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2021年06月14日
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テーマ: 働き方(62)
カテゴリ: 病院
​​​​​​​​​​​おはようございます。


今日からは残業を無くす働き方について説明していきます。


残業を無くして早く帰るようにするとメリットだらけです


・仕事中無駄にイライラしなくなったり


・自分の人生について考える時間を持てるようになったり、


・資産運用や読書など新しい事を勉強できる時間を作れたり


・家族との時間を作れたり、家族に仕事の愚痴や不満を伝えなくなった分、家族との時間を楽しく過ごせたり


・夕食の時間や寝る時間が早くなって、健康的になったりと


もうとにかくメリットだらけです







と思っている方に是非見てもらいたい内容です


今回もまた数回に分けて時間をかけて実践できるレベルまで、説明していこうと思います


また、残業で苦しんでいる人達にとっても、どんな職種でも応用できる汎用性の高い話をしていく予定なので、ぜひ実践してもらいあなたの帰宅時間が少しでも早くなってくれたら嬉しいです


今日は私が遅くまで残っていた時にどんなことを考えながら働いていたかと、早く帰れるようになったきっかけを話していきます

__________
残業三昧だった当時の心境


私自身2年ほど前まで慢性的な残業体質で、仕事から帰ってきては嫁に「もう仕事辞める」、「本当にうちの部署はダメだ」と愚痴ばかりこぼしながらいやいや働いていました。



勤務時間は8時30分~17時05分までですが、いつも19時ごろまでは間違いなく残っていたのと色々なイベント前などは準備もあって20時とか下手すると22時、23時台まで残っていることもありました

18時30分くらいまでに帰れたらかなり早いなという感じでした



同じ部屋の中でも同じくらいの時間まで残る人たちが3人ほどいたので、 帰りが遅い人たちに仲間意識を抱いたり 定時時間過ぎてから皆で話す時間こそ本音の話が出来る



それと同時に早く帰っていく人たちを見て、

「こっちはほとんどの時間を相談室以外で過ごしているんだから、暇なら電話を受けた時に要件を聞いて私以外でも出来るような簡単な仕事だったら電話くださいのメモだけおいとかないで代わりにやってくれよ」

周囲に対して色々と不満 を抱いていました



病棟を回ったり患者さんとの面談が終わって帰ってきたときに机がメモの付箋だらけになっていることもしょっちゅうで、それを見るたびに周 りに聞こえるようにわかりやすくため息



一番メンタル的に落ち込んでいた時は朝から自分の職場にいるときは、 自分のパソコンのキーボード回りから顔を上げられず、同じ部屋の人達の顔も見ることなく 一日を終えるなんてこともありました

とにかく周囲の人に対して「なんで俺ばっかりこんな忙しくしているんだ」とマイナスの感情だけが大きくなっていったのを覚えています


患者さんと面談しているときや病棟へ足を運んでいるとき等、自分の職場にいない時の方が気持ちも楽に働けていました



仕事が忙しくなったきっかけは私が担当していた科の医師がもともと2名だったのが、ある年に3人に増えて、その翌年には6人に増えたことで必然的に患者数が増えて、依頼も増えて ケース数が2年で2倍に膨れ上がった ことが原因でした



変化のきっかけ


​こんなぎりぎりの状況の中で働いていたのですが、私が変わらざるを得なくなったきっかけはさらに臓器提供の関係で締め切りの決まった講演会や勉強会の準備をしなくてはいけなくなったことでした


3年ほど前に当院の臓器提供の関係で外部から作家の先生と講師を呼んで勉強会を開催するという新規の事業を夏ごろに開始することになり、加えて同年の秋に複数の医療機関を招いて臓器提供の講習会を当院主催で開催することになりました



両方とも新規事業で、今までは私の部署の所属長と看護部の師長さん二人が立ち上げの時から関わっていたので、所属長が準備の担当師長さんが講師の担当をして二人体制でイベントの準備から講師からやってもらっていました


しかし、ちょうどこの二つのイベントの前年に二人とも早期退職してしまい、今までこの二人にくっ付いて歩いていた私が講師も準備もすべて請け負っていくことになりました


前年の秋ごろから外部講師の依頼や講習内容の打ち合わせ、会場の準備や昼食準備に加えて、自分自身の講師用スライドの作成などを普段の業務に加えて行うことになり


このころの帰宅時間は平均的に20時以降になっていました


それでも自分がやらないと他に誰か助けてくれるわけでもないので直前の1か月は常に9時頃まで残って土日も準備に出勤して何とか準備と発表のためのスライド作製も行っていました

「この二つを乗り越えれば、きっと楽になる」 と信じてとにかく目の前の仕事一つ一つをこなしていきました


そして夏の勉強会の開催と発表も無事に終わり、一か月後の秋の講習会も​​​​​​​無事に開催することが出来ました



「これで一息つける」と講習会が終わったその日は思ったのですが、その 翌日から急に不安に襲われました


今までは毎日のように何かしらの締め切り(外部講師依頼や講師のスライド確認、自身のスライドの提出、弁当の確認、外部講師からのスライド変更の依頼)に追われる毎日だったので、


それらがなくなった時に気付いたのは

​「何も締切がない事で仕事に対するモチベーションや何を目標に仕事をしたらよいかがわからない」​

という強い不安でした



このまま何の締切や目標もないままに続けたら間違いなく、仕事ができなくなる


と強い危機感を持った私は自分自身で目標を作って生きていこうと急に決心したのでした



あれほどまでに「仕事を辞めてやる」と思っていたのに、皮肉にも「このままだ仕事が出来なくなる」と思ったことがきっかけで、ここから人が変わったように行動を変えていくことになります


___________
移植の大きな新規のイベントを二つのこして辞めていった、所属長のSWに対して準備している最中は本当に恨みしかなかったですが(笑)、この二つのイベントに本気で背水の陣で臨んだことがその後の私の人生を一変させる大きなターニングポイントになりました


これまで不満を言いながら働いていた時は、全然追い込まれるような状況ではなかったことにもここで気付くことが出来ました


そして移植のために時間を作らなくてはいけない状況になってから、今まで通りの残業まみれの働き方では時間を作れなかったので、もっと効率の良い働き方は無いかと自ずと考えるきっかけにもなりました


人が大きく変わるためにはある程度追い込まれた状況に立たされて、何かに真剣に向き合う時間が必要であることを辞めていった所属長から学ぶことが出来たので、今となってはものすごく感謝しています


明日は、実際にこの最悪の状況からどのように残業を無くしていったのかを話し





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最終更新日  2021年06月14日 20時40分58秒
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