*モナミ* SMAP・映画・本

*モナミ* SMAP・映画・本

2010.08.25
XML
カテゴリ:


『おろしや国酔夢譚』  著:井上靖


天明2年(1782年)、伊勢を出発し、光太夫ら17人を乗せた船「神昌丸」は、
江戸へ向かう途中に嵐に遭い、舵を失って漂流中に1人を失いながらも、
8か月の漂流後に、当時はロシア帝国の属領だったアムチトカ島に漂着した。

この島で7人の仲間が次々と死んでいくが、残った9人はロシア人の言葉や、
アムチトカ原住民の言葉を習得しながら、帰国の道を模索する。

漂着から4年後、現地のロシア人たちと協力し流木や壊れた船の古材を集め、
船を造り、カムチャッカ半島のニジネカムチャックへ向かう。
だがここで待っていたのは島とは比較にならない厳しい冬将軍で、
さらに3人を失うのであった。

残った6人は、現地政庁の役人たちと共にオホーツクからヤクーツク経由で、
レナ川沿いにイルクーツクへと向かうが、1人が重い凍傷で片足を失ったため、
帰国が不可能と悟りロシアに帰化する。
また、さらに1人が病死する。

この地の政庁に帰国願いを出しても届かないことに業を煮やした光太夫は、
当地に住んでいたスウェーデン人の博物学者ラックスマンの助けを借りて、
ラックスマンと共に、女帝エカチェリーナ2世に帰国願いを出すために、
ロシアの西の端の帝都、ペテルブルグへ向かった。

数か月後、夏の宮殿でいよいよ女帝への謁見が決定したが…。



ものすごい体験記。
8ヶ月間も海の上で波に揺られていた、というだけでも想像を絶するのに、
やっと陸地にたどり着いたと思ったそこは、まったくの未知の国。
しかもそこは、極寒の地。

慣れぬ土地、慣れぬ食べ物、慣れぬ言葉、慣れぬ文化にとまどい、
次々に病気を患い、凍傷で足を失い、命をも失う仲間たち。

それでも、絶対に日本に生きて帰るんだという強い決意、それのみが、
光太夫を生きさせる。


しかもその頃のロシアでは、日本の存在すら知られておらず。
ロシアのみならず、ヨーロッパ諸国でもそんな極東の小さな島国など、
認知されていない。
島国とすらも知られていない。

それでも光太夫一行がそれなりのもてなしを受けたのは、ロシアが、
他の諸外国に先駆けて、日本のことを知りたい、もしかしたらそれが、
外交や貿易の足がかりとなるかもしれない、という思惑があったに違いない。


そして、そのことにも気付いていた光太夫。
この光太夫という人物がまた、大したもんだ。
冷静沈着で機知に富み、観察力に優れ、何よりもリーダーシップがある。

この光太夫がリーダーだったからこそ、全員は叶わなかったけれども、
生きて日本に帰れたのかもしれない。

いつか日本で役に立つだろう、日本で読むことができるだろうと、
当地で見たもの、聞いたもの、体験したことを細かに記す。
そんな光太夫の心意気がなければ、私たちも知ることはできなかった。

それは単なる旅行記を越えて、当時のロシアのことを知る、
貴重な文献となっている。


何度も日本に帰りたいとの嘆願書を出しているのに、地方の役人じゃぁ、
まったく埒が明かない。
したらば女王陛下に直接謁見を臨むしかない。

当時のロシアの女王は、エカテリーナ女帝。
世界に名だたる女帝陛下と謁見したことのある日本人なんて!

という気負いが、光太夫にはあったのか、なかったのか。
ただひたすら失礼のないように、どれだけ自分たちが日本に帰りたいかを、
熱意を持って素直に伝えるしかない。

その光太夫から見た女王やサンクトペテルブルクの宮殿の様子も、
そこに行ったことがあるので、思い浮かぶようで。

意外に小柄な女王の、その圧倒的な存在感の大きさに、驚いたと言う。


光太夫たちの、今までの苦難に満ちた漂流生活に同情された女王。
そのお陰で、やっと光太夫一行は日本に帰れることに。
もちろん、ことはなかなかスムーズには進まないのだけれど。

ただ日本に彼らを送り届けるだけではなく、何か得なければならない。
日本という国が、ロシアにとって有益なものなのか。
そんな思惑を乗せて、船は日本に向かう。


しかしやっとの思いで帰ってきた日本は、鎖国の真っ最中。
日本人の漂流民を送り届けるために来たロシアの船でさえ、
当惑こそすれ、歓迎されるものではなく。

生まれ故郷だというのに、どこかよそよそしい印象を受ける光太夫。
これならロシアの地にとどまっていた方がよかったかと、思ってしまう。
その辺りが、切ないと言うか。

まごうことなき日本人であるのに、数年異国で暮らしていただけで、
違和感を感じるようになっている自分自身にも腹立たしいだろうけれど、
異国の漂流民である自分たちを、大歓迎とまではいかずとも、
最低限の生活ができるよう、温かく、そして同じ人間として扱ってくれた、
そんなロシアに対し、まるで異形のものを見るような、腫れ物に触るような、
臭いものに蓋をするような幕府の態度がまた、腹立たしかったのだろう。

自分は、故国に帰ってきただけなのに。
故郷に帰りたいだけなのに。

光太夫一行は、その生涯を終えるまで、ついに幕府の囲った場所から、
出ることはできなかったという。
あれほど見たいと望んだ、そのために生きて帰ってきた伊勢の海を見ることなく、
生涯を閉じたと言う。


さて、光太夫は、日本に帰ってきてよかったと、思っていたのだろうか。
ロシアに想いを馳せることは、なかったろうか。


稀有な運命に振り回されながらも、信念を忘れず貫いた一人の男。
すごいことは何一つしていない。
ただ、生きて記していたことが、すごいこと。




『おろしや国酔夢譚』



ランキング
励みになります♪


【参考】
◆井上靖の著書は→  楽天ブックス


本
読了書棚


non_monami_818さんの読書メーター
non_monami_818さんの読書メーター


ラブアイコンホームふきだし ツイッター小.jpg
★そのほか話題の記事はコチラ→ ランキング にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010.09.06 12:45:49


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: