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「期待しない」あり… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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(私のブログはコピー・転載自由です。お知り合いに紹介してください。)
<子育てと幼児教育は総合芸術です>

子どもは丸ごと育ちます。
心だけ育てることはできません。
知性だけ育てることもできません。
言葉だけ育てることもできません。
からだだけ育てることもできません。
とにかく丸ごと育つのです。
ですから、
大人も丸ごと子どもと関わる必要があるのです。
そして、丸ごとの学びが必要なのです。


* * *

私は子どもの笑顔、子どもの笑い声が好きです。
ですから、私は子どもの笑顔見たさに、色々なことを考えたり、活動しています。
キーワードは、遊び、子育て、教育、シュタイナー、感覚、からだ、心、生命、造形、仲間作り。
(シュタイナー的ではありますが、シュタイナーの紹介を目的としたものではありません。シュタイナーに共感した部分で書いています。)

* * *

アマゾンの方から以前文庫本で出した「子ども発見」の改訂版を出しました。
詳しくは、 こちらのブログ をご覧になって下さい。

「わらべ歌」 のCD付き冊子も出しています。
子育て関係 の手作り冊子も出しています。

******

他に 「ネネムの森」 というホームページも運営しています。

これは私が茅ケ崎でやっている子ども対象、大人対象の様々な活動の紹介がメインです。
講演会やワークを主催して頂くときの条件なども書いてあります。
随時生徒を募集しています。 お問い合わせ下さい。

* * *
<出張ワークもやっています>

色んな地域、公民館、地区センターで気質、親子遊び、造形ワークショップ、からだ遊びワークショップ、お母さん達の勉強会(気質、子育て)、幼稚園の先生などの勉強会をやっています。
公民館や地区センタに企画を持っていったり、仲間を集めてお呼び頂ければワークの出前をします。お問い合わせ下さい。
みんな体験型のワークショップです。

検討して頂ける方は 「こちら」 をご覧になって下さい。どんなワークをいくらぐらいで呼べるのかが書いてあります。>

ただし、予算が難しい場合は、状況に応じて相談に応じます。お気軽にご相談下さい。

2025.11.29
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カテゴリ: カテゴリ未分類
現代人は「声による言葉」よりも「文字による言葉」の方を大切にしています。それは、現代人が「言葉」を「情報を伝えるためのもの」として理解しているからなのだろうと思います。
確かに、「情報」を伝えるだけなら、「記録として残りにくい声による言葉」よりも、「記録として残る文字による言葉」の方が便利です。
また、感情的にもならず、事務的に情報を伝えることも出来ます。

「声による言葉」は、話す側も話される側も感情的になりやすいですが、「文字による言葉」の場合は、伝える側も伝えられる側も感情的になりにくいため、「頭」でその意味を処理することが出来ます。また、「言った、言わない」論争も起きません。

また、声には本音が表れてしまいますが、文字化することで本音を隠すことが出来ます。そのため、軽い付き合い程度なら「声」よりも「文字」の方が楽です。

ちなみに、政治家の言葉も、文字化された原稿を読んでいるだけならそれは「声による言葉」ではなく「文字による言葉」です。ただ文字を読んだだけでは「声による言葉」にならないのです。(絵本の読み聞かせでも同じです)
でも、人の心に強い印象を残すのは「文字による言葉」ではなく「声による言葉」の方です。

本来、「言葉」と「声」は一体のものなんです。それは分離出来ないのです。

実際、「文字による言葉」は、「人と人がやり取りするための言葉」として生まれたものではありません。支配者が記録を残したり、命令を伝えるための道具として作られたものです。「言葉」としてではなく「意味を持った記号」として作り出されたのです。



自分の感情について書いても、自分の感情をそのまま相手に伝えることは出来ません。伝えることが出来るのは、「自分の感情について自分で解釈した情報」だけです。

でも、「声による言葉」では、「声」を通して直接「自分の感情」を相手に伝えることが出来ます。自分では気付かない自分の感情まで伝わります。これは文字による言葉では不可能なことです。

「怖くない」と言っていても、「声」を聞くと「本当は怖いんだな」ということが分かってしまいます。文字で書かれただけでは、嘘を付いているのか、本当のことを言っているのか分からなくても、声で聞くと分かってしまいます。
特に、子どもの嘘はすぐに分かります。

「目の前に大きな木がありました」という文字を読んでも、それだけでは聞き手の心に「大きな木」は見えてきません。
でも、読み手が心の中で「大きな木」を見ているような気持ちで「大きな木がありました」と言えば、声を張り上げて大げさな表現をしなくても、聞き手はその声を通して「大きな木」を心の中で見ることが出来るのです。
それが「声の力」です。

その時、声を張り上げて大げさな表現をしてしまうと、意味は伝わりますが、「大きな木」を感じることが出来なくなってしまうのです。

読み聞かせでは「淡々と読む」ということが求められるようですが、これは「単調に読む」ということではありません。「ちゃんとお話の流れを感じながら登場人物が見ているものを見て、登場人物が感じているものを感じながら普通に読んで下さい」ということなのではないでしょうか。

文字は嘘がつけても声は嘘がつけないのです。それが声による言葉の最大の特徴なんです。でもだから、現代人は「(嘘がつきにくい)声による言葉」よりも「(嘘がつきやすい)文字による言葉」を好むのかも知れませんけど。

いずれにせよ、「文字による言葉」は、「声による言葉」とは全く異なるものなんです。補助として使うことは出来ても、代用は出来ないのです。

幼い子どもは「文字による言葉」が理解出来ません。文字を読んであげても理解出来ません。情報としては理解出来ても、言葉として理解出来ないのです。

「頭から出た言葉」は子どもの頭に入ります。でも、幼い子どもはその頭に入った言葉を処理出来ません。「心から出た言葉」は子どもの心に届きます。「からだから出た言葉」は子どものからだに響きます。「感覚の働きから出た言葉」は、子どもの感覚に響きます。そして、幼い子どもでもそれは処理できるのです。

そして、子どもは「お母さんの声」を通して、お母さんの心や、感情や、感覚や、からだの状態を自分の内側に取り入れ、自分の心や、感情や、感覚や、からだを育てているのです。

ですから、子育てにおいては「お母さんが何を言ったか」ということよりも、「お母さんがどういう心と感情と感覚とからだの状態で言ったのか」ということの方が重要な意味を持ってくるのです。

「あんたのためなんだから」と言っても、その声に、「自分を思いやる心」を感じないのなら、子どもはお母さんを疑うようになってしまうでしょう。「優しくしなさい」と言っても、その声に優しさを感じないのなら子どもは無視するでしょう。





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Last updated  2025.11.29 08:08:09
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