朝、ジュニアが起きてこない・・・・
心配になって起こしに行ったら、「お父さん・・・今日から休みだよ!」
忘れてました。
インフルエンザのために「学校閉鎖」です。
でも、ジュニアは知りません・・・・・冬休みが短くなることを・・・・・
それでは続きをどうぞ…・・
《歌手になるつもりが・・・(5)》
その日の夕方・・・・たまたま練習予定日だったらしく、私は教育学科の音楽教室に来るよう指示された。
入ったことのない建物・・・・・
殺伐とした土木工学科の建物とは違い・・・・どことなく華やかな雰囲気・・・・香りそのものも違う。
音楽教室は3階にあった。
ドアを開けると・・・・少し広い・・・廊下のようなスペースがあって・・・・その廊下の左側は防音設備の整った「ピアノ練習室」が6部屋・・・・右側が高校時代の教室の倍はあろうかという「音楽室」だった。
コーラスの全員練習の時は「音楽室」を使い・・・・パート練習の時は「ピアノ練習室」での練習となる。
私は人声のする「音楽室」の重いドアを開けた。
「わーっ・・・・」
この時きっと声を上げたに違いない。
そこにいたのは・・・・女性、女性、女性、女性・・・・
まだ練習時間開始まで時間があったので、おしゃべりの時間のようだ。
しかし、私という存在が・・・・その華やいだ声を一瞬止めた。
「あのう・・・・・Sさんから入部を進められて・・・・」
私がそこまで言うと、中でも一番偉そうな・・・・色白で背の高い美人が、私の目の前に一歩踏み出してきた。
一瞬、「キリン」と感じられるような・・・・・首の長い美人だった。
「今ね・・・・ソプラノのパート会議やってるの・・・ちょっと出て行ってくれないかな?」
あっという間に追い出されたのだが・・・・ドアを出たとたん・・・・そこにも少し丸い感じの女性が立っていた。
「君?・・・・一年生?・・・・入部希望者?」
さっきの「キリン」に対抗して「子だぬき」・・・・そんな感じの女性だったが、丸い分、少し優しそうに思えた。
「ハイ・・・・お昼に部室に行ってO坂さんという方とSさんに入部を勧められました。」
「そう・・・うちは男声が少ないから願ったり叶ったりよ・・・中に入らないの?」
「あのう・・・入ったらソプラノのパート会議だから出てくれって言われて・・・・」
「また、N田さんね?・・・・しょうがないわね・・・・せっかく貴重な一年生が入部してきてくれたっていうのに・・・・」
でも、この「子だぬき」さんは、「音楽室」に入ろうとしなかった。
「君?・・・名前なんて言うの?」
「ナイトって言います。」
「そ、じゃナイト君・・・・パートを決めるために音域を見てあげるわ?・・・ついてきなさい。」
私は言われるままに、彼女の後を追って1番の「ピアノ練習室」に入った。
年上とはいえ・・・女子大生と二人っきりで狭い部屋に・・・・・胸の動悸のメトロノームのリズムが、狂ったように早打ちを始めた。
「声を出してみて?・・・アって発音で良いわよ?」
彼女はピアノの伴奏を始めた。
「♪あ~あ~あ~あ~あ~~~」
ピアノの音程を上げ下げしながら・・・・彼女は私の声を聞いている。
「君、・・・かなり高音も出るわね?」
「あ・・・そうですか?」
「低い方は・・・あまり低音は出ないけど・・・柔らかい音色だし・・・テノールの方がいいかな?」
「いや・・・あのう・・・・」
さっき部室で「Sさん」と「O坂さん」に「バスパート」だといわれたことを・・・言いそびれてしまったが・・・・
「君?・・・・コーラス経験者?」
先に質問されたので・・・・「そうです」と答えた。
「じゃあ・・・音域を調べる必要もなかったわけだ」
そう言うと彼女はピアノの席を立った。
「ピアノ練習室」を出ると・・・・そこには「音楽室」に入れない15人ほどの女性と、10人ほどの男性が立っていた。
小柄な一人の・・・・ラフだがおしゃれなスタイルの男性が近寄ってくる。
「君がナイト君?・・・・O坂から聞いたよ・・・土木科の先輩たちのことは気にしなくていいよ・・・俺が何とかするから・・・・・俺、部長のA山・・・よろしく!」
かん高い早口のこの男性が・・・・「右翼の大物」の息子・・・・部長の「A山先輩」だった。
「よろしくお願いします」
私はぴょこんと頭を下げた。
それをニコッと笑って答えてくれた「A山部長」・・・
「さあ・・・もう練習時間だ・・・・音楽室を明け渡してもらうぞ?」
ドアをあけ・・・・先ほどの「キリン」にそう言った。
しかし、「キリン」は・・・・先ほどの険しい顔をさらに険しくして・・・・
「部長・・・お話しがあります!」
部長にかみついたのである。
「先に練習だよ!・・・若い女の子が多いんだから・・・・早く練習を終わらせて、その女の子を返してから、君の話しを聞こう・・・・とにかく体操を始めてくれ!」
一人の男性部員に命じると・・・・部長は自分の腰をゆっくりと回し始めた。
準備運動担当の部員なんだろう・・・・みんなの前に立つと・・・・
「それでは、まず軽く首や腰を回してください」
各々が首を回したり腰を回したりして準備運動・・・・
「それじゃ体もあったまったし・・・・次は発声練習を行います」
その時、遅れて・・・「O坂先輩」と「Sさん」が入ってきて・・・それで思い出したように、部長が声を発した。
「あ・・・・さっきから気になっていると思うけど・・・今日から入部したナイト君だ。・・・パートはバス・・・・みんなよろしくね」
私を紹介してくれたのだ。
「さあ、自己紹介してくれ」
部長は私を促す。
「青森県出身、青森高校卒業・・・・土木工学科一年・・ナイトと申します。よろしくお願いします。」
少しざわついて・・・・中には「土木科だって…いやねえ・・・・」という声も聞こえる。
やっぱり、同じ学内の人間でも「土木工学科」は野蛮な学科だと思われていたらしい。
つづく
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