米フォード・モーターは 2016
年末までに日本市場から撤退することを決めた。同社は 1920
年代半ばに日本に進出したが、近年は販売が低迷し採算が見込めないと判断した。今後は中国などを重点に、アジアの成長市場の開拓を続ける。
25 日までにアジア太平洋部門を通じて関係者に撤退を通知した。フォードによると「利益を継続して出す手立てが見えず、納得できる投資の回収も見込めないため」としている。同じ理由でインドネシア市場からも 2016 年中に撤退することを決めた。
全量を輸入に頼る日本での 15
年のフォードの販売台数は 4968
台で、ピーク時の 1996
年に比べて5分の1にまで落ち込んだ。主力車は多目的スポーツ車(SUV)「エクスプローラー」や小型車「フォーカス」など。輸入外国車に占めるシェアが 1.7
%と低位で推移しており、販売力のある日本勢やブランド力に優れたドイツ車と比べて成長を見込みにくくなっていた。
フォードは足元では世界で 600 万台超を販売している。北米に加え、リーマン・ショック以降は長期で成長が見込める中国市場での販売に力を入れてきた。環境規制や自動運転などIT(情報技術)化への対応で費用が膨らむなか、不採算市場への投資継続は困難と判断したとみられる。
現在、フォードの販売店は日本に約 50 店舗あるが、既存顧客に対する保守メンテナンス事業については、引き続きなんらかの形で維持していくもようだ。フォードのアジア太平洋部門は「関係顧客には今後対応策をお知らせしていく」との声明を出した。
フォードが日本に進出したのは 1920 年代で、横浜市の子安にもうけた工場での生産を通じた市場参入だった。アジアで日本市場の重要性が高まるなか、今後の成長を見込んでのいち早い進出だったとされる。その後、第2次大戦中に日米間の関係が悪化し操業停止となったが、輸入販売の形で現在まで日本でのビジネスを続けてきた。
日本の自動車産業界に与えた影響は大きく、トヨタ自動車の創業者、故豊田喜一郎は国内にフォード車ばかりが走っている光景を目にして「日本人による国産車をつくる」と奮起し、自動車事業への参入を決めたといわれている。
79 年にマツダの業績が悪化した際には出資をし、社長を送り込むなど緊密な提携関係を築いていた。現在のマーク・フィールズ最高経営責任者(CEO)は 99 年から 2002 年までマツダの社長も務めている。
1980 年代、マツダに生産委託をする形で日本で販売した小型車「フェスティバ」は若者を中心に人気を集めた。当時は日米通商摩擦が生じていたが、フォードは日本との提携を生かしながら、対日戦略を巧みに進めてきた。ただフォードは昨年にマツダ株を全株売却し、資本関係に終止符を打っている。
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