2008/04/29
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お友達のまき貝さんのところでローズの香りについてコメントしました。

その中で、私の周りの人にローズの香りがわからない人と、ローズが嫌いで嗅がなかったけど、最近克服して「お花の香り」として認識している人がいるというお話をしました。

まき貝さんが「物事の認識のちがい」という風に書いてくれて、なんだかピンときたのです。


私たちって、自分を基準に物事を考えています。
もちろん他人にはなれないので、すべてが自分基準なのは当たり前なのですが、自分が普通なのです。

たとえば音の大きさ。
TVのボリュームも自分が基準。ちょっと音が小さいよ、大きすぎるよってことも、その人の聴力の差から出てきます。
でも、大きい小さいだけでなく、聞こえる周波数の範囲も違うのです。
「聞こえなかったよ」って言うのもウソじゃない。ホントに聞こえなかったんですね。



それを試してみるのは、自分で録音した音を聞いてみてください。
普段の耳で聞いている音とは違い、たくさん雑音が入って、聞きにくいでしょ?
補聴器をつけている方は、これに近い感じで聞こえちゃうそうです。

ありがたいね、あたしたちの耳。

それとおんなじで、視力、味覚、嗅覚、触覚にだって同じことが言えるんですね。

あと、認識力にも。

同じものを見ていても、人によって感じ方が違う。強弱、大小、好き嫌い、見える見えない・・・

しようとする力、しようとしないこと。
しようとしてできる力、しようとしても出来ない事。

みんなみんな、自分を基準に自分より出来るのか、出来ないのかで判断するのです。

「できる人には、出来ない人の気持ちってわからないんだよね。」



好きな事って、自分が出来ること(認識しやすいこと)なのかもしれない。
出来ることと、出来ない事。

時々でてくるアレルギー反応も似てる。

あたしには、人に行けても行けない場所があったりする。
たとえば、改修工事中の店舗。


「ゲホゲホ・・・」と、のどになんか刺さったようにセキが止まらなくなる。
だから行けない。

気圧が低い場所。
富士山の5合目以上は、気圧が低くて立っていられなくなる。くらくらしちゃうよ。
低血圧だからね。

きっと、霊感があるひとってこれに似てるんじゃないかな。

あ、ここには居れない。ヤバイ、嫌い。。。とか。

なんか訳わからなくなってきちゃったけど、ある一定のものに敏感なんだなってこと。

はじめに書いた「ローズの香り」もたぶんおんなじ。

ローズの香りがわからないローズに対して認識しない。
ローズが嫌いでお花の香りしかしないローズに過剰反応、認識しないようにしている。

自分は何が好きで、何に敏感なのかな?って思うと、自然に道が決まってくるのかも。

いえ、別に決めなくてもいいんだけど、道しるべってヤツかな。

最後までありがとう。自分で勝手に納得しました。







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Last updated  2008/04/29 07:49:51 AM
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