北日本で厳冬の中、破綻した夕張市では手作りの成人式が行われました。
予算がないとのことで全国からカンパされた230万円で、つつましく思い出に残る式を上げられた新成人・・・(それも全部使うのではなく、来年以降の成人式に繰り越すそうです。)
彼らはこれからの人生の荒波にもきっと立ち向かってくれるでしょう。
最近は小中学校でも福祉や人権問題に授業時間を割いて講和などが行われています。その中で障害者や高齢者などの擬似体験が結構あるようです。
目の不自由な方の体験としてアイマスクや白い杖、足が不自由な方の体験に車椅子、高齢者体験に腕や足に重りをつけて行動力が落ちる体験・・・
この中で唯一体験できないものがあるそうです。何だと思いますか??私も知らなかったけれど、私自身の障害でもある難聴なのです。
自分自身、活動をするまでは自分の置かれている立場、疑似体験に難聴だけできない・・ことを全く知りませんでした。これを教えて下さったのは要約筆記会長Yさんなのですが、人間の耳はどんなに塞いでも全く聞こえなくすることはできないそうです。
私も人工内耳を外したら今でも全く音の無い世界です。どんなに大きな物音がおきても全く聞こえないので難聴障害に変わりはありません。
それで時々講和のとき、「テレビの音を消して画面だけ見て下さい。私たち難聴者の日常生活は、それが当たり前なのです」と話します。
皆さんは音が全く入らないと生活感覚がつかめなくて不安でしよう??何の音が一番聞きたいですか?
私は生活音もさることながら、人の話し言葉です。
外に出たら、車の音が聞こえないと不便ですが、歩けない事はありません。
でも会話が聞こえないと人間として生きている証が絶たれたように感じます。
動物と人間が違うところは、会話がある・・ということです。
人間は聞こえて初めて「嬉しい、悔しい、悲しい、ありがたい」などの感情が湧き起ってくるのです。その感情があるから生きている・・と実感できるのです。
この頃人工内耳でテレビの話し声も理解できるようになりました。
人の話し声って、凄い・・と感嘆しています。
台詞ひとつ取っても、字幕で読めば内容はわかるのですが、台詞や話し言葉のイントネーションで心の動きまで表していることを新発見しました。
言葉の力って凄い!!また、いろんな方との会話でも、小さな言葉の綾が感情を出していると、つくづく思います。人は人と関わってこそ人間らしく生きていけるのです。これらはすべて聞こえるからこそ・・・の感情です。
またどうしても、聞こえない、話せない人にとって手話という素敵な言葉もあります。でも中途失聴者にとっては、やはり聞こえて話すことが自然なのです。
たまにはテレビの音を全て消して、見てみませんか?こんな不便な生活をしている方のこともわかって欲しいです。
音の無い世界・・音のある世界・・・両方体験した私としては、もう音の無い世界に戻りたくありません。少なくとも会話ができる世界にいたいのです。
何の障害でも当事者にならないと本当の辛さはわかりません。
でも、いろんな障害の人がいて当たり前・・の社会にしたいと思います。では また・・