思想悩労。

Jan 5, 2005
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病室のベッドから見える景色は

『退屈』そのものである。










白を基調とした部屋は

患者に余計な刺激を与えない為、だろうけれども

その色気の無い景色が『退屈』を更に加速させる。

山の様に積まれた雑誌を手に取り、

ぱらぱらと頁をめくる。

すぐに閉じて掛け布団に放り投げる。





― ヒマ、だ。 ―





特に、体調が悪いわけでは無くて、

ただ、左足に不自由があるだけである。

それなのに。

あと2週間はこのベッドに縛り付けられる。

いや、正確には

病院内を歩くことは出来るのだけれども

陰気な顔をした患者にしか

出会えない廊下を歩くのは

気が進むものでは無い。










ヘッドフォンをつけボリュームを上げる。

このCDにしても、一体

何度聞いたか分からない。





いやに時間が経つのが遅い。

遅い。

遅すぎる。

ベッドから降りて、松葉杖に手を伸ばす。





― 体だけでなく、心まで鈍ってしまいそうだ。 ―





隣の病棟の1階には図書室があると、

そう聞いていた。

病院の図書室なんて、陰気なイメージが

更に強くなる気がして、どうにも敬遠していたものの

これ以上ベッドの上に居たら

元気な筈の体や頭が病んでしまう気が、した。










エレベーターを降りて、すぐ右手。

気難しいベテラン看護師から

そう聞いた通りに、図書室が目に飛び込んでくる。





― 想像以上に広いし、明るくて綺麗だな。 ―





素直な感想。

率直にそう、思った。

病室とは比べ物にもならない。

内装だけ改装したのだろうか。

薄汚れた病棟の一角のそこは

新しいクリーム色の壁と天井、

薄いグレーと赤のカーペットに囲まれ、

とても同じ建物の中とは思えない程

小綺麗なスペース。

心なしか照明も明るく感じる。

本棚の数は、矢張り、そこまで多くは無いが、

それでも間に閲覧用のテーブルを挟んで

身の丈ほどの棚が10は並んでいる。

雑誌もあるようだし、割と新しい読み物も

読むことが出来る。





― これは、いい場所を見つけた。 ―





早速、数冊の本を手に取り、

閲覧用のテーブルの奥に見つけた

ソファのコーナーに移動した。










ソファに座ると本棚の死角になっていて

入り口からは見えなかったが、

2台のパソコンが並んでいて、

『インターネットコーナー』と書かれた

プラスチックのプレートが

目に入った。





― インターネットも、あるのか。 ―





いよいよもって

これは良い。

良い暇つぶしになるじゃ無いか。

手に取った数冊の本を病室に持ち出す手続きを

手早くとり、

『インターネットコーナー』に向かう。





と、そこに。

先程までは居なかった人影が見えた。

車椅子に乗った、小学生くらいの少女。

今の世の中、小学生がパソコンに触るのは

珍しくも何ともないが、やけに気になる。



と言うのも。



彼女は、ブラインドタッチで

黙々とキーボードを叩き続けていたから。

中々、この歳でここまでキーボードを打つことは

出来ないだろう。

彼女はディスプレイをじっと見据え

黙々と、ただ黙々と

キーボードを叩き続けた。





横のパソコンの前に座り、

なんでもないページを、ぼんやりと眺めていたが

矢張り、隣の少女が気になる。

余計な事を、と思いつつ

好奇心を抑えることが出来ずに少女に声を掛けてしまった。





「何をそんなに、一生懸命に打っているの?」





彼女は、ビクッとしたように手を止め、

ゆっくりコチラを向いた。

明らかに警戒した目。





― 悪いことしたな。 ―





瞬時にそう、思った。





『いや、良いんだ。余りにも一生懸命だったから気になって。

  でも、気にしなくていい。続けて続けて。ゴメンね。』





そう、告げて

自分の前のパソコンのディスプレイに視線を戻した。





「日記を、書いているの。」





横から、小さく声が聞こえた。

再び少女に目をやると、

彼女はディスプレイに向かい、キーボードを打ち続けていた。

そのまま、口を開く。





「日記をね、書いてるの。」



『日記?』



「うん、日記。」



『そう、なんだ。でも入院してたら書くことも無いんじゃ?』



「ううん。だから、書いてるの。」



『どういうこと?』



「私は、毎日学校へ行くの。友達と一緒に授業を受けて、遊んで。

 今日は理科の実験をしたの。」



『え・・・?』



「私は入院してなくて、元気で、毎日学校へ行って・・・」






そこまで聞いて理解した。



彼女の書いている『日記』は

本当の彼女の毎日を綴るわけじゃ無い。

『病院から出れない自分の日記』ではなく、

『元気に暮らしている自分の日記』。

聞けば入院してずいぶん経つ、と。

それで、彼女はいつからか

健康な自分が普通の小学生と同じように

学校へ通い、勉強して、遊んで・・・

という自分を『想像』し『日記』として

残している。



そういうことらしい。










『早く、治るといいね。』





自然にそんな言葉が口をついた。

素直に、そう、思った。





― 彼女が早く治って『日記』と同じ生活を送れるように。 ―





そう願わずには居られなかった。

彼女はキーボードを打っている最中だけでも

『元気な自分』になれる。

そう見えた。










思えば、あの、思わず口をついて出た言葉は

彼女にとっては

ツライ言葉だったのかも知れない。

けれどその時は知る由も無かった。










彼女の体を蝕む病を。

そして、

彼女の命があと、どれだけ残っているか、を。






to be continued >>>
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Last updated  Jan 9, 2005 03:49:00 AM
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