全4件 (4件中 1-4件目)
1

「ぼてぽて、今回の東北を巡る旅の一番の目的はなんでちゅか?」ええ、被災地を回って復興支援をすることです。って、全然支援してないんですけどね(^^;「東北で旅行して、たくさんお金を使うことも復興支援、こうして旅日記で紹介するのも復興支援でちゅ!」そのとおり!「そういうわけで、今回は仙台から車で1時間足らずでこれる、名取市閖上地区にきたでちゅ」後ろに早速すごい震災遺構が・・・。「これ、食品加工工場だったみたいでちゅ。おそらく津波で下の部分は全部流されちゃったんでちゅね」そのようだね・・・。 ぼてぽてが東北に来たかった一番の理由。それは被災地をこの目で見ることです。実は4年前、つまり震災から3年後にも一度東北へやってきました。その際は松島から女川を通り、南三陸へ行き石巻に泊まりました。実はその時の写真を石垣島の海に沈めてしまい・・・(:;)ですので、一眼レフカメラで撮影したものが残っていますので、それで紹介していきたいと思います。今回は閖上地区を紹介します。 「仙台から近い、津波被害を学べるところはどこかと調べたんでちゅよ」そしたら行き着いたのがここだったのね?「そうでちゅ。前回石巻には行ってしまったでちゅからね」写真ないけどね(^^;「じゃあ、早速この名取市閖上地区を見ていくでちゅ」うん。っていうか、なるの後ろのガードレールって・・・。 「これでちゅね。津波で曲がってしまったガードレールでちゅ」ガードレールって、すごく丈夫だよね?「車がぶつかるとへこんだり曲がったりするんでちゅけど、ここまでぐちゃぐちゃになるには相当な力がかからないとこうはならないでちゅ」そうだよね・・・。 「ここは“閖上の記憶”という2012年4月22日に誕生した津波復興記念資料館だそうでちゅ」閉まってる・・・。「そうなんでちゅよ。道がものすごく混んでる上に、ぼてぽてが道に迷って時間がかかってしまって、閉館しちゃったんでちゅよ」え~~!!!「しょうがないでちゅ。また今度来るでちゅよ」そういうことだよね。「ちなみにこの閖上の記憶は、旧閖上中学校の入口に建ってるんでちゅって」そうだったんだね。でもとてもここに学校があったなんて思えないや。「更地ばっかりでちゅからね。この建物の中は記帳所になっていて、千羽鶴が置かれていたり、被災情報が展示してあるそうでちゅよ」見たかったな・・・。 「これは津波で亡くなった閖上中学校の生徒さんの名前だそうでちゅ」ここに通っていた中学生なんだね・・・。「胸が痛いでちゅ・・・」うん、たまらないね・・・。 「亡くなったお友達に向けて同級生が机にメッセージを書いたんでちゅね」本当だ・・・。「大切なお友達が目の前で・・・」想像できないよ。 「頑張ってほしいでちゅね」うん!亡くなった友達、家族、ご近所さんの分まで生きてほしいね! つらかっただろうな・・・。苦しかっただろうな・・・。机に触れてもいいかな・・・?「いいと思うでちゅ。亡くなった生徒さんに寄り添ってあげるでちゅ」 机に触れました。きっと、震災の時にはこの机に誰かが着いていたはず。くだらないことで笑ったり、部活で汗をかいたり、楽しいことばかりの中学生時代。一瞬にして奪われたその命を思うと、自然に涙があふれ、しばらく涙が止まりませんでした。 「付近にはこうしたものがたくさんあるんでちゅよ」これはなに?「津波でえぐられたガードレールがあった跡でちゅ」普通じゃない跡だよね。「ここでは普通じゃないことがおこったってことなんでちゅ」 「このあたりはきっと家もたくさん建っていて、たくさんの人が生活していたんだと思うんでちゅよ」そうだよね。中学校があるくらいだから、たくさんの人がここに暮らしていたんだろうね。「名取地区は広い原っぱになってしまっているんでちゅ。縁石の上には、ここに誰かが生活していた痕跡がこうして残ってるんでちゅ」石巻に行った時も、お皿の破片や生活の名残がたくさん残っていたね。 「この場所が津波に襲われた場所だということを知らない人がこの場所を見たら、ただの原っぱって思うでちゅよね」本当だ・・・。なんにもない・・・。「自分の故郷の景色がこんなにも変わってしまうなんて、耐えられないつらさでちゅよ」津波は生活の人の命も、すべてを奪っていったんだね・・・。 「閖上の記憶からすぐ近くに、こうした祈念モニュメントがあるんでちゅよ」お祈りに来ている人も絶えずいるんだね。「なるたちにできることは、津波で亡くなった人たち、またそのご遺族の気持ちに寄り添うことでちゅから」うん。手を合わさせてもらおうね。 何かあると何かをキャッチしてしまうぼてぽてですが、ここでも不思議な体験をしました。 この場所へやってきたとき、一緒にいた友達が気が付きました。「すごい湿気・・・。まるで水の中にいるみたい」 まさに、水の中にいるかのような、ものすごい湿気です。この日は気温は低めでしたが、小雨が降っていました。でも、確かに気が付くと全身にまとわりつくような湿気を感じました。まるで、海の中にいるような・・・。 寄り添ってほしい、そういういわけではないと思いますが、何かを伝えてくれたのかなって、そう思いました。苦しかったでしょう。驚いたでしょう。 大丈夫、閖上のみんなは頑張ってますよ!少しだけだけど私たちも復興に向けて協力します!そう伝えました。 ここでは9メートル以上の高波が街を襲い、16,000戸以上の建物が被害を受け、964名の命が奪われたそうです。 同じ時間、生きていた人間として、この大震災があったことは絶対に忘れてはいけない、後世に伝えていかなければならない、そう思いました。 「この場所は被災者のみなさんの心の拠り所でちゅね」そうだね。子供もたくさん亡くなっているから、きっとかわいいお地蔵さんが小さな魂を見守ってくれているよね。「毎日たくさんの人がこの閖上にやってくるそうでちゅ」夕方なのにこの時間も次から次へとやってきてるもんね。「今は壊れた建物のほとんど撤去され、綺麗に片付いいているんでちゅ。これからは防波堤工事などをへて、この場所は再開発されるんだと思うでちゅよ」もしかしたらもうこの場所に住むことはできなくなるかもしれないけど、それに代わるようなお店だったり何かができて、閖上が再び人がたくさんの場所になるといいな。「人がいないって、さみしいでちゅからね」うん、そうだね。 「勉強になるでちゅね」目で見るって、大事だよね。「震災から6年も経過すると、本当にここが津波に襲われた場所なのかって思うほどキレイになってるんでちゅけど、荒れ果てた地面を見ると、なんともたまらない気持ちになるでちゅ」うん、本当に。「もっとたくさんの人に見てほしいし知ってほしいでちゅ。津波が奪ったものの大きさは、みんな見るべきでちゅ」他人事だとは思わないでほしいよね。そして自分もいつ来るかわからない震災に備えないとって思うよね。「思ったときにやるんでちゅよ」東京に帰ったらやりますよ(^^; 今回の東北旅行の最終目的地はこの名取市閖上地区。行ってよかったです。震災から6年も経っているので、連日報道されていたような震災瓦礫もありません。悲惨だと思うようなもの、ショックを受けるものもありません。あるのは、そこに人が生活していたという歴史と、津波が町を飲み込んだ事実です。是非ご自身の足を運んで、被災地域を見てください。そしていつ来るかわからない震災に向けて、しっかり準備をしてください。 次はさかのぼること4年前に訪れた宮城県の津波被害地域を紹介します。 閖上の記憶 HP → https://tsunami-memorial.org/
2019.01.13
コメント(8)

「お腹空いた」そうだね。お昼にしよう!って、もう2時じゃん!「ぼてぽてが政宗公に夢中になってたら厚切りの芯たん定食が売り切れちゃったじゃん」あ~・・・。それ食べたかったやつ・・・。「仕方ないから普通の牛たん定食でいい」あはは(^^;じゃあそれをいただこうね! 資料館が思いのほか面白かったのでゆっくり見学していたら、すっかりランチタイムを逃してしまいました。そういうわけで公園内にあるこちらの“伊達の牛たんレストラン”でご飯をいただくことにしました。 「塩味と味噌味の牛タンと牛タンシチュー、そしてテイルスープと麦飯です」おいしそうすぎる!「実際すごくおいしいです」うん、おいしいね。仙台といえば牛タンが名物だから、やっぱりこれは食べておきたいよね!「うん。塩はよく味わう味なんだけど、味噌は好き嫌いがあるかな」どちらもちょっとしょっぱいけど、たんが肉厚でおいしいね!テイルスープも牛たんシチューもおいしい!「牛たんシチューのお肉はほろほろと溶けちゃうようだね」その表現がぴったりだね! 「食後は仙台名物ずんだもちだべ!」そうそう!これ大好きなの~!「ずんだ食うなら東北だべ!」そうそう!この程よい甘さがたまらないんだよね~!「親切なお店のご主人が広告を持ってくれたべ!」どうもありがとうございます(^^) このお店のご主人は、ずんだ団子を買うと記念撮影をしてくれるんです(笑)おいしいスイーツを片手に笑顔の写真を撮ってもらえますよ! 仙台のおいしいものをたくさんいただいて、最後の目的地に向かいます。今回の東北旅行の一番の目的である“復興支援”。次は津波被害にあったあの町に向かいます。 伊達の牛たん本舗 HP → https://www.dategyu.jp/shop/伊達の牛たんはここでも買えます。伊達の牛たん本舗 厚切り芯たん130g
2019.01.05
コメント(6)

仙台城址公園を見学して、売店の上になにやら面白そうな場所を見つけたので行ってみました。 「ここは青葉城資料展示館だべ!」ここは入場料を取られたけど、駐車場入るときにもらった割引券で少し安くなったよ。「入場料700円が安いか高いか、しっかり見極めるべ!」そうだね(^^;「まずここがどんな場所なのかだけど、ここは仙台城主である伊達家の色々なお宝や仙台の歴史が学べるんだべ!」そうなんだ。ぼてぽては仙台のことをよく知らないから、これを機にしっかり勉強しよっと。 これは政宗公の鎧?「違うべ。これは仙台藩と他の藩の鎧の違いを紹介しているんだべ」何が違うの?「仙台藩は銅が黒漆塗りの五枚の鉄板で構成されているのが特徴だそうだべ。ちなみに当時にはまだなかった安全性能評価ともいえる具足のJIS規格を設けて、動きやすく安全な具足を作ったのが仙台藩だそうだべ」つまり時代の最先端を行っていた、ということだね? 「あの光が当たっている所が今いる仙台城址だべ」本当に山の上にあるんだね。「山の上にあるからこそ天然の要塞に囲まれて、敵からも攻めにくい構造になっていたんだそうだべ」なかなか考えて造ってありますね。 「政宗公愛用の刀、山城大掾藤原國包の刀、だそうだべ」はい?「やましろのだいじょうふじわらのくにかねのかたな」・・・。「くにかねっていう人が作った刀だべ」ほう。どなたです?「政宗公が惚れこんだ伊達家のお抱えの刀工だそうだべ」へ~!日本刀って、本当に芸術だよね・・・。「よく研がれてるべ」そりゃそうだ(^^; 「これは江戸末期に宇和島の伊達家の姫君がお嫁に行く際に用意された婚礼調度品の化粧道具だそうだべ」漆塗りだね・・・。「よく見ろだべ。伊達家の家紋が入ってるべ」なんていうんだっけ?「竹に雀。仙台笹とよばれているそうだべ」へ~!「この家紋は上杉家からもらったそうで、伊達家は大切に使い続けているんだそうだべ」そうなんだ!でももう一つ家紋があるんだけど、あれはなに?「もう一つは“三つ引き両紋”といって、伊達家ではもっとも長く使われている家紋だそうだべ」え?あの竹に雀じゃなくて?「こちらは源頼朝公からいただいたご褒美の家紋だそうで、由緒ある家紋としてはこちらなんだそうだべ」へ~!「実は伊達家には6つの家紋があったそうで、それぞれをTPOに合わせて使っていたんだそうだべ」そんなに家紋って持ってるもん!?「色々なお殿様から授けられたものだから、それぞれ失礼のないように使っていたんだそうだべ」なるほど。家紋の多さはその家の功績の多さに比例するということだね? 「一番有名なのがこの笹に雀。伊達家って感じだべ」うん、そうだね。 「仙台城には天守閣がなかったから、現存していたら京都の二条城と同じような、こんなお城だったそうだべ」天守閣のないお城って、まるでお寺のようだね。「確かにそう見えるべ。でもここは伊達政宗公が住んでいたお城に違いねぇべ!」 「これは本丸や門。さすがに物見やぐらはあったんだべな」そのようだね。「仙台城は山の上にあるから、城を攻めるまでには急なくねくねした坂道を登ってこないといけないんだべ。だから坂道を上っているうちに気づかれてしまうから敵も攻めてこなかったんだべ」そうだよね。だから太平洋戦争まで現存していたんだもんね。本当にもったいない。 「この資料館ではこうした模型もたくさん展示してあるんだけど、クイズ形式のパネルで勉強できるコーナーや、ミニ映画館のようなところで映像で勉強もできるんだべ!」そうなの?是非見てみたい!「じゃあ行ってみるべ!」 「伊達家の家紋でもある雀の親子がナビゲーターとして、この仙台城や仙台藩、伊達政宗公について教えてくれるんだべ」うん、すごくわかりやすくて面白い!「じゃあ、せっかくだからこの映画で学んだことを紹介するべ」そうしてください(^^)「政宗公はキリスト教を布教させようと慶長遣欧使節を派遣して、初めて日本製の船で太平洋横断を成功させたんだそうだべ」すごい!そうなの!?「でも当時はキリスト教弾圧の世の中だったからキリスト教を布教させることができなかったんだそうだべ」そうだったんだね。「政宗公はお魚が大好きだったそうで、その大好きなお魚を大切な仙台の人たちも食べられるようにとお魚の価格を下げさせたんだそうだべ」それは素晴らしいね!みんながおいしいものを食べられるようにしてくれたんだね!「それから、当時は飢饉などがあったりしたから、人々が飢えたりしないようにと川の流れを変えさせて、ただの土地だった仙台の原っぱを田んぼにしてたくさんのお米を作らせたんだそうだべ」まさに仙台米のルーツだね!「たくさんできたお米はお江戸に送られ、後にお江戸に集まるお米の3分の2が仙台のお米になったそうだべ」へ~!そりゃすごいね! そういえば、伊達男って言葉があるけど、あれって伊達政宗公に関係するの?「その通りだべ。仙台藩は他の藩よりおしゃれで有名だったんだそうだべ」オシャレって?どういうこと?「例えば、戦に行くときの服装を藩みんなでそろえさせたり、またその服装にちょっと差し色を入れてみたりと、当時では考えられない程の服装だったんだそうだべ」へ~!「そもそも、伊達政宗公は子供の時の病気が原因で自らの片目をくりぬいたと言われているけれど、服装はとてもおしゃれで品があって、だからこそ仙台の人もお殿様をまねておしゃれになったんだそうだべ」なるほど~!「つまり、おしゃれで品のある男、イコール伊達男、ということだべ」なるほど!政宗公が後世に残した功績は本当に色々あるんだね~! 仙台の人が愛してやまない伊達政宗公。この資料館で政宗公を知ると、その魅力がなんなのかがよくわかります。仙台の人のために尽くしてくれた政宗公を、是非この資料館で勉強してください!CGシアターでの仙台城復元は圧巻です! 青葉城資料展示館 HP → http://honmarukaikan.com/tenji/index.htmCGで復元された仙台城はこちら → http://honmarukaikan.com/tenji/index.htm#入場割引券もあるよ! → http://honmarukaikan.com/tenji/coupon.htm
2019.01.04
コメント(4)

謹賀新年いつももっちゃんサイトに遊びに来て下さるみなさま、本年もよろしくお願いいたします!今年ものんびりな更新となりますが、ぼてぽてとちびつこたちの珍道中を楽しんでくださいね! 「ホテルから車で30分足らずで山に上にやってきました」けっこう急な坂道を登ってきたけど、ここはなんですか?「ここは杜の都、仙台が誇る仙台城公園です」わ!!それってもしかして伊達政宗さんの?「そうです。でも仙台城址を見学する前に、まずはこちらの神社に参拝します」この神社って、なぁに?「参拝無料のありがたい神社です」ぼてぽてがだいすきなヤツですね。 仙台駅前から車で30分足らず。やってきたのは東北随一と言っても過言ではない名城仙台城が建っていた仙台城公園。ぼてぽてが大ファンの名将伊達政宗公のおひざ元でございます。 わ~~!立派なお社だね!「ここは宮城県護国神社っていうんだって」護国神社?「そう。明治天皇の思し召しによって、明治維新から大東亜戦争に至るまでの戦争で失われた尊い御霊をまつるために明治37年8月に建立されたんだって」そうなんだ。つまり戦没者のための神社なんだね?「そうみたい。ここでは宮城県出身の戦没者だけじゃなくて、福島、新潟、山形の皆さんもいるみたい」東北の戦没者の方がたくさん眠っているんだね。「とはいえ、この護国神社は実は風水的にもすごくパワーがある神社と言われていて、仙台ではとてもご利益のある神社として親しまれているんだそうだよ」そうなんだ!じゃあますますちゃんと参拝しないとね!「ちなみにご利益は“家内安全、安全祈願、商売繁盛、病気治癒”があるんだって」特に安全祈願でお願いします!!無事に東京に帰れますように! 「ちょっとおもいしろいものを見つけたの」え?これってひょうたんじゃない?「そう。なんでこんなにぶら下がっているのかと思ったら、実はこのひょうたんは厄除けなんだって」え~?ひょうたんが?「そう。護国神社で祈祷した人がこのひょうたんをこうして吊るしていって厄除けするんだって」なんだかおもしろい風習だね(^^)護摩木と同じ感じなのかな?「きっとそうだよね。ねえぼてぽて、この護国神社は仙台城の本丸があった場所に建っているんだって」え!?そうなの?「そう。つまり仙台城址にはお城はありません」ガクッ。「でもね、雰囲気は味わえるから行ってみよう」そうだね(^^) 「かっこいいべ!伊達政宗公だべ!」きゃ~~~!!かっこいい!!仙台城と言ったら伊達政宗公!「政宗公と言ったら馬に乗った独眼竜のこのお姿だべ!」そうだよね!!これ、見たかったの!!「さすが仙台藩主だけあって立派なお姿だべ!」本当だね!なんて凛々しいんでしょう(^^)「じゃあ早速ここ仙台城をお勉強するべ!」うん!教えて! わ~~!なんかすごく大きな鳥だね!「この大きな鳥はトンビなんだけど、実はこの塔の上にいたんだべ」え?そうなの?なんで?「実は・・・」 「これは4年前の写真だべ」え?トンビがいない。「東日本大震災でこのトンビも被災したんだそうだべ」え!?もしかして、この下の囲いって・・・。「そうだべ。落ちてしまったトンビがここにいるんだべ」え・・・。「この写真を撮ったのが震災から3年後。まだトンビはそのままだったんだべ」そうだったんだ・・・。 「この塔は戦没者の慰霊のために人々の募金で明治35年に作られた“昭忠塔”という慰霊塔なんだそうだべ」そうなんだ。「塔の高さはトンビを入れて約20メートルで、トンビの翼を広げた姿は6.7メートルもあって、重さも17.5トンもあるんだそうだべ」そんなに重たかったらそう簡単に動かしたり修復したりできないもんね。「そうなんだべ。震災によって高い所から落っこちたトンビはもちろん破損もしてたし、でもそれがこうして今は地面で復活だべ!」うん!立派だよ!またみんなの前に姿を現すことができて本当によかった! 「で、ここは仙台城の跡だべ」本当になにもない(笑)「仙台城は伊達政宗公が1610年に築造してから約270年に渡り代々伊達家の居城だったんだそうだべ。でも明治初期から大正にかけて城の大半が失われて、第二次世界大戦の仙台空襲により完全に焼失したんだそうだべ」なんともったいない!!「広さは日本最大級の2万坪もあったそうだべ」広すぎて想像できない!!さすが政宗公!ちなみにこの仙台城は別名“青葉城”とも呼ばれているけど、それは仙台城が標高202メートルの青葉山の山頂に建っているからだそうだべ」なるほど、そういうことだったんだね(^^) 「ここは大広間の遺構だべ」すっごく広いね!!「この大広間を見るだけでも、仙台城がいかに規模の大きなお城だったかというのがわかるべ?」そうだよね。「ここにそのお城の姿が残っていたら、さぞかし驚きのお城だったんだべなぁ」間違いないね!見てみたかったな~! 「こんな感じだったんだそうだべ」すごい!豪華絢爛!「政宗公は仙台はお江戸に敵意はありませんという意思を伝えるかのように、仙台城に天守閣を作らない、平らなお城を作ったんだそうだべ」そういえば日光東照宮にも政宗公から贈られた鉄の灯篭があったけど、政宗公は家康公に忠心していたのかな?「どうやらそのようだべ。でもそうすることにより幕府から仙台が攻められることなく、平和に暮らせたんだべ」なるほど!仙台藩の人々を守るためにそうしていたんだね! 「仙台城公園ではたまにイベントをやったりしているんだそうだべ」この日もイベントをしていたね。ん?なんかかわいい踊りをしているよ?「あれは仙台すずめ踊りだべ」え!?なにそれ!「宴席で、政宗公の前で石垣づくりの職人さんが即興で披露したその踊りが、えさをついばむ雀の姿にいていて、伊達家の家紋も“竹に雀”だったことから、その踊りがすずめ踊りと言われるようになったそうだべ」へ~!まさかのご縁で仙台の踊りとなったわけだね?「雀は仙台にとってはとってもゆかりの深い鳥ということだべ」 「仙台城公園から見た仙台の街だべ」こう見ると仙台は都会だね!「仙台は“千人が住む高台”という意味なんだそうだべ」え?ここのこと?「そうなんだべな。政宗公は江戸に嫁ぐ娘に、ここから見える仙台の夜景をはなむけにしたんだそうだべ」綺麗だったんだろうね。政宗公は素敵なお父様だったんだね。「とても娘思いの優しい父上だったそうだべ」ますます魅力的だわ、政宗公・・・。 仙台城址は駅から徒歩で来るには遠すぎますが、バスも出ており駐車場もたくさんあります。ぼてぽては見忘れてしまったのですが、仙台城の石垣が綺麗に残っているそうです。見学する方は是非石垣も見学してみてくださいね! 次は同じく仙台城公園で、さらに伊達政宗公の魅力に迫ります!青葉城 本丸会館 HP→ http://honmarukaikan.com/date/index.htm#
2019.01.03
コメント(6)
全4件 (4件中 1-4件目)
1


