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今季からジョニー・ウィアーの横に座っているコーチが誰かわかる人はかなりのフィギュア通だろう。答えはガリーナ・ズミエフスカヤ。全盛期のロシアスケート界でオクサナ・バイウル、ビクトール・ペトレンコというオリンピックチャンピオンを育てた名コーチで、本田武史選手が短期間ついていたこともある。しかも、今回ウィアー選手の横にはガリーナコーチだけでなく、ペトレンコ自身の姿もあった。世界トップレベルの選手のコーチとして晴れの舞台に帰ってきたペトレンコの姿を見るのは初めてで、新鮮な驚きがあった。べトレンコはガリーナコーチの娘と結婚しているから、ガリーナファミリーでウィアーのコーチングをしているということだろう。ウィアー選手はジュニアの世界王者になったこともあり、アメリカ選手権をかつては3連覇した。だがトリノオリンピックのあたりから伸び悩み、その後は怪我もあって低迷し始め、ライザチェックに全米王座を譲る格好になっていた。年齢的にも23歳と微妙で、このまま消えていくか、復活できるか、今年は勝負の年だった。その年にウィアーが決断したのは、コーチを替え、ズミエフスカヤに師事する、ということだった。世界から注目された10代後半のころのウィアー選手の持ち味は、細く長い四肢を使った繊細で華麗なスケーティング。少女漫画から抜け出たような、アンドロギュノス的な美貌にバレエを思わせる線の美しさで若い女性ファンを魅了してきた。だが、20歳を超え、男性的な筋肉を備えた身体を作る時期に自分のイメージが変わってしまうことを恐れ、ジャンプを跳ぶためのトレーニングを怠ったことがその後の低迷につながってしまう。20歳を超えた男性はアンドロギュノスではいられない。今のウィアー選手はそれを自覚し、これから進むべき自分の世界をはっきりと自覚したようだ。それはこれまでのウィアー選手のイメージとはまったく違う、やや重い、ドラマチックな音楽を使ったフリープログラムに表れていた。ぺトレンコがそばにいるということは、当然ペトレンコ風の表現になっていくことは想像に難くない。ペトレンコは重厚で風格のある表現力で、カナダのブラウニング選手と覇を競った選手だ。ウィアー選手はこれまでの華麗で繊細な表現ではなく、ロシア的な重厚感と深い叙情性をたたえる世界を作ろうとしているのだろう。この戦略は今年の結果から言うと、大変にうまく行った。昨年は8位と低迷した世界選手権で今年はいきなり銅メダル。優勝候補筆頭だった高橋選手をかわしてのメダルは価値が高い。昨年までの調子だと、今年はもう10位にも入れずにそのまま消えていってしまうかもしれない危険性もあったのだ。それをここまで持ち直してきたのは立派。これまで跳べなかった4回転もだいぶ決まるようになってきた。フリーでは両足着氷だったが、とりあえず降りたように見えた。プロトコルを見ると結局ダウングレード判定され、3回転の失敗として1.57点しかつかなかったが、中野選手のトリプルアクセルと同じく、ほぼ決めたといってもいい出来だったと思う。そのほかのジャンプもやや不安定で、GOEを見ても加点と減点が入り混じる評価だったが、ここ数シーズンのウィアー選手はフリーでことごとくジャンプを失敗してきたから、それから比べると段違いによくなった。ウィアー選手をいきなりここまで立て直したことでガリーナコーチも再び脚光を浴びるだろう。母親的な包容力のあるガリーナさんにペトレンコのテクニックが加わればかなり強力なチームとなりそうだ。タワソワが健康問題で事実上コーチ業を引退し(振り付けはやっている)、その名声が高まることでモロゾフがあまりに多忙になった今、ガリーナ&ペトレンコチームが世界チャンピオンを育てる日も近いかもしれない。ランビエール選手について過去のエントリーをご覧いただけばわかるとおり、Mizumizuはランビエールの「ポエタ(フラメンコ)」を過剰なぐらい褒め称えてきた。フィギュアという概念をはるかに超えた、オリジナリティあふれる魅惑のダンス芸術。フラメンコダンサーと作ったというポエタの振り付けはまさしく不世出の名プログラムだった。同時に超絶技巧でもあった。最初から最後まで手の振りがほぼ休みなく入り、最初から最後までステップを踏む。通常大技のジャンプを決めるためには選手はかなり助走しなければならない。高橋選手は4回転を2度先に跳んでしまうプログラムを作ったが、見ての通り、最初はほとんどただ滑って勢いをつけているだけだ。ランビエール選手のプログラムは単なる「助走」がほとんどない。細かく複雑なステップの合間にジャンプを入れていく。あまりの難しさに、ランビエール選手はとうとう、2ジーズン連続で滑ったにもかかわらず、ただの一度もミスなく演技することができなかった。今回は最後のチャンスだったから、ランビエール選手がこの試合にかける意気込みは人一倍だったはずだ。だが、フタをあけてみれば、出来は最低に近いもの。得意の4回転を2度入れたが、どちらも不完全、苦手のトリプルアクセルもダメ、それどころか普通は難なく決めているルッツさえ高さが出ずにきれいに着氷できなかった。このプログラムは結局、超絶技巧すぎたということだ。難度の高いジャンプとは決して両立させることはできない「幻のプログラム」。誰も弾きこさせないピアノ曲のようなものだろう。同時にもう1つはっきりしたことがある。芸術性の高いダンスプログラムを作ってしまったら、今のフィギュアのルールではジャンパーには勝てないということだ。芸術性というのは要素と要素のつなぎの密度を濃くしてこそ高まる。だが、それによって運動量が増えれば、点数になる要素に気持ちを集中することは難しくなる。現行のルールのもとでは、決められた要素をきっちりとこなした選手が勝つ。もっといえば、ジャンプさえよければ勝てるのだ。高橋選手は「銀河点」を叩き出した4大陸選手権のあと、「スピンの強化」を課題にあげた。確かに世界選手権では4大陸でレベル3だったスピンを1つレベル4に上げた。だが、点数の合計でみると、フリーのスピンの合計点は12.94点から13.09点になったにすぎない。スピンの点など3回転以上のジャンプにつく基礎点とGOEに比べたら微々たるものなのだ。結局ジャンプがすべてといってもいい。ジャンプは難度が高いほうがいいが、高すぎると今度はリスクが高くていけない。そこそこの難度のジャンプをすべてきれいに決めることのできる選手が有利なシステムだ。ジャンプ大会にしないつもりで作った新採点システム、しかも今シーズン前に判定を厳密化したことが、フィギュアを完全にジャンプ大会に変えてしまった。バトル選手は4回転を跳ばずに優勝したじゃないか、と言われるかもしれない。だが、それはあくまで他の選手がジャンプを失敗したからに過ぎない。もっといえば、4大陸での高橋選手の「4回転2回完璧」の衝撃が、他のトップ選手に「フリーでは自分も4回転2度入れなければいけない」というプレッシャーを生み、優勝候補が軒並み自滅するという結果を招いたともいえる。ベルネル選手など、ヨーロッパ選手権でのジャンプ構成を完全に捨てて、わざわざ高橋選手と同じ「最初に2回4回転を入れる」構成に変えて挑戦してきた。結果は完全に裏目に出たが。ランビエール選手はどうするだろう。彼の目指した芸術性の高いフィギュアはもはや試合ではリスクを高めるだけだ。一度引退に傾いた彼の気持ちを再び駆り立てものは、誰も演じたことのないような芸術性の高いプログラムを演じて見せたいという情熱だった。その目標を犠牲にして、ジャンプを決めることだけに注力したプログラムを作り、再び試合に勝とうとすることがランビエール選手の中で意味をもつだろうか。すでに彼は世界選手権も連覇し、オリンピックでもメダルを獲っている。今後のランビエール選手にとっての一番の問題は、モチベーションの低下とどう闘うかということになってくると思う。ちなみにランビエール選手がEXで滑った「ロミオとジュリエット」は作曲ニーノ・ロータ。今拙ブログで連載しているヴィスコンティ監督の助手だったゼフィレッリ監督の同名の出世作で使われた映画音楽。<フィギュアネタは本日で終わりです。また来シーズンにお会いしましょう。明日からは、古い映画ネタの続きに戻ります>
2008.03.25
2008年フィギュア世界選手権男子シングルを制したのは、カナダのジェフリー・バトル選手だった。これは本当に素晴らしいことだと思う。バトル選手はすでに25歳。解説をやっている本田武史と競ってきた選手で、フィギュア界では高橋選手より「ひと世代上」ということになる。ジャンプ重視の現在のフィギュアでは「そろそろ引退する時期」「もう終わってる選手」と見られてしまう年齢だ。事実、ここ最近のバトル選手の成績は振るわなかった。今大会のカナダの国内大会ではチャンに負けて2位。それほどレベルの高くないカナダでタイトルが獲れなかったということは、「もう世代交代」だというという目で見られても仕方がない状況だった。ところが、もっとも大事な世界大会でショートをノーミスで終えて1位。フリーでも4回転こそないもののジャンプをことごとくきれいに成功させ、スピンではすべてレベル4を並べた。プロトコルの得点を計算すると、バトル選手のスピンでの得点はランビエール選手より高かった。また、GOEで減点がほとんどない(「ほとんど」というのは1人だけルッツにマイナス1をつけた変わり者のジャッジがいたからだ)。すべての要素で加点をもらう超優等生のプロトコル。品行方正なバトル選手にふさわしい「成績表」になった。バトル選手の持ち味はクリーンでシャープなスケーティング。清潔感あふれる表現力。軸がまったくぶれない驚異的な精度のスピン。そうした強みを全部出し切った。加えて、バトル選手の「お約束」になっていた最後のルッツでの失敗がなかった。いつも失敗しているフリー最後のジャンプ。これを跳ぶ前は見ていてこちらも緊張したが、根性で回って降りてきた。これがなんといっても一番賞賛すべき点だと思う。フリーの総合点はなんと163.07。高橋選手の4大陸の175.84点には及ばないものの、同じく4大陸での自身のフリーの得点150.17を10点以上上回るハイスコアだった。ちなみに4回転を一度決めて優勝したランビエール選手のグランプリファイナルのフリーが155.30だったから、いかにバトル選手の得点が高かったかわかると思う。これは4回転という大技がなくても、すべての要素を取りこぼしなくきちっとこなして加点をもらえば、勝てるという証明でもある。バトル選手はキム・ヨナ選手と同じ方向性で勝ったのだ。大会が大きくなればなるほど、「大技をもつ選手」ではなく、「失敗をしない選手」が勝つ傾向は高まる。一番よい例はトリノ五輪の荒川選手だろう。荒川選手は公式練習ではバンバン跳んでいた3+3を本番であえて回避し、完璧な演技を見せた。演技終了時点ではメダルの色は微妙だったが、後に続く金メダル候補のスルツカヤ選手もコーエン選手もジャンプで転倒した。スルツカヤがあんなところでコケるのなんて見たことない。こういうことが起こるのが大きな試合の特徴だ。バトル選手の場合、最終グループの最終滑走で、優勝候補選手がバタバタ失敗して自滅していたから心理的に有利だったと考える人もいるかもしれない。だが、それはちょっと違うと思う。一番心理的に優位に立ったのは4回転が安定しているジュベール選手だったはずだ。事実、ジュベール選手は事前の申告では「3回跳ぶ」としていた4回転ジャンプを1度に抑えて、ジャンプミスのほとんどない演技を見せた。ジュベール選手がもし最終グループの最初のほうに滑っていたら、4回転を複数入れざるをえず、結果失敗してメダルはなかったかもしれない。ところが、ジュベール選手は最後から2人目。その前に滑った優勝候補が軒並み自滅した。後ろにいるのは「たいしたことない」バトル選手だけ。バトル選手には4回転はないし、ジャンプもどこかで必ず失敗する。だとしたら4回転は1度で十分。そんな計算がジュベールのコーチにあっただろうと思う。事実ジュベール選手は演技が終わったとき優勝を確信しているように見えた。最後に滑るバトル選手はジュベール選手よりずっと精神的にキツイ立場だったはずだ。ショートを1位で滑って、生涯初めての世界選手権での金メダルが目の前にぶら下がっている。なまじっかトップ選手が崩れたことで、ますますチャンスが高まった。そういう状況であれだけの完璧な演技をするのは並大抵のことではない。やはりバトル選手がこれまで積み上げてきた「経験」がものを言った。これまで何度もチャンスがありながら、ことごとく自分のミスでつぶしてきた過去の苦い思いがあってこその完璧な演技だったと思う。長い苦労が報われて、本当によかった。彼はインタビューや日ごろの態度も、素晴らしいとしかいいようのない青年だ。そうした選手が栄光を手にするのを見るのは嬉しい。実はジュベール選手の得点がもう1つ伸びなかったのにはワケがある。ジュベールはフリップでwrong edge判定を受けている。ショートではボーカルを使ったということで「音楽の違反」で1点減点された。この音楽の違反はジュベール陣営には意外だったらしく、キス&クライでコーチとジュベール選手が猛烈に不審がっていた(ショートの録画をしてる人は見てください。転倒が1回なのに2点引かれ、驚いているジュベール選手とコーチの姿が映っています)。あの態度をみると同じ曲をヨーロッパ選手権で使って、そのときはボーカルと見なされなかったのかもしれない。だが、ボーカル禁止はルールなのだから、なぜわざわざボーカルに聞こえるような声(音?)を入れたのかちょっとわからない。とはいえ、怪我があってシーズン途中でグランプリシリーズを離脱した世界チャンピオンがここで底力を見せたのはやはり素晴らしいことだ。今シーズン力を入れたというカート・ブラウニング振り付けのステップは期待したほどではなかったが、ここ一番でジャンプにミスがないというのは実力がある証拠だ。だが、フリーのとき、リンクに入ってから口にふくんだ水をそのままペッと吐き出したのはいただけない。フランス人選手のマナーの悪さ(特に気に入らないことがあったとき)はほとんど伝統だが、「ジュベールよ、お前もか」と思ってしまった。<明日はウィアー選手が「復活できた理由」についてです>
2008.03.24
誰がこんな結果を予想しただろう? 優勝候補の3人――四大陸で史上最高得点をたたき出して優勝した高橋選手、グランプリファイナルで高橋選手を破ったランビエール選手、ヨーロッパ選手権を制して波にのるベルネル選手――は誰もメダルを獲れなかった。優勝したのは4回転を跳ばず、ショートとフリーをミスなくまとめたカナダのバトル選手だった。それについてはまた後日書くとして、テレビの解説でおそらく、一般の方が一番わからなかったであろう「高橋選手の最後のルッツが0点になった」ことについて説明しようと思う。本田武史は実に正確に説明していたが、あの話はフィギュアのジャンプに関する基本ルールを知っていないと理解できないと思う。男子フリーの場合、連続ジャンプは3箇所(2連続・3連続という話ではなく、あくまで3箇所)で入れることができる。4箇所で連続ジャンプを入れてしまうと4つ目のジャンプは0点になってしまう。「高橋選手は4回も連続ジャンプを跳ばなかった」と言われるかもしれない。それはそのとおり。高橋選手が「実際に」跳んだ連続ジャンプは2回だけだった。だが、別のルールがからんでくるために、跳んでもいない連続ジャンプを跳んだとみなされるのだ。その別のルールとは、「同じ種類の3回転以上のジャンプは、2回まで入れていいが、そのうち1回は必ず連続ジャンプにしなければならない」というルールだ。つまり単独で同じジャンプを2度跳んでしまう(つまり連続ジャンプにできない)と、2度目のジャンプは自動的に連続ジャンプの箇所としてカウントされる、ということだ。もちろん得点がのびるわけではない。ただ、連続ジャンプの箇所数としてカウントされるというだけのこと。高橋選手のフリーのプロトコルのうち、ジャンプだけを抽出してみよう。ジャンプの種類 GOE後の実際の得点1) 4T 10.43点2) 4T<+SEQ(<は回転不足によるダウングレード。SEQは本当は連続ジャンプにしなければいけなかったという意味だと考えるとよい) 0.20点3) 3A 7.5点4) 3A+SEQ(こちらはダウングレードなし。SEQは同じく本当は連続ジャンプにしなければいけなかった箇所) 4.17点5) 3F+3T(これが高橋選手が実際に跳んだ連続ジャンプ)10.74点6) 3S 5.24点7) 3Lo 4.79点8) 3Lz+2T 0点このように2)と4)と5)と8)の4箇所で連続ジャンプを跳んだとみなされるため、最後の8)は0点となる。つまり8)で2Tさえ「つけなければ」3Lzの後半の基礎点6.6点はちゃんと加算されていた。きれいに跳んだからおそらく加点もついただろう。4大陸のときはちゃんと単独ルッツで加点をもらって7.6点も稼いでいる。つまり、2Tをつけてしまったがために、7点近い点を失ったのだ。アナウンサーが「最後に2Tをつけなければメダルに手が届いた」と言っていたのはそういうことだ。高橋選手のジャンプの構成は4大陸と同じだった。4大陸でのジャンプは3LoのGOEで引かれた以外は完璧。1) 4T 10.292) 4T+2T 10.733) 3A 9.54) 3A+2T+2Lo 12.95) 3F+3T 11.886) 3S 5.667) 3Lo 4.648) 3Lz 7.6基本的にこの構成で、最後の8に2Tをつけてしまったと考えると「連続ジャンプが4箇所だった」ということに納得がいくだろうと思う。この構成で行くつもりが、2)と4)で転倒とお手つきがあり、連続ジャンプを入れられなかった。入れられなかったことで同じ種類の単独ジャンプを2度跳んだことになり、自動的にそれは「連続ジャンプの箇所」にカウントされたというわけ。最後に高橋選手が2Tを回ったとき、テレビの前のMizumizuは信じられなかった。まさに悪夢。最後のルッツの点をモロに失うのは本当に大きい。モロゾフコーチも凍りついただろう。構成は4大陸と同じなのだから、決められた箇所での連続ジャンプで失敗してもほかの単独ジャンプを連続ジャンプにしてはいけない。モロゾフのジャンプ構成はそれを非常にわかりやすく選手に印象づけるようになっている。最初に2回の4T、次に2回の3Aを跳ぶのだから、連続ジャンプはもう1箇所でしか入れられない。なのになぜ? 高橋選手に聞くほかないが、2)の4Tを自分の中で3Tのミスと勘違いしたのかもしれない。実はランビエールに負けたグランプリファイナルのときの高橋選手のジャンプ構成は、1) 3T2) 4T3) 3A4) 3A+2T+2Lo5) 3F6) 2S7) 3Lo8) 3Lz+2Tだった。つまりこのときは3回入れていい連続ジャンプを2箇所でしか入れず、損をしている。負けたランビエール選手との差は僅差だったから、どこかで2Tだけでも回っておけば勝ったのになあ、などと思ったものだ。高橋選手にはこのときの構成が頭にあったのかもしれない。どちらにしろ、冷静ならばやるわけない失敗なのだが、案外このキックアウトでどど~んと減点される選手は多い。拙ブログでは全日本選手権のときの太田選手に起こったこのキックアウトの悪夢を取り上げたが、織田選手も何度かやっている。これも考えてみれば不合理なのだ。今回の2)のジャンプは回転不足でダウングレードしている。つまり3回転トゥループの失敗と見なされている。ところが連続ジャンプの回数カウントでは4回転としてカウントするのだ。回転不足のダウングレード判定がいかに多くの矛盾を引き起こすかわかると思う。高橋選手のフリーは2度目の4回転を失敗したのは仕方ないとしても、得意のトリプルアクセルが決まらず連続にできなかったこと、そのほかのジャンプにもミスが出たことが大きかった。これはやはり極度の緊張を強いられる世界選手権で大技を決めることがいかに難しいかを示した結果となった。大技は、決めたあとは集中力が切れて別のジャンプを失敗したり、決められなかったときは精神的にダメージを受けて次からのジャンプに精彩を欠いたりする。全日本、4大陸とほぼパーフェクトに決めてきて、実力はあることを証明した高橋選手だったが、やはり重要な試合になればなるほど、普段どおりにはできなくなる。最初にトリプルアクセルを跳ぶ前にコケて、ほとんど演技が中断しそうになりながら、それ以降はほぼパーフェクトに跳んだ浅田選手とは対照的だった。これは精神力の違いだろうと思う。ただ、4回転1回でもメダルは獲れそうだった状態で、あえてモロゾフが4回転2度を認めたのは(モロゾフは直前に回避策を指示したが、けっきょく高橋選手が押し切った)、オリンピックまでに完成させようという気持ちからだと思う。何回やってもできるぐらいまでこのジャンプ構成を自分のものにすれば、また「銀河点」が出ることはわかっている。国際大会ですでに一度やっていることだから不可能ではないはずだし、今回の世界選手権でも4大陸の高橋選手をしのぐジャンプを見せた選手はいなかった。来シーズンに期待しよう。
2008.03.23
トリプルアクセルでめったに見ないような大失敗をして、フリーではキム選手に続く2位だったものの、合計で逃げ切って1位に輝いた浅田真央選手。これまで大きな大会では浅田選手にはいろいろな不運が重なったが、今回の優勝は逆にかなりラッキーだった。「キム選手がルッツで失敗してくれないと、浅田選手は勝てない」と過去のエントリーに書いたが、今回はズバリ、キム選手がショート、それにフリーの後半と2回も単独ルッツを失敗した。実はこの失敗が何よりもキム選手にとっては痛かった。フリーではキム選手は前半にトリプルルッツ+ダブルトゥループのコンビネーションを跳び、かつ後半で単独のルッツを跳ぶ。そしてキム選手のルッツにはとんでもない高得点が与えられる。グランプリファイナルのときの浅田選手との直接対決を思い出してみよう。フリーで浅田選手はトリプルアクセルを見た目きれいに決めた。ところがこのジャンプは多少着氷がツーフットになった。そこで基礎点の7.5点から減点されて6.7点。キム選手が後半に跳んだトリプルルッツは10%増しの6.6点の基礎点に加点が加わってなんと7.8点。トリプルアクセルより高い点になっているのだ。繰り返すが、これはまったく不合理だ。いくら飛距離と高さがあるといってもルッツはルッツ。アクセルの難しさとは比較にならない。ところが、現行のルールにしたがうとこんな本末転倒な点数が出てしまう。トリプルルッツはキム選手にとって、浅田選手の不安定でなかなか決まらないトリプルアクセルより、ずっと確実に点を稼げる武器なのだ。加えて今シーズンの浅田選手はエッジ問題で、ルッツを跳ぶたびに減点され、きれいに決めても4.7点程度にしかならない。着氷で乱れるとすぐに3点台に落とされる。このルッツでの点差はどうやっても埋めることはできないのだ。ところが、今回のキム・ヨナ選手は後半にトリプルルッツを跳ぶ体力がなかった。ショートでの失敗も頭をよぎったかもしれない。無理に挑戦してコケてはいけない…… そんな気持ちからか、ルッツはすっぽ抜け、1回転のルッツになってしまった。この1回転ルッツに与えられた点は結局0.69点。実はショートでコケたトリプルルッツは、昨日も書いたように、2点になっている。コケたルッツのほうが、コケなかった1回転ジャンプより1点以上点が高い。こんなジョークみたいな点がつくから今の採点システムはわけわからないのだが、つまりは、フリー後半でキム選手は、このルッツが決まらなかったことでグランプリファイナルのときと比べて、7.11点も損をしたことになるのだ。このルッツ「さえ」決めていれば技術点は71.93点と70点台にのったのだ(今回64.82点)。もう1つ、グランプリファイナルのときにキム選手はトリプルループ(基礎点5.5)で転倒している。そこで今回は苦手なトリプルループを回避して、得意なダブルアクセル(基礎点3.5)に変えてきた。これは決まったが、ダブルアクセルはダブルアクセル。点数は加点をもらっても4.07点にしかならなかった。単独のトリプルループに関しては、浅田選手は絶対的な強さを持っている。失敗したことはほとんどないし、実際今回のフリーでも後半に入れて10%増しにし、さらに加点をもらって6.64点もの点を稼いでいる。キム選手がトリプルループを入れられないことで浅田選手が稼いだ点も隠された勝因の1つだ。さらにキム選手はやはり後半に失速した。得意の腕の表現を抑制して体力を温存、ジャンプに集中し、前半に連続をかためて点を稼いだものの、後半の大事なトリプルルッツをシングルにしてしまい、トリプルサルコウも不完全な着氷で減点されて点がのびなかった。得意のCoSpでもレベル3で点数は2.64点。これまでレベル4を並べてきたキム選手としたら失敗だろう。ステップはレベル3でレベル自体は過去と変わらないが加点があまりつかずに3.39点。浅田選手は前半のCoSpで3.57点。後半のステップは非常に力強く魅せて4.03点。浅田選手も最初のトリプルアクセルの失敗でマイナス1点になっている。グランプリファイナルでは6.7点、4大陸ではこのトリプルアクセル1つだけで9.36点もの点数を稼ぎ出しているから、トリプルアクセルさえ決めれば同じく技術点を70点台にのせていた。浅田選手のジャンプ以外の目立った失敗はスパイラル。これを危惧しているのはすでに述べたが、今回脚をあげている時間が足りずにレベル1に落とされて2.3点。4大陸ではレベル4で4.4点だったのだ。では、試合前にあげたジャンプの課題はどうだったのだろう。1 最初のトリプルアクセルを、着氷時の浮き足がこするツーフットなしで決めること。これはダメだった。見たこともないような「跳ぶ前のコケ」。最悪の結果だった。今季のトリプルアクセルは結局、昨シーズンよりさらに悪くなったということになった。2 前半に行う3回転フリップ+3回転トゥループのジャンプのトゥループを回転不足なしで決めるか、もしくは2回目のジャンプを別のジャンプにして完璧に決めること。これは見事に決めて、加点までもらっている。10.93点。キム選手が同じジャンプで11.36点。飛距離に劣るせいか加点ではやや負けているが、それでもほぼ互角。これでセカンドにトリプルトゥループも跳べることを浅田選手は証明した。4大陸では5.51点にしかなっていなかったジャンプだ。3 トリプルルッツの着氷で乱れないようにすること。これもクリアした。5.5の基礎点に対して4.71点。今シーズンの目標としてはOKだろう。4 後半に行うダブルアクセル+2ループ+2ループの3連続ジャンプで回転不足や着氷時のツーフットがないようにすること。これも見事にクリア。加点は控えめだったが7.86点。5 後半に行う3フリップ+3ループのループを回転不足にせずに決めること。残念ながら、これは見た目にはきれいに決めたように見えたが2つ目のループをダウングレードされてしまった。やや回転不足だったかもしれない。6.7点にしかならなかった。4大陸では12.41点もの点を稼ぎ出した連続ジャンプ。5.71点も低い。見た目はほとんど変わらないのだが、やはりループは回転不足判定にされやすいという浅田選手の欠点は完全に克服できたとはいえない。キム選手のトリプルルッツ+ダブルトゥループ(+ダブルループがつくこともある)に対抗するためには、このジャンプはやはり回転不足にならずに決めたい。4大陸のときの浅田選手は技術点が71.91、今回は61.89点だから、やはり出来としてはよくない。演技・構成点(つまりは表現力)で60.57とキム・ヨナ選手(58.56)より高くもらったのも助かった。体力に不安のあるキム選手は得意の腕の表現も大きさがなかったし、いつものようなメリハリにも欠けた。後半は明らかに動きに精彩を欠いていて、ステップの印象も細ってしまった。浅田選手は逆に後半になるにしたがってぐいぐいと盛り上がり、華やかな躍動感が伝わってきた。これは2人の体力の差を示している。それが演技・構成点の違いとなって出たかもしれない。コストナー選手の銀メダルに関してはセカンドのトリプルトゥループを一部不完全ながら決め、「お約束」のフリーでの転倒がなく、お手つきをしても回転不足と見なされずダウングレードされなかったことが大きい。キム選手の点の取りこぼしに助けられた部分もあるし、ヨーロッパ開催ということで、たとえばスパイラルの判定などは、明らかに甘かった。判定競技ではある程度は仕方がないことだろう。浅田選手の優勝が他の選手の失敗に助けられたものであることは間違いないが、試合とは常にそういうものだ。トリプルアクセルでマイナス1になり、後半の3F+3Loをダウングレード判定されながら、一番点を取ったということは賞賛に値する。だが、やはり課題も多い。トリプルアクセルは2年前のシーズンの調子には戻っていない。セカンドジャンプの回転不足も、こっちができればあっちができない。どこかでミスが出る。ルッツは矯正しなければならない(これは一番大変かもしれない)。スパイラルの取りこぼしはプログラムの構成で防いでいくようにするべきだろう。だが、あれだけの難度のジャンプを全部完璧に決めるなど、ほとんど女子のレベルを超えてくる話だ。繰り返し強調するが、今もっているジャンプを浅田選手がミスなく決めることができれば、誰も浅田選手には歯が立たない。浅田選手が目指すべきは、「ステップからのトリプルアクセル」だとか「4回転ループ」だとかではなく、今もっているジャンプを「誰にも文句言わせないくらい」完全なものにすることだけだのだが、それはまた非常に難しいだろう。
2008.03.22
浅田選手の優勝で終わった今回のフィギュア世界選手権女子シングル。結果は妥当だと思うが、最後の中野選手のフリー演技の低い点数には納得できない方も多いのではないだろうか。最終滑走、(見た目)ノーミスできれいにまとまった中野選手の演技が終了、満場の拍手とスタンディングオベーション。ホームの日本ではない。北欧スウェーデンの観客が自然に立ち上がって中野選手をたたえたのだ。「ノーミスですね~」「素晴らしかったですね~」。解説者も興奮気味。これはメダル間違いなし? 金? 銀? 期待が盛り上がる。ところが点が出て、「あれ~?」。フリーの得点は56.98+59.32で116.30。ちょっとフィギュアに詳しいファンなら「120点いってない?? うそ? なんで?」という反応だろう。この低い点数、拙ブログを読んでいる方なら察しがつくだろうと思う。そう、中野選手の最大の武器であり、かつ一見「決めたように見えた」トリプルアクセルが点数上は「ダブルアクセルの失敗」とみなされたのだ。つまり、回転不足によるダウングレードをくらったということだ。何度も説明しているが、初めてこのブログを読む方のためにもう一度簡単に説明すると、ジャンプで4分の1回転以上回転不足で降りてきたとみなされた場合、3回転なら2回転へ基礎点を下げられ、さらにGOEという複数のジャッジがジャンプの質を(マイナス3からプラス3までの間で)評価する加点・減点でも減点されてしまう。トリプルアクセルの基礎点 7.5点ダブルアクセルの基礎点 3.5点こんなに違うのだ。今回のフリーで中野選手のトリプルアクセルは着氷が回転不足と判断された。そこで基礎点が3.5となった。次にGOEを見ると、12人のジャッジがそれぞれマイナス1とマイナス2をつけている。結果として中野選手が獲得したこの最初のトリプルアクセル(に見えたジャンプ)での点数はたったの2.24点!普通に跳んだダブルアクセル3.5点より低いのだ。さらに言えば、ダブルアクセルをきれいに決めればGOEで加点がつく。キム・ヨナ選手がフリーの最初のほうで入れた単独のダブルアクセルはこの加点をもらって4.07点になっている。トリプルアクセルをほんの少し回転不足にしてしまうと、とたんに普通にきれいに跳んだダブルアクセルよりずっと低い点になってしまう。これが今のフィギュアのルールなのだ。ちなみにキム・ヨナ選手はショートのトリプルルッツで大オケした。で、あの点数、何点だと思いますか? 基礎点が6点。回転不足で降りてきてコケたと見なされ「なかった」ためにダウングレードなし。GOEでマイナス3。ここで得点が3点。別枠で「転倒でのマイナス1点」で減点されて、2点。中野選手のトリプルアクセルよりわずか0.24点低いだけ! こんな点のつけ方がまっとうだと思う人がいるだろうか? 転倒ジャンプは回転不足とか、GOEでマイナス3とか、別枠でマイナス1とか、わけのわからない引き方をせずに、一律で0点にする。それで何も問題ないはずだ。中野選手のプロトコルをみると、後半に入れた単独のトリプルフリップでもダウングレードがある。トリプルフリップの基礎点は5.5点だが、後半だと10%増しの点数になる。ところが、回転不足で降りてきたとみなされたためにダウングレードされ、基礎点がたったの1.87(つまりダブルフリップの10%増しの基礎点)に下げられたうえ、GOEで減点されて1.48点。見た目は3回転フリップを決めたように見えるのに、たったの1.48点にしかなっていないのだ。ノーミスに見えて、実はこれだけミスをしたと判定されれば、点がのびるわけがない。「あれ~?」という結果になるのは当然だ。回転不足というのは、これも何度も書いているが、素人目にはほとんどわからないことが多い。着氷の際の「お手つき」は明らかなミスで、誰でもわかる。コストナー選手は2度お手つきをしたから、印象としてはミスが多かったということになる。ところが回転不足で着氷したとは見なされなかった。だからダウングレードがなく、GOEだけの減点に留まり、結果点数がそれほど下がらなかったのだ。加えて中野選手はセカンドジャンプに3回転がない。コストナー選手は2回セカンドジャンプにトリプルトゥループを入れた。コストナー選手は最初の3F+3T+2だけで基礎点11に対して12点もの点数を稼ぎ出している。セカンドジャンプにトリプルのない中野選手の場合は、後半に跳んだ3T+2T+2Loでの7.48点(これは加点も減点もされなかった)が最高だ。こんなに開いていてはどうやったって追いつけない。きれいにまとまったノーミスのプログラム、観客のスタンディングオベーション。ところが結果はショートから順位を落として4位のメダルなし。こんなふうに一般のファンの印象と出てくる点数が極端に乖離してしまうのが現行の採点システムの大きな問題点なのだ。それぞれの要素を厳密にジャッジしようとするあまり「木を見て山を見ない」採点になってしまっている。同じ木を見ても誰もが同じ判断をするわけではないというのが、また困ったところなのだ。「4分の1以上の回転不足判定(ダウングレード)」は、明らかに、判定をするジャッジによって試合のたびに甘かったり厳しかったりする。それがまたわかりにくさの原因になっている。解説者がよく「回転不足、かもしれない」「もしかしたら回転不足ととられるかも」と言っているのは、いかにその判断が曖昧かを示している。プロが見ていてもよくわらかないのだ。見る角度によっても違ってくる。そんな微妙な判断に非常に大きな点数がからんでくるのが一番の問題なのだ。トリプルアクセルを回転不足で降りたといっても、当然ながらダブルアクセル以上には回っている。ところが、それをダブルアクセルの失敗だと見なすからこんな極端な低い点になる。回転不足はGOEで減点すればいいことだ。基礎点を下げたうえに、二重にGOEで減点するなんて不合理極まりない。どうしてこんな不合理な規定を作ったのかといえば、それは「あまりに難度の高いジャンプへの挑戦」を抑制したかったのだ。特に男子は4回転に比重がいきすぎて、軒並み選手生命が短くなってしまった。4回転を跳ぶ有力選手はほとんど、若にころから怪我に悩まされ、引退を早めてきた。そうした状態に危機感をもった連盟が、「難しいジャンプをリスクをおかして跳ぶより、確実に跳べるジャンプをきれいに決めれば得点が出る」ようなシステムを作ろうとしたのだ。だが、そのためにメチャクチャな理屈を作った(45度以上回転不足だとグレードの低いジャンプの失敗とみなす)ことが、公正なジャッジをゆがめる結果になり、さらに悪いことには、ジャンプの比重は低くなるどころか返って高まってしまっている。3回転以上のジャンプの基礎点の高さとGOEでの極端な加点・減点(3回転以上のジャンプ以外の要素の加点・減点はジャッジが1から3点をつけても、それがそのまま反映されるわけではなく、何掛けかに抑制されている)のために、結局はジャンプを決めなければ点が出ないシステムになってしまったためだ。せめて回転不足判定でのダウングレードだけでも早めに撤廃すべきだ。ジャンプの質を評価することには賛成だが、現状は判断が曖昧なくせに、加えられる、あるいは減点される点数が極端すぎる。このままこの不毛なシステムを続けていくと、一般ファンは「まったく理解できない採点」に愛想をつかせて、フィギュアから離れてしまう。XXXXX安藤選手の途中棄権は残念という以上に心配。ショートでは「右脚で回るスピン」で多少ぐらついたが、左脚に問題があるようには見えなかった。安藤選手の説明では直前の公式練習のアップ時に肉離れを起こしたとか。試合前の合宿でも実は痛めていたという報道もある。左脚ということは、サルコウジャンプを踏み切るほうの脚だ。4回転サルコウをかなりハードに練習していたというし、その影響かもしれない。大技をもつ選手につきまとうリスクだ。特に安藤選手は試合直前の怪我が多い。故障が度重なると精神的にも萎えてくる。すぐに脱臼する右肩も治らないようで、この肩の故障以来安藤選手はビールマンスピンができなくなり、スピンのレベルが取れなくなった。不運が重なっている。ただ今は、怪我が軽いことを祈りたい。<明日は、浅田選手のプロトコルを分析します>
2008.03.21
イエーテボリ(スウェーデン)で行われたフィギュアスケート世界選手権女子ショートプログラム。浅田選手、中野選手が素晴らしい演技を見せた。安藤選手は言われているほど悪くはなかった。スピンで失敗があったが、ジャンプは無難に決めていた。あの出来で8位とは、モロゾフコーチとしてもやや想定外だったかもしれない。ヨーロッパ選手に思わぬ高得点が与えられている。開催国がヨーロッパなので、これはある程度仕方がないかもしれない。ヨーロッパの選手はアジア系の選手にはない成熟した雰囲気をもつ芸術的な演技が魅力だが、ショートとフリーのジャンプを安定してすべて決めることのできる選手がほとんどいない。コストナー選手は、フリーでコケるのがお約束のような選手だ。もちろん今大会はそうした過去の失敗をふまえて、ジャンプのレベルを落としても確実な演技でくるかもしれない。だが、安藤選手とトップのコストナー選手の点差はわずかに5.07。スピンでのぐらつきを見ると脚の状態に不安があるが、フリーの出来次第では逆転も夢ではないので明日に期待しよう。まだプロトコルは発表されていないが、上位の選手のショートの総合点と技術点+演技・構成点は以下のとおり。1 Carolina KOSTNER ITA (64.28) 36.34+27.942 Mao ASADA JPN (64.10) 35.22+28.88 3 Yukari NAKANO JPN (61.10) 34.83+26.27 4 Kiira KORPI FIN (60.58) 34.22+26.36 5 Yu-Na KIM KOR (59.85) 32.71+28.14 6 Joannie ROCHETTE CAN (59.53) 32.99+26.547 Sarah MEIER SUI (59.49) 32.17+27.32 8 Miki ANDO JPN (59.21) 31.93+27.28 9 Kimmie MEISSNER USA (57.25) 30.54+26.71 浅田選手はスパイラルとスピンで狙ったレベルが取れなかったといっていたが、なんといっても最大の課題だった3+3の連続ジャンプを決めたことが大きい。4大陸では2回目のジャンプを回転不足判定にされてしまったが、今度は文句ないだろう(と思う)。今回の3+3は浅田選手のジャンプの魅力――軸が細く、高さがあり、回転が速い――がドンピシャで出ていた。これはかなり調子がいいということだろう。ショートの連続ジャンプはミスってはいけない。これをミスして世界女王になった選手はいないからだ。キム・ヨナ選手はこの連続ジャンプは決めたが、もう1つの彼女の大きな武器であるルッツで転倒した。「浅田選手が優勝するためには、キム・ヨナ選手にルッツで失敗してもらうほかない」と過去のエントリーで書いたが、そのとおりになった。今シーズン、ルッツに関しては、wrong edgeで必ず減点される浅田選手に対して、キム選手は決めさえすればほぼ確実に加点をもらう。その点差は平均して1回の3回転ルッツで3点だった。テレビでは「転倒したので1点減点されます」と解説で言っているが、これだけでは正しくないのはすでに過去のエントリーでしつこく書いたとおり。3回転ジャンプの転倒は降りてきたときに回転不足か回転しきっているかの判断で基礎点が大きくかわり、さらにGEOでも減点されるから、下手をするとマイナスになってしまう。キム選手の得点を見る限り、ルッツに回転不足判定はされていないと思う。それにしても相変わらず、よくわからない順位だ。見た目の出来の印象と順位に乖離があると感じる観客も多いだろう。特にアメリカ勢はかわいそうだと思う。さて、日本の新聞はさんざん「浅田選手の課題は表現力」と書いてきたが、これがいかに的外れな論評か点数を見ればわかると思う。表現力は「演技・構成点」で見るが、浅田選手の点は28.88。他のどの選手よりも高いのだ。今シーズン、浅田選手はキム選手に勝てなかったが、これもすでに書いたように浅田選手のジャンプに問題があったからで、表現力の差では必ずしもない。この2人の表現力の持ち味が違うのだ。肩の可動域にまさるキム選手は腕の表現が美しい。脚の筋力と柔軟性にまさる浅田選手はステップの躍動感やエッジ遣いの深さに魅力がある。2人の今シーズンの「演技・構成点」を全部見てみよう。キム(ショート/フリー)中国杯 27.92/56.80ロシア 28.60/60.80ファイナル 29.72/60.96浅田(ショート/フリー)カナダ 27.28/57.84フランス 29.40/60.96ファイナル 28.04/59.204大陸 29.05/60.40単純に平均を出すとキム選手(ショート/フリー) 28.75/59.52浅田選手(ショート/フリー) 28.44/59.6ほとんど点差がないことがわかる。どのジャッジの点を拾うかで違ってきてしまう程度、つまり誤差程度の点差しかなく、ほぼ互角の評価がされていることがはっきりすると思う。ちなみに世界選手権のショートが終わったので、これを加えた今シーズンの2人のショートの演技・構成点の平均はキム選手 28.60浅田選手 28.53という結果だ。わずかに点差は0.07。フリーでは逆にこれまでの平均では浅田選手が0.08勝っている。こんな差しかないのに、「キム選手に対抗するためには、浅田選手は表現力を磨くべき」などと言ってる新聞はちゃんちゃらおかしい。3回転ルッツを(見た目)2人がきれいに決めた場合に3点前後も差がつく――それが浅田選手がキム選手に勝てない最大の原因だ。さらにトリプルアクセルも着氷でちょっと浮き足がついただけで減点され、下手をすると普通にきれいに跳んだキム選手のトリプルルッツより点が低くなる。こうした採点システムに苦しめられてきたのだ。今シーズン、浅田選手がキム選手に勝てなかったのは、彼女のやや不完全なジャンプに対する減点が厳密にされてしまったことだ。それを浅田選手はショートで見事に克服した。wrong edgeについては仕方がない。それよりも、もっとも重要な3+3をきれいに決め、ルッツも着氷の乱れがなかった(wrong edgeを気にするあまり着氷で乱れるとさらに減点されてしまうからだ)。拙ブログでの過去のエントリーで挙げたショートでの課題を浅田選手は見事にクリアした。素晴らしいとしかいいようがない。次はフリー。フリーの浅田選手の課題をもう1度挙げよう。1 最初のトリプルアクセルを、着氷時の浮き足がこするツーフットなしで決めること。浅田選手の場合、完全に両足で着氷してしまうことはほとんどないのだが、そのかわり「ちょっとだけこすってしまう」ことが非常に多い。2 前半に行う3回転フリップ+3回転トゥループのジャンプのトゥループを回転不足なしで決めるか、もしくは2回目のジャンプを別のジャンプにして完璧に決めること。浅田選手は実は、2度目に跳ぶトリプルトゥループを本当の意味で完成させていない。このトゥループはシーズン途中で入れてきたもので、これまで必ず回転不足になっていた。45度以上の回転不足とみなされるとダウングレードといって基礎点がさがり、さらにGOE(減点・加点)でも減点される、つまり2回転ジャンプの失敗とみなされるから、まったく武器にならない。運良くダウングレードを免れても少し回転不足で降りてきただけで、GOEの減点があるので、きれいに決めた3+2よりも点が低くなるということもありえる。3 トリプルルッツの着氷で乱れないようにすること。すでに書いたように、エッジが最後に多少内側に入ってしまうのは、今シーズンはもう仕方がない。着氷をきれいに決めて、減点を低く抑えることだ。4 後半に行うダブルアクセル+2ループ+2ループの3連続ジャンプで回転不足や着氷時のツーフットがないようにすること。この3連続ジャンプの入り方は、ぜひご注目を。左右にエッジを深く倒しながら片足ですべってきてそのままダブルアクセル。こんなことを、しかも後半にできる選手は浅田選手しかいない。本当に、見ていて惚れ惚れする。5 後半に行う3フリップ+3ループのループを回転不足にせずに決めること。これは実は今シーズン、浅田選手のジャンプのなかではもっとも確率が高い連続ジャンプだ。普通はフリーの後半は体力が落ちてむずかしくなるのに、浅田選手はショートの最初ではさんざん失敗したが、フリーの後半ではなぜかうまく決めている。決めてはいるが、ほかのジャンプを決めることに集中すると、これまで決めていたジャンプをいきなり失敗することがあるので、やはり注意が必要だ。この課題さえこなせば、ハッキリ言ってフリーでキム選手が彼女のもつすべてのジャンプを決めても、浅田選手にはもはや勝てない。ショートで4.25差があるから、ルッツで出る点差の平均3点をしのいでいるし、いくらキム選手のルッツが高評価だといっても、「きれいに決めたトリプルアクセル」より点が出ることはない。フリーでもスパイラルのレベルの取りこぼしは多少気になる。浅田選手のフリーは非常に難度が高い。高すぎる。あらゆる難しい技を、まるで一陣の風があざやかに、そして軽やかに吹き抜けるようにこなすことを目指して作ったプログラムだ。密度が濃く、スパイラルのあとにすぐトリプルループが来るような構成になっている(キム選手のプログラムは、スパイラルの脚をおろしてからジャンプに入るまで十分な助走時間がある)。シーズン途中で修正したが、ジャンプに集中しようとすると気になって規定よりはやく脚をおろしてしまうかもしれない。だが、スパイラルやスピンは実際には、ジャンプの点に比べたらたいしたことはないのだ。すべてはジャンプの出来で決まる。浅田選手の場合はやはり、カギになるのは最初のトリプルアクセルだろう。これを4大陸のときのような素晴らしい完成度で決めることができれば、気持ちものってくる。中野選手も今季最高の演技でメダル圏内にいる。ぜひとも頑張って欲しい。キム選手は逆に得意のルッツで転倒したことがかなり精神的に響くはずだ。痛みをかかえた状態だと不安がつきまとい、ジャンプに集中できない。「転んでまた悪化したらどうしよう」といった思考を自分の中で消し去って演技するのは、若い選手には容易なことではない。ショートでの動きも全体的に悪く、印象も薄かった。インタビューでも「痛みが出た。痛かった」と何度も言っていた。ああいった言い訳のようなことを言うのは、怪我による調整不足の不安を自分自身コントロールできていないということだ。本当に強い選手は「痛くて」などとは決して言わない。そう言ってしまえば、同情はしてもらえるかもしれないが、他の選手を精神的に「ラクな」状態にしてしまうからだ。ライバルには常に精神的な重圧を与えるように振舞わなければならない。フィギュアはメンタルな面が非常に大きく作用する競技なのだ。常識的に考えると、キム選手のあの状態では長いフリーはとてももたない。ただそれは一般論であって、強い精神力と集中力で乗り切ることのできる選手もいる。明日の演技に注目しよう。
2008.03.20
映画『ラスト、コーション』は音楽も素晴らしかった。作曲はフランス人のアレクサンドル・デスプラ。いかにも洒脱なパリ生まれの音楽家が東洋をイメージして作ったといった雰囲気の旋律で、陰鬱でありながら洗練された雰囲気に満ち、曲が終わったあとも何か切ないような余韻が残る。映画でこの東洋的な音楽を聴いているうちに、「これはフィギュアのキム・ヨナ選手が使ったら、とてもいいプログラムになるんじゃないか」と思った。キム・ヨナ選手の独特の憂いのある雰囲気や表現力、そしてまるが「蛇が吸い付いていくように」氷を滑っていく個性的なエッジ使い…… 実際に映画館から出るときは、キム・ヨナ選手がこの曲で氷上を舞う姿さえ見えていたかもしれない。かつて中国の陳露(ルー・チェン)が映画音楽の『ラスト・エンペラー』を選び、彼女にピッタリの赤い衣装を身にまとい、独特な東洋的な振り付けで17歳にして一挙に世界女王にのぼりつめたが、あの名プログラムに匹敵するぐらいの傑作ができるかもしれない。今年のプログラム構成の巧みさに関しては、高橋大輔選手の『ヒップホップ白鳥の湖』+『ロミオとジュリエット』が群を抜いて際立っている。高橋選手はもともと、男子フィギュアスケーターの王道をいく「正統派王子様」ではない。彼の魅力はどこかに「ヤバさ」があるところだ。だから、高橋選手は『オペラ座の怪人』や『ロクサーヌ(ムーランルージュ)』を演じさせると、誰も真似のできない世界を作り出す。前者はオペラ座の暗闇に棲みついたこの世のものではない存在が歌姫に寄せる悲恋だし、後者は高級娼婦と売れない芸術家の許されざる愛を描いた物語だ。今シーズンのEX プログラム『バチェラレット』も、何かにとりつかれたような雰囲気を出した妖しいダンスだ。こうした音楽に向いているというのは、高橋選手の中に何か「バロック(歪んだ真珠)」のような魅力があることだ。モロゾフはそういった高橋選手の「バロックな魅力」を非常に、いやあまりにも、うまく引き出す。あのレイバックスピン1つをとっても、相当に「ヤバい」感じがする。腰を氷ギリギリまで落としたスピンについていえば、ヤバさを超えてサディスティックですらあった(実はやめてくれて結構ホッとした。あんなことを続けていたら膝が壊れてしまいそうだ)。ああいうポーズを高橋選手に取らせるところにモロゾフの「ヤバさ」もある。だが、こうした高橋選手の個性は、ともすると清潔感に欠け、拒否反応を示す人もいる。だから、モロゾフはショートとフリー両方とも「ヤバそうな世界」に浸ってしまうことは決してない。今期のショートのヒップホップは「相当にヤバい」。対して「ロミジュリ」はかなりの正統派だ。とはいっても「ロミジュリ」も悲恋の物語だ。つまり、モロゾフは、高橋選手のもつ「陰の魅力」を両方のプログラムの底流に共通しておきながらも、超現代的な振り付けとクラシックな雰囲気との対比を鮮やかに描いてみせたのだ。そして、女子選手のプログラム構成で同等のレベルの評価ができるものといえば、(残念ながら)浅田選手のショート+フリーではなく、キム・ヨナ選手のそれだ。キム選手は、ショートではオペレッタ『こうもり』を、フリーでは映画音楽から『ミス・サイゴン』をもってきた。『こうもり』である。鳥でもない、動物でもない、あのクラ~イこうもり。『ミス・サイゴン』も決して明るい話ではない。このように共通の「陰影」をもちながら、ヨーロッパ伝統のオペラとアジアを舞台にした映画音楽というコントラストもつけたプログラム構成。これは選手の個性を強調しつつ、対照的な曲を使うという非常にうまい手法だ。浅田選手のショートは当初素晴らしい振り付けだったが、今はそのほとんどをそぎ落とし、エレメンツをしっかり決めることに集中せざるをえない状況になっている。フリーはショパンの『幻想即興曲』。実がこれがイケナイ、とMizumizuは思っている。『幻想即興曲』は誰からも好かれる人気のある美しい曲だが、フィギュアスケートの曲としてはあまりにありふれている。日本女子選手はこの曲を使いすぎる、というイメージもある。もちろん、演奏方法が違うし、ショートとフリーで構成は全然違うが、要するに曲に「新鮮味」がないのだ。キム・ヨナ選手の『ミス・サイゴン』は映画音楽だから、ドラマ性をもたせやすい。クワンなど、過去に使った選手もいることはいるが、やはりアジアのイメージが強いから、フィギュアの世界では、ショパンほどありふれた感じはしない。キム選手には脚使いが弱く、細かいステップが長く踏めず、フリー後半になるとバテるという欠点があるが、ミス・サイゴンでは、途中にポーズを決めてみせながら、ちょっとお休みする部分もあり、最後のステップでもあまり体力を消耗しないよう、そのかわり彼女の正確なターンと深いエッジ使いを強調できるよう、うまく構成している。つまり、キム選手はショートとフリーの共通性と対比性を明らかにするよう配置し、かつ彼女の欠点をうまくカバーできるよう無理なくプログラムを組んでいるのだ。対して、浅田選手のフリーは体力的に非常にキツい。最初から最後までほぼ切れ目なく走らなければならないし、スピードを強調するあまり、メリハリに欠ける。高難度のジャンプも次々入るし、最後のステップも相当動いている。にもかかわらず、平凡な曲と密度は濃いものの強弱に欠ける演技構成で、キム選手のフリーのような叙情性と強い印象を与えることができずにいる。これは完全に浅田陣営の作戦の失敗だ。ジャンプにあれほど問題があるにもかかわらず、こんなに運動量の豊富なフリーを作ってしまって、一体どうするつもりなんだ、と言いたい。せめて武器であるスパイラルをもっとゆったりと見せるように作ってもよかったんじゃないか。スパイラルから次のジャンプへの間隔が短すぎないか。あれじゃ、次のジャンプが気になってスパイラルに集中できなさそうだ。つまり、密度が濃すぎて、何かの要素に集中すると別の要素を完璧にこなすのが難しくなる。これはランビエールのフリーにも言えることだ。だから、浅田選手はレベル取りに失敗しないよう、プログラムを少しいじって密度を薄くせざるを得なくなっている。そのよい例が最初のスケートカナダ。このときのフリーで浅田選手はスパイラルでレベル1にされてしまった(あの美しいスパイラルが!)。脚上げ3秒キープができなかったのだ。この原因はハッキリしている。スパイラルの後すぐに3ループが来る。この間隔が短すぎて、次のジャンプが気になり、ついついスパイラルでの脚上げの時間が短くなったのだ。だから、次はからはそこを修正しなければいけなくなった。エリック杯では時間オーバーで1秒減点された。これも次から修正しなければならない。ジャンプに問題があるのに、同時に次々起こる別の問題にも対処し続けなければならなかったということだ。これらは要するにいろいろやることが多すぎる、密度の濃いプログラム作りに原因があるのだ。実力を超えたプログラムを作るのは、自殺行為だ。ただ、さすがというべきか、四大陸では他の問題を解決し、ほぼ、「ジャンプだけの問題」にまで集約ができてきている。だが、「スパイラルでレベル1」だの「タイムオーバーで減点1」だのは、最初から起こらないようにしておく問題だったはずだ。安藤選手のショート『サムソンとデリラ』は相当曲を編集して、メリハリをつけている。スピンが始まると鈴の音が鳴り響く。スパイラルに入る直前に曲が劇的に盛り上がり、スパイラルの途中で曲調がいきなりしっとりと変わる。だから、安藤選手が脚を上げている時間が実際よりも長く感じるし、ただ脚をあげて滑っているだけなのに、メリハリが出るのだ。さすが、モロゾフだ。キム選手がすでに東洋的で憂いのある表現、という独特の世界をほぼ完成させ、安藤選手が成熟したセクシーな魅力で年下の選手に対抗しようという路線をハッキリさせているのに対し、浅田選手は迷走してしまっている。今期は滑るたびに課題が出るので、それに対処するためにプログラムも相当いじっている。もはや何が何だかわからない。ただ、世界選手権に向けての課題は昨日書いたようにハッキリしているので、とにかくジャンプの精度を上げることだ。そして、「浅田真央はもう跳べなくなってきた」という世間に一部にある論調を彼女自身の力で封じなければ、世界女王にはなれない。このままズルズル失敗を繰り返していると、圧倒的な身体能力をもちながらシルバーコレクターだったサーシャ・コーエンの二の舞になってしまう。できれば山田コーチにそばにいてほしいと思う。高橋選手にはモロゾフと並んで、必ず母親のように長年高橋選手を見てきた長光コーチが寄り添っている。これが非常にいいと思うのだ。モロゾフも恩人だが、長光コーチは高橋選手にすべてを賭けてきたといってもいいくらいの存在だ。高橋大輔は、長光コーチが長年のコーチ人生の中で初めて出会った「圧倒的な才能」だったという。自分の才能を見出し、長年親代わりになってくれたコーチに恩返しをしたい、という気持ちが高橋選手にはあるはずだ。浅田選手がそうした気持ちをもてるのは山田コーチをおいて他にはいない。そして、こうした気持ちこそ、大きなモチベーションになる。山田コーチは自分の個人的な野心のためではなく、本当に浅田選手のために一緒に戦うことのできる人だ。今後外国人コーチをつけるにしても、浅田選手には子供のころから見てくれていたコーチも精神的な支えになるためには必要ではないかと思うのだ。四大陸では浅田選手はアルトゥニアンなしで戦い、「影響はなかった」と言っていた。浅田選手の明るさで皆は気づかないでいるかもしれない。だが、わずか17歳の女の子が、コーチを精神的に見切り、1人で戦っているというのが異常事態なのだ。アルトゥニアンには、「いったいぜんたい、そんなコーチって何? コーチ料をいくらもらってたワケ?」と言ってやりたい。浅田選手は本当に偉い。そうした自分の中にある辛さや不信感や不安感を決して他人にぶつけることがない。だいたい、あそこまで辛らつな判定で減点されたら、普通の神経だったら、とっくにふてくされている。努力し、自分なりに自信をもって臨んだ今シーズン。ショートでは2度続けて自己ワーストを更新し、決めたと思ったジャンプまで回転不足でダウングレードされる。こんな状況でも決して精神的にボロボロにならず、「今回減点された部分を次で修正していきたい」なんて言えるのは、並大抵の精神力ではない。山田コーチは、浅田選手が伊藤みどりに勝る部分として、「性格」を挙げていたが、そうかもしれない。昨日書いたように、現状ではキム・ヨナ選手のミス待ちであることは、残念ながら間違いないが、フィギュアの試合は何が起こるかわからない。とにかく、ジャンプですべてが決まる。伊藤みどりに言わせれば、「ジャンプは跳んでみなければわからない」そうだ。100年に一度と言われたジャンプの天才が言うのだから、そういうものだのだろう。だから世界選手権で誰が優勝するか、今から予想することは不可能なのだ。
2008.02.29
フィギュアスケートの世界選手権を間近に控えて、驚きのニュースが飛び込んできた。浅田真央選手が、「練習の本拠地を日本に移し、アルトゥニアンコーチとの師弟関係を解消」というのだ。地元の愛知県内に通年スケートリンクが新設され、練習環境が整ったことが大きいということだが、ある意味、この時期でのこの「振り」っぷりはスゴイ。世界選手権までもうあと数週間だ。そこに普通選手にとって大きな精神的な柱であるコーチを帯同しないということは、ごくありていに言えば、「あんたなんか要らない」というキョーレツな意思表示だからだ。常識的には「非常識なタイミング」での師弟関係の解消だが、個人的には大いに大歓迎。すでに拙ブログでは、10月7日の記事で、「今季もトリプルアクセルの確率が昨シーズンのように悪いなら、本当にマズい。そのときはアルトゥニアンコーチはさっさと解任すべき」、12月29日の記事で、「こうなったのは、先シーズンに「ステップからのトリプルアクセル」などという無謀かつ無駄な挑戦をしたため」と書いた。シーズン後半になって、浅田選手はトリプルアクセルに力を入れ、なんとか調子を取り戻してきたが、他の3+3の連続ジャンプの「回転不足問題」は解決されていないままだ。浅田選手の場合、今シーズンはジャンプに非常に多くの問題をかかえてしまった。世界選手権での浅田選手の課題は、その優先順位もハッキリしている。1 ショートでの3+3を回転不足、ツーフットなしで完璧に決めること。2 フリーでのトリプルアクセルを成功させること3 フリーで最初に跳ぶ予定の3フリップ+3トゥループを回転不足にせずに成功させること。あるいは別のジャンプで減点を回避すること。4 ルッツではwrong edgeは仕方ないので、着氷で乱れないようにすること。ハッキリはしているが、逆に言えば、ジャンプだけでこんなにたくさんの問題をかかえてしまったということだ。よく考えてほしい。15歳の浅田真央選手、つまりアルトゥニアンに師事する前の浅田選手は、ほぼすべての試合でトリプルアクセルを高い確率で決めていたのだ。その調子を崩したのは、去年「ステップからのトリプルアクセル」を始めてからだ。今年になってステップはやめたが、調子はずっと悪く、トリプルアクセルに集中して練習しなければならなくなった。またショートでの3+3の連続ジャンプの確率の悪さは、去年の世界選手権以降、眼を覆うばかりだ。ここまでショートの連続ジャンプを失敗する選手が、世界女王になった例はほとんどない。ショートの連続ジャンプが決まるか決まらないかは、非常に大事なポイントなのだ。さらに今年のルール改正が浅田選手に追いうちをかけた。「wrong edgeの減点」「回転不足判定の厳密化」。これによって、浅田選手は、去年までは明らかに実力で凌駕していたキム・ヨナ選手に勝てなくなってしまった。浅田陣営の失敗はこのルール改正での減点を非常に甘く見ていたことだ。wrong edgeについては、最初のうち浅田選手は「ジャンプの入り方をちょっと変えることで対応する」と言っていた。だが、助走の軌道を修正したぐらいで矯正できるほど、エッジ問題は簡単ではない。浅田選手はジュニア時代からずっと、「ルッツの軌道で助走してきて、最後にグッとエッジが内側に入る」という跳び方をしてきた。最後にエッジを内側にのせることで力を入れているのだから、ある意味、浅田選手は「ルッツは跳べない」選手なのだ。最近になって、解説者が浅田選手のルッツのあと、「ちょっとエッジが内側に入ってしまいましね~」と、まるで偶然そうなったかのように言っているが、浅田選手はもともと、こういう跳び方だったのだ。エッジが内側に入らずに3回転ルッツを跳んだことは、過去一度もないと言ってもいい。また、エッジの矯正にはリスクが伴う。今シーズン女子のトップ選手で、ここまでで完全に矯正ができた、といえるのはフリップに問題のあった安藤選手だけ。マイズナー選手は矯正を試みて試合で転倒し続けている。その安藤選手でもNHK杯までは失敗を繰り返していた。さらに言えば、フリップの矯正(安藤選手)とルッツの矯正(浅田選手)では、ルッツの矯正のほうが難しい。なぜか? それはルッツのほうが難度が高いからだ。なぜ難度が高いのだろう? それはルッツが「外側のエッジ」で踏み切らなければならないからだ。スケートリンクは楕円形だから、選手がリンクにそって滑る場合、運動の方向は内側に向いている。ところがルッツを跳ぶときは、一瞬その運動方向にさからって、外側に重心をかけなければならない。だから難しい。だから基礎点に6点という高得点が与えられている(フリップの基礎点は5.5点)。浅田選手は今シーズン、ルッツを跳ぶたびに、ことごとく減点されている。その結果、悪ければ3点台、見た目をきれいに決めても4.8点ぐらいにしかならない。キム・ヨナ選手がルッツを決めた場合(それはほとんど「きれいに」決めているから)、加点がついて7.5点以上稼ぎ出す。ルッツ1つで3点の差がつくのだ。ショートとフリーで2回ずつ跳べば、6点の差が出ることになる。この差はどうやって埋めたらいいのだろう? どうにもならない。だから、キム選手にルッツをミスってもらうしかないのだ。また、3+3の連続ジャンプでの回転不足判定も深刻だ。キム選手も浅田選手も3フリップ+3トゥループをもっており、浅田選手はフリーでのみ入れ、キム選手はショート、フリーで入れている。キム選手はトゥループが得意なので、この連続技は大きな武器になる。この連続ジャンプに関しては基礎点9.5点に対して、11点前後を稼ぎ出す。ところが、浅田選手の場合は、フリーで1回入れるこのジャンプのトゥループがほぼ毎回回転不足になる。規定角度(4分の1回転)以上の回転不足とみなされれば、ダウングレードで基礎点がさがり、GOEでも同時に引かれるから、4大陸では5.51点にしかならなかった。ダウングレードされなくても、若干回転不足で降りてくればGOEだけでの減点となり、グランプリファイナルでは8.9点だった。つまり平均して、キム選手が3フリップ+3トゥループを成功させた場合と、浅田選手が通常どおり若干回転不足で決めた場合、やはり2点の差がついてしまうということだ。ジャンプに関して、キム選手が明確に浅田選手に勝っているのは、単にこのトゥループとルッツだけなのだ。あとは浅田選手のやらないサルコウがあるが、サルコウは基礎点があまり高くないので、問題にはならない。それに対して、浅田選手にはトリプルアクセルという大技があり、かつループに関してはキム選手よりはるかにうまい。セカンドジャンプに3回転ループを入れることは、キム選手には不可能だし、そもそも単独の3ループで転倒することもある。ところが、この武器であるはずのセカンドジャンプのループが今期、絶望的なぐらい悪い。ショートでは失敗を繰り返し、フリーでもしばしば回転不足判定をされる。4大陸での後半、3フリップ+3ループをきれいに成功させた… と思ったら、GOEでマイナスをつけてる審判が2人いた。プラスをつけてる審判のが多いので、結果(基礎点は10%増しで11.55)12.41という高得点を稼いだが、これだって、ちょっとでも回転不足で降りてくれば、減点されるから、すぐに2、3点下がってしまう可能性もある。あとはトリプルアクセル。トリプルアクセルは武器にもなるが、失敗するとダメージも大きい。また、ちょっとでも着氷で乱れれば、また減点だから、キム選手の後半に跳ぶルッツの点のが高くなる、なんてことにもなる。つまり、ルッツとトゥループで浅田選手に勝っているだけのキム選手が、その安定度で高得点を稼いでいるのに対し、浅田選手は常に、多彩だけれどもやや不完全なジャンプでどんどん減点されているのだ。こんなジャッジをされて、勝てというほうが無理な話だ。浅田選手はもともと回転不足や着氷のちょっとした乱れが多い選手だった。ただ、そんなものは全体の流れからするとたいしたことはないし、そもそも肉眼で見えないことも多い。ところが、今期からは1つ1つのジャンプをスロー再生するなどして厳密に減点している。浅田選手が連続ジャンプで減点されないためには、文句なくキッチリ回って降りてくるしかないが、これまでのスケート人生でほとんど一回もできていないことを、次の世界選手権でいきなりやれといっても無理な話だ。トリプルアクセルを軽々と決めていた15歳のころとは違うのだ。トリプルアクセルも決まるかどうかわからないのに、他のジャンプにも課題があるとなれば、どこかでミスが出るのは仕方がない。ほかにもキム選手に勝てない理由がある。それは今期力を入れたステップで、たいした点差が出ないことだ。ステップでキム選手より点を稼げるとしても、せいぜい1回につき0.2点。ショートで2回、フリーで1回で、0.6点だけなのだ。ところが、スピンに関しては、キム選手のほうが点が高い。ショートの1度のレイバックスピンだけで0.6点差がつく、なんてこともある。ステップで稼いだ点を全部取り返されているということだ。だから、現状では完全にキム選手のミス待ちなのだ。とはいっても、キム選手の最大の弱点は怪我の多さと体力のなさ。フリー後半になると、明らかにバテてくる。そもそもキム選手自身も今シーズン、ショートとフリーを完全にミスなく滑ったことはない。それでも点は浅田選手より出ている。スケーターとしての天賦の才能では、キム選手より浅田選手のほうが上だ。それに対抗するために、キム選手がどれほど無理を重ねているかは、あの怪我の多さが物語っている。世界選手権まであとわずか。浅田選手がどこまでジャンプの精度を上げられるか、そしてキム選手の体力がもつか。見所はそこだが、これまでの実績を見ると、キム選手が明らかなミスをし、浅田選手がほぼ完璧な演技をしなければ、浅田選手の優勝はない。こんな状況に、あれほど才能のある選手を追い込んだコーチが解任されるのは、当然のことだ。もちろん、まだ報道が誤報である可能性もある。どちらにしろ、世界選手権にアルトゥニアンが来るかどうかだ。
2008.02.28
世界歴代最高得点で四大陸選手権を制した高橋大輔選手。全日本に続き4回転を2回を入れ、そのほかのジャンプも、多少のミスはあったものの、ほぼ全部決めた。この安定感を見ると、3月の世界選手権王者にもっとも近い選手だということが言える。フィギュアではオリンピックについでグレードが高いのが世界選手権。グランプリファイナルの比ではない。世界選手権を制したものが、そのシーズンの本当の王者なのだ。去年の男子王者はフランスのジュベール選手。彼は「ジャンパー」だが、昨シーズンは高い確率で4回転を決め、抜群の安定感で世界選手権も制した。去年のジュベール選手のような勢いが今年の高橋選手にはある。だが、やはりライバルの動向も気になるところだ。今シーズンは後半になって、ジュベール選手は怪我をして精彩を欠いている。となると、やはり一番のライバルは、直接対決で唯一高橋選手が負けているランビエールだということになるだろう。だが、ヨーロッパ選手権でそのランビエールを破った選手がいる。チェコのベルネル選手だ。この2人の戦いはどうだったのだろう。プロトコル(詳細な成績表)を見れば、ある程度のことはわかる。現在フィギュアは「技術点」「演技・構成点」の2つの大きなカテゴリーで点数が出るシステムになっている。ヨーロッパ選手権でのフリーのスコアを見ると、ベルネル選手 技術点75.92+演技点77.72=153.64、ランビエール選手 技術点73.46+演技点80.00=153.43非常に僅差でベルネル選手が勝ったことがわかる。ランビエールは演技点で上回りながらも、技術点の差で負けた。そして、この技術点をもっと細かく分類すると、勝敗を分けたものがもっとハッキリ見えてくる。技術点はジャンプ、スピン、ステップの3つの要素に大きく分類できる。この3つの2人のスコアを見ると、ベルネル選手 ジャンプ55.36+スピンとステップ20.56=75.92ランビエール選手 ジャンプ50.17+スピンとステップ23.29=73.46お分かりだろうか? ベルネル選手はなんと、ジャンプの要素で「しか」ランビエール選手に勝っていない。他の要素、スピン+ステップも、演技・構成点も全部ランビエールのほうが上なのだ。しかも、演技・構成点の5つのコンポーネンツを見ても、「スケートの技術」でランビエール選手と同点だっただけで、ほかの4つのコンポーネンツではすべて負けている。ちなみに、スケートの技術は多分にジャンプに準じて点数がつけられる。つまり、ベルネル選手は「ジャンプだけでランビエールに勝った」ということができる。ベルネル選手自身もジャンプに関しては会心の出来ではなかったはずだ。1Aというのが1つある。一方のランビエール選手はもっとひどい。2Aが2つだけで3Aがない。つまり、トリプルアクセルを全部失敗したということだ。もう1つ大きな失敗として、3LZ+3Tで、2つ目の3Tが回転不足によるダウングレードになっている。これも痛かったと思う。ちなみに、4回転は2人とも1回ずつ決めており、ベルネル選手は単独、ランビエール選手は4T+2T+2Lになっている。ランビエール選手はなんといっても、3Aが決まらなかったのが響いたということだ。3Aは彼の弱点でもある。3Aが1つも入らず2Aが2つでは点はのびない。4回転も今シーズン前半では2度入れを試みて失敗しており、グランプリファイナル、ヨーロッパ選手権ともに1回におさえている。さて、では高橋選手の四大陸でのスコアはどうだったかのだろうか。技術点 93.98(ジャンプ73.2+スピンとステップ20.78)演技・構成点 81.86ランビエール選手と比べると、ジャンプの点は傑出しているが、意外なことにスピンとステップの点では負けている。演技・構成点では若干勝っているが、技術点の高さに比べると、その差は拍子抜けするぐらい小さい。たったの1.98点だ。これはランビエールのフリーのプログラム「ポエタ(フラメンコ)」の芸術性に対する評価がいかに高いかということの証左でもある。ちなみに、スピンとステップに分けて点数を見ると、高橋選手 ステップ7.86 スピン12.94ランビエール選手 ステップ8.06、スピン15.23なんと、実はステップでもランビエール選手が高橋選手を凌駕しているのだ。これはグランプリファイナルでもそうだった。今シーズンのフリーに関しては、ステップの王者は天才高橋ではなく、ランビエールなのだ。だが、それだからこそ、ランビエール選手は、ジャンプに精彩を欠いている。ヨーロッパ選手権でも3Aが入らず、4回転は1回、連続ジャンプでも回転不足… ステップやスピン、その他上半身の振り付けに比重が行き過ぎて、ジャンプをきれいに決められないのだ。逆に言えば、ジャンプをもう少し、いつものように決めさえすれば、ベルネル選手には十分勝てたはずで、やはり世界選手権で怖いのは、ジャンプだけのベルネル選手ではなく、ジャンプをもう少し成功すれば、ほかは高橋選手と遜色のないランビエール選手だということになる。高橋選手の今年のフリーはジャンプに非常に力が入っている。去年の「オペラ座の怪人」に比べると、曲のもつドラマ性の表現は明らかにものたりない。高橋選手はエッジの使い方が超一級だから、単に滑っているだけでもうっとりさせるほど美しいが、それにしても、今年のプログラムがジャンプを跳ぶことに主眼が置かれていることは間違いない。その分を、ダンサブルなショートプログラムの圧倒的運動量でバランスを取っている感じだ。本当にモロゾフは巧みにプログラムを構成して配置する。モロゾフは完全に、ジャンプで「ポエタ(フラメンコ)」の芸術性に勝つつもりでいる。ステップやスピンなんて、3回転以上のジャンプの基礎点や加点に比べたら微々たるものだ。現在のルールでは結局、ジャンプを正確に決めた選手が勝つのだ。ジャンプの難度は高いほうがもちろんいい。だが、高すぎてもダメなのだ。その大技に集中するあまり他のジャンプにミスが出てしまっては意味がない。難しいジャンプで失敗すれば四大陸フリーの安藤選手のような大幅な減点をくらうことになる。その意味では、高橋選手が4回転からの連続ジャンプを4+3ではなく4+2にしているのは、非常に賢い作戦だと思う。ランビエールも高橋選手に勝つためには3Aを成功させなければならないし、かつ4回転を2度入れる決断をするかもしれない。今年のランビール選手はフリー後半に2度目の4回転を入れようとして、ことごとく失敗したが、世界選手権では高橋選手のように前半に2度4回転を入れてくるかもしれない。手の振りやステップの複雑さを多少犠牲にしても、ジャンプを決めるように振り付けを多少変えてくるかもしれない。確かに「ポエタ(フラメンコ)」の振り付けは不世出の傑作だが、ランビエールは過去一度もこのプログラムを完璧に滑ったことがない。難しすぎるのだ。それはちょうど、浅田真央選手が今シーズンの初めに、あまりに密度の濃いプログラムを作りすぎて、肝心のジャンプを失敗し続けた状況に似ている。ランビエールがフラメンコの高い芸術性にこだわり、理想のダンスを追求し続ければし続けるほど、皮肉なことに、試合で勝てなくなってくる。それでなくても、ランビエール選手は全盛期ほどジャンプが決まらなくなってきている。高橋選手のジャンプのハイスコアは当然最初の2つの4回転によるところが多い。この2回の単独4回転と4+2の連続で21.02点もの点を稼ぎ出している。逆に言えば、ここで失敗すると大きく点が下がるということだ。今回の四大陸で「銀河点」が出たからといって、最初のジャンプで失敗すれば、心理的な動揺も含めて、どういう展開になるかわからない。世界選手権の男子フリー、今期2度目のランビエール選手との直接対決。本当に楽しみだ。もちろん、ジュベール選手の復調具合、シーズン後半になって調子を上げてきたベルネル選手の出来、ライザチェックの4+3が決まるかといった点も気になるポイントではある。
2008.02.21
四大陸選手権で優勝した浅田真央選手の最大の収穫はなんといっても、今シーズンなかなか決められなかったトリプルアクセルを見事に決めたことだ。着氷で浮き足が氷をこすってツーフットを取られることもなく、この1つのジャンプで基礎点7.5に対してGOEでの加点をもらって9.36という高得点を稼ぎ出している。また、目立たないことだが、スピンやスパイラルでの取りこぼしがなかった。実は浅田選手はスピンやスパイラルでときどき規定の「ポジションに入ってから3回回る」「脚を3秒以上あげる」という条件を満たすことができず、何度かレベルを落とされてきた。それは浅田選手のプログラムがあまりにいろいろな要素を詰め込みすぎていたことが原因だった。シーズン後半に入って、プログラムの密度や1つ1つのポーズを短く、軽くするなどして、プログラムに余裕をつくり、こうした取りこぼしを修正してきた。その分、プログラム全体の重さというか、見ごたえは後退してしまったと思う。だが、現状のルールでは仕方ないのだ。さて、浅田選手の最大のライバルは、やはり韓国のキム・ヨナ選手ということになるが、四大陸選手権での出来で、キム選手に勝てるか、というと、正直「勝てない」ということになる。これはある意味信じられないことだ。浅田選手にはキム選手が絶対に跳べないトリプルアクセルと2つ目のトリプルループがある。キム選手の武器は高さと幅のある大きなトリプルルッツ、それに2度目に跳ぶことのできるトリプルトゥループの確率の高さ。だが、いずれも、アクセルや2度目のループに比べると難度はぐっと落ちる。浅田選手はトリプルアクセルに加え、トリプルフリップ+トリプルトゥループ、トリプルフリップ+トリプルループの連続技ももっている。トリプルフリップ+トリプルトゥループはシーズン途中から入れてきたものだ。こんなことができる人は浅田選手以外には考えられない。にもかかわらず、なぜキム選手に勝てないかといえば、それは、キム選手の3回転ジャンプに与えられる過剰な加点、スピンに対する(よくわらかないのだが)高評価に原因がある。ジャンプとスピン以外の要素、ステップとスパイラルに関しては、明らかに浅田選手のほうが上だ。浅田選手のような華麗で動的なステップはキム選手にはないし、スパイラルの脚の上がり方も、特に後ろに脚をもってきたときの浅田選手のやわらかな美しさはキム選手の比ではない。ところが、ステップとスパイラルに関しては、この2人の得点に見た目ほど大きな差はでないのだ。差がついてたとしても、せいぜいショートでそれぞれ0.2点程度。なんでこれっぽっちの差にしかならないのかわからない、などというのは身びいきだろうか? 何にせよ、これは、万が一浅田選手はステップでちょっとつまずいたり、脚上げの時間が短かったりすると簡単にひっくり返ってしまう点数だ。一方でスピンは見た目以上の差がついている。特に大きいのはレイバックスピンの評価。グランプリファイナルのショートではキム選手はレベル4に加点ももらって(しかも、「2」という加点をつけているジャッジが多かった。スピンはそのまま2点が加点されるわけではないが、ジャン選手のパールスピンに近い加点が与えられているということになる)、3.5点、このときの浅田選手のレイバックスピンはレベル3にちょっと加点がついて2.8点。ちなみにあの驚異的なパールスピンのジャン選手ですら、4点だ。そういわれてキム選手のレイバックスピンを見てみると確かにポジションやエッジの使い方が巧みかもしれない。ビールマンは相当「やっとこさ」であるにもかかわらず、なぜかレベル取りに成功し、かつ加点も多くもらっているのだ。このあたりの評価はよくわからないが、とにかくこれだけで0.7の差がつく。他のスピンでも多少キム選手のほうが点を稼ぐので、現状のままなら、ショートでは、スピンで1点近く差をつけられるということになる。ジャン選手にしてみれば、「誰もできないパールスピン」がキム選手のレイバックとたった0.5点の差しかないとは、落胆ものだろう。見てるほうとしても、信じられないことだ。もっとも痛いのが、トリプルルッツ。キム選手はいつのまにやら「ルッツのお手本」にされているようで、成功すれば2点ぐらいの加点がつく。確かにキム選手のルッツは大きさのある素晴らしいジャンプだ。ジャンプは高さに加えて距離が出る、つまり放物線を描く流れのあるジャンプが理想とされる。キム選手のルッツは、女子選手の中でも傑出して大きさがある。だが、着氷したときの「流れ」があまりないことが多い。大きな放物線を描いたあと、着氷して「すうっ~」と流れているようなジャンプが理想なのだが、キム選手のルッツは着氷があまり流れない。跳ぶ直前に「だけ」外側のエッジにのるというルッツジャンプのスタイルに原因があるような気がするのだが、どちらというと、着氷のときに氷の削りかすが飛ぶような降りかたも多い。だが、なぜかそれはいつの間にやら、ジャッジはあまり気にしなくなったらしい(苦笑)。これはキム選手だけではなく、われらが高橋大輔選手にも言えることだ。着氷のスムーズさだったら、トリプルアクセル以外はすべて織田選手のほうがずっときれいに、やわらかく降りる。織田選手はアクセルは苦手だが、そのほかのトリプルジャンプでは、着氷のときにほとんど氷の削りかすが飛ぶことはない。非常に流れのある美しい着氷のできる選手だ。高橋選手はキム選手同様、大きさと高さのあるジャンプを跳ぶが、着氷は「ガタッ」となることも多い。ところが、今回の四大陸のプロトコルを見ると、高橋選手も着氷がそんなに流れなくてもジャンプで加点をもらっている。つまり、ジャンプの加点はその大きさ、つまりは高さと飛距離に重点が置かれているということだろう。これは、ジャンプに飛距離のない浅田選手にとっては非常に不利な状況だ。浅田選手はコーエン選手と似たジャンプで、どちらかというと回転の速さで跳ぶ選手だ。その細い回転軸は非常に玄人好みで、以前佐野稔氏も、こうした軸の細いジャンプの美しさについて褒めていた。だが、軸の細いジャンプを跳ぶ選手は飛距離はないことが多い。また飛距離がない分、ジャンプに高さがでないと、すぐに転倒したり、回転不足で降りてきてしまうことになる。コーエン選手がついに世界女王になれなかったのは、ジャンプが常に不安定で、肝心のところで転倒してきたためだ。回転という動作は、当然、非常に不安定だ。だから、速い回転で回るジャンプを跳ぶ選手は、体が細く軽い時代はジャンプが得意だが、成長するにしたがって精度が落ちている。トリプルルッツに関しては、今年からエッジの間違いが厳しく減点されることになったため、浅田選手はどうしても点がのびないでいる。ショートで浅田選手、キム選手ともにルッツを跳ぶが、成功した場合、キム選手は、基礎点6に対して、7.8点などというとんでもない点をもらう。この7.8点というのは、トリプルアクセルの基礎点7.5点よりも高いのだ。一体なんで、そんなバカな点がつくのかまったくわからない。ルッツはどこまでいったってルッツだ。ほとんどの女子のトップ選手は誰でもルッツを跳ぶ。だが、トリプルアクセルを跳べる選手はほとんどいない。歴史的にみても、ほんの数人の女子選手しか成功していないのだ。それほど難しい技をやっているのに、高く大きくトリプルルッツを跳べば、トリプルアクセルよりも高い点がもらえるなんて、「ありえない」話だ。一方、浅田選手はエッジの間違いで必ずルッツでは減点される。減点はその試合によって(なぜか)違うが、きれいに跳んだ場合でも4.5点ぐらいにしかならない。今回の四大陸のように、着氷がうまくいかないと、3点ぐらいになってしまう。つまり、ルッツ1つでキム選手と3点以上、ときに5点近く差がついてしまうということだ(本当に信じられない点差だ。だが現行ルールではそうなってしまう)。だから、スピンとジャンプ1つだけで、ショートでは4点から6点の差をつけられるということだ。ステップとスパイラルで盛り返せるのはせいぜい0.5点。となれば、最初の2回連続ジャンプは絶対に失敗できない。キム選手がこの2連続ジャンプを成功させれば、それだけで11点などという点がつく。浅田選手もきれいに成功させれば、同程度かそれ以上の点が期待できないでもないのだが、今回の四大陸のように、回転不足を取られては、さらに7点ぐらいの差をキム選手につけられてしまうことになる。しかも今シーズン、最初の2連続のジャンプの成功率は周知のとおり、とても低い。繰り返すが、ジャンプの質を評価するGOE自体は否定しない。1つ1つのジャンプの質はきちんと評価すべきだ。だが、3回転に与えられるGOEはそのほかの要素と比べて明らかに過剰だ。成功ジャンプとなるとほとんど自動的に1点とか2点とか加点され、ちょっと着氷のときに浮き足がこすったといって、マイナス1にしたり、回転不足だとダウングレードしたうえに、マイナス1とかマイナス2とかやっているから、見た目の印象と全然違う点になるのだ。キム選手が高さと幅のバランスの取れたジャンプを跳ぶことから、回転不足がほとんどないのに比べ、浅田選手の回転不足(気味)の多さは、大きな欠点だ。回転力で跳ぶジャンプである以上は、どうしてもついてまわる弱さでもある。特に2度目に跳ぶトリプルトゥループとトリプルループが回転不足になることが非常に多い。四大陸ではフリーの2連続ジャンプのトリプルトゥループで回転不足を取られた。だが、グランプリファイナルだって全日本だって回転不足気味だったのだ。フリー後半で跳ぶ2A+2L+2Lもどこかで回転不足になったり、着氷が乱れたりしがちだ。今回の四大陸でも2Aのあと足先で氷をこすっていたようだったが、プロトコルを見るとGOEで減点してるジャッジはおらず、とりあえずホッとしたのだが、意地悪なジャッジなら減点するかもしれない。しかし、今回のこの3連続に入る前の片足での軌道は見事だった。以前よりさらに深いエッジを使い、片足のままきれいに弧を描いて、そのままダブルアクセル。瞬発力の強さがなければできない技だ。本当に凄い選手だと思う。意地悪といえば、フリーの後半に決めた3F+3LのGOE。ほとんどのジャッジがプラス1からプラス2の加点をしているのに、中にはマイナス1とかマイナス2(!)の減点をしているジャッジもいた。なぜあのきれいに決めた連続ジャンプに「マイナス2」などという点をつけるのかわからない。だが、それは何とでもいえるのだ。「ほんの少し回転不足に見えた(ダウングレードされるほどではなくても)」「ツーフットに見えた」「幅がなかった」「高さがなかった」などなど。GOEはジャッジが勝手につけていい点だ。こうした不明瞭な加点や減点が多いことも、新採点システムの欠点だ。浅田選手に回転不足(気味)のジャンプが多く、しかもその減点が過剰な現行のルールでは、やはり世界選手権ではキム選手がよほど調子が悪くない限り、浅田選手の優勝は難しいということになる。とはいっても、文句なくジャンプをすべてきちんと回って降りてくれば、当然浅田選手に勝てる選手は世界中どこにもいない。トリプルアクセル、トリプルフリップ+トリプルトゥループ、トリプルフリップ+トリプルループ。こんなに難度の高い、多彩なジャンプを跳べる選手はいないからだ。だが、逆にその多彩さと難度が、浅田選手を「常に完璧に滑れない選手」にしているのも確かだ。ハッキリ言って、あれだけの難しいジャンプを全部、ほんの少しのミスもなく降りるなんてのは、人間技を超えてくる話だ。
2008.02.19
四大陸選手権、安藤美姫選手は3位に終わった。実験的に入れると入っていた4回転サルコウは残念ながら失敗。また、フリー、ショートとも最初のルッツ+ループの連続ジャンプがうまく行かなかったのが痛かった。大技を入れることのリスクがモロに出た結果だと思う。4回転を入れることに気持ちが行き過ぎると、ふだんは決めているジャンプがうまく行かなくなる。よくあることだ。体調ももうひとつだったようだ。だが、収穫もあったと思う。今シーズン、安藤選手は全日本までずっと調子が上がらなかった。NHK杯では、ルッツとフリップで失敗を繰り返し、何度も転倒した。フリップの矯正に取り組んでいる過程でルッツも調子が悪くなったという。これもありがちなことで、アメリカのマイズナー選手も同じ理由でずっと調子をくずしている。NHK杯を見ていたときは、「もしかして、今シーズン矯正しようとしたのは失敗だったのでは?」という思いがよぎったのだが、全日本では見事に矯正したフリップを披露し、ルッツもきれいに決めた。四大陸ではどうかな? と思っていたが、ルッツ、フリップともwrong edge判定による減点もなく、キチンと矯正ができたことを印象づけた。これは素晴らしいことだと思う。世界を見わたしても、ルッツあるいはフリップに問題があった女子のトップ選手のうちで、完璧に矯正できたのは彼女だけかもしれない。それと、全日本で悪かったスピン。プログラムの最後に、ショート、フリーとも1回と2回のコンビネーションスピンが入っているのだが、全日本では、レベル1(ショート)、レベル1+レベル3(フリー)に留まり、実はこのスピンの低得点が浅田選手に僅差で敗れる結果につながった。今回はこの3つのスピンですべてレベル4を並べた(フリーではもう1つのスピンもレベル4)。これは前回の失敗をきちっと取り戻しているということなので、賞賛に値する。スピンで残念なのは、ショートのレイバックスピン。安藤選手は肩を痛めてから、ビールマン・ポジションが取れなくなり、レベル取りに影響が出ている。ショートのレイバックスピンは今回もレベル2で加点を加えて1.9点。浅田選手2.97、ロシェット選手2.69(それぞれレベルは3)に比べると、1点台というのはさびしい。まあ、スピンはせいぜい差が出ても、1点前後だから、あまり無理をする必要はないのかもしれないが、世界選手権に向けて、ポジションを少し工夫するなどしてレベルを上げる努力はする余地があるかもしれない。最大の問題は、トリプルルッツからの連続ジャンプだ。安藤選手のもつトリプルルッツ+トリプルループは、トリプルアクセルからの連続ジャンプを跳ぶ選手のいない現在の女子シングルにおいては、最高難度(浅田選手はフリップからのループジャンプになる)であり、成功すれば安藤選手の大きな武器になる。全日本では見事にこの連続ジャンプを決め、GOEで加点をもらって12.4、12.6という驚異的な点数を稼ぎ出している。これが今回、ショートでは2つ目の3ループが回転不足判定でダウングレードされて、たったの5.71点。フリーでは2つ目のジャンプを2回転にしたが、結局ダウングレードはないものの、GOEで減点対象とされて、5.79点にしかならなかった。これだけで6点以上損をしたのだ。さらに4回転サルコウがスッポ抜けたことで、2回転サルコウ(基礎点1.3点)の失敗とみなされ、ステップアウトもしたために、-2から-3の減点をくらって結局0.41点にしかならなかった。安藤選手の3回転サルコウは、4回転も跳ぼうかという選手だけあって、素晴らしい。全日本では4.5点の基礎点に加点をもらって5点になっている。つまり、四大陸では、4回転にトライして失敗したために、ここでも4点以上損をした、ということになる。なまじっか(?)4回転サルコウという超大技をもつだけに、常に安藤選手は4回転を入れるか入れないかのジレンマに悩んでいるように思う。オリンピックで惨敗したのも、4回転に固執しすぎたためだ。得点「だけ」を考えたら、リスクの高い4回転サルコウは入れないほうがいい。たとえ降りたとしても、今の回転不足判定の厳しいルールでダウングレードされては元も子もないからだ。大技はほかの技への影響も大きい。だが、やはり「自分にしかできない」ジャンプに挑戦したいという気持ちは、その能力のある選手には強いのだろうと思う。ISUの公式国際大会で4回転サルコウを成功させた女子選手は安藤選手しかいない。男子でさえ、ほとんどの選手がやっているのは、1つグレードの低い4回転トゥループだ。今年はむずかしくても、また来年、調子と様子を見ながら夢の4回転サルコウ成功に向けて頑張ってほしい。今年はとにかく、3回転ルッツ+3回転ループを成功させることが第一だろう。去年の安藤選手は、この連続ジャンプに抜群の安定感を見せていた。ショートではすべての国際大会で成功させた。その安定感が彼女に世界女王のタイトルをもたらしたといってもいい。今年は前半は2つ目のジャンプを2回転で回避してきた。全日本では見事に3+3を決めたが、四大陸ではショート、フリーとも失敗している。この連続ジャンプをもう一度きれいに成功させることが、安藤選手の世界選手権での最大の目標になるだろう。
2008.02.18
プロトコルを見ると、高橋選手はジャンプとスピンの評価が高く、ステップには改善の余地があるという、苦笑ものの評価になることの昨日お話したとおり。では、今回4大陸選手権で優勝した浅田真央選手はというと、特にショートに関して、「ジャンプがとても悪い選手」ということになる。え? と思うかもしれない。グランプリファイナルのときに、浅田選手は最初の2連続ジャンプであわや転倒かというお手つきをしたうえ、トリプルルッツが完全に抜けてしまった。今回は連続ジャンプも決めて、トリプルルッツはステップアウトしたものの、ちゃんと入った。ところが、点数を見ると、グランプリファイナルのショートが59.08、今回の4大陸が60.93とたいして差がない。しかも、最初の2連続ジャンプだけについていうと、なんとひどい失敗をしたグランプリファイナルのときの点数のほうが、今回のきれいに降りた(ように見えた)連続ジャンプより点数が高いのだ!http://jp.youtube.com/watch?v=Xs5EGzkfl7c↑これがグランプリファイナルでの浅田選手のショート。最初の連続ジャンプで両手をつき、モロに演技の流れが止まってしまっている。このときの連続ジャンプの点数は基礎点10.5からGOEで引かれて、7.7点。http://jp.youtube.com/watch?v=utzKadsWkUY↑これが今回の4大陸のショート。最初の連続ジャンプの点数は、なんと、たったの5.71。グランプリファイナルのひどい失敗ジャンプより2点近く低いのだ!! 2点ですよ、2点!なぜ? Mizumizuブログを読んでいる方ならわかるだろう。例によって「回転不足によるダウングレード」を食らったのだ。基礎点が3F+3Lで10.5点のはずが、3F+2Lの基礎点7点しかつかず、さらに、「回転不足」ということでGOEでも-1から-2をつけられ(つまり、2回転ジャンプの失敗と同じとみなされてるということだ)、結果5.71点。これはトリプルルッツ単独の基礎点6より低い。トリプルフリップ単独だって5.5点だ。この2つの最初の連続ジャンプを見て、一体どちらがいいと思うだろう? 明らかに4大陸選手権だ。ところが、「回転不足」のツルの一声がかかると、基礎点を下げられ、GOEでも引かれてしまう。3回転ジャンプを回転不足で降りたといっても、2回転以上は回っている。2回転ジャンプの失敗ではないにもかかわらず、この採点システムでは自動的に回転不足は1つ下の基礎点のジャンプの失敗とみなしてしまう。そのうえ、今年から「回転不足を厳しくジャッジする」ことになったから、ますます、減点に拍車がかかった。しかも、その回転不測判定(45度以内の回転不足ならば、一応大丈夫だということになっている)が実に曖昧で、大会(というか、つまりは判断する担当者)によって違う。Mizumizuはグランプリファイナルのフリー、それに全日本でのフリーの浅田選手の最初のトリプルフリップ+トリプルトゥループは「回転不足だ」と思った(2007年12月17日の記事の最終段落参照)。今回は前のこの2つの大会よりはきれいに2つ目のトリプルトゥループを降りていたように見えた。だが、前の2回の大会ではダウングレードなし。つまり回転不足判定はされなかった。ところが、今回だけは、プロトコルを見ると、トリプルトゥループは回転不足と判定されて、ダウングレードされている。前回がラッキーだったというべきか、今回が厳しかったというべきか。とにかく、こんなテキトーな判断でジャンジャン減点していいのか、とどうしても思う。ダウングレードしたうえにGOEでも引くというのは、上に述べたとおり、まったく不合理だ。2回転以上は明らかに回っているジャンプを、なぜ2回転の失敗と同等に扱うのか。回転不足は着氷してから回っているから、きれいな着氷には見えない。だからGOEでだけ引けばいいのだ。カメラの位置や大会の担当者の主観によって変わってしまうような回転不足判定に、これほどの点を絡ませるのは公平性の観点から見て、あまりに危険だと思う。浅田選手という人は、不思議なことに、3F+3Lの確率は、フリーの後半に入れてるものが一番高い。普通は体力が落ちて難しくなるのに、フリー後半で入れる3Lはちゃんと回っており、ダウングレードされることはほとんどない。ダウングレードになるのは決まって、ショートの連続ジャンプ、フリーの最初の3F+3T。ときどきダウングレードされるものとしては、フリーの後半の2A+2L+2Lのどれかだ。ということは、十分にスピードがついた状態で跳べば、3F+3Lは問題ない、ということかもしれない。とにかく、今年のショートの連続ジャンプは浅田選手にとって悪夢のようになってしまった。よいできだと思った4大陸でこの判定というが象徴的だ。このショートの最初の連続ジャンプを決めるために、浅田選手は、タラソワのもともとの振り付けをほとんど省いてしまっている。http://jp.youtube.com/watch?v=qJPQCMeoJmM↑こちらがシーズンはじめのショートプログラム。Mizumizuは出だしの回転動作と腕の表現、それと、ルッツを跳んだあとのすばやい回転動作を拙ブログで絶賛した(2007年10月7日の記事参照)。ところが、このオリジナルの振り付けどおりやったのはカナダ大会まで。フランス大会からは最初の振り付けを全部飛ばし、ルッツのあとの回転もスピードを抑えて、回数を少なくしてしまった。プログラムの密度を犠牲にしても、なんとかジャンプを跳びたいという浅田陣営の判断だろう。グランプリファイナルでは手の振りが少しだけ入るが、今回はそれさえ飛ばして連続ジャンプに入っている。つまり、最初の出だしは単なるジャンプの助走になってしまっているのだ。それでも、実際、最初のころよりは、点数が出るようになっている。こんなに振り付けを省いてしまっても、点は高くなるなんて、いかに今の採点システムがジャンプばかりに重点がおかれているかを物語っているようで悲しくなる。選手の演技が、どんどんつまらないものになりそうだ。ジャンプの着氷さえしっかり決めれば。加点もついて点が出るのだから、そうするのは当たり前になるだろう。そして、若い選手に有利になる。若い選手がジャンプだけで勝ち始めると、あわててルールや採点基準を変える。そして、皆が対応してきたころ、また変えて混乱に陥る。国際スケート連盟は、いったい何度、こういう轍を踏んだら気が済むのだろうか。
2008.02.17
<祝! 高橋大輔選手、世界歴代最高得点(四大陸選手権)の続き>だが、高橋選手の快挙は素直に嬉しい。そして、彼のプロトコルを見ると、課題はジャンプでもスピンでもなくステップだということになる(大苦笑)。高橋選手のショート「白鳥の湖、ヒップホップバージョン」のストレートラインステップは、最高に目を惹く芸術性を備えている。にもかかわらず、レベル4が取れないというのは、レベルを取るための要素が何か欠けているということだ。だが、レベルを取るためのモーションを入れれば、あの「上半身と下半身が別々に動く」すばらしい振りは犠牲にする部分がどうしても出てくる。逆に言えば、振りに神経を使っているとレベル取りに必要な要素が飛んでしまうこともあるということだ。ヒップホップということで、高橋選手は首を上下に動かしながら踊っているが、あれはスケート靴の細いブレードにのった状態でやるのは非常に難しく危険なのだ。首を上下に動かすと、自分の位置がわからなくなる。だからフィギュアスケーターは、首を回転させたり、ひねったりはするが、上下にはなるたけ動かさないようにしている。上下に動かしても直接的な点には結びつかない。だが、「ヒップホップ」を踊るためには必要な動作だ。ここにプログラムの芸術性を追求するか、点数稼ぎを優先させるかのジレンマが出てくると思う。「白鳥の湖、ヒップホップバージョン」にモロゾフは振付師として強い愛着とこだわりをもっている。それは、「ポエタ(フラメンコ)」に対するランビエールの情熱に通じるものがある。この2つのプログラムは、他の選手のどのプログラムより密度が濃い。それをショートにもってきた高橋選手とフリーにもってきたランビエール選手。確率から言えば、長いフリーのほうがミスなくまとめるほうが難しい。どちらにしろ、今回よりハッキリしたことは、男子に関しては、「世界選手権では自分のもつジャンプをミスなく決めたほうが勝ち」になるということだ(女子に関しては、そうとも言いきれないかもしれない。女子の採点のほうが、今年は男子よりもっとわかりにくい)。もっているジャンプのグレードに関しては、高橋、ランビエール、ジュベール、ベルネル、ライザチェックといった選手に大きな差はないから、全員にチャンスはある。今回高橋選手に「銀河点」が出たからといって、次の大会でジャンプにミスが出たら、どうなるかわからない。だが、どちらにしろ、今回の高評価は高橋選手(それに勝負師モロゾフにも)大きな自信を与えたことは間違いないだろう。ちなみに高橋選手のショートはテレビで放映されなかったようだが、You Tubeで「2008 4CC SP」で検索すれば見られる。
2008.02.16
ヨーロッパ選手権に対抗する意味で作られた4大陸選手権。ただ、世界選手権を1ヵ月後に控えての大会ということで、これまではほとんど盛り上がらずにきた。日本選手も、かつては絶頂期の本田武史のようなトップ選手が参戦して優勝した(4大陸男子シングルの初代チャンピオンは本田選手だ)こともあったが、だんだんに「世界選手権に出ない選手のための国際大会」になってしまっていた。だが、今年はなにやら様子が違う。高橋選手、浅田選手、安藤選手がそろって出場。フジテレビ系で放映もされるから、ニュースのスポーツコーナーでもとりあげていた。「ど~しちゃったの?」という盛り上がりだ。新聞報道によると、トップ選手の派遣はISUからの要請もあったという。日本は今、空前のフィギュア人気だから、トップ選手を出して、地上波で放送すれば、視聴率も稼げるだろう。そのあたりで、日本スケート連盟、ISU、スポンサーの思惑が一致したのではないかと思う。選手にとっては、世界選手権に向けて、様子見の調整という意味合いが強いだろう。高橋選手ならばフリーで4回転を2度入れる、安藤選手はフリーで4回転サルコウを試してみたい。浅田選手にとってはジャンプをミスなく跳べるようになりたい。だが、やはり、ここのところの日本選手のスケジュールは少しキツすぎるのではないかと思う。ただでさえ、日本のトップ選手はシーズン中にもショーがある。今年は全日本選手権後の「メダリスト・オン・アイス」の後にも2回もショーのテレビ放送を見た。しかも、みな手を抜かずに頑張る。メダリスト・オン・アイスでは安藤選手は3回転ルッツ+2回転ループの連続ジャンプを見せていた(試合のあとの疲れた状態で、普通だったらそこまでサービスする必要はない)し、その後のショーでは、浅田選手は3回転フリップ+3回転ループを不完全ながら跳んでいた。女子選手でショーで3回転+3回転をやるなんて人はめったにいない。照明が暗く、しばしば客席との距離が狭いショーの会場で3回転+3回転なんて、ふつう怖くてできない。それに怪我でもしたら大変だ。「ショーの演技は、試合ほどはよくない」という人がいるかもしれない。そういう心ないファンには、「当然でしょう」と言ってあげたい。選手はいつもいつも、ジャンプをすべてきれいに決められるワケではない。試合に向けて調整し、集中したうえで、能力ギリギリのところで演技しているのだ。ショーで同じようにやっていたら、体がいくつあっても足りない。だから、シーズン中の現役選手のショーは、できるだけ回数は減らすべきだし、やったとしてももっと軽く楽しむ程度でいいはずだのだ。浅田選手の3回転+3回転(しかも高難度のフリップ+ループ。トリプルアクセルからの連続ジャンプを跳ぶ女子選手がいない現在では、この浅田選手の3回転+3回転は安藤選手のもつ3回転ルッツ+3回転ループにつぐ難度なのだ)を見ると、「真央ちゃん、ショーでそこまでサービスしなくても。怪我でもしたら、どーするの?」と思ってしまう。さて、その過酷なスケジュールをこなしながらも、高橋選手がとんでもない金字塔を打ち立ててしまった。なんと、4大陸選手権を「歴代最高得点」で制したのだ。現実には、ルールや採点基準は年によって違うし、開催される大会によっても、何やら高かったり低かったりしていて、よくわからない。絶対評価というタテマエはもう崩れてしまっているのだが、それにしてもプルシェンコ選手のもつ得点記録を抜いたというのはスゴイ。なぜなら、絶頂期のプルシェンコは4回転+3回転という大技があったからだ。フリーでは4回転+3回転+2回転(ときに最後のジャンプはもう一度3回転にすることもあった)を決めている。対して、高橋選手はショートでは4回転を入れていない。そのかわり、全日本と今回の4大陸で4回転を2度入れて成功させた。今回の4大陸の演技構成を見たが、つくづく「モロゾフって、うまく構成するな~」と感心する。今回の高橋選手のショートの得点は88.57(プルシェンコの記録は90.66)。4回転を入れていないプログラムとしては、空前絶後だ。詳しいプロトコルを見ると、とにかく、高橋選手は(韓国のキム・ヨナ選手同様)加点(GOE)で点を稼いでいるのがわかる。ショートでは、ジャンプ、スピン、ステップ、すべての要素で万遍なく加点をもらっている。ジャンプの加点が3点なんて、とんでもないのもある(日本人ジャッジだろうけど)。たとえば、トリプルアクセル。3Aの基礎点は7.5点だが、高橋選手のショートでの3AのGOE後の点数は9.93点と、4回転トゥループの基礎点(9点)より高くなっている! そんなバカな、とランビエールなら言うだろう。個人的にも、やはりこのような加点はちょっと過剰だと思う。だが、日本人選手に対するものなら、ありがたい(笑)。3Aで4T以上の点を稼ぎ出すということは、3Aを苦手にしているランビエール選手にとっては非常に脅威だろう。今年に入ってランビエールはまたジャンプの調子を落とし、ヨーロッパ選手権では、「ほとんどジャンプしかない」チェコのトマシュ・ベルネル選手に敗れている。今年は特に、ジャンプの加点・減点があまりに極端すぎる。着氷がピタリと決まれば、2点ぐらい加点される。逆にちょっとでも乱れると1点減点、特に両足着氷に妙に厳しく、肉眼で見えないようなちょっとかすっただけのツーフットでも減点されることもある。だから、高橋選手の演技が、2位のバトル選手と30点以上も差が出るという極端な結果になるのだ。そこまで差が出てしまうと、(日本人としては嬉しいが)観客もビックリしてしまうのではないか。モロゾフのしたたかな戦略はスピンの構成を変えたことにも表れている。実は、今年はエッジの間違いと同時に、「シットスピンの姿勢が高いようだと減点する」という通達がISUからあった。これは、実際には高橋選手に対する警告だったのだ。You Tubeで「Daisuke Takahashi 2006 Japanese National LP 」と入力して検索すると、去年の高橋選手の演技が見られる。去年までは、確かにシットスピンのポジションが高い、つまり「しっかり座っていない」ことがわかると思う。これを受けて、モロゾフは高橋選手のシットポジションを低くさせた。それだけではなく、ほとんどお尻が氷につきそうになるくらい低くしゃがんだポジションを取らせた。もともと膝がそれほど柔らかくなかった選手にとっては、非常に過酷な挑戦だったと思う。あのガーンと沈むポジションはモロゾフの前妻のシャーリー・ボーンが(スピンでではないが)見せていた技からヒントを得たものだろうと思う。限界まで座るスピンは、明らかに、審査員の警告に対するモロゾフの回答だ。ほんっとに、負けず嫌いな人だ。だが、このスピンは膝に負担がかかる(つまり体力を消耗する)うえに、ポジションに入ってからしっかり規定の3回回れなくなるかもしれない(難しいから)というリスクがあった。そこで、モロゾフはシーズン途中の今回の4大陸から、このギリギリまで低く座るポジションをやめた。つまり、シーズン最初には「高橋選手はこのくらいしっかり座って回れる選手ですよ」ということを見せたうえで、ほぼ通常どおりのシットポジションに戻したのだ。プロトコルを見ると、これでもちゃんとスピンはレベル4をもらっている。おまけに加点もついている。基準を満たしたうえで、ミスなく回れば加点はついてくる。そう読んでのスピン構成の変更だろうと思う。点数を見ると、この作戦は成功している。フリーの「ロミ&ジュリ」では、まず出だしで2回、4回転を跳んでしまう。2度目の連続ジャンプは3回転ではなく2回転。これも、現在の高橋選手の力を考えたうえでの構成だと思う。高橋選手はランビエールやライザチェックのような4回転+3回転はない。だがそのかわり、2度目のジャンプが2回転であることで、4+3よりは体力の消耗がはるかに少なくてすむ。ベルネルはジャンプはすぐれているが、高橋選手やランビエール選手に比べれば、まだまだ「走って跳ぶ、走って跳ぶ」だけのプログラムだ。ライザチェックもジャンプ以外の密度は高橋やランビエールには及ばない。ランビエールのフリーのように後半に2度目の4回転をもってくるのは、理想に近いが、体力的・精神的に非常に負担が多い。だから、モロゾフは「ロミ&ジュリ」出だしでは、ほとんど振りを入れずにジャンプを2回連続させてしまう。こうすれば、選手はジャンプに集中できる。複雑な振りやステップを最初から最後まで入れてジャンプのミスが多いランビエールの「ポエタ(フラメンコ)」と対照的だ。このあえて対照的な構成で、ランビエールに、そして「ジャンプしかない」ベルネルにも勝つつもりなのだ。極限まで座るシットスピンをやめたのも体力温存作戦の一環だろう。問題はランビエールだ。ヨーロッパ選手権でベルネルに負け、4大陸選手権での高橋の「銀河点」を見た彼は、相当あせっているはずだ。これまでどおり、理想の芸術作品「ポエタ(フラメンコ)」を妥協せずにやるか、少し振りを省いてジャンプの精度を高めてくるか。どちらにしろ、ヨーロッパ選手権よりは調整してくるはずだから、対戦を楽しみにまとう。だが、逆にこれで高橋選手も4回転2回はMUSTに近くなった。世界選手権での緊張は4大陸での比ではないから、精神力がもつかどうかがポイントになってくるだろうと思う。皆は、この高橋選手のとんでもない「銀河点」は、彼の卓越したステップがあってこそだと思っているかもしれない。だが、プロトコルを見ると、今回の高橋選手はスピンでは、1つをのぞいて全部レベル4をそろえたが、ステップではショートのサーキュラーステップしかレベル4がなく、あと3つは全部レベル3に留まっている。高得点はやはりジャンプとその加点にかかっているのだ。もちろん、高橋選手はスケートの技術でも8点、8.29点という高得点をもらっている。あの伸びやかなスケーティングとディープエッジの魅力は世界一と言っていいから、当然といえば当然だが、それでもこうした演技・構成点というのは、試合ごとに差がでるといってもせいざいやっと1点ぐらいなのだ。ところが、ジャンプに関しては、ピタリと決まるととたんに、1点、2点の加点がつく。3回転以上になればジャンプ自体の基礎点が他の要素より高いから、やはり高得点のカギは、大技をなんとか決めるかどうかより、1つ1つのジャンプをキチンキチンと決めていくことだということがますますハッキリした。それを裏付けるように、今シーズンの全米女子チャンピオンは、キミー・マイズナーでもキャロライン・ジャンでもなく、ジャンプを一番きれいに決めた長洲未来だった。おまけにアメリカの上位選手が年齢制限で世界選手権に出られないというブラックジョークみたいな結果になった。ジャンプを重視した採点なのだから当然そうなる。着氷が決まったといってガンガン加点し、回転が不足しているといってジャンジャン減点していたら、見た目の印象以上の差が出るのは当たり前なのだ。「ジャンプ大会にしない」ための採点システムだったはずのに、結果はほとんど「ジャンプがすべて」の採点システムになってしまった。今年の状態はやはり異常といわざるをえない。<続く>
2008.02.16
全日本フィギュア男子フリーでの最大の収穫は高橋選手がフリーで4回転トゥループを単独とコンビネーションで2回成功させたことだろう。4回転を2度入れると、一番危ぶまれるのは「たとえ4回転は成功しても、そのあとのジャンプで体力がついていかずにミスる」ということだったが、高橋選手はそのあとのジャンプも後半の3F+3Tの3Tが回転不足になっただけで、大きなミスなくまとめた。ということは、4回転ジャンプを2度入れてもフリーを滑りきることができる、ということだ。これは心強い。グランプリファイナルでは、高橋選手はショートでランビエールより高い点だったが、フリーで負けて、結果僅差で敗れた。実はすべてのジャンプをほぼミスなくまとめた高橋選手に対し、ランビエールはジャンプで細かいミスを連発している。にもかかわらず負けたということは、やはりジャンプの難度をあげて戦うことができれば、それにこしたことないのは間違いない。ジャンプにしぼってランビエール選手と高橋選手の構成をショートで見てみよう。ランビエール 基礎点(GEO後の実際のスコア) 3A 7.5(8.1)4T+3T 13.0(12.8) 3Lz 6.0(5)基礎点合計26.5 実際のスコア合計 25.9 高橋基礎点(GEO後の実際のスコア)3F+3T 9.5(10.9)3A 7.5(8.9)3Lz 6.0(7.2)基礎点合計 23 実際のスコア合計 27ランビエール選手は4T+3Tという大技をもってきているので基礎点は高橋選手よりはるかに高いのだが、ジャンプがうまく決まらないことも多いので、GEO後で見るとグランプリファイナルショートでは高橋選手のほうがジャンプで点を稼いでいる。ちょうど女子フリーのキム選手と浅田選手のようなものだ。浅田選手のほうが難しい技をもっているが、着氷でしばしば乱れる(ルッツでは踏み切りエッジ)ので、加点で稼ぐキム選手に差をつけることができず、逆に今シーズンは負けている。日本人がキム選手のジャンプの加点による高得点に苛立つように、ランビエールの側だって高橋選手の加点には相当頭に来てるだろう。ランビエールは3Aが苦手なので、3Aを必ず跳ばなければいけないショートのジャンプはどこかで乱れる可能性が高い選手だ。グランプリファイナルでは苦手の3Aは決めたが、次の2つのジャンプでミスって減点されている。加えてショートの振り付けと曲の解釈に対する点は、フリーとは逆に高橋選手のヒップホップのほうが高かった。それだけプログラムが評価されたということでもある。しかも、高橋選手はコンビネーションジャンプの難度が低い分、今シーズンのショートは抜群の安定感を見せている。だからジャンプの構成ではおとっても、ショートは、たとえランビエールがすべてのジャンプを決めても、総合得点はランビエールより若干低い程度でフリーに入ることができるだろうという予想は立てられる。そうなったときに、フリーのジャンプ構成をどうするかだ。グランプリファイナルフリーでのジャンプ構成を比べてみよう。ちなみに男子はジャンプを8箇所、連続ジャンプは女子と同じく3箇所で入れることができる。3回転と4回転ジャンプについては2種類まで繰り返してよく、そのうち1回は連続ジャンプにしなければいけない。フリーランビエール 基礎点 3A 7.5 4T 93Lo 5 2A 3.5 3F+3T+2T 11.88(後半) 2Lz+3T 6.49 3S+2T 6.38 3F 6.05 基礎点総合 55.8 高橋(グランプリファイナル)基礎点3T 44T 93A 7.53A+2T+2Lo 11.33(後半)3F 6.052S 1.433Lo 5.53Lz+2T 8.03基礎点総合 52.84高橋選手はもう1度どこかで連続ジャンプを入れることもできたわけで、2Tだけでももう1つどこかでつけておけば多少点が伸びた。ジャンプのグレードについてはお互いに少しミスがあったのだが、総じてジャンプの基礎点は高橋選手のほうが低い。他の要素が高くもらえるのなら問題はないのだが、相手はスピンの名手であり、今回のフラメンコに関してはステップの評価も高く、しかも振り付け+曲の解釈とも高橋選手の今回のロミジュリより評価が高かった(グランプリファイナルでは、だが)。あくまで個人的には「スケーティング」の技術に関しては高橋選手のほうがランビエールより上だと思っている。それはひとこぎひとこぎのスケートの伸びの違いでわかる。ランビエールはスピードをつけるために、「何度もこがなければ」ならない。高橋選手が滑るとまるで氷がよりなめらかになったように見える。これは両者の滑る技術の差なのだが、残念ながらフリーでの「スケートの技術」では同点だった。それは、ある意味、ランビエールのフリーの振り付けが非常によく、「スケートがもうひとつ伸びない」というランビエールの欠点をうまく補っているということでもある。となると、やはり4Tを2度入れてジャンプの基礎点を上げたい、ということで方向性は固まったようだ。今回の高橋選手のフリープログラムの前半の3つのジャンプのつなぎは、かなりスカスカで、ジャンプ以外はほとんどただ滑っているだけ。つまり4Tを2回入れることを想定して作ったプログラムでもある。一番の懸念は体力だったのだが、全日本で「いける」ことは証明された。高橋(全日本フリージャンプ)基礎点4T 94T+2T 10.33A 7.53A+2T 9.68(後半)3F+2T 7.48(2Tは3Tから回転不足によるダウングレード)3S 4.953Lo 5.53Lz 6.6基礎点総合 61.01つまり、グランプリファイナルのときより全日本ではジャンプで8.17点も底上げしたのだ。これが決まれば、かなりの確率で世界チャンピオンの座につけることは間違いない。あとは世界選手権での本人の調子と他選手の出来でモロゾフが判断するだろう。4Tはきれいに決まれば高得点が出るが、失敗したときのリスクも高い。他に敵のいない全日本と違って、極度の緊張を強いられる世界選手権でモロゾフがどう指示するか、こればかりはフリー当日まではわからない。ショートのお互いの得点によっても判断は変わってくるだろう。だが、どちらにせよ、日本男子初の世界チャンピオンの実現に向かって、また一歩近づいたのは事実だ。う~ん、でももし、世界選手権で日本人初の世界チャンピオンになったら… 大ちゃん、泣いちゃうだろ~な~、モロゾフにすがって(笑)。NHK杯優勝で織田選手が号泣したシーンでは、けっこう「引いた」が(苦笑)、『ニコライ+大ちゃん涙の図』は相当「萌え」そうだ。ワクワク。しかし、モロゾフって人の人生は、日本人には想像もつかないぐらいスゴイものがある。彼はまさしく、「サヨナラだけが人生だ」を地で行っている。彼の最初のキャリアは男子「シングル」の選手としてだった。だが、それもクーリックの才能を見て、とてもかなわないと悟り、すぐにサヨナラ。それからアイスダンスに転向し、アゼルバイジャン代表として戦うも、パートナー替えにともなってアゼルバイジャンともサヨナラ。次はベラルーシ代表として長野オリンピックに出場(つまり荒川選手と同じオリンピックに選手として出ていたのだ)するが、オリンピック後に引退して選手生活ともサヨナラ。次にタラソワのもとでコーチ業に入るものの、結局タラソワを裏切るようなカタチでサヨナラ。結婚もあの若さで何度したんだろう? 旧ソ連人→フランス人→カナダ人と渡り歩き(?)、2007年の夏には2度目だか3度目だかの離婚をしている。つまり、今は「シングル」に戻ったのだ。ただ、モロゾフのために(??)言っておくと、ロシア人で30代で3度目の結婚というのは別に珍しくもないらしい。だいたいみんな最初の結婚は17歳ぐらい。20代になると離婚して、再婚。それから30代になって3度目に入り、そこでだいたい打ち止めとなるらしい(ワラ)。日本人とは結婚観も人生観もえらく違うのだろう。これだけケーケン豊富で精神的に超タフなモロゾフから、いろいろ教わってネ、大ちゃん。願わくばオリンピックまでは大ちゃん(もちろんミキちゃんとも)とはサヨナラしないで欲しいものだが、さてどうなりますか。
2008.01.01
ソルトレークシティオリンピックでの例の問題が起こったとき、アメリカのマスコミはロシアペアの着氷の乱れを繰り返し放映し、「こういうミスしたのに、こちらが勝った。これぞ不正の証拠」と騒ぎ立てた。その結果導入された新採点システムのもとでは、着氷のミスどころかコケた選手がコケずに演技をきれいにまとめた選手より高得点が出てしまう。プロトコルを見なければどうしてそうなったのか、ほとんど誰にもわからない。プロトコルはそれなりに筋はとおっているし、「演技・構成点」はジャッジの主観だから、バラツキがあっても主観の相違だ、といわれてしまえばそれまでだ。こんなにわかりにくくする意味はあったのだろうか? この複雑な採点システムによって不正は防げるかといえば、答えは「そうとも言い切れない」ということになると思う。11人とか9人とかジャッジの数はやたら多いが、そのうちの何人かが示し合わせて「技術点」のGOE(加点・減点)を少しずつオーバーにつけていったり、「演技・構成点」で「不当に高得点をつけたり」逆に「不当に低得点をつけたり」といった点数の操作がある程度できるからだ。ジャッジによる点数のバラツキが大きくたって「この部分はジャッジの主観だから」と言われればそれまでだし、だいたいプロトコルに出されるジャッジの点数は「ランダムな順番」になっているから、誰がどのくらい高くつけたか、低くつけたか「犯人」の特定すらできない。まあ、逆に全日本選手権の場合、ジャッジがお互いに示し合わせて、このぐらい、と調整している可能性だってあるわけだが。何しろMizumizuが見ていて一番「この順位は示し合わせてるでしょう」と思ったのはトリノ直前の全日本だったからだ。あれには落胆させられると当時に、スポンサーなしには成立しなくなったフィギュアの商業化の現実を見るような気がした。だが、スポンサーが付いてくれるようになったことは、選手にとっては基本的によいことだ。あれほど素晴らしい技を身につけた世界トップレベルのアスリートが食えないようでは、あまりに残酷だ。今は若い選手も半ばプロのしょうにショーに出ることができる。これは長い間、フィギュア選手の悲願だったはずだ。さて、新採点システムの危険性についてはスタート当初から、ヤグディンなどの一流選手が懸念を表明していた。旧採点システムでは、誰が変に高い点をつけ、誰が不当に低い点をつけているか明らかだった。たとえば、伊藤みどりに対して徹底的に低い点をつけ続けたのがイギリスのジャッジだというように(苦笑)。ところが、新採点システムでは、12人いたら9人、10人いたら7人というようにランダムに点が抽出され、そこから上と下を切って平均点を出すから、誰がどんな点をつけたのかわからない。だから、全員ではなくても数人が示し合わせるか、あるいは暗黙の了解があれば、点数の操作はある程度可能なのだ。このままで、果たしてファンはずっとついてきてくれるのだろうか? 国際スケート連盟はそのあたりのことも考えるべきだろう。太田選手の単独3回転2度に対する減点も、2度目のジャンプが点にならないだけ、というのならわかりやすい。ところが、2度目の3回転ジャンプを転倒したことで、立ち上がったあとやってもいないジャンプの回数が余計にカウントされ、最後の3連続がキックアウトされたというのだから、まったく理解に苦しむ。つまり、ここに連続ジャンプは最大3回までというルールも絡んでくるのだが、「実際に」太田選手が行ったのは3回の連続ジャンプ。だが、転倒3Tは本当は連続ジャンプにならなければならなかったので、そこで幻のシーケンスジャンプ(連続ジャンプ)とみなされ、実際には3回しか連続ジャンプを跳んでいないのに、4回跳んだと見なされて、最後の3連続がキックアウトというわけだ。まったくワケがわからない。コケてしまったジャンプだけを0点とみなし、ただ、トライしたジャンプの種類のカウントには入れておくということでいいはずだ。1種類のジャンプを跳ぶ回数を制限するのは正しいと思う。そうしなければ、基礎点の高いジャンプだけ何度も跳んで点数稼ぎをする選手が出てくるからだ、だから、ある3回転ジャンプを2度単独で跳んでしまったら、2度目のジャンプは点数にならず、しかも3度目の同じジャンプのトライは、たとえそれを連続ジャンプにしたとしてもチャレンジできない、とすればよい。コケたとしても、それが2回転を跳ぼうとしてコケたのか3回転を跳ぼうとしてコケたのかはわかる(つまり2回転以上まわってコケているかどうかで判断することにすればよい)から、3回転を跳ぼうとしてコケた場合は、もう1度それをトライしてもそれはキックアウトする。それでいいのではないかと思う。つまり1種類のジャンプを2度だけトライできる、そしてそのうちの1回は連続にしなければいけない。浅田選手のように3Aが1Aになったら、それは1Aとしてカウントしているのだから、3Aのチャレンジはなかったことになり、もし望むならもう1度トライしてもいい。連続ジャンプの3回という制限は、「実際に跳んだ連続ジャンプの数」で数える。転倒してしまったジャンプは0点で、しかも1種類のジャンプの回数制限には入れるようにする。こういうルールでまったく問題ないはずだ。こうすればリカバリーのための無駄なジャンプのトライも十分制限できるはずだ。それなのに、2度同じジャンプを単独で跳んだからといって、そこに連続ジャンプの回数制限が絡み、太田選手のように関係ない3連続がキックアウトされるからややこしくなり、選手がしばしばこのルールでひどく減点されるのだ。バカバカしいにもほどがある。それにしても女子フィギュアのフリーを6時半から9時すぎまで延々とやるとは… かつては、伊藤みどりがいたころでさえ、TBS系で4時半ぐらいから1時間弱放映するだけだったというのに。エキジビションのショーアップも凄い。オケも最初はその音にズッコケたが、今年は相当なものになってきた。ただ、選手は生の音に合わせて滑るのに苦労しているようすがありありとわかったが(というか、ぶっちゃけ、どんどん音楽とズレていって、最後はだいぶタイミングが違ったが・苦笑)。この人気はいつまで続くのだろう。浅田選手より下は、世界レベルで図抜けた才能がないのが気になる部分ではある。
2007.12.31
今日は、総合順位は7位だったものの、個人的に大・大・大好きな太田由希奈選手について書きたいと思う。太田選手はもともと安藤選手の1年先輩で、安藤選手以上に将来を嘱望されていた逸材だった。なんといっても、伝統的に日本女子には欠けているとされている「表現力」が抜群だった。太田選手が4大陸選手権で優勝したとき、アメリカのテレビ解説者が「ジャンプに入るときのスピード、正確なポジション、美しいスケーティング、エレガントな腕の動き… 彼女は世界チャンピオンになるためのものをすべてもっている」と、感嘆をこめてコメントしていたのが今でも耳に残っている。そう、太田選手は世界チャンピオンになれるハズの選手だったのだ。怪我さえなければ… トリノで期待されていたのは金メダルをとった荒川選手ではなく、安藤選手と太田選手だった。太田選手を襲った完治しない怪我は、彼女から3回転ジャンプをほぼすべて奪ってしまった。今なんとか跳べる3回転はトゥループとサルコーだけ。それさえも試合で全部は決めていない。トリプルループも、トリプルフリップも、トリプルルッツもない。それでも今回全日本で総合7位まできた。2シーズンぶりに復帰した去年は10位に入れなかったから、たいした進歩だ。だが、太田選手のフリーのプロトコルには1つ非常にわかりにくい判定によるキックアウト(点にならないこと)がある。それは「入れた連続ジャンプの回数」の判定。女子のフリーはジャンプを全部で「7箇所」で入れることができ、連続ジャンプは「3箇所」で入れることができる。今回の全日本の太田選手は3Tで転倒したが、プロトコルを見ると、そこがSEQ(シーケンス)となっている。つまり、3Tで起き上がった後に何かジャンプを入れてしまったという判定だ。そのことによって連続ジャンプを入れる箇所が1つ余計にカウントされ、最後に入れた2Lz+2T+2Loは4つ目の連続ジャンプということになり、キックアウトで0点になってしまった。2Lz+2T+2Loはきれいに決まっていただけに非常に残念。これさえなければ、もう少し得点が出た。だが、実は太田選手は転倒ジャンプのあとには何も入れていない。シーケンスでジャンプを実際に跳んだわけでもない。にもかかわらずシーケンスにされてしまった。これには複雑なルールが絡んでいる。実は3回転ジャンプは1つのプログラムに2回まで入れていい(ただしそれも2種類まで)のだが、そのうちの少なくとも1つは連続ジャンプもしくはシーケンスにしなければならない。ところが、太田選手は最初にすでに単独の3Tをプログラム前半で跳んでいた。そして、ここに「連続ジャンプは3箇所まで入れていい」というルールも絡んでくる。転倒した3Tは単独のままで、連続ジャンプにできなかった。すると2回の単独3Tを入れてしまったというルール違反になる。そこでここには「連続ジャンプ箇所」とみなされるのだ。したがってプロトコルに「シーケンス」と書かれ、ここは跳んでもいない連続ジャンプの箇所とみなされる。太田選手は最初に3S+2T、転倒3Tのあとにもう1度3S+2Tを入れていた(2度目の3S+2Tを単独の3Sにしておけばよかったのだ)。だからこれで連続ジャンプ3箇所となり、これ以上の連続ジャンプは入れられない。したがって、最後の2Lz+2T+2Loはキックアウトで0点となってしまったということらしい。しかし、わかりにくいなあ、まったく! 太田選手のように3回転ジャンプのバリエーションの少ない選手は、どうしても跳べる3回転ジャンプを限度2回まで入れたくなる。そうするとどちらかは連続ジャンプにしなければならない。ところが転倒してしまって連続ジャンプが入らないと、単独ジャンプを2回跳んだという減点に加えて、跳んでもいない幻のシーケンスジャンプということで連続ジャンプの箇所も1つ余計にカウントされてしまうのだ。現ルールのミスに対する減点の過酷さがわかる。織田選手は何度かこの同じジャンプの回数制限と連続ジャンプの回数制限に引っかかってキックアウトで痛い目にあっているし、荒川選手も「試合の途中で何をどうリカバリーしたらよいのか忘れてしまってあせってしまった」と言っていた。ファイナルでの高橋選手も「どっかで連続ジャンプにしなきゃとあせった」と言っていた。このルールの複雑さでは、1度ジャンプを失敗すると非常に神経を使うだろう。しかもこの太田選手の転倒3Tは、ジャンプを行ったことによって点がマイナスになるという、例のおかしな現象を引き起こしている。基礎点1.14点からGEOの減点で、この3T+SEQの点数が0.14点。これがジャンプのスコアだが、別枠で最後に「転倒によるマイナス1点」がくる。0.14からマイナス1を引いたらどうなるだろう? 小学生の算数だ。跳んだけど転倒したので、0点になった、というならわかる。だが、跳んで転倒したため、点数がマイナスになる、というのは一体どういう理屈でそうなるのか。さっぱり理解できない。基礎点をダウングレードし、GEOで引き、さらに転倒のマイナス1点を別々に順番に引いていくからこんな変なことになるのだ。それならばいっそ、「転倒ジャンプは0点」それでいいと思う。だが、それにしても3回転はトゥループとサルコーしかない選手が、このハイレベルの全日本女子で7位まで来るのは大変なことだ。しかもフリーでは後半3Tの1回の転倒で「単独3回転ジャンプの規定数オーバー」「ジャンプの挿入箇所数のオーバー」「ジャンプそのものに対するGEOによる減点と転倒の1点減点」と2重3重に減点されているのに、だ。それだけ彼女のジャンプ以外の要素が評価されているという証でもある。特筆すべきはスパイラルシーケンスの高得点。スパイラルは浅田選手も安藤選手も得意で、安定してレベル4を出す。特に浅田選手は柔軟性といい、すらりとした細く長い脚の美しさといい、おろらく現在世界でも最も美しいスパイラルをもった選手だ。その浅田選手より太田選手のスパイラルのほうが得点が高かった。3人ともレベル4だが、加点で差がついたのだ。フリーでは浅田4.8、安藤4.6、太田5.4。太田選手は脚を上げて、トップバランスにもっていくまでのスピードがはやく、グラリともせずにエッジにのって滑っていく。浅田選手は脚自体は太田選手より上がるのだが、その柔軟性が逆に災いして、トップバランスで安定させるまでの時間がちょっとかかったり、途中で軸足のエッジが揺れたりする。太田選手は基本的に旧採点システムで育ってきた選手だから、スピンなどのレベル取りで若干損をしているかもしれない。あの超美しいレイバックスピン(レベル3)も加点がついてもショートで3.3、フリーで3.4程度。これはダブルアクセルの基礎点より低い。これでも浅田選手(3.2)や安藤選手(2.1)より高いのだが、差がついてもそんな程度なのだ。それでもやはり、太田選手は美しい。レイバックスピンに関しては点差以上の違いがあるように思う。ただ、太田選手のそのほかのフリーのスピンは全部レベル4だった。滑走中の顔の表情を見てるだけで、太田選手には「萌え」てしまう(スケートなのに・笑)。顎から首、肩から腕にかけてのラインと動かし方にも、なんともいえない上品さが漂う。「ゆきなちゃん、なんであなたはそこまで美しいの」と言いたくなる。最初から最後まで音楽にのせて優雅に滑る姿には視線が完全に釘付け。指先の表現も、腕の振りも、上体の使い方も、情感表現すべてが別次元の美しさ。「フィギュアってスポーツじゃなくて芸術だな」と心底思わせてくれる稀有な選手だ。ショートのマダム・バタフライでもフリーのアランフェスでも、圧巻の叙情性を発揮していた。ただ、競技者としては多少オーバーウエイト気味なのは否めない。もう少しウエイトを落とせばジャンプにもキレが戻るかもしれない。試合で点を競うなら、全体的にスピードも足りない。プログラムの後半になってくると3回転がまったく入らないのは、助走のスピードが足りないからだ。実は中野選手は太田選手が怪我をしたことから代役で国際舞台にデビューし、ここまで来た選手だ。中野選手に太田選手のような滑りのエレガンスがあれば、国際試合の「演技・構成点」であそこまで低く評価されることもないだろうにと思うことがある。今回中野選手のトリプルアクセルはダウングレード判定されて、基礎点がトリプルアクセルの7.5点ではなくダブルアクセルの3.5点になり、そこからGOE減点されて、結果たったの1.9点にしかならなかった。1.9点である! 浅田選手のスッポ抜けのシングルアクセルでさえ0.8点になっているというのに! 見てる一般のファンはほとんど「中野選手はステップアウトしたけど、一応トリプルアクセルを降りた」と思った人もいるかもしれない。ところが、実際には着氷に失敗したダブルアクセルと同等の扱いになっているのだ。やはり、これは変だと思う。何度も繰り返すが、回転不足でのダウングレードはやめ、GOEでの減点だけに留めるべきだ。GOEでの減点を最大の3と決めてもいいだろう。回転不足かどうかは素人には非常にわかりにくいから、そうしたほうが見ている一般のファンの印象とも齟齬が少なくなるはずだ。フリーでの浅田選手のセカンドジャンプのトリプルトゥループも回転不足気味だったが、あちらはダウングレードは免れている。どうもこうした不公平感もぬぐえない気がする。だが、今回の中野選手のフリーはトリプルアクセルで点を稼げなかったにもかかわらず、今季最高となる120点を越えた。全体的に点が甘いともいえるが、本来中野選手はこのぐらい点がもらえてしかるべき選手なのだ。今回は「演技・構成点」でほぼすべてのジャッジが7点代を並べた。点数もわりあいバラツキがない。ところが国際試合では、中野選手に対して8点代を出すジャッジもいれば6点代とひどく低い点をつけるジャッジもいる。非常にバラツキがあるのだ。このデタラメな点のつけかたも国際試合のジャッジングの不可解な点だ。<明日に続く>
2007.12.30
全日本フィギュアスケートが終わった。なんといっても安藤選手がほぼ完璧な演技を見せたことが光った大会だった。今シーズンの安藤選手は調子が悪く、怪我も完治していないような状態だったようで、NHK杯のフリーで大崩れ。非常に心配していただけに、今回の素晴らしい演技は嬉しかった。正直、優勝は安藤選手でもよかったかもしれない。今回の安藤選手の最大の収穫は、フリップ(内側エッジ踏み切り)でのwrong edgeを克服したことではないかと思う。安藤選手は一般には難しいとされるルッツのほうが得意で、フリップを跳ぶときに若干エッジの外側にのって跳ぶクセがあった。今年からwrong edge減点が厳しくなったことを受けて、モロゾフは徹底的にフリップの矯正を指示した。ところが、これがなかなかうまくいかなかった。エッジの矯正は素人が考える以上に難しいらしい。実際、アメリカ女子選手はほぼ全員が今シーズンwrong edge判定での減点をくらっている。矯正ができなかったということだ。無理に矯正しようとすると、跳べているハズのもう1つのジャンプも調子を崩す。それをはっきりと示してしまったのが、安藤選手のNHK杯で、ルッツとフリップでミスを連発してしまった。浅田選手はルッツ(外側エッジ踏み切り)でのwrong edgeを指摘される。ルッツを跳ぶとき、構えの軌道ではしっかり外側にのっているのに、跳ぶ瞬間エッジが内側に入ってしまう。これは今に至るまで矯正されておらず、したがって浅田選手がルッツを跳ぶと、どんなに高く美しく決めても、必ず減点されてしまう。浅田選手の場合は他のジャンプへの影響を懸念してか、ルッツの矯正を徹底させてこなかった。wrong edge判定の減点自体もえらく曖昧で、ときには1点だけの減点だが、3点減点される場合もある。明らかに内側で跳んだか、微妙だったかにもよるのだろうが、そもそも踏み切る瞬間のエッジははっきり見えない場合も多いから、減点の根拠も曖昧だと思う。3ルッツの基礎点は6点だから、3点も引かれたらルッツを跳ぶ意味がなくなってしまう。浅田選手の場合も試合によって、3ルッツのスコアは、5点(基礎点から1点引かれただけ)だったり、4.4点まで落とされたり、バラバラになっている。だが、減点の幅は試合によるとはいえ、浅田選手は3ルッツを跳ぶたびに必ず減点されることは間違いない。それに対して今回の安藤選手はショート、フリーも含めてwrong edgeでの減点はされなかった。ほとんどの他のトップ選手が矯正できないか、しないか、しようとして調子を崩すかだった今シーズンの状況を考えると、これは素晴らしいことだと思う。安藤選手の努力とモロゾフの指導力に拍手を送りたい。フリップはキム選手と同じくフラットな踏み切りで、完全に内側にのってもいないようにも見えるのだが、これは減点の対象になっていない(なぜなのかはよくわからないが、間違ったエッジにのらなければいいということなのだろう)から、とりあえず安藤選手はwrong edgeでの減点を克服したといっていいだろう。さて、プロトコルを見ると、安藤選手の今後の課題がわかる。まずショート最後のコンビネーションスピンのミス。あれはいたかった。レベル1の判定で基礎点が2点、そこからGOE(加減点)で減点されて結局1.94という得点にしかなっていない。せっかくフォアアウトのエッジで回るという難しい技術を入れているのに、ミスっては元も子もない。ちなみに浅田選手のコンビネーションスピンはレベル3(3点)にGOEで加点をもらって3.8点になっている。フリーでも安藤選手のコンビネーションスピンはレベル1だった。ただGOEで加点がついて2.7点にはなっていた。もう1つ安藤選手の失敗はジャンプの構成。後半に3T+2Lo+2Loの3連続をいれ、その次に2A+2Loの2連続をもってきた。今シーズンはたしか2A+3Tを入れるよう練習していたはずだ。ところがどうもセカンドジャンプのトリプルトゥループがうまく入らないようで、セカンドジャンプは得意のダブルループできた、ということだろう。それはそれでうまくいけばよかったのだが、3連続のジャンプで、GOEで減点されている。ダウングレード(回転不足で1つ下のジャンプへの基礎点が引き下げれらること)はないが、GOEで減点されるくらいなら無理にジャンプを3つつなげるより、3T+2Loと2A+3Tにしたほうが得点が稼げる。3T+2Loは安藤選手の場合、ほとんど問題はないから、あとは2A+3Tができるかどうかだ。今回のプログラムでは3回転+3回転が1度しかなかった。世界選手権でキム・ヨナ選手に対抗するためには、やはりセカンドジャンプにもう1度3回転をもってきてほしい(つまり2A+3Tを決めてほしい)。浅田選手はやはり、というべきか、フリーでトリプルアクセルがまたも抜けてシングルアクセルになってしまった。浅田選手は今シーズン1度しかトリプルアクセルを決めていない。これでは、「浅田選手はもうトリプルアクセルを跳べない」と言われても仕方がない。シーズン最初にMizumizuはこれをもっとも懸念していた(10月7日の記事参照)。もうハッキリ言おう。こうなったのは、先シーズンに「ステップからのトリプルアクセル」などという無謀かつ無駄な挑戦をしたためだ。結局のところ、ステップからのトリプルアクセルはリスキーにすぎた。ステップを入れるということは、助走のスピードがほとんどなくなるということだ。だから踏み切る脚の膝に非常に負担がかかる。負担がかかれば怪我の危険性も高くなる(実際、浅田選手はシーズンはじめにアクセルを踏み切る側の脚の膝を故障している。偶然とは思えない)。また、ジャンプというのは助走のスピードが大切なので、それがない状態で跳べば、着氷は乱れがちになる。今年から着氷の乱れの減点も厳密になったから、せっかくむずかしい入り方で跳んでも、着氷が決まらなければ減点になり、結果、「きれいに決めたルッツ」より低い点しかもらえなくなることは間違いない。アホらしいにもホドがある。日本では、このアホらしい挑戦を誰も批判しなかった(松岡某などはただ単に持ち上げて、煽り立てていた)が、アメリカの元世界チャンピオンで現解説者のディック・バトンは、はっきり「無謀な挑戦。あんなことはプルシェンコですらやらない」と呆れたように吐き捨てていた。ただでさえ15歳から16歳になり、体型が変わって跳べていたジャンプも跳べなくなる年頃なのに、たいして得点稼ぎにもならず、かえってリスキーになるだけ技を提案したコーチのアルトゥニアンは愚かすぎる。今シーズン浅田選手はステップからのトリプルアクセルはやめたが、結局トリプルアクセルの調子は悪いままで、試合ではほとんど成功していない。去年より悪いくらいだ。ルッツのwrong edgeも徹底的に矯正しなかったし、セカンドにもってくるトリプルループの着氷が若干ツーフット気味になる(あるいは回転不足気味になる)というクセも直っていない。今回のショートでも本人が「ちょっとツーフットしちゃった」と言っていた。プロトコルを見ると、GOEでの減点はなく、かえって加点されていた。つまりジャッジにはツーフットが見えず、ジャンプのスピードと高さを評価した加点ということだろう。確かにスローにしないと見えないぐらいで「ちょっとこすっただけ」だったが、国際試合のジャッジが見逃してくれるかどうかはわからない。実際、グランプリファイナルではフリーの見事な3F+3Loに対して減点してるジャッジが1人いた。スローで見てみると、最初のジャンプからセカンドジャンプに行くときに若干浮き足で氷をこすっていたかもしれない。それを目ざとく見たジャッジはすぐに減点した、というワケだ。また3F+3Tの3Tの質の悪さも気にかかる。グランプリファイナルのときも回転不足のような降り方だったが、今回も同じか、もっと悪かった。やはり浅田選手はトリプルトゥループがあまり得意でないのはハッキリした。今回も回転不足判定はなかったから、ダウングレードは免れ、GOEで若干(結果として-0.2の減点)引かれただけですんだ。だが、国際試合ではもっとジャンジャン減点してくるジャッジもいるだろう。今年の減点はやたらにオーバーだ。その結果グランプリシリーズで、ジャンプの回転不足がほとんど(というかまったく)なかったキム選手ばかりに高い点が与えられ、ちょっとでも回転不足と判定された選手は容赦なく減点されてひどく差が開いた。どちらかといえば、日本のジャッジのが常識的だと思うが、世界中のジャッジが同じように考えているとは思えない。ちなみにグランプリファイナルのときの浅田選手の3F+3Tの得点は8.9点、今回は9.3点。今回のほうがジャンプ自体悪かったにもかかわらず、減点がマイルドだったので、逆に得点は高くなった。繰り返すが、個人的には、減点もこの程度が常識的だと思う。あれをダウングレードで基礎点をさげて、さらにGOEで減点したら、信じられないような低スコアにとどまってしまう。だが、それが今年各国で行われたグランプリシリーズで起こったことでもある。今年のグランプリシリーズを見て、「なんでキム・ヨナばかりがこんなに点が高いの?」と思った人も多いと思う。それは成功ジャンプにオーバーな加点が与えられる一方、回転不足ジャンプをダウングレードして基礎点をさげ、さらにGOEで引くという二重の減点が厳密に行われてしまったことによる部分が多い。<明日は個人的に贔屓にしてる太田選手について、ゴーインにご紹介しちゃいます>
2007.12.29
<昨日から続く>もっとも差が出たのは、「音楽の理解(曲の解釈)」で8.25と7.8。このあたりは納得せざるをえないかもしれない。0.45というのは、大した差ではないように見えるが、他の4つのコンポーネンツはもっと僅差だったから、実は勝敗を分けたのはここの評価なのだ。結果的にショート+フリーで239.1と238.94だったから、フリーで高橋選手が3Sを跳んでいたら「音楽の理解(曲の解釈)」でこの点差でも勝てた、というふうに見ることもできる。だが、それは非常に短絡的で一方的な考えにすぎない。スコアを検討すると、ランビエールが得意の4Tだけをきれいに決めていたら、たとえ高橋選手が3Sを跳び、ランビエールが不得意な3Aを多少ミスったままでもやっぱり勝てなかっただろうということになるからだ。ランビエールはやはり、相当の強敵だ。これまでのグランプリシリーズでは、4回転ジャンプを2度入れてきれいに全部成功させることができず、自滅していたというのに、高橋選手との直接対決で、4回転ジャンプを1度におさえ、連続ジャンプを増やして、いきなりここまでまとめてくるとは、なんとも憎いヤツ(苦笑)。つまり、ランビエールは自分の「難しいジャンプへの挑戦」というこだわりを捨てて、よりリスクが低くかつ得点の稼げる確率の高い3連続ジャンプを入れることでスコアをあげる作戦に出て、それが功を奏したのだ。今回ランビエールが後半に入れた3F+3T+2Tの3連続ジャンプは、10%増しの基礎点で11.88、きれいに決めたことで加点をもらってなんと12.68もの点数を稼ぎ出している。ランビエールにとってみれば、リスクを犯して4回転を入れるより、この連続ジャンプのほうがよほど効率よく、かつ確実に得点が稼げるのだ。そのランビエールに対して、モロゾフはどういう作戦で世界選手権に臨むのだろう? 4回転を2回入れるのは、今年の採点方法を見ると、あまりにリスクが高い。たとえ4回転を2回決めても、きれいに決まらなければ減点される(今年はジャンプの回転不足の減点が厳しい)。集中力を要求される4回転は体力の消耗が激しいから、たとえ4回転だけは決めても、後半でのジャンプでミスが誘発されかねない。高橋選手の今回の最後のバテ方をみても、4回転2度は体力的にもたないかもしれない。となると、ジャンプはこのままで、得意のステップでレベルを上げるよう努力し(今回ステップでレベル4は取れなかった)、ミスをしないように仕上げていくというのが最善の策かもしれない。3回転サルコウの精度を上げるのも大事だ。高橋選手はサルコウをよく失敗する。あとはショートでどのくらい点を稼げるかにもよるだろうから、もしかしたらショートに4回転を入れてくるかもしれない(それもショート後半のステップの運動量を考えるとかなりリスキーだが)。どちらにせよ、今回のランビエールのフラメンコの振り付けや音楽の解釈に対する高評価を見ると、もしかしたらランビエールのミス待ちかも…などという考えが頭をよぎる。「完璧なフラメンコを見たい」と書いた本人としては、複雑な気分だ。しかし、日本のマスコミの短絡的な大ワザ信仰はいいかげんにしてほしい。安藤選手といえば「4回転解禁か」、高橋選手といえば「フリーで4回転2回跳ぶか」にばかり関心を寄せ、不必要に煽り立てている。難しいジャンプを跳べば勝てるわけではない。しかも、今年に関して言えば完全にそうだ。それよりも、難しいジャンプを跳んだときのリスク(回転不足でのダウングレード+GOE減点という極端な減点、体力を使うことによる他のジャンプへの影響)を、フィギュアを知らない視聴者向けに詳しく解説すべきではないのか。ついでにお手つきは回転さえ足りていればダウングレードなしでGOEのみの減点だから、見た目の印象ほど低いスコアにはならないことも説明しておくといいだろう。今回のフリーでのランビエールの4回転でのお手つきも、回転が足りて降りていたということで、GOE(ジャッジがジャンプやスピンなどの個々のワザに対して行う加点もしくは減点)のみの減点となり、極端な減点はされなかったのだ。あそこで回転不足で降りてきてお手つきしていたら、一挙にダウングレードで基礎点が5点引かれていた。そうすれば、まったく文句なく高橋の勝利だったのだ。ルッツとフリップのwrong edgeについて、スケート靴をもってきて、まがりなりにも説明を行ったのはNHKだけだった。とはいっても、ジャンプで一番見分けるのが難しいのがルッツとフリップだ。一般の人はルッツとフリップどころかトゥループとフリップの違いだってわからないかもしれないから、wrong edgeといわれて理解できる人はほとんどいなかったかもしれない。だが、説明されなければ、そもそも誰も何もわからない。滑稽なのは、6種類のジャンプの違いも今年のルール改正も、何も理解していないのに、したり顔でコメントしているテレビのワイドショーのコメンテーターだ。ただ、マツコ・デラックスだけはなぜか(苦笑)、かなりフィギュアに詳しかった。「真央ちゃんの振り付けをタラソワがやったのは知らなかったけど、タラソワは有名よ。たしか男子のオリンピックチャンピオンだったヤグディンのコーチをして有名になったんじゃないかしら」とすらすら話していた。タラソワを知っているというのは相当なものだ。実際にはその説明はちょっとばかり間違っている。タラソワはヤグディンの前にもう1人、クーリックというオリンピックの男子チャンピオンを育てている。それにタラソワはアイスダンスでは多くのチャンピオンを世に送り出し、「チャンピオン製造コーチ」としての名声を欲しいままにしていた。ともあれ、いい加減な知識しかないくせに、「とりあえず何かえらそうにコメントするだけ」の識者が多い中、マツコ・デラックスのような存在は貴重だ。まだ先の話だが、バンクーバーオリンピックでランビエールが再びこの「ポエタ(フラメンコ)」を持ってきたら…? そのときは、高橋選手は「オペラ座の怪人 バンクーバーバージョン」で対抗するしかないかもしれない。荒川選手がトゥーランドットで2004年世界女王と2006年オリンピックチャンピオンの座に輝いたのは偶然ではない。もっといえば、荒川選手はそのほかの曲では世界選手権のメダルは1つも獲得できなかった。さらに縁起の悪いことを言うと、トゥーランドットで世界女王になった翌年、荒川選手が世界選手権9位と惨敗したときの音楽は「ロミオとジュリエット」だった。オリンピックチャンピオンになったことで皆忘れているが、世界の舞台でコンスタントに表彰台にのぼっていたのは、荒川選手ではなく、同年代の村主選手のほうだ。本当にその選手のキャラクターにハマった、傑出したプログラムというのは、それほど頻繁には作れないのだ。
2007.12.20
トリノでのフィギュアグランプリファイナルの男子フリーが終わった数時間後(つまり日本では明け方)、朝のニュースで知る前に結果を見ようと、ISUのサイトにアクセスした。今回は高橋選手の優勝が濃厚で、かなり期待していた。ショートで2位につけていたランビエールは今シーズンはフリーで自滅することが多く、これまで成績があがっていない。苦手の4回転を跳ばずに他の要素を正確に決めることで今シーズン絶好調だったウィアーもショートで失敗して4位に沈んでいる。となれば、高橋選手が日本人初のグランプリファイナル優勝者となるのは、ほぼ間違いないのではないか。期待を胸に順位表を見た。--あれっ......最終順位は1位ランビエール、2位高橋とある。がーん!負けちゃったのか。ということはジャンプで失敗したってことかな? さっそくプロトコル(詳細な成績表)を見る。フリーの総合得点はランビエール155.3と高橋154.74と、えらい僅差だ。プロトコルを見れば、どんなジャンプを跳び、失敗したか成功したかがすぐわかる。さっそくエレメンツを確かめる。フムフム、ランビエールったら、これまで4回転を2度入れて自滅してきたものだから、4回転を1回に抑えたんだな。そのかわりそこに3連続ジャンプを入れてるじゃないの。その手で来ましたか、ナルホド。ジャンプは回転不足によるダウングレードや転倒はなかったようだが、トリプルアクセルと4回転トゥループでGOEが減点されている。ということは、あまりきれいには決まらなかったということだね。で、高橋選手は? と見るとずらりとならんだエレメンツにダウングレードもGOEでの減点もない。最初のジャンプは3T、4T、3A。すべてGOEの加点をもらっている。ただ1つ3回転のサルコウが2回転になっている。とはいえGOEの減点はない。じゃあ、ジャンプはすべてきれいに決めたということじゃない。それじゃ、一体何で負けたんだ? 簡単にいえば、技術点では勝っていた(ランビエール76.2、高橋77.34)。だが演技・構成点で負けている(ランビエール79.1、高橋77.34)。さらに演技・構成点の5つの要素を詳しく見ると、「スケート技術」はまったく同じ。「演技力」では高橋選手のほうがやや点が高く、「要素のつなぎ(つなぎのステップ)」「振り付け」「音楽の理解(曲の解釈)」でランビエールのほうが高かった。うう、そうか... ランビエールは今年も去年と同じポエタ(フラメンコ)をフリーに持ってきた。このプログラムがあまりに衝撃的に素晴らしいかったことは、Mizumizu自身が7月18日のエントリーで記事にした。その中で、「今シーズンもう一度、あのフラメンコを滑ってほしい」「あのフラメンコをミスなく滑ることができたなら、おそらく帝王プルシェンコが復帰してきても、ランビエールには勝てない」「来年の世界選手権ではランビエールは去年以上に大きい存在として高橋選手の前に立ちふさがりそうだ」と書いたのだ。一部で噂されたプルシェンコの復帰はなさそうだが、なんとランビエールは、Mizumizuの期待どおり、今年もフリーで引き続きフラメンコ(ポエタ)をすべり、Mizumizuの予想より早く、世界選手権の前にグランプリファイナルで高橋選手の前に思いっきり立ちふさがってくれたワケだ。7月の記事を書いた時点では、今シーズンの高橋選手のフリーはまだどんなものになるかわからなかった。今年のフリーは「ロミオとジュリエット」。悪くはないのだが、去年の「オペラ座の怪人」ほどのドラマ性はなかった。いくらモロゾフ(高橋選手のコーチ兼振り付け師)だって毎年毎年ウルトラ素晴らしいプログラムは作れない。「オペラ座の怪人」がインパクトがありすぎ、あまりに高橋選手にハマリすぎたということもあるが、今年の「ロミオとジュリエット」はメッセージ性が足りない。高橋は「ロミオ」のイメージではない。荒川静香が「トゥーランドット(氷の姫)」ではあっても「カルメン(野性的な情熱の女)」でないのと同じだ。それは皮肉にも、ランビエールがEXナンバーで映画の「ロミオとジュリエット」の音楽(ニーノ・ロータ)を使い、白いバラをジュリエットになぞられて、自身がロミオになりきって演技して見せたことでなおさら際立ってしまっている。高橋選手彼自身も「ロミオを演じるというより、音楽を表現する」と言っている。だが、このスタンスがかなり曖昧で、もう1つこちらに迫ってくるものがないのだ。一方のランビエールのフラメンコ(ポエタ)は、おそらく後にも先にもこれほどのプログラムは作れないだろうというくらいの傑出した芸術性を備えている。それは成熟した大人の世界観であり、ダンスによる情熱のほとばしりだ。これを表現できるのは、その恵まれた容姿とスタイルも含めて、現在のところランビエールをおいてほかには考えられない。ランビエールのフラメンコがどんなにスゴイかということは7月の記事を読んでいただくとして、テレビで実際の演技を見る前は、「あのプログラムを大きなミスなく滑ったんなら、負けても仕方ないか」と思っていた。だが、実際のランビエールの演技は、悪い意味で期待を裏切るものだった。ジャンプがかなり調子が悪い。ジャンプに関しては、もしかしたらランビエールは全盛期を過ぎてしまったのかもしれない。3A(アクセル)ではステップアウト、4T(トゥループ)ではお手つきと着氷がひどく乱れた。4回転のかわりにもってきた3連続は成功したが、おそらくは最初のジャンプを3 Lz(ルッツ)にしたかったであろう連続ジャンプは2Lz+3Tになった。ほかは大きなミスはなかったが、このジャンプの失敗は演技全体の印象を大きくキズをつけるものだった。そして、高橋選手の演技はというと、全体的に大きなミスはなく、よかった。後半の3Sが確かに2Sになっていたが、ジャンプに関してはランビエールをはるかに凌駕していた。演技が終わった時点で、解説の佐野稔が高橋の金メダルを確信したような発言をした。佐野は間違っていない。誰だって、あの出来だったら高橋が勝ったと思ったはずだ。Mizumizuも「ええっ? これで負けたの?」と信じられない気分だった。高橋本人に言わせれば、ステップを含めて細かな失敗があった(たしかにサーキュラーステップでは少しトウがつっかかったようになっていたし、ストレートラインステップではターンが不完全な部分があったかもしれない)ようだが、プログラム全体のまとまりからしたらランビエールよりよかったと思う。ランビエールのフラメンコは、7月にも書いたが、超絶技巧すぎる。あそこまでステップからスピンから難しいものを入れ、上体や腕の複雑な動きを最初から最後まで入れたたら、ジャンプに集中できないのは当たり前なのだ。案の定、ランビエールはやはり今回もジャンプに精彩を欠いていた。なのに、高橋選手が負けた。完璧ではない、「あの程度」の出来のフラメンコに...... 7月の記事でフラメンコを絶賛した本人が言うのも変な話かも知れないが、実のところ、Mizumizuはかなりショックだった。繰り返して言うが、ランビエールがほぼ完璧にプログラムをまとめたのなら、たとえ高橋が同様に完璧にすべって負けたとしても文句はない。だが、今回大きなミスなくまとめた高橋が、目立つミスをしたランビエールに負けたことに落胆したのだ。あのフラメンコが革新的に素晴らしい振り付けだったことは間違いない。それはステップへの評価にも表れている。誰しも「高橋選手のステップは世界一」と思っている。だが、今回の技術点を見ると、CiSt(サーキュラーステップ)もSlSt(ストレートラインステップ)もランビエールのほうが得点が高い。レベルは両者とも3で基礎点は同じだが、GOEでランビエールのほうが加点をもらっている。その結果、CiStは4.1と4.0、SlStは4.1と3.8。さらに演技・構成点の「要素のつなぎ(つなぎのステップ)」もランビエール7.6、高橋7.4。つまりは得意なハズのステップでランビエールに負けてしまったのだ。スピンで負けるのは仕方がない。ランビエールの強みはスピンだからだ。だが、ステップで負けたというのには、Mizumizuはボーゼンとなった。多少ミスはあったが、高橋選手のステップの構成も超ハイレベルなものだ。そのステップの天才・高橋をもしのぐステップを取り入れたあのフラメンコ・プログラムの超絶技巧ぶりを、ジャッジがいかに評価しているかを見せつけられた気がしたからだ。あくまでダンスとしての芸術性に主眼がおかれ、「レベルを取りに来た」点数稼ぎの構成をしたステップではなかったにもかかわらず。<明日へ続く>
2007.12.19
ダウングレードってのはそんなに点数変わるの? と思われる向きもあるかもしれない。答えはイエス。めちゃくちゃ変わる。以下がジャンプの基礎点だ(後半に跳ぶと10%増しになる)。 3回転 2回転ルッツ 6点 1.9点フリップ 5.5点 1.7点ループ 5点 1.5点サルコウ 4.5点 1.3点トゥループ 4点 1.3点つまり、45度回転が足りないとみなされただけで、3回転トゥループを跳んで4点かせいだつもりが1.3点にしかならず、さらにGOEで減点までされるといういことだ。しかも、そのダウングレード判定が解説をやっている元選手(つまりはプロ)が見ていても、しばしばジャッジの判断と食い違うことがあるくらいわかりにくいのだ。角度によって回転不足に見えたり見えなかったりということは確かにある。基礎点を判断する回転不足ダウングレードがこのように、判断の正しさがかなり微妙なのに減点が大きいということも問題なのだが、それだけではなく、基礎点を判断するジャッジとGOEのプラスマイナスをつけていくジャッジは別で、みながバラバラに自分の仕事をすることから起こるのではないかと思う変な現象もある。たとえば、NHK杯で武田選手はトリプルフリップ(3F)で転倒した。この転倒も、「回転不足のまま転倒した」とみなされたのでダウングレードされて基礎点がぐっと減った。Wrong edge判定もくらい、GOEでも当然減点された。そのうえ、転倒は別枠でマイナス1点と決まっているから、さらに引かれる。その結果どうなったかというと、武田選手は3F単独で0.7点しかもらえず、最後にそこから別にマイナス1点を引かれているから、3Fで転倒しただけで、結果としてなんと「マイナス」0.3になっているということになるのだ! 変すぎる。それならはじめから「転倒ジャンプは0点」としたらどうだろう? そのほうが公平だし、わかりやすい。一方、ファイナルでのキム選手は3ループでモロにコケた。ところがプロトコルを見ると、ダウングレードによる基礎点の減点はなかった。GEO(これもマイナス3をつけてるジャッジとマイナス2のジャッジがいた)でひかれてジャンプのスコアが2点、最後に転倒でマイナス1だから、まあプラス1にはなった、ということだ。武田選手のコケとキム選手のコケに差があったとは、到底思えない。それにフリップのほうがループより基礎点は高いのだ。にもかかわらず、こういう変な点のばらつきが起こる。ポイントは「回転不足かどうか」にあり、しかもその判断が(基準はハッキリしているが実際には)きわめて曖昧だというのが問題なのだ。この「やたら規定が厳しいわりには、理不尽な2重の減点があり、最終的には変なことになってしまう」技術点の採点方法に加え、ジャッジの自由裁量による演技・構成点のワケわからなさも、またとびっきりだ。演技・構成点とは「スケート技術」「要素のつなぎ(つなぎのステップ)」「演技力」「振り付け」「音楽の理解(曲の解釈)」という5つの要素をジャッジが0.25刻みでつけていく。GOEもそうなのだが、グランプリファイナルの場合は、10人のジャッジがいて、そのうちの7名の点数をコンピュータがランダムに抽選し、その7名の中から上下1名ずつの数字を引いて残り5名の点数の平均点を出す。この点が妙に高い選手と変に低く抑えられる選手が決まっている。荒川静香は「演技・構成点は技術点に比例しますから」と言っていたが、今年に限っていえば、そうでもない。ジャンはこの点が低い。それはまだ若いから仕方がないのかもしれないが、中野選手などは、ロシア杯がそうだったのだが、トリプルアクセルも決め、彼女としてはほぼ完璧に近い演技をしても、この点がのびてこない。今回のファイナルのショートでは観客からブーイングも起きていた。おもいのほか低い点だったからだ。だから浅田やキムには全然歯が立たない。もちろん、中野には「スケートがのびない」という欠点があるのは間違いない。スケートのひとこぎひとこぎがのびていかないし、演技中の姿勢も悪いかもしれない。全体的に手の表現の優雅さも足りないだろう。だが、だからといって、キムが8点近くもらうところを6点台しかもらえないほどの差があるのだろうか? こういうのが「お決まり」になってしまっては、キムや浅田が失敗し、中野が完璧な演技をしても、中野は絶対に彼女らに勝てないということになってしまう。そもそも中野選手のフリーの「音楽の理解(曲の解釈)」に対して、5.75をつけてるジャッジもいれば、7.25をつけてるジャッジもいる。こんなにバラバラなのは、それだけ「テキトー」だという証左ではないのか?新システムは「木を見ていって山を判断する」というスタイルだ。旧採点システムは「あくまで山全体をみて判断する」システムだった。だから旧システムでは、全体の出来やまとめ具合が重視されたから、中野選手にもチャンスはあった。ところが、今はジャンプをコケてもキム選手に高得点がでるのが半ば「お約束」になってしまった。1つ1つの点数を見ていけば、「そういうものかな」と思えなくもないのだが、結果として圧倒的な点差が出るのを見ると、これはやはり問題だな、と思わずにはいられない。まさに木を見て山を見ないシステムではないだろうか。そもそも、このシステムが導入されたのは、オリンピックの審判買収疑惑からだ。あのときアメリカのマスコミは、これでもかというぐらいロシアペアの着氷の乱れを繰り返し放映し、「ミスがあったのに、ノーミスのカナダペアより得点が高かった。これぞ不正の証拠」と決めつけた。「オイオイ、フィギュアは着氷が決まるか決まらないかだけじゃないよ、それにオリンピックのカナダペアのプログラムって、2年前のものじゃん。また『ある愛のうた』かよって思わないわけ?」などとMizumizuは思ったものだ。ところが、今のシステムでは、着氷の乱れどころか、お手つきしても、たとえコケても、ノーミスでまとめた選手より点が出てしまうことがある。しかも、どうもその基準が安定しない。総じていえば、新システムの餌食になって、見ための印象より低く点をつけられているのは、アメリカの女子選手だ。だが、誰が得して誰が損しているといったこと以上に、なんといっても一番の問題は、「一般のファンが見て、なんでそんな点差になるのか、納得がいかない」ことだ。プロトコルを詳細に見れば、(上に述べたように突っ込みどころは満載だが、それでも)、それなりに点数には筋は通っている。ルールにのっとって出された点には違いないのだ。だが、フィギュアはごく一部の専門家だけが見るものではないはずだ。一般のファンが見て、きれいだな、まとまっているな、という印象は旧採点システムではそれほど裏切られることはなかった。裏切られたとしても、誰が低い点をつけているのかは一目瞭然だった。だが、このシステムでは、あからさまでないだけに、非常にわかりにくく、一般のファンはしらけてしまう。今回の女子のフリーは浅田選手がトリプルアクセルを含む、多彩なジャンプを決め、大きなミスはなかったにも拘らず、ループでモロにコケたキム選手と点差は僅差だった。ということは、キム選手がコケなければ、浅田選手よりずっと高い点が出たということだし、もっといえば、キムが失敗しない限り、浅田はキムに勝てないということだ。浅田にはトリプルアクセルもある。キムはセカンドにトリプルトゥループしかもってこないが、浅田は今回、セカンドにトリプルトゥループ(実は回転不足だったとはいえ)に加えトリプルループまで決めた。それなのに、勝てないほど、キムは超ウルトラ素晴らしい選手なのだろうか? 今年のキムのジャンプへの加点や演技・構成点の高さを見ると、そういうことになる。もちろん、浅田が勝てないということは、他の誰も勝てないということだ。キムが悪いとか下手だとかいってるわけではない。キム選手は素晴らしい。ジャンプは大きさがあるし、独特の表現力もある。ポーズはとても美しい。だが、足りない部分もある。キム選手のステップには細かさが足りない。ルッツは完璧だがフリップはやや怪しい(完全に外側に間違っていないのは確かだが、かといってしっかり内側で踏み切ってもいないように見える、つまりフラットに見えるのだ。「内側で踏み切る」のがフリップなのだから、内側にのらずにフラットで踏み切ったってwrongではないかと思うのだか、フラット踏み切りの場合は減点にはならず、キム選手の場合はジャンプそのものの大きさが評価されて逆に加点までもらっている)。ただ滑って行くときはスピードがあるが、浅田選手のような細かくすばやい動きはできない。肩の柔らかさは抜群で腕の動きは大きく美しいが、身体の柔軟性では浅田選手には劣る。メリハリをきかせた動きは独特のムードがあるが、エッジづかいの躍動感では物足りなさもある(もっともそれを言ったら、トリノで金を獲った荒川選手だって、すばやい動きはできなかった)。プログラムの密度も薄い気がする。だから、キム選手が、他の選手をぶっちぎるほどの圧倒的な点が出るほどの選手なのかと聞かれたら、「……」となってしまうのだ。だが、実のところ真のフィギュアファンを自認するMizumizuとしては、点よりも何よりも、浅田選手のあの素晴らしい振り付けのショートプログラムの完璧な演技が見たい。それが一番重要なことだ。今シーズンは、まだ1度も完璧な演技を見てない。もし今年あの演技を完成することができないのなら、来シーズンまでかけて完成させてもいいと思う。ランビエールはフリーのフラメンコ(ポエタ)を2年がかりで仕上げた(しかも、まだ完璧とはいえない)のだから、それも十分アリだと思う。今回の浅田選手のグランプリファイナルのフリーは、本当に素晴らしい出来だったと思う。トリプルアクセルも一応決めたし(一応、というのは、ジャッジによって加点してる人と減点してる人がいたからだ。減点してる人は着氷をツーフットと見たのだろう)、セカンドのトリプルループも回転不足(10/7の記事でも指摘したように、これは最近になって抱えてしまった課題だった)にならずに決めた。終盤で、片足で滑っていったあとに跳ぶ(これは本当に難しいのだ)3連続ジャンプの最後のダブルループも回転不足を取られずにすんだ。課題だったトリプルアクセルとセカンドのトリプルループを見事に決め、さらに今回新しく入れた3回転フリップ+3回転トゥループも一応降りたのだから「すごい」としかいいようがない。ルッツのwrong edgeは仕方ない(シーズン中の今、無理に矯正してフリップまで調子を崩しては元も子もないからだ)。だからこそ、ショートの完璧な演技をMizumizuは首を長くして待っているのだ。
2007.12.18
フィギュアスケートのグランプリファイナルが終わった。女子の結果は1位がキム、2位が浅田だった。今年になって少しルールが変わり、wrong edgeと呼ばれるルッツジャンプとフリップジャンプの踏み切りのときのエッジの使い分けの誤りの減点が厳しくなった。実は女子選手ではこの2つのジャンプのエッジの踏み分けがうまくできない選手が多い。ルッツはエッジの外側、フリップはエッジの内側を使って踏み切るのだが、ルッツのように構えていてフリップのように跳んでしまう選手(浅田選手はこれだ)とフリップなのにルッツのように外側エッジで跳んでしまう選手がいる。これを厳しく判定して正しいジャンプを促そうということだ。これは方向性としては正しい。その結果、今年は浅田選手をはじめとする多くの選手がルッツもしくはフリップで、「一見綺麗に跳んでいるように見えても」、wrong edgeであるということで減点されている。もっとも顕著なのはアメリカの女子選手で、ほぼ全員がこのwrong edge減点の血祭り(笑)にあげられてしまい、点がのびなかった。浅田選手のルッツもそうだ。逆にルッツを正確に踏み分けられるキム選手は、その「大きさのある」ジャンプの質を評価され、基礎点からGOE(加減点)での加点をもらい大きく得点をのばしていた。1つのジャンプで、たとえば浅田とキムのルッツでは、2点ぐらい違ってしまうこともあった。話はズレるが、このwrong edgeは矯正が大変らしい。安藤選手はシーズン前に徹底的にフリップの矯正をした。その結果ショートではwrong edge判定はされなかったが、フリーでルッツとフリップが大荒れになってしまった。NHK杯の安藤選手のフリーのひどい失敗は「肉親が亡くなった精神的なもの」などともいわれているが、実のところ矯正による部分が多い。少なくともフィギュア関係者はそう思っているはずだ。無理に直そうとするとちゃんと跳べているもう1つのジャンプまで崩れる、だから浅田選手は今のところ無理にルッツの矯正をしていない。安藤選手はインタビューで繰り返し、「フリップの矯正をしていたらルッツの調子が悪くなった」と話していた。さて、今シーズンの判定に話を戻すと、回転不足もより厳しく判定するようになったらしい。だが、今年のこの回転不足判定の厳密化は、新採点システム始まって以来というぐらいの混乱をフィギュア界にもたらしてしまったと思う。もともと、複雑でわかりにくい新採点システムなのだが、今年は特に「実に変な現象」が頻発し、一般人が見ていてさっぱり理解できないような点が出るようになった。妙に高い点が出るかと思えば、異様なまでに低い点が出る。見た目の印象と順位がずいぶん違う。おそらく見ている人は、「なんでこんなに点が低いの?」「なんでこんなに点が高いの?」と疑問に思ったことも多いのではないかと思う。Mizumizuもだ。その多くは、回転不足判定のときの点数に由来している気がする。グランプリファイナルで一番気の毒だったのは、アメリカのマイズナー選手のショートだ。マイズナーは3回転ルッツ(3Lz)+3回転トゥループ(3T)を一応決めた。3回転フリップ(3F)も降りた。だから全体としては、一番ミスが少なかったにもかかわらず、点数はのびなかった。キム選手はショートで3回転フリップでお手つきをしたうえにセカンドジャンプが1回転になってしまった。これほど目立つ失敗をしたにも拘らず、得点はキム選手のほうが上だった。この謎はISUが試合後に発表する「プロトコル」と呼ばれる詳細な成績表(PDFファイル)をネットで入手すればとける。実はマイズナー選手は、3Fにeマークがついている。これはwrong edge、つまりフリップなのに、ルッツのように外側のエッジで踏み切ったということだ。これによって、GOE(加減点)で減点された。wrong edgeというのは、クセなので、直しにくい。だが、一般人が普通にみてわかるほどのwrong edgeというのはほとんどない。よほど注意して見なければわからないだろう。だが、ジャッジは誰がwrong edgeのクセをもっているか知っているので見逃してくれないのだ。さらにマイズナーは、3Lz+3Tの3Tで回転不足を取られた。回転不足というのは、回りきらずに着氷したということで、一応エッジが45度以上回転が足りずに降りてきてしまった場合に、ダウングレードといって、3回転であっても2回転判定とする、というふうにルールで決められている。ところが、「お手つき」はダウングレードの対象にはならない。回転不足のままお手つきしたと判定されたらダウングレードだが、一応回ってお手つきした場合は、3回転なら3回転として認められ、基礎点が与えられる。浅田選手がショートの連続ジャンプでお手つきをしたにも拘らず案外点が下がらなかったのは、一応3回回って手をついた、といういことで、2回転へのダウングレードを免れたためだ(そのかわりGOEでマイナス2からマイナス3減点されている)。ところが、手をついてもいないマイズナーは、2回目のジャンプが回転不足だということで、ダウングレードで基礎点を下げられ、さらにGOE(加減点)でマイナス1からマイナス2をつけられた。一般人がみて、どっちがひどい失敗に見えるかといえば、明らかに浅田のお手つきだ。回転不足は、よほどのフィギュアファンでないと瞬時にはわからないのではないだろうか。解説の「元選手」ですら、「回転不足のように見えた」「回転不足を取られるかもしれない」と判断が曖昧なまま説明している。それだけ微妙なものが多いのだ。さて、マイズナー選手の連続ジャンプだが、最初の3Lzジャンプは降りて、2度目のジャンプが回転不足になったというだけで、基礎点をダウングレートされ、そこにGOEの減点が加わり、結局最終的なスコアが5.9になってしまった。これは明らかにオカシイだろう。というのは、3Lzジャンプ単独での基礎点だけで6点あるからだ。マイズナーは3Lzに回転不足の3Tをつけたがために、3Lzは問題なく跳んだにもかかわらず、3Lz単独での基礎点より低い点が付けられた、ということだ。これでは2重の減点ではないのか。逆にキム選手の場合は、フリーで3F+3Tの連続ジャンプを見事に決めたことで、9.5点の連続ジャンプの基礎点にGOEでの加点が加わり11.5点もの点を稼いでいる。基本的には3Lz+3Tのほうが3F+3Tより難しい。なのに、マイズナーはセカンドジャンプが若干回転が足りなかったということで(回転が足りないジャンプは高さや幅が足りてないからなので、当然GOEも減点になる)、5.9という、3Lz単独の基礎点(6点)にも満たない点しかもらえなかった。いくらなんでも、連続ジャンプを跳んでるのに、単独ジャンプより点が低くなるなんて、ワカラナすぎる。こんなジャッジをされてしまったら、選手としては動揺するのは当たり前だ。マイズナーがフリーで3度も転倒したのも、この厳しい減点で精神的な圧迫感を受けたためではないかと思う。また、浅田選手のフリーの3F+3Tのセカンドジャンプは、Mizumizuには回転不足に見えた。解説の荒川静香も「少し回転が足りなかったかも」と言っていた。ところが、プロトコルを見ると回転不足でのダウングレードはない。スローで再生された2度目のジャンプはやはり、明らかに回転不足に見えたが、角度によるのかもしれない。つまり、あの「回転不足に見えて、荒川静香もそう言ってしまったトリプルトゥループ」は、基礎点を判断するジャッジには回転不足には見えなかったということだ。変だなあ… まあ、日本人としては嬉しいけど。<明日に続く>
2007.12.17
きのうの書きこみは、設定された文字数をオーバーしてしまったらしく、エラーが出て往生した(笑)。ブログの記事にも文字制限ってあったのね。さて、今日はネットサーフィンをしていて奇妙なことに気づいた。国際スケート連盟(ISU)の2004年世界選手権試合結果のページをみたら、荒川選手の紹介のところで、コーチの名前がモロゾフになっているではないか!↓これがそのページ。http://www.isufs.org/bios/isufs00000324.htm おかしい。昨日さんざん書いたように、モロゾフは当時タラソワ・チームの一員で、タラソワの教え子の振り付けを担当していたのだ。もちろん、高齢で氷の上に立てないタラソワにかわって実際のコーチングをモロゾフが行っていたのは周知の事実だが、それだってあくまでタラソワの意向を伝える補助的な役割であり、コーチは公式にはタラソワだったはずだ。気になったのでYou TUBEで2004年世界選手権の荒川選手の動画を探してみた。Mizumizuはたいがいの世界選手権&オリンピックの有力選手のフィギュア演技を録画しているが、最近ではYou TUBEで捜すほうが速かったりする。これがその画像。http://www.youtube.com/watch?v=6xzGdVragbo演技が終ってキス&クライで得点を見つめる荒川選手とコーチ陣が映っている。その中にモロゾフはいない。タラソワは、もちろんいる。右側でゴージャスな毛皮をまとったロシア人オバサンがタラソワその人だ。2004年当時、ライブで見ていた映像だ。ナレーションでもタラソワがここにいるという事実がうれしいとして、"She has just given up Sasha Cohen"と、この大会の本当に直前に、タラソワがコーエンとの師弟関係を解消した話を紹介している。タラソワがコーエンと別れたと聞いて、素早く荒川選手をねじこんだ(?)のが「あの」城田氏だと聞いている。そしてタラソワがコーチになった数週間後に荒川選手が世界女王の座についたのは、有名な「タラソワ伝説」の1つのエピソードとして語り草になっている。それなのに、ISUの公式ページの記録では、2004年の荒川選手のコーチはモロゾフでタラソワは「前コーチ」になっている。いくら、実際の氷上での指導を行っていたとはいえ、公式にはタラソワ・チームの一員で、試合当日キス&クライにもいなかったモロゾフがなぜ「コーチ」なのだろう? どうも解せない。単なるミス? もちろん、人間のやることだからミスもあるだろう。だが、「単なるミス」というのは一番考えにくい。ISUの公式サイト、しかもオリンピックについで最も格の高い試合である世界選手権のページだ。誰が誰のコーチであるかというのは、非常に重要な問題だ。世界チャンピオンを育てたとなれば、そのコーチの名声は一挙に高まる。高額のマネーが動く、完全にビジネスの世界なのだ。また、各報道機関の記者はISUのホームページで過去の成績やコーチをチェックするはずだから、「モロゾフは2004年当時からトリノの金メダリスト荒川静香のコーチだった」という誤解が生じてしまう。この誤った記載には何か、誰かの政治的な意図が背景にあるのだろうか? もちろん、それもありえるが、憶測をこの場で述べるのはふさわしくない。ただこの記録が正しくないことだけを指摘するに留めよう。
2007.10.08
TBSの『日米対抗フィギュア2007』を見た。各選手ともこのイベントに合わせた調整には、まったくといっていいほど力を入れていないと見えてジャンプはひどい出来だった。シーズン初めだし、今後のもっと重要な試合のスケジュールを考えれば、まあ、こんなものかなと思う。安藤選手の転倒は心配だ。試合前日にも転倒して古傷の肩を痛めたというし、怪我が多くなってきている。特に安藤選手の場合は、試合直前にどこかを痛めることが多い。よくない徴候だ。怪我が多くなると引退が近くなる。世界女王になったことでショーも含めてスケジュールもハードになりがちだ。去年よりスリムになって、本人の努力がうかがわれるだけに、うまく試合を選んでいい演技を見せることができるように周囲もバックアップしてあげてほしい。ジャン選手は、やはり14歳とは思えない。だが、現時点では、クワンとコーエンを足して2で割ったような演技にはあまり魅力を感じない。あの特異なスピンがあるにもかかわらず、表現に新鮮さがないのは、トム・ディクソンの振り付け(スパニッシュジプシー)のせいなのか、アメリカでの指導というのが、表現力まで一定の型に当てはめて行うせいなのかはよくわからない。さて、注目の浅田選手だが、演目は今季ショートプログラムの「ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジー 」(映画『ラヴェンダーの咲く庭で』から)だった。振り付けがあの超名コーチ、タチアナ・タラソワということで注目していたが、期待以上に素晴しい作品だった。タラソワが「振り付け」を行うのは珍しい。タラソワはずっとコーチであり、そのタラソワ・チームの一員だったモロゾフが振り付けを行うというのがこれまでのイメージだった。ヤグディンなどはその好例だし、荒川選手が世界選手権で優勝したときも、コーチがタラソワ、振り付けがモロゾフだった。荒川選手がオリンピックで金メダルを獲ったときのコーチはモロゾフだったが、実はこれはモロゾフが直前にタラソワ・チームから独立したことから、荒川選手が「実際に氷の上で教えてくれるコーチにつきたい」という意向でコーチをタラソワからモロゾフに変えたという背景がある(タワソワはモロゾフとの2重のコーチ体制を許さなかったので、荒川選手はどちらかを選ばなければならなくなったのだ)。モロゾフがタラソワ・チームを離れたのは、直接的には高齢だったタラソワが、それまで拠点をおいていたアメリカから健康問題を理由にロシアに帰郷したからだが、裏には、当時のタラソワの教え子のライバルの振り付けをモロゾフがタラソワに黙って引き受け、タラソワの逆鱗に触れたといういきさつもある。モロゾフはコーチとして独立してすぐに結果を出す。荒川選手にはオリンピック金メダル、安藤選手には世界チャンピオン、高橋選手には世界選手権銀メダルをもたらすという快挙をなしとげた。荒川・高橋選手はもともとタラソワが見ていたから、タラソワのまいた種をモロゾフが開花させたという側面も否定はできない。荒川選手のオリンピック直前の曲変更についても、タラソワは「荒川選手は曲を『カルメン』に変えたがったが、彼女にカルメンは合わない。変えるなら『トゥーランドット』にするよう手紙を書いた」と主張している。つまり、トゥーランドットへの曲変更は、タラソワのアイディアだったというのだ。タラソワの主張が本当かどうかはわからないが、確かに「クールビーティ」荒川静香にカルメンは役不足だ。彼女にはやはり、「恋に目覚めて心を開く氷のお姫様」こそふさわしい。そのタラソワが今シーズン、日本女子スケート史上最高の(といって差し支えないだろう)才能のために選んだのは、「ラヴェンダー」という花にまつわる曲の世界だった。このショートプログラムを見るのは今回初めてだったが、「素晴しい」の一言だった。タラソワとモロゾフの氷上の世界は、過去ほとんど一体だった。だからタラソワ対モロゾフの振り付けが見られるなんてことは想像していなかった。浅田タラソワと安藤モロゾフ(あるいは高橋モロゾフ)を見ると、やはりタラソワはモロゾフとは違う。一言でいえば、タラソワは「音と音の透き間」の表現に重きをおいている。こうした叙情性は、やはりモロゾフより高い次元にあるようだ。具体的にいえば、浅田選手の腕の使い方が、これまでになく大きく、かつ繊細になった。タラソワは両腕を広げるときの情感の込め方にひどくこだわる人だが、浅田選手は、まだまだ不完全とはいえ、タラソワの腕のモーションによる情感表現によく取り組んでいた。ショートを通じて表現するのは「強い鳥」だという。だが、浅田選手の表現は、さらに見る者のイメージを刺激し、表現世界の印象を広げてくれる。Mizumizuは、むしろ風にそよぐラヴェンダーの花を浅田選手の演技に見た気がする。出だしのところで、素早い回転のあと、浅田選手が投げキスをするような手のしぐさをみせる。これは花が風に送る愛の挨拶だ。そして、2度めのジャンプ。規定にそっていえば「ステップから直ちに跳ぶ単独ジャンプ」の後で、顎の下で手首を合わせ、それから両腕をぱあっと広げる動作があるが、それはまるで花が開く瞬間のようだ。そして、そのポーズを決めたすぐあとに、素早い回転動作が入る。こうしたポーズは「音と音の透き間」になされ、その後に続く動作は音楽のリズムに乗って行われる。だからまるで、その一瞬の美しい仕草は夢か幻であったかのように次の早いモーションの中に、旋律とともに消えていくのだ。そこにタラソワ独自の叙情的な世界が垣間見える。後半のストレートステップ以降の動作も、実にタラソワらしい。素早くターンし、回転方向を変えてスピンする。そしてその間に、上体を折り曲げたりのばしたり、あるいは腕を閉じたり開いたりといった上体のモーションを混ぜるのだ。こうした一連の身体の使い方は、アイスダンスのグリシュフ&プラトフの動きを彷彿させるようでちょっと懐かしくもあった。ラヴェンダーの花にふさわしく浅田選手は薄いブルーにラヴェンダー色を効かせたコスチュームを着ていた。細くのびた可憐な浅田選手のプロポーションは、スリムなラヴェンダーが風にそよぐさまを演じるのにぴったりだ。タラソワは重厚な感情表現を選手に教えるのを得意としているが、全体的にあまり重くない、こうした「ファンタジー」世界の表出も、浅田選手という素材を得て可能になったのかもしれない。風と花の織りなすファンタジー、今季の浅田選手のショートプログラムのテーマはそこにある。やはり、というべきか、このプログラムの「振り付け」の評価は7点台とダントツだった。浅田選手の大きな上体の動きは、これまでにない進化を感じさせる。だが、同時に欠点も見えたかもしれない。浅田選手は、たとえばキム・ヨナ選手に比べると肩の関節の可動域が広くない。「キム・ヨナの表現力」というとき、それは身体的にはほとんど肩の柔らかさを指しているといっても過言ではないのだが、浅田選手は特に肩の前後の動きが浅いようだ。腕のつけ根である肩の関節が柔らかいからこそ、キム・ヨナ選手は誰にもマネのできないような独特のムードをもつ、前後にも深い腕の動作を行うことができる。浅田選手の場合は、その部分の身体能力に限ってはキム選手には及ばない。だが、一方では、キム選手にない明るさや華やかさ、スケール感ももっているのが浅田選手だ。だから、肩の関節の柔らかさの優劣はあまり大きな問題にはならないと思う。むしろ、浅田選手の懸念は、自他ともに「最大の武器」だと認めるそのジャンプにある。今回の演技では、最初のコンビネーションジャンプが見事に抜けた。セカンドジャンプが入らなかったのだ。というより、やめてしまったように見える。これは非常にマズい。浅田選手のショートプログラムのコンビネーションのセカンドジャンプは、安藤選手と同じくトリプルループだ。ループは足を交差させるようにして跳ぶジャンプで、これを二度目のジャンプで行うためには、一瞬スピードを止めなければならない。スピードを止めた状態からジャンプを跳ぶのだから、難しい。事実、キム選手、ジャン選手など、セカンドジャンプを3回転にする選手の多くは難度の低いトリプルトゥループにしている。トゥループなら多少下りてくるときの姿勢が悪くても、勢いで跳べる(ジャンプの難度は、低い順にトゥループ→サルコウ→ループ→フリップ→ルッツ→アクセルとなる)。今回の浅田選手の最初のジャンプは、やや斜めになって下りてきた。それが迷い、というか不安になってセカンドジャンプを跳ぶことができなかったようにみえる。実は先シーズンから、浅田選手はショートのコンビネーションのセカンドジャンプでしばしば失敗をしている。これはジュニア時代にはあまり見なかった光景だ。トリプルアクセルに関しては、昨シーズンはステップから跳ぶという難しい技にチャレンジしたせいもあって、ほとんど公式試合できれいに決めることができなかった。一見成功したかに見えた世界選手権でのトリプルアクセルも、実はよく見ると着氷が両足だった。163センチという長身の彼女が、トリプルアクセルを跳べること自体が奇跡に近い。浅田選手が出てくる前、トリプルアクセルを女子選手で本当の意味で身につけていたのは、伊藤みどり選手だけだと言っても差し支えないだろうが(ほかの選手は、たとえばハーディング選手にしても、中野選手にしても世界選手権のような大きな試合ではほとんど成功していない)、彼女は140センチ台という小柄な身体だった。ジャンプを跳ぶなら小柄で軽いほうが有利だ。浅田選手は現在17歳。トリプルアクセルも今なら跳べるのかもしれない。だが、20歳近くになったとき、浅田選手が今と同じようにジャンプを跳べるのだろうか? そうした不安を抱かせるのが、最近のショートプログラムでのセカンドジャンプの失敗だ。ジャンプに関しては、浅田選手の周囲が目標とすべきは技のアップよりもむしろ、「20歳になっても今のジャンプのレベルを保つ」ことだ。女子ならばそれで十分だ。最後の世界ジュニア選手権で、浅田選手は自滅してキム選手に敗れたが、あのときも山田コーチによれば「マオは4回転にこだわっていた」という。ヘタに高い技に固執すると、すべての調子を崩す。それがフィギュアのジャンプの怖いところだ。安藤選手がトリノオリンピックで惨敗したのも、すでに調子を崩しているにもかかわらず、4回転に固執しすぎたためだ。浅田選手のジャンプの調子がどうか、現時点では判定するには早すぎる。だが、今季もトリプルアクセルの確率が昨シーズンのように悪いなら、本当にマズい。そのときはアルトゥニアンコーチはさっさと解任すべきだろう。だいたい彼を「クワンを育てたコーチ」などとテレビで紹介するのはやめてほしい。クワンを育てたのは、フランク・キャロルだ。キャロルは10年以上にわたってクワンの指導をし、世界選手権4度優勝というカタリナ・ビットに並ぶ偉業を成し遂げさせた。アルトゥニアンはクワンとキャロルが不仲になって別れた後、つまりクワンが十分成長したあとにコーチの座についたにすぎず、実際、その後クワンはもう一度世界チャンピオンに返り咲いたものの、怪我続きで事実上の引退に追い込まれている。そういえば、読売新聞は、今回のイベントの結果について「浅田はノーミスでまとめたが、合計得点は伸びなかった」などと書いている。ヲイヲイ!! ショートプログラムというのは、要素が決まっているのだ。ジャンプの要素にはコンビネーションが入っている。そのコンビネーションが完全に抜けてしまった。これほど大きなミスはないのに、「ノーミス」ってのはどういう了見なのだろう。セカンドジャンプが入らなかったにも拘わらず、60点台にのせたのだから、得点としては高いほうだ。浅田選手にしては得点がのびなかったのは、このセカンドジャンプが抜けたというミスが響いたからにほかならない。フィギュアに関しては読売新聞ですらこのレベルだ。
2007.10.07
今日、10.6の午後7時からTBS系で「日米対抗フィギュア2007」が放映される。対抗戦とはいっても、こうしたイベントはどちらが勝つか負けるかという勝負に力点はない。浅田真央、安藤美姫(現世界チャンピオン)、高橋大輔など日本の有力選手の今シーズンのプログラムのお披露目の意味が大きいと思う。日本選手の調子やプログラムはもちろん気になるが、この番組でもっとも注目すべきは――ほとんど宣伝されていないが――アメリカの2人の天才少女、キャロライン・ジャンと長洲未来がエントリーしていることだろう。現在隆盛を誇る日本女子フィギュア、そのライバルとしてよく名前が挙がるのは韓国のキム・ヨナだが、「フィギュア王国」アメリカには、次世代の天才が控えている。その筆頭がキャロライン・ジャンだ。浅田選手より3歳若いジャンは、体型はまだまだ子供だし、ジャンプのときに、脚を大きく振り上げて勢いをつけなければ跳べないという欠点もある。だが、彼女の最大の魅力、そして最強の武器は、「パールスピン」と呼ばれるジャンにしかできないスピンだ。それがどのようなものかはいずれ、誰もがテレビで目にするようになると思うので、詳しく書く必要もないと思う。要するにケタはずれの柔軟性を生かしたスピンで、背中が2つに折れているのではないかと思うような深いレイバックスピンから、そのままビールマンスピンに連続して移項する。ビールマンスピンの体勢で回転しているときも頭がお尻にくっつくのではないかと思われるほど身体を曲げてみせる。それが「真珠貝のように見えることから、パールスピンと呼ばれる」と説明されている。だが、ハッキリ言ってこの特異なスピン、「パール(真珠貝)」には全然見えない。以前アメリカのメディアは「オクトバス(タコ)スピン」と言っていたハズだ。そのうほうがぴったりするように思う。まさに中国雑技団のような恐るべき柔軟性。だが、「タコ」という語感が悪いということで、キャロライン・ジャンの側からクレームがついたらしい。「タコ」であろうと「真珠貝」であろうと、このスピンにみるジャンの柔軟性が、現在のフィギュア界一であることは疑いようがない。ジャンは開脚においても、その卓越した身体能力を見せる。スパイラルでは、持ち上げた脚と軸足はほぼ真っ直ぐになっている。これほど開脚できる選手はサーシャ・コーエン以来だろう。片足を上げたウエルバランスの姿勢から回転する動作では手の組み方にご注目。180度に近く頭上に片足をあげ、手を脚の前から外側に回し、背中でもう一方の手と組んでみせる。こんなポジションを取れる選手は見たことがない。加えて、肩の関節も柔らかく、したがって腕の動作にも表情がある。長洲未来は、そのジャンを全米ジュニア選手権で破った選手だ。名前が示すとおり日系(というより、アメリカで生まれた日本人というべきか? 確か二重国籍のはずだ)だが、日本語はかなりブロークン。ほとんど話せないといったほうが正確かもしれない。長洲選手の特長はシャープで切れのいいジャンプだ。だが、日本人選手にとっては、どちらかといえばジャンのほうが脅威だ。ジャンプだけなら、長洲選手より、安藤選手や浅田選手のほうが卓越したものをもっている。長洲にはトリプルアクセルも4回転もない。ジャンには、日本人選手が及ばない柔軟性という武器がある。浅田選手も身体はかなり柔らかい。だから、片手ビールマンなどの難しい技もできる。両手でやっとこビールマンの姿勢をとっているキム・ヨナとは違う。その浅田選手をジャンの柔軟性は明確に凌駕している。だがジャンのスピンは、あまりに身体が柔らかすぎて、美しいというより、むしろ異様に見える。何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。長い脚は美しいし、カッコいい。だが長すぎる脚はどうだろう? ジャンの柔軟性は、「凄い」と素直に思う反面、「フィギュアもここまで来たか」という感慨(?)のようなものも抱かせる。ああした特異な技は目を惹くし、印象的ではあるが、フィギュアスケートの本来の魅力である「滑る技術」から人々の目を遠ざけてしまうようで、ちょっと違和感もある。あまりにアクロバティックな技の難度ばかりを追求していくと、ピークを迎える選手の年齢はどんどん低くなるし、それにともなって選手生命も短くなる。フィギュアはそれでなくても、あまりに選手生命が短い競技だ。なににせよ、ジャンの「パールスピン」は見た人を驚かせることは間違いない。メジャーな番組で放映されるという意味で、今夜がパールスピン日本初上陸の日だ。
2007.10.06
フジテレビ系で17日17時から放映された「ドリーム・オン・アイス」を見た。浅田選手が左ひざの故障、安藤選手も左ひざと右肩の故障だということで出場を取りやめた。テレビ局としては目玉を両方もぎとられたような状態だったと思うが、その分男子をしっかり放映してくれたこと、その中でスイスのステファン・ランビエール選手の好調ぶりがハッキリとわかったのが瓢箪からコマの驚きと歓びになった。しかし、フジテレビは楽曲名をしっかり間違えていたなあ。ニーノ・ロータのUn Giorno per NoiがUn Giorno pe"n" Noiになっていたゾ。Mizumizuの目はごまかせないのだ。もちろん、日本人だから高橋選手や織田選手を応援しているが、今年3月東京で見たランビエール選手のフリープログラム「ポエタ(フラメンコ)」の振り付けは、なんというか、いろいろな意味であまりに衝撃的なものだった。今年3月の東京を舞台にした世界選手権で、高橋選手はチャンピオン請負人ニコライ・モロゾフのこれまで振り付け作品の中でもおそらく1、2を争うぐらいの出来栄えである「オペラ座の怪人」をひっさげて登場した。モロゾフの「オペラ座の怪人」は、怪人の孤独や苦悩を印象的な旋律とともに見事に表現する。メリハリが効いていて、表現は実にドラマチック。振り付けが感動的であるというだけではない。最初に難しい4回転を跳び、中盤に息もつかせぬ連続ジャンプを並べ、最後の最後は高橋選手の最大の武器である、深いエッジを使ったダイナミックなステップと激しい上半身の動きで盛り上げるという、巧みな構成も光っていた。単に4回転を跳ぶだけの(といってもいい)ブランアン・ジュベールのフリーとは密度がまったく違った。一方、ランビエール選手はその前の国際試合にほとんど出てこなかった。その理由として報道が伝えたのは、「モチベーションが上がらない」というものだった。オリンピックでも銀メダルを取ったし、それ以前には2回(2005年、2006年)世界チャンピオンになっている。そうか、ランビエールもそろそろ引退なのかな、と思っていた。東京の世界選手権で、ランビエール選手は出場したものの、ショートプログラムで派手にジャンプを失敗し、早々と優勝候補からはずれた。一方、高橋選手は、ショートで無難に2位につけ、フリーはジュベールとの一騎打ちの様相を呈していた。だが、フリーが始まり、プロのフラメンコダンサーが振り付けたというランビエールのプログラムを見て、Mizumizuは仰天した。モロゾフの振り付けは、いわばフィギュアを知り尽くした玄人が、勝つために「氷上のドラマ」を演出したものだ。ここで上体をフルに使って表現する、ここで跳ぶ、ここで少し休んで、ここから一気に盛り上げる… そういった選手の体力をも考えて作り上げた、ある意味非常に人工的な、勝つためのプログラムだ。ランビエールの「フラメンコ」は、それとは対極の「生命のほとばしりとしてのダンス」への挑戦ともいえるものだった。まさにフラメンコそのものの複雑怪奇なステップに、これまたフラメンコダンサーそのものの上半身の振りが入る。1つのドラマを作るのではなく、たとえば理想の女性のイメージといったものを、腕の動き1つで描き出そうという趣向だった。そこにまた、次々と形のかわる超絶技巧のスピンや凝ったポーズが入る。フィギュアというスポーツ競技を超え、ダンス芸術の域に達していた。だが、あまりに難しい作品で、ありがたいことに(?)ランビエールの体力がついていかなかった。ここまで難度の高いことをやったらジャンプは決まるまい、と思ったが案の定、ステップやスピンに神経が行き過ぎて、ジャンプは精細を欠いた。結果、フリーの順位は高橋1位、ランビエール2位、ジュベール3位。総合ではジュベールが世界チャンピオンに輝いたが、フリーでは高橋選手、つまりモロゾフ作品がトップの評価を受けたのだ。それは、どれほど素晴しいプログラムを作っても、それを滑りきることができなければ勝てないのだということを示した結果でもあった。「滑りきる」ことができたかどうかのジャッジは、やはりジャンプが決まったか決まらなかったかにかかってくる。「フィギュアはジャンプだけではない」とは、よく言われるが、現実的にはジャンプの出来でほとんど順位が決まるといっていい。ジャンプが決まらなければ、芸術性も高い評価を得られない、それが現在のフィギュアの採点の傾向なのだ。だが、純粋にフィギュアを愛する者としては、「フラメンコ」を完璧に滑るランビエールを見たいと思う。今年3月のランビエールの状態で、あの超絶技巧のプログラムを滑るのは無謀ともいえる挑戦だった。だが、もっと練習を重ねたうえで、現実的な体力に合わせた構成にすれば、たとえばトービル&ディーンの「ボレロ」のような伝説的な作品になることは間違いない。ランビエールは今日の「ドリーム・オン・アイス」で、他の出演者が誰もやらなかった4回転を跳び、見事に成功させた。実は彼の場合、4回転より3回転半(トリプルアクセル)のほうが苦手なのだが、それにしても、ショーで4回転を跳ぶということは、よほどそのジャンプに自信があるということだ。去年とは違って、「スケートが楽しい」と言っている。引退はなさそうだ。今シーズンもう一度、あのフラメンコを滑ってほしい。テレビでは、来年の世界選手権には、「帝王」プルシェンコも復帰するといって盛り上げていた。(本当だろうか? 明治天皇と誕生日が同じであるこのロシアの天才も、最近両ひざを手術したという。その前にはヘルニアで手術もしている。テレビでは「去年ボクが出れば優勝してたよ」と、相変わらず強気な口調で語ってはいたが、彼だって実は、満身創痍なのだ)。ランビエールは、これまでプルシェンコと大きな試合でまともに戦って勝ったことがない。2005年の世界選手権はショートでランビエール1位、プルシェンコ5位となったところでプルシェンコが棄権した。2006年はプルシェンコは最初から欠場。オリンピックではランビエールの完敗だった。だが、あのフラメンコをミスなく滑ることができたなら、おそらく帝王プルシェンコをランビエールが本当の意味で初めて凌駕することになるだろう。ジャンプでは比類ないプルシェンコも、実はエッジワークが浅いというスケーティングの欠点がある。たとえば高橋選手のように深いエッジを左右に使いながら、のびやかに滑るということができないのだ。そのかわり、プルシェンコは直線的な素早いエッジ使いと上半身の激しい動きでその欠点を補ってきた。プルシェンコの出場は微妙だとしても、来年の世界選手権ではランビエールは去年以上に大きい存在として高橋選手の前に立ちふさがりそうだ。2005年にランビエールがショート&フリーともに1位の完全優勝をなしとげたとき、高橋選手はショートで7位につけたものの、フリーで「すべてのジャンプを失敗する」という離れ業(笑)を演じて18位に陥落し、総合では15位に終った。同時に本田選手の本番中の転倒、怪我、棄権もあり、結果オリンピックの出場枠が1つとなるという日本男子フィギュア界にとっては悪夢のような年だった。あれから2年。やっと日本の天才が天才にふさわしい活躍を始めた。ランビエール、そしてもちろん現チャンピオンのジュベールとの戦いが、今から楽しみだ。
2007.07.18
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