難しい。だが、安藤選手にとってルッツ2つはそれほど高いハードルではない。フリーでルッツを2つ入れられる--いいですか、こんな選手はなかなかいないんですよ。浅田選手でさえ、エッジの矯正で今はフリーで入れることを回避しているのだ。一方の安藤選手はグランプリ・ファイナルで4Sを入れて、回転不足ながらも転倒せずにおり、しかもほかのすべてのジャンプを全部おりているのですよ。もちろんルッツ2つもちゃんとおりて、ルッツには(<)マークはない。イチャモンをつけられたのは3フリップと3トゥループと2ループ(まったくよくケチをつけてくれるよ)だが、これらもすべて「おりている」のだ。どこかの誰かのようにルッツが1回転にスッポ抜けたりしていない。「いつもならできるジャンプ」でコケたりもしていないのだ。この総合的なジャンプ力をみれば、キム選手より安藤選手のほうが「圧倒的に能力が高い」のは明らかだ。韓国のマスコミは「安藤のジャンプはヨナに比べて質がものすごく低い」と鬼の首を取ったようにいうが、加点がつくジャンプをキム選手が跳ぶからといって、彼女がフリーでどこかのジャンプを必ずといっていいほど失敗するのもまた事実。安藤選手はすべてのジャンプをまとめる力がある。ジャンプの難度とともに、全体をまとめる力をバランスよく評価していた旧採点システムなら明らかに、フリップでコケた浅田選手を抜いてフリーではトップの評価をもらっただろう。ところが点は102.81点。すべて「イチャモンのような異様に厳しいダウングレード判定」のせいなのだ。だが、イチャモンだイチャモンだと叫ぶことに意味はないと思う。それが今のルールだからだ。4サルコウに固執するのをやめ、それ以外の長所に目を向ければ安藤選手には、まだまだ世界のトップ3に入る実力はあるのだ。あとは本人の気持ち次第だろう。4サルコウを入れることで、他のジャンプがボロボロ(ではないのだが、プロトコル上はボロボロにされた)ということは、つまり4サルコウで世界の頂点に立つという夢が、ほとんど消えてしまったということなのだから。ここから前向きな気持ちを取り戻すのは本当に難しい。安藤選手はプログラムコンポーネンツで理不尽ともいえる低い点をつけられることがある。日本人以外は誰だって日本人女子に表彰台を独占されたくはない。そうなると、安藤・中野選手は「どうにでもなる」プログラムコンポーネンツで落とすのが手っ取り早いのだ。もちろん彼女たちに足りない部分はある。だが基本的にプログラムコンポーネンツは主観。ある程度の操作があるのはありがちなことなのだ。プログラムコンポーネンツでキム選手と浅田選手に負けている以上、4サルコウというのを大きな武器として使いたかった安藤陣営の悲願は痛いほどわかる。だが、試合で戦って勝っていくつもりなら、現実を受け入れなければならない。プロトコルは安藤選手の課題を教えてくれているのだ。その課題を、1つ1つ克服していくのが今のルールでは求められている。非常に地味で、ほとんど一般のファンにはわからないかもしれない。しかも、「ちょっとしたお約束のミス」を「完璧に修正する」のは実のところ、非常に難しい。大技に挑戦してるヒマなどないくらい難しいのだ。だが、それこそが現行のルールでは必要なことだ。「大技に挑戦するより、エレメンツをこなすうえでの小さなキズを克服しなさい。そうしないと点が出ませんよ」とジャッジは言っている。エレメンツをこなす上での小さな欠点を克服することは、ある意味派手な大技に挑戦すること以上に難しい。しかも地味で誰も注目してくれない。だが、そういうルールは、それはそれで筋がとおっている。日本のメディアとファンが大技にばかり目を奪われ、「失敗しても挑戦すること」を美化しているうちに、評価の基準は完全に変わってしまったのだ。安藤選手は初戦からプロトコルで指摘されたフリップのキズを、3回試合をしてもとうとう完璧に修正することはできなかった。それを「やりなさい」と言っているのが現行のルール。あとは本人がそれをどう受け止めるかだ。韓国紙には、「あの素晴らしい選手(安藤選手)がここまで落ちたのは、モロゾフとの特別な関係のせい」などと下世話に書かれている。20歳を超えた大人同士のプライベートな関係などどうでもいいことなのに、わざわざ一般紙が色眼鏡で見て成績不振と結びつけて書くのが、韓国のマスコミのレベルの低いところだ。浅田選手の「孫娘」発言を見てもそうだが、韓国のメディアは自国の選手をマンセーするためなら、他国(特に日本)の選手を平気で侮辱する。特に試合前はひどい(そして自国の選手が負けると、今度はシッポを振って勝者にすりよってくる)。実のところキム選手にはそれが気の毒だ。ファイナルのショートでルッツを失敗したあとのキム選手の表情の引きつり方は尋常ではなかった。そのあとで彼女はなんと、スパイラルでのレベル取りに失敗したのだ。スパイラルは、ほとんど常にレベル4、しかも時に「プラス2」などという破格の加点をもらうキム選手には、本当に珍しいことだ。過剰な期待がどれほど選手にとって負担になるかの好例だろう。Mizumizuは安藤選手の不調は、フリップの矯正がまだ完全でないことと4サルコウへの挑戦の影響だと思っている。それに思いもかけない厳しい回転不足判定が重なったのだ。安藤選手にとって非常に厳しい状況であることは事実。だが、去年の浅田選手も実は同じ状況だったのだ。2季前の成績では、浅田選手は200点超えが目前だった。昨シーズンは「200点を超えたい」という高い目標をもってシーズンインした。ところが、予想以上の過酷なルッツのエッジ減点と(今よりはマシだが)回転不足判定。200点どころか、点はどんどんシニアワーストを更新する。浅田選手は一時ボロボロになった。だが、最後には、大一番で神風が吹いて(まるで天上のフィギュアの神様の怒りのように)キム選手がルッツで失敗するというラッキーもあったが、世界女王に輝いたのだ。そして今季はさらにトリプルアクセルを完璧にしてきた。<続く>
2008.12.19
<きのうから続く>メディアの無知とルールがおかしいなんて想像だにしないナイーブ(←言っておくが、この言葉は褒め言葉ではない)な島国ニッポンのファンに煽られたとしても、どうしてここまで日本人選手が「ばんざい突撃」をしているのか? それはもちろん、「ここまでクレイジーなダウングレード攻撃をされるとは思っていなかった」からだ。ダウングレード判定は昨シーズンからひどくなったが、今季は明らかに、さらに輪をかけている。暴走していると言ってもいい。外国人選手はもう今季の採点の異常性に気づいて、回避策を早くから取った。日本はその対応が遅れているのだ。NHK杯を見て、一般のファンの方もとうとうこの異常な判定に気づいたと思うが、採点システムへの驚きは主に2つあったと思う。1 ダウングレード判定されると、こんなに引かれるの? 回転不足だと転倒よりひどい点? ハアア? ウソだろ!2 真央ちゃんの3Aと3Loが回転不足? ハアア? いったいどのジャンプが回転不足なのよ、(とビデオを見て)、わからん!1についていえば、「回転不足判定されれば異常に点が下がる」というのは、昔からだ。トリノオリンピックもこの方法でやっている。だが、当時はまだ「常識」というか「良識」があったのだ。回転不足によるダウングレードは見た目にハッキリわかる、文字通りの回転不足ジャンプに対してだけ行われていた。だから、見た目の印象と順位がそれほど乖離することはなかったのだ。ズブの素人のファンでも、たとえ点数の出方はわからなくても、誰が誰よりよかったかはわかる。「XX選手はジャンプでグラついてたよな、○○選手はきれいにまとめてたし、勝ったのは○○選手か、ナルホド。そうだろうな」ということで、なんとなく納得していたのだ。ところが、昨シーズンから「ダウングレード判定の暴走」が始まった。つまり基本となるルールはそのままだが、運用を変えることで、いわば「失敗を作り出した」のだ。しかも、この作られた失敗は、減点がすさまじい。もともと「無理が通れば道理がひっこむ」ような定義で作られたダウングレード判定をジャッジの常識が救っていたのだが、「厳しく判定する」という一見聞えのいい号令のもとに、ビデオでちょっとでも回転が不足してるということがわかれば、ジャンジャン引く。伊藤みどりはテレビで、「ちょっとでも足りないとすぐダウングレードなんですよ」と言っているが、実は「4分の1以下の回転不足ならOK」というルール自体は残されているのだ。だから、キム選手のセカンドの3トゥループが「ちょっとだけ足りなくても認定」されていても、「不正」や「見逃し」とはいえないのだ。それはあくまで「ジャッジの判断」ということになる。NHK杯は誰に対しても公平ないわば「回転不足原理主義」を貫いたが、試合によってやや甘い辛いがあることは事実。ちょっとだけ足りなくても認定されることはある。だが、「まったく認定する気がないな」と思わせるジャンプもある。たとえば安藤選手の3フリップと浅田・安藤選手のセカンドの3ループに対する判定。これはまったく容赦がない。ビデオで見て「ちょっとでも足りな」ければ、必ず減点している。これを「安藤・浅田には勝たせないぞ」ルールと言わずして何といおう? 2に関しては、一般のファンは心から驚いたと思うが、Mizumizu(そしてフィギュアに詳しい人なら)は、NHK杯の前の浅田選手が3A+2Tを跳ぶと公式練習のときからやや3Aが回転不足だということは気づいていた(だから、試合の前のエントリーで、「あれではダメ」と書いたのだ)。そして浅田選手と安藤選手の大きな武器であるセカンドの3ループが常にちょっとだけ回転不足気味であることも知っている。だから「ダウングレードされるジャンプ」はわかっているのだ。NHK杯にしろグランプリ・ファイナルにしろ、浅田選手のショートのセカンドの3ループは、相当に完成度が高かった。昨シーズン認定された世界選手権でのショートのセカンドよりよかっただろう。だが、そこまでやっても、複数のカメラでチェックすれば、必ず「ちょっとだけ回転が不足している」ことがわかるだろうな、とも思う。つまりセカンドの3ループについては、「ジャッジはほとんど認定する気はない」と思ったほうがいい。3A+2Tの3Aの回転不足は克服できる。だが、セカンドの3ループについては、現実問題としてほとんどムリだと思う。安藤選手が4度跳んで認定が1度。浅田選手が2度跳んで認定ゼロ。こうやって国際スケート連盟は、日本女子の大きな武器を奪ったのだ。ルールによって日本人の武器を奪うという手法は、繰り返し行われている。スキーのジャンプもそうだ。ルールは政治力なのだ。昨シーズンのMizumizuのフィギュア関連ブログを読んでる方ならわかると思うが、Mizumizuはこのハチャメチャなダウングレード判定に怒りを爆発させ、「ルール改正を早く」と繰り返し主張していた。昨シーズンならまだマトモに戻す時間はあった。だが、今シーズンはもっとひどくなり、クレイジーともいえる判定が暴走している。「4回転とトリプルアクセルの基礎点をあげた」といって、大技有利のような仮面をかぶりつつ、実は「そのジャンプの減点幅を増やし(加点幅は増やしていない)」かつ回転不足判定を厳しくする。つまり「ちょっとでも未完成な大技をやったらそこで負ける」ルールにした。安藤・浅田選手の大きな武器であるセカンドの3ループはこのルールで必ず奪うことができる。失敗されると減点が大きい--これだけでも大技をもつ選手への影響は抜群だ。ジャンプは心理面が大きく作用する。プレッシャーをかけるだけで選手は勝手に自滅する。4サルコウに挑んで、そこそこ降りた安藤選手にくだされた判定は? 認定しないうえに、あっちこっちでダウングレードされ、奈落の底に落とされた。一方で、フリーで3+3すらやらずに連続ジャンプを「確実に決めて」、それでも転倒アリーノ、始終グラグラしっぱシーノのコストナー選手がちゃんと表彰台に上がっている。彼女と同国人の国際スケート連盟の会長がリンクに来ていたよね? このルールでトクをする女子トップ選手は世界で2人だけなのだ。 昨年、今年と少しずつルールを変え、日本は自国の女子選手が勝てない体制をすでにガッチリ作られてしまった。あちこち手を入れて姿を現してきたフランケンシュタインのような化け物ルール。ルール作りで日本は完全に負けたのだ。だから、そこで負けた以上、たとえどんなに悪ルールであっても、そのなかで勝つ戦略を早めに立てなければならない。<続く>
2008.12.18
<きのうから続く>そして、メディアが中心になって盛り上げている大技信仰。大技ばかりに注目し、感動するファン。日本男子はグランプリ・ファイナルでも、世界選手権でも、もちろんオリンピックでも勝ったことがない。いいですか、「過去に一度も、誰も勝ったことがない」のですよ。チャンピオンになれそうなチャンスがめぐってきた選手は過去にもいたが、みな一様に精神力が弱く、ここ一番で練習どおりの演技ができないのだ(織田選手は日本人男子としては、ほとんど例外的に精神力が強い選手だ)。その弱さから目をそらし、ファンも「攻めて負けたから今後につながる」などと身内のなあなあのように持ち上げているから、いつまでたってもチャンピオンが生まれない。今の日本選手はむしろ、大技信仰に逃げているのだ。小塚陣営はいきなりのグランプリ・ファイナルのチャンピオンという幸運の女神が微笑みかけているのに、わざわざ――あの場面ではやるべきではなかった――実力以上の挑戦をして、めったにないチャンスを逃したのだ。チャンスは一度逃すと何度でも逃げていく。一方アボット選手は、なかなか勝てなかったウィアー選手に、とうとう勝ったのだ(もちろん彼も、フリーでは4回転は回避している)。表現力ではアボット選手はウィアー選手に到底及ばない、彼は前回の全米選手権では4位の選手ですよ。EXを見たって、表現力ではアボット選手や小塚選手より、ウィアー選手やベルネル選手のほうが上だ。それでも勝ってしまうことがあるのが、今のルールの特徴なのだ。解説の佐野稔が、「パトリック・チャンがフリーで最初の滑走ですからね、本当に今のルールは…」と言っていたが、この言葉は、これまでの試合でどんなに実績があっても、一発勝負の大一番でジャンプが崩れるとあっという間に順位を落としてしまう先の読みにくさを言っている。特に男子の場合は、「誰が勝つか、点が出るまでまったくわからない」状態もしばしば。だから、チャンスがきたら、「将来につながる挑戦」をするのではなく、今できることを最大限やって点数を稼がなければいけないのだ。それが今の男子フィギュアでの勝ち方なのだ。地力では明らかに同国のライバルに劣るアボット選手が、いきなり来た大きなチャンスをものにした。小塚選手はむざむざ逃した。この「負け」からこそ、日本は学ぶべきだ。自分が自分の実力以上の無謀な挑戦に出て負けたことを、認める勇気が必要だ。「ばんざい突撃」は美化するほうが精神的にラクなのだ。愚かなことをしたとき、それが愚かだったと率直に認めることのほうが難しい。大技はそれだけを決めても、他のエレメンツに影響が出る。大技「だけ」を失敗すること自体はそれほど大きな問題ではないのだが、他のジャンプに影響が出るようなら、時には回避したほうがいい。キム選手は初戦で3ループが1ループにすっぽ抜けてから、2アクセルに変えてその後の2試合を戦った。この消極的とも見える、ある意味「露骨な点数稼ぎ」の態度を、日本のファンは批判しているが、彼女がループを回避するのは「合理的な理由」があるのだ。キム選手はフリーでは、実は「すべてのジャンプを完璧に決めたこと」がほとんど1度もない。「大技がない」と言われるが、最初の3F+3Tは、彼女にとっては相当の大技なのだ。あれは公式練習ではしばしば失敗している。その連続ジャンプを決め、かつ2つ入っているルッツを是非決めて、加点をもらって点数を稼ぎたい。そのためには、失敗する可能性のある3ループを今入れるのは、さらにプレッシャーがかかり体力を奪われるから危険だと判断したのだ。キム選手は決してループを跳べないわけではない。ただ、緊張を強いられる試合では、「失敗する可能性(つまり大幅な減点の可能性)」はできるだけつぶしておこうという「戦略」なのだ。そうして、彼女は190点前後の高得点を安定して出している。繰り返すが、ジャンプは確率なのだ。高い確率で決められるもの、かなり集中しなければ決まらないもの――キム陣営はそのバランスと自身の実力を考えたうえでジャンプ構成を組んでいる。実力に見合った最大限の構成、これがキム選手の強さであり、キム陣営の勝つための戦略なのだ。それでも、極度のプレッシャーのかかったファイナルでは、フリーでルッツとサルコウで失敗して金メダルを逃した。ループを回避して、一段落としたジャンプ構成で来ても、普段はやらないような失敗をしてしまったのだ。最後のサルコウの失敗は、小塚選手の3ループや浅田選手の3フリップの失敗とまったく同じ。この3人の失敗は全部が全部ダウングレード転倒。体力がなくなって高さが出なかった。だから回りきっておりてくることができず、回転不足のまま転倒した。このように、最初の大技と後半のジャンプの失敗はほとんど常に連動している。高橋選手も4回転をきれいに決め始めた最初のころは、連続して後半の単独サルコウで失敗している。大技を入れることによって連動するその他のジャンプの失敗が1つか2つか、これも実力を見極める大きなポイントだ。高橋選手の場合は、4回転を決めながら2回連続でサルコウで失敗したあと、この課題をクリアし、4回転を含めた全部のジャンプを決められるようになった。そうやって彼は世界トップレベルのジャンパーになった。1つ1つ階段を登ってジャンプを安定させていったのだ。実のところ、グランプリ・ファイナルの小塚・キム・浅田の3人のトップ選手のフリーのジャンプの失敗は、まったく同じパターンといってもいい。一番難しい大技(小塚選手にとっては4Tと3Aの連続ジャンプ、キム選手は3Fと3Lzからの2つの連続ジャンプ、浅田選手は3Aと3A連続)を入れたあとに、後半の3ループ(小塚)、3サルコウ(キム)、3フリップ(浅田)の「いつもは難なく決めてるジャンプ」の「回転不足転倒」。それに2度目の3A(小塚)、3ルッツ(キム)のミス。浅田選手のミスは1つだけだったじゃないか、と言うかもしれない。だが、それは見た目での失敗。実はあの3フリップは3ループをつけるつもりの連続ジャンプだった。つまり、浅田選手は3フリップでコケたことでもう1つのジャンプを入れられず、構成上は2つのジャンプを失敗したことになる。キム選手と構成上の失敗の数は同じ。しかも、まったく入らなかった分、少なくともルッツで1回転したキム選手に対して、得点上はそれ以上の失敗ということなのだ。こうした「見た目の失敗」と「構成上の失敗(ジャンプを入れるべきところに入れられなかった)」の乖離も、点数の出方のわかりにくさにつながっている。難しいジャンプを入れることによって起こるその他のジャンプの失敗というのは、このように不思議なほどパターン化する。そして、この3選手の違い。小塚選手は4Tで失敗した。キム・浅田選手は両方の難しいジャンプを成功させた。もう1つの違い。小塚選手は4Tを入れる必要がなかった。キム・浅田選手は両方の難しい(稼げる点の大きい)ジャンプを「絶対に決めなければ勝てない」状況だった。いかに小塚選手の4T挑戦が、戦略上無駄で愚かしいものだったかわかると思う。これまでの自身の試合での成功率はゼロ、過去に入れた場合のその他のジャンプの成功率も半々で、かつ「入れた場合に起こるその他のジャンプの失敗のパターン」も予想できた。それでも「入れなければ勝てない状況」ならば、「果敢に」挑戦しなければいけない。ところが、彼のやったことは、「入れなくても勝てる」いやむしろ、「入れなければ勝てる」可能性――あくまで可能性だ。実際に回避策を取っても、やはり失敗する選手も多い。回避策は言い訳ができにくくなるから、それはそれでキツイ選択なのだ――が非常に高かったのに、わざわざ入れて失敗し、大きな減点をくらい、「入れた場合に起こる失敗のリスク」まで現実化させて、ジャンジャン点を失い、負けたのだ。点を失うというのは、つまり、小塚選手がもっているジャンプ以外の才能――スピンやステップが正確で、減点する要素がないということ――で積み上げた点を帳消しにするということなのだ。せっかく現行のルールで非常に強いエレメンツの正確さをもちながら、わざわざ未完成のジャンプに無駄に挑戦して、別の要素で地道に積み上げた点を捨てる。こんな「討ち死に戦略」で試合にのぞむかぎり、いつまでもたっても勝てない。昨シーズンの高橋選手も結局、「4回転2度」にこだわって世界選手権でのメダルを捨てた。だが、あの時点の高橋選手には大技2回にこだわる合理的な理由があった。すでに彼は「4回転2度」の偉業をなしとげていたし、バンクーバーに向けての試験的な意味合いもある。モロゾフが反対しながら結局は高橋選手の意向を尊重したのもそれだ。だが、結果は連鎖的なミスをあちこちで引き起こしての最低のものだった。回避策を指示したコーチが正しかったのだ。それでも過去の実績から考えても、バンクーバーの大舞台に向けての心理的な準備という側面から考えても、あの挑戦自体は決して「無謀で愚かなもの」ではなかった。結果が大凶と出ただけだ。結果だけを見て、「あんなことするなんてバカ。やらなければメダルだったのに」などと言うのは早計だ。これは「討ち死に戦略」とは明らかに違う。あのときの高橋選手の調子を考えれば、コーチの言うとおり回避したほうがよかったかもしれないが、挑戦してみる価値もあったのだ。とはいえ、なぜコーチの描いた「勝つための戦略」を選手が無視して強行したのだろう? 結果に対して高橋選手は「欲が出た」と自分自身だけの責任にしたが、「大ちゃんの4回転2度」を期待するファンやメディアになんとか応えたかったのではないだろうか? ここにも大技ばかりに注目し、感動を求める日本の加熱したフィギュア人気の歪んだ側面が出ている。小塚選手にせよ、高橋選手にせよ(そして安藤選手や中野選手といった女子にせよ)、日本選手に無謀な挑戦を強いているのは、実はメディアに煽られたファンではないか。高橋選手の世界選手権での4T2回は「次につながる挑戦」のはずだった。だが、次のシーズン高橋選手に何が起こっただろう? グランプリ・ファイナルのショートのあとにジュベールに起こったことは? 今シーズン練習拠点とコーチをかえて何とかもう一度世界の頂点に立とうと努力していたランビエールが23歳の若さで引退したわけは? 4回転ジャンパーには「明日はない」かもしれないのだ。モロゾフがしばしば、ファンやメディアの期待に逆らって消極的とも見える回避策ばかり選手に取らせるのは、この1戦に勝つためにどうしたらいいかを彼が常に考えているからだ。「安藤選手は4回転をやるやるといいながら、全然やらない」と批判するファンも多いが、試合でなかなか入れないのは安藤選手がほかにジャンプのさまざまな問題をかかえているからだ。大技はその他のジャンプがすべて決まってこそ強力な武器になる。モロゾフはそのことをよくわかっている。にもかかわらずファンもメディアも一緒になって、「ないかもしれない将来につながる大技への挑戦」を情緒的な面からだけ異様に美化している。選手のほうも「ぼくは世界チャンピオンになるまでは、まだまだ」などと言っている。だが大技、特に4回転は怪我に直結しているのだ。ファンは挑戦だけを褒め称え、怪我に苦しんで若くして引退していった数々の才能ある4回転ジャンパーの悲劇には何の関心も払わず、表舞台から去ったらとたんにあっという間に忘れ去る。今の男子のフィギュアスケーターの選手生命は信じられないほど短い。19歳は世界チャンピオンになるのに早すぎる年齢ではない。だいたい最初にチャンピオンになるときは、みな「ラッキーな部分があって」なっている。<続く>
2008.12.17
<きのうから>一般のファンにはほとんどわからないことかもしれないが、こうしたエレメンツの底上げこそが大事なのが今のルールなのだ。それこそが「勝つための処方箋」であり、戦略だ。浅田選手は実は、トリプルアクセルだけでなく、この「その他のエレメンツの底上げ」をきちんとやってきた。それは見事なくらいに。去年まではスピンでキム選手にずっと負けていた。フリーでビールマンスピンを入れ続け、レベル取りが出来ずに終わった。今季浅田選手はフリーからあの「ウルトラ美しいビールマン」をはずし、ディフィカルト・ポジションでのレベル取りに専念した。その結果、スピンでキム選手と完全に並んだのだ。たった1シーズンで、ですよ。キム選手は数年かけて「ほとんど同じバリエーション」のスピンをやり続け、安定してレベル4を取ってきた。それを浅田選手はわずか1シーズンで同レベルまで引きあげたのだ。こんなことができるのは、浅田選手しかいない。だが、浅田選手の才能は図抜けたものなのだ。彼女のように他の選手が課題をすぐに克服できると考えてはいけない。NHK杯での3A+2Tの3Aのダウングレードはほとんどイチャモンに近いものだった。だが、次の試合で、彼女は「もはや誰にも文句がつけられない着氷」からの連続ジャンプを決め、自身の能力を証明したのだ。ところが他の選手は、プロトコルで示された課題を克服しない(できない)ままに、自分の実力以上のことに「果敢に挑戦」して苛烈な減点をくらっている。「やってください、ドンドンと。すぐにダウングレードしますから」と言っているジャッジのところに、「果敢な挑戦、素晴らしい」と日本人だけで賛美して、未完成の技をもって突撃し、メチャ負けするなど、何度も言うが、愚の骨頂だ。織田選手は練習で4+3+3の連続ジャンプを決めるほどの力がある。それでも試合で4回転を入れるとなかなか決まらず、トリプルアクセルまで乱れるのだ。だが、あのくらい4回転を回りきっておりる力があるなら、挑戦する意味は十分ある。成功する確率の高い挑戦だからだ。小塚選手のほうは、過去2試合連続してダウングレードされている。にもかかわらず、一番プレッシャーのかかるグランプリ・ファイナルという大一番で挑戦して、普段は跳べるループまで失敗。大技をやらなくても勝てる千載一遇のチャンスがめぐってきたのに、わざわざやって点数--つまり他のエレメンツで積み上げた点--をドブに捨てたのだ。さらに一番の課題である2度目のトリプルアセルで失敗し、いつもは跳べてる3ループで、「一番いけないダウングレード転倒」。3ループのダウングレード判定は、マイナス点になってしまうのだ。彼はこの1つのジャンプでマイナス0.38点になってしまった。転倒でも3ループを回りきっておりてきさえすればわずかながら点になる。ダウングレード転倒はもっとも痛いのだ。4回転に関してはウィアー選手のほうが小塚選手よりよほど自力がある。しかも、ウィアー選手は4回転の高さを出すために昨シーズンから集中してトレーニングをしている。そこまで4回転にかけている実力のある選手ですら、フリップのwrong edge減点に苦しめられている今シーズンの現実から、フリーでは4回転を回避し、順位を上げる作戦に出た。結果、フリーの点では小塚選手を上回る2位のスコアをもらったのだ(最終結果は小塚選手がショートの点を生かして2位)。グランプリ・ファイナルのフリーの時点でアボット選手と小塚選手の差は5.64点もあった。そしてアボット選手の出したフリーの点は159.46点。153.82点で並ぶ。フランス大会での小塚選手は4Tをダウングレード転倒して0点になってしまった。それでも153.78点を出したのだ。この過去のプロトコルから書ける勝利の処方箋は? 「4回転ジャンプをやらずに、確実に他のジャンプをおりれば勝つ」状態だったのだ。その目標に向かって試合にのぞむべきだったのに、わざわざ過去2試合で「できませんね」判定をくらった4回転を入れた。しかも小塚選手は昨シーズン前半まではジャンプが非常に不安定で、ようやく安定期に入ったところなのだ。ジャンプに関しては、その程度の実力なのに、大一番でジュベールやベルネルさえなかなかできないような高難度構成のジャンプをすべて決められるワケがない。こういうのを愚かな「ばんざい突撃」というのだ。そして、それをメディアやファンは「果敢な挑戦」と美化する。果敢な挑戦を前向きに評価してくれていた旧採点システムの時代はとっくに過ぎたというのに。勝つための大技であって、チャレンジするための大技ではない、その基本を見失ってはいけないのだ。浅田選手がステップからのトリプルアクセルなどというムリな挑戦を始めたとき、ハッキリ「あんなことはプルシェンコですらやらない。信じられない」と批判したのはアメリカの元世界チャンピオン解説者だけだった。それはまったくもってまっとうな意見だった。ところが、日本のメディアはこぞって「浅田真央の新たな挑戦」と持ち上げた。こんなふうにメディアとファンが大技ばかりに注目するから、選手は無謀な大技に「新たにチャレンジ」せざるをえなくなる。何度も言うが、フィギュアの見所は「難しいジャンプ」だけではない。ファンもその点を理解すべきだ。浅田選手の凄いところは、あの大一番で3Aを2度決めたことだけではない。ジャンプを決めると必ずといっていいほどレベル取りに失敗してきたスパイラルで、きちんとレベル4を取ったことだ。つまり「ジャンプを決めるとしばしばスパイラルで失敗する」という浅田選手の隠れた「失敗のお約束」を、彼女はきっちり克服したのだ。言っておくが、小塚選手に今後もずっと4回転を入れるのをやめろと言っているのではない。彼はフランス大会では、4回転はダメだったが、そのほかのジャンプをすべて成功させた。しかも、彼のジャンプ構成は、ダブルアクセルがなく、今季これまでのジュベール選手以上に難しい高度なものなのだ。だが、その前の大会では、4回転を失敗し2度めの3Aもきれいに決められなかった。つまり「小塚選手が試合で4回転を入れた場合、一番影響が出やすいトリプルアクセル2度を成功させられる確率は50%」だったのだ。今の段階での実力を冷静に見極めて、時と場合、つまりは試合の状況によっては4回転を回避して、他のジャンプを全部まとめる作戦も取らなければいけないのだ。それは「逃げ」はなく「戦略」だ。それがグランプリ・ファイナルの場だった。小塚選手を責めているのではない。彼は非常にコーチのいうことをよく聞く選手だ。安藤選手や高橋選手のように反抗したりはしない。だからこそ、勝つための正しい戦略を立てるべきはコーチをはじめとする小塚「陣営」の役割だ。フィギュアスケーターというのはしっかりしているようでも、みな非常に若い。いくら運動能力がすぐれているからといっても、過剰に美化したり持ち上げたりしてはいけない。彼らは自分の実力を冷静に分析できる年齢ではない。佐藤有香ではないが、「選手をうまくコントロールできるコーチの力」がモノをいうのだ。今季浅田選手が、ボロボロの初戦から驚異的な立て直しができたのも、コーチの力が大きい。タラソワは試合中、浅田選手に向かって叫びっぱなしだ。あんなタラソワは久々に見た。練習中もジャンプのあとに、さかんにタラソワにもとに行く浅田選手のことを、韓国紙は--キム・ヨナはコーチと対等の友人関係を築いているオトナなのに--「祖母に頼る孫娘のよう」とバカにしたが、それがコーチと選手の理想形なのだ。アルトゥニアンのときは、どうだっただろう? シリーズ2戦のショートで、シニアワーストを出したとき、浅田選手はコーチから離れて一人で泣いていた。それをあわててアルトゥニアンが追いかけた。あれはマネージャーか振られクンのやることで、コーチの態度ではない。そして、浅田選手はアルトゥニアンと別れてから成績を出した。そんな状況が異常だったのだ。今は精神的にタラソワが浅田選手を支えている。だから、敵地の韓国でもあれほどのパフォーマンスが出来たのだ。高橋大輔の場合はどうだろう? モロゾフと別れたあと、専属といえるのは、長年彼を見てきた母親のようなコーチだけになった。だが、高橋選手のように「強がっていても精神的に弱い」選手には、強靭な精神力と多くの名選手を見てきた経験をもつコーチが必要なのだ。なんでも「自分で決めなさい」と周囲が高橋選手の意思を尊重(むしろ持ち上げ)しすぎた結果、彼はワンシーズン棒に振る大怪我に見舞われた。「高橋選手って、どこまでいくんでしょうね~」などと周囲がおだてあげる中で、モロゾフと別れても結果を出せることを証明するために、高橋選手がどれほど過酷なトレーニングを自分に課していたか、想像すると胸が痛くなる。太田選手もそうだが、日本はすでに本田武史という素晴らしいスケーターの才能を花開かせることに失敗している。原因は怪我だ。そして世界チャンピオン目前の後輩にも同じことが起こったのだ。なぜすぐにモロゾフのかわりになる専属のコーチをつけなかったのだろう? いや、そもそもモロゾフと高橋選手の間に立って、昨シーズン中に2人の間にできた溝を埋めるような役割を果たす存在がなぜ出てこなかったのだろう。モロゾフは高橋選手のエージェントだけでなく、日本スケート連盟も批判している。織田選手とモロゾフが組んだことを発表したとき、日本スケート連盟の関係者は明らかにモロゾフと高橋が訣別することを知っていた。どうしてあれほど能力のあるコーチとうまく付き合えないのか。そして日本人は「批判したモロゾフ」を「元教え子がキズつくようなこと言うなんてヒドイ」と言って叩く。批判されるとすぐに、「読んでいて不快になりました」「かわいそうじゃないですか、そんなこと言わないでください」などと感情的な反駁しかできないのが日本人の幼稚なところだ。批判が正当でないと思うなら理論と実際の例を挙げて反論すればいいし、読むのが不愉快なら読まなければいいのだ。もちろん、高橋選手の熱烈なファンがモロゾフ付きの織田選手を応援する必要はない。だた1つ確かなことは、こうなってしまった以上は、織田選手がモロゾフとともに世界選手権で結果を出すことが、高橋選手をさらに強くする道だということだ。Mizumizuは日本選手を取り巻く人間に対するモロゾフの強烈な批判には、耳を傾ける価値があると思っている。オリンピックシーズンに入ってから「団体戦」なんてものを企画してるのだって、まったく信じられないことだ。「オリンピックの正式種目になることも期待されます」なんてお笑いもいいところ。たとえ正式種目になったって、日本にはペアに強い選手がいないのだから、どうにもならないよ。中国から輸入でもするのかね? バカバカしい。日本でのフィギュア選手のタレント化とそれに伴う周囲の金儲けは目に余る。そんな無駄な試合でまたテレビが大騒ぎし、選手が怪我をしたらどうするつもりなのだろう? いくら金儲けのためのイベントだからといって、試合は試合。試合は選手を消耗させる。オリンピックの前はなるたけ試合を控えて、メディアからの取材もシャットアウトして、大舞台に向けて静かに調整させるべきなのに、日本は逆のことをしている。タラソワは怪我の怖さを誰より知っているコーチだ。彼女はまだ10代の若さで大怪我に見舞われ、選手生命を絶たれた。タラソワのもとでオリンピックチャンピオンになった最後のアイスダンスのカップルがフリーで選んだテーマは、「怪我をしてこの場に立てなかった過去のあらゆる選手のためのオマージュ」だった。「真央にとってタラソワ流では練習不足」と日本紙は書いたが、3A2度という過酷な構成を入れている浅田選手にとっては、怪我が非常に怖い。一戦一戦で大騒ぎする日本の過剰ともいえる浅田選手への注目ぶりが、「タラソワ流の調整」を阻んでいる。非常に危険な兆候だ。<続く>
2008.12.16
あたかも「安藤・浅田には勝たせないぞ」という意思をもって作られたかのような、今季からの回転不足厳密化ルール。過去2試合、4回セカンドに3回転ループを跳んで、認定されたのは1回だけ。安藤選手を世界女王にしたのはトリプルルッツ+トリプルループの高難度ジャンプだが、この3ループが認定されないとなると、安藤選手は大きな武器を失うことになる。4Sに挑んだ安藤選手のグランプリ・ファイナルのフリーもまさしくこのルールの餌食になってしまった。安藤選手には実は、4回転以上にクリアしなければいけない課題があったのだ。プロトコルを通じて繰り返しジャッジから警告されてきたこと。それはフリップ。今季安藤選手はフリップが常に回転が足りず、ダウングレードされたり、そこまでいかないくてもGOEでさかんに減点される。それが非常に厳しい判断であることは過去にも書いた。肉眼では「これが回転不足?」と思うようなフリップですらダウングレードされた。トリノ前、安藤選手は今と同じような状態に陥った。あのときはルッツ。今回はフリップ。だが、(特に安藤選手の場合)フリップとルッツはセットでもある。グランプリ・ファイナルのショートでは、課題のフリップはちゃんと決めて5.5点の基礎点に対して加点がついて5.9点をもらった。ところが、得意のルッツで転倒。では、フリーは? ショートでコケたルッツはもちなおした。だが、またもフリップでダウングレードされたのだ。安藤選手の見た目の出来の印象と出てきた点の落差には驚いた人も多かったと思う。不完全ながらも4回転を降り、2A+3Tも入れて、大きな失敗はなし。それでも、非常に全体的に不安定で、得意の3+3も3+2にしてしまったコストナー選手にも、連続3+3ジャンプはシーケンスだけだったロシェット選手にも負けたのだ。テレ朝の「捨てっぷり」も露骨だった。あれだけ4回転で煽っておきながら、認定されず、順位もでないとなると、安藤選手はほとんど無視。伊藤みどりだけが、「すごいことですよ」と褒めてくれていた。安藤選手のフリーのプロトコルは惨憺たるものだ。NHK杯での長洲選手を彷彿とさせるダウングレードの血祭り。ジャンプ全部の評価を引用してみよう。右の点数はGOE後の実際の獲得得点。4S(<) 2.9点3F(<) 1.16点2A+3T(<) 4点3Lz+2Lo(<)+2Lo(<) 5.9点3Lz 6.8点3Lo 6.3点2A 4.05点わかりますか? この救いようもない評価のひどさが。安藤選手は2つ入れた連続ジャンプがことごとくダウングレードされて、(加点をもらった)2A、3Lzの単独ジャンプより低い点になってしまったのだ。これがまったく正当な理屈のとおらない「ダウングレードの恐怖」なのだ。しかも今季から乱用ともいえる厳しさでジャンジャン引いてくる。安藤選手の2A+3Tの3Tも見た目ではまったくわからなかった。モロゾフもガッツポーズしていたから、リンクサイドのプロのコーチでさえ「決まった」と思ったということだ。だが、伊藤みどりも言っていたように、「スローで見るとちょっとだけ足りない」のだ。言われてみれば、3Tは確かに降りてから氷の上でエッジがちょっとだけ回っていたかもしれない。それを「ハイ、4分の1回転以上足りません」と言ってすぐにダウングレードする。一番の武器だった3Lz+3Loを回避して3Lz+2Loにしたのに、その2Loでさえ引かれたということは、セカンドの3ループ認定などもはや論外。4サルコウも、あれは安藤選手としてはかなりいい出来だった。ところがスローで見ると、ハッキリ「回りすぎた3回転でしかない」ことがわかった。そう、ダウングレード判定というのは、たとえば4回転の回転不足を「回りすぎた3回転」と見なしていることから行われている。ダウングレードしたあとにGOEでも減点するこというのは、この「回転不足の4回転は回りすぎた3回転、だから3回転の失敗」という定義からきているのだ。しかもそれをあっちこっちから撮ったスロー再生のカメラでチェックしている。つまり、肉眼で見てる練習では「決まっている」と思っている(ことに女子の)大技の大半が、実は回転が足りていないことに目をつけて狙い撃ちをしているような採点なのだ。安藤選手の4サルコウ、浅田選手・安藤選手のセカンドの3ループ、中野選手のトリプルアクセル――この大技を、練習中に同じように複数のカメラで撮ってチェックしてみるしかない。おそらく、どのカメラのスローで見ても完璧に回りきって降りてきている回数は・・・10回に1回もないのじゃないか。浅田選手のトリプルアクセルだけは文句ないはずだ。あの完璧な着氷には、誰も文句はつけられない。だが、それ以外はほとんど全滅だろうと思う。つまり、そこまで完成度を高めなければ武器にはならないということだ。ハッキリ言ってしまおう安藤選手の4サルコウはもう、ムリだ。このまま意地になって挑戦しつづけても、かつての恩田選手のトリプルアクセルと同じ運命になる。ここまでハッキリ言い切ってしまうのは、安藤選手がかかえる「4回転以外のジャンプの問題」があるからだ。トリノ前もそうだったが、安藤選手は4回転に取り組み始めるとほかのジャンプがダメになるのだ。今季もそれが明確になった。フリップでさかんにダウングレードされ、フリップに注力すると今度はルッツで失敗する。2A+3Tは、かつてもシーズン途中から入れようとして失敗。今季も3Tが認定されなかった。「完璧に回りきっておりてきていない」ということだ。いくらジャンプの才能のある安藤選手でも、2A+3Tはそんなに簡単にモノにはできない。とくに、今のようなクレイジーともいえる認定の厳しいルールのものでは。キム選手の2A+3Tは、認定されてはいるが、実はMizumizuはちょっとだけ3Tがアヤシイと思っている。だが、認定されているということは4分の3回転以上は回っているとジャッジが判断しているということ。彼女はジュニア時代からあれをやっている。その長い間かけて培った完成度に、シーズン途中から挑戦してもそんなに簡単には追いつけない。このまま4Sの完成を目指して練習を続けるということは、身体的に限界に近づいている安藤選手にさらに負担をかけるだけでなく、別のジャンプをボロボロにする。その結果は? 4サルコウだけは(もしかして)回りきっておりてきても、そこで体力を使い果たし、他のジャンプの高さがなくなってダウングレードされ、トリノ惨敗の二の舞だ。心情的には伊藤みどりと同じく、「4サルコウに挑戦して、降りた。安藤選手偉い!」と言ってあげたいのだ。だが、それでは身内同士の情緒的な馴れ合いになってしまう。高度なジャンプを完成させたくて、それを目前にしながら断念した選手は多い。実はアルベールビルで金メダルを獲ったクリスティ・ヤマグチ選手も真剣にトリプルアクセルに取り組んでいた時期があったのだ。そのためにヤマグチ選手は男子選手に混じって強化合宿までやっている。現実に彼女は、「もうちょっとで降りられる」ところまで来ていた。仲間の男子選手は、「大丈夫! すぐにできるようになるよ」と言ってくれたという。だが、最終的には彼女はみずから、自分の限界を見極めた。「私は結局、トリプルアクセルを完成させることはできなかった」とヤマグチ選手はのちに語っている。そして、今のルールは、必ずしも図抜けたジャンプの才能がなくても、勝てるチャンスを与えるルールなのだ。これは、怪我ととなりあわせの大技への挑戦を抑制し、選手生命を守ろうという主旨でそもそもは取り入れられた。昨シーズンからの「厳密化」はいわば、運用の基準を変えたにすぎないのだ。世界のフィギュア界が「確実な技だけを認定する」方向に行っているのに、日本人はまだ大技信仰から抜け切れないでいる。「認定してもらえば高得点が期待できる」と言って、完璧におりきれていない大技に試合で挑戦しつづけるなど、「ばんざい突撃」と同じなのだ。安藤選手はセカンドの3ループ、そして夢の4サルコウ。この2つの大きな翼を、ルールの厳密化によってもがれてしまったのだ。今回のフリーは4サルコウの認定だけに賭けたといってもいい。最初に4サルコウを入れ、3ルッツからの連続ジャンプは2ループにおさえた。それでも、結果は予想を上回る最低の点数。さすがのモロゾフもここまで厳しいダウングレード判定には衝撃を受けただろう。Mizumizuもだ。だが、冷静に考えれば、安藤選手のフリップに問題があることは、過去の2試合ですでにプロトコルをつうじて指摘がされていたのだ。そして、フリップを決めればルッツがダメになるという現実もあった。モロゾフは本当は、この4サルコウ以外の問題点をすべてクリアにさせてから、4サルコウを入れたかったはずなのだ。それでこそ大技のアドバンテージが発揮される。そして、おそらく、安藤陣営としては、今季かなりの手ごたえをもっていたはずだ。初戦ショートのモロゾフ&安藤選手の試合後の顔つきは、「やった!」という充実感にあふれていた。ところが、思いもかけないセカンドの3ループのダウングレードとフリップへの厳しい評価。どちらもビデオでスロー再生しないかぎりは、気がつかないほどの小さな弱点だ。それを狙い撃ちされ、大きな減点にされている。2戦目でも問題は解決されなかったし、グランプリ・ファイナルではショートでの3ルッツで失敗してメダルが難しくなった。だから、逆にここで4サルコウを試そうということになったのだろう。今回の順位は問題外。4サルコウがどのくらい決まるか、そしてそれが認定されるかどうか。安藤選手は集中して4Sに臨んだ。見た目の出来はそんなに悪くなかった(というか、成功したと思った)のに、プロトコルでの評価は最悪だった。未完成(あれで未完成と判断されるということだ)の大技を入れると、他のジャンプの高さが出なくなり、回転不足を連発する。一番悪い結果が出た。安藤選手は4S以外のジャンプに問題をかかえているだけではない。スピンにレベル3とレベル2がある(レベル4も2つある)。ステップはレベル2。現在のルールでは、この弱さを強化すべきなのだ。1つ素晴らしい点もある。肩を痛めて脚上げが難しい状態で、フリーではスパイラルでレベル4を取った。加点はなく、減点してきたジャッジが2人いる(浅田選手にもいるが、「なんとか落としたいジャッジ」が2人いるということだ)が、それでもスパイラルでグラつくときがある安藤選手が、きちんとそれを修正した。<文字数オーバーしたので続きは明日>追記:今、TBSの番組で、みどりちゃんがまた間違った解説をしていた。キム選手のエッジの間違いは「ルッツ」ではなく「フリップ」に対してついたものだ。みどりちゃ~ん、間違ってますぅ!100年に一度のジャンプの天才みどりちゃんは、実は大昔にもNHKで「ルッツとフリップの説明」を逆にして、字幕で訂正されたことがある。アハハ。またやってくれました。さすが、フィギュア界のナガシマは違う。
2008.12.15
グランプリファイナル男子シングルのフリー。ジュベールが腰の負傷で棄権、チャン、ベルネルといった優勝候補がトリプルアクセルで失敗して自滅。ウィアーとアボットは4回転を回避してなんとかプログラムをまとめて演技終了。そして、最終演技者の小塚選手。このときMizumizuは思った。「4回転を入れなければ、勝てる」。今シーズンの小塚選手は4回転以外のジャンプの安定度は抜群だった。ただ、4回転は2回やって2度とも回転不足によるダウングレード判定。つまり「跳べていない」とジャッジから判断されたということだ。これがたとえ転倒であっても、回りきっておりてきていれば話は別だ。だが、彼は2度とも4回転回って降りてくる力はないと自分で証明していたのだ。ここが織田選手(や高橋選手)と違うところだ。織田選手も4回転を決めることはできなかったが、ちゃんと4回転の認定はもらっている。高橋選手も手をつくことはあっても、4回転自体は認定されていた(フリーで2回入れた世界選手権は話は別)。小塚選手がこの状態で4回転に挑戦するのは、非常に分が悪い。ジャンプは確率なのだ。たとえ火事場の馬鹿力で4回転だけ決めても、そこで体力が奪われるから、2回のトリプルアクセルを成功させることが難しくなる。すでに演技の前に書いたことだが、小塚選手にとっての今回の最大の課題は、4回転ではなく、「トリプルアクセル2度をきちんと決めること」だったのだ。これが勝利の鍵を握っていた。ファイナルの演技前の時点で、そんな小塚選手にとっては千載一遇のチャンスが訪れた。トップの2人は4回転を入れなかった。ならば、4回転を入れない構成で勝負し、課題のトリプルアクセルを2度きちんと決めれば、まちがいなく減点される要素の少ない小塚選手が勝つ。小塚選手のショートのプロトコル(詳細な成績表)は、見ていて惚れ惚れするほどだった。スピンはすべてレベル4、ステップはレベル3(ステップはなかなかレベル4が出ないのでレベル3で十分、あとは加点がつくかどうかだ)、トップ選手の一部が苦しめられているwrong edge判定(E印や!印)もない、ジャンプのダウングレード(<印)もない。さらにさらに、GOEを見ても、まったく減点がないのだ。すべてのエレメンツで、減点をしたジャッジが1人もいない! 技の正確性では定評のある女子のキム選手だってここまで完璧な成績表を出すことはそうそうない。つまり減点ができない(たとえ減点したくてウズウズしてるジャッジがいたとしても)文句のない演技をするということだ。これが今のルールでは非常に強い。その強みを最大限生かすためにも、「分の悪い技」に「果敢に挑戦」してはいけないのだ。しかも、グランプリ・ファイナルという大きなタイトルがかかった大事な一戦では。さらにラッキーなことに、4回転を決めなくても勝てるチャンスが十分ある状態での演技になった。これは昨シーズンの世界選手権でのバトル選手の状況に似ている。いや、あのとき以上に最終演技者には有利な状況だった。もっといえば、小塚選手には実績もなく、経験も足りない。そうした選手に対しては、今まで一度も試合で成功していない4回転に挑戦させるより、4回転を回避し、言い訳のできない状態でそのほかのすべてのエレメンツを完璧に決めるという「課題」をコーチは与えるべきだったのだ。ところが!小塚選手はこれまでと同じ軌道をすべっていき、そしてお約束の「回転不足の4回転」を披露した。本人は「コケなかったから…」とプラスに評価していたが、今はコケるかコケないかより、回りきるか回りきらないかで点が違ってくる。確かに今回はコケなかったが、結局ダウングレードされたから、このジャンプで得た点が1.6点! むざむざ点をドブに捨てたのだ。あのジャンプの回転不足で、「あ~」と思ったMizumizuだったが、まだ望みはあった。小塚選手は前大会では、トリプルアクセル2回を含めたジャンプを全部成功させている。それができればまだ勝つチャンスはあった。ところが!ふだんは失敗しない3ループで、高さが出ず、回転不足のまま転倒。Mizumizuが小塚選手の最大の課題だと思っていた2度目のトリプルアクセルでも(ほぼ予想どおりの)転倒。こうなることはほとんどわかっていた。経験のない選手は、自分で思っている以上に大一番では緊張する。いつもできることもできなくなると考えたほうがいい。繰り返すが、ジャンプは確率なのだ。4回転を入れることによって、次に難しいトリプルアクセルに影響が出る確率が高くなる。織田選手もそうだった。ベルネル選手もそうだ。欧州王者の彼が今季負け続けているのは、ショートで4回転+3回転の最高難度の連続ジャンプに挑戦しつづけ、失敗しつづけ、さらにトリプルアクセルも決まらなくなったからだ。だが、ベルネル選手はすでに実績がある。バンクーバーを目指してスロー調整に入っているといえば、そういう方針もあるだろうと頷ける。一方の、小塚選手にはシニアでの実績がないのだ。ないから作らなければならない。そのためには、自分のできることを最大限正確にやって、ジャッジの評価を受けるべきなのだ。できもしない4回転に果敢に挑戦してる場合ではない。なにかというと「バンクーバーを見据えて」と言うが、それはこれまでの実績のある選手の言うことだ。実績をこれから作る新鋭は一戦一戦が勝負。それなのに、わざわざできない技に挑戦し、失敗グセをつけてるようなものだ。そして、「失敗したけど、果敢に挑んできました」「攻めたうえでの失敗ですから」などとアナウンサーと解説者がヨイショする。本人も難しい技に挑戦したことを、負けの言い訳にする。インタビューでは必ず「明日のフリーで4回転(トリプルアクセル)は?」と聞く。選手が挑戦しなければいけないような雰囲気をメディアが作っているのだ。特にテレ朝の煽りは不愉快なくらいだ。解説者も調子を合わせているが、ああ言わないと使ってもらえなくなるからだろうか? なにかというと「4回転」「トリプルアクセル」。大技を成功させても、それだけでは案外点が伸びないことは浅田選手の「快挙」でわかったのではないか。そもそも佐野稔は以前は、「ジャンプというのは練習で120%決まっていなければ試合ではダメなんです」とマトモなことを言っていた。ところが今は、失敗した「挑戦」をやたら持ち上げている。「練習で120%できるようになってから試合で入れなさい」となぜ言わないのだろう?昨シーズンの男子シングルで世界王者になった選手は誰だったか忘れたのだろうか? 4回転を跳ばないバトル選手だ。彼は4回転を入れないかわりに、ほかのエレメンツを完璧に決めた。苦手のトリプルルッツも根性でおりてきた。小塚選手のようなタイプは、まずはバトルのようなスタイルを目指すべきだ。彼にはその才能があるのだ。ジャンプに頼らなくても勝てる才能があるのに、わざわざ跳べないジャンプを入れて自滅する。1度でいいから、ジャンプミスのないフリーをやってみなよ。そうしてプログラム全体をまとめるイメージをつけてから4回転を跳べばいい。4回転の失敗はこれで連続3試合だ。「回避策」は卑怯な手ではない。回避したことで言い訳ができなくなるから、それはそれできつい選択なのだ。完璧にできない技に挑戦して、さらに別のミスを誘発し、自分から順位を落とすなんて愚の骨頂だ。日本選手は完璧に行く方向性を間違えている。そもそも荒川静香はなぜトリノで金メダルを獲れたのだろう? 3+3をやらずに3+2を確実に決め、減点を防いだからだ。あそこで「果敢に」3+3に挑戦し、ダウングレードされていたら、結果はどうなったかわからない。今はトリノのときより、さらに確実性を求める採点システムになっている。減点がクレイジーなことは何度も言っている。だが、そのルールで戦う以上は、そのルールのもとで勝つための処方箋を書かなくてはならない。自分の実力に見合った構成を組み、失敗しないことが何より重要なのだ。「この先にプラスになる挑戦」などと言って、失敗しつづけけ、ダウングレードされ続け、いったいいつ勝つというのか。まったく日本選手のやってることは、旧日本軍の「バンザイ突撃」と同じぐらい愚かなことだ。日本人以外の選手は、回避策で順位を伸ばしている。ところが日本人選手だけが、できもしない大技に挑戦して自滅しているのだ。それは女子も同じこと。ダウングレード攻撃という一斉射撃で待ち構えている戦場に、わざわざ「果敢な挑戦、ばんざ~い!」と奇声をあげて突っ込んでいき、苛烈な減点をくらって負けている。現実を直視する能力が欠けているのではないか? メディアの「大技盛り上げ」に追従してるような最近の日本選手の無謀な挑戦には、危機感をおぼえる。勝つための大技ならわかるが、最近の日本選手は試合で大技に挑戦すること自体が目標になっているように見える。それは本末転倒だ。小塚選手が今回金メダルを獲っておけば、素晴らしい実績になった。そうなれば今後の試合でのプログラムコンポーネンツ(演技・構成点)の出方だって変わってくる可能性が高い。今回のグランプリ・ファイナルは相当にラッキーな状況だった。ランビエール、バトルらが引退。高橋、ジュベールが故障。ベルネルは調整不足。こんなチャンスはめったにない。そのチャンスをむざむざ逃したのだ、これまで成功したことのない技への「果敢な挑戦」によって。実力に見合った構成で、減点される要素を少なくすること。そしてエレメンツの質を高めて加点をもらうこと。それが今の採点システムで求められていることなのに、日本人だけがそれを公然と無視している。そしてファンはプロトコルを見もせずに、「ジャッジがおかしい」と決めつける。おかしいのはジャッジではなく、今の採点システムなのだ。だが、そのおかしなルールを変える力は日本のスケート連盟にはなかった。だったら、そのルールのもとで勝つよう対策を立てるべきなのだ。今のルールは「減点されたら負け」。ならば減点されやすい未完成の技は回避するのが一番だ。これほど明確で合理的な判断がなぜできないのか。そもそも今失敗しつづけて、失敗のイメージが植えつけられてしまったら、その技がバンクーバーの大勝負だけで決められるわけがない。失敗した記憶というのは、ここ一番でよぎってしまうものなのだ。そうなる前にまずは冷静になって、自分の長所を最大限生かす、ミスのない演技をするほうがよほど重要だ。視聴者の目を惹くために、大技への挑戦が欲しいメディアの煽りにのっては、才能のある選手が結局勝てずに終わってしまうことになる。小塚選手のフリーは、ジャンプ以外にはまったくGOEの減点がないのだ。スピンはすべてレベル4。だが、ステップはレベル2で加点も控えめ。つまり、ここに小塚選手の次の宿題がある。ステップをレベル3にして、加点をもらうこと。できない4回転に固執すると、このジャッジからの宿題をこなせなくなる。トリプルアクセルの失敗に加え、3ループのダウングレード転倒は次からは決してやってはならない。なぜ3ループで回転不足のまま転倒してしまったか、理由ははっきりしている。あのジャンプの前にはイーグルのポジションが入る。助走が少なくなる分、難しい入りにしている。だが4回転で体力を使った小塚選手には、助走がないままループを高く跳ぶ力がなかったのだ。そして、この失敗のショックが次の「一番大事なトリプルアクセル」での失敗につながった。ならば、次に3ループをきちんと決め、トリプルアクセルを成功させるためには、体力を奪う4回転を回避するのが、一番確実な手段ではないか? 日本人以外の選手はそうやって考えて、時にはあえて大技を封印して氷にのっているのだ。挑戦ばかりが勇気ではない。回避して他をまとめるのも、ときにはそれ以上に勇気がいることだ。<明日は安藤選手についてです>
2008.12.14
まずは、浅田真央選手の優勝がめでたい。「安藤・浅田には勝たせないぞ」ルールを突破し、前回イチャモンをつけられたトリプルアクセル+ダブルループを完璧に決め、優勝したのは素晴らしいとしかいえない。伊藤みどりの「跳んで~!」の絶叫(←みどりちゃん、完全に解説者の立場、忘れてます・苦笑)が届いたのか、国際大会での女子選手初のフリーでの3Aを2度という快挙も達成した。だが、そのわりには点が伸びなかった。3A+2Tの3AをダウングレードされたNHK杯が126.49点(技術点64.25+演技・構成点62.24)、今回が123.17点(64.57点+59.60点)。演技・構成点は、NHK杯は「ホーム」、今回はキム選手の韓国だったので、多少抑えられた可能性もあるが、実際に全体の印象は正直、あまりよくなかった。なんといってもスピード感がなく、「あ~、トリプルアクセル2度やると、相当疲れるんだな」とわかってしまった。点が伸びなかった理由はもう1つ。最後のトリプルフリップが回転不足判定での転倒となったからだ。同じ転倒でも、回転不足判定されるとされないで、点の出方が違う。今回は3F(<) 基礎点1.87、それにGOEの減点で0.87点。ここから最後にマイナス1を引かれるから、最終的にはマイナス0.13点となったということだ。これが3Fと認定されてのコケだと3F 基礎点5.5点、GOEで減点されて2.5点、最後のマイナス1で1.5点とわずかながら点になる。同じ転倒なのに、「認定される・されない」で点がプラスになったり、マイナスになったりするアホらしさは、去年からさんざん批判してきたので、もう繰り返さない。変なルールだが、ルールはルールなのだ。ともかく、最後の3フリップを単独でも決めていれば――単独でも、というのは、本当はここで3F+3Loのコンビネーションを入れたかったからだ――、基礎点の5.5点+GOEの加点もついてあと6点ぐらいは加算された。130点に近い点数が出たということだ。もちろんコンビネーションをつけることができれば、その分加算されるが、セカンドに3回転をつけるのはリスクもある。回転不足を取られると、単独の3F以下の点になってしまうのだ(これも変な話だが、もういまさら批判してもどうにもならないので、批判はしません。とにかく、そういうことだ。回転不足判定は、何より怖いのだ)。もう1つ、浅田選手は苦手のサルコウを克服してみせて、それはまったくもって素晴らしいことなのだが、サルコウは基礎点が低い。結局フリーでは、得意の3ループがまたも1度も入らず、さらに基礎点の高い3ルッツもない。単独の3トゥループはあるが、ルッツは基礎点が6点、トゥループは4点と2点も違う(後半だとそれぞれ10%増しの点数になる)。つまり、トリプルアクセル2度という快挙をなしとげても、それに体力を奪われて3回転+3回転を入れられなくなり、かつ単独の3回転のグレードも低いとなると、思ったほど点は出ないのだ。プロトコルをみても、キム選手の3F+3Tは加点をもらって10.9点になった。浅田選手の3A+2Tは10.3点。基礎点は同じ。難しさから考えたら3A+2Tなのだが、結局キム選手の連続ジャンプのほうがおトクに点が稼げるのだ。今回キム選手が負けたのは、ルッツのすっぽ抜けも大きいが、最後の3サルコウでの転倒が痛かった。先日のエントリーでキム選手のウィークポイントとして、3サルコウもちょっとだけ回転が足りないときがある、と書いたが、回転が足りないジャンプというのは苦手だということだ。失敗は結局そういう部分に出る。しかも、今回のキム選手の3サルコウは回転不足判定でダウングレードされてから減点されたので、やはりマイナス点になっている。3S(<)基礎点1.43→GOEでの減点後0.43点。ここから最後にマイナス1が来るので、マイナス0.57点だったということ。仮にサルコウが認定されていたら3S基礎点4.5→GOEでの減点後1.5点、そこからマイナス1で0.5点ということになった。これでも浅田選手にはわずかに届かなかったが、点差はさらに微妙になっていた。解説の伊藤みどりは、キム選手のルッツの不調について、「wrong edgeを取られてから乱れた」と言っていたが、これは直接的には正しくない。Wrong edgeを取られたのはフリップで、ルッツではない。ルッツのエッジはキム選手の場合、疑いようもなく完璧だ。アヤシイのは、フリップ。踏み切るときに中立に戻ってしまうクセがあり、踏み切るタイミングが遅くなると(つまり、タメを長くしてより慎重になると)、アウトに入ってしまって見えることがあるのだ。ルッツが乱れたのは、前大会(中国大会)で回転不足判定を取られたショックが大きいと思う。もちろん、フリップのエッジを気にしているので、そちらに注意がいき、その分ルッツが乱れている、というのもあるので、伊藤みどりの言っていることも完全な間違いではない。前の大会のショートで、ちょっとランディングが弧を描くような、「回転不足特有のおりかた」をしてしまったキム選手だが、その失敗で得たルッツの点が、たったの1.48点。ルッツはこれまでキム選手の稼ぎどころで、ふつうに跳べば、GOEでの加点をもらって7.5点などという破格の点数をもらっていた。ところが、中国大会のショートで回転不足を取られたら一挙に6点以上の点がなくなってしまったのだ。回転不足判定の減点が苛烈で、クレイジーなのも何度も言っている。日本のメディアはNHK杯の浅田選手の件でようやく気づいたようだが、この変なルール自体は昔から。さらに、昨シーズンから「厳密化」という「乱用」が始まったから、特にジャンプがちょっとだけ回転不足になりやすい女子で、わけのわからない点が出るようになってしまったのだ。キム選手はショート、フリーともルッツが1回転になってしまったが、それについた点が0.3点と0.66点(フリーは後半なので10%増し)。回転不足だと1.48点。違うといえば違うが、そんなに変わらないといえば変わらない。回転不足は見た目にはそれほど悪いジャンプには見えない。1ルッツはひどい失敗に見える。この見た目と点の出方の乖離がまた、ファンの印象と点の出方の違いの一因にもなっている。とにかく、回転不足での減点が大きすぎるのだ。キム選手が普通に3ルッツをきれいに跳ぶと加点つきで7.5点。浅田選手のトリプルアクセルが単独できれいに決まると9.5点といったところ。つまり、「トップ選手なら誰でも跳べる3ルッツをキム選手が決めたとき」と「女子ではほとんど誰も跳べない(アナウンサーは昨年は中野選手が浅田選手より確率がよかったなどと言っているが、いつも回転不足でほとんど認定されない中野選手のトリプルアクセルはコケなかったというだけで、確率がいいとは言えない)トリプルアクセルをきれいに決めたとき」と2点しか変わらないのだ。しかもトリプルアクセルを2度入れると、体力を奪われて、結局3回転+3回転が入らなくなる。今回3ループの認定具合を知るためにも、跳んでほしかったのだが、連続ジャンプにするどころか、あの大得意でほとんど失敗しない単独の3フリップすら回りきっておりてくることができなかった。大技のリスクが如実にわかった試合だったと思う。浅田選手はこの3フリップ以外はほぼベストな演技をした。キム選手はルッツもすっぽ抜けて、サルコウでもコケた。実はスピンでもキム選手は浅田選手に負けている。去年とは逆だ。ステップは浅田選手のほうが強い。それでも点差は3点もなかった。この事実をしっかりと見つめなければいけない。優勝した浅田選手の表情は暗かった。浅田選手の体力というのは、図抜けている。昨シーズンの世界選手権で女王になったときも、演技が止まってしまうのではないかというぐらいの3Aの大コケをしたあとに立て直し、最後のステップではぐいぐいと場を盛り上げた。演技後半になると体力がなくなって印象が細ってしまうキム選手とは対照的だった。その浅田選手をもってしても、トリプルアクセルを2度入れると、後半に3フリップを回りきる力がなくなるということだ。その結果、浅田選手のフリーからは3回転+3回転がなくなってしまった。しかも、得意だったセカンドの3ループは非常に厳しく見られ、認定してもらうのが非常に難しい。もちろん、2週間に1度の試合を3回も続けたという、超ハードスケジュールもあっただろう。だが、「セカンドの3ループの認定の厳しさ」と「フリーで3Aを2度入れると、体力が消耗し、3+3が入らなくなる」という問題は、大きく浅田選手の前に立ちはだかっている。今回はキム選手のミスに助けられた。キム選手はミスの少ない選手で、日本のメディアはそれを精神力の強さだと持ち上げてきた。もちろん、キム選手の根性と精神力は目を見張るものがある。だが、結局1回wrong edge判定と回転不足判定をされただけで急に調子を崩した。昨シーズンのキム選手は「見逃し?」とも思える判定に助けられて自信をもったのだ。反対に浅田選手は思ってもみなかった突然の苛烈な減点に驚いて自信を失くした。今季はむしろ逆になった。自信をもってきたキム選手が突然wrong edge判定と回転不足判定をくらった。コーチのオーサーは大騒ぎ。本人も「私が減点されるなんて、ジャッジがおかしい」とでもいいたいような態度をとった。だからそのあと、「wrong edgeになってはいけない」という思いと「回転不足になったらどうしよう、いっそ2回転にしたほうが?」という迷いがキム選手に生まれたのだ。どんな選手にとっても思いもかけない判定と苛烈な減点は足かせになる。結局、苛烈なダウングレード判定(特にNHK杯。今回は実はあのときより判定は甘い。それについては後日)は、女子選手すべてを萎縮させてしまった。3回転をやって回転不足判定されては元も子もない。そういう思いがあると跳べなくなる。ロシェット選手をはじめとする有力選手の不調は、今季のダウングレード攻撃でやる気が萎えたことも一因としてあると思う。しかし、昨シーズンの世界選手権でもキム選手は武器のルッツでコケて強みを生かせなかった。あのときの浅田選手は突然厳しくなったルッツのwrong edge判定でさんざん減点されて苦しんでいた。キム選手が普通にルッツを跳べば基礎点に加点、浅田選手はいくらきれいに決めても減点。その点差はどうにもならない。だから浅田選手が勝つためには、キム選手にルッツを失敗してもらうしかない――世界選手権の前にそう書いたら、モロにそのとおりになったのだ(詳しくは昨シーズン3月の記事参照)。まるで、次々と「安藤・浅田には勝たせないぞルール」を作って、減点攻撃をしている地上のジャッジに対して、天上のフィギュアの神様が怒っているようですらある。去年は「wrong edgeでの過酷な減点と回転不足判定の厳密化・序章」、さらに今年は「複数のビデオスローモーション再生による、回転不足判定のクレイジーな乱用・本性本章」ときている。やれやれ、次々とよくもまあ、考え出してくれること。しかし、いつも神風が吹いてキム選手が得意のルッツで失敗してくれるわけではない。キム選手のミス待ちでなく勝つ方法を考えるのが、浅田陣営の最大の課題だ。やはり一番の足かせは、セカンドのトリプルループに対する認定の厳しさだと思うのだ。すでに過去のエントリーで書いたが、「3A+2Tの3Aの回転不足問題は解決できる(そして、浅田選手は早くも解決してみせた)。だが、セカンドの3ループについては、完全にイチャモンをつけられることのない着氷をすることは、現実問題としてほとんど不可能に近い」のだ。<明日は男子について>
2008.12.13
やはり・・・というべきか。さんざん「今の採点基準ではリスクが大きすぎる」と書いてきた浅田選手のセカンドのトリプルループが、またも認定されなかった。ルッツがすっぽ抜けてシングルになってしまった選手が、見た目あれほどきれいに3フリップ+3ループを決め、そのほかのジャンプにもミスがなかった選手の上に行ってしまう。常識ではありえない点数、これがダウングレードの怖いところだ。なにせ浅田選手は3フリップ+2ループの2ループを失敗したことになるのだから。解説の伊藤みどりは、肉眼で見ているときは、「完全に回りきって・・・」と言ってしまった。そうなのだ。ふつうに見れば回りきっておりてきているように見える。しかも、今回のセカンドの3ループ、相当にいい着氷だった。あからさまにおりてから回ってるジャンプではなかった。だが、角度を変えてスローで再生したら、恐らく常に回転が足りずにおりてきているのが、すべての女子選手(といっても現在世界で3人ぐらいしかできないのだが)のセカンドのトリプルループなのだ。強い武器のはずが、一転して足を引っ張る。伊藤みどりも、「今は、ルールが厳しくなって・・・」と心配していたが、そのとおりになった。「安藤選手・浅田選手はチャンピオンにしないぞ」ルールといってもいい。さすがの浅田選手もインタビューでショックを隠せなかった。この採点方針がこれから変わるとは思えないのだ(だって、変えて有利になるのは日本女子だけ、そのために誰が動いてくれるだろう? 誰も動くわけがない)。だから、セカンドに3ループを跳ぶ限り、非常に分の悪い博打を続けるようなものだ。オリンピックに向けて、やはり3トゥループに変更を考えたほうがいいのではないか。とにかく「回りきっておりてくること」が大事なのが今の採点基準だ、いつの間にかそうなってしまった。もちろんジャンプの種類はすぐに変更はできないし、今後も3ループの認定には注目しなければいけないが、これが浅田選手の大きな落とし穴になってしまう気がする。とりあえず、浅田選手のフリー後半にもう1度3フリップ+3ループがある予定だ。実は昨季までの浅田選手はフリー後半のこの連続ジャンプはかなりの確率で認定され点を稼いでいた。だが、見方が今より厳しくなかっただけとも言える。今季フランス大会ではセカンドが1回転になり、NHK杯ではセカンドが入らなかった。今回はダメもとでいいから、ぜひとも入れてほしい。出来(主に着氷)と認定のバランスを見たい。コーチを含めたチーム真央もそう思っているだろう。安藤選手はコンディションが悪い。課題のフリップはちゃんとおりたが、ルッツで回転不足のまま転倒してしまった。まさに「あっちがよければこっちが悪くなる」トリノの直前の安藤選手の状態と同じ。明日のフリーは、とりあえずセカンドのループに注目だが(4回転なんて、実際のところどうでもいい)、ルッツやフリップも問題なく跳べるかどうか心配だ。安藤選手は本当に、身体をもたせていくことが第一になった気がする。一方、素晴らしかったのが男子の小塚選手。女子と違って、日本の男子はジャンプの正確性に比類がない。4回転を入れない構成で83.90というのは驚異的だ。今回の彼の着氷は他のどの選手より見事だった。エッジが一瞬「ピタッ」と決まる。今の採点方法では、あの着氷ができる選手が非常に有利。ショートに強いチャン選手がまさかのミス連発。チャン選手はトリプルアクセルが鬼門なのだ。彼の3Aは非常に飛距離があり、放物線を描くきれいなジャンプで、決まれば迫力があるのだが、遠くへ跳びすぎているというべきか、空中で軸がバラけてしまいやすい。フリーでも、2つ入れるトリプルアクセルが常に不安定で、特に2番目の3Aで失敗しやすい。上半身の表現力と、エッジ遣いの正確さは素晴らしいのだが、まだ17歳の若さが出るのがジャンプなのだ。フィギュアスケーターは大別すると、「ポーズが美しい選手」と「動作が美しい選手」がいる。キム選手は前者で浅田選手は後者だ。そして、男子では、チャン選手が前者で、小塚選手が後者。優雅でクラシカルな雰囲気をもつチャン選手に対してシャープで現代的な雰囲気の小塚選手。この2人のライバルの対照的な個性は、見ていて楽しめるはず。 小塚選手がフリーで4回転を入れるのかどうかわからないが、入れるにしろ入れないにしろ、やはりトリプルアクセルを2回きれいに決めることが肝要になる。小塚選手の見所は、なんといってもシャープなエッジ遣い。ターンするときなど、刃が会場の光を集めてきらめいているようにさえ見える。そしてイーグルのポジションからクリーンに跳ぶジャンプ。浮き足が高くハネ上がるフライングシットスピンの入り。すべてがあっという間に、風のように通り過ぎるが、その素早い動作の1つ1つが清潔な美しさに満ちている。もちろんスピンの軸もいい。ステップもシーズン最初よりずいぶんとよくなった。大技をもっているトップ選手の調子が上がらない今、小塚選手の正確さは大きなアドバンテージになる。とにかくジャンプをミスなくまとめること。今のルールはちょっとした着氷のミスが大きな――ときには、信じられない――減点になる。着氷が順位を決めると言ってしまってもいいかもしれない。そうそう、男子はジュベールがまた「オンナノコ構成」のジャンプで来るかどうかに注目。過去の2つの試合では、(ジュベールは世界屈指のジャンパーのハズなのに)、後半に2つもダブルアクセルが入ってる! キム・ヨナじゃないんだから・・・(苦笑)。まさか世界選手権でコレはないだろうが、グランプリ・ファイナルではどう来るか。実はフリーのジャンプの構成では、小塚選手がもっとも高度。ジュベールと違って、過去2試合のフリーにダブルアクセルは1つも入っていない。ジャンパーのはずのジュベールがステップとスピンで点を稼いでいるという、蜃気楼でも見てるようなのが今年のプログラム。男子の場合は、トップ選手が新鋭にどんどん負けているという現状を含めて、狐につままれたような気分だ。
2008.12.12
<きのうから続く>スパイラルとスピンでコンスタントにレベル4をずらりと並べるキム選手に対して、ジャンプもダウングレード、スパイラルでもレベル負け、では勝負にならない。スピンに関してはもともと安藤選手は肩を痛めてからレイバックでレベルが取れなくなっているのだから。この状態は、トリノオリンピック前にそっくりだ。あのときは3ループと3ルッツでダウングレードを取られていたが、今度は3ループと3フリップ。4回転を入れるなら、そのほかのエレメンツで取りこぼしがあってはいけない。ほかがボロボロなのに、4回転だけに固執してしまっては、トリノ惨敗の二の舞だ。浅田選手はわずか2週間で驚異的なジャンプの立て直しを見せた(そのかわりスパイラルとスピンで取りこぼしはあった)が、安藤選手はあっちこっちに問題をかかえている。アメリカ大会で認定されたフリップが中国大会でダウングレードというのが、なにより痛い。安藤選手は、怪我がちで、身体も痛んでいるので無理はできない。モロゾフを中心とする安藤陣営の目的は、あくまでバンクーバーオリンピックだ。そこまでに、なんとか4回転を入れられるように仕上げて、安藤選手を表彰台にのせたい。だが、そのほかのジャンプが回転不足気味になっているとなると、また4回転を「封印」して、ほかのジャンプの確実性をあげることに注力しなければいけなくなる。安藤選手は4回転に取り組み始めると弱くなる。この悪循環は実のところ前のオリンピックから変わっていないのだ。浅田選手のトリプルアクセルと安藤選手の4サルコウ――この2つの大技は2人のトレードマークのように言われているが、実際には4サルコウのがはるかに難しい。そして、ジュニア時代にはトリプルアクセルをどの試合でもポンポンと決めていた浅田選手に対して、安藤選手は、試合でほとんど「まぐれ」のように数回降りたことがあるだけだ。確実性には雲泥の差がある。安藤選手と同じく4回転をもっていた女子に、コーエン選手がいる。だが、途中からコーエン選手は、「私にはもう4回転はいらない」と挑戦を放棄した。「いらない」というより、「完成させることができなかった」というほうが正しいが、ともかく、コーエン選手は4回転を放棄し、トリノではメダルを獲った。浅田選手もジュニア最後の世界選手権で、4回転ループに取り組んでキム選手に惨敗したことがある。あのときもマスコミは、「浅田真央、4回転挑戦」と煽っていた。安藤選手は女子選手の中で、もっとも4サルコウ完成に近い位置にいる選手だ。もう少しだから挑戦したい。だが、実のところ常にそれが、安藤選手の試合での敗北を招いている。それでも、4回転成功は安藤選手にとっては勝敗以上に大切な悲願になっているようでもある。今ある技術を最大限活かすだけでも、安藤選手はキム選手や浅田選手とほぼ互角に戦うことができるはずだ。今点がのびないのは、ダウングレードが響いている。だが、技術面だけでなんとか互角にもっていっても、表現力で評価の高いキム選手と浅田選手には、なかなか勝てない。彼女たちのミス待ちになってしまう。安藤選手に4回転が加われば非常に強い武器になる。ところが、今シーズンの厳しいダウングレード判定は、大技に挑む女子選手には非常に不利だし、そもそもほかのエレメンツを確実に決める力があってこそアドバンテージとなる4回転なのだ。バンクーバーにむけて、このまま怪我の危険性と隣り合わせでもある4回転を手ばなさずに行くのか、それともいっそ放棄して、そのほかのエレメンツの確実性に注力する(事実上、銅メダル狙い)のか――安藤陣営としては頭の痛いところだ。応援しているMizumizuとしても、とても胸が痛い。ともかく、グランプリ・ファイナルでの安藤選手の課題は、セカンドの3ループと3フリップの「認定」だろう。しかし、まったくクレージーな採点だよね。注目の真央ちゃんのトリプルアクセル+ダブルループの得点で、ようやく日本のマスコミと一般のファンもこの異常な点の出方に気づいたようだが、回転不足だとダウングレード+GOE減点は昔からのこと。ゆかりちゃんはそれでさんざん苦しんできたのだ(拙ブログ3/21のエントリー参照)。それでも2季前までは、まだ節度があった。昨シーズンから、執拗ともいえる女子選手に対する回転不足探し。見た目ではふつうに降りたように見えるジャンプが、ときには転倒より点を低くつけられる異常性をマスコミは1つ1つの選手のジャンプを例に取り上げたらどうか(拙ブログでは11/10のエントリーで具体例で取り上げているのでそちらを参照してください)。ついでに、「見逃されてるような認定」をされると、逆にどんなおトクなことになるかについても。格好の例はキム選手のアメリカ大会の3F+3Tだろう。
2008.12.11
先ごろ太田選手が引退を発表したが、1つ年下の安藤選手も――非常に悲しいことではあるが――選手生命の終わりに来ている。荒川選手のトリノ金メダルでもうみなすっかり忘れ去っているが、もともとトリノに向けて期待されていたのは、「芸術性の太田、ジャンプの安藤」だったのだ。太田選手は怪我でその才能を十分に開花させることなく競技生活を引退したが、安藤選手は、まがりなりにもオリンピックに出場した。「まがりなりにも」というのは、厳しい言い方だが、トリノオリンピックの時点では、安藤選手は非常に調子を落としており、当時の実力から考えて、行くべきは中野選手だったからだ。そのことをハッキリ言ったのは、連盟やスポンサーと利害関係のない渡部絵美だけだった。「今の安藤選手では、10位にも入れない」と渡部氏が言ったとき、「まさか、そこまで悪くないでしょ」とMizumizuは思ったが、結果はあのとおりの惨敗だった。なぜ安藤選手が惨敗したのかは、ハッキリしている。跳べもしない4回転に固執したからだ。それが安藤選手個人だけの問題とは思わない。トリノの前は、誰も荒川静香が金を獲るなんて予想もしていなかったし、マスコミはどこもここも、「安藤選手の4回転」でファンを煽っていた。安藤選手が4回転にこだわらざるをえなかったのは、スポンサーの意向もあるのではないかと、Mizumizuは疑っている。そして、それは今もそうだ。オリンピックシーズンの安藤選手はジャンプがボロボロだった。安藤選手は天才的なジャンパーで、当時スルツカヤですら「できるかどうか」だった3ルッツ+3ループのコンビネーションを軽々と決めていた。ところが、4回転に集中しはじめると、跳べているはずのこの大きな武器が乱れ始めた。体形が変化する時期に、食生活の管理が難しい海外に練習拠点を移したこともアダになった。3ループでしばしば回転不足を取られ、さらに得意のはずのルッツも同じくダウングレードされることもあった。こんな状況で、起死回生の4回転を跳んだところでどうにもならないことは、火を見るより明らかだったのだ。繰り返し言っていることだが、大技は決めるのも難しいが、決めたとしても、体力を奪われて、そのほかのジャンプに影響がでるので難しい。織田選手は初出場の世界選手権で4位に入ったが、そのときの彼はジャンプを失敗しない選手だった。ところが表彰台を目指して4回転に取り組み始めた翌年は、そのほかのジャンプも乱れて順位を落とした。1季とんで復帰した今季は、4回転もほぼ跳べている状態になり、かつそのほかのジャンプもそれほど影響はない。それでも、4回転を入れたフリーでは、やや苦手なアクセルが乱れた。大技の怖いところはこれなのだ。入れなければ失敗しないジャンプまで、入れることによって失敗しやすい。織田選手は一時の不調を乗り越えて4回転をものにしつつある状態だが、誰もがそううまくいくとは限らない。大技に取り組んで調子を崩し、そのまま奈落の底に落ちてしまう選手だって多い。たとえばアメリカのマイズナー選手。彼女は、浅田選手がシニアに上がってくる直前に、得意のジャンプを生かして世界女王になった。だが、トリプルアクセルをポンポン決めている浅田真央がシニアに来たら、そのままでは勝ち目はない――そう考えたマイズナー選手は、自分もトリプルアクセルを入れようとしたのだ。荒川静香がちらっと解説していたが、マイズナー選手は、トリプルアクセルを「もっている」。この「もっている」という表現は微妙で、Mizumizuは彼女が試合で実際にトリプルアクセルを決めたところは見たことがないし、そもそも試合で入れたことがあったのかどうかも記憶にない。ただ、練習では相当決めてきているという話は知っている。ところが、トリプルアクセルを本格的に練習しはじめると、マイズナー選手はほかのジャンプが乱れはじめた。結局、女王になった翌年の世界選手権ではタイトルを守るどころか、表彰台にすら上がれなかった。さらに、翌年はwrong edge問題に悩まされた。身体の変化も重なって、正確だったジャンプはさらにボロボロに。マイズナー選手は安藤選手同様、エッジの矯正には早くから取り組んだが、うまくいかず、今シーズンもまだ「!」判定されて点がのびない(安藤選手のほうは矯正自体はできていると見ていい)。アメリカの場合はジュニアから上がってきた若い選手の層が厚いから、マイズナー選手はアメリカ代表になることさえ難しくなった。マイズナー選手が世界トップを争う座からころがりおちたのは、身体の成長やルール改正もあるが、やはりきっかけは「浅田真央対策としてのトリプルアクセル」に注力したことが大きい。大技に取り組みはじめると、今までできていたジャンプも乱れる。その段階を乗り越えて大技を身につけられる選手もいるが、ダメになってしまう選手のほうが圧倒的に多いのだ。マイズナー選手はなまじっか、「もう少しでトリプルアクセルを跳べそう」な能力があったからこういう結果になったともいえる。日本の恩田選手もそうだ。彼女はほぼ2季にわたって試合でトリプルアクセルを入れ続け、そして失敗しつづけた。結局トリプルアクセルは放棄したが、あの挑戦は痛かった。それよりもっと柔軟性を高めてスピンやスパイラルで点を取れるようにするなど、新採点システムのもとで点をのばすために、やるべきことはあったはずなのだ。トリプルアクセル信仰が恩田選手の障害になったのだ。浅田選手の「ステップからのトリプルアクセル」も、ワンシーズンで放棄してくれたから助かった。2季にわたってあのアホらしい挑戦を続けていれば、天才浅田真央とはいえ、非常に危なかった。ステップからのトリプルアクセルはリスクが大きすぎるうえに、脚への負担が大きい。浅田選手はあの練習を続けているときに、膝を故障したことがあるが、無関係ではないはずだ。そして、安藤選手の4回転サルコウだ。安藤選手はオリンピックで惨敗したあと、「私はジャンプを失敗しない選手だった。もういちどそうなりたい」と言って、ジャンプをイチからやり直した。安藤選手の素晴らしさはいろいろあるが、なんといっても女子では最高難度のトリプルルッツ+トリプルループを高確率で決められることが強かった。そして、世界女王に輝いたシーズンは、安藤選手はこの難しい連続ジャンプをほぼどの試合でも確実に決めたのだ。そうなってくると、また「4回転を」という期待が高まる。次のオリンピックに向けて安藤選手は再び4回転サルコウの練習を本格化させた。コーチのモロゾフは、「安藤選手は4回転を跳べる」と表立って言ってはいるが、内心はどう思っているのかよくわからない。試合でなかなかGOを出さないところをみると、本当は、「安藤は4回転をやらないほうが強い」と思っているかもしれない。荒川静香がポロリと、「安藤選手の4回転にかける強い思いがコーチを動かした」と言ったことがあるが、そうかもしれない。試合に勝つことだけを考えたなら、リスクの高い4回転に挑戦させるのがいいのか悪いのか、コーチとしては悩むところだろう。実際、昔安藤選手を見ていた佐藤コーチは、ほぼ徹底して4回転を回避させていた。昨シーズン、伝わってきた情報では、安藤選手の4回転の確実性はかなり増してきたという話だった。練習では7割がた決まっているというし、練習風景の映像をみても、成功した4回転は「これなら回転不足ではないだろう」という完成度のものも多かったように思う。オリンピックに向けて、長期戦で取り組むにはいいかもしれない――Mizumizuはそう思った。だが、昨シーズンの世界選手権の直前に、安藤選手はまたも負傷に襲われる。肉離れ自体はそれほど深刻な怪我ではないが、結局安藤選手は試合を途中棄権した。このアクシデントで、Mizumizuは「安藤選手の4回転挑戦」に暗雲が立ち込めたと思った。怪我は確かにアクシデントだが、それ以前のハードワークと無縁ではない。高橋選手が今シーズン試合直前に膝を故障した。それも不運なアクシデントだが、4回転2度という難しい技に取り組んだことと無縁だとは思えない。昨シーズンの世界選手権で、高橋選手は得意のトリプルアクセルの着氷で乱れた。それもショート、フリーともに脚に力が入らないような乱れ方だった。そのあと、さいたまスーパーアリーナにジャパンオープンフィギュアを見に行ったのだが、なんと高橋選手はまたも同じような着氷の乱れをみせたのだ。「足首にアクシデントを抱えているのでは?」とMizumizuは心配になった。ところが、本人はあっけらかんとしていて、そんな様子はない。「ただのオーバーワークか」と胸をなでおろしたのだが、結局高橋選手は右膝を負傷した。右、つまり4トゥループ、トリプルアクセルの着氷で使う足だ。それも、ワンシーズンを棒に振る大怪我。結局のところ、4回転2度という目標に向かってのハードワークが右膝に負担をかけ、そこから得意の3アクセルの着氷の乱れが起こり、徐々にたまった疲れが取れないまま、シーズンインしたために、初戦まで膝がもたなかったということだ。大きな怪我に見舞われる前というのは、必ずこのような予兆がある。さて、安藤選手の今シーズン。仕上がりはいいという話だった。4回転を入れる構成でプログラムを組み、そのほかのジャンプの調子もいい。初戦のアメリカ大会では、アナウンサーも解説の荒川静香も「ジャンプはいいですね」と言っていた。ところが、試合後のプロトコルを見ると、必ずしもそうは言えないということがわかった。初戦のアメリカ大会で、安藤選手は大きな武器であるセカンドのトリプルループをショート、フリーともダウングレードされてしまっていた。このときはステップの転倒もあり、第2戦の中国大会では、「4回転の練習はせず(安藤選手の弁)」に、エレメンツの確実性を高める練習をして試合に臨んだ。ところが、結果はまたもよくない。トリプルループは1度は認定されたが、なんとフリップでショート、フリーともダウングレード。安藤選手は――あまり目立たないが――スパイラルでレベル4をコンスタントに取っていた選手なのだが、今季はルールがちょっと変わったということもあるが、スパイラルでも中国大会ではレベル3に留まってしまった(アメリカ大会ではレベル4とレベル2)。<またも文字数オーバー。続きは明日>
2008.12.10
<きのうから続く>ジャンプの難易度はやさしいほうからトゥループ→サルコウ→ループ→フリップ→ルッツ→アクセル(難)となる。このうちセカンドにつけられるのがトゥループとループ。難しさでいえばループのほうだ。ループをセカンドに跳ぶということは、動きを一瞬止めなければならない。スピードをいったん殺した状態から、踏み切って回るので、非常に難しい。難しいから、ほとんどできる選手はいない。なかでも安藤選手の3ルッツ+3ループは、3アクセルからの3回転を跳ぶ選手がいない(浅田選手は2トゥループ)現状では、女子では最高難度。この連続ジャンプが安藤選手を世界女王にした。ところが、昨シーズンから回転不足判定の厳密化が打ち出され、「認定」が厳しくなった。モロゾフはこれに敏感に反応し、安藤選手には3ルッツ+2ループの回避策を取らせることが多くなった。一方の浅田選手はこれまでどおり、3フリップ+3ループを入れてきたが、パンクして自滅することが多くなった。3ループが入った場合も、確かに認定は以前より「厳しくなったな」という感じがあった。一方で昨シーズンは、セカンドに跳ぶ3トゥループは案外、「ちょっと足りなくても認定してくれている」感が否めなかった。何度も言うが、これはジャッジが「4分の3回転以上はしていると認定した」結果であって、不正ではない。セカンドに3トゥループをもってくるトップ選手は、キム選手、コストナー選手、浅田選手だ。だから、3トゥループに関しては、お互いさまだったともいえる。今だからいってしまうが、世界選手権での浅田選手の3F+3Tの3Tはちょっと足りていなかったかもしれない。だが、認定してもらったので大きく点が下げられることはなく、助かった。一方で、あくまでMizumizuの個人的感覚だが、トップ選手では安藤・浅田しかもっていない3ループに対する認定は、非常に厳しく、まったく容赦がない。3ループはもともと難しいジャンプなので、「ちょっとだけ回転が足りないまま降りてきてしまう」のはありがちなことだ。昨シーズンの浅田選手の3ループは、スローである角度から見て、「あ、ちょっと足りないかな」と思ったものはすべてダウングレードされた。着氷はきれいに回りきったものでも、離氷の瞬間、ちょっとタメが長く、エッジが氷から離れるのが遅れたジャンプもやはりダウングレードされた。オーサーが「なによッ! ヨナの3回転は文句ないわよ! ミキ・アンドーのループはごまかしよ!」とヒステリックに糾弾してるビデオを紹介したが、実のところ、オーサーの安藤選手に対するイチャモンはある程度正しい。着氷が回転不足気味になってしまうとなると、選手はループを跳ぶとき、タメを長くして上体だけ先に回り始めようとする。タメてる間も、エッジは氷で回ってしまうから、その分を考えると、着氷がいくらきれいに決まったように見えても、回転は不足してるということになる。セカンドの3ループはこのように、まったくイチャモンをつけられることなく完璧に回りきって降りてくるのが、非常に難しいジャンプなのだ。長野で金メダルを獲ったリピンスキー選手のセカンドの3ループなんて、安藤・浅田選手の比じゃなく、モロ回転不足だ。あれは肉眼でもはっきりわかる。ただ、スーパースローで見たら、安藤選手にしろ浅田選手にしろ、どこかに「ごまかし」や「不足」を見つけられるのではないかと思う。以前はここまで言わなかった。セカンドに3ループをつけられるというだけで、すごいことなのだ。その部分を評価していて、多少の回転不足は「よし」としていたのだ。それが昨シーズンから変わってしまった。回転不足でダウングレードされれば、2回転の失敗扱いになる。安藤選手や浅田選手にとってみれば、これまで強い武器だったものが、いきなり「多くの場合、足を引っ張る技」になってしまったのだ。難しいループをセカンドに跳ぶことができるなら、やさしいトゥループに変えればいいじゃないか、と思うかもしれない。ところが、これが安藤選手と浅田選手にとっては難しい。確かに一般的にはトゥループのが易しいジャンプなのだが、彼女たちは、もっぱらセカンドのループを武器として磨いてきたので、セカンドにトゥループを入れる練習はあまりしてきていないのだ。2季前まではそれでよかった。基礎点の高いループを跳べるのだから、わざわざトゥループに変える必要はなかった。ところが、ここまでループに対しての判定が厳しくなると、これまでトゥループの練習をしてこなかったことが大変に痛い。安藤選手は2A+3Tを試みたことがあるが、うまくいかず、結局途中でやめている。安藤選手も浅田選手も卓越したジャンパーだが、実は彼女たちには苦手なジャンプというのがある。浅田選手のサルコウはその典型だが、基礎点の導入によって、点の低いジャンプをあえて練習する必要がなかったというのもある。「一般的には難易度は低いが、苦手なジャンプがある」というのが、安藤選手と浅田選手の特徴で、これが彼女たちが伊藤みどりにどうしても劣る点だ。伊藤選手は、どのジャンプも跳ぶことができた。ループの認定が厳しいなら、トゥループに変えるなどお茶の子さいさいだろう。だが、この「逃げ」が安藤選手と浅田選手にはない。浅田選手は3トゥループを跳べるが、ループに注力してきたせいか、トゥループをセカンドにつけると、なぜか一瞬動きが止まってしまうように見えることがある。徐々によくなってきたと思うが、完成度の低さは否めなかった。今シーズンはセカンドにトゥループを入れていない。安藤選手はさらに苦手で、彼女のジャンプ構成は、セカンドがほぼすべてループになっている。今シーズンのフリーは、3ループが1回、2ループが3回も入っている。さらに安藤選手は3Fもしばしばダウングレードされてしまうようになった。安藤選手はフリップがwrong edgeであり、昨シーズンはこれを矯正して、得意のルッツも乱れ、さんざんな成績だった。今年はwrong edge判定はないのだが、フリップに回転不足があるということは、正しいエッジではなかなか力が入らないということだと思う。安藤選手のwrong edgeは、フリップの軌道で滑ってきて、最後にグッとエッジがアウトに入ってしまうものだった。安藤選手はルッツのが得意だから、アウトエッジで踏み切ったほうがうまく力が入るのだ。それを矯正した影響が、ジャンプの瞬発力に出ているのだろう。得点源であるフリップとループでやたらダウングレードされるから、安藤選手の点はのびない。Mizumizuが「え? これでダウングレード?」と驚いたのは、中国大会のフリーの3フリップ。着氷がガタッとなったが、まさか足りていないとは思わなかった。スローが出なかったので、どの程度足りていなかったのかはわからないのだが・・・・・・ モロゾフにとっても、ここまで厳しい判定は予想外だっただろう。だから、モロゾフ&安藤のリンク裏での表情はとても暗い。こういうことがあるから、やはりアメリカ大会でのキム選手の3Tに対する認定の甘さは非常に気になるのだ。You TUBEでお祭りになるのも頷ける。一方、浅田選手はやや不完全ながら、セカンドに3トゥループを入れることができる。今シーズン試さないと、来シーズンまた入れるのは難しくなり、常に一か八かのループで勝負しなければならなくなる。だから、3ループに比べてやや認定が甘い(ように見える)3トゥループを試してみたら、と思うのだ。個人的にはループのほうが跳びやすくても、一般的にはやはりトゥループを完成させるほうが、やさしいはずなのだから。
2008.12.09
<続き>昨シーズンの世界選手権の前にMizumizuは浅田選手がジャンプにさまざまな課題をかかえてしまったことを具体例を挙げて示した。(3/20のエントリーを参照)そして、フリーの直前にジャンプの課題を5つ挙げた。もう一度振り返って、それらがNHK杯でどうだったか見てみよう。<浅田選手の昨シーズンのフリーの課題>1 最初のトリプルアクセルを、着氷時の浮き足がこするツーフットなしで決めること。→これは今回のNHK杯では文句なく決めたのでクリアした。2 前半に行う3回転フリップ+3回転トゥループのジャンプのトゥループを回転不足なしで決めるか、もしくは2回目のジャンプを別のジャンプにして完璧に決めること。→3/20のエントリーで、「浅田選手は実は、2度目に跳ぶトリプルトゥループを本当の意味で完成させていない」と書いたが、今シーズンはセカンドに3トゥループを入れていない。セカンドの3ループに対する厳しさを見ると、セカンドの3トゥループもやめずに試したほうがよいように思う。セカンドの3トゥループの確実性があがれば、鬼に金棒なのだ。3 トリプルルッツの着氷で乱れないようにすること。→文句なし。エッジも矯正してきて、加点がついた。あとは確実性を高めるだけだ。4 後半に行うダブルアクセル+2ループ+2ループの3連続ジャンプで回転不足や着氷時のツーフットがないようにすること。→今シーズンは前半に3連続を入れている。3フリップ+2ループ+2ループ。回転不足もツーフットもなくきれいに入った。問題なし。5 後半に行う3フリップ+3ループのループを回転不足にせずに決めること。→実は、これがまだうまくいっていない。フランス大会ではパンクで1ループ、NHK杯では単独の3フリップのみでセカンドが入らなかった。ショートでは、見た目はきれいに決まったが、3ループの回転不足を取られてしまった。つまり、浅田選手はほとんどの課題をNHK杯でクリアしてみせたのだが、ただ1つ、「セカンドの3回転ジャンプ」だけがうまくいかなかったのだ。ショートではダウングレード、フリーでは回避。むしろフリー後半の3フリップ+3ループの部分で3トゥループ+3トゥループを入れてみては、と思うのだが、そうするとジャンプの挿入回数の規定上、浅田選手の得意の3ループは単独で1回しか入らなくなる。今回のNHK杯のフリーでは得意の3ループが1つも入っていないが、フランス大会では3A+2Tの部分に単独の3ループを入れた。そして後半に3F+3ループという構成だったのだ。NHK杯では、3ループではなく3A+2Tをいれ、後半に3F+3ループのつもりが、ループが入らず、結局得意のループが使えなかったということ。仮に3F+3ループのところを3トゥループ+3トゥループに変えると、今3トゥループを単独で跳んでいる箇所に単独3ループを入れることになるが、ほかには3ループを入れることはできない(3回転ジャンプは同じ種類を2回跳ぶことができるが、そのうち少なくとも1回は連続ジャンプにしなければいけない。だが、連続ジャンプは全部で3箇所にしか入れられないので、3A+2T、3F+2Lo+2Lo、3T+3Tでもう3ループをつかった連続ジャンプは挿入できないのだ)。フリップはサルコウと入れ替えることができる(サルコウよりフリップのほうが基礎点が高い)。 セカンドに跳ぶトゥループが回転不足になりやすい浅田選手はセカンドにはループのほうがいいと考えているようだが、ここまでセカンドのループに対する認定が厳しくなると(今季、セカンドの3ループが認定されたのは安藤選手が4回跳んで1回だけ。その1回にもオーサーがスーパースロー再生を見ながらケチをつけた←まるでYou TUBEに投稿してる匿名ファン。フラット選手は初戦で3ループを回転不足判定を取られ、第二戦では2ループで回避策を取った)、認定してくれるかどうか、いつも一か八かで跳ばなければならない。トゥループのほうが、完成さえさせれば基本的に回転不足にはなりにくいはずなのだが……さて、ルールに話を戻すが、伊藤みどりが、先ごろ放送されたNHKの特別番組で、冗談めかして、「カタリナ・ビット選手は3回転ジャンプを2種類しかもっていなかった。私は5種類(当時3Aはなかった)決めた。それでどうして勝てないのかなと思っていた」と発言した。彼女は現役時代、決してこういうことを言うことはなかったが、今なら3回転を2種類しか跳べない選手が、いくら美貌でスタイルがよくて氷上でセクシーにグネグネしてみせても、5種類のジャンプを跳ぶ選手に勝つことはない。つまり、フィギュアというのはそういう競技なのだ。採点基準を変えることで、強い選手を作り出すことができる。事実、去年の判定基準の「厳密化」で、急にキム選手が圧倒的に強くなった。彼女は明らかに、採点基準に助けられている。もちろんキム選手が素晴らしい選手であることに異論の余地はない。キム選手は3Lz+2(+2)もフリーで入れるが、普通は3Lz+2だけでやっとなのだ。さらに、3F+3T、2A+3Tのセカンドの3回転ジャンプをあれだけ安定して決められる選手は、世界中探してもほかにはいない。浅田選手も3F+3T、2A+3Tを跳ぶことができるが、セカンドの3トゥループの確実性では、キム選手に及ばない。言っておくが、セカンドの3トゥループの確実性だけですよ、そもそも単独の3ループさえ苦手ですぐ回避策を取るキム選手は、セカンドに3ループをつけることなど、ハナっから、200%無理なのだ。伊藤みどりが素晴らしいジャンプを決めていた現役時代、ジャッジは「フィギュアはジャンプだけではなく、芸術であり、表現力が大事」と言って、徹底的に伊藤選手の芸術点を下げ、なるたけ勝たせないようにした。それに対して伊藤選手は、女子では不可能といわれた3Aに挑んで成功させた。彼女も採点システムと戦った選手なのだ。だが、それでも結局伊藤選手は、1度しか世界チャンピオンになれなかった。ちょっとでもジャンプで失敗すれば、もう勝てなくなるような採点をされ、極度のプレッシャーをかけられた。フランス選手の嫌がらせもひどかった。伊藤選手は孤立無援の状況で戦わざるを得ず、日本のメディアの過剰ともいえる取り上げ方もあって、結局彼女はオリンピックでは精神的な重圧に耐え切れず、完璧な演技を披露することはできなかった。日本は伊藤みどりのオリンピックでの失敗(といっても、2回コケて銀メダルだが)から学んで選手強化に取り組み、荒川静香というオリンピックチャンピオンを出したといってもいい。日本は複数の才能あるフィギュア選手を長期にわたって、組織的に強化してきた。そのなかでも最高の逸材が浅田真央だ。彼女のようにあらゆるものをそなえた天才はめったに出ない。事実、日本には浅田選手以下の年齢で世界トップを競えそうな女子選手は見当たらない。この才能は大切に育てなければいけない。浅田選手の目標も今年ではなく、来年にある。NHKのアナウンサーだけは、ちゃんとそういう長期目標を立てている浅田陣営のやり方を理解していて、「あとはジャンプを安定させるだけ。オリンピックにむけて、わりあいいい具合に進んでいるのでは」と発言していた。同感だ。ステップは抜群にうまくなった。去年キム選手に明らかに負けていたスピンも同等レベルの点が取れるようになった(そのかわり、あの魅力的なビールマンが減ってつまらなくなったとも言えるかもしれない)。表現力・芸術性も申し分なく、プログラムコンポーネンツは安定して点がもらえるようになった。あとは、ジャンプを安定させることなのだ。NHKのアナウンサーのいいところは、フィギュアの採点方法、各選手のプログラム内での見せどころ、前回の試合で失敗した部分など、きっちり勉強したうえでアナウンスのプロとしての仕事をすることだ。3回転なら基礎点が何点で、そこからダウングレードされると何点になってしまうのかなど、回転不足判定についても詳しく説明していた。民放のアナウンサーときたら、この重要なポイントを、ほとんど理解せずにしゃべっているとしか思えない。解説者が、「このジャンプ、もしかしたら回転が足りないかもしれません。回転不足判定されると、ダウングレードされ、2回転の失敗をみなされてしまいますから」と説明しても、たいてい流してしまっている。NHKのアナウンサーだけは、3回転と2回転でどれだけ基礎点が変わってしまうか、そこからGOEで減点されると、点がほとんどなくなってしまうことをきちんと話していた。その最悪例の1つについては11/10のエントリー参照。民放も、アイドル歌手でも何でもない選手に変なキャッチコピーをつけて、派手なナレーションで盛り上げる時間があったら、もっと内容のあることを放送したらどうか。大技をやるかやらないかで煽るより、回転不足判定されるとどんな悲惨なことになるか、大技のリスクを詳しく説明すべきではないか。実況するアナウンサーも、「ジャンプだけじゃない、あんなコトもこんなコトもできちゃう真央ちゃん」なんて、中年男のスケベ心丸出し――という自覚が本人にないから、なおいっそう気味が悪い――のセクハラ・ポエムを考える時間があったら、フィギュア中継でプロのアナウンサーが視聴者に伝えるべきことが何なのか、NHKの同職の人を見て勉強したらどうか。<明日は「安藤選手と浅田選手はなぜセカンドに3トゥループを跳ばないか」についてです>
2008.12.08
そういうわけで、キム選手の「回転不足気味なのに認定されてる疑惑のジャンプ」ビデオがジャンジャンYou tubeにアップされるというわけ。こちらはアメリカ大会のキム選手のショートでの「疑惑の判定ビデオ」。http://jp.youtube.com/watch?v=4uX-0ncoEjU&feature=relatedたしかに、この3T、回転不足は回転不足。ついでに言うとフリップの踏み切りもアウト(つまりwrong edge)に入ってしまっているようでもある。ただし3Tは4分の3回転以上はしているようにも見えるし、逆に4分の1回転以上不足のようにも見える。非常に微妙だ。これを、「ダウングレード判定」するかどうかは、「ジャッジ次第ですからね~」(by 伊藤みどり&本田武史)ということになる。何分の1回転足りないのかと聞かれても、正直わからない。ただ、NHK杯での鈴木明子選手のフリーの2A+3Tの3Tもこんな感じで容赦なくダウングレードされた(キム選手のビデオと比べてみるといいかもしれない)のだ。鈴木選手の連続ジャンプ、肉眼ではきれいに下りたように見え、しーちゃんは、「これは決まりましたね」と言ってしまった。スローで見たら少し足りていなかった。鈴木選手の3Tに対してあそこまで厳しく取ったのに、今後、キム選手の不足気味の3TはOKというになったら、やはり疑惑をもたれても仕方ない。またYou tubeでお祭りだろう。ところが、キム選手のコーチであるオーサーから見ると、中国大会でキム選手のルッツがダウングレードされたのに、安藤選手のセカンドの3ループが認定されたのが大いに不満だったらしく、文句をつけている。http://jp.youtube.com/watch?v=JoW22Ag1YR83ループは、一瞬のタメが長くなると、オーサーの言うように「ごまかし」に見えやすい。ここまで言われると、恐らく3ループは誰が飛んでも認定されないだろう。もう1つ、Mizumizuが何度も指摘している採点手法の問題点をオーサーがいみじくも言っている。つまり「ダウングレードされればそこからまたGOEで減点、認定されればそこから(ほぼ)GOE加点」になるから、基礎点以上の差がついてしまうのだ(今までそれでトクをしてきた選手は、明らかにキム選手だ)。NHK杯の基準で言ったら、キム選手の3ルッツは完全にダウングレードで問題ない。昨シーズンは、中野選手が同じようなルッツの着氷で、ダウングレードされてしまったことがある。他の選手を引き合いに出して判定に文句をつけてるコーチと公けの場で、「ときどきジャッジが公平ではない」と不満を言ってる選手本人には呆れ果てるが、つまり、それくらい「認定される・されない」は大きな問題なのだ。4分の1以上の回転不足ジャンプをダウングレード+GOE減点するという今のルールは、このようにライバル陣営同士の非難合戦に発展しやすい。何度も言うが、回転不足など、GOEでのマイナス1ぐらいで十分なのだ。wrong edgeのように「判定されればGOE減点」に留めておけば問題なかったのに、無理やりダウングレードして減点するから、転倒したルッツより回転不足のルッツのが点が低い(詳しくは11/10のエントリー参照)などという意味不明の点になってしまうし、「あの選手は認定されたのに、こっちは認定しないのか、ミスジャッジだ」という不平も出る。だから、スペシャリストの判断は、ますます難しくなってくる。難しくなれば、「疑わしきは罰する」の方向に行くのは当然だ。ちなみに、アメリカ大会女子の技術審判は以下の通りスペシャリスト: Zackovaアシスタントスペシャリスト:Waliaコントローラー:Winklerレフリー:Zonnekeyn判定を行うのはスペシャリスト。アシスタントがそれをサポートする。コントローラーがそれを承認する。レフリーは総監督。おかしいのは、アメリカ大会でのフリーのキム選手の3F+3Tを、アメリカのテレビ局が「これでもか」ってぐらい足元を何度もスロー再生で見せていたこと(わざとですか?)。NHK杯女子の技術審判は以下の通りスペシャリスト: Sandアシスタントスペシャリスト:天野真コントローラー:Abbondatiレフリー:Yangこのように判定は、スペシャリストが名前も出して、責任をもって行っている。毎日新聞の山本亮子記者のように、思った以上に点が出たからといって、「判定に甘さがあった印象は否めない」なんて無責任に素人の印象で書いてはいけないのだ。「判定に甘さがある」と言うなら、どのエレメンツのどの判定に甘さがあったのか、具体的に指摘すべきだろう。「アメリカ大会のキム選手のショートとフリーの3F+3Tの3Tは、判定に甘さがあったかもしれない」という意見は、ビデオを見たって否定できない話だが、NHK杯の織田選手の判定には甘さは一切ない。あるというなら、どの判定が甘いのか、毎日新聞の山本亮子記者記者は、意見を明記してほしい。しかし、自国の選手が思った以上に評価されたことに対して、「判定に甘さがあった印象は否めない」なんて否定的なことを書くかね? ふつうは、本人が思った以上に高評価をもらったことを讃えるべきだろう。ジャッジの判定は、確かに一貫性がないようにも思う。人間だから判定ミスはあるかもしれない。ただ、少なくともチーム体制を組んで、スペシャリストが名前を出して、きちんと規定に基づいてやっているのは確かなのだ。それを大新聞が、「判定に甘さがあって点が出た」などと、根拠もなく書くことは絶対に許されない。ジャッジに対して失礼だし、読者に対して誤解を植え付けることになる。点の出方が異常なのは、何度も言ってるようにルールのせいだ。ジャッジは規定に基づいて判断をしている。キム選手のギリギリジャンプに対して、「誰も文句がつけられない着氷」をするのが織田選手。http://jp.youtube.com/watch?v=FZYMGBnZcps&feature=relatedこの3Lz+3Tは、ファーストジャンプもセカンドジャンプも氷上で着氷時にエッジが「ピタリ」と決まっている。これが理想なのだ。完全に回りきってから降りてきているということ。ここまで完璧ならどの角度からどう撮ろうと、誰がジャッジだろうと、回転不足判定されることは絶対にない。浅田選手が「あたかも浅田真央に勝たせないために作り上げたようなルール」を突破して、完全なる勝利を収めるのに必要なのは、この確実性だ。女子には非常に難しいことだ。キム選手はセカンドの3トゥループを回りきっておりてこられる確率で言ったら、恐らく女子では世界一だが、それでも「疑惑の回転不足ビデオ」で2A+3Tも指摘されている。回転不足判定するほどかどうかは微妙だが、織田選手のように完璧に回りきってから降りてきてもないのはわかると思う。http://jp.youtube.com/watch?v=90bKBt4k26Yただ、そうなると、セカンドの3ループは、非常に難しい。技術的には3トゥループ以上に難しいのだ。伊藤みどりのような「誰にも文句がつけられない完璧な着氷」ができるのは、恐らく伊藤みどりだけ。安藤選手も浅田選手も、ルッツあるいはフリップからのセカンドの3ループをあそこまで完璧に回りきって降りてこいといわれても、それは無理だと思うのだ。<明日へ続く>
2008.12.07
過去に浅田選手(2季前の2A+3Tと昨季の3F+3Tの3T)、中野選手(3A)の判定がやや甘く、少し回転が足りなく見えたのを認定してもらって――といっても、4分の3は回っていると判断されただけとも言える――命拾いをしたのは事実なのだが、今回のNHK杯のダウングレード判定は誰に対しても公平に厳しかった。今シーズンは総じて非常に厳しいのだが、Mizumizuが見て、これは甘いのでは? と思った選手が2人だけいる。1人は先日動画を紹介した、アメリカ大会でのキム・ヨナ選手の3F+3Tの3T。回転不足気味に見えたがダウングレードされず、逆に加点された。もう1人は、カナダのパトリック・チャンのフランス大会でのショートのフリップについた「!」判定(wrong edge short)とそれに対する減点だ。「!」判定は、「E」(wrong edge)判定より微妙なものに対して、「警告」のような意味で与えられる判定で、GOEは「審判の自由裁量に任せる」という指針が示されている。より明白な「E」判定がついたら、「審判はマイナス1からマイナス3の減点をしなければならない」のがルールだ。Wrong edgeは「明白にかかえている選手(ウィアー選手のフリップのようにいつもwrong edge)」「潜在的にかかえている選手(キム選手のフリップのように踏み切りの直前にwrong edgeになりかけた状態になる)」「ときどきやってしまう選手(チャン選手のフリップように、だいたいいつも正しいエッジで踏み切るが、突発的にエッジがかわってwrong edgeになることがある)」がいる。ウィアー選手のように常習的にwrong edgeの選手には減点が厳しい。だいたいE判定になってしまうのだが、アメリカ大会ではスペシャリスト(判定を行うジャッジ)は「!」判定にした。一方の、常習性のないチャン選手だが、フランス大会でのショートは、突発的にフリップのエッジが変わってアウト(つまりルッツの踏み切りエッジ)になってしまった。Wrong edgeも回転不足と同様、肉眼では非常にわかりにくいのだが、このときのチャン選手のwrong edgeだけはハッキリわかった。しかも、採点システム(そして、カナダのバトル選手の優勝)に文句をつけたジュベールの国フランスだから――かどうか知らないが、チャン選手(つまり、新しいカナダの有力選手)のフリップを、エッジの踏み切りが一番よくわかる背後から撮ったビデオで再生してくれた(偶然? すごいなぁ)。エッジ踏み切りがインかアウトかというのは、後ろからみると非常によくわかるのだが、チャン選手のショートのフリップは、これ以上ないくらいwrong edgeだった。ところが判定は「!」。アメリカ大会のときのウィアー選手と比べるとウィアー3F(!) (GOEは0が2人、マイナス1が3人、マイナス2が3人) チャン3F(!)+3T (GOEは0が8人、マイナス1が1人) 同じ「!」判定なのに、GOEがこんなにバラバラなのだ。ウィアー選手のGOE減点は「E」判定のときと同じぐらい厳しい。チャン選手は同じフランス大会のフリーでは、しっかりインで踏み切ってフリップを跳んでいた。つまり、ショートは突発的なwrong edgeだったのだ。だが、突発的とはいえ、非常に明白なwrong edgeで、マイナス1をつけたジャッジが1人だけというのはあまりに甘い。キム選手の「E」判定と「!」判定のGOEもずいぶんと甘かった。スペシャリストとGOEジャッジの見解の違いをはからずも示してしまったともいえるが、キム選手へのGOEの強引ともいえる甘さも同時に露見してしまった。「E」判定になったら、GOEはマイナス1からマイナス3をつけなければいけないのに、なんとプラス1にしたジャッジが1人、ゼロで減点していなかったジャッジが1人いたのだ。スペシャリストの判定を誤りだとするGOEジャッジがいたのだとしたら、審判団がみずから、スペシャリストの判定は信頼に足らずと言ってるようなもの。野球で主審が「ボール」と言っているのに、副審が「いや、主審のミスジャッジだ。これはストライクだ」と強引にストライクにするようなもの。いくら微妙なところだったとしても、それはありえんでしょ。キム選手に初めてE判定がついたから、混乱したというのも言い訳にならない。これまでついてなかったのにE判定を取られた選手はほかにもいるし、その選手の場合はGOEはきちんと規定にそってつけられていた。つまり、明らかに変なGOEをつけたジャッジがいたのはキム選手だけなのだ。チャン選手の場合は、偶然(??)フランスで、wrong edgeが一番わかりやすい方向からカメラが撮っていたということもあって、「ここまで明白な違反で、GOEでの減点がほとんどないのは甘いなあ。目をつけられていない選手だからかなあ」と思った。そういうことはもちろんある。常習性があればジャッジの目はより厳しくなる。さてさて、日本のみなさんは、浅田選手の3A+2Tの3Aが認定されなかったのが、大変に厳しい判定だったということはわかったと思う。プロの、しかもつい最近まで現役の選手だった荒川選手がスローで見て「大丈夫だと思う」といった3Aが回転不足判定。もちろん、ちょっと足りなかったのは事実で、よくよく見れば氷上でエッジの先が降りてから回っている。同じく、3Aに対する厳しいダウングレード判定を食らった選手がいる。それがまた、なぜかウィアー選手と同じアメリカのライザチェック選手なのだ。ライザチェックは今回4+3の連続ジャンプを回避している。単独の4Tもあまり決まらず調子が悪い。それは仕方がないのだが、なんと彼、フリーの3A+2T+2Loの3Aをダウングレードされてしまったのだ。これは浅田選手のパターンとまったく同じ。結果、思いもかけない低い点になってしまい、コーチが不審な顔をしていた。回転不足判定は複数のスペシャリストが担当しているし、GOEはまた複数の別の審判がつけたものを基準にそって抽出し、平均をとる。その意味では、審判の不正は以前よりずっとしにくくなったのは事実だ。だからといって、それが「不正がないことの証明」にはならない。もちろん、「不正がある」証明にもならないが。明確に不正がないとしても、ジャンプの回転不足を厳しく取れば(なにせ回転不足と判定されれば、その下のグレードのジャンプの失敗にされてしまうのだから)、プレッシャーを受けるのは、高度なジャンプをもつ選手だ。「あれで認定されないの?」と動揺すれば、ますます緊張して自滅する。高度なジャンプをもたない選手は、高度なジャンプを持つ選手がそれを決めればまったく勝ち目はないが、「ちょっとした回転不足」のような目にも見えないようなキズを「信じられないぐらい」大幅に減点してもらえれば大助かりだ。今の浅田選手やライザチェック選手に対する3Aのダウングレード判定は、まさしく「信じられないぐらいの」大幅な減点だ。浅田選手以上に回転不足になりやすい中野選手のトリプルアクセルも同じ運命。では、こういうルールで、大助かりする選手は?女子ではコストナー選手とキム選手、男子では4回転をハナっからやらないチャン選手なのだ。で、国際スケート連盟の、会長とフィギュアの副会長って誰でしたっけ?http://www.isu.org/vsite/vcontent/page/custom/0,8510,4844-161657-178872-20148-73966-custom-item,00.html伊藤みどりが、4回転に挑戦する男子選手に対して、「4回転の評価を下げようという方向のなかで、よく頑張っている」と言っていた。そう、基礎点をあげたといいながら、GOE減点幅も増やし、さらに回転不足ですぐダウングレードする今のルールは、「4回転の評価を下げる」ルールなのだ。そんなことをせずに、4回転はもともと危険なのだから、禁止技にしてしまえばいいじゃないか。今のようなルールでは、なまじっか技術をもつ選手は挑戦しないわけにはいかない。せっかく挑戦しても、その判定があまりに理不尽で、あまりに一発勝負なのだ。皆が目指しているオリンピックというのは、極度の緊張を強いられ、いつも跳べるジャンプすらミスる舞台。荒川静香はあえて3+3を回避し、他の有力選手が失敗して自滅したために金メダルを取った。キム選手やチャン選手は、その方法で勝とうとしている。しかも、ルールをいじるにはもう遅すぎる。日本のメディアがやれ「4回転に挑戦!」だの「トリプルアクセル2度!」などと囃し立て、一般のファンも大技さえ決まれば勝てるかのような幻想をいだいている間に、どこかの誰かが、去年、今年と少しずつルールを変え、高度なジャンプに挑戦する選手には「ありえないぐらい不利なルール」を確立してしまったのだ。それが素人のファンにも明白になったのが、今回のNHK杯だったと思う。ここまで浅田選手・鈴木選手(2A+3Tの3Tがダウングレード)に厳しく回転不足を取るからには、セカンドに3Tをもつキム選手の回転不足にキッチリ目を光らせないわけにはいかないだろう、特に日本人のフィギュアファンは。スロー再生してくれるかどうかわからないが、キム選手が回転不足になるジャンプは決まっている。3F+3Tの3T(と3Fがアウト踏み切りにならないか。このwrong edgeも一部のファンが主張するように、「火を見るより明らかなアウト踏み切り」ではない。ぎりぎりインかな、と見えることも多い)3ルッツ2A+3Tの3T(実は昨季は、これが「足りないかな?」というのもあったのだ。4分の1以下だったと言われればそれまでだが、鈴木選手の2A+3Tに対する厳しさを基準にするなら、この3Tもダウングレードだろう)3サルコウ(案外これもときどき、少し足りないことがある)繰り返すが、NHK杯の判定自体は「疑わしきは罰する」で誰に対しても公平だった。だが、ここまでやってしまったら、必ず今後の試合で「少し足りなくても4分の1回転以下の不足だったと判断して、認定したジャンプ」に対する「判定見逃し疑惑告発合戦」になるだろう。すべては、回転不足判定されると減点が苛烈すぎ(基礎点ダウングレード+GOE減点)、認定されたジャンプ(通常加点をもらう)との点差が開きすぎることに原因がある。ホント、なんだってこんなバカなルールと基準を作ったかね。今の日本のフィギュア・ファンは、メディア以上に厳しい目をもっているのを、国際スケート連盟は甘く見ている。「ジャッジはプロだから、常に正しく判定している」というタテマエを一般のファンに信じてもらうのは、もはや無理だ。マスコミもマスコミだ。盛り上げるだけ盛り上げて、視聴率を稼いで商売し、でも採点のタブーにはなるたけ触れないでおこうとしたって、見てるうちにファンは「どう考えたって変だ、この点の出方」「ありえないでしょ、この点差」と気づいてしまう。気づけばネットで調べ始める。そうすれば、ビデオでスロー再生しなければわからないような、本人も観衆も解説者ですら気づかないような回転不足が、ダウングレード判定され、そこからGOE減点と、いわば2重の減点になっている――そして、回りきってさえいれば、お手つきしようがステップアウトしようがオーバーターンしようが、ダウングレードがなくてGOE減点だけだから、そっちのほうが点が下がらない――という、「常識ハズレ」のフランケンシュタイン・ルールがわかってくる。そして、そうなると「判定は公平に行われているの?」という疑問が沸いてくる。微妙な回転不足の場合は、認定されるか・されないかで、点が大幅に違うからだ(基礎点と加点、基礎点と減点だから)。<明日に続く>
2008.12.06
<きのうから続く>ところが認定されてしまえば、キム選手の場合、ほとんど自動的に(?)加点されている。実は浅田選手にも昨シーズン、同様のことがあった。3F+3Tの3Tが「ちょっと足りなかったかな?」と思うことがあったのだ。ところが認定されたら加点がついた。2季前に途中から入れた2A+3Tの3Tも実は、ちょっと足りなくても認定されたことがあった(もちろん、4分の3以上は回っていたとジャッジが認定したからだが)。日本のファンはキム選手ばかりを槍玉にあげるが、実は浅田選手も「微妙なところを認定してもらって、加点までもらって命拾いをした」ことはあるのだ(ただし、その回数はとっても少ない・笑い)。中国大会ではキム選手はこの3F+3Tは完璧に降りてきたが、「!」判定を取られ、次の3ルッツが回転不足判定された。その前のアメリカ大会では、3F+3Tの3Tが回転不足気味で降りてきていた(このときのジャッジは、4分の1以下の回転不足でセーフと判定したらしく、ダウングレードはなし、逆に加点がついた)。このようにキム選手も、ジャンプがほんの少し足りなくなりはじめているのだ。試合によってジャッジの判断には間違いなくバラツキがある。国内大会は――全米選手権だろうと全日本選手権だろうと――かなり甘くなることが多い。以前は「絶対評価」だと言って、試合ごとに基準が変わることはないというタテマエだったが、現実にはそうはいかず、ISUは「絶対評価」の看板を事実上降ろしている。グランプリ・ファイナルへの出場権が、獲得したスコアの総得点ではなく、順位点(ポイント制)になっているのはそのためだ。NHK杯での判定は非常に厳しかった。だが浅田選手に対してだけでなく、すべての選手に対して厳しかったのだ。この厳しい判定がスタンダードになるのかどうか、もう何試合か見なくてはならないが、「疑わしきは罰する」という今回のNHK杯のジャッジの方針は、ある意味誰にとっても公平なものだったのだ。ワグナー選手なんてルッツにE判定、2つ目の3ループをダウングレード、唯一の連続ジャンプである3F+2Tの3Fにダウングレード。本人も首をふってボーゼンとなっていたが、まったく見るも可哀想な点数になってしまった。ジャン選手同様、「ダウングレード血祭り」の最大の被害者の1人。そうそう、ハッカー選手のダウングレード判定もぶっ飛んでる。(<)がダウングレードされたジャンプだが…3S(<)3S(<)+2Lo3T(<)+2T(<)+2Loなんじゃこれ?? 4つもダウングレード。すごいね、まったく。連続ジャンプで認定されたのは2A+2Tだけ。まるでジュニアレベル。全米チャンピオンの「ジャンプが得意な」長洲未来選手(ミライちゃん)も、これまたジャン選手そこのけのすごいダウングレード血祭り。彼女は怪我もあって体調も悪かったそうだが…2つ入れた連続ジャンプは…3Lz(<)+2T+2Lo(<)3F(<)+2Tと2T以外は全部ダウングレード。単独でも3F(<)3Lz(<)の2つがダウングレード。全部で5つのジャンプが回転不足だって… 3ルッツも3フリップも跳べない、つまり難度の高いジャンプは跳べない選手ってことじゃん!(笑) NHK杯のダウングレード血祭りの女王はミライちゃんかな。ミライちゃんのフリーの得点は74.08点。ショートだったら歴代最高点なんだけど、これは恐ろし~ことにフリーの点なのだ。ちなみに長洲選手のショートのパーソナルベストは、65.07点(今回のフリーまでもうちょっと?)。こんなふうに、めちゃくちゃな点の下がり方をしてしまうのが、ダウングレードの恐怖なのだ。しかし、NHK杯ほど「厳密に乱用」してきた試合は、これまでないんじゃないか。そのなかで126.49点を出したのだから、浅田選手はやはりすごい。3Sはちょっと「どうかな?」と思ったのだが、スロー再生がなかったので、わからなかった。浅田選手の3A+2Tの3Aが認定されなかったは、厳しい。それは事実だが、他の選手もこのように同様に厳しく減点された。このNHK杯に関しては、「奇妙に思える見逃し」は皆無だったと断言できる。選手のトータルスコアは意味不明のハチャメチャな点差になったが、ダウングレードの基準としては公平さを貫いた(と、褒めるのも、ものすご~く、むなしいが)。どうもこれまではセカンドの3ループ(つまりは浅田・安藤)にはやたら厳しく、3トゥループに甘い判定(昨シーズンは浅田選手にもあったが、総じてキム選手)が多かった。NHK杯では、公平に厳しくした結果、3+3もしくは2A+3でセカンドに3回転を跳べる女子選手は誰もいなくなった(セカンドの3Tが認定されたのは2T+3Tにしたレピスト選手だけ。これは3T+2Tと同じなので3+3や2A+3とは違う)。もはや笑うしかない、アハハ。よく、「キム選手の3Tは見逃されているのでは?」と聞かれる。それについては、そうかもしれないし、単に4分の3以上は回っているとジャッジが判断しただけかもしれないし、なんとも言えない。ただ、回転が多少足りないのに、大盤振る舞いで加点がされるのは、変だと思うし、それはGOEのジャッジが見逃しているか、気にしていないかのどちらかだろうと思う。どちらにしろ、回転不足は4分の1以上、GOEはジャッジの裁量――一定の規定はもちろんあるが、それをどう解釈するかはかなり自由――という基準がある以上、ワザと見逃しているのか、気づかなかったのか、気にしなかった(あるいはそのほかの要素を評価した)のか、明言はできないのだ。ただNHK杯のように「疑わしきは罰する」をスタンダードにすると、去年まではそこそこいた、「女子でセカンドに3回転を跳べる選手」は世界中にほとんど誰もいなくなってしまうのは事実。去年までできてた人が、同じジャンプを跳んでも、それは「できていない」ということになる。まさしくブラックジョークのような世界。漫才みたいな話だ。この厳しい基準では、せいぜいキム選手やコストナー選手のセカンドの3Tが何回かに一度認定されるかどうかというところだろう。実のところキム選手の2A+3Tの3Tも――ダウングレードされたことはなく、いつも認定+加点までされているが――ときどきちょっとだけ「降りてから回ってしまっている」ことがある。安藤選手の3Loももしかしたら、5回に1度ぐらいは認定されるかもしれないが…… 浅田選手は……とても難しい。昨シーズン終了の段階で、あの世界選手権の中野選手のトリプルアクセルがダウングレードされ、たった2.24点にしかならなかったときに、日本は採点の矛盾を議題に上げるべきだったのだ。ヨーロッパの観客がスタオベした演技が、返って順位を落とすという矛盾。それも「回転不足判定されたら、ダウングレードとGOE減点」というルールが招いたことだ。ところが、その根幹は変えられることはなく、判定が「厳密化」されたのが今年だ。特に今回のNHK杯はこれまでになく厳しかった。日本のファンの方は、注目の浅田真央選手の3A+2Tの3Aのダウングレードで、やっとこの異常な点の出方に気づいた方も多いかもしれない。でも、中野選手の単独の3Aは、これまでずっと、いつもちょっとだけ足りないので、しばしば同様にダングレードされて点にならなかったのですよ(古くは恩田選手も認定されずに諦めた経緯がある)。中野選手の場合は、しつこくトライして、認定してくれるジャッジもでてきたが、「ちょっとだけ足りない」のは彼女の「お約束」なので、完全な3Aと認定されなくても、そのこと自体に文句は言えない。問題は点の下がり方なのだ。結局、高い技術をもつがやや不完全な日本女子には非常に不利なルールなのだ。だが、もうプレ5輪。オリンピックまでは、ルール改正はできない。採点をマトモに戻すのは、もはや手遅れだ。ルール改正をするには交渉力と政治力がいる。それが日本にはなかったということだ。そこで負けた以上、選手が勝利をおさめるためには、「誰も文句がつけられないくらいジャンプを完璧に回りきって降りてくる」しかないのだ。ヤグディンはオリンピックでそれをやりとげた選手だ。プルシェンコに匹敵する高度なジャンプを、「グラリ」ともせずにすべて決めた。<明日は「選手によって採点が甘い辛いがあるか」についてです>
2008.12.05
日本の新聞記者のフィギュア・スケートに対する無知は絶望的だ。去年はプログラムコンポーネンツで高い評価を得ている浅田選手に対し、「課題は表現力」などと堂々と書いて、Mizumizuはさんざんこのブログで誤解を指摘した。去年浅田選手の点がのびなかったのは、wrong edgeに対するシビアな減点とジャンプの失敗が響いたのだ。表現力は一貫して高く評価されてきた。今回のNHK杯の織田選手の優勝について、毎日新聞の山本亮子記者の書いた記事も、まったく新採点システムを理解していないし、読者に採点システムとジャッジに対する誤解を植え付けるものだ。http://mainichi.jp/enta/sports/general/figure/news/20081201k0000m050024000c.html「それだけに、154.55点には「びっくりした」。地元有利を考慮しても、判定に甘さがあった印象は否めない。周囲が優勝に沸き立つ中、織田はなかなか笑顔になれなかった」「ビックリした」のはMizumizuも同様で、それについては先日のエントリーに書いた。だが、プロトコルを見ればわかるが、ジャッジの判定はまったく甘くない。織田選手は確かに目立ったミスをしたが、すでに書いたように、点数が下がらなかった最大のポイントは、4Tも3Aも、あるいはコケそうになった3F+2T+2Loも、「すべてのジャンプをきっちり回りきって降りて」きてから、ミスっていたことなのだ。だから、4T、3Aと認定されて(つまり、回転不足判定されず)、基礎点が下がらなかった。これが大きいのだ。GOEでは4T、3Tともきっちり減点されている。3連続ジャンプの失敗も転倒扱いで1点引かれ、GOEでも減点されている。ただし、ダウングレードはないのだ。それなのに、「印象」で「判定に甘さがあった」などと書くのは、ジャッジに対して失礼だ。「現地開催アゲ」があったとすれば、プログラムコンポーネンツ(演技構成点)の77.4点だが、これだって75点以上彼がもらった理由はハッキリしている。プログラムコンポーネンツ(演技構成点)で点を高くもらう選手には、共通点がある。それは「上半身、特に腕の表現がしなやかな選手」だ。プログラムコンポーネンツ(演技構成点)には「スケートの技術」「つなぎのフットワーク(NHKは「つなぎのステップ」と訳しているが、ステップというより、エレメンツとエレメンツをつなぐ足の使い方といった意味だ)」という、主に脚の表現力を評価する項目があるが、そのほかに「パフォーマンス」「振り付け」「音楽との調和」という3つの項目がある。これに大きく影響してくるのが、上半身の表現力なのだ。織田選手は肩の可動域が広く、腕の表現が非常に大きく、しなやかだった。一方、プログラムコンポーネンツ(演技構成点)でなかなか75点の壁を越えられない小塚選手は、腕のやわらかな表現に乏しい。腕を使っていはいるが、肩の動きに「広さや深さ」がないから、単に「腕を振り回したり、広げたりしてるだけ」に見える。ライバルのチャン選手との差は明らかだ。チャン選手は肩の可動域が広く、腕が根元から前後に深く動く。しかも手首も非常に柔らかく、繊細な指の動きには目を奪われる。流麗に腕を動かし、指先にまで神経の行き届いた上品なポーズを決める、そこまでの流れと制止した姿に魅力があるのだ。そして、チャン選手はプログラムコンポーネンツ(演技構成点)75点の壁をやぶって高い点をもらう。女子のキム選手も、肩の可動域が広く、腕の表現が抜群で、プログラムコンポーネンツ(演技構成点)は高い。こうした肩のやわらかい選手に共通するのは、「ポーズが非常に美しく見える」ということ。一方、肩を痛めた安藤選手はプログラムコンポーネンツ(演技構成点)でもなかなか点を出してもらえない。今回の織田選手の振り付けは、腕を大きく使い、腕から身体、脚までのラインの美しさをぞんぶんに見せるよう配慮されていた。そして要素と要素の間に「一瞬のポーズ」を入れる(まるでキム・ヨナ)。こうした工夫と表現力が評価されたのだ。だから、多少の「ご当地アゲ」があったとしても、織田選手のプログラムコンポーネンツ(演技構成点)が75点以上というのは、それほど不思議ではない。小塚選手以下になることは考えられないが、たとえプログラムコンポーネンツ(演技構成点)で4点下がって73.4点だったとしても、合計点は150.55で150点を超える。技術点のほうには、一番最初に書いたように、GOEでの減点はきっちりされている。どちらにも「判定の甘さ」などはないのだ。去年からフィギュアの点数の出方は異常になった。それは確かだ。だが、その諸悪の原因は、繰り返し繰り返し説明しているように、「見た目にはわからないような回転不足を、ビデオで見つけてダウングレードし、さらにGOEで減点するから」なのだ。回転不足判定は微妙なものが見逃されたり――ただし、見ているほうが「これは見逃しだろ」と思っても、「いや、4分の3以上は回っていましたから、3回転と認定しました。見逃しではアリマセン」と言えばそれまで――判定されたりする。それも事実だ。だが、今回の織田選手のジャンプの着氷が、「すべて回りきっておりてきていた」のは疑いようがなく、甘く判定されて認定された事実は一切ない。ビデオで確認してみてほしい。すべての失敗ジャンプも着氷時に一瞬「ピタッ」とエッジが止まっている。そのあとで吹っ飛んでいるのだ。これは見た目の印象は非常に悪いが、ダウングレードされずにGOEだけの減点に留まるから、それほど苛烈な減点にならないのだ。一方のウィアー選手は後半の3ルッツが2ルッツになってしまった。後半だと3ルッツの基礎点は6.6点。2ルッツは2.09点にしかならない。加点がついたが、点は2.29点。さらに3Fの予定が1Fに。1Fの後半の基礎点は0.55点。さらに減点されて0.45点。一方の織田選手は後半の3ルッツと3ループで、6.7点(加点)と5.05点(減点)。こうしたところでの点差も響いた。そしてウィアー選手がフリップで失敗するのも理由がある。彼はフリップがwrong edgeなのだ。今回は1FであるにもかかわらずE判定がついた。このようにwrong edgeをかかえる選手は気になって、思いもかけない大失敗をしてしまうことが多いのだ。気にせずに跳んだほうがまだよかったりするのだが、どうしても気をつけようとして、2回転、1回転になってしまう。この失敗は浅田選手もフランス杯でやったし、中野選手にも多少の影響があるように思う。中野選手はフリップがよく回転不足判定されるので、それも気になっているではないか。まったく、日本の記者はどうして、まったくフィギュアのことを勉強しないんだろうね。これほど日本の選手が強いというのに。今の採点システムが変なのは事実。それもこれも「回転不足だと、見た目の着氷の大きな乱れ以上に減点される」というおかしなルールのせいであって、ジャッジには罪はない。ジャッジは一生懸命このルールにそって、忠実に減点してるだけなのだ(苦笑)。日本のメディアのみなさんは、どうしてこういう変なルールがまかりとおっているのか、詳しく取材してみたらどうだろう。もちろん、屁理屈はあるよ。「3回転の回転不足は、2回転が失敗してオーバーターンしたもの(つまり失敗)だから」とかね。だが、それは見た目ほとんどわからないような回転不足ジャンプを、ムリヤリ2回転ジャンプの失敗にして、明らかな失敗ジャンプ――オーバーターンしたり、手をついたり、ジャンプによっては転倒したものより低くつける合理的な説明にはならない。回転不足判定を厳しくする――それで、非常に困る世界のトップ女子は誰だろう? 難度の高いジャンプを跳びながら、微妙に回転が足りないまま降りてきてしまう浅田選手と安藤選手なのだ。一方で、セカンドに3トゥループという、3ループより難度の低いジャンプを跳ぶコストナー選手とキム選手は、回りきって降りてこられる確率が浅田選手や安藤選手より高いから、メチャクチャ有利になったのだ。有利になったのが、イタリア人と(カナダ人のコーチつき)韓国人。しかもプレ五輪でそれがますます露骨になってきた。国際スケート連盟の有力者って、誰でしたっけ? 本当にすごい偶然ですね。点が異様に見えるほど高かったり、変に低かったりしたとき、「判定が甘い」なんて無責任な印象論を書いて読者に誤解を与えるより、「なぜ、ミスが多かったように見える織田選手の点が下がらなかったのか」を、プロトコルをみて考察すべきだ。ミスが多くても、ある基準を満たせば点が下がらないようなルールを作ったからなのだ(それがいかにおかしいかは繰り返し批判しているが、おかしくたってルールはルールなのだ)。織田選手はたまたま、この基準を非常にうまく満たす選手だった。ジャンプの正確さに加え、スピンやステップにも取りこぼしがない。キム選手と似ているのだ。だから、Mizumizuは、「いきなり世界チャンピオンも夢ではない」と思うのだ。<ここから、きのうの続き>3ループに関してはそうだが、浅田選手の場合、3アクセルからの2Tはもっと完璧にできると思う。ただ、欠点を狙い撃ちされた浅田選手が、それに打ち勝って、誰にも文句を言わせないジャンプを跳ぶ肉体を作るのに、もう少し時間がかかるのは仕方がない。これだけ「ごくごく小さな欠点をメチャクチャ大きな減点」にされても、浅田選手は自分に対する自信と欠点を克服しようとする前向きな気持ちを失うことがない。あの3A+2Tをダウングレードされても、「また課題ができた。大丈夫だと思う」なんて言えるのがそもそもスゴイ。思うようにいかないことがあるとすぐに、「私ばっかり不公平に扱われている。XXさんはヒイキされてるのに」「私はイジメられている」「周囲が認めてくれない」とグチる近頃の「マジョリティ日本人」とは大違いだ。エッジで「E」や「!」判定されて、「判定に不満」などと頬を膨らめているキム選手にも見習って欲しいもの。キム選手のフリップのエッジが怪しいのは昔からだ。インの軌道で滑ってきて、最後に中立に戻り、ときにアウトに入って踏み切っている……場合があるかもしれない――それは以前から指摘されている。「誰にも文句を言わせないぐらいキチンと正確にインで踏み切る」ようにすればいいことだ。ルールについて言えば、前回のオリンピックで優勝したのが日本人女子。冬のオリンピックの華である女子フィギュアで、できれば連続で日本人女子には勝って欲しくない――ヨーロッパもアメリカも内心ではそう思っている。だから、彼らはルールそのものを変えて、日本人を勝てなくしようとする。回転不足判定の厳密化で苦境に立たされるのは、アメリカのジャン選手や長洲選手もその範疇に入るが、彼女たちはまだ世界トップを狙うほどではない。一番苦しいのは浅田選手、安藤選手、中野選手だ。頻繁にお手つきしたり、転倒したりするが、「とりあえず回りきって降りてくることのできる」コストナー選手には、この基準は有利だ。キム選手も回転不足の少ない選手だが、実は今年に入って、ほんの少しだけその正確さにほころびが見える。体の成長にともなって起きてくる問題で、今年はまだその萌芽だが、来年はもっと大きな問題になる可能性がある。たとえばアメリカ大会でのフリーの3F+3T。http://jp.youtube.com/watch?v=c2GuzcjWn5c&feature=relatedこのビデオをアップした人は最初のジャンプのwrong edgeを疑っているようだが、Mizumizuの目にはセカンドジャンプの3Tが回転不足気味なのが気になる。ダウングレードされず、逆に加点までされたのだが、少しだけ足りないのは事実。これがまたファンの誤解と中傷を招いている。つまり、微妙に回転不足でダウングレードされれば、そこから減点。
2008.12.04
<きのうから続く>浅田選手のNHK杯フリーのスピンは1つだけレベル3であとはレベル4。スパイラルはレベル3、最初の脚上げで規定より早く脚を降ろしてしまっていた――というより、スパイラルに入るタイミングが少しズレて余裕がなくなったと言うべきかもしれない。フランス大会では、スピン、スパイラルともずらりとレベル4を並べたことを考えると、ジャンプに注力した分、他のエレメンツをちょっと取りこぼしたというところだ。スパイラルのとりこぼしは浅田選手の「お約束」の1つ。やはり、失敗する場所というのは決まっている。結果として、プログラムの完成度はまだもうひとつなのだが、何度もいうが、この立て直しは驚異的だ。さすがにタラソワ、「NHK杯をお楽しみに」というコメントをただのハッタリで終わらせなかった。「トリプルアクセル、次は2回やる」と報道陣に吹いてばかりだったアルトゥニアンとは、格が違う。タラソワという人は、プレ5輪には非常に高い目標を選手に与えてしごく。ジャンプ以外の密度が濃いから、選手は一時的にジャンプの調子が乱れ、成績を落とす場合もある。タラソワが育てた男子シングルのオリンピックチャンピオン、クーリックはプレ5輪の世界選手権では5位だった(その前年は1位)。もう1人のチャンピオン、ヤグディンのプレ5輪の世界選手権で2位(その前年は1位)。フランス大会で散々だったあと、メディアは「タラソワ流では練習不足」と書いたが、タラソワが1日の時間を短時間でおさえるのは、怪我をさせないためだ。浅田選手は「練習をたくさんして自信をつけたい」。だが、ハードワークになれば必ず怪我を招く。ファンが1つの試合で調子の悪い浅田選手を見て動揺したり、メディアが叩いたり批判したりすれば、本人は知らず知らずのうちにハードワークを自分に課して、すべての試合で結果を出そうとする。浅田選手のように難度の高いジャンプをもつ選手には危険な兆候だ。メディアにしろ、解説者にしろ、あるいはコーチにしろ、タラソワほどのコーチングの経験と実績をもっている人は日本にはいないのだ。ファンは、1つ1つの試合に結果を求めるのではなく、少し長い目で静かに見守る姿勢も絶対に大事だ。難しいジャンプは一発勝負のところがある。決まるときもあるし、決まらないときもある。とりあえず、思い切って跳ぶしかないのだ。タラソワの「とにかく跳べ!」というアドバイスはピタリだと思う。判定を気にして自爆を繰り返していてはどうにもならないのだ。ソルトレーク五輪のあと、アメリカのコーエン選手がタラソワと組んだと聞いたとき、「ああ、これでトリノの金メダルはコーエンに決まった」とMizumizuは思った。だがそのあと、すぐに結果が出なかった。もともとジャンプが不安定な選手だが、タラソワについた直後は、ジャンプの不安定さが増幅されてしまったように見えたのだ。これに苛立ったコーエン陣営はタラソワとの契約をすぐに解除した。その機を逃さず、日本スケート連盟の女帝がタラソワに荒川静香をねじこんだと聞いたときは、「もしかして?」と思った。直後の世界選手権で、荒川選手はコーエン選手に勝った。さらに、トリノではその「もしかして」が現実になった。トリノで荒川選手の隣に座ったのはタラソワではなく、そのタラソワに爆弾を投げて去ったモロゾフだったが、コーチ・モロゾフを作ったのは、そもそもタラソワなのだ(荒川選手は氷上で一緒に滑って教えてくれるモロゾフを必要とした)。タラソワは今年、浅田選手にも非常に難度の高いプログラムを作った。これは来年を見据えてのことなので、ファンとメディアは、あせって今年のすべての試合に結果を求めないことだ。選手生命の短いフィギュア選手であっても、絶好調のシーズンというのはあまりない。来年をピークにもっていくための試練だと思って、真央ファンの皆さんはくれぐれもマスコミの煽りにのって1つ1つの試合の出来で、一喜一憂しないでほしい。もちろんすべての試合でジャンプを決めてほしいのは山々だろうし、本人がすべての試合に勝ちたいと思って出場するのは当然だが、伊藤みどりも言うように、「ジャンプは跳んでみなければわからない」。浅田選手のように難しいジャンプを跳ぶ選手は、なおさら一発勝負のところがある。回転不足判定による極端な減点は、すでに何度も書いたように、まったく理にかなったものではないが、ソクラテスじゃないが、「悪ルールもルール」なのだ。浅田選手が織田選手のように、誰にも文句を言わせないぐらい完璧に回りきってジャンプを降りてくれば、誰もそれを回転不足判定にはできないのだ。「微妙な判定」のときに不満がでる。「微妙」でない降り方をすればいいのだ。それにNHK杯の判定は、「疑わしきは全部罰する」という方針で、決して「浅田選手だけに」辛かったわけではない。それは繰り返し強調しておきたい。タラソワ&浅田は今、試合ごとにいろいろと模索をしようとしている。ライバルのキム選手は今季絶好調だが、それはそれ。気にしないこと。すでに書いたことだが、「今年はキム・ヨナの年」――これは仕方がない。キム選手はジュニア時代からのジャンプ構成を変えることなく(というか、3F+3T、2A+3T、3Lz+2+2というジャンプ構成が、彼女の最終目標点で、3ループは単独でも苦手で、3Aはハナっからできない彼女にとっては、ジャンプ構成はこれ以上変えようもないのだ)、今年ほぼ完成させている。浅田選手はセカンドに跳ぶ3回転ジャンプの安定度でキム選手に劣る分、トリプルアクセルに頼らなければならないという面もある。だが、肉体ができてくれば、逆にセカンドの3回転ももっと安定してくる。そうなれば鬼に金棒。浅田選手の「最大の敵」は、女子ではほとんどできる人のいないような難度の高い技を「ほぼ」決めても、「ちょっと」キズがあれば、苛烈に減点してくる今のジャッジシステムだ。しかも、途中から判定基準を変えて、あたかも意図的に「浅田真央に勝たせないためのシステム」にしてしまったようですらある。浅田真央のほんの小さな欠点、それが大きな減点になっているのだ。浅田選手だけではない、同様の欠点をもっているアメリカのジャン選手にとってもこの採点手法は大きな打撃になった。ジャン選手も3+3ジャンプをもっているが、高さがなくしばしば回転不足気味になる。しかも、セカンドだけでなくファーストもだ。またwrong edge問題は今年もまだ克服できていない。だから、今年のジャン選手はまったく点数がのびず、キス&クライでの表情も常に暗い。今年はグランプリ・ファイナル出場もならなかった。去年はファイナルで4位だった選手がいきなりこんなに弱くなったのだ。これまでセーフだったものが減点されると、選手は気になって思いっきりいくことができなくなり、ますますミスが増える。ジャン選手にとって「回転不足判定の厳密化」がいかに致命的だったかわかる。一方、浅田選手のほうはだいぶ対応ができてきた。天才・浅田選手の小さな欠点、それは……浅田真央のルッツはwrong edge――去年はこれを狙い撃ちされ、毎回毎回徹底的に減点された。それを今回のNHK杯で「完璧なルッツ」を披露することで乗り越えてみせた。あとはこれをコンスタントに決めることができるよう安定させることだ。フリーで入れていないということは、まだ自信がないということだろうと思う。そうそう簡単に矯正ができないのは、世界中のトップ選手が苦しんでる現状をみてもわかっていただけるだろうと思う。それをワンシーズンオフでここまで直してきた。驚異的だ。浅田真央の着氷はツーフットになる――前回のフランス大会では、3Aの着氷で「ほんのちょっと」こすっただけで、マイナス2(3Aの減点はマイナス2とつけても、もっと大きな減点になる)をつけてきたジャッジが少なくとも2人いた。こすったように見えなくもない……その程度の3Tですら減点してきたジャッジがいた。それを今回のNHK杯では「すべてのジャンプをツーフットなしで」決めてみせ、浅田真央は完璧な着氷ができることを証明した。あとは3Aとセカンドに跳ぶ3回転の回転不足だ。浅田真央は高度なジャンプを跳ぶが、常に回転不足気味――この小さな欠点を狙われ、ダウングレード+GOE減点という極端な減点をされているのが今の現状。だから、「浅田真央は高度なジャンプを完璧に回りきって降りてくる力がある」ということを試合で証明するのが、タラソワ&浅田の今後の最大の課題だ。これができれば、どんなジャッジでも減点できない。いや、GOEでムリヤリしてくるジャッジが1人か2人はいるかもしれないが、GOEは最高点と最低点は切られ、ランダム抽出した点を平均するから、ムリヤリなことを1人2人がやっても問題にはならない。そのときが浅田選手の本当の勝利なのだ。でも本音を言えば、浅田選手のセカンドの3ループに関しては、それはほとんど不可能じゃないだろうか、と心配だ。Mizumizuが「セカンドに3トゥループを試してみたら?」と思うのは、おそらくトゥループをマスター(浅田選手はジュニア時代からループのが得意でトゥループは苦手)すれば、基本的にトゥループはループより回りきって降りやすいジャンプではないかと思うからだ。ループだと、たぶん角度によっては、常に「ほんの少し足りない」ように見えるのじゃないかと思う。浅田選手のセカンドの3ループは、非常に身体の軽かったジュニア時代から、常に「ちょっとだけ降りてから回ってるかな」と思うようなジャンプだったからだ。3Fからの3ループをやった女子選手は歴史上ほとんどいないので、過去の選手との比較は難しいのだが、長野で金を獲ったタラ・リピンスキー選手の3ループ+3ループも、今の基準で言えば、かなり回転不足気味で降りてきている。一般の方が見分けようとするときは、降りたときにエッジが「ピタッ」と一瞬決まるか、ぐるんと弧を描いてしまっているか(回転不足)で見るといい。http://jp.youtube.com/watch?v=zilYFGSo51s↑これを見ればおわかりだろうが、リピンスキー選手は、「降りてから回っている」のだ。浅田選手より回転不足はずっと顕著。だが、旧採点システムでは、誰もそれほど気にしなかったのだ。この連続ジャンプが彼女を金メダリストにした、と言われている。ただし、完璧な3ループ+3ループを降りた選手もいる。それが伊藤みどり選手。NHK杯のHPで伊藤選手の現役時代の動画が流れたが、↓ この最初の連続ジャンプが3ループ+3ループ。http://www.nhk.or.jp/figure2008/legend/legend.htmlセカンドのジャンプも「完璧に回りきってから降りてきている」のは疑いようがない。当時は「ダウングレード」なんてものはなかったが、今でもここまでできれば誰もダウングレードできない。ただ、こんな驚異的なジャンプは伊藤選手以外には誰も跳んだことがない。どうやって一瞬の着氷→離氷でセカンドをあれだけ高くもっていけるんだ?? もはやこれは人間技を超えている。当時の解説者とアナウンサーも、これを見て、「すごいですね~」と言ってるだけだった(ワラ)。本当に、「すごいですね~」としか言いようがない。ところがこの時代、ジャッジは、「フィギュアはジャンプだけでなく、表現力が大事」と言い続けたのだ。つまり、3ループ+3ループを回転不足なく降りたといえるのは、伊藤みどりだけなのだ。だが、リピンスキー選手が3ループ+3ループを回転不足気味ながら成功させたときは、誰も文句をつけず、彼女は長野でセカンドに3回転のないクワン選手に勝ったのだ。それなのに今は、安藤選手や浅田選手のセカンドの3ループを狙い撃ちにしてダウングレード(+GEO減点)している。フィギュアがいかに、「基準によってどうにでもできる」スポーツであるかということがわかると思う。<明日へ続く>
2008.12.03
<きのうから続く>相変わらず、ネット上の報道記事も間違いが多い。たとえば時事ドットコムの以下の記事。http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2008112900342「昨季まで苦手にしていたサルコーやフリップも成功」って…真央ちゃんはフリップはもともと大得意。フリップを失敗したところなんて、見たことがない。それを言うならショートのルッツだろう。昨季さんざん不正エッジ判定で減点されて苦しんだ。ちなみに今季はまだフリーではルッツを入れていない。さて、マスコミ各社は浅田選手のトリプルアクセル2回について、2度目のトリプルアクセルが惜しくも回転不足判定ということは伝えたが、ショートに関しては、「すべてのジャンプを決めた」と報道した。すでに書いたように、ショートも「決めたように見えて、決めていない」のだ。連続ジャンプのセカンドの3Loがダウングレード。フリーの3A+2Tの3Aとショートの3F+3Loの3Loの2つの回転不足判定で、では、浅田選手は具体的にどのくらいの点を失ったのだろうか。3F+3Loは基礎点が10.5点。これが3F+3Lo(<)判定だと基礎点は7点、ここからGOEで減点されて、結局6点にしかならなかった。つまり、最低でも4.5点を失った。3A+2Tは基礎点が9.5点。これが3A(<)+2T判定だと基礎点は2A+2Tと同じで4.8点、ここからGOEで減点されて、結局4点にしかならなかった。つまり、最低でも5.5点を失った。合計すると、浅田選手はショートとフリーの2つの3回転ジャンプの回転不足判定で最低でも10点失ったのだ。合計のスコアが191.13点だったから、回転さえ認定されれば最低でも201.13点だったということになる。「最低でも」と何度も書いたのは、認定されると今度は逆に加点がつく――つかない場合もあるが、あの見た目の出来ならほとんどはつく――から、実際にはもっと点が出るからだ。真央ちゃんは3Aを2つも入れて、ショートもフリーも失敗がないのに、アメリカ大会のキム選手より点が低いの? なぜ? どうして? キム選手ってどうしてそんなに点が高いの? 普通の神経のファンなら疑問に思うだろう。だが、この「ダウングレード判定」が理解できれば、そのカラクリがわかる。ショートで最も重要な連続ジャンプとフリーでもっとも難しい連続ジャンプを認定してもらえなかったのだ。191.13点というスコアは普通の選手から見るととんでもないハイスコアだが、浅田選手のやった難しい技の実際の基礎点から考えれば、ロースコアなのだ。安藤選手にも同じことが起こっている。たとえば、安藤選手がショートで跳ぶ3Lz+3Lo。3Lz+3Loは女子では最高難度で、安藤選手以外にできる女子はいない。これがアメリカ大会では3Loがダウングレード(<)され、中国大会では認定された。点がどうなったかというと、認定されなかったアメリカ大会 3Lz +3Lo(<)基礎点7点からGOEで減点されて6.5点。認定された中国大会 3Lz +3Lo基礎点11点からGOEで加点されて11.8点。つまり、基礎点の段階では、4点の差だが、実際には回転不足判定だとGOE減点、認定だと(いつもではないが)GOE加点になって、5.3点の差になったのだ。つまり、安藤選手は「ちょっとだけ回転が足りなかったため」に5.3点もの点数を失ったのだ。この2つの大会のショートの連続ジャンプを比べて、そんな差があるとは、普通のファンは想像もしないだろうと思う。「回転不足判定で減点が苛烈すぎる」とMizumizuがしつこく書くのは実際に出てくる、GOE後のこの点差のことを言っている。5.3点といったらトリプルループ(基礎点5)1回分にほぼ値するのだ。安藤選手はショートで1回、フリーで1回、セカンドジャンプに3Loを跳ぶ。去年は2Loで回避策をとってきたが、今年は2試合とも3Loを跳んだ。ところが認定されたのはたった1回。あとの3回はすべてダウングレード。この厳しさはモロゾフの予想以上だったはずだ。初戦でのモロゾフの採点が出る前の表情と出たあとの「ん?」と曇った表情の落差を見ればわかる。モロゾフは去年は「今の調子では跳んでも回転不足になるだろう」と考えて回避策をとった。安藤選手自身は「3+3をやらせてもらえない」と不満だったようだが、コーチの冷静な目は選手の判断より確かなのだ。今年は3+3Loをきちんと入れる構成にして、1回しか認定されていない。「4回転を入れたい」と考えていたモロゾフにとって、この評価は非常に痛手だったはず。しかも、安藤選手はステップでつまずいたり、スパイラルでヨロけたり、スピンで流れたりといった、ちょっとした取りこぼしも多い。逆に織田選手の予想外の高得点は、「きっちりジャンプを回りきっておりてこれる選手の強さ」を印象づけた。安藤選手が「4回転入れる」と言いながら、なかなかコーチのモロゾフがGOを出さないのは、今の安藤選手では4回転を入れても自滅するだけだとわかっているからだ。大技は決めるのも難しいが、決めたあとも難しい。少女時代の安藤選手の4サルコウ成功の映像がよく流れるが、あれは今の基準では4Sと認定されない。必ず回転不足で「ダウングレード」される。するとどうなるか? 3サルコウの失敗とみなされるのだ。また、たとえ4回転だけ成功させても、他のジャンプが失敗したり、回転不足になったりすれば、苛烈に減点されて元も子もない。それなのに、「安藤には誰にもできない4回転という大技がある」などと、4回転を成功させれば勝てるかのように煽り立てるメディアは愚かとしかいいようがない。そもそも4サルコウ自体、その難しさのわりには点が取れない。基礎点が10.3点、これは安藤選手が跳ぶ3Lz +3Loの連続ジャンプの基礎点11点より低いのだ。キム選手は抜群の確率をほこる3F+3Tの連続ジャンプで去年は11点以上(加点をもらうので)を稼ぎ出していた。3F+3Tは4Sほどは難しくはない。だが、点を稼ぐという意味では、こちらのほうがお得なのだ。キム選手もフリップジャンプのエッジに「E」や「!」がつくとそれほど点が稼げなくなる。これはキム選手にとって非常に痛い。キム選手のコーチが判定に抗議したのは、そのためだ。加点がもらえなくなるというは、キム選手にとっては致命的なのだ。さて、浅田選手の3A+2Tの3Aのダウングレード。タラソワもNHK杯の3A+2Tが認定されないとは予想していなかったと思う。Mizumizuはフリー終了後、130点以上は軽く出ると思ったが、タラソワだってそうだったはず。得点が出たあと、まったく喜んでいなかった。回転不足判定が予想外に厳しかったということだ。ただ、公式練習のときのエントリーに書いたように、浅田選手の3A+2Tの3Aはまだ、「いつもちょっとだけ回転不足気味」なのだ。繰り返すが、回転不足を「厳密に」減点するのは間違っていないし、反対もしない。いくらふつうのファンにはわからないとはいっても不足は不足。だが、ちょっとだけ回転が足りなかったが、見た目はきれいに降りたジャンプを、きっちり回ったが転倒したジャンプや、オーバーターンで吹っ飛んだジャンプや、着氷で手をついたジャンプより低くつけるのは、まったく理屈に合わない(ただし、転倒ジャンプについてはルッツやトリプルアクセルのように基礎点の高いジャンプに限った話なので、すべての転倒ジャンプがすべての回転不足ジャンプより点が高いわけではない、ご注意を)。2季前まではこんなことはなかった。また、男子は比較的回転不足が少ないため、女子で特に顕著なのだ。こういうことをされて、女子選手は明らかに萎縮している。だから、減点のターゲットになる3+3をもつ選手に逆にミスが目立ってきた。特に3+3をもつがあまり自信がないヨーロッパ系の女子選手。もともと3+2しかないなら、どうにもならないが、なまじっか3+3をもっていると迷ってしまうのだ。しかもちょっとした回転不足は自分でもわからない。「自分では成功したつもりでも、もしかしたら減点されることになる」と思うと思いっきりいけない。頻繁にダウングレードされる中野選手が、「どこかでダウングレードされているけど、プロトコルを見ないとわからない」と発言するが、つまりそういうことだ。手をついたりオーバーターンをしたりしたミスなら誰でもわかるが、回転不足は微妙な場合はわからない。それなのに減点は苛烈。回転不足判定厳密化は、点数の出方をわかりにくいものにしたうえに、女子競技自体をつまらないものにした。さて、浅田選手のフリー。最後の見せ場のステップだが、フランス大会のほうがスピードも迫力もあったように思った。NHK杯では、だいぶ疲れが見えた。だが、フランス大会でのインパクトが大きかったせいか、レベル3(今ステップではレベル4はほとんど出ないので、レベル3で十分)にほとんどのジャッジがプラス2点の加点をつけてきた(フランス大会4.2点、NHK杯4.3点でNHK杯のほうが点が高い)。例によって加点を1しかつけない、「浅田選手をなんとか落としたいジャッジ」はいるが、それはそれで仕方ない。こういうジャッジはどの選手にもいる。全体のスピード感もフランス杯のほうが上だったかもしれない。だが、それもジャンプをこれだけ決めれば当然だろう。「3Aを2回やったら、最後のステップで足がもつれて転倒だろう」と書いたが、今回は後半に3F+3Loを入れなかったし(3Fで軸がぶれたので、入らなかったというべきだが)、体力配分はうまくいって、ステップでコケることはなかった。ただ、最後の最後で疲れが足にきてしまった。まあぁ、あの程度なら、問題ないと思う。高密度の難度の高いプログラムを、転倒もなく滑りきったのが立派。すごい体力だ。タラソワの気品あふれる情熱的で重厚な世界を見事に表現した。期待と予想を超える出来だった。『仮面舞踏会』は間違いなく、『アランフェス協奏曲』(本田)『トゥーランドット』(荒川)『オペラ座の怪人』(高橋)『ポエタ』(ランビール)と同様、フィギュア史で語られる名プログラムになる。タラソワはキス&クライの席で、浅田選手への愛情表現を惜しまないが、実はあれほど選手に入れ込むタラソワは珍しい。「この数年は引退状態」と書いたが、女子選手のコーチングを短期間引き受けたことはあったのだ。だが、現実には弟子に指導をまかせていた。浅田選手の才能が、伝説になりかけていたトップコーチの情熱を蘇らせたとしたら、それはそれで喜ばしいことだ。何度も言うが、勝負を決めるのは、芸術性とか音楽の調和といった抽象的なものではないのだ。キム選手の点が高いのは、彼女が表現力で浅田選手に勝っているからではなく、セカンドに2度跳ぶ3回転ジャンプ成功の確率が非常に高いからだ。去年は浅田選手がwrong edgeで減点されたルッツで優位に立った。今年浅田選手はルッツをマスターしてきたが、セカンドの3回転は2試合とも成功しなかった。「ジャンプをきちんと回りきって降りてこれるかどうか」――これが勝負を決める。そのほかの要素の点はもともとたいしたものではない。<またも文字数がオーバーしたため、タラソワ戦略について書けませんでした。明日続きを書きますので、またおいでください>
2008.12.02
またもモロゾフがコーチとしての力量を世界に見せつけた。注目の織田選手のフリー。2季前は不調、昨季は謹慎で試合に出ていない選手を、いきなりグランプリシリーズでの優勝に導いたのだ。世界のトップを狙う選手たちは、高橋大輔のことは頭にあっても、織田信成がここまでの選手になって戻ってくるなど、予想もしていなかったはずだ。なんといっても素晴らしいのは、後ろに組んだ手を突き上げてのシットスピンにみる肩の関節の柔らかさ、たとえ若干軸がブレても、転倒しようとする力をすべて吸収してしまうような柔らさをもった膝と足首。そこから生まれる超ソフトなランディングは流麗に次の動作へと流れる。さらに、きちんと空中で回りきって降りてくるジャンプの技術の確かさも光った。だが、正直なところ、織田選手のフリー全体の「見た目の印象」自体は決してよくなかった。4回転で着氷がうまく行かず、それを引きずったまま、やや苦手のトリプルアクセルでも着氷ミス。この2つのジャンプのあとの「お休み」も露骨な構成で、「あ~、ここで息を整えているわけね」とハッキリわかる。本人もジャンプで気力を使ったせいか、その直後のスケーティングはもう少しで止まっちゃいそうなほどスピードがない。つまり、プログラムの連続性がここで若干途切れてしまったのだ。さらに、もう1つの3Aは連続にすることができず、後半のジャンプのヤマ場である3F+3T+2Loの2Loであわや転倒(プロトコルを見たら、転倒扱いにされて最後にマイナス1点引かれていた)。終盤にスピードを取り戻したのは立派だが、終わった時点では、もしかしたらウィアーに負けたかと思った。ところが、スコアは154.55点。本人もビックリしていたが、こっちもビックリした。あれだけ目立つミスをしたにしては、異様なほど高い。この点数は、昨季の世界選手権で4回転を決めて銀メダルを獲ったジュベール選手のフリーより高いのだ。まるでキム・ヨナ選手の点数を見ているよう。プロトコルを見ると、その秘密がわかる。あの恐怖の「回転不足判定によるダウングレード」や「wrong edge判定による減点」がないのだ。浅田選手は、見た目きれいに決めたショートのセカンド3ループとフリーの3アクセル+2トゥループの3Aの2つをダウングレードされてしまった。中野選手もショートの3Lzとフリーの3Fでダウングレード。ショートでは3F+2Tが2F+2Tになるというミスもあった(これはダウングレードではなく、3Fの予定が2Fになってしまったということで、ダウングレードよりは点が出る)。中野選手はインタビューで「3回転+3回転を」と言っていたが、彼女は絶対に(と言い切ってしまうが)3+3をやってはいけない。単独ジャンプですら回転不足気味なのだから、今の体調では3+3を「誰にも文句つけられないほど完璧に回りきって」降りてくる確率は限りなく低い。ジャンプというのは確率なのだ。一か八かで果敢な挑戦をしてムザムザ点数を捨てるのは、今の採点システムでは「愚行」に他ならない。それより、中野選手の課題は、3ルッツと3フリップをwrong edgeもなく、回転不足もなく完璧に決めることだ。トリプルアクセルもやらないほうがいい。無良選手がインタビュー中にさかんにダウングレードを気にしていた。思ったより点が出ないときは、思わぬところで回転不足判定されているのだ。織田選手はあれだけ着氷が乱れながらも、一応すべて「回りきって降りてきている」と認定された。これがポイント。何度も言うが、回転不足は肉眼ではほとんど見えないことも多い。織田選手の今回のジャンプのように着氷が乱れると、非常に目立つキズになる。ところが、点数は、「きっちり回りきっていさえすれば」回転不足気味の見た目スムーズな着氷のジャンプよりずっと高く出るのだ。NHK杯の容赦ないダウングレードを見ると、フィギュアスケートは、「高度なジャンプを跳べるかどうか」ではなく、「ジャンプをきちっと回りきって降りてこられるかどうか」を競っている競技になったと言っても過言ではない。こんな採点はメチャクチャだと、個人的には思う。回転不足判定は昨季から「厳密化(ほとんど乱用)」され、メチャクチャ度に拍車をかけた。NHK杯女子シングルでは、90度以内であろうがなかろうが、ちょっとでも足りないとスローで判断したらすぐにダウングレード。浅田選手の3A+2Tがよい例だ。そもそも回転が何度足りないかなんて、カメラの角度によっても違って見えるし、いくらスロー再生したって正確に判断なんてできないのだ。その意味では、「回転足りなかったら、すべてダウングレード」という今回のジャッジの方針は明解で、公平でもある。ただし、その結果、肉眼ではミスばっかりしてる選手が肉眼ではうまくまとめたように見える選手より圧倒的に点が出るという、本末転倒のトンデモ評価になってしまった。諸悪の根源は、「回転不足判定されたらダウングレード」という規定にある。だが、この規定ができた当初は、判定は案外ゆるやかで、目に見えてひどい回転不足でなければセーフにしていた。常識が変なルールを救っていた面もあったのだ。ところが、そうなると、「ジャッジが不公平では」という疑惑の目が向けられる。あのときはセーフだったのに、こっちではアウト、おかしいじゃないか、このジャッジはこの選手を贔屓してるんじゃないか。それで、去年から「厳密化」の方針が打ち出され、トンチンカン評価(転倒ジャンプのが、見た目スムーズに降りたちょっと回転の足りないジャンプより点が高いなど)が肥大化したというワケだ。もともと筋のとおらないルール(回転不足はその下のジャンプの失敗とみなす)を作ってしまったところに、「判定を厳密に」などと言うものだから、厳密に全部ダウングレードするジャッジが出現し、見ている人にはさっぱりわからない点数が出るようになってしまった。ツギハギだらけの、矛盾だらけのフランケンシュタインのような採点システム。ジャンプが決まったかどうか、プロの解説者でさえ判定を予想できない。そんな「厳密さ」が本当の「厳密さ」だろうか? 回転不足はGOEでの減点だけに留めるべきだったのだ。それならば、ちょっと足りないジャンプを厳密に減点しても、意味不明の点にはならない。ところが、「ダウングレードして基礎点をその下のジャンプの基礎点にし、さらにGOEで引く」というルールが最初にあったものだから(しかも、2回転の基礎点と3回転の基礎点は極端に違う)、点数の下がり方がメチャクチャになってしまった。だが、もうプレ5輪。オリンピックにはこのままの基準で行くのだから、この基準のなかで勝つ方法を考えなければならない。ジャンプは大技に「果敢な挑戦」をするのではなく、「回りきって降りてくること」が至上命題ということだ。織田選手は対策を立てずとも、この採点基準に非常にあっている選手だということがNHK杯で証明された。彼はスピンやステップでの取りこぼしがない。スピンは1つだけレベル2だが、加点をもらっている。ほかの2つのスピンはレベル4に加点。ステップもレベル3に加点。キム・ヨナ選手同様、取りこぼしなくすべてで万遍なく点を稼いでいる。織田選手のプログラムの振り付け自体は平凡だと思うが、前半に完全ではない4回転とやや苦手な3Aをやったあと、少しお休みを入れ、後半にジャンプを集めるなど、体力と技量を考慮したうえで、点数稼ぎもできるうまい構成になっている。プログラムの芸術性を求めすぎると、ジャンプに精彩を欠いて点がでないのが今のシステム。あまり凝りすぎていない、この程度の振り付けがいいのかもしれない。プログラムコンポーネンツ(演技構成点)も、77.4点と、もらいすぎぐらいにもらった。ファンの方は、男子のプログラムコンポーネンツは74点より下か、76点より上かを一応の目安としておくといい。77点以上もらったということは、高いということだ。織田選手には圧倒的な個性やムードはないが、大きな欠点がないのが非常に強い。ウィアー選手、ベルネル選手、ジュベール選手、チャン選手らが明白に、あるいは潜在的にかかえるwrong edgeもない。身体のラインはきれいだが、それだけならウィアー選手に負ける。だがウィアー選手にはない男性的な力強さがある。もちろん男性的なパワーだけなら、ジュベール選手には及ばないが、ジュベール選手にない緻密さがある。ベルネル選手は今のところ4+3の最高難度のジャンプに挑んで自爆を繰り返している。ライザチェックも4回転を封印しながら、もうひとつ本調子ではない。若手のチャンは4回転を最初から放棄しているし2度の3Aを(4回転を入れていないのに)うまく決められないが、織田選手は4回転を回りきって降りつつ3Aを2度入れる力がある。小塚選手は2度の3Aはかなり決まり始めたが、4回転はまだ回転不足のまま転倒する可能性のが高いし、プログラムコンポーネンツでなかなか75点の壁が越えられない。総合的にみると、今季いきなり世界チャンピオンになってもおかしくない力を織田選手は現段階で備えている。世界トップ選手は来季を見据えてややスロー調整に入っているから、逆に全力でカムバックしなければならない織田選手には有利。オリンピックを見据えた調整も大事だが、チャンスがきたらそのときにチャンピオンにならなければ、結局1度もなれないまま終わることも多い。高橋選手は昨季の絶好のチャンスを、モロゾフ・コーチの意向に逆らって「4回転2度」を強行したために逃した。そしてモロゾフのもとを離れたあと、初戦直前に大怪我に見舞われて今季をすべて棒にふった。一瞬先は闇なのだ。特に4回転ジャンパーは、怪我と隣り合わせだ。この高橋選手の失敗と不運を織田選手は見ているから、モロゾフの方針にしたがうだろう。あとは調整次第。コーチとしてのモロゾフの腕の見せどころだ。世界選手権を大いに期待して待とう。<ここからきのうの続き>浅田選手のセカンドジャンプにもう少し、もうちょっとだけ高さがでればいいのだが、この「もう少し」が実はなかなか難しいのだ。少しだけ回転が足りないままセカンドを降りてきてしまうのは、浅田選手のジュニア時代からのクセ。ジャンプの練習を繰り返して克服する、というより、体全体の筋力をつけていくことで解消されてくる問題だと考えたほうがいい。ジャンプを向上させるには、陸上のトレーニングも非常に大切で、アスリートしての身体ができてくると自然と不安定だったジャンプも安定してくることが多い。ただ、女性の場合、ちょうど女らしく体形が変わる時期と重なるので、相当大変になる。それに筋トレというのは、一朝一夕には成果がでないので、忍耐強くできるかどうかもポイントになってくる。トレーナーがついて、浅田選手の体は非常にいい感じに仕上がってきている。ジャンプは去年より高くなったし、今回浅田選手の失敗のお約束だった「ツーフット」がまったくなかったのは素晴らしい。次の、そして浅田選手にとっての目下の最大の課題、セカンドの3回転を「コンスタントに、誰も文句をつけられないくらい、完全に回りきって降りてくる」筋力をつけるには、もう少し時間が必要だろう。今季はもう仕方ない。思いっきり跳んで、一か八かで判定を待つしかないかもしれない。着氷時に体重の4倍とも5倍とも言われる加重が足首にかかるトリプルアクセル。練習のしすぎで怪我にならないよう、周囲はくれぐれも「練習の虫」の浅田選手をうまくコントロールしてほしい。さきごろ引退した太田由希奈選手が、完治しない怪我に見舞われたのも、苦手なジャンプを克服しようと練習しすぎた結果だった。彼女はジュニア時代、「世界チャンピオンになるための素質をすべてそなえた選手」(日本のメディアではない、アメリカのメディアが言っていたことだ)と将来を嘱望された逸材だった。日本男子としては佐野稔以来ようやく出た、世界のトップと戦える才能をもった本田武史選手がトリノまで持たなかったのも、怪我があっても強引に試合に出なければいけない状況が続いたからだ。
2008.12.01
NHK杯の女子シングルフリーが終わった。まずは浅田選手の驚異的な立て直しに脱帽。2週間前にあれほどボロボロだったジャンプを、ほぼすべて修正して決めた。「どーして、ここにわざわざ苦手の3サルコウまで入れるの?」というサルコウまで決めてきた。「お約束」の着氷のツーフットもまったくなし。それぞれのジャンプの高さと軸に正確さには驚いた。正直言って、信じられない能力。ふつう、前回のような超不調に陥ったら、立て直しにワンシーズンかかるのだ。そのわりには点が出なかった。軽く130点はいくだろうと思ったのだが、126.49点。放送最後でアナウンサーと解説の荒川静香が言っていたように、「2つ目のトリプルアクセル+ダブルトゥループ」のコンビネーションのトリプルアクセルが回転不足と見なされ、ダウングレードされたのだ。3A+2Tなら8.2+1.3=9.5点の基礎点がある。実はこれ、難しさのわりには点が低いのだ。キム選手の得意な3F+3Tも基礎点が9.5点。こちらのほうがお得なジャンプなのだが、浅田選手はセカンドに3トゥループをもってくると回転不足判定されてしまうことが多い。そのせいか、今シーズンはセカンドで3トゥループを跳んでいない。で、3A+2Tなら9.5点の基礎点なのだが、3A(<)+2Tつまり、トリプルアクセルがダウングレードされ、2A(の失敗)とみなされると、基礎点はいきなり2A+2Tだから4.8点に下がってしまう。そして、そこからGOEで減点される。浅田選手をどうしても落としたいジャッジはどの試合にもほぼ2人いるらしく、あの連続ジャンプにマイナス2をつけたのが2人もいた。結果、4.8点の基礎点から減点されて4点にしかならなかった。もはや、漫画の域でしょ、この点数。女子ではトーニャ・ハーディング(まぐれ)・伊藤みどり以来、誰も成功させたことのない3Aからの連続ジャンプを決めて(あれで「決まってない」と思う人が、この世にいるとはねぇ)、しかもその伊藤みどりですらやらなかった、フリーで3Aを2度という快挙をなしとげて、もらった点数が4点! 4点つーたら、誰でもできる単独のトリプルトゥループと同じでっせ。オイ! 天野真クン、キミ、Assistant Technical Specialistでしょ、こういうときに徹底的に抗議しなくてどーする、まったく! 役立たず!!!この回転不足判定によるダウングレードの愚については、さんざん書いてきたが、もうプレ5輪シーズンなので、このままオリンピックに突入するということだ。それならば、その対策を立てなくてはならない。今回のNHK杯、女子シングルの回転不足判定は、異常なほど厳しかった。特定の選手に対してだけではなく、すべての選手に対して。とにかく、ちょっとでも回転が足りなければ容赦なく(<)判定でダウングレードしてきた。荒川静香は浅田選手の3A+2Tの3Aを、最後まで、「私は(認定しても)いいと思う」と主張していた。これにはMizumizuも同感。実は公式練習での浅田選手の3A+2Tは、過去のエントリーで書いたように、ことごとくファーストの3Aが回転不足気味だったのだが、本番の出来は、どの練習のときよりもよかったのだ。あれで「回転不足」と言われると、お手上げ。本田武史や伊藤みどりは、もはや「ジャッジがどう判断するかですからね~」と完全にサジを投げている(苦笑)。解説が全然予想できないジャッジの判断って…… しかも、それが軽く5点、6点という差になるのだ。日本のファンは、だいぶこの変な点の出方がわかってきたと思うが、バンクーバーで本格的に見る人は、さぞや驚くだろう。きれいにまとめてると思った選手より着氷で目に見えてミスってるように見える選手のほうが点が出るなんてことが日常茶飯事なのだから。とにかく、これからのジャンプの点の判断のポイントは、「回りきって着氷しているかどうか」だと思って欲しい。そのあとに転倒しても(基礎点の高いジャンプに限る)、手をついても、オーバーターンでくるくる回っても、とにかく、着氷時にエッジが一瞬「ピタッ」と決まっていれば、そのジャンプのほうが、回転不足で降りてきた(つまり降りたあとにエッジが氷の上で回ってしまう)ジャンプより点が高い。ただ、これ、リンクサイドで見てるファンにはほとんどわからないだろう。テレビでもスローにしないとわからないものでもジャンジャン引いているのだから。荒川静香じゃないが、今回の浅田選手の3A+2Tをふつうにテレビで見たときは、「どう考えたって、これなら文句ないでしょ」と思った。スローでも「ちょっと降りたときにガタッとなって、次のジャンプへのタメが長いかな」と思うぐらいだった。「でも、もしかして?」と思ったら、案の定アナウンサーが最後に、「残念、ダウングレードです」と言っていて、あーあ、と思った。回転不足判定は、まちがいなく荒川静香が現役だったころより厳しい。そもそも2季前までは、こんな「乱用」はなかったのだ。先シーズンから「厳しくする」ということになり、今シーズンはさらに厳しい方向。キム選手が高得点を出した初戦のアメリカ大会の判定の甘さが、逆に異常に見える。今回のNHK杯のジャッジだったら、あのときのキム選手のフリーの高得点連続ジャンプにも間違いなく回転不足判定しただろう。wrong edgeもつけたかもしれない。今シーズンの中でもNHK杯の女子シングルは、異様なほど厳しかったのだ。だが、回転不足判定は、「疑わしきは罰する」という、今回のこの基準のままいくと考えたほうがいいだろうと思う。若干不足していても、認定したりしなかったりすると、不公平感が出る。今回は徹底的に、少しでも回転不足だと減点したという意味では、どの選手に対しても公平だった。GOEのほうは相変わらず公平ではない。なんとか浅田選手を落としたいジャッジは、最初のあの見事なトリプルアクセルに加点をしなかった(1人)。2点加点したジャッジが6人もいる中で、1人だけ意固地に加点しないのは異常。だが、さすがにあそこまで完成度が高いと、減点もできない。次の3A(<)+2Tにはダウングレード判定をいいことに、マイナス2点をつけたのが2人。しーちゃんは、「手を挙げているので加点されるはず」と言っていたが、それは認定されてこそ(まさか認定されないとは思わないもんねぇ)で、残念ながら(<)されたので、マイナス1からマイナス2の減点がつけられたのだ。浅田選手はこうした、「ちょっとでも減点できる要素があれば、最大限減点してくる」ジャッジとも戦わなければならない。「文句なく回りきって降りてくること」――これがこれまで以上に大事になってくることははっきりした。3回転を1つでもダウングレードされると、2回転の失敗ジャンプにさせられるから点はのびない。それこそキム選手のように、苦手な3回転ジャンプは回避して、比較的基礎点の高いダブルアクセルを3つ入れようかという話になってくる。やや回転不足気味のジャンプの多い中野選手には非常に厳しい。着氷をうまく決めることはできなくても案外回りきって降りてこられる鈴木選手のほうが有利かもしれない。中野選手はトリプルアクセルを跳ぶが、実は彼女の3Aは常に、「ちょっとだけ回転不足」なのだ。去年までは認定してくれるジャッジもいた。だが、今年NHK杯の基準では、何回跳んで着氷しても、ダメだろう。しかし、浅田選手、安藤選手、中野選手、村主選手、鈴木選手――5人も国際大会で表彰台にのぼる選手がいる日本女子の層の厚さって……。ホント、回転不足気味のジャンプをドンドンダウングレードして減点しないと、他国、特にヨーロッパの選手はまったく歯が立たない。というか、あれだけ、ジャンジャン減点しても、NHK杯では表彰台を日本選手が独占した。「まだまだ減点を厳しくしないと」なんて考えてるジャッジがいそうで、イヤだなぁ。あ~、世界選手権&オリンピックの女子の枠を5枠ください!!浅田選手が今のところ別格だとしても、この5人は全員、世界トップ10人に入る力がある。誰が枠からもれても、あまりにかわいそうだ。だが、世界トップを狙う浅田選手にとって、弱点を狙いうちにされた過酷な減点は最大の強敵だ。あの3A+2Tで3Aが認定されないとなると、事実上浅田選手はトリプルアクセルからの連続ジャンプはできない選手ということになってしまう。100%文句なく降りきって連続ジャンプにすることは、公式練習を見る限り浅田選手にはできていない。今日の出来は、今のところ浅田選手の最高の出来。とりあえずは、あのまま行って判定を待つしかないだろう。だが、「まったく文句のつけようもなく降りきってセカンドへつなげる」ことが、浅田選手にとって不可能だとも思わない。3Aもあそこまで完成させた選手だ。ただ、もう少しトレーニングが必要だろうし、今季はおそらく100%完成させるには時間がたりないと思う。とにもかくにも、3A+2Tを今回初めて国際大会で入れて、あの出来なのだから、非常にいいと思うのだ。去年より3Aは間違いなく安定してきている。もう1つの問題は、常にちょっとだけ回転不足になるセカンドに跳ぶトリプルループ。こちらのほうが実は大問題。フリーでは今回入らなかったので、3回転ジャンプが1つ減り、その分点数が出なかった。トリプルループをセカンドに入れられなかった場合、もう1箇所でどこかで連続ジャンプを入れられるのだが、3Tのあとに何か入れるなどの「点数稼ぎ」が必要になるかもしれない。浅田選手は、今回もフリーに基礎点の高い3ルッツを入れていない。ただ、ショートでは入って、加点もついた。あれだけ入り方を徹底的に変えて成功させるなんて、すごい努力だろう。もちろん才能もあるが。考えてもみてほしい、エッジの矯正では、ほとんどの選手がもう1つのジャンプの調子まで崩して苦しんでいる。男子のトップ選手でも、1年で完全に矯正できた人はあまりいないのだ。来年に向けてルッツも安定してくれば、去年まで足を引っ張っていたものが武器になる。浅田選手はショートでは、意地でもセカンドにトリプルループをつける人で、入るか自爆かどちらか。1回転になってしまったとき、伊藤みどりから「最低でも2回転にしないと。真央ちゃんなら2回転にならできそうなのに、なぜ?」と言われていた。今回のNHK杯のショートの(かなりきれいに見えた)3F+3Loの3Loでもダウングレードとなると、3回転ループを跳ぶのはあまりに危険になる。判定は試合によって超厳しかったり、若干甘かったりするが、一度ぐらい「2回転で回避」して得点の出具合を見てみるのもいいのではないだろうか。こんなときに3トゥループに逃げられないのが痛いのだ。浅田選手は3トゥループも回転不足が多い。ただ、今回の単独3Tの高さを見ると、セカンドに3Tをつけてもいけそうに見えるのだが… フリーで、3T+3Tのコンビネーションなど、どうなんだろう? もちろん教わるのは伊藤みどりに。彼女はプログラム後半での3T+3Tを、試合でほぼ100%の確率で決めていた。今から思えばすごいことだが、伊藤選手は簡単にやってしまうので、あれはやさしいのだと思っていた(苦笑)。ここまでジャッジが意地でもダウングレードしてくると、今の浅田選手のセカンドのトリプルループジャンプでは何度やってもすべてダウングレードされてしまう。実は世界女王になった去年の世界選手権のフリーでも、セカンドの3回転(3Tのほうだが)は若干足りないかな? というのが認定されて命拾いしているのだ。浅田選手はジュニア時代から、セカンドの3回転は常に、ちょっとだけ回転不足。それを今になって徹底的に減点対象にされているというわけ。<文字数オーバーしたので、続きは明日>
2008.11.30
フィギュアスケートのグランプリシリーズ最終戦となるNHK杯。男女シングルのショートプログラムが終わった。注目の織田信成選手は、完璧な本格復帰を果たした。本当に、期待以上の出来だった。トリプルアクセルの離氷時にタメが長いのがこの人のクセで、これはよくないのだが、ランディングのほうは完璧。連続ジャンプでは、最初のジャンプを跳んだとき、高さが出ていなかったので、思わず「あっ!」と言ってしまったが、着氷時に柔らかい膝を使って軸のブレを見事に修正し、完璧なセカンドジャンプを入れた。セカンドジャンプのほうが高いぐらいだった。ああやって離氷時に若干ジャンプが乱れても、もちこたえて、ジャンプをまとめられるということは、相当腿の筋肉がついてきているということ。先々シーズンと比べて、かなりアスリートとしての肉体ができてきたということだろう。ジャンプ以外でも、織田選手というのは減点要素がないのが強みの選手。スピンの腕や脚のラインも非常にきれいだった。また、織田選手の(日本人としては)均整のとれた身体のラインをすんなりと見せる伸び伸びとしたポーズを、エレメンツの間にさりげなく入れる工夫も光った。ステップは向上の余地があると思うが、といって大きな欠点もない。モロゾフは、織田選手の「正統派スケーターとしての魅力」を引き出すことに成功した。そういう意味では、さすがモロゾフ、と言いたいところなのだが、ただ、これは言ってみれば、モロゾフの得意とする「勝つためのセオリー」を織田選手にも当てはめたにすぎない。これまで成果を出してきたやり方の繰り返しで、他の誰にもない織田選手の個性を作るというところまではいっていない。高橋選手という比類ないミューズを得て作り出したような名プログラムを、果たしてモロゾフは織田選手と作ることができるのだろうか? もしかしたら、振り付けはこのままニコルに任せたほうがいいのかもしれない。モロゾフの世界はニコルより重い。コミカルな軽めでモダンな振り付けもしないことはないが、織田選手の個性とうまく合うのだろうか。おまけにミューズを失ったモロゾフの今年の振り付けは、明らかに独創性に欠け、どれもこれももうひとつ冴えない。織田選手のカムバックは成功した。だが、今後の織田選手の方向性をどうするのかな、というのは疑問として残るのだ。高橋選手のようにアーティスティックでセクシーでもなく、小塚選手のようにクリーンで優等生的でもない。身体のラインがきれいだとは言っても、スタイルや動きのしなやかさではウィアー選手には到底かなわないし、男性的な力強さでは、フランスの選手の敵ではない。ジャンプの着氷の柔らかさと流れは素晴らしいし、ミスの少ない正確な技術をもち、伸び伸びとした表現もできるという強みをどう「比類のない個性」に昇華するのか、案外そのへんが難しい人かもしれない。だが、長いブランクとコーチをめぐるゴタゴタのあとで、これ以上ない国際大会への復帰を果たした精神力の強さはやはり並ではない。インタビューでの受け答えも完璧。すぐにウルウルしてみせるが、彼は案外したたかな人だ。浅田選手や高橋選手のように、変にアイドル化――というより、ほとんど神格化――されてペースを乱されることもなくプレ5輪シーズンに入り、これまでまったくダメだった4回転も練習ではかなり決まってきて上り調子。オリンピックに向けて、非常にいいスタートを切ったといえる。何度も繰り返してきたように、4回転を跳べる時期というのは、男子のトップ選手でも非常に短い。もし織田選手が今シーズンから「試合でも跳べるように」なれば、来シーズンはピークが来る可能性が高い。世界のトップジャンパーである、ジュベールや、ライザチェック、ベルネルなどが、調子を下げている現状を見ると、うまく波にのってバンクーバーを迎えることができるかも、と期待も膨らむ。まぁ、獲らぬ狸の皮算用はこのぐらいにして、なんといっても怪我をしない、させないことが重要だ。プレ5輪シーズンの初戦直前に大怪我という高橋選手の悲劇を、もしこれからトレースしてしまったら大変なことになる。4回転に挑む限り、常に怪我の危険性がつきまとう。それだけは本人よりむしろ周囲に、気を配ってもらいたいもの。そして、今シーズン、モロゾフと二人三脚で思いっきり結果を出してほしい。今年の「振付師モロゾフ」には見るところがほとんどないが、「コーチ・モロゾフ」は村主選手をグランプリシリーズで表彰台にのせて、一定の結果を出している。織田選手を世界選手権で表彰台にのせでもしたら、このうえない大勝利だ。織田選手を活躍させ、怪我でどん底の高橋選手に衝撃を与えれば、高橋選手もさらに強くなる。ならざるを得ない。強くならなければ、自分の未来がなくなるからだ。ファンもメディアも移り気なもの。怪我で高橋選手が終わったとなれば、こないだまでの持ち上げようもなんのその、すぐに手のひらをかえして忘れ去り、次のもっと若い「イケメン」をチヤホヤし始める。ヤグディンとプルシェンコのライバル関係は、実は競技者としては理想的だったのだ。あの2人は現役時代、「ものすごく仲が悪い」「プルシェンコがこんなこと言って、ヤグディンがこんなふうに返した」などと、さかんにメディアに面白おかしく取り上げられた。だが、ああした緊張感のあるライバルがお互いを強くした。「仲良しクラブ」では、どちらも成長しない。せいぜい負けグセがついてキズを舐めあうのがオチ。最近の日本人の若者ときたら、こんなのばっか。織田選手と高橋選手には、そうなってほしくない。今回の素晴らしい出来のショートプログラムのあと、モロゾフは織田選手を満面の笑みで迎えて抱きしめた。コーチングをめぐるゴタゴタでは、一部の高橋ファン――ほとんどが精神的に未熟で、社会性もゼロのオンナノコだが――が、まるで教室の隅で仲良し同士かたまって陰口を叩きあうように、「モロゾフって、人間としておかしいと思う(←会ったことすらない人なのに)」だとか、「もう織田選手なんて、応援しない(←大ちゃんが好きだから、他の選手なんてどーでもいい。たとえその人がどんなに努力していても)」などと、ネットで2人を口汚く罵倒した。こうした次元の低いファンの感情を完全に無視して、逆なでする行為を、どんどんモロゾフにはやってもらいたいもの。浅田選手のショートプログラムつい2週間前、「もしかして、マオちゃんはもう跳べなくなったの?」というような出来だったのに、今回は見事に修正してきた。セカンドジャンプも3回転が入り、3ルッツも成功した。荒川静香も「セカンドジャンプの回転は?」とアナウンサーに聞かれて、「角度によっては、もしかして… (再生をみて)あ、大丈夫そうですね」と言っていたし、ルッツも「アウトで踏み切っている」と言っていた。だが!得点、34.40+30.24=64.64というのは、それにしては「低い」と思うのだ。特に34.40の技術点。34.40点というのは、セカンドジャンプに「2回転」をもってきた、2位のワグナー選手の35.6点より低いのですよ。ダブルアクセルはまったく問題なし。イーグルからの難しい入りに加え、着氷のあとの片足滑走、と難度も高い。スパイラルで失敗があったが、もし、3F+3Loと3Lzの両方が認められてあの点だとしたら、どこで減点されたのだろう? プロトコルを見ないとわからない(まだ見ていない)のだが、荒川静香は「大丈夫そう」と思った3Loが実は回転不足判定されていた可能性が高い。あるいはルッツに「!」判定があったのか? だが、ルッツに関しては、しーちゃん同様、Mizumizuの目にもちゃんとアウトにのって踏み切っているように見えた。文句をつけるとしたら、3F+3Loのセカンドジャンプのほうだと思うのだ。実は演技を普通に肉眼で見ていたときは、「おお! これなら文句ないでしょ」と思ったのだが、スロー再生時に、ほんのちょっとだけ回転が足りなかったようにも見えた。今年はなんだか、「4分の1回転以上不足の場合」という回転不足判定の原則はほとんど無視して、ちょっとでも回転が足りないとジャンジャン遠慮なくダウングレードしているジャッジがいる。試合によって非常に厳しかった若干甘かったりするのは相変わらずだが、全体としては、去年より厳しく取るようになっていると思う。もし、あの着氷でも回転不足判定となると、セカンドに3ループを入れるのは非常に難しくなる。これが一番気になっていることだ。浅田選手が、「完璧に文句なく」セカンドの3ループを回りきって降りてくることは、実は練習風景の映像をみてもほとんどない。肉眼では大丈夫に見えて、「練習では出来ている」と思っているジャンプが、スロー再生されて、ちょっとでも回転が足りないとすぐにダウンフレード(つまり2回転ジャンプの失敗)にされてしまうのでは、もうお手上げだ。プレ5輪シーズンになって、さらに回転不足判定を厳しくされると、安藤選手や浅田選手には非常に痛い。彼女たちがセカンドのトリプルトゥループを本腰を入れて練習しなかったのは、トリプルループのほうが基礎点が高いからだ。浅田選手は何度か入れたがトゥループはやはり回転不足判定されることが多かった。安藤選手は2A+3Tを試みたことがあるが、転倒したりして、途中でやめている。最初から3ループに対してここまで厳しくされたなら、対処の方法もあったはずだが、今からセカンドのトリプルループを捨てるのは、これまで一生懸命練習してきた安藤選手や浅田選手のプライドが許さないだろうし、そもそも2人ともトリプルトゥループに苦手意識がある。伊藤みどりならループだろうとトゥループだろうとどちらでも簡単に対処できるだろうが、残念ながら浅田選手と安藤選手には、すべての種類のジャンプをまんべんなく跳ぶという能力はないのだ。そういう練習をしなくてもいいルールだったからだというのもある、少なくとも2季前までは。大画面のテレビで普通に見ていても気がつかない、解説者がスローでみて、「大丈夫そう」と思ったものまで大幅に減点されるのでは、実際にリンクサイドにいるファンにはますます意味不明の採点になる。現場で見る意味がなくなるじゃないの。安藤選手と浅田選手が引退するまで、この基準は変えないつもりかね? やっても無駄だと日本人選手が誰も挑戦しなくなって、タラ・リピンスキー――長野五輪で3ループ+3ループの連続ジャンプを成功させ、3+3のないクワンに勝った選手――のような白人の女子選手が出てきたら、急に基準が甘くなったりね、ありがちな話。追記:うえのエントリーを書いてしまったあとに、プロトコルが出た。浅田選手はやはり、3F+3Lo(<)判定。つまり、セカンドのループが回転不足判定でダウングレード。本来なら5.5+5点で10.5点ある基礎点が、5.5+1.5=7点になってしまい、それからまたさらにGOEでマイナス1を引かれて、6点にしかならなかった。ワグナー選手の3F+2Loは基礎点7点に加点がついて6.8点。「3+3をやって回転不足判定されるより、3+2をきれいに決めたほうがいい」というのはそういうこと。だが、3+2では、いくらきれいに決めても世界チャンピオンになるのがキツくなる。浅田選手のルッツにはwrong edge判定はまったくなし。基礎点6点に加点が少しついて6.6点。wrong edgeを克服したのは素晴らしい。この調子で! 浅田選手のルッツは去年までと入り方がガラリとかわった。あれでタイミングを合わせるのは、確かに大変だろう。スパルラルはレベル1で2.1点。フランス大会ではレベル4に加点で4.8点の取った技。このとりこぼしもちょっと痛かった。織田選手のほうは構えのタメで、「どうかな?」と思った3Aにも加点、連続ジャンプにも加点、フリップにも加点。やはり「きちんと回りきって降りてこられる」選手は強い。ウィアー選手は前大会と同じくフリップに「E」判定。去年から抱えている問題を克服できていない。これはトップを争う選手としては、かなり痛い。
2008.11.29
太田由希奈選手、引退発表。お疲れさまでした。あなたは本当に美しかった。<ここからは、きのうから続く>ヤグディンをオリンピックチャンピオンにするために、タラソワはすべてを捧げたといってもいいかもしれない。ミーシン&プルシェンコ対タラソワ&ヤグディンのオリンピックでの金メダル争いは、まさしく死闘であり、選手同士以上に、コーチ同士の闘いだった。だんだんとプルシェンコに負け始めて、自信を失ったヤグディンの「こころ」を支えるため、タラソワは分析医を呼び寄せて、一種の催眠療法まで行っている。ミーシンは、ヤグディンよりもプルシェンコのジャンプやスピードのある滑りの才能を評価した。プルシェンコは男子では珍しい、ビールマンスピンができる選手でもあった。ヤグディンは結局、プルシェンコとのコーチの奪い合いに負けて、タラソワのところに行ったのだ。だが、タラソワは、プルシェンコにはないヤグディンのスケーティングの才能をちゃんと見抜いていた。プルシェンコのエッジ遣いは直線的で速さはあるが、実は「深さ」と「伸び」がやや足りない。高橋選手の得意とする「ディープエッジ」は、プルシェンコにはなかった。それをカバーするために、プルシェンコは激しい上半身の動きを入れる。ヤグディンは深いエッジ遣いもでき、ゆったりとした滑りの中で音楽の「透き間」を表現できる不思議な能力があった。ヤグディンが滑っていると、ロシアの大地――その広さとおおらかさ――を感じることがあった。観る者の想像力を刺激し、別の世界をイメージさせるのは並大抵のことではない。ヤグディンはそれができる数少ない選手だった。どこまでもテクニックで圧倒してくるプルシェンコとは違った魅力が、確かにあった。ヤグディンがオリンピックで最初の連続ジャンプを完璧に決めたときの毛皮のマリー、いやタラソワコーチの喜びようは凄かった。タラソワ自身、選手だったときは怪我もあって成績を残せなかった。ミーシンのほうが、選手としてはタラソワより格上だったのだ。コーチになってからは、ミーシンはウルマノフ、タラソワはクーリックというオリンピックチャンピオンを育てた。ソルトレークでヤグディンが勝ったとき、タラソワはコーチとしてもミーシンに勝ったのだ。タラソワが偉大なのは、このとてつもない勝負強さと強靭な精神力ゆえだ。やや自信過剰で、それがときに思わぬ墓穴を掘ったプルシェンコと違い、ヤグディンはどちらかというと揺らぎやすい性格だった。「もうボクはジェーニャ(=プルシェンコ)には勝てない。引退したい」とヤグディンが弱音をはいたときも、「つまり、最低だって銀メダルってことよ。何をクヨクヨすることがあるの」と励ましたという。そうやって私的な相談に乗れたのも、師弟が同じロシア語を話したからだ。浅田選手とタラソワコーチが、これほどの密な関係を築くのは、言葉の壁もあって、相当難しい。そうはいっても、浅田選手がシニア最悪のスコアを出した試合のあとで、「マオが順当だったら、あなたたち書くことなくなるでしょ」なんて人を食ったようなことをメディアに言えるタラソワは、やっぱりすごい。あの結果は、どう考えたって、タラソワにとっても予想外に悪かったハズだ。タラソワの自信と確信が浅田選手にプラスの影響を与えることは間違いない。だが、ソルトレークの男子シングルの再現を期待するには、やや無理がある状況だということも忘れてはいけない。コーチと選手の関係も徐々に変わってきている。以前のように、親子のようにぴったりとコーチと寄り添って世界トップを目指すというより、いろいろなコーチに習って、それぞれが得意とする要素を吸収しようというドライな流れになってきている。だが、どんなにメディアが、「特別な存在」であるかのようにおだてても、フィギュアスケートの選手というのは非常に若く、精神的支柱を必要としている。選手生命があまりに短く、若くなければできない競技の典型だからだ。佐藤有香が長野五輪の解説で、いみじくも言ったように、「選手をコントロールするコーチの力」がものを言うのがオリンピックであることは、バンクーバーでも変わることはないだろう。最後に、NHK杯の公式練習の調子を見て:NHKでは、浅田選手がトリプルアクセル+ダブルトゥループの連続ジャンプ(フリー冒頭で予定)を公式練習で「成功させた」と言っていた。確かにちゃんとこの女子では超難度の2連続のジャンプを降りているようには見えた。だが、実際には「ほとんどダメ」。最初のトリプルアクセルが回転不足気味だった。2トゥループのほうはさすがに回転不足ではないように見えたが、最初のトリプルアクセルが「降りてから回ってしまっている」のがほとんどで、これでは回転不足判定→ダウングレード→GOE減点が待っている。つまりトリプルアクセルではなく、ダブルアクセルの失敗だとみなされる運命なのだ。フランス杯でアメリカのジャン選手は、最初の3F+3Tを両方とも(!!!)回転不足判定されてしまい、ダウングレード、GOE減点の結果2.24点にしかならなかった。あれはさすがにかわいそうだ。たとえ決めたように見えても、きっちり回りきって降りてきていないジャンプは容赦なく減点される。だからみなさんは、浅田選手がもし失敗せずに3A+2Tを降りて、アナウンサーが「決まりました」と言ったとしても、そのまま真に受けてはいけない。判断のポイントは「降りてからグルッと回っているかどうか」。もしそうだったら、下手したら転倒より悪い点になるということを含んで見たほうがいい(なんつー、ツマラン話だろうね、まったく!)。ちなみに浅田選手はセカンドジャンプで片手をあげるが、あれは難しいのだ。浅田選手のセカンドに跳ぶ2トゥループはまったく飛距離が出ないし、高さもないので、そのままだと加点は難しい。片手あげで2回転ジャンプの難度を上げて、GOEの加点を狙っているというわけ。トリプルアクセルはフリーだが、浅田選手のショートでの課題は、なんといっても最初の3F+3Loの連続ジャンプ。フランス大会では、セカンドジャンプがスッポ抜けて1回転になってしまった。せめて2回転にしないと点は出ない。それと3ルッツのエッジ。フランス大会では、「!」判定(wrong edge short)されたうえに2回転になるという最悪の出来。この2つのジャンプをどれだけ立て直してくるかが最大のポイント。ジャンプが不安な浅田選手とは対照的に、織田選手は記者会見で自分でも言っていたように、非常にジャンプの調子がいい。4回転からの3連続ジャンプ(しかも4+3+3!)という、これまた超最高難度の技を成功させていた。4回転+3回転の2連続ですら高橋選手にはない技だ。本番でどうするかはわからない――モロゾフは公式練習で選手にやらせて、できるところを見せつけた難度の高い技を、本番では回避させることが多い。これはモロゾフの作戦の一環――が、これまでの試合では4回転単独でも失敗ばかりだったことを考えると、調子のよさは明白。それに、織田選手はもともとアクセル以外のジャンプの、特にランディングの柔らかさは天下一品なのだ。きちんと降りはするが、降りたときに氷の削りカスが飛んでしまう高橋選手の硬いランディングとは質が違う。GOEでの加点を期待できる、非常にきれいなランディングからの流れをもっている。4回転からの3連続を成功させ、やや苦手のトリプルアクセルでミスをせず、他のジャンプも決めれば、いきなり世界チャンピオンだろう(まぁ、本番でそれができれば誰だってチャンピオンだけど・苦笑)。ともかく、織田選手が、世界のトップで争える力があることは、公式練習で十分ジャッジに見せつけたと思う。本格的な国際大会の復帰戦――織田選手は今シーズン、出た国際大会ではすべてキチンと結果を出しているが、グレードの高いNHK杯こそ、復帰第一戦といっていい――に向けて、非常にいい仕上がり。本番が楽しみだ。またジャンプの回数の規定違反でキックアウトされないようにね、ノブ君。キミもすでに2回はやっているね。
2008.11.28
浅田真央選手のコーチに就任したことで、ようやく日本人にも認知されはじめたタチアナ・タラソワ。だが、むしろ彼女は過去の伝説の名コーチで、ここ数年は半ば引退状態だったのだ。タラソワがどれほど素晴らしいコーチであるかについては、すでに去年から何度も何度も書いてきたので、繰り返す気はない。これも真っ先に書いたことだが、昨シーズンのタラソワ振り付けの浅田選手のショートプログラムを最初に見たときは感動した。気品あふれるタラソワ・ワールドをあれほど見事に表現できる選手は、女子シングルでは浅田選手をおいて他にはいないだろう。伊藤みどりは、昨シーズン1人で戦って結果を残した後輩に、尊敬の気持ちをこめて、「マオちゃんには、コーチ要らないんじゃないですか」と発言した。確かに、女子ではこれまでほんの数人しか成功していないトリプルアクセルという大技をジュニア時代から習得し、それでいて表現力も高く、スタイル抜群で見た目も美しい浅田真央という、めったに出ない大天才にふさわしい「格」をもったコーチはなかなか思いつかない。やはり答えは「タラソワ」にならざるをえないかもしれない。日本を離れて、アルトゥニアンにつけてしまったのは大失敗だった。「ステップからのトリプルアクセル」で浅田選手の歯車が狂い出したのだ。あの1年のトリプルアクセルの迷走は、今から考えてもとてつもなく痛い。タラソワの凄さ、それは選手を短期間で大変身させてしまうことだ。たとえば、バーバラ・フーザル=ポリ&マウリツィオ・マルガリオのイタリア人アイスダンスペア。このペアはタラソワにつく前は、世界選手権で5位あたりをウロウロしてるカップルで、明るいラテンのノリのよさが持ち味だった。タラソワは彼らを、得意の重厚でドラマチックな表現のできる大人の男女に変身させた。どちらかというと暗めで、凄みのある振り付けは意表をつき、フーザル=ポリ&マルガリオのイメージは完全に覆された。もちろん、「これまで誰も見たことのないフーザル=ポリ&マルガリオ」の世界はジャッジから高く評価された。そして、この「どうもいつもいま一歩」だったカップルは、あっという間に世界チャンピオンに駆け上がったのだ。ソルトレーク・オリンピックを翌年に控えていたので、当然タラソワにコーチングを依頼するのだろうと思っていたのだが、なぜかオリンピックのキス&クライにあのゴージャスな毛皮のマリー……いや、タラソワの姿はなかった。師弟関係を解消した理由は知らないのだが、とにかく、世界チャンピオンのフーザル=ポリ&マルガリオは、以前の「ラテン、チャチャチャ」の軽く明るい振り付けに回帰し、オリンピックでは3位に沈んだ。荒川静香が世界選手権を制覇したときの驚きも忘れられない。トリノで金を獲ったことで、あたかも荒川選手は、常に世界のトップにいた選手であるかのように錯覚している人も多いが、実際には、荒川選手は国際大会どころか、国内の大会ですらほとんど勝ったことがない。世界チャンピオンになった数ヶ月前の全日本では3位。世界選手権に行けるかどうかもギリギリの状態だったのだ。タラソワは当時サーシャ・コーエンを教えていたのだが、短期間で結果が出ないことに苛立ったコーエンサイドがタラソワとの契約を解除した。そこに素早く荒川選手をねじ込んだのが、スケート連盟の「女帝」と言われ、のちに久永氏の不正会計問題にからんで騒がれたあの人だ。荒川選手が世界チャンピオンになったのは、そのときのジャンプの調子が抜群によかったこともあるが、なんといっても表現力が飛躍的に進歩していた。今は「クール・ビューティ」と言われている荒川選手だが、10代のころさかんに言われていたのは、「笑顔がなく、表情に乏しい」ということ。フリーの長丁場になると、だんだん顔から表情がなくなり、まるで能面が滑っているようになってしまう。長野オリンピックのフリーでは、かわいらしい彼女のルックスにふさわしい――と振付師が思ったのだろう――夢見る少女のような可憐な振り付けがされたのだが、これがさっぱりしーちゃんの個性に合わず、表現力の未熟さばかりが目立った。同世代にクワンもいて、10代のころは逆立ちしたってクワンにはかなわない印象だったのだ。実際、長野ではクワンは優勝候補だったが、ほぼ同世代のしーちゃんは目標が10位。だが、フリーの最後にジャンプでコケる当時の「荒川静香のお約束」を見事に果たしてしまい、結局目標の順位にはほど遠い結果。とてもとても世界チャンピオンまで行くなんて、誰も想像もしていなかったのだ。だが、そのパッとしなかった荒川静香が、「あれ? しーちゃん、まだやってたの、スケート? 大学卒業まで?」状態だった荒川静香が、タラソワについたとたん、氷のようでありながら、心に情熱を秘めた高貴なお姫様になりきってみせたのだ。そこにいたるまで、荒川選手自身が、さまざまな苦難を乗り越えて精神的に成熟したというのもあったのだろうが、ドルトムントでのしーちゃんは、ジャンプも完璧だったが、表現力が圧倒的だった。顔の表情や腕の動かし方が以前の彼女とはまったく違った。もともと長身だから、その世界に入り込んでダイナミックな表現ができれば迫力がある。あのころの世界選手権の放送は本当に地味だった(苦笑)。しーちゃんが優勝しても(決まったのは日本時間で夜中か未明かだったと思う)、ブログはまだなかったし、喜んで祝福していたのは「2ちゃんねらー」ぐらい(再苦笑)。メディアもそれほど注目しなかった。世界相手に戦うフィギュアより、国内の高校生がやる野球のほうがスポーツ紙の扱いが大きいような状況だったのだ。このタラソワマジックには舌を巻くしかないのだが、タラソワが世界一のコーチとして文字通りフィギュア界に君臨していたのは、あくまで旧採点システムの時代なのだ。タラソワのプログラムの特長は、今季の浅田選手の『仮面舞踏会』に見るように、要素と要素の間の表現密度を異様なほど濃くして、芸術性を高めることにある。一方、エレメンツの出来を1つ1つ点数にしていく新採点システム――しかも今年からはよりその傾向が高まり、ちょっとしたミスで厳しく減点される――では、タラソワスタイルは選手には過重な負担を強いる。昨シーズンのタラソワ振り付けの浅田選手のショートプログラムは、冒頭から回転動作や凝った振りが入っている難しいものだった。ジャンプが不調だった浅田選手は、シーズン途中から冒頭の振りを全部すっとばして省略した。するとジャンプに集中できたようで、だんだんジャンプがよくなり、点数は上がった。だが、その結果、キム選手同様、ジャンプまでは、ほとんどただ滑っているだけの平板なプログラムになってしまった。ルッツにからめた回転動作も段々に回数を減らし、スピードを落としていた。だが、そうやってタラソワオリジナルを簡略化することで、点数に直結するエレメンツに注力したほうが、結果はよかったのだ。もちろん、ジャンプをすべて決めたうえで、振りも省略しないですめば完璧だが、浅田選手の実力ではそれは不可能だったということだ。旧採点システムでは、着氷がちょっとツーフット気味でも、少しばかり回転不足でも、誰も気にしなかった。それよりは全体の密度や完成度が重要だったのだ。ところが今は、中野選手がスタンディングオベーションを受ける演技を披露しても、明らかなミスのあった選手に負けてしまう。成功させたように見えたトリプルアクセルが、実は回転不足判定でダウングレードされ、GOEでも減点され、ほとんど点にならなかった。武器のはずの大技が――一般人には決めたように見えた場合ですら――しばしば足をひっぱってしまうのが、現行の採点システムなのだ。タラソワスタイルは、旧採点システムでは抜群の評価を得てきた。だが、新採点システムでは? それは未知数だ。しかも、浅田選手の「お約束」(セカンドジャンプの回転不足、着氷時のツーフット)には、まるで狙い撃ちをしたかのような苛烈な減点が待っている。おまけにタラソワは高齢だ。言われているほど体調は悪くなさそうに見えるが、絶頂期のタラソワとまったく同じというわけにはいかないだろう。もう1つ、タラソワという人は多くの名選手を育てたが、案外ロシア人以外とは長続きしない。オリンピックチャンピオンまでもっていった選手は、いずれもロシア(旧ソ連)の選手だ。コーエン選手は短期間ついただけだったし、荒川選手も結局はタラソワより、直接氷の上で教えてもらえるモロゾフを選んだ。タラソワ自身が非常にのめりこんで教えた選手はすべて、同じ文化背景をもち、言葉の通じる旧ソ連の選手なのだ。浅田選手が練習するなら、今のロシアよりも日本のほうが環境も設備もいいだろう。一方、高齢のタラソワがロシアを離れて日本で暮らすなんて無理な話だ。言葉も通じないから通訳を介さないといけない。だから、浅田&タラソワの師弟関係は、どうしてもかつてのヤグディンやクーリックのような親密さや緊密さが築きにくい。<文字数制限をオーバーしたので、続きは明日>
2008.11.27
[織田信成] ブログ村キーワード週末のフィギュアスケート・グランプリシリーズ、NHK杯に向けて自己宣伝に余念がないNHK。今年はNHK杯30周年ということで、特に力が入っている。先週末には過去の日本選手の活躍をまとめた記録映像を流し、次には伊藤みどりや田村岳人を招いてのトーク番組を放送していた。今日は織田選手と無良選手にスポットを当てた放送があった(なぜ南里選手は無視?? 次回のお楽しみということか???)。個人的にもNHKのフィギュア放送には期待している。なんといっても一番質が高い番組構成を組む――たとえば、昨シーズンなら、wrong edgeについて本田武史を招いて説明させるなど――し、なによりアナウンサーが静かだ。スローパートになると、とたんに「こうした表現力もつけてきました」とお決まりのトンチンカンなコメントをのたまうのは悪しき伝統だが(表現力というのはなにも、スローパートの身体の動かし方だけではない)、このくらいなら民放の五月蝿さに比べれば十分に耐えられるというもの。浅田真央選手のグランプリシリーズ初戦のフリーでは、アナウンサーがしゃべりっぱなし。肝心の音楽が聞えないうえ、「さ~、緊張の中で浅田真央……」と見ているモノの緊張感と不安感をあおり、ジャンプがうまく行かないとわかると、後半のジャンプの前で、「なんとか、気持ちを立て直せるか」と震える声でのたまって、テレビの前のファンを恐怖のどん底に突き落とした……かどうかは不明だが、まぁ、とにかく、応援する気持ちがあるのは十分理解するとしても、実況のアナウンサーがあそこまでビビッてしゃべりまくってはいけない。スローのトリプルアクセル再生の場面では、伊藤みどりに、「ちょっと待ってくださいよ」と口封じ(爆)される始末だった。特に浅田選手の今年のプログラムは非常に素晴らしい。音と動きの調和も抜群。十分に音楽を聞かせてもらいたいものだと思う。なにしろ、来年はここまで密な構成は組めないかもしれないのだから。また、別の選手の着氷のときのスロー再生では、いちいちスポンサー名が入るから、肝心のエッジが見えなかった。今は、回転不足判定とwrong edge判定がされるかどうかで、点数の出方がずいぶん違うのだから、あそこにどど~んとスポンサー名が出ては困るのだ。NHKのアナウンサーは節度があるし、選手に安っぽいアイドルのようなキャッチコピーをつけてムリヤリ盛り上げることもしないし、スポンサー名が画面を邪魔することもないので、落ち着いて見られる。元来フィギュアというのは、このように放送すべきだろうと心から思う。さて、女子の注目は、もちろん浅田選手のジャンプの復調ぶりだが、男子では織田選手の復活に期待したい。織田選手は先シーズンの試合はすべて棒にふった。その前のシーズンはジャンプのミスが出て、成績が出なかった。その前のシーズンの織田選手は調子がよかった。初出場のNHK杯で見事優勝。あのときの織田選手はジャンプのミスが少ない選手だった。そのあとジャンプの調子を崩したのは、4回転に取り組み始めた影響も大きかったと思う。NHKは「4回転で復活を」とまた煽っていたが、4回転よりもまず、織田選手は調子のよかったシーズンと同等以上に正確にジャンプを決めることが課題だ。いったん崩れたジャンプを戻すこと――それがもっとも重要なこと。それができれば、4回転がなくても、十分上位にいける。今年はトップ選手の4回転の調子が悪い。ここで欲を出して4回転に固執しないほうがいいのだ、本当は。なにかというと、「バンクーバー五輪を見据えての挑戦」と言うが、織田選手のようにワンシーズン結果のない選手は、まずは手堅く順位を取るほうが大事なのだ。今シーズンの織田選手を見ると、モロゾフの指導を受けて、滑っているときの身体の線が非常にきれいになってきたように思う。ファンキーな個性で気づかれにくいが、もともと織田選手はプロポーションがいい選手。もちろん、モロゾフの世界が織田選手の個性と合うかと聞かれれば、それは非常に疑問なのだが、ステップアップするための指導者としては、モロゾフは最高だろう。内情はどうあれ、モロゾフを高橋選手から「奪った」かたちになったのだから、織田選手は必ずハイスコアを出して結果を出さなければいけない。まだ小塚選手に負けるわけにいかないハズだ。それを見れば高橋選手も奮起する、せざるをえない。お互いのためには、織田選手がモロゾフと組んで結果――できれば最高の――を残すことが望ましいのだ。たとえ高橋選手の感情を思いやるファンからブーイングを浴びても。結果さえ出せば、大衆は黙る。そして、高橋選手なしでも日本男子が世界選手権で3枠を取れる実力があることをこのNHK杯できっちり示すことが肝要。連盟は世界選手権への高橋選手の出場に含みを残したが、冗談ではない。怪我を押して無理に試合をさせられては、本田選手の二の舞ではないか。織田選手の一番の強みは、実は精神力の強さではないかと思うことがある。高橋選手のような女性好みのムードはないが、ここ一番のときに意外なもろさを見せる高橋選手にはない図太さが彼には確かにある。「高橋は精神的にも強くなった」と短絡的にヨイショする向きもあるが、それならば誰もが一番の優勝候補として挙げていた昨シーズンの世界選手権でのあのジャンプの乱れはなんだろう。規定違反のジャンプまでつけてムザムザ点をなくしたあげく(あのときはテレビの前で凍りついた。高橋選手はトリノ五輪でもジャンプの規定回数違反でキックアウトされたのだ)、「調整不足だった」なんて、言い訳にもならない。調整不足ならば、コーチの意向に逆らって4回転を2度も入れるのがおかしい。ジャンプが得意な選手は初めから得意、表現力のある選手は初めから芸術性が高い、ココ一番に強い選手は初めから強い。逆はほとんどないと思ったほうがいい。シビアな言い方をするようだが、なにごとも才能であり、それはフィギュアの世界に留まらない。問題は弱い部分を知った上で、どう対処するかなのだ。本番に弱いなら、100%の力でなく80%の力で勝てるぐらいにトレーニングを積むことだ。弱いにもかかわらず強くなったと過信する……というより周囲が過信させるのは危険なことだ。誤解しないでいただきたいが、Mizumizuは高橋大輔の才能を誰よりも評価しているつもりだ。単にジャンプがうまいとかスケーティングがきれいだという選手はいるが、高橋選手のように「この世ならざる者」の精神世界を表現して巧みな選手、ダンスのテクニックを取り入れて、氷上でそれを正確なエッジワークとともに、圧倒的なスピード感をもって再現できる選手は世界中探してもほとんど、いやまったくいない。スケーターの歴史をひもといたって、王子様タイプやアスリートタイプはいても、高橋大輔のような「バロックでややダークな」個性をもった選手はほとんどいないだろうと思う。だが、最近の「なんでもかんでも大ちゃんマンセー」の風潮は決して本人のためにならない。高橋選手はまちがいなく天才だが、カッコつけでもあり、そこが若い女性ファンには妙に受けているようだが、実のところ、優等生的なキレイゴトで何でもかんでもまとめてしまうのが彼の欠点でもあると思う。これだけ注目されれば仕方ない面ももちろんある。競技者でありながら、アイドル的な性格も要求されるのが、現在の日本の過剰ともいえるフィギュアブームがもたらした悪しき風潮だ。モロゾフも、インタビュー記事を読むと、どうやらそこを見抜いているようだ。モロゾフはなぜ世界的なコーチになれたのだろう? 結果を出したからだ。彼には応援してくれる人なんかいなかった。むしろ彼は常に四面楚歌の状態。暖かい応援や和気藹々とした仲間意識が人を育てるなんてのは、事なかれ主義の日本のマスコミが作り上げた虚構だ。逆境の中でこそ人は強くなる。安藤選手は、スポンサーから連盟からこぞってバックアップされた前のオリンピックで結果が出せなかった。彼女が本当の実力を発揮したのは、「自分は完全に見捨てられた」と感じ、本人もそう口にしたオリンピック後のシーズンだった。今が旬とはいえ、浅田選手、安藤選手、高橋選手のインタビューをあそこまでしつこく撮り、反省点だのこれからの新しい挑戦だのについておしゃべりをさせ、それを試合の中継の前に繰り返し放送し、「スポ根ドラマ」を作って盛り上げる必要がどこにあるのだろう。彼らはあくまで現役の運動選手であって、芸能人ではないのだ。本当に最近の日本の民放のフィギュアスケートの扱いは異常だ。高橋選手の今回の大怪我に関しても、どうせ「高橋大輔、復活への道」かなんか言って怪我からリハビリ、復帰までのドキュメントを作って視聴率を稼ごうとするテレビ局がきっといるんだろう。織田選手の話に戻すと、先々シーズンの高橋選手との直接対決。織田選手のあとに高橋選手が滑り終え、大きく水をあけられたことがわかったとき、織田選手は非常に悔しそうにプイッとその場を立ち去ってしまった(くやしがり方の露骨さでは世界選手権でのジュベールには負けるが・笑)。だが、そのあとに、1年で自分が想像していた以上の差がついてしまったことを率直に認めていた。悔しさを隠さない、素直な負けん気の強さと、自分に足りないものを冷静に見つめて論評できる理性が織田選手の芯の強さを物語っている。飲酒運転をしようが、コーチを先輩から奪おうが、過去は過去として、涼しい顔でミスなくすべてのエレメンツを決める図々しさを見せることができれば、織田選手の未来は明るい。
2008.11.25
フィギュアスケート、グランプリ・シリーズロシア大会。結果からいうと、昨シーズンの世界選手権銀メダリストのヨーロッパ選手がアベックで優勝。実力を見せた――と、言いたいところだが、内容は決してよくなかった。コストナー選手は「お約束」のジャンプの転倒もあり、お手つきもあり……だったのだが、この人の強さは、最初の3F+3Tの連続ジャンプ。キム選手同様、これだけで基礎点の9.5点に対して、11.3点もの点数を稼ぎ出す。そして、手をついたり、ジャンプの着氷の乱れはあるが、回転不足が少ないこと。回転不足でダウングレードされると、非常に大きな減点がされ、安藤選手や浅田選手がこれで苦しめられているのは、すでに何度も書いたとおり。フリーの3回転ジャンプでは、頻繁に手をつく人でありながら、コストナー選手が強いのは、なんとか回りきって降りてこれる選手だからだ。というか、実は個人的な印象では、コストナー選手には回転不足判定が甘いのではないかと思うジャンプも結構あるのだが。ショートでトップだった村主選手は、出だしこそ好調だったものの、3回転ジャンプが2回転や1回転になる浅田選手状態で点がのびなかった。村主選手のフリーは、スピンをずらりとレベル4を並べ(前大会では、最後のスピンにフライングポジションを入れるのを忘れ、同じ構成のスピンを2度繰り返したとされキックアウトで0点になってしまった)、ステップもレベル3に加点つき。浅田選手と同様、「ジャンプ以外は全部よかった」のだが、やはりジャンプが3回転にならないと、点は出ない。浅田選手と違って、ジャンプの地力を期待できないだけに、これだとジャンプに安定感のある中野選手のほうが強いという印象を与える。層の厚い日本女子で、再び世界選手権への代表権を得るのは大変だろうと思う。さて、男子のフリーで注目していたのは、ジュベール選手とベルネル選手のフリップ。昨シーズンの世界選手権でジュベール選手はフリップでE判定(wrong edge判定)を取られ、減点された。ベルネル選手は同じく世界選手権のショートで1度だけE判定されたが、今年は初戦から違反を取られた。フランス大会でフリップを回避したジュベール選手だが、前回サルコウジャンプを入れたところに今度はフリップを入れてきた。何度か繰り返して踏み切りを見てみたが、若干エッジがアウトに入って踏み切っているように見えた。だが、判定は「E」も「!」(wrong edge - short)もなし。逆に去年までほぼセーフだったベルネル選手は「!」マークをつけられた。ジュベール選手のフリップは、だが、微妙にwrong edge で、今後取られる可能性もあると思う。ジュベール選手は優勝したとはいえ、フリーの点だけみると、実はフランス大会より悪い。フランス大会 技術点 75.78 プログラムコンポーネンツ(演技構成点) 73.6点ロシア大会 技術点 69.48 プログラムコンポーネンツ(演技構成点) 75.2点技術点がこれだけ下がったのに、プログラムコンポーネンツは上がるという不思議(苦笑)。今回のフリーではスピンのレベル取りにも失敗していた。2週連続の試合で疲れがあるのだろう。フリー最後のジャンプが単独2Aが2回という、またもオンナノコ構成。最後はあまり足が動いていなかった。今年のジュベール選手は、多少オーバーウエイトであるようにも見える。プラトフの振り付けはショートは素晴らしい。エンターテイメント性も兼ね備えた成熟したダンスは、若手にはマネできない。フリーもショートほどは冴えが感じられないが、エレメンツのつなぎの部分のポーズなどに工夫が見られ、個性的。大量生産で、どれもこれも同じになってしまったモロゾフの振り付けよりは、ずっと面白い。プラトフもモロゾフもタラソワのコーチングチーム出身。同じ袋から出た種子が、どういう花を咲かせるか、今後も振付師モロゾフとプラトフは気になるところだ。さて、ジュベールのフリーだが、なんといっても、ジャンプ構成の薄さが気になる。ジュベール 4回転X1回、3回転X6回、2回転X4回ベルネル 4回転X1回、3回転X7回、2回転X2回、1回転X1回ちなみに日本の小塚選手は4回転X1回、3回転X8回、2回転X3回フランス大会で小塚選手は4回転以外はすべて決めている。フランスで優勝したチャンは3回転X8回、2回転X3回ジュベールは調子のいい若手に比べて3回転が少ないのだ。4回転の確率もよくない。もちろんシーズン後半はまた別構成で来るだろうし、今回は前回転倒したループもきっちり決めて、2度はミスらない強さを見せた。だが、ジャンパーであるジュベールの衰えを感じさせるシリーズになってしまった。モロゾフの秘蔵っ子リッポンは、体力不足を解消できずに5位に沈んだ。最終結果男子1位 ジュベール 230.782位 ベルネル 222.94女子コストナー 170.72フラット 166.06村主 162.04
2008.11.23
日本人の注目選手が出ていないせいか、他のフィギュアのグランプリ・シリーズに比べて扱いの地味なロシア大会。だが、前季の世界選手権銀メダリストのブライアン・ジュベール、同じく欧州チャンピオンのトマシュ・ベルネル、同じく世界ジュニアチャンピオンのアダム・リッポンと男子は有力選手がエントリーしている。女子では、今年コーチをモロゾフにかえて注目の村主章枝選手、それに今年はジャンプに精彩を欠いているが、前季の世界選手権銀メダリスト、カロリーナ・コストナー選手も出た。ショートプログラムが終わった時点で、嬉しい結果が。女子では、村主選手がトップで折り返したのだ。昨年の村主選手はジャンプがまったく決まらなくなり、ときどきwrong edgeも取られて散々な結果だった。今年は(今のところ)wrong edge判定もなく、ジャンプも全盛期に近いレベルに戻してきた。さらに新採点システムになってからレベル取りで苦しんでいたスピンも向上させた。ステップは、「モロゾフのワンパターン」ではあるが、点数は取れるはず。昨年あそこまで調子を落とした選手をここまで復活させるとは。安藤選手を見ながら村主選手のコーチを引き受けたことで、日本のファンからはバッシングされたモロゾフ――佐藤コーチのところの有力な女子選手が集まっていたときは、誰もバッシングしなかったのに。変なファン心理だ――だが、またもきっちり結果を出してきた。村主選手は「全体をうまくまとめた選手が勝つ」という旧採点システムで強かった選手だけに、レベル取りや点数稼ぎをしなければならない新採点システムでは、結果が出なかったが、今年は新採点システムになってから一番いいのではないだろうか。もともと雰囲気のある選手だけに、点の取りこぼしがなくなると、強い。ただ、中野選手同様、3回転+3回転がない。技術的な面では、キム選手にはかなわない。さて、注目の男子。初戦ではいずれもジャンプの調子の上がらなかったトップ選手が、徐々に調子を上げてきた。圧巻はブライアン・ジュベール。前大会で、すっぽり抜けてしまったショートの連続ジャンプ、それも最高難度の4T+3Tを文句なく決めた。「文句なく」というのは、少しでもオーバーターンが入ったりすれば、たちまち苛烈に減点され、「やらないほうがよかった」ような点になってしまうのが、新しい採点のルールだからだ。難しいジャンプは、基礎点はあがったが、減点幅も大きくなった諸刃の剣。だが、ジュベールは絶対に4回転ジャンプをショートで回避するということはしない。吉と出るか凶と出るかは一発勝負のところがあるし、「試合に勝つ」ということだけを考えたら賢い選択かどうかはわからないが、このポリシー――ほとんど一種の反骨精神――を貫く姿勢は立派だと思う。去年まで弱かったスピンも強化したし、ステップも格段に進歩してきた。音楽にのせて観客を楽しませるエンターテインメント性も、若い選手には真似できないベテランならではの余裕だろう。結果、1週間前のフランス大会の得点を12点以上上回る高得点でショート1位となった。タラソワが見ている目の前でスピンを披露し、スピンを終えたあとに挨拶を送るという茶目っ気を見せて、タラソワも満面の笑み。タラソワがトレードマーク(そうだっけ?)のゴージャスな毛皮のコートを着ていなかったので、一瞬別人かと思ったワ。ジュベールのライバル、トマシュ・ベルネルは4回転の連続ジャンプで失敗。初戦では次のジャンプも失敗したが、これは決めてきた。前大会のショートではスピンはすべてレベル4を並べ、ステップもレベル3(ステップは男子、女子ともなかなかレベル4が出なくなったので、レベル3はよい評価だと思っていい)と取りこぼしがなくなった。つまり、去年はジャンプで勝っていたベルネルが、今年は「ジャンプ以外はいい」という浅田選手状態だったのだ。ベルネル選手もショートでまた4回転を入れたということは、4回転回避で安全策を取るつもりはないということだ。バンクーバーオリンピックを見据えて、たとえ1回1回の試合全部で結果が出なくても、このスタイルで行くつもり――大きな怪我などのアクシデントのないかぎり――なのだろう。そもそもジュベール選手にせよ、ベルネル選手にせよ、今年最大の目標はグランプリ・ファイナルでも欧州選手権でもなく、3月の世界選手権。そのつもりで調整していることは明らかだ。日本と韓国のマスコミは、グランプリ・ファイナルをあたかも世界選手権と同様の格式をもつ試合であるかのように宣伝している。だが、ファイナルと世界選手権は比べものにならない。シーズン最後の3月、そこまでにどれだけ仕上げて最高の演技を見せるか。そこで一番になった選手がその年の王(女王)なのだ。今のようにグランプリ・シリーズの1戦1戦を大きく報道し、そこで必ず結果を出すことを求められれば、選手はより難度の高いプログラムを1年かけて完成させるというスケジュールを組めなくなる。そうなれば、毎年毎年同じような構成、同じような技術のプログラムしか作れなくなり、フィギュアはますますつまらなくなる。もうその傾向は出ている。筋のとおらない減点主義――回転不足判定されると、ちゃんと降りたにもかかわらず、回転数を認定された転倒ジャンプより点が低くなるなど――により、冒険をせず、確実性のみ追求した選手が勝つようになっているのだ。この状況が続けば、フィギュアファンは離れてしまう。それこそ「誰もフィギュアを見なかった規定時代への回帰」だ。ジュベール選手はこうした流れにも「反抗」しているのだ。さて、ニコライ・モロゾフの教える男子選手の中で、もっとも世界王者に近い選手の1人がアダム・リッポンだ。彼の演技スタイルはかなり高橋大輔に似ている。高橋選手ほどのディープなエッジ遣いやキレのいいステップ、スケーティングの伸びやかさは今のところないが、腕の使い方がより優雅で、柔軟性でまさる素質をもつ。なにより、「独特のムード」という、訓練ではなかなか身につかない天性の才能がある。つぶさに見れば違いは多いのだが、全体的に高橋大輔を思わせる選手で、モロゾフが教えているから、ますます似てくる。しかも、今年「本家」はいない。これから自分のスタイルを確立させるリッポンにとっては「マネ? 似てるよね?」と直接比べられずにすむ状況は有利だ。シニアデビューの初戦では、ジャンプに精彩を欠いたが、今回のショートはよい出来だった。モロゾフは必ず、バンクーバーまでに世界トップに食い込めるだけの選手に仕上げてくるだろう。今のところ体力に問題があり、フリー後半になるとガクッと疲れてくるが、今後が非常に楽しみ、というか、日本選手にとっては怖い存在。
2008.11.22
日本の流行歌の作詞家で誰が好きかと聞かれたら、まちがいなく「なかにし礼」と答える。なかにし礼の世界には、ジメジメした日本人的な狭い感性を超えたスケールと洒脱さがある。だが、フィギュアスケートに対するコメントはいただけない。今回のフランス大会(エリック杯)の浅田選手の音楽についても、「他の選手は、スピンやスパイラルで観客と一体となって盛り上がるように音楽を変えたりする。そういう工夫をすべき」などと発言した。全体を1つの曲で流す振り付けは確かにメリハリに欠けるように思うかもしれない。だがそのなかで情感を表現するのは、より深い表現力を必要とするから、高度でやりがいがあるのだ。たとえばお芝居で感情表現をするのに、誰にでもわかりやすいバックミュージックの力を借りて、オーバーに演じる俳優が名優だろうか? 抑制された音楽のなか、さりげない仕草やちょっとした表現で深い情感を演じられる俳優こそ名優ではないだろうか? タラソワが作ろうとした世界はそうしたものだ。しかも今回の浅田選手のプログラムはスローパートがない。最初から最後まで「走りっぱなし」の驚異的な構成。だから一見、単調な構成に思えるかもしれない。だが、それは、故意にそうしたのだ。ああした振り付けができる人はそんなにはいない。だいたい冒険にすぎる。いくつかの曲を組み合わせ、どこかで失敗しても息を整えられるパートを作ったほうがよほど簡単だし、ラクなのだ。それを「あえて」やらなかったのだ。プレ5輪だからこその挑戦で、かつてタラソワが教えて長野で男子シングルの金メダルを獲ったイリヤ・クーリックの仕上げ方に近い。クーリックは5輪前の世界選手権では、難しいプログラムに4回転も入れて精彩を欠き、結果が出なかった。ところが長野オリンピックまでに見事にジャンプをものにし、プログラム構成を若干ラクなものにすることで完璧な演技を披露、金メダルに輝いたのだ。長野のクーリックのフリー『ラプソディ・イン・ブルー』は実のところ、クーリックにしては、ずいぶんと途中に「お休み」のあるプログラムだった。だが、お休みの部分はあたかも「思索にふけっている」かのようなポーズを入れてお休みに見えない工夫をし、動と静のメリハリをきかせ、さらにそれまでなかなか安定しなかった4回転も見事に――ふつうなら決められるジャンプもミスる――オリンピックという大舞台で決めたのだ。タラソワが教えたもう1人のオリンピック金メダリスト、ヤグディンもそうだ。ヤグディンはプルシェンコに対して、5輪前の欧州選手権、世界選手権の直接対決で分が悪かった。「もうヤグディンは終わり。プルシェンコの時代だね」と誰もがその時点で思った。ジャンプの確率ではプルシェンコのほうが上だったからだ。だが、一番大切なオリンピックで勝ったのはタラソワ&ヤグディンだったのだ。タラソワが浅田選手とともにやろうとしていることは、このクーリック、ヤグディンの再現であり、佐野稔をはじめ、「まともな解説者」ならそんなことはわかっている。タラソワの思惑も読み取れずに、並みの選手がやるような「音楽でスピンやスパイラルで盛り上げる」ような、わかりやすく平凡な振り付けをすべきなどと、したり顔でアドバイスするとは失笑ものだ。もちろん、誰もがタラソワの選曲や振り付けを好きになる必要はない。それは個人の自由だ。だが、公共の電波で発言する以上は、基本的なことぐらい知っておくべきだし、知らないならば、「あくまで無知ないちファンの主観である」ことを明らかにするぐらいの礼節はわきまえるべき。マツコ・デラックスほどになるには相当長い間フィギュアを見続けなければいけないが、せめてなかにし礼にも、あそこまでしたり顔で発言するなら、もうちょっと、ほんの少しでいいから今のルールを勉強してほしいと思う。なかにし礼のスピン&スパイラル批判が的外れであることはプロトコルを見ても明らかだ。今回の浅田選手のフリー演技は、ジャンプでは点が取れなかったが、スピンとスパイラルではずらりとレベル4を並べ、キム選手以上の評価を得た。つまり、「スピンとスパイラルはよかった」のだ。観客と一体となって盛り上がらなくても、ジャッジは高い評価を与えないわけにいかなかった。もっといえば、あのプログラムの最大の見せ場は、最後の圧巻のステップだ。そこにクライマックスをもっていくためには、途中のスピンやスパイラルで中途半端に盛り上がってはいけないのだ。個人的には選曲も素晴らしいと思っている。これまでの浅田真央選手にはなかった、重厚で悲劇的な旋律。キム選手の選んだような、フィギュアではよくある「ありがちな」曲ではない。浅田選手のイメージを一新させるような大胆で果敢な選曲、魂を揺さぶるようなシンバルの音が、これまで誰も見たこともない氷上の世界の扉を開く。見れば見るほど味わい深いプログラム構成。最後のステップには度肝を抜かれて、声もなく見入ってしまった。皆と一緒に手拍子ハイハイと盛り上がるようなレベルを超えていた。なかにし礼はキム選手のミスが少なく、妖艶な演技を常に褒めている。好き嫌いは自由だし、キム選手が非常に素晴らしい選手だということに異論はない。今年はキム選手が突発的な怪我や極端な不調にみずから落ち込まない限り、彼女に勝てる選手はいないだろうことは、すでに浅田選手が演技を披露する前から書いた。これは去年の段階で、浅田選手がジャンプにいくつもの不安要素を抱えていたこと、逆にキム選手にはそれがなく、課題は体力的な問題だけで、今年はそれを克服していたこと(もっといえば、新しい挑戦は何もしていないこと)から判断して書いたことだ。だが、浅田選手だって素晴らしい。彼女にはキム選手ができない高度なジャンプ――セカンドに跳ぶトリプルループとトリプルアクセル――があること、常にプログラム構成を密にし、高いレベルに挑戦していること、ステップの細かさとそれを活かしたフィギュアならではの動的で華麗な表現力、柔軟性、体力ではキム選手をはるかに凌駕していることにまったく触れずに、キム選手が試合で勝ったからといって、「日本選手はキム選手をみならうべき」なとと決め付けるのはどうだろう。Mizumizuも個人的には大技への「果敢な挑戦」が日本選手を負けさせていると思っている。それを煽るメディアにも嫌悪感を禁じえない。高橋選手の今回の大怪我も「4回転2度」という挑戦と無縁ではない。採点方法が矛盾だらけで、キム選手のようなタイプに有利にできているのは過去にも書いたとおり。だが、なかにし礼のコメントには、そうしたフィギュアの現行のルールや選手の特長や個性、それぞれの選手の掲げる目標といった視点がまったく欠落している。しかし、ネット社会という「世間の目」は、案外ちゃんとこうした「的外れな文化人のコメント」を見ているものだ。ウィキペディアには「フィギュアスケートに関するニュースの際は必ずと言っていいほどコメントをしているが、しばしば間違った知識による的外れな発言があり、スケートファンの間では評判は決して芳しくない。また韓国のキム・ヨナの大ファンであり、最も評価している選手の一人であると公言している。一方、現世界女王の浅田真央に対しては辛らつな批評を繰り返しており、いわゆる玄人受けのいい浅田の音楽性豊かで洗練された演技スタイルは、なかにしの好みには合わないようである。その論調は、しばしば公平性を欠き、偏った主観と感情論であることが多く、一般視聴者にまるで浅田には芸術性や表現力がまったくないかのような誤解を招きかねない発言をすることがある。そのため、今年3月の世界選手権で浅田が優勝を飾り、ご贔屓のキム・ヨナが3位になった直後の放送では、コーナー中、終始かたい表情で無言を貫いた」などと書かれ、偏りを揶揄されている。今回のフランス杯のコメントに対してもさっそくhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1020778535↑こんなふうに叩かれている。なかにし礼を叩くコメントにもひどい偏見や誤解、行きすぎで根拠のない罵倒がある。だが、世間にはこうした目で彼の発言を聞いている人もいるということだ。なかにし礼と彼をコメンテーターとして使うテレビ局は注意すべきだろう。日本は今、空前のフィギュアブーム。人気が出ればファンの意識や知識も高くなる。なかにし礼以上にフィギュアを愛し、フィギュアに詳しいファンも多い。そもそも、なかにし礼は、その発言から明らかなように、フィギュア――ことに新採点システム――にはまったく暗いのだから。こうしたネット社会の匿名でのバッシングは暗部も多い。朝日新聞や毎日新聞などの左派系のメディアはネットでバカにされることが多いから、目のカタキにしている。メディアが何かを報道する際に、「あえて」隠したことが、2ちゃんねるでバラされて、「おまつり」になるなんて以前では考えられなかった。巨大な力を持ったメディアの偏った立場を、「偏っている」と指摘できる場ができたことは、ネットの大きな功績だと思う。以前なら、「XX(新聞・テレビ局・有名文化人)って、偏向してるんじゃいの」と思っても、なかなかその意見を多くの人々と交換できなかったし、一般人には発言の場もなかった。「なかにし礼のフィギュアへのコメントは変」だと思うと、さっそくそう書かれる。案外一般人というのは、素人であっても「よく見ている」のだ。松岡修造がフィギュアの報道に携わって長いが、だいぶ以前よりおとなしくなった。前はストーカーまがいの行動で、うら若い女子選手を追いまわして奇声をあげ、ネットでずいぶん叩かれた。彼の暴走を止めた一因も、ネットでのバッシングにあったと思う(次はフジテレビのアナウンサーか?)。松岡修造がフィギュア――それも女子シングル・苦笑――を愛してきたことは間違いない。過去に(とても素敵だという意味を込めて)「ルー・チェン選手っていつも赤を着ますよね」という発言をしたのを聞いたときに、Mizumizuは「ああ、この人はフィギュアが好きなんだな。よく見ている」と思った。情熱をもった人が報道に携わるのはファンとしても歓迎したいのだが、方向性が問題だ。ことにいい年の男性が若い女子選手をレポートするときは、ある特定の選手だけを贔屓したり(たとえ彼女がどんなに素晴らしく、彼好みであっても)、外見の美しさをことさら褒めたりするのは、たとえ悪気がなくても控えるべきだろう。いちファンなら身内で何を言ってもいいが、公共の電波でレポートする立場なら考えるべき。フィギュアは美を競う競技であると同時に、どこまでもスポーツなのだ。フランス大会でロシェットが優勝し、グランプリ・ファイナルへの出場を決めたときの、松岡修造の「おめでと!」は明らかに投げやりでイヤミだった。意地悪な部活の男子の先輩が、好きでもなく、たいしたことないと思っていた後輩の女子選手が意外な活躍をしたもんで、「へ~、キミ勝ったんだ。ふ~ん、キミがねえ。おめでと!」と言ってるみたいな失礼さ。あれが松岡氏も実力を認めている別の選手だったら、たとえ日本の浅田選手が負けたといっても別の言い方をしたのではないか。声のトーンまで高くなっちゃて、「しかし、XX・XX、強い! すごかったですね~!」とかね。ロシェット選手の5コンポーネンツは今年奇妙なほど高い。それには違和感をもたないでもないが、採点に不透明な部分がつきまとうのは、フィギュアの場合ある程度仕方のないことだ。それよりも、ロシェット選手はすでに22歳という女子選手では終わりに近い年齢であるにもかかわらず、去年より身体をさらにシェイプし、筋力をつけてきた。ジャンプの着氷時にフリーレッグを思いっきり上げてキープできるパワーには目を見張る。あのフリーレッグの美しさ、力強さは女子のレベルを超えている。ジャンプやスピンの軸もよくなった。こうした彼女の努力をジャッジが見ていて、高く評価したのなら、選手にとっても励みにもなるし、嬉しい結果だろうと思う。
2008.11.20
今日のお昼に最悪のニュース。高橋大輔選手が右膝の前十字靱帯と半月板損傷のため手術、今季すべての試合を辞退することが決まった。この報に触れてまず思ったのは、「ああ、きたか」ということ。すでに過去のエントリーで、4回転がどんなに危険で、過去どれほどの才能ある男子スケーターが選手生命を縮めてきたかについて繰り返し書いてきた。「4回転ジャンパーは、必ず大怪我に見舞われる」「25歳までもたないことが多い」……さきごろスイスのランビエール選手が怪我のために引退を余儀なくされたが、彼はまだ23歳。ちょっと前ならこれから円熟期を迎えるとされる年齢なのだ。ランビエール選手は4回転の確率の高さとスピンの巧さで世界の頂点に立ったが、トップ選手として活躍できたのはほんの3年程度なのだ。4回転が跳べる時期というのは、本当に短い。トリノで圧倒的な強さをみせたプルシェンコも、そこに至るまでにだんだんに怪我が増え、トリノオリンピックになんとか照準を合わせるために、すいぶんその前の試合をセーブしていた。その後一時期、現役復帰を表明したが、結局故障、手術でその話も立ち消えになった。プルシェンコだけではないヤグディン、本田、ゲーブルといった卓越した4回転ジャンパーも、競技生活から引退したあとも尾を引くような怪我に見舞われ、あっという間に全盛期とは別人のようなジャンプしかできなくなってしまった。こんな悲劇的な話は、4回転時代以前にはなかったのだ。ジャンプはフィギュアスケートの華であり、一番目を惹く要素には違いないが、フィギュアはそれだけではない。先日のエリック杯での浅田真央選手のフリー演技は、ジャンプこそダメだったが、予想をはるかに超える芸術性をたたえたプログラムで、Mizumizuは録画をすでに繰り返し繰り返し見ている。密度が濃いうえに、浅田選手の滑る技術が抜群だから何度見ても飽きない。キム選手のプログラムも確かに非常によくできているが、何度も観賞する気には到底なれない。すでにグランプリ・シリーズで2度見て、もう飽きがきた。競技に勝つ目的という意味では、キム選手のもっている能力を考慮したうえでのこれ以上ない構成だが、浅田選手のフリープログラムの高度さとは次元が違う。キム選手が得意の「妖艶な」ポーズを決めて、ニヤニヤ流し目を送っている間に、浅田選手は氷上で3回ぐらいは回転しているのだ。あれほど運動量の多いプログラムを与えたタラソワにも驚くが、それをここまでものにする浅田選手もたいしたものだと思う。一方で、現行のルールでは、あまりに難しいプログラムを作ってしまってはジャンプが決まらなくなり、点数が出ないとうことも何度も書いてきた。先日テレビで松岡修造が、「あのプログラムを完成させたら、誰も勝てない」と言っていたが、そのとおりだと思う。だが、完成(つまりジャンプもミスなく滑ること)させるなど、ほとんど女子のレベルを超えている。しかも、トリプルアクセル2回って…タラソワ先生、狂ってませんか?? 想像を絶する話だ。そもそも浅田選手にはジャンプが回転不足になったり着氷がツーフットになったりする「お約束」の欠点がつきまとっており、どうにもこれが克服できていない状況なのだ。あの『仮面舞踏会』の最後のステップは、ジャンプで体力を消耗してしまったら、必ず足がもつれて転倒する。タラソワの教えた無敵のグリシュク&プラトフ組は、実はオリンピック以前には試合に勝ちながらも、あまりに難しいステップのために途中しばしば転倒していたのだ。浅田選手のフリーの最後のステップの難しさは、かつてのグリシュク&プラトフ組がアイスダンス競技で見せていた高度なステップにも匹敵する。タラソワ先生、浅田真央がシングルの選手だって、忘れてませんか?(苦笑)。完成させれば誰も勝てない『仮面舞踏会』は、だから、ランビエール選手の『ポエタ』同様の運命になる可能性のが高い。ランビエール選手は2シーズンかけて『ポエタ』を滑ったが、怪我もあってとうとうジャンプをすべて完璧に決めて「完成」させることはできなかった。『ポエタ』以前のプログラムでは、ランビエール選手はむしろ4回転ができてスピンがきれいな選手というだけだったが、そのほうが彼は試合では強かったのだ。『ポエタ』が不世出の傑作プログラムであることは、すでに世界が認めているとは思う。フィギュアの枠をはるかに超えた、ランビエール以外には誰も氷上で表現できないダンス芸術。だが、競技者である以上、試合で勝たなければ。メダルを獲るか獲らないか、金か銀か。それで、引退後の待遇――つまりは生活――だって変わってくるのだ。荒川選手と村主選手の現状を見ればわかる。高橋選手の怪我の話で浅田選手のことを長々と書いたのは、このままだと浅田選手も高橋選手のように大怪我に見舞われるということが言いたいのだ。高橋選手は4回転を2度入れるという「未知の領域」(本田武史)に挑んでいた。これまで大きな怪我なくきた選手だけに、怪我の怖さを彼は知らない。浅田選手もそうだ。彼女は非常に身体が強い。怪我がちなキム選手とは対照的だ。だが、そういう選手が無理な挑戦を無理と気づかずに続けていると、必ず大きな代償を払うことになる。浅田選手の場合は、タラソワがコーチとはいっても、今のところ年中一緒にいて習っているわけではない。高橋選手には母がわりのコーチはついているが、モロゾフのような経験豊富で精神的に強靭なコーチがそばにいない。日本のトップ選手は、非常に危うい状況なのだ。「高橋選手は、コーチである自分よりもエージェントを優先させた。今のエージェントについている限り、高橋選手に未来はない」――モロゾフが言ったとされる言葉だが、まるで悪い予言が当たったような気分だ。モロゾフの発言を非難する高橋ファンは多い。ネット上にはモロゾフの悪口があふれている。だが、よく考えてみて欲しい。訣別という結果に終わったとはいえ、高橋選手が世界選手権で日本男子初の銀メダルを獲ったのも、史上最高得点を叩き出したのも、モロゾフ・コーチのもとでなのだ。モロゾフはあくまで、高橋選手の「恩人」なのだ。モロゾフが高橋選手にもたらしたものを忘れるなら、日本人のフィギュアファンのほうが恩知らずだ。モロゾフは、ナミの男ではない。非常に野心家で機を見るのに敏で、ときには裏切りや別れも恐れず、自分の存在価値と名声を、常に結果を出すことで高めてきた。そうやって彼は自分のほしいもの――振付師としての名声、トップコーチとしての評価、それにともなう経済力。そしてブロンドの美人妻(数回取り替えました)――を手に入れてきた。選手としてたいしたことのなかったモロゾフが、ただの善良な一市民だったら、とっくにロシアで飢えてたはずだ。もっとも金メダルに近い選手を、ふつうならばコーチのほうから見限るようなことをするわけがない。「あのエージェントが仕切るかぎり、高橋はいい仕事はできないし、何の未来もない」――世界的なコーチのこの「予言」を覆すのは、今回の怪我で非常に難しくなった。もちろんモロゾフだって、神様じゃない。予想がはずれることはあるだろう。高橋大輔にはその力があることを、彼はこれから自分で証明しなければならない。優等生的なコメントでではなく、結果で。そのためにも、しっかり治してから試合にのぞんでほしい。日本女子には、浅田真央選手のほかに、太田由希奈選手という高い芸術性をそなえた天才女性スケーターがいる。だが、彼女も怪我のためにその才能を十分に開花させることができずにいる。太田選手が昨シーズンの全日本で、「まずはジャンプの技術を元に戻して」と発言しているのを聞いたとき、泣きたくなった。まさか太田選手が、3回転はサルコウとトゥループしか跳べなくなるなど、彼女のジュニア時代には想像もしていなかった。本田武史選手だってソルトレークオリンピックの直後は、自分では「トリノまでは全日本チャンピオンの座を誰にも譲る気はない」と自信を見せていた。それはそうだ。次のトリノで本田選手は24歳、十分に世界のトップ選手でいられる年齢だった。ところがその後度重なる怪我に見舞われ、しかも他に日本男子に有力選手がいなかった――高橋選手はまだ頭角をあらわしていなかった――ために、連盟の有力者にほとんど強制的に試合に出場させられた。その代償は、トリノの出場枠がかかった世界選手権で連盟も含めてみなが払う結果になった。本田選手の試合中の大怪我による途中棄権、高橋選手のフリーでの大崩れで、結局男子のオリンピック出場枠は1つしか取れなかったのだ。本田選手はその後、とうとう怪我を治すことができずに、痛み止めを服用しながら試合を続けたが、次の全日本を最後に引退した。本田選手は放物線を描く美しくダイナミックなジャンプとともに、孤独や哀しみを表現できる世界でも稀有なスケーターだった。彼の「アランフェス」は、高橋選手の「オペラ座」と並ぶ名プログラム。ストイコは、シニアにあがってきた本田選手を見て、「必ず世界の頂点に立つ選手」と絶賛していた。「こんなはずではなかったのに」――本田選手最後の全日本で、彼のファンは思ったはずだ。今回のこのタイミングでの高橋選手の大怪我は、前回のプレオリンピックシーズンの男子シングルの悪夢を思わせる。高橋選手、織田選手、小塚選手と素晴らしい才能がそろった日本男子は黄金期を迎える……ハズだったのに、次の世界選手権でオリンピック出場枠が2つだけしか取れなかった場合、この素晴らしいスケーターのうちの誰かが、ほぼ全盛期といっていい時期にオリンピックの舞台に立てないという悲劇に見舞われる。4回転を跳ばなければならない限り、男子スケーターの選手生命は想像以上に短い。終わりがあまりにも、あっという間に来てしまう。次のオリンピックが終わったら、4回転はもう危険技として規制してもいいのではないだろうか。
2008.11.18
衝撃的な結果といっていいだろう。エリック杯男子シングルの圧倒的優勝候補だったブライアン・ジュベール選手――2季前の世界チャンピオンであり、前季の世界選手権銀メダリスト――がまさかの4位に終わった。優勝したのはカナダのパトリック・チャン選手。2位には日本の小塚選手が入った(パチパチX2!)。最終的な得点は、チャン238.09点、小塚230.78点、3位の選手は飛ばして(失礼)、ジュベール221.13点。先日のエントリーに「ジュベールがよっぽどミスってくれないと、小塚に勝機はない」と書いたが、これは半分当たり、半分外れた。ジュベールが負けたのは、ショートでの連続ジャンプのヌケとフリーでの4回転のミス、それにフリー後半でのお粗末なジャンプ構成がなんといっても響いた。ショートでは4T+3Tを予定していた(であろう)ジュベール選手、なんとジャンプが完全にヌケてしまい、「1回転」のシングルジャンプになってしまった。これでジュベール選手が得た得点は0.1点(ププッ←笑ってみました)。本人は「14点を失った」と発言したが、それは「獲らぬ狸のナントカ」だとしても、チャン選手が3F+3Tで9.5点(フリップに「!」判定があり、基礎点そのままの得点となった)、小塚選手が3Lz+3Tで11.8点(基礎点10点に加点1.8点をもらった)という点数を稼ぎ出したのとは対照的な結果になってしまった。そして勝負のフリー。フリーでのジュベール選手は、4回転を1度とりあえず入れた。だがオーバーターンの着氷となり減点。今年から4回転の減点がさらに苛烈になったため、点数はたったの8.52点(基礎点は9.8点)にしかならなかった。また3ループで回転不足判定での転倒――これは2ループの転倒と見なされるので、最終的にはマイナス点となってしまった。さらにさらに、世界選手権でwrong edge判定された3フリップをすべて回避してしまい、なんと後半は単独ダブルアクセルと2A+2Tの連続ジャンプなんていう、お粗末なジャンプ構成に!! これではジャンプでの点は稼げない。だが、それ以外はステップも、去年まで「弱かった」スピンも技術的な向上を確かに見せていた。全体的に「悪くない」まとまりだったはずだ。だが、案外点数がのびず、147.38点。4回転を入れず、トリプルアクセルも2度目はうまくいかなかったチャン選手が156.70点。4回転を入れたもののまたもコケた小塚選手が153.78点。いったいこれはどうしたわけだろう?銀メダルを獲得したジュベール選手の昨シーズンの世界選手権のフリーと比べてみると、その理由がわかる。ジュベール選手のフリーのエレメンツの構成は基本的に世界選手権のフリーと同じといっていいのだが、1つだけ、非常に大きな違いがある。上にも書いたように、世界選手権で2度入れて。2度ともE判定(wrong edge判定)を受けた3フリップを、今回2回とも回避してしまったことだ。日ごろの強気なお口と違って、とっても弱気なご選択(苦笑)。エッジの矯正が思うようにいっていないということだろう。そう、エッジの矯正は「ちょっと直すだけ」に見えて、実は非常に難しいのだ。安藤選手は昨シーズン、フリップの矯正にともなってルッツも乱れて苦しんだ。今季のフリップはE判定こそないが、回転不足を取られている。踏み切りのときに力が入らないから回転不足になる。長い間のクセだった「最後にアウトにのって力を入れる」踏み切りができないことが影響しているのだ。ジャン選手もルッツで取られることがあり、フリップも調子を崩して今季はあまり成績が期待できない。浅田選手ですら、ショートでルッツが2回転になり、フリーでは3ルッツを回避した。フリーで3フリップを回避するとなると、ジュベール選手にはダブルアクセルしかなくなる。なので、もっとも男性的スケーターであるハズのジュベール選手の後半のジャンプが、2Aと2A+2T(オイオイ!)なんていうオンナノコみたいなものになってしまったのだ。ところが! ジャンプのグレードはずいぶん下がったにもかかわらず、「技術点だけ」を見ると、昨シーズンの世界選手権より今回の点数のが出ている。その理由は簡単、ステップとスピンの評価が上がったのだ。だがそのかわり、プログラムコンポーネンツの点が抑えられてしまった。 2008世界選手権 2008フランス杯技術点 74.11点 74.78点プログラムコンポーネンツ 79.36点 73.60点ステップとスピンを強化し、その結果ジャンプのグレードを落としながらも技術点を上げてきたのだから、芸術的な印象は上がったと結論づけていいハズなのだ。なのに、6点近くもプログラムコンポーネンツの点を下げられてしまった。この低い点は、やはり「前回の世界選手権で、採点方法を公然と批判したジュベールへのジャッジからの仕返し」に見える。こういうことはフィギュアではよく起こる。もちろんおもてだってそんなことを言うジャッジはいない。「音楽との調和がもうひとつだった」「振り付けがよくなかった」「全体的に迫力がなかった」などなど、結局は主観なので、何とでも言えるのだ。ともあれ、ジュベール選手には厳しい滑り出しになった。ステップやスピンに注力すると、これまでできていたはずのジャンプに失敗が目立つようになる。これはジャンパーが陥りがちな悪循環だ。スピンやステップはジャンプに比べるとそれほど点数は稼げない。やはり勝負を決めるのはジャンプの出来なのだ。今回はジャンプにミスがありながらも、技術点では世界選手権を凌いだ。ということは、ジャンプにミスがなければ、ぐっと点数がのびるということだ。そう書けば簡単なようだが、実はこれがなかなか難しい。無敵だった2季前のジュベール選手は、初戦から4回転をバシバシ決めていた。今季にその勢いはない。今後は3フリップを矯正し、4回転ジャンプの調子を取り戻せるかがジュベール選手復活の鍵になる。もちろん、フリップを入れるかわりに別の4回転を入れるか、あるいは4回転の連続ジャンプを入れるという選択もある。だが、それはどうだか… 世界選手権でもフリーで4回転を3回入れると豪語して、結局1回しかやらなかった有言不実行のジュベール君なのだ。ジャンパーとしては明らかに衰えが見えてきたジュベール選手とは対照的に、伸び盛りなのがチャン選手と小塚選手。チャン選手はフリーでは3Fに「!判定」もなく、3F+3Tで11.1点、単独の3Aだけで10.2点もの点を稼ぎ出した。チャン選手の3Aは幅もあり、高さのバランスもかなりよく、決まれば高い評価が得られるのだが、いかんせんムラが多い。今回のフリーも最初の3Aは素晴らしかったが、2度目はダメだった。逆に小塚選手は前大会で失敗した、後半の2度目の3Aもきれいに決めて、これだけで10.42点もの高い点を得ている。「小塚選手は4回転を入れないほうが、おそらく点が出る」と書いたが、そのとおりになった。4Tは転倒。ダウングレード判定で得点は1点となり、転倒による最後の-1を考えると、このジャンプは0点。4回転を入れずに、しかもちょっとしたジャンプのミスはありつつも、ほかの評価で点をのばしたチャン選手に今回の勝負の軍配は上がった。だが、小塚選手は、「4回転以外のジャンプはすべて決めた」ので、これは拍手喝さいしていいだろうと思う。しかも彼の場合、その他のエレメンツでも減点がほとんどないのだ。4回転を入れる構成で、ここまで全体をまとめてくる力は瞠目すべきものがある。技術点だけなら、4回転の失敗でこのジャンプ点がゼロになりながらもチャン以上の点を出している。間違いなく昨シーズンに比べて「急成長した」選手だといえる。正直、ここまで全体をまとめる実力がついているとは思っていなかった。小塚クン、ゴメンなさい。ショートでは、得意のFSSp(フライングシットスピン)での転倒が痛かった。前大会のエントリーで「世界一美しい」と褒めちぎったので、力入りましたか? 小塚クン(苦笑)。得意技は普段以上に見せようとせず、9割程度の力でやるくらいに慎重にこなすのが、本番で失敗しないコツ。フリーではそのセオリーどおり、振り上げる脚の上がりようはいつもより多少控えめだったが、きれいに入って無難にこなした。両者がフリーを滑り終わったときは、小塚選手のほうがよかったと思ったのだが、プログラムコンポーネンツでチャンが点をのばし、合計得点では小塚選手を上回った。2人の得点を見ると、ショートチャン 技術点44.24点、プログラムコンポーネンツ 37.15点小塚 技術点42.70点、プログラムコンポーネンツ 35.30点(ここから転倒-1)フリーチャン 技術点79.80点、プログラムコンポーネンツ 76.90点小塚 技術点82.68点、プログラムコンポーネンツ 72.10点(ここから転倒-1)チャン選手はショートのジャンプはきれいにまとめても、フリーのジャンプ構成が若干薄く、しかも失敗が多い。4回転がないのに、3Aも複数回きれいに決められないのは大きな欠点だ。だが、そのかわり、小塚選手にはない華麗な腕の表現がある。伸びのあるスケーティングとともに、前後に広く動く肩の可動域を生かした上半身の表現力が、独特の雰囲気をチャン選手に与えている。東洋的な繊細さと西洋的な華やかさを兼ね備えた選手で、端整でありながら、ほのかな色気と媚態も醸し出す。艶っぽい選手は、それが行き過ぎると清潔感がなくなり、好む人と好まない人の差が大きくなるし、クリーンなスケーティングでまとめる選手は、ともすれば優等生的で面白みに欠け、観客から飽きられる。日本で言えば、高橋選手は前者のタイプで、小塚選手は後者のタイプだ。チャン選手はどちらにも傾かない不思議なバランスをもっている。こうした個性は稀有で貴重だ。しかも、まだ17歳と小塚選手より2歳も若い。欠点はフリーでジャンプをまとめきれないことだが、それは年齢とともに克服できるはず。現行の採点方法では、下手に4回転に挑戦して点の取りこぼしをすることのない、こうした選手がやはり強い。ただし、今のところはトップの4回転ジャンパーのミスに助けられて勝っているというのもまた事実。
2008.11.17
フランス大会の女子フリーが終わった。浅田真央選手は、得点は最低だったが、プログラムの内容自体は予想以上に素晴らしかった。ショートの『月の光』の静謐で透明感にあふれた世界、『仮面舞踏会』の悲劇的で重厚な世界。まったく違った世界を見事に表現して、フィギュアスケートの醍醐味を十分に味わわせてくれた。『仮面舞踏会』の最後のステップには度肝を抜かれた。あれほどバリエーションに富んだ回転動作を見せながら、深いエッジを遣い、情感あふれる華麗なステップを踏める選手は、これまで女子選手では見たことがない。ステップは得点の面ではそれほど他の選手と差が出ないのだが、プログラムコンポーネンツの出方に影響してくる。フリーのジャンプがあれほど悪いにもかかわらず、プログラムコンポーネンツで58.88点もの点が出たのは、最後のステップの迫力がアピールした面も大きい。エレメンツの点数稼ぎに注力した、同じような構成のプログラムばかりになってしまった昨今のフィギュアスケート。何の新鮮味もなく、ただ決められた技を正確にこなすことで点の出る採点システム――伊藤みどりはそれを「規定への回帰」と表現したが、それはすなわち、見ているほうにとっては退屈な競技になることを意味する。そんななか、今シーズンの女子シングルで初めて、「フィギュアスケートの根源的な魅力を思い出させてくれる作品」に出会った。先日、ジャンプ以外の課題としてあげた事柄は、予想以上の出来ですべてクリアした。スパイラルでのレベルの取りこぼしまったくなし。ショート、フリーともにレベル4。加点もついて文句なしの得点。浅田選手の柔軟性、すらりと長い脚の美しさを十分に見せるスパイラルだった。スピンのレベル取りフリーではズラリとレベル4を並べた。去年は活用することの少なかったディフィカルトポジションでのレベル取りに成功した。キム選手のスピンと似てしまったが、結局レベル取りをしようとするとみな同じような構成になってしまうのだ。とはいっても、浅田選手も言うとおり、「ジャンプが決まらないと始まらない」。あまりに難しいプログラムを作ってしまうと試合に勝てないのは、ランビエール選手が昨シーズン証明してしまった。キム選手が抜群の強さを発揮するのは、ジャンプ構成をまったくといっていいほど変えずに、確実性を高めてきたことだ。連続ジャンプは3F+3Tと2A+3T、それに3Lz+2Tが核であって、これは決してブレない。対して浅田選手の今シーズンのフリーのジャンプ構成はこれまでとまったく違うものにした。この不確実な構成が今回は完全に裏目に出た。克服すべき課題として挙げた点はどうだっただろう。結果から言うとまったくダメ。逆に新たな課題を抱え込んでしまった。(1)トリプルルッツのエッジ矯正は、本当にできたのか結果から言うと「できていない」と見なされたということだ。ショートで2ルッツになってしまったジャンプが「!判定」。GOEでジャッジ全員から-3をつけられて(なぜ? それはここでは3回転でなくてはならないから)、2.5点にしかならなかった。フリーでは3ルッツを跳ばなかった。ショートでの2ルッツでの「!判定」がショックだったのかもしれない。タラソワが「10回のうち7回は完璧なルッツが跳べるようになった」と以前言っているのを聞いたが、本番では3回のほうが出てしまう、それがフィギュアだ。フリーで入れてこなかったということは、やはり自信がないのだろう。(2)セカンドに跳ぶ3回転を回転不足なしに降りてこられるか昨シーズンまでは、回転不足気味ながら、半々ぐらいの確率でなんとか入っていたセカンドジャンプの3回転。これもショートでは1回転になり(これは最低2回転でなくてはならないので、またもGOEで-3)、フリーではとうとうセカンドジャンプに3回転が一度も入らなかった。昨シーズンまあまあだったセカンドに跳ぶ3トゥループもなくなった。これが「希望の星」だったのに…… フリーでは単独の3トゥループですら、GOEで減点しているジャッジがいた(-2点が2人)。加点をしてるジャッジもいて(+1点が3人)、運良くそっちの数のが多く、ランダム抽出でも加点のほうが拾われたようで、最終的には基礎点を少し上回る得点になっているが、単独の3Tですら、GOEで減点される口実があるということだ。どうしてあれが減点ジャンプなのか、正直、解せない。だが、GOEが主観的で信用ならないのは、すでに何度も書いている。(3)トリプルアクセルを決められるかこれもお約束のツーフット。肉眼ではよくわからなかったがスロー再生で見たら、見事なツーフットだった。回転不足判定こそないが、GOEで減点され、基礎点8.2点から引かれて6.52点。成功した3ルッツ程度の得点しか稼げなかった。トリプルアクセルはこれが怖い。確かに今年から基礎点も上がったが、同時に加点に比べて減点の度合いが大きくなったのだ。(詳しくはウィキペディアの「フィギュアの採点方法」を参照)。浅田選手は今回、ショートでイーグルからダブルアクセルを跳んで見事に決めた。イーグルから跳ぶということは、助走がほとんどないので難しい。しかもランディングしてから片足のままグイグイ滑っていく。この難しいインからアウトまでの流れを完璧にこなしたことで、基礎点3.5点に加点がついて5.5点。フリーのトリプルアクセルと1.02点しか違わない(苦笑)。浅田選手のショートのダブルアクセルが非常に高度なものであることは間違いないにしても、ダブルはダブル。トリプルアクセルの難度とは比較にならない。それなのに、これっぽちの点差なのだ。いかに今のジャンプ評価がトンチンカンかわかろうというもの。もっといえば、浅田選手をなんとか落としたいジャッジが2人いるようで、この2Aの加点、ほとんどのジャッジがプラス2にしているのに、プラス1しかくれないケチなジャッジが2人。3トゥループでも、わざわざ減点したジャッジは2人だった。こうした、「減点してやろうと手薬煉ひいてるジャッジ」に、つけ入るスキを与えないジャンプを跳んで降りないと、なかなか素直にプラス点は出てこないのが、現行のルールなのだ。だが、トリプルアクセルだけに限っていえば、去年よりは確率がよくなりそうな気はする。課題として挙げた点すべてで失敗したうえに、昨シーズンまで何の問題もなかった大得意の3ループまで2ループになってしまった。足首に何か問題があるのではないかと思わせるような踏切時の力のなさ。さらにさらに苦手な3サルコウを入れて入らず、1サルコウで転倒するというオマケつき。この1SはGOEで-3がついて、得点は0.14、そこから最後に-1が引かれるので、-0.86点になってしまった。3サルコウは練習ではきれいに決めていたのに、やはり苦手意識があるものはプログラムの流れの中ではなかなか決められないのかもしれない。ジャンプだけで見ると、これまでに見た浅田選手のどんな失敗試合も軽く見えてしまうほどの超新星爆発級の自爆。天才はやることが派手だ(苦笑)。これまではショートで失敗しても、フリーでは何とか立て直してきたが、今回はショート、フリーともダメだった。「こういうシーズンの始まりは真央の伝統」とタラソワ・コーチは虚勢――明らかに――を張っているが、内心は思った以上に悪い出来でショックだったはずだ。もちろん浅田選手本人も。ここまですべてが悪くなると、もはや一朝一夕にはどうにもならない。次のNHK杯でジャンプをどのくらい立て直せるか、待つことにしよう。<明日は男子シングルの総括です>
2008.11.16
いよいよ始まるグランプリ・シリーズ、フランス大会(エリック・ボンパール杯)。日本期待の浅田真央選手がグランプリ・シリーズ初参戦となる。しかし、浅田選手のグランプリ・ファイナルまでのスケジュールは過酷。ほぼ2週間に1度、3回の試合をすることになる。昨今のフィギュアの異常ともいえる人気を背景に、ショーも増えている。いくら身体的に強靭な浅田選手でも、いつかオーバーワークからくる怪我に泣かないかと、ヒヤヒヤする。さて、浅田選手はすでに「トリプルアクセルは1度しからやらない」と明言しているので、その話はなしにして、今年の浅田選手の課題を書いてみよう。実は、ほとんど課題がない――苦手のトリプルループは「回避策」だし――といっていいキム・ヨナ選手とは対照的に、浅田選手は細かな部分で不安がいっぱいなのだ。(1)トリプルルッツのエッジ矯正は、本当にできたのか。昨シーズン、浅田選手はルッツを跳ぶたびにことごとく減点され、得点が伸びずに苦しんだ。「エッジ矯正はできた」と言っているが、果たしてジャッジに認められるくらいキチンとアウトにのって踏み切ることができるか、今季の浅田選手の最大の注目点だといえる。(2)セカンドに跳ぶ3回転を回転不足なしに降りてこられるか安藤選手同様、セカンドにトリプルループを跳ぶことのできる数少ない女子選手でありながら、その武器がときに足を引っ張っている。昨シーズンからの判定厳密化によって、回転不足判定を受けると、苛烈に減点されてしまう。安藤選手と違ってセカンドにトリプルトゥループを跳ぶことができるのが浅田選手の強みなのだが、このトリプルトゥループも微妙に回転不足気味に見えることが多い。どうも判定はループよりもトゥループに甘い。トゥループが去年より向上しているなら、セカンドはループよりトゥループをもってきたほうが「安全」かもしれない。(3)トリプルアクセルを決められるかトリプルアクセルは基礎点が引きあげられたが、その分減点幅も大きくなった(詳しくはウィキペディアの「フィギュアの採点方法」を参照)。この「減点」が曲者なのだ。すでに書いたように減点・加点するGOE評価は、手心点になりさがっている。完璧な着氷をすれば減点はできないが、浅田選手の場合、本当にちょっとしたランディングのキズが多い。若干ツーフットになったり、着氷時にグラリとしたり。こうした、肉眼ではほとんど気づかないようなミスまで鵜の目鷹の目で「減点してやろう」と待ち構えているジャッジがいると思ったほうがいい。誰にも文句を言わせない着氷ができるか――浅田選手のトリプルアクセルが武器になるか、足を引っ張るかは、その一発勝負の出来にかかっている。ジャンプに関しては以上で、この3点が大きな浅田選手の課題だ。この3つをクリアできれば、彼女に勝てる選手は世界中捜しても誰もいない。だが、この3つを常に完璧にクリアしつづけるなど、ほとんど人間業ではない。考えてみてほしい。セカンドジャンプに3ループを跳べる選手は世界中に数えるほどしかいない。3アクセルに関しては彼女しかいないのだ。それほど高度なことをやっても、「ちょっとキズがあったらジャンジャン減点します。回転足りてなかったら2回転ジャンプの失敗と見なしますから」というのが今のルール。道理の引っ込む無理を通したのだ。だから、浅田選手はジャンプ技術では世界一のものをもちながら、確実性の高いキム選手になかなか勝てないのだ。こうした採点にしたのは、大技への挑戦を抑制して選手の怪我を防ぐという名目もあるが、裏では明らかに、ジャンプの得意なアジア系の女子選手にヨーロッパ系の選手が対抗できるようにという配慮だ。だが、甘やかされたヨーロッパ系の女子選手はますます弱くなり、3+3に挑戦しようという選手すらほとんどいなくなった。逆に不利な状況に立たされたアジア系の選手のほうが頑張っている。浅田選手の課題は、細かいことを言えばまだある。(4)スパイラルでのレベルの取りこぼしこれは浅田選手の責任というより、振付の段階で考えるべきことだった。あまりに密度の濃いプラグラムを作ったために、脚上げの時間が足りずに、昨シーズンは、何度かレベル1に落とされた。こういうアホくさい取りこぼしはいけない。(5)スピンのレベル取りスピンのポジションは多彩で、シーズン中にもどんどん構成を変えるなど器用なのだが、キム選手ほど「レベル4」を並べられないでいたのが昨シーズン。スピンの差などわずかといえばわずかだが、キム選手と当たる場合は、そのわずかの差が命取りになることもある。昨シーズンはステップに力を入れてこれは大成功した。プロトコルの技術点での数字の差はわずかだったが見た目のインパクトが違い、これが5コンポーネンツの点の出方に影響した。世界選手権では、最後に強い脚力を生かした動的で華麗なステップを踏んだことで、怪我上がりのキム選手との体力差と細かなステップの技術力の違いがまざまざと印象づけられ、結果5コンポーネンツで高い評価を得たのだ。今年はスピンのレベルでどれだけキム選手に追いつけるかに注目。フランス大会では、キム選手には当たらないが、ライバルといえるのはカナダのロシェット選手。前大会での188.89点は驚異的ともいえる点数。今年は去年よりさらに身体をしぼって筋肉をつけてきた。ロシェット選手のパワフルで確実な演技は、今年の台風の目になるかもしれない。男子はなんといっても、先々シーズンの世界王者であり先シーズンの世界選手権銀メダリスト、フランスのブランアン・ジュベール選手。体調不良と怪我で出遅れた先シーズンも、最後の世界選手権できっちり結果を出した。本人としては優勝したバトル選手が4回転を回避して勝ったことに不満があったようだが、試合とはそうしたものだ。ヨーロッパ選手権で3位と出遅れながら、一番重要な試合でキチンと銀メダルを獲ったことは、彼の精神力の強さを証明している。ジュベール選手の魅力は、なんといっても男性的なたくましさ。ヨーロッパは今年、成熟した男性の色気と端整さを備えたアーティスティックな男子スケーターを失った。ランビエール選手なき今、そしてどちらかというと線の細い選手が多い中、ジュベール選手の完成された男性美と迫力のあるスケーティングは大きな武器になる。金メダル→銀メダルときて、今年浮くか沈むかで、ジュベール選手のオリンピックの展望も変わってくる。すでにベテランの域に達した彼にとっては非常に大事なシーズンだ。ジュベール選手もバリバリの4回転ジャンパーなので怪我がつきもの。怪我なくシーズンを乗り切れれば、日本のエース高橋選手にとっても非常に怖い存在になる。今年のジュベール選手の振付はタラソワ・チームの一員だったエフゲニー・プラトフ。アイスダンス界では、グリシュクと組んでずいぶん長く無敵のチャンピオンとして君臨した人で、選手としては同じくタラソワ・チーム出身のニコライ・モロゾフより遥かに、圧倒的に、比較にならないほど格上だったのだ。そのプラトフとヨリを戻した(苦笑)ジュベールの新たなプログラムもとても楽しみ。プラトフとしても、ここでジュベールのプログラムが評価されれば、振付師としての自身の評価も高まるだろう。タラソワ・チームに爆弾を投げつけて去り、その後あれよあれよという間に、振付師としてだけではなく、コーチとしても世界的名声を確立してしまったモロゾフに、そうそう負けていられないハズ。一方ジュベール選手の課題は、フリップでのエッジ矯正。ジュベール選手には世界選手権のフリーで2度ともフリップにwrong edge判定があった。スピンも弱いのだが、ジュベール選手の場合は、なんといってもジャンプで勝負なので、4回転さえ決まればスピンの点などあまり気にする必要はないだろう。小塚選手には、残念ながらジュベール選手に太刀打ちできる実力は今のところない。ジュベール選手がよっぽどミスってくれなければ勝機はない。5コンポーネンツの点を見れば明らかで、フリーでは小塚選手は70点代の前半、ジュベール選手は後半を出す。出来次第では80点台にのせるかもしれない。この点差は如何ともしがたい。経験と実績を積んでいくしかない。小塚選手はフリーで3Aを2度きちんと決めることが課題だ。前回の試合ではそれができず、大きく点を落とした。4回転に挑戦せずに、プログラムのジャンプすべてを決めることを目標にしたほうが作戦としてはいいはず。日本のマスコミも、「明日は4回転は?」のアホな質問をやめてほしい。大技への無理な挑戦が日本選手を負けさせている。世界王者のバトル選手を、その直前のカナダ選手権で破ったパトリック・チャン選手にも注目。彼は4回転はないが、バトル選手と同じく確実で正確な演技で点をのばしてくる。前大会の得点では小塚選手が勝っているが、今回はどうなるか。小塚選手にとっては、まずは当面のライバルはチャンだろう。
2008.11.14
今年からますます厳しくなった回転不足によるダウングレード判定。解説者は、よく3回転ジャンプのあとに、「回転不足判定になると、ダウングレードされ、2回転ジャンプの失敗だと見なされてしまいますので」と説明している。これがどんなに理屈に合わず、かつジャンプの点数をゆがめているか、同選手での絶好の例があるのでご説明しよう。キム・ヨナ選手のショートプログラムでのトリプルルッツ。2008年世界選手権でキム選手はトリプルルッツでコケた。You TUBEでの動画は以下。http://jp.youtube.com/watch?v=I2JWBL5WWCU&NR=1連続ジャンプのあとに、転倒しているのがトリプルルッツだ。このとき、キム選手は回転不足で降りてきたと見なされなかったので、基礎点はダウングレードされなかった。3回転ジャンプの失敗と認められたわけだ。確かに、着氷時のエッジを見ると、きちんと回りきって降りてきているようにみえる。だから判定自体は別に問題ではない。問題は点数だ。このときのトリプルルッツの点数は3Lz (基礎点6点)(GOEは全ジャッジが-3)(差し引き後の得点3点)。ここから最後に「転倒による-1」が引かれる。よくアナウンサーは「転倒がありましたので、-1の減点があります」と言っているが、あれはあくまで最後に引かれる点数のことであって、その前にGOEで3点引かれているのだ。この3点は3回転ジャンプと認められればそのまま反映され、2回転ジャンプにダウングレードされれば、規定にそって何割掛けかに調整される。あまり関係のないことまで書くとわかりにくくなるが、要はキム選手の2008年の世界選手権でのショートプログラムでの転倒ルッツは、最終的に2点になったということだ。さて、では先日の中国大会のショートプログラムでは、どうなっただろう?例によってキム選手のトリプルルッツは連続ジャンプのあと。You TUBEでの動画はISUからの抗議で消されてしまったので、以下の動画サイトで。http://figure.videopalace.net/2008/11/07/kim-yu-na-7.html着氷してから「グルッ」と弧を描くように回ってしまっているカンジになっているのがわかりますか? これが「回転不足のルッツジャンプ」の典型的な着氷。ただし、一応降りたあとはきちんと流れて、両手を挙げるポーズまで入れて、それほど悪いジャンプには見えないはずだ。では、得点は?ここで「回転不足判定によるダウングレード」がからんでくる。(<)はダウングレードされて基礎点が3回転のものから2回転のものになったことを意味する。3Lz (<)(基礎点1.9点)(GOEは-2が3人、-1が5人、0が1人)(差し引き後の得点1.48点)。転倒ジャンプであるにもかかわらず、2点を得たのが昨シーズンの世界選手権ショート。見た目そこそこきれいに決めた回転が足りないと判断されたために、1.48点にしかならなかったのが、中国大会のショート。つまり、転倒したジャンプのほうが、素人目には「ふつうに降りたように見える」であろう回転不足ジャンプより点数が高いのだ!こんな採点なのに、「ジャンプの質まで(GOEで)評価されますからね~」などと、よくまあ言えたものだと思う。確かに評価はされている。だがそれは、「トンチンカンな評価」なのだ。先日のエントリーでも示したように、安藤選手の中国大会でのフリップはショートよりフリーのほうが断然よかった。伊藤みどりもそう明言した(してしまったというべきか)。誰も目にも明らかに出来がよかったにもかかわらず、フリーのフリップも回転不足判定にされてしまったので、ショートと同じ点数にしかならなかったのだ。これで「正しく質が評価されている」と強弁する人がいるなら、お目にかかりたいものだ。諸悪の根源はこの「回転不足によるダウングレード」だ。ルッツの場合、トリプルだと基礎点が6点、ダブルだと1.9点。こんなに極端に違ってきてしまう。回転不足でダウングレードは、理論的にそもそもおかしい。回転が不足しているとは言っても3回転の場合は、2回転以上回っている。それをムリヤリ「2回転ジャンプの失敗」だと見なすことにしたのだ。3回転の回転不足は2回転ジャンプにオーバーターンがついたものだから、2回転の失敗、などという寝言にもならない屁理屈をつけて。まさに「無理が通れば道理がひっこむ」世界だ。このムリヤリなルールのために、判定にやたらと時間がかかり、点数が出るまでひどく待たされることがある。判定そのものも案外試合によってバラバラだ。キム選手はアメリカ大会でのショートの連続ジャンプのセカンドジャンプは、回転不足気味で降りてきた。You tubeでの動画はこちら(wrong edge判定も回転不足判定もなし)。http://jp.youtube.com/watch?v=3EkHmj8KAmc&feature=relatedこれをアップした人は、アメリカ大会では取られなかったフリップのwrong edgeを疑っているようだが、この角度では確かにややアウトに入ってしまったようにも見える。ただテレビで正面から撮ったものを見た印象では、Mizumizuの目にはインからフラットに戻り、アウトに入る直前に踏み切ったように見えた。それよりも、セカンドジャンプの回転不足が気になる。回転不足には(一応の)基準があって、ちょっとだけならOKになるから、キム選手のセカンドジャンプはセーフだと判定されたのだろう。ただ、どの方向から撮るかによっても違って見えるくらい、わかりにくい問題だというのは確かだ。このときは、wrong edgeも回転不足もどちらも判定されず、GOEで加点までされて、大きな点を稼いだ。このように判定に信頼がおけないから、You TUBEで次々に動画がアップされる。ISUは著作権違反でさかんにテレビで警告を流しているが、それならば、みずからアーカイブを作るなりして、動画を公開したらどうか。「やってることがおかしい」と素人が気づいたからこうなったのだ。判定が難しい以上、それに大きな点数を委ねるのは適当ではない。だが、現状では、「回転不足判定」されると、苛烈に減点され、転倒ジャンプ以上の低得点になることすらあるのだ。これがおかしいと思わない人は、マトモではない。最初から転倒ジャンプは0点にすればいいのだ。それを回転不足判定、GOEでの-3、そのあとでの-1――目くらましのような複雑な手続きを入れるからこんなおかしなことになる。複雑にわかりにくくしたルールだが、諸悪の根源はハッキリしている。1 回転不足判定によるダウングレード判定。理屈にも合わず、判定は人によってバラバラ。そのくせ減点される点数は非常に大きい。問題はまだある。「解説者がライブでジャンプの評価ができなくなる」ということだ。安藤選手について、アナウンサーが「ジャンプ以外のところで点がのびませんでした」と言っていたが、確かにキム選手に対してジャンプ以外の要素でも負けているのは確か。だが、本当は、ジャンプ以外のところで点が伸びなかったのではなく、ジャンプで点が取れなかったのだ。伊藤みどりは「今はもう、ジャッジがどう判断するかですよね~」と言っていたが、まさにそのとおり。もちろん、きちんと回って降りてくれば問題ないのだが、女子の場合は回転不足気味になる選手が多い。難しいジャンプを跳べばなおさらだ。回転不足は肉眼ではわからないことも多い。だから、解説でうっかり「決まりました」「これはよかったですね」と言ってしまうのだ。実際にプロの目で見ていいジャンプに見えるものが、実は転倒ジャンプより低い点数しかもらえていない、なんとことが実際に横行してるのだ。回転不足を判定するなというのではない。回転不足は不完全なジャンプであり、減点はすべきだ。だが、ダウングレードしてそこからまた減点するのは、いくらなんでもやりすぎた。転倒ジャンプより回転不足ジャンプのが点が低くなることがあるなど、いったいぜんたいどこの誰が想像するだろう?2 3回転ジャンプに対するGOEGOEは「エレメンツの質を評価する」というお題目で導入された、-3から+3までの加点と減点。導入の目的自体は正しい。だが、3回転ジャンプのみに、ランダム抽出したあとの平均点がそのまま反映されるため、自由裁量の部分を最大限利用して、贔屓の選手にわざと有利な点数をつけるジャッジの厚顔ぶりが横行している。自国の選手に高い点をつけ、ライバル選手に低い点をつけるというのは旧採点システムでも行われていた。だが、誰が高い点をつけ、誰が低い点をつけたのか、すべてあからさまになるために、極端なことはできなかった。ところが新採点システムでは、よほど入念にチェックしないとわからない。たとえば回転不足やwrong edge判定がされたにもかかわらず、GOEで厚顔にも減点しないジャッジがいる。キム選手はアメリカ大会のショートでダブルアクセルでお手つきしたが、これも減点しないジャッジがいた。「質」を評価する、といいながら、事実上勝たせたい選手に、できるかぎり加点を与え、負けさせたい選手にことさら加点しない(あるいはちょっとしたことで厳しく減点する)といった「カラスの勝手でしょ」点数になりさがっているのだ。GOEをなくせといっているのではない。もともとフィギュアの審判にはこうした傾向はつきものだ。だから、ジャッジの自由裁量の部分をできるだけ少なくすることが肝要なのだ。不正ジャッジ問題で、客観的な「基礎点」というルールを設けながら、GOEという抜け道を作り、不透明な点数を出すことを助長しているのだ。GOE自体は否定しないが、3回転ジャンプに対するGOEはそのまま反映させるのではなく、他のエレメンツと同様、何割掛けかに抑えるべきだ。それだけで、極端な点数の差が出て、観客がアゼン、ボーゼンとするのを防ぐことができるし、不正なジャッジをする人間がいても、その影響を小さなものにできる。Wrong edge判定(E判定)が出たらGOEは-1から-3、Wrong edge short判定(!判定)が出たらGOEはジャッジの自由裁量、などという曖昧なルールもあらためるべきだ。あとからあとから継ぎ足すからこういうことになる。E判定は-2、!判定は-1。ただし、GOEは3回転ジャンプに対するものも、何割掛けかに抑える。これで十分ではないか。キム選手のアメリカ大会のフリーのように、!判定が出たのに減点なしでは、公平性が疑われても仕方がない。まるで、みずから判定はアテにならないと言っているようなものだ。判定を「厳密にした」と言いながら、実はさらに不透明にしているのが今年の採点だ。キレる選手が出てくるのも不思議ではない。
2008.11.10
強力な優勝候補だった高橋大輔選手が怪我で欠場した、グランプリ・シリーズ中国大会。男子シングルの圧倒的優勝候補だと思われていた欧州王者トマシュ・ベルネル選手がまさかの3位に終わった。ショートプログラムの最初の連続ジャンプ、4T+3Tの最強コンビで行くはずが、3回転にもならず、なんと2T。解説の佐野稔が「わ~!」と絶叫。おまけに最後にコンビネーションをつけたところ、セカンドジャンプが2Tになってしまい、これで規定違反で最後のコンビネーションジャンプはゼロカウント。まさに絶叫したくなるような悪夢のショートプログラムだった。そしてフリー、前半は快調だった。4Tをきれいに決め、3Lz‐3Tもすばらしかった。続く3Aでは乱れたが、3Sは難なくこなした。ところが後半、決めればボーナスポイントのつくジャンプでボロボロ乱れ始めた。アクセルもルッツもダブル、おまけにフリップでは転倒。もともとムラのある選手ではあるが、昨シーズンの世界選手権から明らかに調子を崩している。欠場するほどではなくても、なにか身体的なアクシデントをかかえているのかもしれない。彼も4回転ジャンパーだから、致命的な怪我にみまわれるリスクはつねに抱えているといっていい。さて、プロトコルを見て驚いた点を。キム選手同様、去年までとられていなかったフリップでベルネル選手にwrong edge判定がされたのだ。ベルネル選手自身はその可能性があることを事前に察知していたのか、去年よりフリップの回数が減っている。欧州選手権で優勝したときは3フリップからの3回転トゥループと3ルッツからの2回転トゥループ、後半にはフリップを単独で入れて点数をのばした。芸術性でまさるランビエール選手に対し、ジャンプの点の高さだけで勝ったのだ。もともとジャンプで点数を稼ぐ選手なので、4回転の確率が悪くなり、かついままで武器だった3フリップがwrong edge判定されるとなると、ベルネル選手は強みがなくなってくる。優勝した欧州選手権でベルネル選手がフリーで出した点数は、153.64。今回はたったの139.93。ステップではレベル3に加点をもらって点を出していたが、ステップの点などわずかなものだ。逆に優勝したのは、ほとんど誰も注目していなかったアボット選手。4回転はないが、得意の3A-3Tをフリーでは後半に入れて、なんと14点強という点数を稼ぎ出した。スピンとステップでもレベルと加点を無難に稼ぎ、ダブルアクセルの失敗こそあったものの、点数は159.39。4回転を入れなくてもここまで点数が出るのだ。逆にベルネル選手は4回転を入れたために、後半明らかに体力的にバテてしまった。もちろんベルネル選手はこれから調子をあげてくるだろう。だが、男子でも一発勝負の大技より、すべての要素で確実に点を取った選手が勝つという傾向はいっそうはっきりした。伊藤みどりは今年のこの採点の方向性について「規定演技への回帰」と表現した。規定演技といわれても、伊藤選手が現役時代の途中で廃止されたものだから、若いファンには何のことかわからないだろうけれど、規定とは氷上に図形を描いてその正確さを競う演技で、見ているほうにはあまりに退屈だった。これが廃止されて有力選手の勢力図がずいぶん変わり、規定を得意としていたアメリカのエルドリッジ選手は一時低迷する。だが、その後彼の正確でクリーンなスケート技術は再び評価されて、最終的には世界チャンピオンにまでなった。今年はその規定演技のころのような、「要素の正確さ」を見る傾向が強まったということだ。こういう採点システムでは、小塚選手のようなスピン、ステップにキズがなく、スケーティングが正確な選手には有利だ。次回は4回転をやらずに、他のジャンプをすべてきれいに決める戦略で行ったほうが、おそらく点数は出るだろう。有力選手が4回転ジャンプで苦しんでいる今は小塚選手にとって絶好のチャンス。高橋選手は無理しないことだ。昨年のジュベールも前半は怪我でグランプリシリーズを棒にふったが、世界選手権までに調整して銀メダルを獲得した。グランプリファイナルはグレードの低い大会。やはり、勝負は――今回はオリンピックの出場枠もかかる――世界選手権なのだ。
2008.11.09
中国大会の女子フリーが終わった。総合得点は、キム選手191.75(アメリカ大会193.45)、安藤選手170.88(アメリカ大会168.42)。では2人が今回問題をかかえていたジャンプのプロトコルでの評価を見てみよう。(E)はwrong edge判定、(<)は回転不足による基礎点のダウングレード、(!)はwrong edge(short)判定、GOEはランダム抽出なので、これがすべてではない。キム選手ショート 3F+3T(E) (基礎点 9.5) (GOE -1が7人、+1が1人、0が1人) (得点8.7)このGOEには問題がある(後述)。3Lz(<)(基礎点1.9) (GOE -2が3人、-1が5人、0が1人) (得点1.48)見た目はそれほど悪いジャンプではなかった。ただ、着氷時の回転不足判定が痛かった。ダウングレードされたので、GOEは他の選手と同じレベルの減点。フリー3F+3T(!) (基礎点 9.5) (GOE -1が1人、0が2人、+1が3人、+2が2人) (得点9.9)肉眼ではエッジがどうだったか確認できなかった――一応52インチの液晶画面で見ている――のだが、(!)判定で+2の加点とは解せない。(!)判定の減点をどうするのか、明確な指針がないのだろう。そう思って、Judging Systemで確認したところ、案の定「(!)判定でのGOEは各ジャッジの自由裁量にまかせる」とあった。3Lz(基礎点6) (GOE -2が5人、-1が4人) (得点4.4)これは失敗したが、後半に連続ジャンプにして成功させているので、キム陣営としては「想定の範囲内」だろうと思う。3F+3T、2A+3T、3Lz+2Tの難しい連続ジャンプをすべて成功させている。これがキム選手の強さだ。苦手なトリプルループははずして2Aにしたというのも、「冒険はせずに、できる技を的確に決める」という戦略にのっとったリーズナブルな選択で成功している。だが2Aが3回も入るという構成になった(2Aの上限はフリーで3回)。しかし、最後のステップアウト寸前のダブルアクセルにまで加点1をつけている、信じられないジャッジが2人もいた。GOEは本当に不透明だ。E判定でのプラスとゼロ判定も2人、!判定でのプラス2判定も2人。安藤選手ショート3F+3Lo(基礎点 11) (GOE +2が3人、+1が3人、0が3人) (得点11.8)素晴らしいジャンプだったが、加点をしてないジャッジが3人もいる。あれ以上どう跳べば加点になるというのか。ループに対する加点は、相変わらずずいぶんとシブい。3F(<)(基礎点1.7) (GOE -3が5人、-2が3人、-1が1人) (得点1.28)これは仕方ないだろうと思う。ちなみに、ダウングレードされて2回転ジャンプ扱いになるので、GOEの加減点もジャッジのつける1点刻みの点数はそのまま反映されるわけではなく、ランダム抽出されたあと何割掛けかになる(数字は忘れてしまった。資料をみれば書いてあるが、メンドーなので)。3回転ジャンプではランダム抽出された加減点がそのまま反映される。フリー3T+3Lo(<)(基礎点 5.5) (GOE -8が1人、0が1人) (得点4.5)スロー再生で見たが、やはりループは降りてから回っていた。現行のルールでは、これだと回転不足にされてしまう。浅田選手にもいえることだが、やはりセカンドにもってくるループは「一か八か」。非常に危険だ。安藤選手はセカンドにトリプルトゥループをもってこれないのが、非常に痛い。回転不足判定がこれほど厳しくなる前は、基礎点の低いトゥループは彼女にとって不要だった。だが、現行の厳しい判定では、セカンドの3ループが武器になるか、足を引っ張るか、やってみないとわからないのだ。3F(<)(基礎点1.7) (GOE -2が4人、-1が4人、0が1人) (得点1.28)解説の伊藤みどりも「決めた」と言っていたし、肉眼では問題なく思えたジャンプ――少なくともショートほど明らかな失敗ジャンプではない――だが、なんと回転不足判定でダウングレードされており、ショートと同じ点数にしかならなかった。これだから回転不足判定はこわい。それにしても低すぎる点。アメリカ大会の安藤選手のフリーのプログラムコンポーネンツが、「52.16とは低すぎる」と書いたら、どうやらジャッジに聞えたらしい(笑)。今回は56.4点と少し上げてきた。本当にテキトーな人たちだ。ただジャンプ以外の要素は、だいたい加点をもらって無難にまとめたし、もう少し出てもいいように思う。<ここから昨日の続き>ツギハギだらけのフランケンシュタインみたいになってしまった採点ルール。転倒ジャンプまで着氷が回転不足だったかどうかを判断して、さらにGOEで減点し、最後に全体からマイナス1点減点する(テレビのアナウンサーは「転倒はマイナス1点です」としか言わないが、回転不足判定があればダウングレード、GOEでの減点もその前にされているのだ)など、煩雑かつ意味不明な手続きは相変わらず変えずにいる。この意味不明の手続きのせいで、ジャンプで転倒は、結果的にマイナス点になったりプラス点(といってもわずかだが)になったりする。転倒ジャンプは0点。減点も加点もなし。それが一番わかりやすく、公平で、かつ簡単なはず。そのくせ、GOEの加点・減点はジャッジ任せで曖昧。前アメリカ大会で、キム・ヨナ選手がダブルアクセルでお手つきしても減点しないジャッジがいたのには呆れたが、これだってお手つきはGOEで2点減点と決めてしまえば、何も問題ないはずだ。それを決めずに、お手つきだけは、なぜか曖昧にしているから勝手に減点しないジャッジが出てくる。今回wrong edge判定が出たにもかかわらず、減点しなかったジャッジがいるというのにも驚いたが、プロトコルを見たら、なんと加点までしているジャッジがいた。これはどういう理屈なのか、明確にしてほしい。Judging Systemの規定では、「wrong edge判定が出たら、マイナス1からマイナス3の範囲で減点しなければならない」と明記してある。そのwrong edge判定が出たにもかかわらず、「それがミスジャッジだから加点した」というのか(そんな理屈がとおるなら、審判による判定制度そのものが意味がなくなる)、あるいは「連続ジャンプのセカンドジャンプでの加点が2、ファーストジャンプのwrong edgeでの減点が1で、差し引き加点1」とでもいう理屈なのか。だが、後者だとしたら、連続ジャンプにwrong edgeをもつ選手は、セカンドジャンプでGEO減点を相殺できることになり、公平性と透明性が損なわれてしまう。「セカンドジャンプでの加点が3だったから、wrong edge判定されても減点が1で差し引き加点2です」とも言えてしまうからだ。その引き算はジャッジの頭の中で行われることになり、どうにでもなってしまう。通常、連続ジャンプというのは、どちらかのジャンプ(普通はセカンドジャンプだが)がうまくいかなければ、減点されるのだ。その理屈で言えば、セカンドジャンプがどうであれ、ファーストジャンプにwrong edgeというキズがある以上、加点などできないはずではないか。キム選手のコーチであるオーサーが、「これまで一度もwrong edge判定されたことがないのに、今回だけされたのは受け入れられない」と発言したが、キム選手とすれば、大きな得点を稼ぐ連続ジャンプで加点がもらえずに減点されれば、彼女の強みが損なわれる。危機感をもつのも当然だろう。wrong edge判定、回転不足判定のいかんによって点数が驚くほど違ってきてしまうのだ。選手のほうから「ミスジャッジでは?」というクレームが続出すれば、ますます混乱が広がる。こうなったら、リンクのそこらじゅうにカメラを仕込んで、あらゆる角度から選手の足元を撮れるようにでもしなければ、万人を納得させられる判定はできなくなる。フリーでのキム選手のフリップは、(!)判定。(!)判定は今シーズンからなので、これのもつ意味は、まだよくわからない。とはいっても、E判定よりは短いにせよ、エッジミスがあった――文字通りWrong edge short――という判定は判定だ。にもかかわらず、GOEで減点したのは1人だけ。2点加点までしているジャッジがいる。判定に反抗してるんですか?(苦笑)。テレビで見ても、セカンドジャンプの着氷もそれほどよくなかったし、ふつうでもプラス2という加点は大盤振る舞いにすぎる。Wrong edge short判定でもプラス2とはどういう神経なのか。「GOEはジャッジ任せ」では、「GOEで減点しなければならない」E判定との整合性や公平性の面で問題がある。あとからあとから問題が噴出するルール改正と判定の「厳密化」。これでは、テレビのプロの解説者は「いいジャンプでしたね」とすら言えなくなるだろう。実際、荒川静香や伊藤みどりが「いいジャンプ」と言っていたジャンプが判定では減点対象になっているのだから。なかんずく、アナウンサーの「決めてきました」は、まったくアテにならない。「決めたように見えましたが、判定はどうでしょうか」と意味不明の実況をしなくてはならないだろう。こんなわけのわからない競技にして、一体どうするつもりなのか。そもそも、肉眼ではほんど見えないようなこと――踏み切りのエッジがインかアウトか、着氷が回転不足かどうか――をスローで必死に見て、「あの判定は厳しい」「あの判定は甘かった」などとネット上で議論になるような状況が異常なのだ。素人だって疑問をもてば、今はネットで情報がすぐに得られる。判定によって点数が大きく違ってくることがわかってくれば、誰しも「じゃあ、判定は正しいのか?」と疑問をもつ。昔と違って今は、素人だって黙ってはいない。「疑惑の判定」はすぐにネットで「おまつり」に上げられてしまう。その結果、正しい情報が広がることもあるが、逆に誤解が誤解を生み、偏見を広げることにもなりかねない。そもそも、フィギュアの見所や醍醐味はそんな細かい部分ではなかったはず。木を見て山を見なくなったフィギュアの採点システム。今は1本の木の葉っぱだけを大げさに判定して、山全体の評価を決めている。状況は昨シーズンより明らかに混迷の度合いが増した。だが、とにかく「冒険はしないこと」だ。大技の基礎点が上がったからといって、少しでもミスがあれば、大きく減点される。女子の場合、依然として、大技もなく、新しい挑戦もせず(顔の表情は先々シーズンのショートと同じ)、これまでのジャンプ構成を確実にすることに注力してきたキム・ヨナ選手が抜群の強さを発揮する状況に、変わりはない。
2008.11.08
フィギュアのグランプリ・シリーズ第3戦、中国大会での、女子ショートプログラムをテレビで見た。解説は伊藤みどり。またも安藤選手とキム選手の対決となった。安藤選手は前回のショートでの失敗(3+3の回転不足、トリプルフリップの減点、ステップでの転倒)をどれくらい克服できるかという視点で見た。まだISUがプロトコル(詳細な判定ののった成績表)を公表していないので、ハッキリしたことは言えないが、最初の3+3は素晴らしい出来だったと思う。フリップは残念だった。これで2回続けて減点ジャンプになってしまった。本人は満足していないようだったが、後半のステップも無難にこなし、全体的によくまとまってきた。今回は転倒もなかった。だが、やはりちょっとしたミスは多少目につく。それでも去年のエッジ矯正にともなう絶不調からは立ち直っているから、今後に期待ができる演技だったと思う。加油! トリプルアクセルからの3回転のできる女子選手がいない現状では、安藤選手の3Lz+3Loは女子では最高難度の連続ジャンプだ。安藤選手の場合は高さと回転速度、ジャンプの流れ、すべてが非常に美しい。なぜか飛距離のあるキム選手やコストナー選手のような連続ジャンプにばかり大盤振る舞いの加点がされるが、安藤選手の最高難度の連続ジャンプはもっと評価されていいのではないか。セカンドジャンプがループジャンプだから、もともと飛距離は出ない。キム選手がループジャンプを非常に苦手としているのは、彼女がどちらかというと「幅」で回る選手だからだ。高くジャンプして早く回転しなければならないループジャンプを、それも3回転でセカンドにもってくるのだから、安藤選手のジャンプの技術がいかに高いかわかろうというものだ。だが、伊藤みどりが解説で言った、「これでもジャッジは厳しく取るんでしょうか」という言葉。あれがすべてを表している。ループジャンプはもともと若干回転不足気味になりやすいジャンプ。前大会では、安藤選手の3+3はループが回転不足判定でダウングレードされた。今回は点数から見れば3+3と認定されたのではないかと思うが、とにかくプロトコルを見るまでは、ほとんど「誰もわからない」状態なのだ。「誰もわからない」といえば、今回キム選手のトリプルフリップがついにwrong edge判定された。これは誰も予想していなかったハズだ。伊藤みどりもキム選手の連続ジャンプを解説でベタ褒めしていた。アナウンサーともども、キム選手の演技が終わったときは、前大会の点を超える、70点台が出ることを予想したはずだ。ところが結果は63.64。もちろん高い得点だが、「異様なほどの高得点」に慣れたキム選手もコーチのオーサーも、キス&クライで驚きの表情を隠せなかった。演技直後の笑顔が、得点が出ると消え、次第に顔がかたくなり、最後は首をひねっていた。これは前大会の安藤選手とモロゾフコーチの表情の変わり方にそっくりだった。ダブルアクセルでお手つきをした前回より、伊藤みどりも「出来はいいんじゃないんですか」と言っていた。スパイラルのつなぎで若干ミスはあったが、Mizumizuも前回よりいい出来だと思った。キム選手も得点が出るまではそのつもりだったはずだ。前回のキム選手の連続ジャンプはセカンドジャンプが若干回転不足のまま降りてきたように見えた。スローでは明らかに着氷してから回っている様子が映し出された。だが、ダウングレードもなく逆に加点された。また、最初に跳ぶトリプルフリップも正面からスローで映ったが、エッジが規定どおりインサイドにのっていないのは明らかだった。キム選手のフリップが若干アヤシイことは、すでに前大会の記事で書いた。Mizumizuは去年からずっと指摘している。だが、他のトップ選手が軒並みエッジの間違いで容赦なく減点されるなか、キム選手だけは、一度もwrong edgeを取られたことがなかった。去年までは、キム選手のフリップだけは、なぜかカメラの位置が常に真横からで、どちらにのって踏み切っているのかハッキリわからなかったのだ。だが、きちんとインにのってないことだけはわかっていた。といって、アウトに入ってしまっているかどうかもよくわからない。フラットな踏み切りに見えた(これも去年のエントリーで書いている)。前大会では、先日のエントリーでも書いたように、キム選手のフリップは内側にのった軌道で滑ってきて、踏み切る直前にエッジが戻ってしまい、外側にのりかける直前ぐらいに踏み切っていた。これは前大会のスロー再生がキム選手の正面から撮られたものだったから明確にわかったことだ。今回の中国大会のスロー再生は、キム選手の斜め前から撮ったものだった。これで見ると確かにアウトに入ってしまってから踏み切っているように見える。wrong edge判定されても仕方ないだろう。だが!それならば、なぜ去年は一度も、ただの一度も、誰もwrong edge判定しなかったのだろう? 踏み切りというのはクセだから、キム選手が今年の中国大会に限って間違ったなんて話ではないと思うのだ。もちろん、「急に」エッジが変わってしまうことはある。男子でも本田武史選手が、たまにやっていた。だが、キム選手の場合は、ジュニア時代からずっとあの跳び方だ。ちょうど浅田選手のルッツと逆になる。浅田選手はルッツでwrong edge判定されたが――それも、去年はすべての試合で、踏み切りの足元がスロー再生でよく見えないときでさえも、お決まりのように「すべて」引かれたのだ――彼女の場合は、エッジの外側にのった軌道で滑ってきて、踏み切る瞬間グッとエッジが内側に入ってしまう。キム選手は浅田選手のルッツほどは明白ではないが、これまでだって「あれ? フリップなのに最後にエッジが外側に入って踏み切っている?」と思われるジャンプはいくらもあったのだ。テレビの解説者も、浅田選手のルッツについては、途中からさかんに、「ちょっとエッジがインサイドだったですかね~」と言い出したクセに、キム選手のアヤシイフリップについては誰も一言も触れなかった。逆に騒ぎ出したのは一般の素人のネットユーザー。「キム・ヨナのwrong edge」と称するビデオがさかんにネット上にアップされ、ほとんど「おまつり」状態にされている。去年までのキム選手のフリップと今回のキム選手のフリップで何が違うかというと、それは「スロー再生されたカメラの位置」だけだ。去年の大会はスロー再生が出ても、ほとんど真横から撮ったもの。あれでは正確には見えない。今回はたまたま斜め前から撮ったものだったから、アウトにのったように「見えた」のかもしれないし、あるいはアウトにのったのが「わかった」と言うべきなのかもしれない。これで、いかに判定というものが、ジャッジによってまちまちかということが、また露呈された。プロの解説者のジャンプ評価がまったくアテにならない。伊藤みどりは、キム選手の3+3もルッツも大きな問題があるとは思っていなかった。ルッツは、若干降りてから回っていたようだが、新聞報道によれば回転不足判定されたのだという。ダウングレードなのか、GOEだけの減点なのか、まだプロトコルが発表されていないのでわからないのだが、着氷がいつものようにピタッと決まっていなかったのは確かだ。3+3でのwrong edge判定、ルッツの回転不足判定。この2つで、お手つきした前回より6点も点が下がった(とはいっても、この2つの減点がありながら、60点台というのは点数の出方としては、非常に高いのだが)。言いたいのは、いかに「判定」で点が違ってくるかということだ。判定に信頼が置けるならいい。だが、その判定は、解説をしてるプロのスケーターですら予測ができず、まさに「そのときのジャッジがどうするか」で180度かわってしまう。判定に使われるカメラの位置によっても、かなり違って見えるようだ。さらに去年より回転不足判定は厳しくなっているようで、点数がでるまでやたらと時間がかかる。氷上で待たされる選手は、秒単位で集中をはかってくるから、判定までの時間がバラバラだというのは精神的に非常に負担になる。プロトコルを見るまで、誰も判定を予想できないような採点。昨シーズンより今シーズンのほうがさらにわかりにくくなった。キレた現役のトップ選手が、「審判は採点について説明をすべき」だと怒りをぶちまけている。まったくだ。こんなにバラバラで、「人によって大きく違う」判定のまま、来年のオリンピックに突入するつもりなのだろうか?日本では今フィギュアブームだから、いっぱんの素人のファンも、採点があまりにわかりにくいと驚き、疑問を持ち始めている。このままオリンピックになったら、誰が判定をするにせよ、しこりが残らないわけがない。いつまでも「プロトコルが出るまで誰にもわからない」採点方法を続けるなら、ハッキリ言って、フィギュアというスポーツの危機だ。去年wrong edge判定を厳しくするという通達があったとき、大半の女子のトップ選手は――安藤選手、つまり彼女をみていたモロゾフ以外は――それを甘く見ていた。実際「シーズンに入ってみないとどれくらいの減点になるのかわからない」と関係者は言っていた。ところが、浅田選手の初戦では、ルッツに対してGOEでマイナス3などという減点をしてきたジャッジがいた。これではトリプルを跳ぶ意味がなくなってしまう。浅田選手は自身のグランプリ・シリーズ第2戦では、シニアに入ったからのワースト点数記録を更新してしまい、思わず泣いていた。浅田選手が泣いたからというわけでもないだろうが、なぜかその後ルッツのエッジ間違いへの減点は平均して1.3点ぐらいに落ち着いてきた。だが、「減点する」としながら、試合によって減点がバラバラになるのは一体なぜなのか、合理的な説明ができる人は誰もいない。もちろん、その場その場で、点数を後付け説明することはできる。「wrong edgeとはいっても、ちょっと反対側に入っただけだったから」「今回はだいぶ反対側に入ってしまっていたから」などなど。キム選手の3+3のフリップのwrong edgeへの減点は0.8点だったという。これは明らかに減点が少ない。通常、wrong edgeの判定が出ればGOEで加点・減点を出すジャッジは、自分たちの裁量で加点はできないはずなのだ。韓国の一部新聞報道によれば、「教科書ジャンプ(であるはずの)キム・ヨナのジャンプに対して、誤ったwrong edge判定が行われたため減点しなかったジャッジがいた」とのことだ。韓国の新聞も日本の新聞と同様、フィギュアに関しては間違いが非常に多いので、この記事自体が本当がどうかわからない。だが、もし本当だとすると、それは「減点しなかったジャッジ」のほうが間違っている。判定するジャッジと加点・減点するジャッジは役割が違う。wrong edge判定が宣言されたところで減点するのが決まりのはずだ。それを無視してよいというなら、判定はさらに各ジャッジでバラバラになり、収拾がつかなくなる。繰り返すが、Mizumizuも判定は審判や試合によってバラバラで、実に信用置けないものだと思っている。だからといって、それを加点・減点するジャッジみずからが無視してよいというなら、審判による判定制度そのものを当のジャッジが否定したことになる。wrong edge判定を厳しくする――といいながら、実際にはGOEでの「自由な」減点にまかせているから、こんな不公平と矛盾が起こるのだ。今シーズンからE判定と!判定(!判定はwrong edgeといっても、「ごく短い」場合に適応される)まで設けて、さらに厳密にしているようでいて、実際にはE判定と!判定で減点がどのくらいになるのかは、ジャッジ任せなのだ。E判定は全体から1.5点の減点、!判定は0.5点の減点、そのジャンプに関してはGOEでの加点・減点はそれ以上行わない、とすれば、合理的かつ公平だが、なぜかシンプルでわかりやすく、公平な採点システムにしようとはせず、E判定だ!判定だと複雑にしたあげく、ぐちゃぐちゃの曖昧なGOE加点・減点にはメスを入れない。<続く>
2008.11.07
<きのうから続く>スロー再生をみながらでも、荒川静香――つまりプロ――が「いいジャンプ」と言っていた安藤選手のショートのトリプルフリップだが、プロトコルを見ると、結局は(加点された)ダブルアクセルと同じ点にしかなっていないのだ。1本の木を見てその木の評価ばかり「厳密」にしたから、こんな矛盾めいた点になる。若干質がよくなかった(と判断したジャッジがいた)からといって、一応ちゃんと決まったトリプルフリップがダブルアクセルと同じ点になるなんて、理解できない。これもトリプルジャンプに対するGOEを他の要素と同じく、何割掛けかにすれば防げることなのだが、なぜかそうしたルール改正をしようという動きはない。 安藤選手のトリプルフリップのGOEに、プラスをつけた審判がいたりマイナスをつけたりする審判がいることからもわかるように、GOEの加点・減点は実にテキトーなのだ。それはそうだ。「ジャンプの質」と言っても、どこを見るかで評価はわかれる。軸が細くまっすぐなジャンプは垂直跳びに近くなって飛距離がでないし、飛距離のあるジャンプは大きさがあってダイナミックだが、軸が傾くことが多い。前者のタイプが浅田選手で後者がキム選手およびコストナー選手なのだが、なぜかGOEの傾向をみるとキム選手やコストナー選手のような飛距離の出るジャンプばかりが加点をもらう傾向にある。キム選手が跳ぶと、軸が傾こうが、着氷後に上半身が「グラッ」としようが、なぜか加点されている。おそらく飛距離と着氷時のエッジ処理(回転不足なく降りてこれているかどうか)で見ているのだろうと思う。どうしてそうなったのかはわからないが、一応の指針が示されてジャッジがその基準に従っているのだろう。だが、浅田選手やコーエン選手のような軸の細い、山が高く回転の速いジャンプもそれはそれで個性であり、それなりの美しさがある。いったいいつの間に、まるで飛び箱でも飛ぶように、やたら勢いをつけて跳ぶキム・ヨナタイプの3+3の連続ジャンプがお手本ジャンプになってしまったのだろう。この傾向は明らかに、強すぎる日本女子への牽制なのだと思う。だが、フィギュアというのはそういうもの。しょせん主観で採点するスポーツだから、基準をどこにおくかでどんな選手に有利か決まってくる。ルール改正で日本選手が上位を独占するのを阻止しようとする勢力の政治力に、なすすべもないのが日本という国なのだ。伊藤みどり選手という大天才が出たときは、「フィギュアは芸術性が大事」だと言って伊藤選手の芸術点をことさら低く採点することで、彼女が世界チャンピオンになるのを阻もうとした。それが世界のフィギュア界というところだ。今になって「伊藤みどりがフィギュアをスポーツに変えた」「伊藤みどりのジャンプは芸術」などと賞賛しているが、伊藤選手が現役時代、スタイルやルックスに対するバッシングはひどいものだった。さて、安藤選手に話を戻すと、ショート最初の3Lz+3Loは、回転不足がなくきれいに決まれば、安藤選手の場合12点ぐらい稼ぎ出せる技。それが、回転不足と判定されてしまうとグッと点がなくなってしまう。ショートでの点ののび悩みの原因は、転倒以外のここにもある。フリーでの3T+3Loのセカンドのトリプルループも回転不足判定でダウングレードされた。あれでは点がのびないのは当たり前。肉眼ではきれいに決まっていたように見えても、ループは回転不足になりやすい難しいジャンプ。それがアダになっているのだ。誰でもハッキリわかる失敗である「お手つき」が、プロでさえほとんどわからないことの多い「回転不足」より減点が少ないというのも、ファンの誤解を招く大きな要因だ。普通の人にはお手つきは、ほとんど「転倒」に見えるかもしれない。ところがそれよりも、きれいに決めたように見えて、実はちょっと回転が足りていないジャンプのほうが大々的に減点されているのだ。キム選手は回転不足判定されたことがほとんどない。実際に、きっちり回って降りてくることができる選手だ(今回のフリーの最初の連続ジャンプのセカンドのトゥループは回転不足気味に見えたが、これは珍しいことだ)。キム選手の強さはそこにある。フリーではセカンドジャンプに3回転トゥループを2度入れて成功させている。安藤選手はセカンドジャンプは3回転が一度だけで、しかもダウングレード、中野選手にはゼロ。だから、点差が開くのだ。今のルールでは、減点――特に3回転ジャンプの――が苛烈だということ。だから減点要素の少ないキム選手が強い。キム選手はジャンプ以外の要素でも減点になる部分が少ない。チャレンジした部分を積極的に評価していた旧ルールと違い、どちらかというと今は消去法競争なのだ。難しい技をなんとか決めた選手ではなく、「引かれる部分」をなるたけつぶした選手が勝つ。昨シーズンの男子シングルで4回転を跳ばないバトル選手が優勝し、4回転に挑戦して決めたジュベール選手がクレームしていたが、ジュベール選手は実は、フリップのエッジの間違いで、フリーで入れた2回のフリップを減点されていた。あれで点がのびなかったのも響いた。一方バトル選手はほとんどすべてのエレメンツで加点をもらう超優等生演技で163.07という高得点をたたき出した。バトル選手の基礎力の確かさに加え、大技を回避したからこそ出せた結果なのだ。安藤選手の場合は、プログラムコンポーネンツで嫌がらせのような低い点をつけてくるジャッジがいた。表現力をみるプログラムコンポーネンツだが、これがまた主観だから、ジャッジのよってバラバラ。去年は中野選手がバラつきの多い点でひどい目にあっていたが、今年は安藤選手。安藤選手のフリーでの「つなぎのステップ」の評価を見てみよう。5.50、7.00、4.00、6.75、5.75、6.00、6.25、7.00、6.00、5.00「4点」などというのは嫌がらせだ。ショートで3.75点などという点をつけたジャッジがいた(最高は7.25)。1人だけこういう嫌がらせをする人がいても、切られるからそれほど影響はないのだが、極端に低い点を1つつけておけば、「次に低い点」がランダム抽出で選ばれ、点数を下げてしまう傾向は確かにある(だから嫌がらせのような低い点をつけるジャッジが出てくるといういうわけ)。何といっても一番問題なのは、プログラムコンポーネンツの点がこれほどまでにテキトーな、主観にもとづくいい加減な点だということ。そうやってつけていい点なのだ。安藤選手の場合は、去年の試合結果がよくなかったので、プログラムコンポーネンツが抑えられているというのもあるだろう。それにしてもフリーで52.16点とは低すぎる。こうした採点の傾向を見ても、「今年はキム・ヨナの年」であることは間違いない。フリーでセカンドジャンプに2度3回転を入れる力のある選手はほとんどいないし、採点基準に助けられ、自信をもっている。しなやかな肩と腕をぞんぶんに使った表現力も独特で抜群。最後にスピードが落ち、脚があまり動かなくなるのがキム選手の欠点だが、それを上半身の表現でカバーできる強さもある。現時点でただ1人だけキム選手に対抗しうる力をもつのが浅田選手だが、浅田選手がまた、セカンドに跳ぶトリプルループがしばしば回転不足気味になるのだ。去年のショートでは、この2つ目のトリプルループを失敗し続けた。トリプルアクセルも着氷に乱れが出る(ツーフットになる)ことが多いし、そもそも昨シーズンはそれほど確率自体がよくなかった。ルッツは昨シーズンはことごとく不正エッジで減点。「今年はトリプルアクセルを2度入れるのが目標」だというが、これだけ減点の可能性をかかえているなかで、博打の要素が高いトリプルアクセル2度という新しい挑戦をするのは、あまりに危険だ。ジャンプは確率なのだ。キム選手が何年も同じジャンプ構成で確実性を増しているのに対し、あれこれ手を出してはやめている日本選手。浅田選手にしても、去年1度ですらうまくいかなかったトリプルアクセル2度というのは、確率から言ったら成功度は低い。ただでさえ、彼女のようにスラリと脚が長く、背の高い、スタイル抜群の選手は、年齢とともにジャンプは跳べなくなる傾向が強い。問題は浅田選手がトリプルアクセルを2度入れるかどうかではなく、上記のさまざまな減点の要素をどれだけつぶせるかだ。キム選手に勝つためには、エッジ不正、セカンド3回転の回転不足を克服し、トリプルアクセルを乱れなく(1度でいいから)決めることが肝要。またメディアは例によって、「トリプルアクセル2度に挑戦!」などと煽るだろうが、なんでも「果敢に挑戦」すればいいわけではない。旧ルールなら、大技をなんとか決めればそれで勝てた。新ルールでは難しいジャンプでも、ちょっとでも回転不足なら、むしろやらないほうがいいような点になる。採点システムの基準が歪んでいるのは間違いないが、この部分が改正されていない以上、ルールにのっとって点数を稼ぐようにするのが一番肝心なことだ。まったく新しい技に挑戦しないキム・ヨナ選手の圧倒的な強さが、それを物語っている。<フィギュアネタは本日で終了です>
2008.10.30
去年あたりから、フィギュア・スケートファンは思ったはずだ。「なぜキム・ヨナ選手の点って、こんなに高いの?」今シーズンの初戦、グランプリシリーズのアメリカ大会。女子シングルはキム・ヨナ選手の圧勝。2位を20点以上ぶっちぎるトータル193.45の高得点。キム・ヨナ選手の優勝という結果に疑問の余地はないものの、なんだってこんなに差がつくのかわからない、という一般ファンも多いだろう。昨シーズンから顕在化した、意味不明にも見える極端な点差。拙ブログでは昨年さんざん書いて、常連さんなら承知しているだろうが、新しく読む読者の方のためにもう一度書いておこうと思う。昨シーズンから「ジャンプの回転不足」と「フリップあるいはルッツにおける踏切エッジの間違い」の判定が厳密化された。これに苦しめられたのが、日本勢とアメリカ勢。不正エッジ問題は日本とアメリカの有力選手のほとんどが抱える問題だった。ただ1人、この不正エッジ問題を気にしなくていいトップ選手がいた――それがキム・ヨナなのだ。フリップなのにルッツの側のエッジで踏み切る(安藤選手、中野選手、マイズナー選手)、あるいはルッツなのにフリップの側のエッジで踏み切る(浅田選手)、これらのクセは従来から女子選手には多かったのだが、最後の最後にエッジがかわったとしても、肉眼ではほとんど見えない。ただそういうクセをもっている選手のことは審判はわかっていた。この不正エッジでの減点を厳密にすると昨シーズンが始まる前に通達されたのだ。安藤選手は昨シーズン前に、不正エッジを徹底的に矯正した。その結果フリップがルッツ気味になることはなくなったが、他のジャンプ(特にルッツ)の調子を崩した。中野選手はもともと「いつも」不正エッジになるわけではなかったのだが、シーズンインしてみると、減点されたりされなかったりで、気になったのか、ときおり3回転のフリップやルッツが2回転になる失敗が増えた。一番深刻だったのは、浅田選手。無理に矯正しなかったことで、安藤選手のように他のジャンプまで不調に陥ることはなかったが、そのかわりルッツは毎回必ず厳しく減点され、点数が稼げなくなった(詳しくは3/22のエントリーその他を参照)。キム・ヨナ選手はルッツをきっちり外側のエッジにのって踏み切りることができるため、決めればほとんど加点がつき、基礎点を大きく上回る点を稼ぐことができた。キム選手の場合、フリップは若干アヤシイ。きっちり内側のエッジにのって踏み切っていないことは明らかで、エッジが外側に入りかけたところで踏み切るようなジャンプだ。つまり、はっきり外側(不正側)にのっているともいえないが、といってフリップの条件である、内側のエッジで踏み切っているともいえないのだ。今回のアメリカ大会でスロー再生で連続ジャンプがでたが、この傾向は変わっていない。同じことは安藤選手にもいえる。矯正して外側にのることはなくなったが、キム選手と同じくフラットな踏み切りなのだ。だが、とりあえず、間違った側にのって踏み切っていなければ減点の対象にはならない。去年キム選手が他の選手より心理的に優位だったのは、不正エッジ問題を抱えていなかったからだ。今回のアメリカ大会では去年まで問題のあった選手は矯正してきたので、この部分の差はなくなったといえる。だが、そのためにさいた時間は多かったはずで、もともと不正エッジのなかったキム選手は、他の選手よりずっと余裕をもってジャンプの練習ができただろう。問題は浅田選手で、本当に矯正ができたかどうかは試合を――それもスロー再生で――見てみないと今の段階ではわからない。もう1つ、去年から厳密化され、ほとんど「見つけるのに血道をあげている」と言ってもいいのが、ジャンプの回転不足。大変に奇妙なことに、3回転ジャンプを45度以上回転不足で降りてきた場合、それは2回点ジャンプの失敗と見なすというのが今のルールなのだ。そして、その回転不足判定が去年から厳密化された。これが、極端な点差がでるようになった諸悪の根源だ。なぜ、こんなルールにしたかといえば、「大技を抑制する」という意味合いがあった。難しいジャンプに挑戦する選手が増えると、怪我の危険性も増え、選手生命を縮める。難しいジャンプを跳ばなくても勝てる――つまり、ジャンプ大会にしない――ようにすることが目的だった。ところが、トリプルアクセルや4回転のような、非常に難しいジャンプの基礎点があまり高くなかったため、GOEで加点されたルッツのほうがアクセルより点が高くなるなどという本末転倒なことが起こってしまった。この矛盾を見過ごせなくなったため、今シーズンからトリプルアクセルと4回転の基礎点が引きあげられた。これで男子は4回転を跳ばなければ世界一になる確率が低くなってしまい、事実上ジャンプ大会に逆戻りすることは間違いなくなってしまった。女子の場合は4回転をもつ選手はいない(安藤選手は試合でもう何年も決めていない)し、トリプルアクセルをもつ選手もほんの数人なので、基礎点があがったことでジャンプ大会になるということはない。ただ、女子選手に多い、「若干回転不足のジャンプ」に対する減点が苛烈なため、見た目の印象以上に極端な点差が出る試合が増えたのだ。回転不足かどうかは、着氷時のエッジの位置で見る。肉眼でも「あ、回転足りてないかな」とわかる場合もある。降りてから「グルッと回ってしまっている」ようなジャンプが回転不足なのだ。きちっと回って降りてくるとエッジが氷についてから回転するようなことはない。肉眼でほとんどわからない回転不足気味のジャンプは、昔から女子選手には非常に多い。だが、従来はとりあえず、転倒せずに降りてきて、お手つきしたりオーバーターンが入ったりツーフットになったりしなければ、「成功ジャンプ」と見なしてきた。それは非常に合理的な判断だ。多少回転が足りないとはいっても、3回転ジャンプは2回転以上回っている。ところが、回転が足りない3回転ジャンプは2回転ジャンプの失敗と見なしましょう(これがダウングレートとGOEでの減点でのダブルパンチだ)というのが、新採点システムであり、しかもスロー再生で、肉眼ではきれいに降りたように見えたジャンプの着氷まで何度もチェックして、厳密減点するようになったのが去年から。難しいジャンプはそれだけ、回転不足になりやすい。セカンドに跳ぶトリプルループは特にそうだ。やはり悲惨だったのが去年の浅田選手。セカンドにトリプルループをもつ彼女は、決めたように見えてもしばしば回転不足(ダウングレード)判定される。そうしたことが気になったのか、セカンドジャンプの精度そのものが落ち、ショートプログラムでしばしば失敗することになった。この回転不足判定の影響をほとんど受けなかったのが、またキム・ヨナ選手なのだ。彼女にはもともとセカンドに跳ぶトリプルループも、トリプルアクセルもない。トリプルトゥループは得意なので、セカンドに跳んでもほとんど回転不足にならずに降りてくることができる。だから、ダウングレード+GOE減点の餌食になることはなく、しかもなぜか、いつの間にやら飛距離にすぐれた彼女のジャンプが加点のお手本のようにされ、大盤振る舞いともいえる加点を得て、点数をのばした。問題はこの回転不足判定が、試合によって厳しい審判と厳しくない審判がいることだ。よく解説の元選手が、「もしかしたら、回転が足りてないかもしれない。ダウングレード判定にされるかも。ジャッジがどう判断するかわからない」と言っているのは、そのこと。実際に点が出ないとわからないのだ、たとえプロの目からでも。Mizumizuの見るところ、セカンドジャンプの回転不足判定は、トリプルループジャンプには厳しいが、トリプルトゥループには厳しくない。今回のアメリカ大会のフリーでキム選手の最初の連続ジャンプのトゥループは若干回転が足りていないように見えた。ところが減点されるどころか加点されていた。同じことは去年の浅田選手にも起きた。スローで見たら、若干セカンドのトゥループの回転が足りていないように見えたのに、減点されずに逆に加点されたのだ。今回のアメリカ大会、安藤選手のジャンプについては、解説の荒川静香も本人も「ジャンプはよかった」と言っていた。ところがプロトコルを見ると、かなり回転不足を取られている。ループは確かに回転が足りていない。さらに、ショートの単独トリプルフリップに関して――スローを見ても荒川静香は、「いいジャンプ」と言っていたし、Mizumizuも着氷のあとに流れもあっていいジャンプのように見えたのだが――プロトコルをみるとダウングレードこそないものの、GOEで減点されていた(加点したジャッジ、加点も減点もしなかったジャッジもいた)。「どうして?」とスローを何度も見たが、若干降りてから回っている――つまりほんの少し回転が足りないかな、と思わないでもなかった程度。それでマイナス2をつけたジャッジもいるのだ。これはいくらなんでも減点しすぎだろう。GOEはこのようにジャッジが勝手に加点・減点できるのだ。ショートで安藤選手とキム選手には10点近く差がついた。見たところ安藤選手はステップではコケたが、ジャンプはすべてきれいに決めた(ように見えた)。一方キム選手は明らかにわかるお手つきで演技の流れが止まってしまった。ところが、この2人のジャンプの点をみると、3つのジャンプの合計がキム選手20.36点、安藤選手15.5点と、ジャンプだけで5点もの差がついている。あとの要素の積み重ねもあるが、基本的にあの点差はジャンプの評価の差によるものが大半なのだ。解説ではそのあたりのことに全然気づかすに、「(安藤の)ジャンプの調子がよすぎて、返って…」などと的外れな話にななっていた。的はずれ、というのが実は的外れなのかもしれない。つまり、プロトコルを見なければ、安藤選手のショートのジャンプの点がそんなに低いなど、思いもよらないからだ。なぜそんなことになるのか? その答えが回転不足判定なのだ。お手つきは、回転不足で降りていなければダウングレード(基礎点がさがること)にはならないから、案外痛手にならないのだ。見た目は転倒と同じぐらいプログラムの流れを止めてしまう「お手つき」だが、実際は回転不足よりずっと減点が少ない。ジャンプの点をみるとキム選手3F+3T 10.73Lz 7.62A(お手つき) 2.062Aのお手つきはGOEのみの減点だが、なんと厚顔にも「減点していない」ジャッジが1人いる。お手つきをして流れが完全にとまったのに減点なしとは! 加点・減点は上下は1つずつ切るから、1人だけ不正な審判をした人間がいてもたいした影響はないといえばいえるが、問題なのは、GOEの加点・減点はマイナス3からプラス3までジャッジが主観でつけていいことだ。スピンやステップ、2回転ジャンプはジャッジのつけた加点・減点がそのまま反映されるわけではない(詳しくはウィキペディアの「フィギュアの採点方法」を参照)のだが、3A以外の3回転ジャンプについては上下を切り、コンピュータがランダムに選んだジャッジの点の平均値がそのまま反映される(わかりにくいでしょう?)ので、主観による加点あるいは減点がかなりの比重を占めることになる。基礎点が決まってるから、新採点システムは採点が客観的になった、なんてのは嘘なのだ。実際には主観による自由度がかなり高いし、ランダムに選ばれたGOEの加点・減点のどれが拾われるかで点もかわってくる、ルーレットのようなところもあるのだ。安藤選手のショートのジャンプの点は3Lz+3Lo (Loがダウングレードで2回転の基礎点になり、そこから減点されて)6.53F(GOEでマイナス2、マイナス1、ゼロ、プラス1と評価が分かれたものの、マイナスのジャッジが多くて基礎点の5.5から下がって)4.52A 4.5<続きは明日>
2008.10.29
文句のつけようもない圧巻の勝利だった。グランプリ・シリーズ第一戦アメリカ大会、女子シングル。韓国のキム・ヨナ選手が、193.45点で2位の中野選手に20点以上点差をつけての勝利。誰も彼女には歯が立たなかった。キム・ヨナ選手の強さは、実は大技がないことにもその一因がある。彼女にはトリプルアクセルはない。ちょうどシニアにあがるころだったか、いくぶん力を入れて練習した時期もあり、韓国のマスコミは「来シーズンはトリプルアクセルに挑戦」などと囃し立てたが(いずこの国も同じだ)、キム選手自身、「なぜトリプルアクセルを入れないのか」としつこく聞く韓国メディアに、「私には跳べないから。そんなに簡単に跳べるならやっている」と答えている。なおもしつこく、「練習では成功したこともあると聞くが」と質問した記者に対しては、「練習でも一度も成功したことはない」と明言した。トリプルアクセルはそれほど難しい技なのだ。キム選手にはセカンドに跳ぶトリプルループもない。それどころか、単独のトリプルループさえ大の苦手で、今回も練習中派手にコケていたし、フリーでもシングルループになっていた。だが、キム選手にはダイナミックなトリプルフリップ+トリプルトゥループの連続技があり、ダブルアクセル+トリプルトゥループもある。しかもセカンドジャンプのトリプルトゥループの成功率が抜群。セカンドジャンプにトリプルループという難度の高い技を持ちながら、さかんに回転不足でダウングレード+GOE減点をくらう安藤選手、浅田選手とは対照的だ。キム選手は、トリプルルッツの大きさにも定評がある。個人的には、飛距離に比べて高さは若干欠けるように思う――理想的なジャンプは大きな放物線を描くジャンプなのだが、キム選手の場合はその放物線が幅広がりになって山が低い――が、飛距離と着氷の確かさで加点を稼ぐことができる。去年のあまりの大盤振る舞いの加点には若干疑問もあったのだが(そういう声が多かったのか、去年よりルッツへの加点は控えめだ)、現行のルールにのっとった結果であることは間違いない。昨シーズン、ルッツ踏み切りのときのエッジの間違いを克服できずに減点されまくった浅田選手とは、これまた対照的なのだ。大技はできない、しかも怪我がち――だったら、余計な「挑戦」はせずに、今持っている技術を磨こう。キム選手の場合は、目標がそれだけなのだ。ジュニア時代の最後のあたりで入れてきたジャンプ構成と今のジャンプ構成はほとんど変わりがない。何年もかけて繰り返してきたことで、確実性は増すばかり。なまじっか天才的なジャンパーであったために、4回転に固執したり、連続ジャンプの構成をいじっている安藤選手や、ジュニア時代の4回転ループ、ショートでのトリプルアクセルをつかった連続技、シニアに入ってからのステップからのトリプルアクセル(これが最高にバカバカしい試みだった)などと、無謀ともいえる挑戦に時間を使い、ルール改正によってもともとの欠点だった、不正エッジ、回転不足、着氷の乱れなどの細かいミスでじゃんじゃん減点されるようになってしまった浅田選手とは違い、着実に自分の世界を完成させていっている。恐らく、今がキム選手の絶頂期だ。これが来年、再来年になるとどうなるかわからない。17歳から20歳までと若干個人差はあるものの、ピークが早く、衰えも早いのが女子フィギュア選手の運命。残酷なほど選手生命が短い競技なのだ。今回のキム選手のショート、フリーは、ともに振付も非常にいい。ショートの「死の舞踏」のやや陰鬱な世界、フリーのシェヘラザードのアラビックな妖艶な世界。キム選手の個性を生かしつつ、得点を稼ぐポイントをおさえたうまい構成になっている。振付のデヴィッド・ウィルソンはニコライ・モロゾフ、ローリー・ニコルなどに比べるとやや落ちるという印象のある振付師だったが、キム・ヨナという類いまれなミューズを得たことで、また評価がぐっと高まるだろう。コスチュームも去年に比べてずっとよくなった。シンプルな色使いにスパンコールを散らし、ほっそりとしながら大人びてきたキム選手の美しさを引き立てるデザインになっている。シェヘラザードは選曲としてはありふれている。安藤選手、クワン選手、皆忘れたようだが伊藤みどり選手がアルベールビルで銀メダルを獲ったときのフリーの曲もこれだった。過去の一流スケーターが多く使ってきた名曲だが、キム・ヨナ選手のシェヘラザードが恐らく一番、それもダントツで美しい。ポーズや動作にはクワン選手や太田由希奈選手の影響がはっきりと読み取れる。だが、ジャンプに向かう助走の間に、しなやかな腕の動きを生かしたポーズを一瞬入れるだけで、キム選手は人の目をひきつけることのできる魅力がある。浅田選手のような動的で華麗な細かいステップこそないが、メリハリのきいたターン動作、まるで蛇がうねっていくような、氷にはりついたままの独特なエッジ遣い、深いカーブを描きながらの上下運動を入れたステップ、すべて去年以上に磨きがかかっている。挑発的な視線は先々シーズンのショートと同じといえば同じだが、これだけ自分の世界に入って表情を作ることのできる選手はそうはいない。キム選手に対抗するには、もともと中野選手は役不足だ。3+3の連続ジャンプがないし、トレードマークのように言われるトリプルアクセルも実は常に回転不足気味。回転不足の減点が大きい現行のルールでは、あまり大きな武器にはならないのだ。期待された安藤選手だったが、武器のはずの3+3の連続ジャンプが回転不足判定で点をもらえなかった。セカンドに跳ぶトリプルループ――肉眼ではショート、フリーともきれいに降りたように見えたのに、両方ともダウングレード判定。完璧に降りれば、女子では最高難度の連続技であり、12点以上の得点が期待できるトリプルルッツ+トリプルループも6.5点にしかならなかった。フリーのトリプルトゥループ+トルプルループ(これは今年から入れてきた)もたったの4.3点。フリーのキム選手のトリプルフリップ+トリプルトゥループは、実はスロー再生ではトゥループが若干回転不足に見えたのだが、ダウングレードなしで加点までついて10.5点、ショートでは10.7点。去年より若干加点は抑えられている気もするが、これだけ連続ジャンプで差がついては勝負にならない。安藤選手の場合はプログラムコンポーネンツの点も予想外に低かった。フリーではキム選手の60点に対して52.16点。ジャンプ以外のところでのトゥが氷にひっかかってつまずく場面などがあったとはいえ、52点というのはあまりに低すぎる。これは、ちょっと可哀想だ。だが、当代一の振付師であるはずのニコライ・モロゾフの振付が、今年はもうひとつ冴えないというのも事実としてある。モロゾフは今年、彼の最大のミューズを失った。高橋選手との師弟関係解消は、実のところ「振付師」モロゾフにとって一番の損失だったと思う。どういうことか説明しよう。フィギュアスケートの場合、通常は振付師がコーチを兼ねることはない。ところがモロゾフはこの2役をこなす。もともとチャンピオンメーカー、タチアナ・タラソワのチームで振付師としての名声を得たモロゾフは、高齢で氷に立てないタラソワにかわって選手のコーチングをすることで、コーチとしての力量を磨いてきた。コーチとしてのモロゾフの名声を決定付けたのは、荒川選手のトリノでの金メダル。さらに、安藤選手をどん底から復活させ世界女王に導いたことでさらに評価が高まった。当然、コーチングを希望する選手が殺到し、多忙になった。コーチはもっぱらビジネスだが、振付師はアーチストだ。革新的で優れた作品を作るためには、あまりに多忙では集中できない。また、振付師を触発してくれるミューズの存在が絶対に必要になる。振付師は自分だけで仕事をするわけではない。優れた素材と出会ってこそ優れた振付ができるのだ。バレエの世界でローラン・プティにジジやヌレエフがいたように、タラソワのもとにはヤグディンのような一級のスケーターがおり、そうした表現者に触発されてモロゾフはフィギュア史に残る名プログラムを発表してきた。高橋大輔というスケーターは恐らく、ヤグディン以後、モロゾフが得たもっとも優れた才能だった。小塚選手はエルドリッジに、織田選手はハミルトンにたとえることができるが、高橋大輔のようなスケーターは過去をひもといてもほとんどいない。ディープエッジを遣った伸びのあるスケーティング、キレのあるステップ、やや「バロックな」ダークな個性。王子様タイプが多いフィギュアの世界で、高橋選手のように「この世ならざる者」のドラマを表現して、独自の世界を構築できるスケーターはほとんどいないのだ。高橋選手というミューズを得てモロゾフが作ったのが、『オペラ座の怪人』を頂点とする一連の名プログラムだ。去年はヒップホップの動きを大胆に取り入れたショートプログラムで高い評価を得た。安藤選手への振付も音楽の使い方が非常にうまかった。そうしたモロゾフのアーチストとしての側面が、コーチというビジネスの中に埋没してしまっている。もともとコーチと振付師を兼ねるのは大変なうえに、昨今の多忙。今年は高橋選手というミューズもいない。今シーズンのモロゾフの振付は、去年までのような革新性や斬新さが、ほとんどどの選手のプログラムにもない。すべて過去の作品の焼き直し、大量生産のコピーなのだ。安藤選手のプログラムも、一部腕の動きを工夫して、セクシーな大人の魅力を出そうとしているが、キム・ヨナ+デヴィッド・ウィルソンのようにハッと目を惹くものではない。ジャンプで負けているうえに、振付でも負けている。おまけに安藤選手は肩を痛めてからビールマンスピンを失った。あのダイナミックなビールマンがなくなってしまったのは、ファンとしては本当に淋しいし、悲しい。安藤選手のショートでのレイバックスピンのレベルは1、得点はたったの1.5点。キム選手はレイバックスピンで3点取る。安藤選手はステップではつまずくことが多い。この状態でキム選手に対抗するのは、やはり無理だ。安藤選手の課題は、4回転よりむしろ、セカンドに跳ぶトリプルループをきっちり回って降りてくることだ。だが、これが非常に難しい。トリプルループを2度目に跳ぶということは、一度動きを止めなければならない。一瞬スピードがなくなった状態でもう一度跳ぶのだから、高さが出ずに3回転しないまま降りてきてしまうことになる。高さを出そうとタメを長くとると離氷が遅れ、今度は初めから回転不足気味になる。以前はそれほど厳しくとらなかったのが、去年からスロー再生できっちり見ている。ループはセカンドジャンプではもともと回転不足気味になりやすいのだ。安藤選手は肩に爆弾を抱えているし、試合直前の怪我も多くなった。これは、キャリアが終わりかけているということだ――残酷なことを言うようだが、女子フィギュアの、しかもジャンパーの選手生命が短いことは、ファンも知らなければならないし、覚悟しなければならない。彼女の目標はオリンピックで最高の演技をすることなので、今シーズンは無理をせずに、調整だと思って試合に臨んだほうがいいだろう。あまり「4回転、4回転」と囃し立てないことだ。今年跳ぶのが目標ではなく、オリンピックの晴れ舞台で決めることが安藤選手の悲願なのだから。日本のメディアの浅はかさには、本当に閉口する。小塚選手と安藤選手を見れば「4回転は?」、中野選手を見れば「トリプルアクセルは?」――大技は、一見決めたように見えても、回転不足判定があれば大々的に減点される、博打の要素が高いのだ。この3選手の場合は、諸刃の剣であるこうした大技を、しかも完成させているとは言えないのだ。練習で150%できて初めて試合で決められるといわれるのがジャンプだ。確実に決められない大技ばかり「やれやれ」とばかりに囃し立てるのは、選手のためにもならないし、大技さえ決まれば勝てるというような、ファンの誤解も招く結果になる。
2008.10.28
期待以上の出来だった小塚選手のショートプログラム、だがフリーを終えての「最終結果」はさらに予想を上回る、サプライズともいえるものだった。なんと昨シーズンの世界選手権銅メダリスト、全米チャンピオンの2人を抑えての優勝。結果が出た後、ライザチェックのコーチ、フランク・キャロルが「何かの間違いでは?」と言った面持ちで得点が表示された電光掲示板を凝視していた。ベテランの名コーチを凍りつかせ、場内からはブーイングも起きた結果だが、正直Mizumizuも驚いた。小塚選手の滑りの巧みさについては昨日すでにさんざん書いた。スケートは何と言っても「滑る」スポーツ。腕の動きや、中にはスケーターの顔しか見ていないようなファンもいるが、一番注目すべきは脚を使った滑りのテクニックなのだ。小塚選手はそれが卓越している。彼のよいところは、基本的なフィギュア・スケートの技が1つ1つ非常に正確で美しいことだ。柔らかな膝を生かしたエッジさばきは定評があるが、今年はエッジの遣い方に深みが加わり、シャープな動きに加えて、演技に幅の出る「間」のようなものが加わった。だが、課題のジャンプは満点には程遠い出来。正直ここまで点が出るとは、ビックリ。これが改正に改正を重ねた、ツギハギだらけの新ルールの困ったところだ。個々の木を見て、それぞれの評価に血道を上げるあまり、全体的な森のまとまりや美しさがともすればないがしろになる。結果は日本人にとって嬉しいこともあるが、だからといって、まるでルーレットのように「点が出るまで誰にもわからない」ギャンブルのような競技になってしまっていいものか。圧倒的な技でミスなく決める選手がでれば、誰にでも結果はわかるが、そうではなく、お互いがミスした場合、その見た目の印象と得点があまりに乖離していることがある。今回の小塚選手の場合は、結果がいいほうに出た。転倒は仕方ないにしろ、後半の単独トリプルアクセルでのお手つきは回転不足でなかったためにダウングレードされなかった。連続ジャンプもすべてが完璧な着氷ではないものの、なんとか決め、細かくジャンプの点を稼いだ。だが、もちろん、小塚選手のもっている確固たる基礎力が、細かな部分での取りこぼしを防ぎ、要素ごとの加点につながる要因になったことも見逃してはいけない。昨日も書いた彼のイーグルの流麗さだが、振付師は彼のこの持ち味を最大限生かすべく、フリーではこれでもかというぐらい華々しく使っていた(笑)。イーグルからの3回転ジャンプというと伊藤みどりを思い出すが、小塚選手はこのパターンを複数回入れてきた。助走がつかないイーグルポジションからのジャンプは難しい。それを彼はいとも簡単にやってのける。ありがたいことに(?)、イーグルの達人だったジェフリー・バトルが今年からいなくなった。小塚選手が演技の最後に見せた、上体を前に倒してのイーグルは、深いエッジにのり、「ここまで倒れるか」というぐらい角度をつけていた。現在の現役選手の中でこのイーグル姿勢の美しさは、間違いなく最高峰だろう。フライングシットに入るときに後ろに跳ね上げるフリーレッグの高さも、昨日書いたとおりだが、フリーではフライングキャメルでも同様に、すばらしい身体能力を見せつけた。あれだけ浮き足をもちあげるには背筋力が必要だし、彼の場合、フライングポジションで両足が氷から離れた一瞬の「間」が素晴らしい。まるで身体の重力がなくなり空中にふわっと浮くよう。こうした細かい部分が優れているのは、小塚選手のフィギュアの基礎力が高いからにほかならない。イーグルにしろスピンに入るときのフライング動作にしろ、すべてはあっという間に通りすぎるのだが、その一瞬が比類ない輝きを放つのだ。スピンに入ったあとの軸の正確さもフィギュアのお手本のよう。派手で「色っぽい」振付で目を惹こうとうする選手が多い中、こうした選手は貴重だし、目の肥えた審判が好むのも当然のことかもしれない。プロトコルが発表されたので、詳しい点数を見てみよう。実際の順番と変えて、ジャンプ、スピン、ステップの順に並べ替えてみる。小塚 (<印は回転不足によるダウングレード、X印は後半のジャンプで10%増し)技術点 基礎点 GOE後の得点4T(<) 4.0 1.03A+3T 12.20 13.003F 5.5 6.73S+2T 6.38X 7.383Lz+2T+2Lo 9.68X 9.283Lo 5.5X 6.33A 9.02X 7.623Lz 6.60X 7.40 FSSp4 3.00 3.8FCCoSp3 3 3.2CCoSp4 3.5 4SISt2 2.3 2.6CiSt3 3.3 3.6ジャンプでの得点 (58.68)スピンでの得点 (11)ステップでの得点 (6.2)合計得点 73.98 75.88プログラムコンポーネンツ 71.2減点 マイナス1総合得点 146.08ウィアーの場合はジャンプでの得点 (54.15) スピンでの得点 (8.9) ステップでの得点 (6.7) 技術点 69.15 69.75プログラムコンポーネンツ 74.90総合得点 144.65ライザチェックはジャンプでの得点 (50.51) スピンでの得点 (10.4) ステップでの得点 (5.7)技術点 65.93 66.61プログラムコンポーネンツ 76.3減点 マイナス1総合得点 141.91今回の小塚選手の優勝はウィアー選手とライザチェック選手のジャンプの不出来に助けられた部分が大きいとうことがわかる。4回転の失敗はお互いさまだったが、そのほかのジャンプの出来で小塚選手は得点を稼いだ。最初の3A+3Tにまで多少とはいえ、加点がついている。着氷はなんとか決めたがその後の流れのないジャンプだったのに、加点までつくとはありがたいような不思議なような。小塚選手は4回転はやはりまだ跳べない。2強に比べると、完成度の低さは明らか。空中で軸がバラバラになってしまっていた。結果から見ると無理に4回転を入れなければもっと点はのびた。今後も入れ続けるのかどうか、悩ましいところだろう。ライザチェックは、ショートはよい出来だったのだが、フリーでは、最初に4回転を失敗したあと、続けざまに単独ジャンプ。あれでは得点は稼げない。4回転+3回転をもち、ジャンプが得意なライザチェックとしては不本意な結果だろう。逆にライザチェックはプログラムコンポーネンツでは小塚をはるかに陵駕している。タラソワ振付の今年のプログラムはスキがなく、ともすればプログラムの密度がスカスカな印象だったライザチェックが、ガラリとイメージを変えてきた。だが、肝心のジャンプが決まらなければ、勝てないということだ。あっちがよくなればこっちが悪くなる。昨シーズン終盤での怪我の影響がまだあるのだろうと思う。一度怪我をすると、元の状態に戻すまでに時間がかかる。ショートはなんとかもっても、フリーでは体調の良し悪しが出てしまう。ウィアー選手と小塚選手の最終的な点差は0.98点。これはコンピュータのGOEの点の拾われ方でも変わってくる程度の「誤差」なので、まあ今回の1位はラッキーだったということだ。ハッキリ言って、全体の印象は、転倒にお手つきまであった小塚選手より、ウィアー選手のほうがよかった。それなりにまとまっていたし、転倒もお手つきもなく、表現の面でも、彼の持ち味でもあるバレエで鍛えた線の美しさが印象的だった。プログラムの密度や感情表現でも小塚選手より上だ。全体的な表現力をみるプログラムコンポーネンツでは、小塚選手はこの2強に負けている。結果が出たときの「え!? 1位?」という半信半疑の反応は、このプログラムコンポーネンツの順位が観客の印象と合致するためでもある。だが、今のルールではできるだけ点を稼いだほうが勝ち。そのためには所詮、ジャンプでどう点数をのばすかなのだ。女子のショートでキム・ヨナ選手がダブルアクセルでお手つきをしたのに得点が高く、3+3を決めたように見えた安藤選手の点がのびなかったのも、キム選手のダブルアクセルは回転不足ではないのでダウングレードされずに、GOEの減点のみとなり、安藤のセカンドジャンプは回転不足判定され、基礎点がダウングレードされて、さらにGOEでも減点されて(つまり3+2の失敗と見なされるのだ)、点が出なかったためだ。解説の荒川静香も最初「(連続ジャンプは)きれいに決まった」と言っていた。スロー再生2度目でやっと「もしかして回転が足りてないかも」と気づくぐらいの微妙な回転不足。Mizumizuも肉眼では回転不足とは気づかなかった。スローで見ると明らかに「着氷してから回ってしまっていた」が。もちろん点がのびなかったのは、安藤選手の転倒もあるが、得点を稼げる連続ジャンプでのダウンレート+減点がやはり一番痛かった。逆に言えば、それでも57.80点という点を出したのだから、去年より安藤選手ははるかに調子がよい。だがこんな、プロでさえ肉眼でわからない程度の回転不足を、何度もビデオでスロー再生して確認して、大々的に減点する理由がさっぱりわからない。
2008.10.27
フィギュアスケートのグランプリ・シリーズ第1戦、スケートアメリカのショートプログラムで、小塚崇彦選手が「ようやく」その才能に見合った成果を出した。パーソナルベストを一挙に10点近く更新する会心の出来で、ライザチェック、ウィアーに続く3位。実は技術点だけを見ると、ラ44.10、ウィ42.50、小44.70と小塚選手がトップ。これは、彼がいかに「スケートがうまいか」を示している。ジャンプに欠点がある小塚選手だが、今回はすべてきれいに決め、特に最初の3+3の連続ジャンプなど、セカンドジャンプのほうが高いぐらいで、際立って質が高かった。フィギュア・スケートはなんといっても、「滑りの技」を競う競技。持ち前のクリーンでシャープな滑りに加え、今シーズンの小塚選手は高橋選手顔負けのディープエッジを披露した。これまでどちらかというと直線的なエッジさばきでスピード感を出す選手だったが、こういう幅のある表現もできるテクニックの持ち主であるということを証明してみせた。「ようやく」と書いたのは、小塚選手はもう少し早くこの段階に来る、来てほしかった、という思いがあるからだ。ジュニア世界選手権を制した後、シニアに参戦してからの小塚選手は怪我もあってジャンプが思うように決まらず、なかなか結果が出なかった。転機になったのは昨シーズンの世界選手権。シーズンをとおして最も安定した出来で、ジャンプもまずまず決め、有力選手のミスに助けられた面があったとはいえ、8位という結果は立派だった。その勢いをかって今シーズンは飛躍の年になるのではと思ってはいたが、スケートアメリカでのショートプログラムは、期待以上の出来だった。さて、プログラムの振付を見ての感想は、「笑っちゃうほど佐藤有香(=振付師)だった」ということだ。まるで佐藤有香自身が滑っているかのようですらあった。以前からやってはいるが、ステップの途中での駆け出すような動作、腕をくの字に上げて首をひねるポーズ、スピンから出るときの慎重でいながら限りなくスムーズな、正確無比な脚のポジショニング、プログラム後半にストレートラインステップとサーキュラーステップを連続させる構成――佐藤有香も1994年に、当時世界最高と謳われたフットワークをプログラム後半にもってきて観客の拍手を浴び、ジャンプではかなわなかったライバルのボナリー選手を抑えて世界女王に輝いたが、あのときのプログラムを彷彿とさせるものだった。ストレートラインステップとサーキュラーステップを連続させるというのは、よほどステップに自信がなくてはできない冒険だ(去年はランビエールがショートでやっていた)。今回の小塚選手はちょっと体力負けしている部分があるように見受けられた。あの氷の上を音もなく跳ねるような、誰にも真似のできない見事なステップで世界チャンピオンになった佐藤有香がそうであったように、小塚選手も多彩な長いステップで観客を圧倒できれば、点数はもっと上がってくる。だが、そうは言っても、小塚選手ならではの素晴らしさにも目を奪われた。フライングシットスピンに入るときに振り上げる脚の高さとポジションの美しさは恐らく世界一だろう。今回ことに目を惹いたのは、イーグルへの入り方と出方の流麗さ。あれほどスムーズに身体を使える選手はそうはいない。イーグルのポジションで滑る時間自体は短いのだが、その瞬間、小塚選手が大きく見え、はっと胸をつかれるような「華」がある。身体の動きがスムーズだというのはつまり、エッジ遣いが秀逸だということ。エッジ遣いにはもともと定評のある小塚選手だが、たとえば、小さく跳び上がり、素早い回転動作とともにエッジを返す、そのキレのよさは、まるで「スケート靴の刃が一瞬きらめいて見える」ほど。清潔で正確、品行方正な滑りは和製トッド・エルドリッジと呼ぶにふさわしい。スピンの軸がブレず、きちっと回れるところもエルドリッジのテクニックを思い起こさせる。クラシック系よりも現代音楽が似合うところも同じだ。今回はジャズを使ったが、小塚選手の個性にピタリとはまっていた。ただ、エルドリッジもそうだったが、こうした優等生的なスケーターは、曲選びがだんだん難しくなる。まだ先の話だが、キャリアを重ねるにつれ、見た目の新鮮さをどうやって保っていくかが課題になるだろう。この勢いでフリーに……と言いたいところだが、そうはうまく行かないのがフィギュア・スケートの難しいところ。小塚選手の欠点は、依然として「ジャンプ」だと思う。時間の長いフリーでジャンプを決めるには、体力と精神力が必要になる。日本男子シングルで、現段階で世界トップを争えるのが高橋選手しかいないのは、彼しか4回転を跳べる選手がいないからだ。もちろん、ステップやスピン、表現力といった要素も大切だが、やはり今のフィギュアではジャンプの比重が高い。しかも、今年からはルールが変わり、4回転の基礎点が高くなった。失敗すれば減点も大きいから、4回転がない選手でも優勝できるチャンスがないわけではないが、それはあくまで他の選手の失敗待ちになる。織田選手は4回転を本格的に練習し始めてから、他のジャンプの調子を崩した。小塚選手が和製エルドリッジなら、織田選手は日本のスコット・ハミルトン。クルクルッと回り、ピタリと決める。着氷のスムーズさで見れば、アクセルジャンプ以外(織田選手はトリプルアクセルが苦手だ)なら高橋選手よりきれいに降りる。ジャンプの失敗がないことで、グランプリシリーズを制したこともある織田選手だが、先々シーズン(先シーズンは出場停止と自粛で試合に出なかった)はそのジャンプにミスが出て結果がついてこなかった。小塚選手も4回転をやるとかやらないとか取りざたされているが、彼の場合は、4回転を跳ぶより、その他のジャンプをすべてきれいに決めることのほうが優先的な重要課題だ。高橋選手なら4回転を入れて、かつその他のジャンプをミスなく降りる実力がある。小塚選手はまだその段階には達していない。4回転を入れれば失敗するか、成功しても他のジャンプのミスを誘発する可能性が高い。滑りのうまい小塚選手なら、たとえ4回転がなくても、他のジャンプに失敗がなければ世界で5指に入るぐらいの実力はあるはず。ただ、世界トップを狙うためには4回転は必要になる。フリーでどうするのかは、佐藤コーチの判断によるところが大きいが、佐藤コーチという人は基本的に、「できないことをやるより、できることをすべてきちっとこなす」ことのほうを優先させる人だ。そのコーチが小塚選手のジャンプ構成をどうもってくるか、フリーの注目点だろう。小塚選手は「まだ19歳」だと思うかもしれない。確かにエルドリッジの時代だったらそう言えただろう。エルドリッジが世界チャンピオンになったのは、24歳のときだ。だが、今は? 先日ランビエールが引退を表明したが、彼はまだ23歳。男子シングルのスケーターの選手生命は以前より確実に短くなってしまった。これは明らかに4回転時代に入ってからだ。4回転を跳ぶ選手は、それだけ選手生命が短い。25歳ぐらいで――いや、むしろ25歳を待たずして――ほとんど皆、深刻な怪我に見舞われ、引退を余儀なくされている。それが今の男子選手の残酷な現実なのだ。4回転を(ほとんど)跳ばなかったエルドリッジはプロ転向後も、現役時代とさほど変わらぬスケートを披露することができた。ところが、ヤグディンもプルシェンコも怪我以降は、全盛時代とは別人のようになってしまった。本田武史もティモシー・ゲーブルもほとんど同じ運命。しかも、終わりは突然来る。こんなことは4回転時代以前の選手にはなかった悲劇だ。19歳の小塚選手だが、世界のトップを争うのにまだ早すぎるということはないのだ。今年は彼にとって飛翔すべき年であり、つまりは勝負の年。注目して見守りたい。やはりなんといっても、「ジャンプの出来」がすべてを決める。最後のライバルの印象を。ライザチェック選手は4回転を入れるのをやめ、その変わり去年以上にプログラムの密度を濃くしてきた。これは去年の高橋選手の作戦と同じ。身体はよく動いていたので、フリーでも期待できる。ウィアー選手のほうは逆に、もうひとつの仕上がり。ジャンプで着氷がツーフットになったほかにも、ときどき浮き足のエッジが氷をこするミスがあった。長いフリーをうまくまとめてこれるのか、4回転――もともとウィアー選手はライザチェック選手に比べると4回転の安定度は落ちる――は入るのか、ショートの出来を見ると、若干不安が残る。
2008.10.26
全90件 (90件中 51-90件目)