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今週は関東選抜リーグが横浜スタジアム開催。この日は神奈川から2チーム出るし、かずさマジックも出るので行ってみました。今年はスポニチ大会が横浜じゃなかったし、プロ野球も見に行ってないから今年初ハマスタです。この日の横浜はもともと暖かい予報だったけど、陽射しが強くて暑いくらい。帰って来たら顔がかなり赤くなってた。油断してた。(「わい!」って何だ?)第一試合◇関東選抜リーグかずさマジック000 202 000=4(8安打、0失策)000 020 100=3(8安打、1失策)三菱ふそう川崎[か]今成(5回2失点)、栄(1回)、鎌形(1回1失点)、斉藤(1回)、相原(1回)-中村、並木 (三)鬼崎、石井 (二)沖崎、和田、鬼崎[ふ]矢貫(5+0/3回4失点[自責3])、五嶋(2回)、川尻(2回)-羽野、井川 (本)新保[ソロ]7伊藤/6相良/5和田/3石井/9鬼崎/D沖崎→HD河本/2中村→2並木/8松本→H上之薗→8平野/4向山4市川/D平野→HD堤→H植山/9新保/6佐々木/7北村/5石塚/8根岸/2羽野→2井川/3佐藤勇→H三垣(着いたらもう試合始まってたので、正確ではないかも知れません)先発は今成投手と矢貫投手。今成投手は立ち上がりから毎イニングのように走者を複数出してかなり危なっかしかったのに対し、矢貫投手は3回まではスイスイ。しかし先に失点したのは矢貫投手のほう。4回、ヒットの和田選手が盗塁した二死二塁から、鬼崎選手の当たりはライト後方への大飛球。ライトの新保選手がフェンスに当たりながら手を伸ばし、グラブに当てたように見えたが捕れませんで、これが先制の三塁打になります。続く沖崎選手の詰まった当たりが一塁後方ライン上にポトリと落ちて二塁打。もちろんタイムリーで、かずさ2点先制。一方の今成投手は4回の満塁のピンチはしのいだものの、5回に3番4番の新保選手・佐々木選手に連打され、内野ゴロの間に進塁を許して二死二三塁。ここで石塚選手にショートの頭を越され、ここまでいい粘りを見せていたのですがとうとう失点。走者二人とも生還して2-2の同点になります。5回投げて7安打3四球というのは内容としてはイマイチかな。その直後の6回表、かずさの攻撃。さっき同点打の石塚選手がこの回先頭の相良選手の打った強いゴロを弾いてしまいまして、さらに牽制ボークで無死二塁。和田選手がライトフェンス直撃の勝ち越し二塁打を打ち3-2となったところで矢貫投手は降板、五嶋投手に交代。超久しぶりに五嶋投手が投げてるところを見ます。代わりばなを4番の石井選手がセンター後方に大きな当たり。根岸選手が懸命に後退してフェンスにつくようにしてグラブを頭上に伸ばしましたがボールはその上でフェンス直撃。跳ね返ったボールが転々とする間に三塁打。もちろんタイムリーで4-2に。ユニフォームが汚れているのは三塁にヘッドスライディングしたから。(本当はヘッドスライディングしているところを撮りたかったなぁ)このあと無死一三塁になりましたがここは五嶋投手が踏んばって(というか、かずさ打線が内野フライばかり打ち上げて)追加点を許さず。7回からかずさは新人ながらなかなかいい活躍をしているらしい鎌形投手。スローモーションのように足を上げ始め、途中から急に速くなります。かなり躍動感のある投げ方です。その鎌形投手から一死後、新保選手がソロホームラン。バックスクリーン左のスタンドに放り込みました。お達しのとおり、ベンチに入ったままお出迎え。これで4-3。1点差になりましたが、8回9回は斉藤投手、相原投手が3人ずつで抑えてかずさが逃げ切り。というわけで、いいところで長打が出たかずさが1点差逃げ切り勝ち。球場内で買ったパンフレットに載っていた「長打を狙うよりも足を絡めた攻撃で」っていう文章とは裏腹に、かずさの4得点を生んだタイムリー4本は全て長打、3~6番が1本ずつ。打つべき人が打ちました(足もちゃんと絡めてましたけどね)。一方で、他の選手はぜんぜん打てなかったのと、無死一三塁の絶好機からスクイズ失敗含めて内野フライ3つっていうヘナヘナするような攻撃があったのがちょっと残念。試合後、周りのオジサン達が「かずさマジックってこんなに強かったっけ?」なんて言ってたけど、今日のところはうまく噛み合った感じでした。ふそうさんでは五嶋投手の登板がうれしい。復活したとは言え、スポニチ大会、県大会と、結果があんまり良くなかったと聞いていまして、この日も代わりばなをいきなり三塁打→四球でどうなることかと思ったけど、その後は実質2イニングをきっちり。夏に向けていい材料になったんじゃないでしょうか。●おまけ横浜スタジアムの入り口のところ。案内表示の色使いが変わった気がする。もうちょっと続きます。
2008年04月23日
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お正月の親戚めぐりを終えて家に戻ると、ポストに年賀状が届いていました。同世代の友達は小さい子供さんがいる家が多くてかわいいです。お正月の間に家を空けていると年賀状を見るのが遅くなってしまうのが欠点ですねぇ。しかもお返しの年賀状が足らなくなってしまいました。お店を回ってもどこも売り切れだし、困ったな。さて、日本ハム・陽仲寿選手の恩師である福岡第一高校の平松正宏監督が休暇を利用して奥様連れで台湾にやって来て、中学の学生さんを見て回ったという記事が載っています。陽選手の高校時代についていろいろ語られたそうですが、それによると、台湾の選手はあまり自主練習をしないらしい。[記事]教到陽仲壽 教練真幸福(壹蘋果運動王)(big5)真ん中の段落だけざざっと。陽仲寿が福岡第一高校に進学する前、平松は彼を見たことがなかった。陽仲寿の最初の練習の印象について曰く、「とても良かった、技術各方面みなとても良かった」。平松は得がたい天性の好選手に出会ったと意識し、陽仲寿には配慮して特に気を配った。「もし当時から彼がドラフト1位指名されると予測する人がいても私は意外には思わない。とても期待していた」。平松が思い出すに、日本に来て1年目は寂しく感じるのは仕方ないところだが、幸いにも当時チームには高校3年になる兄の陽耀華がいて面倒を見たため、陽仲寿はとても早く日本の生活に適応できた。平松が見るに、陽仲寿は素質が高く、練習態度のたいへん真面目であるが、唯一の欠点は自主練習の意識が日本選手ほどでないこと。「自主練習不足は台湾選手共通の欠点」。平松はかつて兵庫の育英高校を率いて甲子園で優勝している。ソフトバンクのトップバッター・大村直之や阪神の二塁手・藤本敦士はみな彼の教え子だ。林威助選手が日本の高校に留学したとき、最初は日本の練習がキツくて大変だったとインタビュー記事で答えていたこと。張誌家投手や呉偲佑投手がほとんど練習して来ないままキャンプに入ってバテバテになっていたこと。インチェ(林英傑)投手が1年遅れて楽天に入る林恩宇投手に「日本は練習量が多いから大変だよ」というようなことをアドバイスしていたこと。などなど。何となく台湾では日本ほどは練習しないものなのだな、とは思っていましたが(日本が練習しすぎ?)、平松監督は「台湾選手共通の欠点」と言い切ってます。福岡第一高校には陽兄弟の他にも多数の台湾人選手が過去現在に在籍していて平松さんは彼らを見ているはずですから、説得力のある話に思えます。練習態度は真面目だと書いてあるので別に練習が嫌いなわけではなく、自主練習をあまりしないということのようです。台湾ではそれほど自主的にまで練習する習慣がないってことなのでしょうか。まぁ今では林威助選手は練習の虫という話ですし、人によってだいぶ違うのでしょうけど。練習嫌いの代表格みたいな張誌家投手も夏の中華隊合宿のときはとても早くグラウンドに来て真面目に練習していたそうですよ。あ、台湾の職棒で日本よりも長々とキャンプをやるのは、放っておくと自主的には練習しないから…だったりして。
2008年01月04日
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今日、スポニチ大会でちょっとだけ行って来た横浜スタジアム。久しぶりに来ました。中に入ってみると。なんかネット裏席の部分だけ青いです。あれ、前は全部オレンジじゃなかったっけ…?帰ってきてから調べたら、これは今年から新しくできる座席で、「ベイブルーシート」というらしい。ここに説明があります(PDFです)。単に塗り換えたとかではなく、ネット裏の年間予約席の2000席分を減らし、そのぶん余裕のある座席でゆったり観戦できるように座席を入れ換えた、とのこと。知らなかったな~。今日はこのベイブルーシートに座って観戦。座席の幅は8cmも広くなったらしいんですが、意識してなかったせいか、そんなに広くなったとは感じず。そもそも社会人野球はほとんどの場合、隣の座席なんて気にせずゆったり観戦できちゃうから…。でも写真で見ると、粒のように見える座席の細かさがオレンジの部分とは明らかに違います。オレンジ席よりゆったりしているのは間違いないみたい。というより、これで広くなったってことは今までが他の球場のネット裏席と比べてよほど狭かった? 他の球場と比べてどうなんだろう。実際の座席はこんな感じ。座る部分が跳ね上げ式になってます。雨が降っても濡れにくいように、とのこと。新しい座席のはずなのに今日は雨粒の跡がついて汚れていて、あんまり新品っぽくなかった。でもちゃんと拭けばキレイなんでしょう。ところでこのベイブルーシート、どうもプロ野球の試合では入場料6500円もするみたい。高っ! それが今日は1000円(JABA会員は800円)。ひと足はやく入れたし、オトクな気分?ただ、まだ全部完成してるわけではないらしくて試合中にカナヅチ(?)で作業する音がカンカン聞こえて来たり、作業員のかたが座席案内のラベルを貼ったりしてました。もうちょっとかかるみたい。プロ野球のオープン戦までには間に合わせるんだろうな~。ちなみに球場の外、関内駅方面への通路も何か工事中でした。通れる部分がとっても狭くなってますので、行かれるかたは足元にお気をつけを(スポニチ大会の横浜開催分は今日で終わりですけどね)。
2007年03月07日
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先日掲載された東芝の退部選手。この前は平馬淳選手だけで終わっちゃったので、他の5選手を。まずは甲子園で活躍し、高校時代はとても有名だったというグエン・トラン・フォク・アン投手。どっちかというと試合に出ているときよりも、東芝グラウンドで良く磯村投手と並んで机に座ってスコア係をやっていたり、公式戦のネット裏で他の若い選手とじゃれてたりしてたことのほうが記憶に残ってたりもします。結構たくさん写真も撮りましたけども、どの写真を見ても投げ終わった後に顔が全然違う方向を向いてる。それくらい、とても一生懸命に投げる選手でした。(背中のネームの短さは世界でもきっと指折りに違いない)7年在籍の飯田庸資選手。私にとっては、安田選手をDHに追いやった憎い選手、な~んて。落ち着いたプレーで、扇の要として長きに渡って支えてくださいました。安田選手と違ってほとんど8番か9番を打つところしか見たことなかったけど、意外な場面で大きいのを打つことも。(正面からの写真はサングラス姿とかしかなかったので、打席に入っている場面で)昨年の都市対抗でドームの周りにかかっていたパネルによると、チームで「足が速いナンバーワン」らしい久田見栄選手。そのわりに「代走・久田見」は見た覚えがなく、むしろ打席に立つことさえできれば結構打つ選手っていう印象。肝心なときに怪我してしまったとかで、ちょっと運もなかったでしょうか。サンワード貿易から転籍して4シーズンでした。(片手を離して素振りしてフォームをチェック)鈴木隼人選手は入部2年目はレギュラーで、実に軽快な守備を披露。これは二塁の守備は鈴木選手に任せておけば当面は大丈夫、って思ったものでした。なのにその後は守備に就く機会がめっきり減ってしまいまして、平馬選手が補強で抜けて代役で三塁を守っていたときに久々にスタメンで拝見、送球が届かなくてとても大変そうだったのが印象的でした。(最近は良く一塁コーチをやってらっしゃいました)そして、増井浩俊投手はプロの世界へ。キャンプは二軍スタートみたいだけど、いよいよ本格的にプロとしてのスタート。(東京ドームなので暗いです。抱き合ってる相手の倉崎投手も今年から形は違うけどプロ)皆さんお疲れさまでした。今後のご活躍をお祈りしております。
2010年01月28日
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今日は東芝とJR九州のオープン戦。東芝公式サイトのスケジュールによれば、本番前の最後の試合とのことで、ちょっと東芝グラウンドまでお邪魔して来ました。坂の上にあるグラウンドまでてくてく歩いて到着。この暑さでの山登りはこたえます。グラウンドに近付くと、早くも両軍選手の威勢の良い掛け声が聞こえて来ます(野次とも言う)。13時開始予定のところ、どうせまた早く始まるだろうと思って余裕を見て30分くらい早く到着したのに、もう試合が始まろうとしていました。危ないところだったぁ。●補強選手の様子さて、この試合の興味も補強の選手がどう使われているか、本番前にチェック。以下、補強選手の様子を中心に書きます。東芝は本番直前だけあって、新日本石油ENEOSから補強の2選手も入ってとっても本番っぽいスタメン。池辺啓二選手は4番ライト。岩崎達郎選手は8番セカンド。ともに1安打ずつでした。(左:池辺選手、右:岩崎達郎選手)池辺選手は「グランドスラム」の表紙だと爽やかなんだけど、東芝のユニフォームだと何となく渋い感じ。(ひょっとして、あんまり似合ってないってことかぁ?)東芝ベンチからは「良く見て行こう、イケベ~」のように掛け声が。この「イケベ」の部分が私の耳にはどうも「イケメン」に聞こえて仕方がない。ホントにそう言ってるのかも。一方の岩崎達郎選手は東芝のユニフォームでも実に若い。外見だけでなくプレーも若い。はつらつとしています。「タツ」と呼ばれているようです。投手では、ENEOSから補強の広瀬繁投手は最後に登板して無失点でした。三菱重工横浜硬式野球クラブの岩崎哲也投手はブルペンでは投げてましたが登板せず。(写り悪いけど、写真は広瀬投手)JR九州さんは3人の野手の補強選手が全員スタメン。本番っぽいかどうかは良くわからないけど、毎日新聞に載っていた地区予選の代表決定戦とはだいぶ顔ぶれが入れ替わったメンバーでした。今日の成績は、沖縄電力の狩俣達也選手は3番ライトでノーヒット。九州三菱自動車の前田智紀選手は6番ファーストでタイムリー二塁打1本。ホンダ熊本の西川翔大選手は7番サードでタイムリーヒット1本でした。投手の二人は投げず。(打席の前田選手[背番号12]と三塁を守る西川選手[背番号4]。打席では二人ともかなり大きく足を上げて打ってました)東芝は補強の選手は毎年30番台とほとんど決まってますが(空きもないし)、JR九州は補強の選手も一般的背番号です。背番号だけでは誰が補強の選手なのか区別つかず。すっかりチームに溶け込んでいる?(左:狩俣選手[背番号11]はちょっといいところなかった感じ。右は米藤投手。ユニフォーム左袖に見える青いワッペンには新幹線が)野手ばかりでも何なので、投手からは先発の米藤太一投手。ヒゲが伸びてて何となくやさしそうなオジサン顔(←失礼)なのですが、マウンドに上がると実に気合いの入ったピッチングをしておりました(米藤投手は補強選手ではありません)。●試合はJR九州の勝ちさて、試合のほうは序盤で大量点を挙げたJR九州が逃げ切って勝利。(スコアボード係をしていたのはアン投手かな。おつかれさま~)両チームとも出した走者の数はほとんど変わらなかったけど(両チームとも一番打者に5回目の打席が回って試合終了だったので)、集中打の出た分だけ点差がついてます。一昨年の都市対抗でダースベーダーの曲に乗って登場したJR九州・宇多村典明選手がホームラン含む5打点の活躍でした。(今日は両チームとも赤いユニフォーム。打席は5打点の宇多村選手。左上に写っている東芝の一塁・松田直樹選手にもホームランが1本出てます)今回もオープン戦なのでメモ等はちゃんと取ってませんが、バッテリーを書くと以下のとおり。[J]米藤、浜田、小松聖-中野[芝]磯村、中野、木戸、銭場、広瀬-飯田、迎里双方で10得点と、結構たくさん点が入りましたけど、スコアボードを見れば察しがつくように失点した投手は非常に限られていまして。特にJR九州さんは点が入った回(1回と3回)と9回以外の6イニングは全部三人で攻撃終わりだったんじゃないかなあ。序盤で打ち疲れちゃったかのようでした。でも序盤の畳み掛ける攻撃はお見事。今年も強そうです。東芝では、打たれちゃった投手のことがちょっと気になります…いや、ちょっとどころじゃないな、かなり気になりますが、まぁこれが本番じゃなくて良かったです。切り替えて、また金曜日に。しかし暑い日でした。帽子がなかったらとても耐えられなかったかも。こんな暑さで試合した選手の皆さま、たいへんお疲れさまです。(甲子園はもっと暑かったのでしょうねぇ)さ、本番までいよいよあと4日!1つ気になったこと。整列での主将握手のときのこと。東芝からはもちろん平馬淳主将が列のいちばん端に並んで握手。が、JR九州からはなぜか横山真二選手が。名鑑だと村子峰敏選手が主将のはずなのですが…。何かあったのかな?
2006年08月21日
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東芝は昨日、初戦で負けちゃいましたが、今日はいろいろと記事が出てますね。[記事]都市対抗野球:巨人・高橋投手に励まされ…東芝の平馬主将(毎日新聞)開会式で選手宣誓をした平馬淳主将。平馬選手はオリンピックにも出たし、社会人のベストナインも受賞。わりと順調に社会人選手として歩んで来られたと思うのですが、それでも3年連続で本大会出場を逃した2002年の末には「やめようか」と思ったのだそうです。そのとき、巨人に行った高橋尚成投手から焼き肉に誘われたとき、「やめるなよ」と励まされ、今に至るとのこと。平馬選手と高橋投手は同期なんですよね。最初は府中と川崎だから別のチーム。高橋投手はすぐにプロへ行っちゃったから、東芝で本当にチームメイトだった期間は3ヶ月くらいのはず。でも仲いいんですね。前に、鎌倉武士投手がケガで苦しんでやめようと思ったけど、千葉ロッテに行った清水直行投手に励まされてしばらく現役を続けたっていう記事を見たことがあります。彼らもやっぱり平馬選手の同期です。この世代は仲が良い?平馬選手ももう9年目。年齢的にはいつ引退されてもおかしくないし、「やめようか」と思った2002年には補強からも漏れたので10年連続表彰もありません。なかなか気持ちを保つのも難しいのかも知れません。でもこの記事、最後にこう書いてあります。これからも黒獅子旗を目指す戦いは続く。来年も現役ですよね。たくさんいた同期の選手も、工藤賢二選手が昨年あがられて東芝でプレーしているのは安田真範選手だけに。昨日は久しぶりに捕手で出場したところを拝見しました。安田選手は来年も本戦に出れば10年表彰です。来年も平馬選手と一緒にチームを引っ張っていってください。(来年の前に、秋も)●19年前の雪辱ならず[記事]黒獅子の目:第77回都市対抗野球 19年前の思いを胸に(毎日新聞)前に、神奈川勢がヤマハになかなか勝てないことを書いたときにちょっと触れた19年前の決勝戦。このときのこと、やっぱり高見泰範監督はちゃんと覚えていたようです。盗塁を阻止できずに悔しい思いをしたんだって。ヤマハの高柳信英監督は当時、助監督だったんですねぇ。今回も雪辱はならず、でした。●応援団は2万人[記事]第77回都市対抗野球:東芝、まさか 夢果たせず 最後まで熱い声援 /神奈川(毎日新聞)東芝の応援団は2万人だったそうです。すごいなぁって思う反面、あれだけ大勢いても2万人なんだ、っていう気も。ずいぶん入ってるように思ったんですけども。最後のところ、平馬選手に代わってショートを守る久田見栄選手のことが載ってます。サンワード貿易ではほとんど試合に出てなかったんだ。でもしっかりチームの一員としていい働きしてると思います。●都市対抗・本日の結果など本日の結果。今年は結局、ネット中継ナシみたいで。→[記事]都市対抗野球:日生、NTT東、JR東日本が初戦突破(毎日新聞)→[網頁]第77回都市対抗野球大会(スポニチ)◇一回戦日本生命 3-1 住友金属鹿島 NTT東日本 5-1 伏木海陸運送JR東日本 4-0 三菱重工広島東芝とヤマハを含めてこのブロックは8チーム中5チームが第一代表のチームだったのに、下位の代表チームとの対戦で全部敗れて第一代表で残っているのはNTT東日本だけに。予選を1位通過しても勝ち進むのは難しゅうございます。二回戦はNTT東日本とJR東日本で早くも同地区対決ですか。面白そう。なお、第二試合で元いすゞ自動車の藤沢英雄選手が10年連続表彰を受けたとのこと。いすゞにいた頃は憎たらしかったけど、もうそんなになるんですねぇ。おめでとうございます。明日は神奈川からは日産自動車・伊藤祐樹選手が10年連続表彰だそうです。◇一回戦日産自動車 vs 富士重工業 (10:00)トヨタ自動車 vs 三菱重工長崎 (14:00)JR九州 vs 西濃運輸 (18:00)今日の試合でOBの三橋直樹投手が初先発で見事に勝利投手。明日の日産はどうかな? 応援に行ってきます。(2006/08/28修正:三橋投手の投球内容が間違えてましたので修正。ご指摘ありがとうございます>ウリャー吉井店長頑張れさん)
2006年08月26日
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東芝の今年の退部者が発表されています。え、もう発表!? 油断してました。東芝の引退選手発表は例年わりと遅いほうだったはず。日記を読み返したら一昨年は2月、去年は1月。今年はずいぶん早かったです。しかもオーストラリアに行ってる間に発表とは…。不意打ち。さて、退部されるかたはスタッフ2名と選手6名。今年はベテランはみんな残りまして、引退選手は中堅~若手ばかりです。・森喜紀マネージャ森マネージャは都市対抗前の毎日新聞別刷りに載っていた寄せ書きで「有終の美」と書いていたので、今年で最後なんだろうなぁとは思ってました。本大会ではコーチとしてユニフォームを着てベンチにも入ってらっしゃいましたし、優勝も経験。「有終の美」になりました。・小川将司トレーニングコーチあいにく小川さんのことはあまり意識したことがありません(ゴメンナサイ)。オープン戦のときにジャージ姿で選手のかたと話していたのが小川さんなんだろうなぁ。小川さんは陸上競技出身で、もともとその道では結構名の通ったかたなのだとか。また別の道に進まれるのでしょうか。・倉崎健一投手(在籍2年)入部して2年間、確か公式戦は一度も投げなかったような。オープン戦で1回だけ投げているところを見たことあります。投げた後にすごく低い姿勢になって一生懸命投げる感じがしました。東芝グラウンドにオープン戦を見に行くと良く崖の上でファウルボールを拾いに行く係をしていた気がします。また背番号13番が空くのですねぇ。・小池勝也選手(在籍2年)小池選手は公式戦に出た試合は数えるほどだったと思いますが、主に三塁のバックアップとしての起用でした。入部するとき、雑誌の紹介文で「文武両道」のようなことを書かれていた小池選手。今後は社業で活躍されるのでしょうか。・露口高幸選手(在籍7年)露口選手は高卒で入部して長い下積みの後、一昨年の秋から工藤賢二選手の後を襲って二塁のレギュラーに定着したように思われたのですけども、今年はあんまり出番ありませんでしたねぇ。都市対抗でもベンチから外れていて意外に思ったのですが…。昨年、優勝した岡山大会で首位打者賞のタイトルがあります。・佐藤崇典選手(在籍4年)代走や、代打が出た後の守備での起用が多かったイメージのある佐藤選手。昨年の日本選手権予選、日本通運との代表決定戦で代打で出て益田投手から勝ち越しにつながるヒットを打ったのがいちばん印象に残ってます。佐藤姓の選手、来年はいなくなっちゃうのかな。・清水芳政投手(在籍4年)チームで一番の長身でありながらアンダースローに近い横手投げの左腕と、面白い存在だった清水投手。どういう事情かわかりませんがここ2年、公式戦での登板はまるでナシ。でも今年、都市対抗前にオープン戦を見に行ったときは2試合とも完璧な投球でした。続く都市対抗の準決勝での登板はいい思い出になったでしょうか。結局今年、公式戦で投げたのはそのときだけ。「2年間で公式戦登板は都市対抗本大会だけ」っていうちょっと変わった記録を残しているはず。・松田直樹選手(在籍6年)そして東芝の四番をつとめた松田選手。引退なんですねぇ。松田選手が入って来た頃の東芝はなかなか都市対抗に出られない苦しい時期。神奈川の他の企業チームがだいたいどこも頼もしい「不動の四番」を擁していたのに東芝はなかなかそうならず、もどかしかったものでした。松田選手は走者を貯めた場面で一振りで一気に大量点を叩き出してくれる場面が多かったような印象があります。メモしておいた記録を見返すと、松田選手のホームランはほとんどが走者がいる場面で出ていました(→「おまけ」参照)。肩幅が広くて背中が大きく、貫禄としても充分でした。ただ最近は脆いというか、打席でもあっさりと料理される場面が目立ってしまっていました。復調してまた四番に戻って来てくれることを期待していたのですが…。松田選手のお父さんも東芝の四番だったそうで、親子二代での四番。次はぜひ親子三代での四番を(←何年後だよ)。松田選手と言えば都内へ出かけたときに通りがかった商店街で偶然、こんなポスターを見かけたこともありました。(右のほうを拡大してみると…)(「青山学院」の後に「東芝」って書いてないけど、ずっとご近所で野球生活を送られていたのですねぇ)以上、月並みですけれども、引退される方々、長い間おつかれさまでした。6選手が引退ってことは、新人選手も多めなのかな。●おまけ松田選手が東芝6年間の公式戦で打った本塁打26本の内訳:満塁弾:3本3ラン:5本2ラン:8本ソロ:3本(不明:7本)メモしてある範囲でなので記入漏れもあると思いますし、不明も多いんですけども、ほとんどが2ラン以上だったことがわかります。
2007年12月18日
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オフは退部されるかたがポツポツと判明する寂しい季節でもあります。かずさ市民応援団のサイトをのぞいたら、先日の納会の様子がレポートされるとともに、かずさマジックの選手名簿が新しいものになっていました。まだ新人さんは載ってないけど、それ以外は来年の体制の名簿になってます。すでにBaykinさんが千葉市長杯の名簿で、りんかんさんが納会の様子を伝えてくださったときに情報提供されていましたが、これで退部される選手のかたが公になりました。今年は4人のかたが退部されるそうです。ベテランの恩田寿之投手は大ケガで一年まるごと棒に振ったこともあったそうですが、復活して投手陣の一角を支えてくださりました。1年目からレギュラーだった林清久選手はまだ今年で3年目、退部されるとはぜんぜん思ってなかったです。実家の仕事を手伝われるとか。同じく3年目だった新井雄次投手のことはごめんなさい、良く知りません。所属の関東自動車工業も退社されるみたいです。そして好きだった沢村通選手も退部。沢村選手は大阪桐蔭高校で甲子園優勝したとき、サイクル安打を達成した有名な選手だそうですね。当時のことは知らなかったけど、NHKで甲子園中継を見てたら試合の合間に昔をふりかえる映像が流れていて、たまたま沢村選手のサイクルヒットのことをやってたのを見たことがあります。また見られるかな。大学を中退して新日鉄君津に進まれたとのことで、社会人生活12年。私が注意して見てたのはそのうちのほんの数年だったのですが。沢村選手はとっても勝負強かった。私はかずさ(新日鉄君津)の試合をそんなに多く見て来たわけじゃないけど、見に行くと良く打ってくれました。しかも決して体が大きくないのに大きいのも打てる。いや、野球選手としては小さいほうのはず。背中の背番号1がとっても大きく見える選手でした。それから応援の「さわむら」コールがとっても語呂が良くて、耳に響いたっていうのもあるかな。「かっせかっせ○○○」のコールは全選手の中で沢村選手がいちばん似合ってると思う。(←あくまで私の主観です)今年は出番が減ってしまって、しかも野手最年長。そろそろかな、と覚悟はしてたけど…。11月の千葉市長杯ではメンバーに入ってなかったそうなので、その前の日本選手権予選が最後だった、ってことでいいのかな。長い間、おつかれさまでした。良かったこと。沢村選手のかずさでの公式戦最後の試合をしっかりと見届けることができたこと。代打での途中出場でした。残念だったこと。最後の打席が無念のキャッチャーファウルフライだったこと。(←ノーヒットノーランで負けた試合だよっ)最後の試合で打席に入る沢村選手。もう、見られないんだなぁ。(捕手は新日本石油ENEOSの池田樹彦選手。場所:大田スタジアム)
2005年12月09日
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本当にちょっと寄り道してみただけですが、「NTT東北名取球場」。こんな感じでした、っていうのをちょこっと。ここはNTT東北→NTT東日本宮城クラブ→NTTグループ東北マークスの練習グラウンドだったらしいところ。「グランド・スラム」では数年前からマークスは合宿所も練習グラウンドも「なし」になってますが。グラウンド自体はちゃんとあります。「NTT東北 名取球場」の文字が。軽く検索してみると、今でも地元の高校生が練習試合で使ったりしているみたい。この日も地元の高校生っぽいチームが練習してました。ご挨拶してちょっと見学。センターまで120m。バックネット兼スコアボードはずいぶん高いところにあります。得点の部分は登って操作するんだろうか。怖そう。芝生の部分も悪くない状態に見えました。ファウルグラウンドがずいぶん広い。スタンドもこんな感じでちゃんとあります。(奥に日産のお店の看板が見える)ちょっと見にくいですが、カーナビの地図でもちゃんと「NTT東北名取球場」。仙台市内から国道4号線を仙台空港方面に南下し、「仙台空港ボウル」というボウリング場が見えたらすぐ左折、球場の敷地の周りをぐるっと回り込むと入口がありました。車なら結構便利そうなところ。中央のくさび形のマークのあたりが駐車場。行く前はてっきり球場自体がなくなって更地にでもなっているかと思っていたので、球場がちゃんと残っていて驚き。しかも練習で使われているし。最初、マークスの選手が練習しているのかと思ったけど、それは違った。ここでは全く練習してないんですかねぇ。マークスはこのあと福島市長杯に出場し、見事優勝とのことです。
2010年05月07日
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今日は神宮球場にお出かけ。念願の緑のユニフォーム。いや~、感激だなぁ~。しかも日本で見られるだなんて。この試合はスコアボードの表示によりますと「合作金庫棒球隊 来日親善試合」と銘打たれていて、3試合行なうらしい親善試合の1試合目。日本通運との対戦です。神宮のスコアボードは"[王韋]"とか"[馬癸]"とか、本来は日本にない(?)字もちゃんと表示できるらしい。アナウンスは「りんりーうぇい」「ちゃいしゃんふ」「おーりーうぇい」などと中国語読み。棒読みではなくちゃんと抑揚もつけて中国語風発音になってました(それが正しいのかは良くわかりません)。チーム名だけは「がっさくきんこ」と日本語読み。日本通運は前日までスポニチ大会を戦っていただけあって、この日のメンバーはスポニチ大会では控えだった選手ばかりです。野手は交代もありませんでした。とりあえず結果から載せますと。2008年3月26日 神宮◇合作金庫棒球隊 来日親善試合合作金庫000 000 300=3 (7安打、4失策)004 025 53x=19(16安打、1失策)日本通運[合]鄭嘉明(2+2/3回4失点)、黄義哲(2+1/3回2失点)、黄健隆(1/3回5失点)、曾俊彦(2/3回2失点)、朱瑞宗(1/3回3失点)、郭文凱(1+2/3回3失点)-黄佳[王韋]、黄[馬癸]榮 (本塁打)蔡森夫 (二塁打)周廣勝[通]富田(4回)、山口大(1回)、野村(1回)、阿南(1/3回3失点)、池田(1+2/3回)、牧田(1回)-根津 (本塁打)太田[3ラン]、山根2[満塁,3ラン] (三塁打)小甲 (二塁打)根津、井上合作金庫(7)林立偉 1投ゴ 捕飛 6中飛 中飛 …… H 洪[火韋]杰 …… …… …… …… 右飛(6)王薪權 投安 見振 見振 死球(2)黄佳[王韋] 一邪 4左安 二直 …… 2 黄[馬癸]榮 …… …… …… 右邪(D)蔡森夫 空振 空振 7右本 8三ゴ(9)李宏裕 2二ゴ 見振 …… …… 8 王建明 …… …… 左安 二飛(5)4武立[王韋] 一飛 遊ゴ 空振 見振(4)蘇偉銓 四球 …… …… …… 5 周廣勝 …… 5三ゴ 右2 9四球(3)林加祐 二飛 遊ゴ 左安 右飛(8)9林俊萍 3四球 見振 …… ……H9林志祥 …… …… 左安 左失日本通運(D)永井 1二失 四球 5中2 中安 左安 右安(9)井上 一ゴ 四球 二安 四球 三飛 左2(3)山根 空振 中犠 投失 右本 右本 空振(5)太田 空振 左本 遊ゴ 空振 右飛(7)清水 2空振 左安 遊飛 四球 二ゴ(8)小甲 左飛 三邪 三ゴ 一邪 8左3(6)津波古 空振 4空振 6左飛 7四球 右安(4)岡崎 3一ゴ 見振 中安 死球 空振(2)根津 中2 中飛 中安 左安 左飛(公式の記録とは異なるかも知れません)(JABAの公式サイトにももう結果が載ってます。なぜか「プロ・社会人交流試合」のカテゴリに入れられていて、備考欄に「台湾プロ」って書いてあるけど合作金庫はプロじゃないです)というわけで、合作金庫はボロ負け。社会人の公式戦ならコールド負けだよ、6回裏で。日本通運は強いチームだし、過去のアジア都市対抗の結果などを考えても9割方負けるとは予想していたけど、もうちょっといい試合してくれてもいいのにな~。だって日本通運のメンバーはレギュラーじゃないのに。悪い言い方をすれば二軍です。レギュラー選手がみんな出ていたらいったい何点差がついていたんだろうと考えるとオソロシイ。(ホームラン2本で9打点の山根選手は本来ならレギュラーなんでしょうけど)まぁ調整具合の差もあるかも知れませんし、親善試合なので合庫側はかなり選手を交代させてました。投手も打たれたら早めに交代させていて、最後のほうは技量の劣る(ように見えた)投手が出て来たのもこれだけ大差がついた一因とは言えるかも知れません。それにしてもここまで点差がつくと、もう力の差としか言いようがないですねぇ。ボークが多かったこと、エラーが多かったことは審判の基準の違い、グラウンドの違いもあるのでしょうが…。まず、合庫の投手は走者が出るまでは結構抑えるのに、一度走者を背負うと一気に崩れてしまう場面が目立ちました。あ、でもこれは職棒でも良く見る光景。記事でも台湾の投手は危機処理能力が低いって良く書かれてるけど、まさにその通り。この試合の日通のホームラン3本は3ラン、満塁、3ランと、本塁打だけで10点。それだけ大ピンチの場面で致命的一打を浴びていたということ。(こんなに点が入ったのに、日通の残塁は5だけ)それから日通の選手はそんなに強振している感じでもないのにパチンという感じで強い打球が飛んで行くのに、合作金庫の選手は体格の良い選手も結構いるのにボコッって具合で外野にさえなかなか飛ばない。打球を捉える力もだいぶ差があるんだろうな~。と思ってたら、7回表に日本通運の投手が阿南投手に代わった途端、合庫の打者が次々と強い打球を弾き返し、本塁打を含め一気に5安打集中して3点返しました。が、また投手が交代するとと元通りに。野球は投手だなぁ、と。で、最も気になったのは。日本通運はベンチの選手も盛んに声を出して(←野次とも言う)チームの士気を高めていて、言わばベンチも一体となって戦う集団になってます。ま、社会人のチームならまったくアタリマエのこと。一方で合庫側は、そういう姿勢は全く見られませんでした。そもそも控えの選手がベンチの中にいません。これ、プレー中です。社会人の公式戦なら次打者以外はベンチに下がるように言われるところだろうけども、こうして合庫の選手はプレー中でもベンチ脇にたむろして腕組みしたりバット振ったり。決してだらけているわけではなく、真剣にプレーを見てはいるみたいなんですけども、仲間のために声を出して励ますわけでもなく、じーっと見てるだけなんですよね~。文化、慣習の違いと言えばそれまでなのかも知れませんけども、集団で戦っている日通。個人で戦っている合庫。何だかそんな感じに見えてしまいました。この日、プレー以外でいちばん目についた部分。試合は大差つきましたが、とてもいいお天気で試合ができたのは何より。お客さんは関係者含め30人くらい?私が台北に合作金庫の試合を見に行ったときより多いや。選手の写真などはまた後日に。合作金庫は明日は同じく神宮球場で、Hondaとの対戦。11時開始予定。入場は無料です。
2008年03月26日
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26日に行われた合作金庫と日本通運の試合の写真など。試合のスコア等は当日の日記へ。まず試合開始は日本式。本塁を挟んで一列に整列(終了の整列はありませんでした)。このとき、合作金庫の各選手から日本通運の選手に何かプレゼントが手渡されます。ビニール袋に入った白い物。Tシャツのようにも見えますが、何なのでしょう?上に載っているのは合作金庫の顔写真入り選手名簿?そういえば合作金庫の名簿みたいな物を持ってるかたがスタンドにいらっしゃいましたねぇ。どこかで配ってたんだろうか?この日の日本通運はヤンキーススタイルのほうのユニフォームでした。日本通運先発は富田順介投手。3日前のスポニチ大会・日立製作所戦では林偉選手から連続四球を出して逆転されるきっかけを作ってしまったけど、この日も捕手が伸び上がっても捕れないようなボールを投げて暴投になるなど、かなりの荒れ球の様子。それでも満足に打たせないのは力があるのでしょう。4回無失点に抑えました。合作金庫の張泰山(←勝手に命名)・黄佳[王韋]選手。背番号だけじゃなくて、打ち方もちょっと似てる気が。3番を打っていたけど168cmとかなりの小柄。動作がぷりぷりしてて何だかかわいらしい。捕手です。合作金庫は7回に阿南投手から5安打したのですが、それ以外の日通の投手から唯一のまともなヒットを打ったのがこの人。富田投手のボールをきれいにレフトへ弾き返しました。6回のセカンドライナーも当たりは良いもの。3打席で交代して、後半はブルペン捕手。合作金庫先発は鄭嘉明投手。3年ほど前、蛇入りを拒否して合庫に戻って来た選手。つまりプロ級ってこと。鯨にいた鄭昌明選手の弟さんらしい。立ち上がり2イニングで無安打4奪三振と、富田投手よりいい感じにさえ見えたのですが、3回に9番の根津信太郎選手に二塁打を打たれてからおかしくなりまして、満塁から3番山根陽介選手の犠牲フライで先制を許すと、4番の太田選手に3ランを浴びて降板。3ランを打った太田智英選手。東北福祉大からの新人さんです。打席に入ってしばらく左手だけでバットをグルグルとこねくり回していたので、このまま左手だけで構える片手打法かと思った。(もちろんちゃんと両手で持って構えて打ちました)この背番号32のかたが許順益監督でしょうか。交代を審判に伝えます。通訳さんもいらしたようですが、直接伝達。審判のかたは国際審判なのか、ときおり英語が飛び出します。ボークのときには"Not Complete Stop!"と叫んでました(合作金庫はこの日3ボーク)。交代を本部(?)に伝えるときも「センターがナンバーテン!」みたいに言ってましたし(長嶋茂雄風だ)、カウントも「3ボール、2ストライク!」のように米国式で言っているのが聞こえて来ました。主審は堀井さんというかたで、塁審も全て日本人のかた。合作金庫の2番手は黄義哲投手。今年、牛の3位指名を蹴って合作金庫に復帰。ご本人のblogのタイトルのとおり、背番号18番。こちらも立上りはなかなかで4回は連続三振含め3人で抑えたのに、5回に2失点。自分のエラーで失点してしまったのがもったいない。スコアは6-0に。なおも無死二塁のピンチ、ボークを取られ二死三塁とされますが小甲選手を三塁ゴロに打ち取って追加点は許さず。一方、日本通運は5回は山口大輔投手、6回は野村健太投手が投げて3人ずつで片付けます。合作金庫は6回頭から3番手・黄健隆投手。グローブに名前入ってますね。が、早々に連打を浴びてピンチを招き、走者を溜めて3番の山根選手には手痛い満塁弾。アウト1つしか取れず5失点で降板。これで得点は11-0。ちょっとこのへんから試合にならなくなって来ました。カメラマン席に誰もいないもんだから、合作金庫の選手の物置スペースと化してます。日本のチームがやったらたぶん怒られる。良く落ちないな~。左のグローブ、"MASUDA"と書いてあるような…。(日通の益田隆芳投手は引退しちゃったみたいですねぇ)長いんで後編に続く。
2008年03月27日
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台湾の合作金庫棒球隊が日本に来て明治大学と試合するらしいというのは以前に書きましたが、先日にコメント欄でboomer44さんに教えていただいたように日本通運やHondaとも試合するようです。台湾 合作金庫棒球隊 来日試合および東京六大学春季オープン戦日程によれば、試合日程は以下のとおり。3/26 11:00 日本通運 (神宮球場)3/27 11:00 Honda (神宮球場)3/28 13:00 明治大学 (明大グラウンド)他にも試合するのかも知れませんが、とりあえずこの3試合(相手が何でこの3チームなのかが気になる)。いや~、これは楽しみだ。会場が神宮なものだから、スポニチ大会がもう1日延びたらどうなるのかと思ったけど、無事に終わって良かったです。念のため、さっき神宮テレホンサービス(0180-993589)を聞いてみたら予定どおり実施するようです。日本通運は今日までスポニチ大会を戦っていましたんで連戦ってことに。●合作金庫の名簿を探せこんなご近所で合作金庫棒球隊を見られるなんて滅多にない機会(たぶん)。私も行ければ見に行きたいな~、と。で、見に行くには選手名簿があったほうが良いので合作金庫の名簿を探してみたのですが、見つからないですねぇ。去年の秋の協会盃のときの選手名簿はココ↓からたどれます。Excel方式で置いてあります。→[網頁]2007協會盃球員名單---合作金庫球員名單(CTBA官網)(big5)ただし、このあと兵役に行っちゃった選手、新しく入って来た選手がいるのである程度、入れ替わってます。背番号も変わってる選手がいるかも。古い名簿ですけども、前に台湾に見に行ったときには合作金庫はユニフォームの背中に名前がありませんでした。なので、名簿ナシではおそらくスコアボードやアナウンスに頼らないと誰が誰だかわかりません。印刷して持って行って損はないのではないかと。一応、わかる範囲で異動としては、兵役期間のためにプロに指名された選手はココに載ってます。さっきの名簿と照らし合わせると6人ほどいらっしゃるようです。逆に曾俊彦投手と黄義哲投手は兵役に伴うプロ二軍での訓練期間が終わったあと、プロ入りせずに合作金庫に戻って来たとあります。→[記事]合庫福利好曾俊彦不打職棒(壹蘋果運動王)(big5)(2/24)結構入れ替わりはあるようですね~。でも私の情報収集能力ではここまで。うー、最新の名簿はないのかしらん。まぁ球場に行ってみれば名簿くらいは配布されるのかも知れません。それと、張誌家投手も現在のところ所属チームがないので、以前に在籍していた合作金庫の練習に参加しているらしい。一緒に日本に来たりは…しないかな。対戦チームの名簿も一応。日本通運→[網頁]日本通運野球部公式サイトHonda→[網頁]Honda硬式野球部公式サイト(まだ今年の新人さんが載ってません)→[網頁]スポニチ大会登録名簿(スポニチ)明治大学→[網頁]明治大学硬式野球部公式サイト先ほど名前が出て来た合作金庫所属の黄義哲投手がblogを書いていらっしゃるようです。→[blog]yz18's....☆spaces★(big5)こちらによりますと。・日本入りは24日もう到着していているらしい。・日本に来る選手は24人だけ選手全員が来るわけではないらしい。・日本での交流試合は3試合日通・Honda・明大で全部っぽいです。あと張誌家投手は24日の中華隊北京五輪進出祝賀会に出席したそうなので、帯同してないみたいですねぇ。って、そりゃそうか。
2008年03月25日
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引き続き、合作金庫来日親善試合・日本通運戦のその2です。その1はこちら。試合のスコア等は当日の日記で。さて、日本通運は11-0の大量リードで迎えた7回から阿南徹投手。ここまで日本通運3投手の前にたったの2安打だった合作金庫打線、阿南投手が登板した途端に急に目覚めたように打ちまくりまして、先頭の蔡森夫選手の本塁打を皮切りに一気に5安打を浴びせ阿南投手はアウト1つだけで降板。このあと池田俊介投手に代わり、合作金庫はさらに満塁とチャンスを広げますが追加点はならず。しかしこの回打者9人を送る攻撃で3点を返して意地は見せました。11-3になります。合作金庫・4番の蔡森夫選手。巨大すぎ。ほとんど力士の領域。昨年の名簿では190cm,100kg。本当に100kgで済むんでしょうか。まだ20歳らしい。阿南投手の代わりばなを軽々といった感じでライトスタンドに放り込みました。右はホームランを打ってベースを回るところですが、ユニフォームを着ていても胸板が筋肉隆々なのがわかるほど。ホームイン。右は175cm,73kgの武立[王韋]選手(4年前にアスピア学園で都市対抗予選を戦った選手)なんですが、体格の差がすごい。先日の代訓選抜試験に合格してますので、来年からプロの二軍ってことになるようです。(郭李建夫さんの開南大学にいたはずなのに、辞めちゃったのかな?)合作金庫は6回途中から4番手の曾俊彦投手。トシヒコくん。なかなかオトコ前ではありませんか。体格も立派です。一昨年の代訓ドラフトではLanewに1位指名。いま職棒でルーキーとしてなかなかの活躍を見せている頼俊男、高敏靜、曾嘉敏といった投手たちより上位で指名された選手。つまりこの人もプロ級ってことのはず。6回は太田選手から三振を奪うなど1位指名の片鱗をチラリと見せたのですが、7回に四死球2つ出したところで交代。打者5人だけで降板。もうちょっと見たかったな~。5番手・朱瑞宗投手。まだ19歳。この選手も来年から兵役(代訓)だそうです。走者を2人背負った状態で登板したのですが、連打のあと山根選手に2本目の本塁打となる3ランを浴びてアウト1つだけで降板。スコアは16-3に。日通の3番・山根陽介選手は満塁弾と3ランを含め、1人で実に9打点。ちょうどホームランを打ったところでシャッターを押してました(けどイマイチ)。しかしなぜスポニチ大会は全く出なかったのかなぁ。合作金庫の三塁コーチ担当は先日の北京五輪予選では中華隊のコーチにも入っていた呉文裕コーチ(と思われるかた)。アトランタ五輪予選の台湾代表として日本の社会人選手とも戦っていたそうです。7回途中から登板の6番手・郭文凱投手はブルペンで投げてるときから何だか投手っぽくないフォームだなぁ、と。野手がリリースのときだけ力入れて強めに投げてるみたいな投げ方。投手が足らないので野手が出て来たのかと思った。不運な当たりの二塁打やエラーなどあって3失点しましたが、でもそのわりには結構良く抑えた印象。棒球Wikiによれば、ずっと投手が本業らしい。他の選手と違って背中の"TAIWAN COOPERATIVE BANK"の文字がアイロンプリントみたいに貼り付けてありました。新入団なのかな?19-3となった9回、日本通運の最後の投手はおなじみアンダースローの牧田和久投手。最後の最後に平凡に見えた外野フライを落球っていうちょっと信じられないようなプレーも出ましたが、無得点で終了でした。最後は整列せずに拍手で終了。すぐに集合写真撮影。もっと選手同士で握手とか交流するのかと思ったけど、あまりなかったですねぇ。真中にいる偉そうな人が今回の遠征を実現させたかた、なのかなあ。その後、サービスでスコアボードにカメラ映像を映して、合作金庫チームだけで記念撮影などしておりました。この日の合作金庫は野手14人、投手6人の計20選手が出場。出場しなかった選手もちょっと。試合終盤になると選手がカメラマン席に入ってきちゃってました。真中の47番が、翌日のHonda戦で先発した林柏丞改め林[羽廾]迪投手(たぶん)。最後、ブルペンで39番をつけた結構大柄な投手が投球練習してました。これがHonda戦で2番手で投げたという陳逸宸投手かな。合作金庫のデーブ大久保?ずっとブルペン捕手役をされていた背番号36番のかた。お名前がわかりません。今回の合作金庫日本遠征3試合の結果は以下のとおり。3月26日:合作金庫 3-19 日本通運3月27日:合作金庫 2-5 Honda(JABA)3月28日:合作金庫 2-1 明治大学(明大野球部)初戦の結果が散々だったのでこの先どうなることかと思ったけど、日本にも慣れて来たのか2戦目以降は良い結果になったようです。合作金庫は4月4日から「成棒甲組春季聯賽」という大きな大会に出場するとのこと。今回の日本での試合が良い経験となりますよう。
2008年03月28日
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先日、(元)りんかんさんからコメント欄で教えていただいたように、かずさ市民応援団公式サイトのモバイル版のほうで退部される選手のかたの名前が載ってます(←パソコンでも見られます)。モバイル版ってほとんど見たことなかったので気がつかなかったな~。しかしモバイル版のほうにだけ載せるってどういうこっちゃ。11人のかたが退部ということで、その中に上之薗裕選手も入ってました。もう何年も前から代打専門みたいになっていたのでオフは毎年覚悟はしてましたけども、とうとう来ちゃいましたか、っていう感じです。上之薗選手は私の中では「逆転の引き金になる選手」でした。もうかれこれ7年くらい前、かずさの前身・新日鐵君津が魔法のように逆転勝ちを繰り返していた頃。当時、スタメン捕手はだいたい並木選手で、上之薗選手は控え。試合が始まるとまず相手に先制を許しまして、負けている状態で中盤を迎えるわけです。チャンスを作って代打で出て来るのが上之薗選手。こういう場面で見事に打つんだ、これが。これでちょっと点差を詰める。で、そのまま上之薗選手がマスクを被ると、さっきまでポロポロと失点していた投手陣がぴしゃっと抑える。抑えている間に上之薗選手が打順に入った打線はさらに点差を詰める。そして、終盤には逆転劇が待っていると、そういうパターン。実際にこのとおりの試合がそんなにたくさんあったかというと実のところあんまり覚えてないけども、上之薗選手が代打で出て来ると試合の流れがガラッと変わり、反撃に入るっていうイメージでした。だったら上之薗選手がスタメンでいいのに、なんて思ったりもして。ま、そうそう単純なものではないのでしょう。とりあえず「上之薗選手=勝負強い」っていう印象は頭に刻み込まれました。("ZONO"ヘルメット)その後は打撃を活かすためか外野に転向してたけど、いつしか守備につくところはほとんど見られなくなり、このblogを始めた頃にはすでに代打の切り札的立場。その後も勝負強い打席を何度か見せてくれました。もしかして、上之薗選手がフル出場した試合って一度も見たことないかも知れない。それでも、私の中ではとても存在感のある選手でありました。現役11年、おつかれさまでございました。(東芝・安田真範選手と同世代なのですねぇ。今まで気がつかなかった)
2009年01月13日
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都市対抗の決勝戦はJR東日本が延長11回、サヨナラで黒獅子旗を獲得。JR東日本の皆さま、おめでとうございま~す。私は神奈川の垣野さんは知ってるけど、神奈川の堀井さんは知らないし、どっちかというと思い入れの深い選手(というかすでにコーチ)が多いので、少しNTT東日本側に肩入れしつつチェックしてました。最後クッションボール、普通に処理していればどうなっていたか。選手のかたは悔しすぎて眠れないんじゃ。まぁでもそれも含めて勝負の世界か。しかし試合が決まった次の瞬間、ベンチにいた小石博孝投手があんな風に泣き崩れるとは。別に自分が打たれて負けたわけじゃない。同点本塁打こそ打たれたけど先発としては充分だし、だいたい延長10回投げてから中1日ですよ。誰も小石投手のせいで負けたなんて思わないでしょう。それでも本人は責任を感じているのか。この大会の優勝に懸けていたこその悔し涙ですかねぇ。その悔しさを、ぜひ次の舞台へ繋げていただきたいものです。久慈賞獲得です。同点本塁打を打って、最後も決めた橋戸賞の松本晃選手。男前だなぁ。ガイドブックの写真では眠そうなのに(失礼な)。思い出してみる。去年の本大会で、松本選手がどういう役回りだったか。全く思い出せない。資料を見たら、去年は予選では4番打ってたのに、本番では補強選手に押し出されてスタメン外れてた。4番打者としてはまだ頼りなかったのか。それから1年とちょっと経って、今度こそ本大会でも4番打者として出場。松本選手にとって、レギュラーとしてまともに都市対抗に出ること自体が今年が初めてだったみたい。それが、見事に橋戸賞。去年に味わった悔しさを次に繋げた結果ってことなんですかねぇ。それにしても立派なものです。おめでとうございま~す。そして堀井哲也監督は3回目の決勝戦挑戦で、ついに優勝監督に。古いカメラだから写り悪いけど、掘り出してみた。堀井監督の決勝戦1回目。試合が終わってスタンドに挨拶するとき。腕時計をしている、帽子を取ろうとしているのが堀井さん。当時40歳。この頃はまだ髪の毛が黒い。これが二度目。このときは不整脈による体調不良をおして指揮をとっていたらしく、立っているのも辛いほどで、表彰式の途中でベンチに下がられたとか。もう、今はそのあたりは大丈夫なんでしょうか。そして今回が三度目。師匠のチームを破って「三度目の正直」。その間には移籍の決断とかご病気とかいろいろあったはず。明日の毎日新聞朝刊の人物欄みたいなところで、当時の心情などのお話は詳しく取り上げられるのかな。本当、優勝おめでとうございま~す。10年のうち3度も決勝に進出する監督さんなんて、そういないよな~。(って、準優勝監督もそうか。反対に垣野さんは監督として決勝戦は不敗だったけど、とうとう破られたってことになるのか)ここ最近、都市対抗の決勝戦は球場まで見に行くことがほとんどだったもので、仕事帰りの電車の中で、携帯で速報を追うだけの決勝戦はちょっと物足りない。遠いんだからしょうがないけど、今年は1日しか見られなかったな~。来年こそは生でもっともっと見るぞっと。また来年、東京ドームで会いましょう。あ、もう少し、社会人野球のシーズンは続く…。明後日の文化の日は毎年恒例、千葉県の大学・社会人対抗戦。出場メンバーなどはこちら。ナニ、松枝久雄監督!?(私は七五三で市川だから行けない)
2011年11月01日
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先日、発表された東芝の退部者のこと。この前は安田真範選手だけで1日分終わっちゃったので、今回は他のかたを。コーチ2名、選手6名のかたが退部されるそうです。銭場一浩コーチ(コーチ2年目)手帳を持って何かを書き書きしている銭場さん。コーチになってからは良くこの手帳を手に動き回ってました。内田祐二コーチ(コーチ2年目)トンボを持ちながらお話する内田さん。お相手は鷺宮の芦川選手。復帰して2年でした。また戻って来てください。伊勢泰孝選手(10年目)長身と機敏な守備で、長年レギュラーだった伊勢選手。補強も含めて都市対抗3度優勝、で良いのかな。四番を打っていた期間も結構長かった。四番打者としてはちょっと頼りない印象だったけど、香月良太投手を擁してベスト4に進んだ2002年の日本選手権、予選で大阪行きを決めたのは伊勢選手のバットでした。結城充弘選手(8年目)キャプテンとして黒獅子旗を受け取った結城選手。大学時代はかなり有名な選手だったらしく、確か入部したばかりのスポニチ大会では3番でスタメンでした。こうして「グランド・スラム」の選手名鑑の巻頭を飾ったことも(このとき2年目)。それだけ注目、期待されていた選手ってことなのかなあ。杉本邦彦選手(9年目)私でも知ってた、日大三高からの高卒選手。私はベテラン好きだけど、若手選手がちょっとずつ試合に出られるようになるのを見守るのは楽しいもの。去年の都市対抗予選では第一代表を決めるサヨナラタイムリー(←見に行ってないけど)。今年の都市対抗関東代表決定戦、代打で出て意地のタイムリーは忘れません。長谷川卓選手(4年目)来年は長谷川姓が二人になって、球場によってはスコアボードに「長谷卓」「長谷進」などと書かれるのかと想像していたけど実現せず。都市対抗の開幕戦でヤマハと当たったときだから2年前でしたか、スタメン3番で出た長谷川選手は大活躍。嵌ったときはたいへん力強い打撃を見せてくれる選手でした。(あんまりいい写真がなくてゴメンナサイ)西川喬将選手(2年目)まだ2年目だった西川選手。手もとのメモでは公式戦出場は確認できませんが、オープン戦では何度か拝見。代打で出ていきなり長打を打つなど結構打っていた印象があります。(後ろ姿しかなくてゴメンナサイ)以上、月並みですが、皆さまおつかれさまでした。ところで。入ってくる選手が少なくとも8人いるのに、退部される選手は6人。ちょっと少ない。選手から2名、引退してコーチになるってことなのかなぁ。新体制が明らかになるはまた年明けだろうけど、発表がまた怖い。
2008年12月21日
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