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23日の月曜日、ダイビングを一緒にしているKさんと、一緒にランチを食べた。月曜日はいつもはプールは休みだけれど、祝日で開いているので、終わってからプールへ行く予定で用意していた。ランチを食べた後、コーヒーは寿というおうちカフェへ行くことに。Kさんが、知り合いにシャンソンのコンサートをすると聞いていた。狭いお店だから、入れなかったらプールに行くことにした。行ってみたら、どうぞどうぞと言う雰囲気。離れた場所から見させてもらうことにした。シャンソンの教室の発表のようで、10人ぐらいの生徒さんたちが、順番に先生のピアノに合わせて歌っていく。聞き覚えのある懐かしい曲も多かった。左上の女性はフランス語で歌っていた。熟年女性けれど、ベレー帽をかぶり、パリジェンヌのような雰囲気だった。右上の男性は黒一点。90歳近いらしく、背中も曲がっておじいちゃんの感じだったけれど、歌声は若くて声量があってダンディーで素敵。もう習ってないけれど、コンサートだけ出てくれるのだそう。2巡して、最後にこの方が「愛の賛歌」を歌った後、先生が弾き語りで数曲歌ってお開き。この日はとっても暖かい日で、お店の中にはお雛様が飾られていて、春を感じたひと時だった。私たちの横に座ってた二人の女性は、まだ習い始めたばかりだという。一人が歌っている時に、もう一人の人がビデオを撮っていたけれお、その人が歌う時には戻ってこれなかったので、私がビデオを撮ってLINEで送ってあげた。一緒に習いましょうよ、と何度も声をかけてくれた。以前、音楽と私というブログを書いたことがあるけれど、中学生の頃、シャンソンの曲を何曲か覚えたことがある。帰ってきてから、Youtubeで何曲か聴くと、去年亡くなった兄が歌っていたのを思い出して、すごく懐かしくなった。シャンソンを習いたいなあと思うけれど、教室は家からかなり遠いので無理だろうな。ところで、この寿と言うお店。個人のお宅を喫茶店にしていて、とっても素敵な雰囲気で、今までも何度か来たことがある。右上(ステンドグラス)右中(パッチワーク)右下(鋳物)下左と下中の2枚の習字作品は、私が習っている習字講座の先生の作品。こんな風に、いろんな作品の展示会場になったりもする。午後0時から5時までしか開いていないけれど、秘密の隠れ家のようなお店だ。
2026.02.26
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昨年9月にダイビングに行くのに、ウェットスーツを着てみたらキチキチ過ぎて、自分一人では着れないので、体重5㎏減、ウエスト10㎝減を目標にダイエットを始めたのが7月。9月には目標を達成して、ダイビングに自分のウェットスーツで行くことができた。11月までは、インストラクターのパーソナルトレーニングも時々続けていて、間食やお酒の習慣もほとんどなくなっていて、結局体重は-7㎏。パーソナルトレーニングや、最初のダイエット食の費用に10万円ぐらいかかったので、ダイエット費用は、1kg痩せるのに1万5千円と言っていた。それが年末年始で、ちょっとお酒やお菓子を食べだして、でも、またちょっと気を付けると元に戻って、と言う感じだったけれど、1月に入ってから、いろいろ食べたり飲んだりする機会が多く、ちょっとずつリバウンドしてきている。始まりは、1月18日の、おもちゃの修理隊の新年会。このお料理で、飲み放題。おもちゃの修理隊に、一昨年から友だちが一人加入して高校の同級生4人。最初はビールで乾杯したけれど、彼女が飲んでいるワインが美味しいと言うので、途中から私も飲みだしたら、本当においしい。最後お店を任されていたのが、アルバイトのような若い男の子。飲み放題のタイムアウト直前に、デカンタに入れて持ってきてくれた。ダンナが迎えに来てくれて、友だちも送ってくれることになっていたので、気分良く酔わせてもらった。おもちゃの修理隊の後は、いつも同級生4人でランチしている。先日の、2月18日は、その4人に同窓会の幹事になった2人が加わって、男女6人で居酒屋で飲み会。写真を撮り忘れたけれど、おしゃべりも弾んで、よく食べて飲んだ。高校の友だちとのつながりも割と頻繁になるけれど、中学校の友だちとも最近は多い。演劇鑑賞会に入る人も増えたけれど、それ以外にグループLINEが広がっている。1月24日には、遊び場という持ち込み自由のカラオケルームを借りて、オードブルやおつまみ、お寿司にお酒なども持ち込んで新年会。写真をAIで加工して送ってくれた。中学校の繋がりが、始まったのが1023年の4月。当時は6人だったけれど、今はLINEメンバーも13人に増えている。これだけじゃなく、美味しいものを食べる機会も多くて、今1.5キロぐらい元に戻ってきている。でも、美味しくて楽しいのは幸せで、頑張れない。ダイエットって気合がいるなあといつも思う。美味しい料理の写真をアップしようと思ったけど、それはまた今度。
2026.02.22
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懐かしい二人が帰って来た。一昨日(2月16日)に観た演劇は、劇団NLTの「OGⅡ」2022年に観た「OG」のその後の二人。観劇の予定が発表されて、とても楽しみにしていた。<あらすじ>2016年、思いがけずネット上で動画がバズり、オールドガールズ「O.G.」として一躍スターになったスミ子とカズエ。キャバレーで38年間、鳴かず飛ばずで歌い続けてきた2人の夢は、ついに叶ったかに思えた。しかし、あれからの年月、運命はなおも2人を翻弄した。世の中は「O.G.」を忘れ、今やカズエは失踪? スミ子はひとり、熱海の地に流れついていた。もう、あとは老いていくだけの“消化試合”の人生なのか。あれほど身を焦がしてきた「歌」への想いは、もう遠くに行き去ったのか。そんな時、スミ子のスナック「ミラクル」に、不意にカズエが訪れた。突然の再会によって、運命の時計はふたたび回りはじめる・・・今回も、期待通りすごく楽しい舞台だった。まず幕前に出てきたのは、今回も松尾。前回は新宿歌舞伎町の、OG二人のキャバレー「ミラクル」のボーイだったけれど、その後二人のマネージャーをして、今は運転手。舞台の上の方には、熱海駅の映像があって、熱海の観光案内などをしながら、今回も会場を盛り上げていく。熱海でスナックを一人で経営するスミ子。でも、そのスナックには、OGが活躍していた頃の懐かしい衣装やトロフィーなど。そこへ、カゾエがやってくる。初めはぎこちない二人。でも、次第にyoutubeでバスった後の二人のことがわかってくる。Youtubeでバズったのは2016年。そこから二人はヒットを飛ばして紅白にも出た。でも、スミ子は認知症を患っていた夫の介護で忙しくなり、カズエはホテルを経営する若い男性と結婚し、ドバイへ行きコンビは解消してしまう。でもコロナがやってきて、ステイホームの時期が始まる。スミ子は夫の身体にいいだろうと熱海に引っ越したけれど、夫は施設に入って会えない間に認知症がひどくなり、コロナから肺炎になって亡くなってしまった。カズエの夫も、ホテル経営が上手くいかず、結婚相手が浮気して離婚。ひっそり日本に帰ってきて、スミ子の故郷の岡山に住んでいた。介護にコロナ、私たちの年齢には心に響くことばかりで、どんどん劇の中に引き込まれて行った。でも、二人とも寂しかった。一緒に歌いたいと思っていた。少しずつ、ハーモニーを合わせていって、心が一つになった。と思ったら、カズエが激しい頭痛で倒れる。脳に腫瘍があるらしい。救急車のサイレンと共に、幕が閉まった。再び松尾が出てきて、あれからカズエは手術して、スミ子の看病もあり元気に復活。そして、今日は熱海のホテルの〇周年記念のコンサート。幕が開くと、太ももまでスリットの入ったセクシーなドレスの華やかな二人。さっきまで、私たちと変わらないおばちゃんのようだったカズちゃんだったけど、足が細ーい。2人ともハイヒールがよく似合って足が長ーい。やっぱり二人で歌う歌は、圧巻。歌詞にはユーモアもあって、ちょっとほろりもさせる。シミもしわも、ほうれい線も気にせず頑張って、元気に生きていこうと思えた舞台だった。今、演劇鑑賞会の私たちのサークルは、10人。私とダンナ、元同僚が一人に、中学の同窓生が私以外に6人とその奥さん一人。終わってから、「感動で元気をもらえた」「70才で、あの歌唱力と動きは凄い」「今まで見た中で最高」「元マネーシャーさんも面白かった」とLINEが盛り上がった。演劇鑑賞会を通して、中学校の同窓生の輪が広がっていくのも嬉しい。
2026.02.18
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紹介状を書いてもらって、いろいろ体のことを見てもらってきた。1月19日の月曜日は、K病院のO先生に脊椎の診察を受けた。MRIは撮らなかったけれど、前後左右、床に寝て全身のレントゲン撮影などを受けた。左右どちらも床に膝をつくと痛いので、床に寝るのも起きるのも大変だった。診察結果は、私の脊椎は大きくS字型に曲がった脊椎側弯症。部分的に椎間板ヘルニアのところもあるけれど、手術するとしたらとても大きな手術になるということ。「以前にも、プレートを入れて5カ所ビスで止めなければならないと言われたことがある」と言うと、「それ、誰が言ったんですか?」と聞かれた。R医療センターのK先生。と言うと、「5カ所どころじゃないけれど、どうしてそこで診てもらわないんですか?」と言われた。「私は足首も悪くて、今は奈良の先生に診てもらっているけれど、いつまで車で行けるかわからないし、この病院には足関節の整形もあるから」と言うと、「それはダメです。全然方針も違うから。」と言う返事。ちょっと冷たいなあと思ったけど、「股関節やいろいろな関節が悪いけれど、リウマチの治療をしているO医療センターで、みんな診てもらった方がいいんじゃないですか?」とそれは、説得力のある助言だった。翌週の26日の月曜日は、リウマチのO医療センターへ。採血・採尿の後、久しぶりに、肺と両手、両足、両肘のレントゲン撮影。レントゲンの結果を見ながら診察。間質性肺炎の副作用が出やすい薬を飲んでいるけれど、肺は変化なし。全ての手指、右の手首と右の足指の変形や関節炎が少し進んでいたが、肘の方はそれほど変化はなかった。K病院で、手術などはここでしてもらったら?と言われたので、聞いてみたら、整形外科で股関節や足首、膝、手の手術はできるとのこと。ただ、肩の専門の先生はいないということだった。その後、アクテムラの点滴をしてから帰った。その二日後の水曜日、紹介状を持ってM市のI病院へ。始めてのところなので、ナビを入れて、時間に余裕があるので地道を通って行った。紹介状とCDを渡して、まず診察。レントゲンの肩の画像を見ながら、もう一度レントゲンとCTとMRIを撮ることになった。そして、再び診察。これは人工関節しかないという。腱が、ここも、ここも、ここも切れている。ずいぶん前に切れていたみたいだ。軟骨が無くなって、肩の骨とぶつかって骨頭もボコボコになっているのがわかった。もしかしたら腱を繋ぐ内視鏡の手術と言われるかなあぐらいにしか思っていなかったので、予想以上に重くてガーン。手術は1時間半ぐらい。1週間で、装具を付けて退院できる。手術の翌日から、肘から先は動かせるから食事もできるとすごく自信たっぷりだ。私がリハビリに通っているYクリニックの院長もよく知っていて、リハビリはそこでしたらいいと言う。今だったら、3月5日の手術が1枠空いているから、その日に手術して3月11日に退院できる。と、どんどん話が進んでいきそうなので、私は左の肩も調子が悪いし、股関節も手術を勧められているし、体中人工関節だらけになるし、と言うと、リウマチで変形性関節症の人はそういう人が多いという。手術が遅くなればなるほど回復も遅くなるそうだ。ちょっと今日決められないので、家族と相談したいというと、来週ご家族とまた来てくださいと2月4日に予約を入れてくれた。気持ちが落ち着かなくて、帰りも地道でゆっくりと。帰り道、ちょっとゆっくりできる知っているお店があったので、そこで遅めのランチ。ネットでその病院のことを調べてみた。肩の手術は年間1000件以上で、やはり府内一の技術のようだ。夜家族にLINEで知らせたけれど、不安が残った。以前凄く肩の痛かった時期がある。ブログを見たら2023年の4月。顔を洗うのも、ブラシで髪をとかすのも、歯ブラシを持つのも、右肩が痛すぎて、左手でしていたことがあった。その時に腱が切れたのかも。今まで五十肩などの時に、痛くてもクロールを泳いで治してきたので、その時もプールへ行く度にどれくらい泳げるか試していた。20m泳ぐのも痛かったけれど、少しずつ伸ばしていった。去年の3月、スポーツクラブを替わった時は、肩によくテーピングをしていた。今はそれほど肩は痛くなくて、200~300mは泳げる。右の肩甲骨の横辺りがいつも痛くて、寝る前はマッサージチェアでそこをゴリゴリしないと寝れないけれど、腕も上にあげられるし、回すこともできる。洗濯物を干すときなど長くは上げられないし、重い物の持ち運びも右手ではできないけれど、これで手術が必要なのかな?とも思う。紹介状を書いてくれたR医療センターのS先生もY先生も次の診察は4月で、その間に手術したら失礼だろうなとも思った。金曜日、家庭医のKクリニックに行って相談しようと診察を待っている時、手帳を見て今年の6月免許の切り替えがあることを思い出した。70才以上の高齢者講習で、実車講習を受けてくださいと連絡が来ていた。3月に手術をしたら、1か月ぐらい装具を付けて、その後リハビリ。自由に動かせるようになるまで半年ぐらいかかるそうだし、これは手術したらあかんやん。Kクリニックの先生も、痛みが我慢できるんだったら、すぐに手術しなくてもいいんじゃないですか?と言うので、免許の更新を理由に、延期することに決めた。プールで、肩の手術をした人に話を聞いたら、皆人工関節ではなく、切れた腱を縫合する内視鏡手術。それでも、術後数か月経っても腕が思うように上がらないらしい。肩の内視鏡手術はしても、人工関節手術をする病院は少ないみたいだ。断る理由ができて、ほっとしている自分がいる。でも、すごく手術の上手い先生のようなので、定期的に診察してもらえるように、希望を話してみようと思っている。
2026.02.02
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