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私の母は明治生まれで、そして昔の 女学校 を出ています。
勉強は大好きだったと話していました。成績は上位で、女子大に行きたかったのですが、実現しませんでした。女子大に行った人には女医になった方もいました。
また、東京の広尾にある大きな病院の院長夫人になったかたもいました。
この院長夫人が母の女学校時代の友達だったようです。
そのお友達からハガキがきて、一度お会いしましょう!と書かれていました。
「会ってみたら」というと首をふるばかりでした。とても会おうという気持ちはなかったようでした。
しかし、母のそばにいつもハガキがあり女学校時代を懐かしんでいる様子でした。
口数の少ない母でした。大きな声で怒鳴られ怒られたことがありませんでした。
亭主関白な夫につかえ、我慢強く、いつも何かを考えている様子でした。
母の口癖は 『馬鹿になれ』 『馬鹿になれ』 といつも言っていました。
自分がいつも馬鹿であると思えばどんなことでも耐えられるという信念をもっていました。
この言葉は私のどこかに残っていて、『馬鹿になれ』 の言葉にいつもまでも忘れられません。
長野に来て2ヶ月が過ぎました。
キツイ表情の顔が穏やかな顔になり、いつも私の姿を追って眺めていました。
視力も弱く新聞も読まなくなりました。
起きている時は、毎日、毎日、朝日新聞の天声人語を読んできかせました。
とても喜んでいました。好きな記事だったようです。
ホームページを作るまで April 30, 2013