九州出身者がつくる九州情報館。

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2018年12月09日
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カテゴリ: 九州の話題
NHK大河ドラマ『西郷(せご)どん』
残すところあと2話となりました。
明治六年の政変がきっかけで政府を辞めて故郷・鹿児島へ戻った西郷隆盛は
私学校 を作り、後進の育成を行っていました。

そんな中で明治政府は元武士である士族に対して 廃刀令 を出したり、
給金を打ち切るなどしたことで士族達の不満が高まったことから、
各地で不平士族の反乱がおきました。
西郷とともに政府を辞めた江藤新平も佐賀の乱を起こしましたが失敗し、


政府は鹿児島でも西郷による不平士族の反乱が怒るのではないかと危惧し、
鹿児島に密偵を送りましたが私学校派に捕まりました。
密偵が持っていた電文を見るとそこには、
『ボウズヲシサツセヨ』 と書かれていました。
『ボウズ』は西郷隆盛の事と思われますが、『シサツ』については
『刺殺』、つまり殺す と私学校派は解釈したのでしょう。

これを受けて私学校で評議が行われた結果、
上京して政府に直接問いただす 事が決まり、
西郷を総大将として出兵 することになりました。

西郷の決起を知った大久保利通は明治天皇に対し、
西郷軍を朝敵として討つ 勅許を得て兵士を派遣しました。
西南戦争が開戦 しました。

両軍は3月に入ると 田原坂・吉次峠で激突 しました。
政府軍は士族で構成される 抜刀隊 を投入しましたが、薩摩出身の者が多く、
寺田屋事件以来の同士討ち

西郷軍は政府軍の猛攻に苦しみ、田原坂の戦いの前に行われた
高瀬(現在の熊本県玉名市付近)での戦闘で、
隆盛の末弟・小兵衛が戦死 しました。
また隆盛の息子である 菊次郎 も戦線の中で負傷し、右足を失いました。

政府軍に追いつめられて西郷軍は九州南部を転々として延岡付近にたどりつきましたが、
隆盛はここで 解軍の令 を出し、出兵の際に着用していた陸軍大将の軍服を燃やしました。

その後いろいろあって今週の放送はここまでとなり、
いよいよ 来週は最終回 を迎えることになります。
西南戦争の行方、そしてその後の動きに就いてどう描かれるか気になるところですね。
それでは、今日はここまで。



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最終更新日  2018年12月09日 20時53分07秒


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