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森の声

森の声

2026.05.04
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日は、


でも本当は59分以上損してるのです。何を損しているのかというと、「感覚と思考とからだの体験」と「物語の記憶」です。だから何も学べないし、充実感も感じないし、記憶にも残らないのです。


と書きました。そしてこれがミヒャエル・エンデの「モモ」という作品の中に登場する「時間泥棒」がやっていることです。

みんな「得をした」と思っていますが、実はみんな損をしているのです。そのように人々をそそのかして得をしているのは、人々から奪った時間をお金に換えて儲けている人たちだけです。それが、時間泥棒の雇い主です。「Time is money」という言葉もそのような人たちが考え出したのでしょう。

私は2月に2週間ほどネパールに行ってきました。飛行機も長かったし、ネパールに着いてからも移動に色々と手間と時間がかかりなかなか大変でした。落ちたら確実に死ぬと思われるような崖のすぐ脇にあるものすごいデコボコ道を、すし詰め状態で何時間も揺られながらの移動でした。
途中何回もヒヤヒヤしました。帰ってきてしばらくしたら、「私たちが通った道で、実際にバスが転落して何人も死んだ」というニュースを聞きました。

ドラえもんの「どこでもドア」があれば、そんな苦労もせず、自分の家から簡単にネパールの村々を回ることが出来ます。2週間もあればネパール中を回ることが出来るでしょう。でもそれは「点の記憶」にしかなりません。線にも、面にも、立体にもなりません。当然、「大切な想い出」にもなりません。「時間の連続性」も「空間の連続性」もないのですから。

苦労したからこそ色々な発見と、学びと、気づきと、出会いがあったのです。そしてまただからこそ、それが「大切な想い出」になっているのです。簡単で便利な「どこでもドア」はそれらの全てを奪ってしまうのです。

子ども達は「ゲーム機」という簡単で便利な機械で遊ぶことで、「仮想空間の中で遊ぶ自由」を得ることが出来ますが、「自分の成長に必要な時間」は失います。
「生きているという実感を感じる時間」も、「自分の命やからだが存在している現実世界と関わり、現実世界での生き方や、現実世界の面白さを学ぶ時間」も失います。


そのような子は、現実世界もゲームの中の世界と同じように扱えると思い込んでいるみたいです。でも、思い通りやろうとして「現実の壁」に突き当たるとすぐに挫折します。時間泥棒によって、「手間暇をかける」「工夫する」「努力する」ということを学ぶ時間と、それに伴う体験と喜びを奪われてしまっているからです。

子どもと買い物などに行くときに、歩いて行けば時間がかかりますが、子どもとお話ししたり、色々なものを発見したり、「子どもとの信頼関係を築く時間」を得ることが出来ます。
そしてその時間は子どもにとっても「自分の成長につながる大切な時間」になります。そしてその時間は「命が生きている時間」でもあります。だから、子どもの心とからだの中に残っていきます。「想い出」としても残ります。

自転車や車を使えば簡単で便利で、時間の有効活用が出来ますが、その「命が生きている時間」を失うことになります。そのため「想い出」として残りません。「子どもの成長を支える時間」も失います。
それはつまり、「命の価値」や「生きていることの意味」を失うということでもあります。





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Last updated  2026.05.04 08:24:52
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