成定 竜一~高速バス新時代~

成定 竜一~高速バス新時代~

2011.05.01
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カテゴリ: バス産業
そう、 昨日 書いたように、バスの事業区域を巡る「免許秩序」がようやく確立したころ、高速バスという新しい事業モデルが誕生したのである。長距離輸送である以上、自社エリアの中で完結するはずもない。従来の事業区域の考え方を変えないと実現しない事業が生まれたのだ。

しばらくの間、行政は、国鉄バスや沿線合弁の高速バス専業者に限定して高速バス事業を認めることで免許秩序を保った。平場の路線バスの枠組みによる「相互乗り入れ」路線(新宿~富士五湖など)の高速道路開通による高速乗せ換えが自然発生的に民間の路線バス事業者の高速バス参入を導いたが、相互乗り入れである以上、事業区域が隣接する事業者同士にほぼ限定され、路線数も多くなかった。以上が私のいう「第1フェーズ」である。

やがて「相互乗り入れ」を発展させ「共同運行」そして「クローズドドア」という仕組みを事業者自らが考案し行政に働きかけ実現したことで、路線バス事業者が自ら高速バス事業に参入できる権利と、従来からの免許秩序の両立を可能とした。高速道路延伸ラッシュという急激な外的環境変化が事業者を揺り動かし、事業者自身が主体的に考え新制度を導き出したのである。これが「第2フェーズ」の始まりであり、1980年代前半の出来事だ。

同じころ、北海道では、上記の北都交通の事例が発生している。つまり、国鉄末期の鉄道運賃高騰やサービスレベルの低下、経済成長による都市間移動者数の増加などにより、高速バス(高速道路をほとんど使わない、当時の北海道の都市間バスを含む)の潜在的需要が膨らんでいたことは、全国どこでも同じであった。しかし高速道路の開通という外的変化がなかったこの地では、各事業者も高速バス事業の可能性に目が向かなかった。先にそれに気づいたのが路線バス事業者ではなく貸切専業者であったことで上記問題が発生し、イレギュラーに当該貸切専業者を高速路線バスの免許秩序に取り込む形で収束させたのだ。

そして今、時代は「第3フェーズ」に移っている。法律でさえ、「秩序の維持」をその目的から降ろした。そのことを「行き過ぎた規制緩和」と非難することは簡単だ。だがその前に、なぜ、そのようなパラダイムシフトがバス業界に必要だったのか、考えるべきだ。

いつも挙げる数字だが、1955年(終戦10年後)に約35億人だった路線バス(原則として平場の路線バス)の輸送人員は、その10年後には約100億人に達する。約20年、同水準を維持しバス産業は「黄金時代」を味わったが、その後、急激な減少に転じている。高速バスの世界が、本州や九州で「第2フェーズ」に移行し、北海道で会員制バス問題が発生していた1985年ごろは、約70億人にまで減少したところである。

逆に言うと、輸送人員が「まだピーク時の7割もあった」時代である。そろそろバブルの予兆もあった。たとえバス事業部門が多少赤字化しても、不動産や観光など附帯事業の利益で十分に穴埋めできた。<当時の平場の路線バスの赤字額など、高速バス程度の新規事業で埋めることができたし、そんなことよりも、地域開発などからバス事業者(と、その関係の方々。誰とは言わないが)が得られる利益が大きく期待できたから、内部補助理論をオモテに打ち立て、従来の免許秩序を維持することが大切であった>というのは皮肉が過ぎるかもしれぬが、少なくとも、内部補助に頼ることで公共交通ネットワークを維持することが可能な環境であったから、そうした、ということだ。私自身も、当時、アルバイトとしてバスと出会い、その構図に大いに賛同したからバスが好きになったのだ。

しかし、今日、路線バス輸送人員は43億人である。ピーク時からみると4割に過ぎず、上記1985年の70億人と比べても3分の2だ。<平場の路線バスがだんだん赤字になってきちゃったよ。でも、高速バスという新しい収益源が生まれたし、それで内部補助しておけば、まあ、バス事業者の経営も公共交通も守ることができそうだ>と誰もが考えた25年前から比べても、平場の路線バスの輸送人員は3分の2に減っているのである。当然、その減少分が、まるまる赤字額の増加ということになる。



そんな中、25年前の構図に戻そうとする者の主張には、私は一切同意できない。外の変化に苦情を言うのではなく、内から変えていかないといけないのだ。そんなことを考えていたら、「ニュースター号」は豪快なエンジンブレーキとともに高速を降り札幌市内に入った。

いつもとは違う事業者の高速バスから降り立つ札幌の街は、しかし、いつもと同じ清冽な風が吹いていた。ただ、この地のバス事業者や観光産業の関係者から聞く話は、東北と同様、厳しいものばかり。私自身、ホテルも帰りの飛行機も前回の出張の半額で手配できたのは、その厳しさの裏返しだ。一方、そんな中でお会いしたある人の言葉が忘れられない。<厳しい今こそ、本来あるべき姿を目指し、北海道の観光産業が方向転換するチャンス>。そうだ。私も、妥協せず、バス産業のあるべき姿を追求しよう。心の中であらためてそう誓った時、北の都の透明な風が、もう一度私を追い越して行った。





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Last updated  2011.05.01 10:30:53コメント(0) | コメントを書く


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京帝117@ ご参考まで この度 K電鉄バスの取締役安全技術部長に…
京帝117@ 残念でした 他にメッセージをお送りする方法を知らな…
成定竜一@ Re[1]:中央高速バス~ふたつの路線~(02/24) 京帝117さん、コメントありがとうございま…
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