2018.9.7 IRONNA
私たちは広域停電の恐怖をまざまざと見せつけられたのである。
295万戸が停電し、発生から丸1日たっても約131万戸分しか電源は回復しなかった。
完全復旧には1週間以上かかる見通しだ。
道内全域の長時間にわたるブラックアウトの原因は意外なものだった。
それは、 震源地に近い北海道電力苫東(とまとう)厚真火力発電所(厚真町、165万キロワット)が大きなダメージを受け、一時停止せざるを得なくなったからである。
この火力だけで道内の電力の約半分を担っていた。
苫東厚真の脱落の結果、電力網全体で需給バランスが一気に不安定化した。
そして道内の他の火力発電所が次々に停止し、道内全域停電という事態に陥った。
電力安定供給を至上使命としてきた電気事業者にとっては、まさにほぞをかむ事態である。
この事態を招いた原因として、強大な権限を背景に科学的判断を避け続けた原子力規制行政がある。
泊原子力発電所(泊村)の3基の原子炉の総出力は207万キロワット。
苫東厚真火力の出力を補って余りある。
しかし、泊原発は3・11後にいったんフル稼働運転をしたものの、2012年5月5日に定期点検に入り、今日に至るまで停止したままだ。
そう、日本は「原発ゼロ」になったのである。
今、泊原発の原子炉内の燃料棒は全て引き抜かれ、使用済み燃料プールにおいて冷却されている。
今回の地震で泊村の最大震度は2であった。そもそも、原子炉は強固な岩盤に直付けされている上に、一般の建造物に比べてはるかに厳しい耐震強度が、昔から課せられてきた。
つまり、この震度2程度の揺れでは、何ら影響を受けずに運転を続けていたはずである。
そうすれば、今次の「全道大停電」は回避できた可能性が高い。
ただし、「もし泊原発が再稼働していたならば」という仮説ではあるが。
では、なぜ3・11から7年以上もたっているのに、いまだに原発が再稼働していないのか。
そこには東日本大震災当時の首相、菅直人氏の深謀がある。
2011年5月、菅氏は首相の立場を最大限に利用し、首都圏に最も近い静岡県の中部電力浜岡原発を、その非望のもとに停止させた。
権力を持ってすれば、理にかなわない原発停止要請も事業者に強いることができることを天下に示したのである。
続いて菅氏は、原発が「トントントンと再稼働しない」ための奇手を次々に打っていくことになる。
最も強力な手段が2012年9月に発足した原子力規制委員会である。
(中略)
基準地震動の策定の際に、これまで必ず問題にされてきたのが「活断層の有無」である。
北海道電力の泊原発は他の電力各社のPWRと歩調を合わせるかのように新規制基準に合わせるべく追加的な安全対策を進めてきた。
ところが、2017年4月になって、規制委員会から泊原発のある積丹半島西岸の海底に「活断層の存在を否定できない」という判断が下された。
このことによって、泊原発の再稼働は全く先が見通せなくなり、窮地に追い込まれた。
なぜか。
「活断層の存在を否定できない」という規制委は、北海道電力に「活断層がないことを証明してみよ」と迫っているのである。
これはいわゆる「悪魔の証明」であり、立証不可能だ。
積丹半島西岸の海底をくまなくボーリングし、活断層がないことを証明するのは現実的ではない。
つまり、非合理極まりない非科学的なことを規制権限を盾に事業者に強いているのである。
事業者はその対応に苦慮し、多大な労力と時間を費やすことを強いられているのが現実だ。
(中略)
規制委発足から間もなく6年。原子力規制委は一体、いつになれば科学的、技術的リテラシーに欠ける集団から脱皮できるのであろうか。
さもなくば、全道大停電のような悲劇がまたいつ国民を襲うかもしれない。
言い換えれば、原子力規制自体が「社会リスクを生む」という、国民への背信行為をもうこれ以上許してはならない。

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