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石垣島は日進月歩である。新造の港には新造船がずらりと居並び、ボコボコだったつぎはぎだらけの舗装路はサーキットばりの滑らかなアスファルトに張り替り、築数十年クラスの赤瓦屋やトタン屋を崩した跡地には本土の新興住宅地あたりでよく見掛けるお洒落なのかチープなのかよくわからない鉄筋コンクリートのアパートメントが月毎何軒も完成するのである。町にも郊外にも新しきカフェスタイルの店が次々に開店営業し、ここは代官山かと見紛うばかりである。とは少々言いすぎだと思うが(笑)、ま、島の人々の生活はひとしきり新しい変化を遂げているのは確かである。町場の弱小商店は次々と倒れ、人々が買物に行くのは大きなショッピングセンターである。本土の巨大ショッピングモールなんかとは比べくもないがとにかくショッピングセンターには間違いない。島の人々の暮らしは便利になり、豊かになり、次第に都会的になっていく。だがしかし。暮らしぶりが如何に都会的になろうとも言葉に方言が失われようとも現代も変わることなくトラディショナルなまでに人から人へと受け継がれるものがある。立小便である。これはもう石垣島では未来永劫変わらないのではないかと私は思うのである。新空港が出来てジャンボジェットが一日幾便も飛び交い、島の人口が倍になって十万人を超え、史上初の本土出身者の市長が誕生するような未来になっても島の男どもは立小便をやめない筈である。だって目の前に空いてる便所があっても彼らはわざわざ路上にまろび出て通行人の有無や昼夜の別を問うことなくシャーとやるのだ。そう。ところ構わずと言い換えてもいい。そして私が観察するところではナニのサイズにも関係はないようだ。大小問わずシャーとやるのである。向こうから歩いてきたご婦人が覗き込もうものなら我が意を得たりと言ったところなのだろうか。いや。それじゃただの露出狂か(笑
2009.01.28
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世の中オバマブームなのか、オバマが旬なのか、オバマを避けて通ると虐められるのかわからないのだが、ネットでどこの誰のサイトを覗いても、雑誌を開いても、人と喋っていても【オバマ】の三文字が目に耳に入ってくる。って私もこうしてオバマを採り上げているわけだが私は彼の大統領としての資質や仕事ぶりや就任式の様子や暗殺の可能性を云々するつもりは一向なくて、ただただ日本の植民地っぷりに呆れるばかりだ。あの国の大統領に誰がなろうと私としては全然知ったこっちゃない。黒人だろうとモンゴロイドだろうとなんの興味もないし、もし彼が国家元首として暗殺されようともそんなありきたりな展開には世間知らずの中高生じゃあるまいし驚きもしない。いくら概観外見がクリーンに見えようと変革を声高に叫ぼうと所詮権力中枢の座を欲した男であれば権力闘争の渦中にあるのは紛れもない事実。闘えば闘うほど殺される可能性も又あがるのも当然である。おそらくは彼、当代きっての策士であり、合衆国の半植民地であるニッポンにとってブッシュなんかより数段厄介な相手となるのも間違いないと私は読んでいるし、そんな男のネタを何も好意的に採り上げる義理はこれっぽっちもないではないか。ってな具合に天邪鬼の虫が騒ぐのだ。
2009.01.24
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この冬 島の商売はどこもハードインパクトを受けている。どのへんがハードなインパクトなのかって前年度対比の落ち込み方である。景気が悪いとかなんとか言ってもこれまでは前年度対比で70%とか65%という数字であったものがこの冬はあろうことか20%や15%なんて数字を叩き出している業種や店舗が存在するのである。ありていに言ってこの数字は休業してるほうがまだましって数字である。なぜなら利益が出せる売り上げに対して営業経費全般で普通は30%や40%は見込むのであるし、これに人件費が掛かってくると前年度対比20%の売り上げはただただ瀕死の赤字を垂れ流しているだけの悲惨な状態とは言わざるを得ないのだ。ま、そのような数字の捉え方に関しては私などより詳しい方は死ぬほど居るのだろうから島の経済に分析や展望などを加えるつもりは寸毫なくて私は嘆くばかりである。どうしてこれまでもっと真っ当な商いをしてこなかったのかと。島ではこれまで、肉の下処理もできない人が食堂の厨房に立ち、時給600円のアルバイトのネエちゃんが観光客用のTシャツのデザインをし、のこぎりも満足に引けない人が家を作り、人材など代わりなどいくらでもいるさと嘯く(うそぶく)ような経営者が有能との評価を受けてきたのである。島の土産屋で売ってる商品の多くは台湾やフィリピンで作らせたものである。基幹産業なんて呼ばれるさとうきびやパイナップル、マンゴー、島唐辛子なんかの栽培には多種の農薬が無配慮無制限に使われ、観光資源であるはずの海には家庭排水がそのまま流れ込み(もちろん浄化槽は通してあるが)、そこを走る何百隻ものの船舶の船底に塗ってある塗料は劇薬に等しい成分のものである。はっきり言うがこんなものは真っ当な商いではない。ただ金の計算だけが先行優先しているだけの金儲けに過ぎない。金儲けなら誰でも出来るのだ。金儲けには素人も玄人もない。金を払う人を騙したって誤魔化したっていいのであるから。真っ当とは堂々と胸を張れるってことであり、真っ当な商いとはその商行為が世間につまびらかになったとて誰に恥じることもなくて、世間を広く納得させられる行為でなくてはならないのは今更私がここで言うべき事でもないだろう。粉飾だとか偽装だとかやらせだとか残業代を払わない確信犯的経営者や会社が糾弾されるようになって久しいが、ニュースになるようなものは所詮氷山の一角でしかなく、この島ばかりではなくニッポン津々浦々あらゆる業種業態には膨大な数の破廉恥野郎どもが蔓延り、社長!なんて呼ばれてふんぞり返っているのである。ま、しかし島に住む私には島以外のニッポンでどんな商行為が行われているのかそれほど興味はないし、あったところで興味を向けている暇も余裕もない。まずは自分の足元である。立ち位置が具合悪いのに他の場所のことなど気にしていられないではないか。真っ当な商い。そんなに難しいのだろうか。偽装や粉飾や詐欺まがいや誇大表現や残業代不払いをやらなければ会社経営をしていけないのだろうか。しかしそんなやり方しか出来ないならそれはやっぱり経営者としての能力が著しく低いって事であり、経営者に不適格という事に他ならず、かかるに真っ当な商いがもしそんなに難しいニッポンは経済大国なんて看板はこの際素直に下ろして、世界的認識としてはアジアの第三国扱いとしてもらい、さしずめ石垣島はその弱小国の中でも最も貧弱な経済区として戦後復興よろしく今一度ゼロからやり直そうではないか。しかしそれだと汚くても姑息でも恫喝まがいもなんでもありで、それってやっぱり今と変わんないじゃんって事になるのだろうか?(笑ニッポンの経済、やれやれどうにも難しいみたいだ。
2009.01.19
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解体。戦後我が国の政治経済のコアを担う連中が成し遂げたニッポンのひとつの形である。第一次産業を解体し、地方都市を解体し、地域社会を解体し、大家族を解体することで一般大衆の政治力の結集を未然に防ぐのと同時に消費単位を分割拡散することで末端からの搾取を強化してきたのである。勿論コアに巣食う連中の既得権益を守るために。そのためにはより効率のいい搾取のシステムを構築せぬばならない。各人がばらばらになって自室で過ごせば間違っても反権力的な政治力とはなり得ず、解体された皆がそれぞれの自室に冷蔵庫やテレビやPCを持ちたがるから無駄に無用にモノが売れるし、電気も水道もガスも余計に消費してくれるのである。政財界にとってまさに理想的搾取形態だろう。しかし解体の力の慣性モーメンは相当に大きく、バブルがはじけようと中東界隈やアフリカ各国で戦争紛争が頻発しようと、同時テロが世界中で頻発しようと我々は解体モーメントの只中で、まるでこれから先も停滞期はあれど絶え間なくずうっと経済成長を続けられるなどという(どんな馬鹿でも少し考えればあり得ないと理解可能である著しく低レベルな)幻想を個人所有のブルーレイDVDで見せつけられ、私たちは顔を真っ赤して液晶画面にかじりついている。そして発狂する。うぅ…なんてシニカルな言い草だろうと我ながら思うのだが、これもまた無理のない現実認識なのだから仕方がない。ま、そうは思わぬ人も世の中にはいるだろう。例えば小泉某とか竹中某あたりか。そして世の中の人たちの大半はそのお二人に靡き(なびき)、縋り(すがり)、死ぬまで同調するのだろうからその人たちにとってこの世界の認識は私がここで示している世界観とは又別物だろう。どちらが正しいかなんて私は問わない。どちらが正しくとも関係ない。おそらくニッポン以外の人たちから見ればどちらの認識もお笑い種でしかないかも知れないし。アホかって日本人。おまえら百年も持たずに全滅するワ(笑)。なんて一部外国では思われるようであるし。ま、それはそれでいいとして、仁科たかしと言う日本人によるニッポンの認識は『結構やばいところにいるんじゃないの俺ら』ってことに尽きるのだ。俺らは今もまだ解体モーメントの中で身動きのとれぬままに、身体も仕事も生活も結婚も生きるための何から何までばらばらにされ続けているのに、ばらばら具合が進行するほどに自虐的に笑っているおぞましき民族なのだ。今、私たちの周りに散らばっているのはばらばらに解体された自我であり、勝ち組だ負け組みだセレブだ派遣ぎりだイジメだひきこもりだお受験だ俺様だと他者も他人もほとんど目に入らずに極小サイズのちっぽけな自我しか注意を払えぬような連中が社会的上位者の大半を占めており、そればかりか圧倒的多数派である筈の社会の底辺で暮し生きている人たちまでが同様の病態を示しているのだから救いがないではないか。ひどいもので、上から下までこれじゃ革命も変革も起こりようがない。だから日本じゃ海外のあちらこちらで散見できるような社会的問題による暴動が絶対に起き得ないだろう。誰も彼もがばらばらで、人と人とがばらばらなだけでなく各人もまた微細なまでにばらされた自我のケアとメンテナンスに精一杯であるからその大変さに比べたら社会的問題なんか注意を払うような大して重要なことでもないのである。って言うかそこに目を向けるためには自我にもう少しまとまりがなくてはならないし、そのサイズアップもしなければならないが現状を見る限りは微細サイズが集合およびそれに伴う拡大を為しえるまでには今しばらく時間が掛かるようだ。それに、次に集合拡大のタイミングを得るのは真の動乱期であり、それ以外にニッポン人のこの病態を快方に向かわせる手立てはないだろうから私はそれまで八重山でのほほんと過ごしたい。なぜならば八重山の社会は本土ほどの解体には程遠く、本土ほどに解体されるまでに本土の政財界が関与してくるとは到底思えないのである。此処八重山はマーケットとしては小さすぎるし、本土から遠すぎるから。ま、生きているうちにその機を迎えるか否かは全くわからぬが、思うに今世紀半ば私たちは次の時代ってやつに片足を突っ込む気がしてならない。それはおそらく合衆国の解体から始まるってのが私の精一杯皮肉な予期である。合衆国にシンパシーを抱いている若いニッポン人たちが認めようと認めまいと合衆国政府にとって我々はあくまで前世界大戦の敗戦国であり、彼らの半植民地であり、彼らのマーケットとして、基地として社会基盤を整えられた我々の現状は宗主国としての合衆国なしには語り論じ得ないのであり、我々が真に日本人としての誇りと社会制度を持ちえるためには合衆国の著しい干渉を解くしかなく、それには今一度戦争をやって勝つのが手っ取り早いが選択肢としては手っ取り早くても現状勝てる見込みはないし、国内にこれだけ米国シンパを持ってしまうとその選択肢はなかなか選べない。ってことはやっぱり合衆国の自壊を待つしかない。自壊してくれて呪縛を解いてくれるのを我々はじいっと待つしかないのである。しかしそれまで生きていられるのだろうか。
2009.01.10
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ひさしぶりの時事ネタだが、時事ってよりは世相とでも言うべきか。テレビやインターネット、雑誌などの各種マスメディアはこの年末年始も白痴化に拍車を掛け続けているようだ。かつて大宅壮一はテレビというメディアを語るのに一億総白痴化のフレーズを使ったが、いまや白痴化してるのはテレビに限らずネットも雑誌も同列と思しき観が在る。民法などのテレビ番組のひどさは今更私が語るまでもないだろうし、ネットで語られることの大半もそのテレビ番組の延長でしかなく、碌な芸もないタレントが起こしたり巻き込まれたりした事件やスキャンダルについて己がどれだけ阿呆面しているのかさえ気づかないままに凄まじいばかりの数の人たちが論じ続けたり、首を突っ込む意義も必要もない事件事象について中学生並みの持論を振り回すかと思えば真に言論を戦わせるべき話題などは簡単にスルーである。雑誌や書籍などの分野も業界を問わずして新規に打ち出してくるのは著しく質が低いといわざるを得ない提灯記事まがいのものばかりだ。一見、ちゃんとした取材記事やルポルタージュに見えるが本筋はコマーシャルだったり、タイアップがあったり、厚顔無恥なまでのやらせが平然と横行していたりとこの国のメディアに関わっている人たちは矜持とかプライドとか持ち合わせていないのだろうかと疑わざるを得ないし、もっとレベルを下げて『真っ当さ』ぐらい示して欲しいのだが現状の各種マスメディアを見ている限りそれはとても困難なことと思えるのである。一方その情報を受け取る側もそれら低脳情報をさほどの吟味咀嚼もせずに又鵜呑みにする体たらくであるし、発信側と受信側、斯くもこう白痴化の度合いを深めると救いなど地球上の何処にもないようにさえ思えるのである。ゆえに私は自由主義経済などを信じていないし、大して良いもんだとも思っていない。自由競争や言論の自由みたいな権利を与えてもそれら崇高な理念概念を使いこなせるほどに我々の多くは利口でも思慮深くもないのである。ならば金や自由なんてものを信じてそれに振り回されるよりは信頼すべき誰かを信じたり神に祈るほうがまだ真っ当だと私には思えるのだ。それが世界各地の戦争や紛争を正当化させるものになっているんじゃないかと批判されることを承知で申し上げている。しかしである。争いを正当化させる最たるものは今や信頼すべき誰かでも神でもなくて『金』や『自由の権利』なんて記号や概念であることを我々はもっと知るべきである。特定の誰かを意味しているわけではないが、金や自由のために生きたり死んだりするより私は信頼すべき人たちのために生きたり死んだりしたいとそう思うのである。
2009.01.08
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さて新しい年が明け八重山の地を踏んでから14年目を迎えた。移住とか引越しとか転職とかそんなことは考えもせず、ただ旅の延長としてこの地に留まっているつもりであったが、子供が二名も生まれると容易く居住地を移すにも色々と面倒が伴うし、おそらくはあと10~15年は八重山に居るものと思われる。ま、10年とか言っても死ぬまでずうっと居るかも知れないし、性分的に能力的に2年より先の事は考えられないので実際どうなるのかは又別の話だ。浮かれる気も貶めるつもりもないがこれより先、世の中は動乱基調で推移する筈である。然るに楽観できるものなど何もないのであるが、仁科たかしが唯一楽観できるものを揚げるとするならそれはやっぱり八重山なのである。移住組や移住からのリターン組の話のネタにされるものの代表的なものとして『島では働くところがない』みたいな言い回しがあって、ある意味それは事実を反映していると思うし、現在の脆弱な各種産業基盤で養える島の人口に限りがあるのは確かである。しかしである。この地は最初から本土都心部のような経済基盤や各種産業の成り立ちがないわけで、昔から八重山界隈では貧弱な第一次産業を核にしてどうにかこうにか数万の人口を維持してきたし、もっと言えば第一次産業だけでそんなに島に食い扶持をもたらせる事は不可能であるから誰しもシノギを考える。それはある時は詐欺的だったり、多角的だったり、やくざな風情を帯びていたり、華僑ばりのコミュニティやシンジケートを構築したりしながら、組織単位はあくまで小さく、フレキシブルに世情に対応しつつフットワークのよさを最大限に生かしたシノギである。そのシノギこそがこの糞不況な世の中で、強さ、しぶとさを発揮するのではないかと私は見ているのだ。他の地方や離島の状況をあまり知らないので確定的には言えないが、日本に在って最もイタリア的な経済で社会が回っているのが此処八重山なのである。つまりブラックマネーでありスモールマネーだ。国民総生産も所得も低いし、名だたる大企業もそう多くはないが、わりとみんな美味いもん食って楽しくやってる国。そこからスケールダウンするのは免れないが、八重山もまたそんな風情と実質的経済状況なのである。これから始まる(否、もう既に始まっているのであるが)動乱の時と波を一番うまく乗りこなせるのは東京でも大阪でもなくて、多分八重山だ。期待していただきたい(笑
2009.01.01
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