2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1

本日発売のえい出版社バイシクルクラブROAD編集クンのページでは"空気抵抗"を考えています。風が冷たいからこそ感じる空気の流れ、だからこそ、防寒にこだわり、速さを追究。そこで、師匠の今中大介さんに「走りながらジャケットを脱ぎ着するコツ」を教わる両手放しで安定直進、わずか5秒でジャケットを羽織る今中氏に対して、ビッキーは10秒かかっても着れないっ…。初心者ライダーの方、必見です!!あと安田大サーカスの団長さんインタビューもあります。ビッキーよりも自転車通勤に勤しんでいるいい男でした。休日は多摩川へ。羽田空港から走り、ついに青梅市に入る。多摩川沿いを走る多くの人たちと交流しながら、美味しいお店やビューポイントを聞いて走る。↑途中で見つけた多摩川を見下ろせる隠れ家的カフェ。寒い時期は、トマト系のシチューが旨い。走ると何でも美味しく感じるけどね(^^ゞ
2007年02月20日

本日、俺仕様のXL250Rパリダカがほぼ完成!キャブレータのガソリン漏れも修復完了。HONDAのXL系やXRなど3機のキャブのいい所取りで一発始動。高回転までスムーズに回るよう燃調をベストセッティング!外観は'80年代オフ車の宿命だが、リアウインカーはいまの時代デカ過ぎて路駐もままならないので、トラッカー用の中型に。マフラーは激レアの当時物スーパートラップ(中央)と'90年代に入ってからのステンレス製のトラップ(下)を運良く手に入れたのでとりあえず両方とも装着して排気音を確かめる。ステンレスならではの高音も好きだけどやはり単気筒の粘りある音が好きなので選択は黒スーパートラップに。プリンテールが渋い。一見、ノーマルっぽいのも好きだ。そして、ジャワ島で象と旅をしたタマンサファリのステッカーチューン。あえて進行方向と逆向きに象の頭を向けて渋さを追究。うぉ、キマってる(←自己満足)。あとは、プジョー同様にバルブを黄色したら完成。いや、それプラス、大型ライトガードも(すでに入手済み)浮谷東次郎に憧れて~、行くぞ、飛騨高山、春ツーリング!
2007年02月12日

2週間前、中国がとんでもない実験をしていた。衛星に弾道ミサイルを当てて破壊するといもの。実験は成功したようで、約10センチの破片(デブリ)、その数517個が束になって地球の軌道を回っている。スペースデブリについては以前も脅威を伝えた。地球の周りには壊れて未使用の衛星も含めて3万機が回る。ゴミ問題は地球の外、宇宙空間にも広がっているけど、重力のおかげで地球の周りだけだが。何よりも、今回の実験でデブリが北極から南極まで雲状、ISS(国際宇宙ステーション)がその帯を通過する…。↑昨年12月19日にディスカバリー号から撮影された最新のISS~焼けるような空間で10センチの破片が数十枚も当たったら。中国の「後で気づきました」的な仕掛けられた宇宙戦略は困る。<ビッキー的宇宙関連>人工衛星による防衛法中国宇宙戦略
2007年02月06日

昨日は楽しみにしていた美術部の同窓会。高校を卒業してから15年ぶりに逢う人もいるので仕事が忙しい1週間だったけど、ずっとバクバク。19時、千葉の津田沼の顧問の先生宅近くの飲み屋に集合。普通15人も集まれば、1人くらい遅刻してきそうだけどさすが、規律の厳しかった男子校。誰ひとり遅れることなく席が埋まる。テンションも高まる。「15年、顔がわからない人もいるだろうなぁっ」て思ってたけど先輩も後輩も、みんな当時のまま。三十路過ぎてるのに、集まれば、蒼い学ランを着ていた時と、何も変わらない。話し方とか、上下関係とか、すごいね、先輩のひとつひとつの癖が懐かしくてさ。ま、そんな先輩方に、「松田はいまも学ラン着てそうだな」と言われる始末でしたが(^^ゞ。結婚してたり子供がいたり、今度生まれるとか話を聞くとそれでもみんな成長していて大人になってるんだと。15人中、結婚してないのは先輩の野島部長とその次の部長、そう僕だけ。「やはり」と少し笑えたけど。先生は、いまだに現役で、銀座で個展も開いている。ビッキーが進路を決める時、「日芸なら何とかするよ」って言われたけど、レーサーばかり夢見てたから、大学に興味なくて断ったなぁ。そして、親に勘当されている時も連絡をもらって「仲の良い寿司屋に丁稚奉公に行け」と紹介しようとしてくれたり。ほんとお世話になった先生の横の席も30分くらい陣取り、色々と感謝の弁を伝えられて、学生時代は緊張して直視できなかった渋い顔もまじまじと見れて、結婚が遅いことととか、いまの仕事のことなんか聞いてもらって。そんな会話の中、先生が「絵を描いている時の松田は、目の前の物じゃなくて、その奥、先の物の方に目線がいってたんだよ。だから、こいつはどうなるんだろう。どこに行くんだろうって思ってたよ」って、ビッキーの心の奥底にある過去の憶測に鋭い意見を言われた。あ、同じようなことを言う飲み屋の店主を思い出して、見てる人は見てくれてるんだなぁ、と感動したプラス、俺っていまでもそんな性格だなぁと気づかされた。いまでは、男子校だった母校も時代の流れで共学に変わり美術部の9割は女子だという。悲しいなぁ。ラグビーやアメフト場だけでなく、野球場も2つあった男子校だったから、スポーツ推薦で入ってくる連中も多くて。だから、体育会系文化部だった男子校美術部はバスケ部が練習を終えた20時から、終電までバスケしたりテニスしたり、結構スポーツマンだった。先生も「女は何でも笑ってごまかすから、男子校時代の方が良かったよ」と男の真面目さに惚れていたようで。飲みの終盤は美術部の合宿ノリ。年に2回、白馬に行ったり、草津に行ったりしてその期間はずっと絵を描いた合宿。いまのご時世じゃ考えられないけど、時効だからOKか。夜は堂々と酒を飲んで、先輩や後輩と歌ったり、芸を披露したり。恐かった絵の反省会も、用意されたご飯は全部食べろと食べきるまで食べされた朝食や夕食もいまではいい思い出で。合宿以外の話も盛り上がり、文化祭前は絵を描きたくて、部室に泊まって警備員に隠れながら懐中電灯の明かりで夜通し絵を描いたり、暇な時期にも学校に泊まって、夜通し、警ドロをして遊んだり、終電を逃して部室に泊まるのが飽きたら、2時間くらい夜道を歩いて先輩の家にみんなで泊まりに行ったり。いまの巷の高校生より、全然子供だったような、大人だったような、童貞時代の男子校は楽しかった。2次会は神野先生のアトリエ。先に帰ったと思ったら、「部屋を暖めたからおいで」と呼ばれてみんなでお邪魔。アトリエで久しぶり、油絵の匂いに心躍らせて、イーゼルの山にちょっとニヤリとしちゃって、何かを作る楽しさを想い出さされた。先生がアトリエで干していた干し柿を切ってくれて、からすみのような旨さに、みんなで「もう1つ」と学生のようにおねだりして結局、先生の大事にしていた干し柿は4個から、残り2つになっていたりして。「ちょっと豆巻いてくる」と途中で抜け出す先生の姿。「今度、個展呼ぶよ~」って言われて別れてからは、3次会はビリヤード場。高校時代、ビリヤードの師匠だった村上先輩に連れられて、A級レベルの腕になったその実力を垣間見て、思いっきり差をつけられたけど、先輩の大きさに嬉しいような。3時、帰りはみんな大人にタクシーで。今回主催の関君たちと別れて、1こ下の部長柳原くんと浦安まで行って、さよならを。有楽町、浜松町、茅場町と近くでビッキーと同じような仕事をしている千葉先輩や後輩もいることもわかり、今度は新橋で飲み決定、と勝手に計画を立てて。部室ノリでみんなで何か仕事ができたらいいな。
2007年02月04日
全4件 (4件中 1-4件目)
1