色っぽいシーンにとうとう突入してしまいました。
「突入」っていう言葉を使うことさえ、なんとなく気恥ずかしいような・・・
それでも突入してしまったものは仕方がない。
早く次の場面に転換できるよう・・・順番通りなら「駄洒落」を書くところですが、このママ「小説もどき」を続けましょう。
《歌手になるつもりが・・・(27)》
「お姉ちゃん・・・・来るなら来るって前もって言ってよ・・・急に来るんだもんなあ」
大家さんの家の前を通る時に・・・私はわざとこう言った。
「だってお母さんが・・・ちゃんとしてやってるか姉として見てきてちょうだい・・っていうんだもの・・・しょうがないでしょ?」
「キリン先輩」も調子を合わせ、姉としての演技をする。
その声は大きくもなく・・・かといって小さすぎもせず・・・ごくごく自然に聞こえるように会話をしているつもりだった。
しかし途中・・・はっと思いだす。
大家さんは私が青森出身だということを知っている。
その青森出身の姉弟が・・・・標準語で会話しているのはおかしい。
ここまで来てしまえば、・・・明日の朝問い詰められたとしても、しらばっくれるか開き直るしかしょうがないと覚悟した。
私のアパートは・・・総2階建てで・・・・上に3室、下に3室・・・・計6室のアパートだった。
その一階の一番手前が私の部屋である。
出来れば誰にも見られたくないという思いから、ポケットにある部屋の鍵を探し出す手ももどかしい。
ようやくの事、ドアをあけ・・・「キリン先輩」をドアの中に押し込んでおいて・・・すぐに私も中に入りドアを閉める。
そのために40センチ四方の小さな玄関口で、二人がピッタリと密着して立つことになった。
つまり、「キリン先輩」の背中に私の胸が・・・・
彼女の細長い、真っ白な「うなじ」が私の目の前にあった。
「ゴクン!」
生唾を飲み込む音が、彼女に聞こえそうな気がして・・・その反動からか思わず彼女の肩を抱き寄せ・・・そのうなじに私の唇を這わせようとしたのだが・・・・この時、彼女の肩が微妙に震えているのを感じた。
その震えがかすかに上ずった声とため息になって・・・彼女の口から洩れた。
「部屋に上がっていいの?」
しかし彼女は・・・私の返事を待たずに靴を脱ぎ・・・ふらつくように部屋に上がってゆき、私は玄関に立ったまま呆然と見送っていた。
私の部屋は、玄関からすぐにキッチンがあり・・・・右奥のガラス戸に隔てられて居間兼寝室となっていた。
「キリン先輩」がガラス戸を開けっ放しにする。
「あ、蒲団が敷きっぱなしだ!」
私は慌てて後を追いかけたのだが・・・彼女はその蒲団の乱れも気にせずに・・・・テーブル代わりに使っているコタツのところで座り込んでいた。
なにも言わないまま・・・ただじっと坐っている。
「あ・・・紅茶でも入れるよ」
キッチンに立ったままの私は・・・そのまま振り返って薬缶に水を張り、ガスコンロに火をつけた。
沈黙が数分続き・・・・彼女がポツンと一言つぶやいた。
「寒いね?・・・」
「そうかな?」
「寒いよ・・・・」
「コタツのスイッチ入れなよ」
短い言葉のやり取りが続いたが、いつもの彼女の声とは違うように感じた。
出来るだけ冷静でいようという気持ちからか、ゆっくりと・・・しかも声のトーンがいつもより一段低い。
私自身も少しおかしかった。
玄関先で・・・・彼女の首筋に唇を這わせ損なった気まずさから・・・・「キリン先輩」の目を見ることができなかった。
薬缶から湯気が噴き出すのをじっと見てた。
しかしそれは彼女も同じようで・・・・・お互い、背中越しの会話が続く。
「ねえ・・・あたし待ってたのって迷惑だった?」
「イヤ・・・嬉しかったよ。」
「驚いたでしょ?」
「ああ・・・とっても・・・」
本当に短い会話の連続だった。
ほどなくして薬缶の注ぎ口から、湯気が勢いよく噴き出し始めたが その時になって・・・初めて・・・うちには大きなマグカップが一つしかないのに気付く。
(しょうがないな・・・そのうちもう一つカップを買おう・・・・とりあえず、今日は先輩に飲んでもらおう)
そう思い、そのマグカップにティーバッグを一つ放り込みお湯を注いだ。
「・・・紅茶できたよ・・・」
「じゃあ、ケーキの用意をするね?」
彼女は座ったまま手の届く範囲のところにある茶ダンスから・・・・皿をふたつ取り出しケーキを並べるが・・・・うちにはカップもなければケーキ用のフォークというシャレたものもなかった。
「ごめん・・・今度来る時まで、カップとかスプーン・フォークを買っておくよ。」
その時になって彼女は・・・私がマグカップ一つだけを持って立っていたのを見つけた。
「あれ?・・・・あなたのカップは?」
「ああ・・・良いんだよ・・・うちにはカップが一つしかないのを、今思い出しちゃって。・・・・」
その言葉に・・・「キリン先輩」は声を殺しながらも、愉快そうに笑った。
「そう・・・今気付いたの?・・・でもあたし一人飲んじゃ悪いよ・・・あなたが飲んで?」
ホントに気の毒そうな顔をする。
私はカップをテーブルに置くと・・・彼女に気を遣わせないように・・・
「良いんだよ、・・・カップが大きいんだから、君が先に半分飲んだら、残りの半分を・・・君が口をつけたところから飲むつもりだからね」
ここでもう一度・・・また彼女が笑い・・・私はその笑顔を楽しみながらコタツの、彼女の隣の席に足を滑り込ませた。
その時のタイミング・・・・
コタツ布団の中で・・・私の指が彼女の膝に触れてしまった。
反射的にその指を払いよけようとした彼女の手もコタツ布団の中に・・・・
私はその手をグッと握り締めてしまったのだ。
そしてさっきまでお互い、目も見ることができなかった二人が・・・今はしっかりと見つめあっている。
しばらくの沈黙の後・・・・・先に「キリン先輩」が声をかけてきた。
「紅茶・・・・一緒に飲もうか?」
「どうやって?」
「こうやって・・・」
それは口移しで飲ませようとする仕草だったが・・・・彼女の形の良い唇は・・・・一滴の紅茶もこぼさないほどピタッと・・・私の唇を塞いだ。
紅茶なんて一滴も含んでいない口なのに・・・・・
続く
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