2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全39件 (39件中 1-39件目)
1
ある日俺は島内の某雑貨屋にてその店の主人と怠惰なひと時を過ごしていた。差し入れに俺が持参したパン各種などを二人で食べつつ、互いの旅の与太話で軽く盛り上がっていたのだが、そこに突然病んだ人が現れたのである。 外見上は本土からの女性の観光客であり、彼女の話の導入部を聞く限りにおいて観光客であることはほぼ間違いないし、おばさんとしての立居振舞にさして異常は認められないし、来店の動機はみやげ物さがしのようだったし、事実彼女は数点の雑貨を手に持って俺たちが居座るレジカウンターへとやって来たのである。そこまではOKだった。 問題はそこからだった。 購入しようとする雑貨をカウンターデスクの上に並べた彼女は一切なんの前振りもないままに自身の家族の話を始めだし、そこから誰のためのみやげ物なのかを説明し始め、更には何ゆえ一人旅で石垣島を訪れなければならなかったのかを説くために延々と言葉を並べ、また家族の話に戻り、夫との夫婦生活がすれ違いであることをカミングアウトし、再び一人旅の理由づけに話を差し戻し、何ゆえこの雑貨数点が目に留まったのかを話して聞かせてくれたら軽く30分オーバーとなったし、相槌のひとつも返さない(返せない)俺たち相手にエンドレス状態となっている彼女の様子にさすがに危ういものを感じ取った店の主人が意を決して彼女の話に割って入ったわけであり、割って入るということはつまり言葉と言葉、文章と文章の隙間がほとんど見当たらないチェーンスモークならぬチェーントークだったわけであり、彼女が話し始めて10分が経過したあたりで俺は背筋に冷たいものを覚えたりしていたのである。 『やばいよ、このオバサン。完全に病んでるじゃん。まずいなぁ。 俺と店の主人のことなんか絶対、目に映ってないよ。なんで 此処で独演会できるわけ?この人きっと、話やめさせたら怒り 出すんだろうな。だってこの人完全に狂ってるもの』 そういうわけであり、店の主人の勇気と決断(30分も掛かったが)のおかげで事なきを得たわけであるが、気分よく買い物を済ませた彼女は去り際にこう言い放った。「また来るわね。この店気に入ったわ」 俺がただちに帰り支度を始めたのは言うまでもないし、それから数日の間、俺はこの某雑貨店に決して近寄らなかったのである。更に言うなら、この手の突発型チェーントーク症候群を患っている方は結構多いのである。観光、移住を問わず本土の方々の中にしばしば見掛けるクランケである。逆に言うならば島にはあまり見掛けないクランケであり、個人的には出来うるものなら完治してから御来島ねがいたいのだが、なかなかそうも言ってられないのだろうし、だからと言ってこちらもそのような方々の病み話を三〇分も一時間も黙って伺っているわけにもいかず、聞き手である俺たちは今、非常に難しい対応に迫られている。 本土からやって来た方々とおちおち話も出来ないなんて、ホント、怖い世の中になったものである。インフルエンザ休みをはさみましてから下降の一途を辿っておりましたブログランキングも上昇に転じ始めました。BLOGREADERの皆さんありがとうございます。今後も更なるREADERを獲得すべく更に上のランキングを目指しておりますので今後とも皆様のご尽力を賜りますようお願い申し上げます。よろしくどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.30
コメント(0)
『石垣島の方は、隣のお家が新しくなると(建て替え・リフォーム)自分のお家も新しくするんだよ。こっちに長いこと居るんならよく周りを観ててごらん。石垣の方は変わってるんだよ』 石垣島に来てまもないころ、世話になっていた宿の婆ちゃんがこのような話をしてくれた。その婆ちゃん自身も石垣の方なわけで、それ聞いた当初は婆ちゃんが何を言いたいのかよくわからなかったわけだが、そうこうしているうちに宿の裏に建っていた古い屋敷が取り壊され、すぐさま新しい家を建て始めたのである。 そして二、三ヶ月の後のやがて工事が終わるという頃になってその隣の家が取り壊しを始めたから驚いた。やはり隣家も家の建て替え工事だった。 あら、婆ちゃんの言ったこと本当だった。と一瞬思いかけたが、いやいや、たまたまだよ。偶然が続いただけなのだよ、と婆ちゃん説を封印し、ことの成り行きを見守ることにした。 俺のそんな慎重さを見透かすように事態は婆ちゃんの言葉通りの展開を見せ始める。二軒目の家が完成して間もなく今度は隣の隣の家が取り壊されたのである。ここに至っては説明の余地はないと思うがやっぱり新築工事が始まっちゃったのであり、三軒目の工事を目の当たりにするに至っては宿の婆ちゃん説を認めざるを得なかった。 それから十年余り。市内の建築工事事情を見る限りにおいてすべての事例において連鎖が起きているわけではないが、相当数の連鎖も又確認できている。しかしまあ連鎖と軽く言っても全面的な建て直しともなると一千万円は下らないわけであるから、凄い連鎖なわけであり、石垣島の方々は見栄張りなのか負けず嫌いなのか知らないが、俺などの理解できる心情では到底ないのである。 更には当たり前と言えば当たり前であるがそのような連鎖的建て替え工事の大半が銀行だの公庫だのの長期ローンを組んで行われているから、隣家に負けじと建て替えてみたものの連鎖君たちに返済計画などは無きに等しいか寝耳に水みたいなもんであり、新築祝いの次の年には差し押さえ物件になっていたなんて笑えない(笑ってる?)話も結構多いのである。島の友達の中にはそんな物件ばかり狙っている方もいるし、ま、連鎖君たちは結果として格安の住宅物件を供給してくれるデベロッパーとしての役割なんかも担ってくれていて、昨今話題のデベロッパー某ヒューザーよろしく資産もあるけど同額の負債もあるみたいなやくざな世界が石垣島には広がっていて俺はそれを観ているのがとても面白くて、こんな出鱈目な社会に住めることを誇りに思っている。出鱈目万歳。連鎖万歳。無計画こそが人としての根源的有りようなのだ。なんだかわからない話になってきたのでここらで切り上げよう。インフルエンザ休みをはさみましてから下降の一途を辿っておりましたブログランキングも上昇に転じ始めました。BLOG READERの皆さんありがとうございます。今後も更なるREADERを獲得すべく更に上のランキングを目指しておりますので今後とも皆様のご尽力を賜りますようお願い申し上げます。よろしくどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.30
コメント(0)
ここんところ各メディアではライブドア及び堀江容疑者叩きが横行している。それらの事件についてはメディアの功罪なんかも問われ始めているようだが、俺は以前から堀江氏は嫌いなタイプ以外の何者でもなかったのでメディアが手の平を返して叩こうとも特に感慨はない。勿論、各新聞社やテレビ局、それと自民党に対しては無節操の謗りは免れないものと思っているが、堀江氏個人には何の感慨もない。感慨があるのはライブドア・ナンバー2宮内氏に対してである。 ライブドアの元社員だか元役員だかの内通者野郎がテレビで語ったところによると、宮内氏はフジテレビとの一千億?の資本提携を結んできた日、ライブドアの役員室のデスクに両足を投げ出し、ふんぞり返ってこう言ったそうである。「一千四百億(フジテレビから)カツアゲしてきたよ。ま、 こんなもんでしょ」と。 両足をデスクに投げ出しつつ大金をカツアゲしてきたことを語ったという宮内氏に俺は非常に好感を覚える。 表情にも乏しく、言うこともまるで面白くない堀江氏に比べたら宮内氏のそれは百倍面白い台詞とパフォーマンスであり、若造だけの弱小企業が業界大手相手に大立ち回りを演じ、ついには大金引っ張ってきたんだから笑いが止まらないのは当たり前である。 堀江氏はただのコンプレックスの塊にしか見えないが、宮内氏は本当に賢い方のようだ。堀江氏はどうでもいいが、宮内氏には是非一線にて社会復帰を遂げて欲しいものである。インフルエンザ休みをはさみましてから下降の一途を辿っておりましたブログランキングも上昇に転じ始めました。BLOG READERの皆さんありがとうございます。更なるREADERを獲得すべく更に上のランキングを目指しておりますので今後とも皆様のご尽力を賜りますようお願い申し上げます。よろしくどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.29
コメント(0)
攻撃対象について言うと野次もまた本土と沖縄では様相を異にするのである。野次って、野球の試合にはなくてはならないあの野次である。 俺が野球を始めたのは小学4年生の時分であるが、チームに入って一番最初に監督から教わったのは野球の技術とか知識とかルールではなく野次だった。それも汚い野次である。いや、汚いのが野次と言うモノだと思っていたから当時の俺に特別に汚い野次という認識はなかったわけであるが、とにかく汚い。「おまえのカアチャンでべそ」なんぞは可愛いほうで、チビだのデブだのハゲだのウンコだの小便だのとにかく野次る相手を貶めまくるわけで、ひどいと「チ○ポついてんか!」や「バット振る気ないならチ○ポ振ってな!」みたいな猥褻な内容の野次であっても小学生の俺たちは平然と口にしていたし、中学高校となっても尚、野次の汚さに手心を加えるようなことは誰もしなかったのである。野次られた相手が野次のあまりの汚さについ笑ったりすることがあって、俺などは主にそれを狙っていた。笑ったせいでそいつがド真ん中のストライクを見逃したりすると俺の野次の勝ちなのである。そして監督から誉められるのである。「ニシナ、今の野次いいぞ。もっとやれ」 更には本土の野次でひどいのは攻撃対象が相手チームだけに留まらず、エラーをしたり三振を喰らったりした自軍選手にまで向けられるという事実である。むしろ相手チームへの野次よりひどい場合もあって野次の内容をめぐってベンチ内で喧嘩が起こることも稀ではなかった。 でもどうだ。こちらへ来てみて驚いた。沖縄野球では野次がほとんどん聞こえてこないのである。小学生からオジサンたちまで誰も野次らない。野次っても精々が「セカンド方面穴あいてるよ!狙え、狙え!」ぐらいのとても礼儀正しい言葉使いによるものである。 でも俺は汚い野次が身体に染みついているから時々つい出てしまうのである。もちろん周囲に気を遣ってそれ相当にソフト・アレンジを施した上での野次であり「バッター、バット持ったまま寝てるみたいよ!起きないと打てないよ!」みたいにやったのであるが、守備が終わってベンチに戻ると自軍選手から注意を受けたから驚いた。「仁科さん。あれはまずいな。ちょっと汚いでしょ。相手を怒らせるような野次は控えてもらえませんか」 この科白を聞いて俺は愕然となる。目が点というやつである。『え?え?え?あ、あ、あ、あ、あ、ああれが汚いの…。あれは汚くないよ。あれはただの野次じゃないか。別に相手バッターを誹謗中傷して罵詈雑言を向けたわけじゃないんだ。わかってくれよ。わかってくれ…よ…。そうか。そうだよね。俺が悪いんだよね。もういいよ。俺はもう二度と野次らないよ。もう、二度とね』 と言うわけで俺は類推するのだが、コメディアン萩本欽一が下ネタは使わないとの信条を持っているように沖縄の方々も又他人を攻撃して笑いを取らないとの笑い哲学を持っているいるのではなかろうか。違うかな。違うだろうな。 じゃあいったい何なんだ。どうして笑いがズレるんだ。沖縄に暮らして十年研究してもわからないが、十五年か二十年くらい研究したらわかるかも知れない。沖縄の笑いの謎をいつか解明してみたいと心に誓う沖縄在十一年目の俺である。 笑いの研究~沖縄・八重山編【了】インフルエンザ休みをはさみましてから下降の一途を辿っておりましたブログランキングも上昇に転じ始めました。BLOG READERの皆さんありがとうございます。更なるREADERを獲得すべく更に上のランキングを目指しておりますので今後とも皆様のご尽力を賜りますようお願い申し上げます。よろしくどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.29
コメント(0)
これを島人の我如古自身が語ると多分以下のようになる。平田さんはオレのこと無視するわけよ。仕方ないんだけどね。オレなんか平田さんの部下だからさ。同級生だけど部下だからさ。オレなんかバツイチだし養育費毎月十万払ってるし、風采も上がらなくて役場の若い子から嫌われてるし、助役だった叔父さんが業者から袖の下もらってるのばれたおかげでオレまで冷遇されるし、だから仕方ないんだよねえ。そのへん、平田さんなんかはやっぱり違うわけよ。小学校低学年の頃から学級長だし、テストはいつも100点だしよ、宿題とか忘れたことないしよ、足は速いしよ、大学も出てるしよ、奥さんはミス八重山だろ。だからオレの上司なわけよ。もう!一生ついてきます!ってオレは言いたくて言いたくてよ。な、わかるでしょ、オレの気持ち。けなげでしょ、オレ。でもよ、オレって周囲に理解して貰えないタイプだからよ。昔からなんだけど。だからさっきの居酒屋でも皆から袋叩き。もうこれでもかってくらいの袋叩き。言葉の暴力。オレっていじめられっ子?え、何?なに言ってるかわからないって?いいの。わからなくて。おまえみたいデブにわかるわけねえだろ。バカ。バカ。なに?バカじゃない?あああああ、ごめんごめん。バカはオレだった。バカだから別れたカミさんに親権とられるわけよ。嫌なこと思い出させるなよ、バカ。バカバカバカ。なに?バカじゃない?ごめんごめん、バカはオレだった。 多分このようなストーリーが語られることになると思うわけだが、要はオレが我如古だった場合と比べると攻撃対象が違うのである。オレが面白おかしくしようとして攻撃対象に選んだのは他人である。平田や平田の妻、周囲の友だち連中を貶めることで巨漢ホステスあけみからウケを取ろうと狙ったのだが、一方島人の我如古が攻撃対象に選んだのは自分自身である。他人を持ち上げ自分を貶めることで悲哀に満ちた笑いを画策したのである。巨漢のホステスあけみも又島人(シマンチュ)であるから当然ウケがいいのは我如古のストーリーのほうである。俺が語ったストーリーは少々攻撃的に過ぎてあけみなんぞには腰が引けてしまうようである。もっとも巨漢のあけみには引くべき腰がないのだが。(to be continued)
2006.01.28
コメント(0)
おそるべしではあるが、彼の変態キャラは道化であるが故に言及されることに適していないわけであるから後はご覧になった方々各位の判断に任せるとしよう。 沖縄の笑いの中に覚える違和感のうちの最たるモノはネタの処理方法である。処理方法という捉え方そのものが間違っている可能性も捨てきれないのだが、要するにそれくらい根元的なあたりに大きな差異と言うか、なにをもって滑稽とするかという基礎の部分に甚大なズレ込みがあるよう俺には感ぜられて仕方ないのである。 例えば以下のような事例があったとする。我如古長清(ガネコチョーセー・仮名)はその晩 仕事を終えると居酒屋に直行となり、友人たちとの交友を深めることになった。深くなりすぎて宴もたけなわの頃、我如古は友人の一人平田と殴り合いの喧嘩を始める。幼なじみの平田は幼少の頃より一貫して学業優秀である上に弁も立ち女子にもすこぶる評判が良く、現在は三人の健康な子供と美しい奥さんを持っているのに加えて仕事上も部署こそ違うものの役所の上司として我如古より上の立場にいるのである。一方、我如古はと言えば幼少の頃より一貫して口下手だし、遅刻欠勤も多いし、バツイチだし、一粒種の男の子の親権も別れた妻に獲られたし、高校卒業の翌年に縁故で本採用された市役所も縁故元である叔父が汚職で失脚したおかげで連座制適用の的となって閑職へと追いやられ、かれこれ十年も冷や飯を食い続けている。と、まあ、はっきり言えばうだつの上がらない我如古にとって平田はいわれのない憎しみを向ける対象として十分な資格を有していたわけであるから今夜の居酒屋でも些細なことで因縁つけて殴りかかったのである。だが、どちらに非があるかは明らかで、同席していた友人たちは誰も彼もが平田を擁護し、我如古の言いがかりを責めたのである。面白くない我如古は金も払わず黙って店を出ると、店の看板を蹴倒し、駐車中の車のバックミラーをへし折り、コンビニの壁面ガラスに立小便をひっかけながら路地裏にある馴染みのスナック【蝶子の館】へと転がり込んだ。その店には五十の坂を登りつづける馴染みの巨漢ホステス【あけみ】がいて、酔うと人が変わったように能弁の徒となる我如古のよき話相手に彼女はいつだってなってくれるのだ。だから我如古も嫌なことがあった日は何を差し置いても蝶子の館を訪れ、今日の嫌なことをあけみに話して聞かせるのである。勿論面白おかしく話してくれる…。 すっかり前置きが長くなってしまったが、本題はここからである。例えば俺が我如古なら平田の所業などを論い(あげつらい)、あることないこと勝手なアレンジなども加えつつ、あれは(平田)とんでもない阿呆だ、三人の子供がいるがどうも種は平田じゃないようだ。奥さんのほうもああ見えてかなり遊んでるってよ。周りの連中もどいつもこいつもバカばっかりで、なんでもかんでも平田の肩もちやがる。あれじゃ平田が強+姦やっても肩もつんだろうな。『いやいや、平田くんは悪くないですよ。悪いのはスカートはいてた女のほうだろ。男の前でスカートなんて犯ってくださいって言ってるようなもんだから』なんて言い出しかねないよ、あの平田の腰巾着どもは。と、いう具合になると思うが、沖縄の方々の場合だとこのようなストーリーにはならないのである。(To be continued)※強+姦の+マークは楽天ブログの禁止ワード対策。+が入ってないと 禁止ワードに引っ掛かるんです。楽天、アホだよ。ホント。 言葉狩りだもの、こんなの。
2006.01.27
コメント(0)
いくらベタなイデタチだからと言ってまずは外観で笑かしてしまおうと言うわけでもないようである。沖縄の老若男女に幅支持されているこのベタキャラはおそらくはチョンダラが原型だと類推できるからだ。 ではチョンダラとは何者かと言えば一般的に言うところの道化であり、エイサーなどの門付け芸能にその姿を確認することができるのである。元来は独立した門付け芸能として成立していたようだが、現代では主にエイサー隊の一員のような存在であり、観客をいじったり、踊りの輪に引っ張り込んだりと場の盛り上げ役ようなチョンダラであるが、もっと奥はあるようなのでそれ以上詳しく知りたい方は各自でどうぞ。 で、チョンダラの外観もまた変態キャラに一脈通ずるものがあり、金髪カツラに白塗りの顔面、目鼻は隈取を施され、着物の着こなしは稚児のごとくあり、クバ団扇などを打ち振って練り歩く異形の徒である。ま、異形であることこそが道化の道化たる所以であるわけだし、変態キャラのほうがチョンダラにインスパイアされているわけだから両者が一脈通じているのは当たり前ある。ちなみにチョンダラに当て字があって、京太郎と書くそうである。京の太郎だから都の男性ということであり、ルーツはそのあたりに隠されているのかもしれないが、チョンダラは今や人格を越え神格を持つに至ったのである。エイサーにせよチョンダラにせよ門付け芸能は時の変遷と共に奉納芸能に格上げされ、それは所謂神事であるからそこに登場するチョンダラーは道化であると同時におそらくは精霊もしくは精霊の使いと言ったある種の神格なのである。と言うことはパンパースやビキニパンツ姿で沖縄の各種宴席に現れる変態キャラも又ある種の神格を帯びた存在と言えるのかも知れず、又そうとでも考えなければ沖縄の方々が飽くことなく変態キャラを支持し続ける理由がわからないのである。 沖縄の変態キャラおそるべしである。(つづく)
2006.01.26
コメント(0)
笑うツボがどうしてもわからない。彼らと過ごして十年余りになるが未だに沖縄の方の笑うツボがわからないのである。 ひらたく言えば彼らが笑いころげる話が俺には笑えなかったり、逆に俺が大ウケしているのに島の方はシレッとしていたりするのである。沖縄へ来る以前に周囲の方々との笑うツボのずれを特に感じたことはないし、以前に新聞で読んだ落語家のコメントにも俺同様の悩みが書かれていたのでおそらくは文化的な差異もしくは生活感や人生観、価値観等の差異にその原因が求められるのであろう。 人を笑わせるという作業は実に難しい作業であり、何をもって滑稽とするのかは実は万国共通ではないのである。チャップリンが言ったのか誰の言葉だったのか、そもそも俺の勝手な思い違いかも知れないが【笑いに国境はない】なんて言い回しを以前は信じていたのであるが、今現在は同コンセプトに大きな疑念を抱いている。 例えば。 イッセイ尾形という役者の一人芝居が俺は大好きだし、基本的にはビデオ入手したものであるが初めて観る演目はいつも大ウケしてしまう。中には呼吸困難に陥るくらいに笑い転げるものもあるのだが、それらを島の方に見せてもほとんど笑わなかったりする。挙句に「これ、なんか変じゃない。おもしろくない」とか「気持ち悪くない?この人?」とか「変な漫談な、これ」なんて言われるからがっかりである。 で一方、沖縄の方々にウケるのはかなりベタなキャラだったりする。頭には捻りハチマキ、口のまわりは無精ひげ、一升瓶抱えて千鳥足みたいなキャラクターが大好きである。あと、オバーキャラ。主に男のタレントさんが着物とカツラで演じるわけだが、沖縄ローカル局のCMやバラエティ番組内では幾人かのオバーキャラが常勤状態にある。つまりそれくらいウケたり支持されたりしているという事である。 別に俺もそれはそれで嫌いじゃないが、そういうキャラクターものはギャグやネタ、立居振舞などもやはりワンパターンに陥りがちであり、あまり連続して観てしまうと引き気味になったりする。でもやはり沖縄の方はそれらのキャラが大好きであり、その証左として結婚式などの余興の場には、それらテレビキャラクターに強くインスパイアーされたと類推される道化師が必ずといっていいくらいに登場するのである。道化師は必ず口の周りに描いた無精ひげがあり、捻りハチマキをしていて、一升瓶を抱えている。で、衣装によってウミンチュ(漁師)になったり現場作業員になったり意味不明の変態っぽいキャラになったりするのである。変態キャラの場合はたいてい下半身がオムツ又はビキニパンツのみの装着とシンプルであるが、上半身のほうはブラジャーの中に風船をいれたりフリル付きの衣装を着込んだりと手の込んだ細工をごてごてと施す傾向にある。無論、顔は無精ひげメイクである。(To be continued)
2006.01.25
コメント(0)
島の老人にとって、人生が壮年あたりに差し掛かったあたりで目の前に白馬どもが大挙して現れるようになり、それまで白馬なんぞはテレビや本の挿絵か、もしくは誰ぞが内地から持ち込んだビニ本ぐらいでしか見たことがなかったのに、それなのに毎日何十人も、何百人もの白馬が島の中を肌も露わに歩き回るのだから堪らないではないか。 白馬は赤馬と違うらしいぞ。いや間違いなく違うぞ。いろいろと違うんだってよ。おい、ホントかよ。ホントだって、マジだって。ウソじゃねぇんだな。ほんとだな!と、彼らが妄想の一つや二つ抱いたところで誰が責められようか。彼らがもう十年か二十年若ければそのような妄想を解放する機会にも多分に恵まれたことだろうが、なにぶんにも男としての盛りは遥か昔のこと。それでは若い世代に託そうではないか、と言うことかどうか知らないが、現在の若い世代へ白馬幻想はきちんと引き継がれているのである。これもひとつの文化の伝承と呼んで呼べなくもないが、ともかくも若い世代へと引き継がれた白馬妄想は今やある種のステータスにすらなったのである。 この白馬ステータス現象は、以前にニューズウィークで読んだアメリカのエグゼクティブ事情の記事を俺に思い出させてくれた。その記事で語られていたところでは、アメリカのエグゼクティブの成功の条件としてプールつきの屋敷やヨーロッパの高級車などのほかに日本人のワイフを持つことが挙げられる、というのである。日本人の女性は清楚で華奢で従順で、アメリカの女性のように強い自己主張を振り回すこともなく、結婚に際して契約条項を論うわけでもなくワイフにするにはうってつけである。それがエグゼクティブの流行である。と書かれていたのあるが、御当地の白馬妄幻想の基本的ストラクチャーもそれと同質であるような気がするのは俺だけか。 「オレよ、昨日の夜よ、ナイチャーの女に夜這いかけたんだぜ」 「うっそー、マジに。いいなぁ。きたねぇな、自分ばっかよ。オレも頼む よ、なぁ、頼むって。一人じゃないんだろう、そのナイチャーよ」 「残念っ!今朝、帰りました!秋に友達と又来るって言ってから期待 して待っとけな」 「秋っていつだよ、秋って。だいたいオマエ、何人目だよ、ナイチャー の女。 四人か。いや五人目だよな」 「ブブッー。六人目でした」 「ろ、ろ、ろ六人だと。許せねぇレベルだな、それよ。オマエとは友達 の縁切らせてもらうわ」 「お!いいのか、強く出ちゃって。友達の縁切ったら今度の秋は寂し く過ごすことになるんじゃねぇの。ま、オレは別に痛くも痒くもねぇけど な」 「おっと、誰が縁切るなんて言ったよ。聞き間違いじゃねぇのか。頼むっ て。オレ、まだナイチャーの女ゼロなんだからよ。マジに頼むって」 このような一見他愛もない会話を交わしつつも、モノにした白馬の数によって友人同士であるはずの二人の島の若者の間には序列関係が歴然と出来上がっているのである。6対0であるからその優劣は如実であり、6ポイント差もついてしまうと追いすがるのは困難と言わざるを得ないわけであるから彼らの序列関係は爺さまになってもそのままであり、多分死ぬまでそのままである。 ま、それはともかく、今日ではステータスにまで格上げされた白馬妄想ではあるわけだが、この稿の冒頭(前編)に登場させた仮想ヒステリック女史の言葉を引用すれば、男なんて島の男も内地の男も同じであるように、女もまた島も内地もないのではなかろうか。誰しもその気なら力強くワイルドに打たれ強く生きていけるし、清楚で華奢で従順にもなれるのだ。人の内面って自分が思い込んでいるほど偏狭で一面的で単純なモノじゃなかったりするんです。
2006.01.24
コメント(2)
島爺:はい!見てごらん。シロンマが歩いてるよ。俺 :はぁ…?島爺:うん。見てごらん。シロンマはいいだろ。な。俺 :し、しろんま?ひぃ、ひろんまですか?なんですかそれ?島爺:シロンマ知らないのか、アンタは。はあっ~何をバカなことを。 アンタたちヤマトゥのことさ。ヤマトゥの女がシロンマ。俺 :えっ。本土の女性のことですか。だからあの女の子を見てたんだ。 でもシロンマって何ですか?島爺:ああ~、アンタはっ!なにをわけのわからないことを! 日本語わかりませんか。だから、シロンマはヤマトゥの…俺 :いやいやいや、そうじゃなくて。シロンマってこっちの方言でしょ。島爺:方言?シロンマは標準語じゃないのか。はぁそうかね。じゃあ 標準語で言おうか。白馬。白い、馬、と書いて白馬。わかりますか。俺 :バカにしてます?わかりますよ、それくらい。白馬でシロンマですか。 へ~。でも、なんで白馬が本土の女なんですか?意味わかんない。島爺:じゃあアンタに訊くよ。島の女は何か?俺 :えっ?なにかって言われても。え、なんだろ。わかんない。わかりません。島爺:はあ~。アンタはあまり頭よくないな。アカンマさぁ。俺 :ア、アカンマ…ですか。もしかして赤い馬のこと?島爺:もしかしなくても、そう。俺 :島の女はアカンマで、本土の女がシロンマ。へ~。なんかおもしろい 喩えですね。でも島の女性だって色の白い人、結構いますよね。島爺:いない!俺 :えっ~、いますよ。肌焼かないようにして長袖に手袋にサングラスに つば広の帽子かぶって車の運転してる島の女の人いっぱいいますよ。島爺:あれは無駄な努力。帽子忘れて車の運転したらすぐ真っ黒よ。 アンタはまだアカンマ乗ってないだろ。だから知らないだけ。俺 :はい。まだ乗ったことありません。そうなんですか…。だから島の女の人 みんな必死の日除け対策して車の運転してるんだ…。そうなんだ…。 知らなかったです。はい。島爺:だからシロンマは良いって言ってるだろ。アカンマはアンタにあげるさ。俺 :あ、いや、あの俺、もう既に奥さんいるもんで、あげられても貰うわけに いかなくて。島爺:はあ、そうかい。奥さんが。じゃあ奥さんはシロンマか?俺 :え、あ、はい。シ、シロンマです。ですね。はい。島爺:はあ~、じゃあアンタは幸せもんだな。シロンマ奥さんにもらってからに。 アカンマもらってたら大変ぞ。俺 :いや、そんなことはないでしょ。アカンマが奥さんなら大変ってわけじゃ ありませんよね。島爺:大変さ。アカンマの奥さんもらってるボクを見たらわかるだろ。毎日 たいへんさあ。あんまり大変で家に居られないから毎日アンタと一緒に アルバイトしてるだよ。わからなかった?俺 :はぁ…そうなんですか。でも何がどう大変なんですか?アカンマを 奥さんにもらうと。島爺:強いさあ、アカンマは。丈夫だからよ。少しぐらい叩いてもびくともしない。 馬主に喰ってかかる。馬は後足で蹴るだろ。ボクもボクの奥さんから ああして蹴られるんだよ。アンタのシロンマの奥さんは蹴ったりしないだろ。俺 :そ、そうですね。さすがに蹴ったりはしませんね。アカンマは蹴っちゃうん ですか。島爺:ああ蹴るよ。たまにモノを投げたりもするな。あぶないな、あれは。俺 :でもシロンマにもそういう人はいるし、特にアカンマだけってわけじゃ…島爺:ほら見てごらん。またシロンマが歩いてきたからよ。見てごらん。あの白い 肌。服なんかつけてるかどうかわからないんじゃないか。胸隠してホット パンツはいてるだけだろ。シロンマしかあんな格好できないんだよ。アカン マがやったら大変さ。はあ~、シロンマまた来たよ。フェリーでも到着した かな。今日は一杯シロンマ通るな。ウシャシャシャシャ。ほら見てごらん。 今度のシロンマは、おいっ!服つけてないんじゃないか!あ、あららら、 つけてるな。残念な。なんだ、アンタは残念じゃないのか。そうだろ。残念 だろ。ほら又来た。フェリー到着したな、これは。今日はいい日だろ。シロ ンマが一杯さ。 【1996年 短期アルバイト先の海運会社の倉庫内の一幕】ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.23
コメント(0)
島の老人の言葉を引用するに、島の女は【赤馬:あかんま】内地の女は【白馬:しろんま】に喩える。要は肌の色を毛色毛並に置き換えているわけだが、それを念頭において島の女性と内地の女性のそれぞれの容姿や立居振舞いを注視してみるにそのようにも見えてしまうから老人の言葉とは面白い。ま、私も所詮はオスであるからそのように見えてしまうのであり、それも所詮はオス由来の捉えかたに過ぎず、当ブログをご覧になっている方の中には 「女性を馬に見立てるとは何事ですか。まったくもって破廉恥 千万。言うなればこれも所謂一種のセクハラではありません か。そうです。そうに決まってます。なんか前は男尊女卑に異 を唱えるようなことを言っておいて、何だかんだ体裁の良いこ と言っておいて結局はこの体たらくじゃない。やっぱりあんたも 島の男と同じよ。内地の男も、島の男も結局は一緒ね。女性 を馬に見立てて悦んでいるんだからサイテー。そういう男ども のほうこそ猿じゃないの。そうよ。オス猿よ。種つけたらそれっ きり、家も子供も奥さんもほったらかしで、よそのメスに種つけ ることしか頭にないんでしょう。そうよ。そうに違いないわ。もー 許せない。死ね。殺してやる。死ね。オマエなんか殺されてし まえ。死なされろ、ちくしょうめ!」 などと、いつの間にやら我を忘れ、気付いたときには散々取り乱したあとだった、みたいな方もおられるのかも知れないが、やはりここは乱筆乱文の八重山見聞録外伝でありますので、ま、寛容かつ寛大な態度で以って、最後の一行まで平静な心持をして読んでいただけるようお願いしておきましょう。 で、赤馬白馬であるが、赤馬の赤とは所謂色彩としてのREDではなくて、茶色・褐色を指す赤であり、つまるところ赤馬のイメージを形成している要素とは【力強さ】であり【ワイルド】であり【打たれ強さ】である。 『少々のことではへこたれないわ。殴るんなら殴りなさいよ。さあ さあさあさぁ殴ればいいじゃない。酒ばっかり喰らって偉そうなこ とばっか言ってんじゃないよ。このゴク潰し、ゴキブリ野郎、くされ ビーチャー。別れてやってもいいけど五人の子供はただの一人 だってやらないからね。あんたは独り寂しく老後を迎えりゃいいさ。 いい気味さ。ザマぁないね。わたしゃ子供と孫に囲まれて楽しくや らせてもらうからさ。ガハハハハ』みたいなイメージだろうか。 一方、白馬から導き出される女性像は【品の良さ】であり【華奢】であり【無垢】である。 『島の男の人って逞しいんですね。それに、すごくいろんな事を 教えてもらって今日は驚くことばっかりでした。ワタシ、島のこと も海のこともよく知らないからすごく嬉しかったです。ホントです。 エー、なんでそんなこと訊くんですか。ワタシ、彼氏なんかいませ ん。今はいません。いたら一緒に八重山に来てますよ。エー、ウソ じゃないですよ。イジワルなことばっかり言わないでください。いや だな、もう』みたい感じだろうか。 しかしである。内地の男の立場からはっきり言うと、このようなイメージは島の男性たち老人たちの勝手な幻想である。妄想である。いやさ、もしかしたらワイルドな赤馬に対するアンチテーゼとして必要に迫られ作り出した救いと癒しの象徴なのかも知れないが、何であれ単なる夢想に過ぎないのは間違いない。(つづく)ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.22
コメント(0)
当ブログにリンクしているワイヤーマン2氏の【なんだパンか事件】の記事を読み、同種の事件が八重山にもあったことを思い出したので書いておく。 御当地八重山は日本の最も南に位置しているだけに姉妹都市提携などの交流事業を執り行うのは基本的に北の都市とである。ま、地図を見てもらえば明らかであるように近場といえる近場もないわけだが、できるだけ遠いほうがありがたみも感ぜられるし島民受けも良いのかも知れない。ま、でも北の街を選ぶ本当のところの理由なんて俺にはわからないし興味もないわけであるから前置きはそこそこにして本題へ。 で、交流事業とは言い換えてみれば交流する両市のお役所同士による接待事業みたいなものであるから当然石垣市としては北の役人を招いて際は交流交流事業事業交流交流事業事…と呪文の如く唱えつつ一杯やりに夜の街へと繰り出すわけである。 宴卓には然るべくして刺身盛り合わせが出てくる。こちらの方は刺身盛り合わせが大好きなのである。超定番である。メニューを開く前に「刺し盛!大で。小じゃないよ。大よ」とやるのである。刺し盛は居酒屋内の通し用語だと思うからお客さんサイドが省略形を用いなくともよいと思うが、とにかく刺身盛り合わせが交流接待の場にも出てきたのであり、北の街からいらっしゃったお役人を前にして石垣市のお役人の口から出たのが次のような言葉だったと俺のところに漏れ伝わっているのである。「どうぞどうぞ。お召し上がりください。おいしい魚ですよ。石垣島自慢の魚ですから。もう、ホント内地の魚なんて目じゃありませんから。さあさあどうぞお召し上がりください…」 沖縄の方は北海道から九州まで全部ひっくるめて内地という表現を用いるのであり、内地の魚なんて目じゃないというのも北のほうの魚まで含んでいたのかどうか真意の程は明らかではないが、そう言われて北のお役人も『おいおい、喧嘩売ってんのかこの野郎』と思ったに違いない。ま、それでもその都市と今も尚交流事業が続いているところをみるとたいした火種にはならずに済んだのだろう。 ワイヤーマン2氏に倣い、これを称して【内地の魚なんて目じゃありません事件】と呼ぶことにしよう。パン事件のほうは接待される側が無神経な発言をし、内地の魚事件のほうは接待する側が無神経かつ『井の中の蛙大海を知らず』的な発言を行ったのであり、共に相手側の立場や感情に配慮できなかったという意味で同種の事件とした次第である。 北海道出身者として言わせてもらえば石垣市のこのお役人の発言は言語道断であり、北の冷たい海で生まれ育ってたっぷり脂の乗った魚と、水温20度もある暖かい海で泳ぐ魚の味を比べること自体がナンセンスなのであり、こちらにも確かに美味しいと判断できる魚はいるが、北日本あたりで美味しい魚と呼ぶものとは異なる種類の味覚であり、お国自慢も相手を尊重した上で行わなければ偏狭で卑屈なナショナリズムになりえるのであるから石垣市のお役人を始め、各地域や団体を代表する立場にある方々にはそのあたり重々注意して頂きたいものである。昨今、巷で見聞するナショナリズムってそういうの多いからね、ほんとに。 ワイヤーマン2氏にはこの場を借りて引用のご報告とさせていただきます。なんだパン事件面白かったもので。ブログランキング登録してみました。時間と気持ちに余裕のある方、クリックどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.21
コメント(0)
フランス中部、ヴザイという小さな村で俺はしばらく居候暮らしをしていた。資金力がない奴が長旅をしようとすると夜行バスやらヒッチハイクやらハードな移動が続いて心はともかく身のほうはそれ相応に疲弊するのであり、ヴザイでの居候先ロホタン家ではただひたすらに疲労回復に努めることとなった。 のうのうと昼前に起きていき昼食などを頂いた後、歩いて一時間半ほどかかる近くの町までタバコを買いに出かける。道すがら地平線まで続いているかの如き広大なひまわり畑や小麦畑の中で用を足しては「うん。こんなクソでかい畑を持ってる国に農業で太刀打ちできるわけないよなぁ。自給自足ってのはこういう国だから言えるんだよ。うんうん」などと感想を漏らしつつ往復三時間掛かってロホタン家に戻ってくると既に夕方であり、しばしの一服タイムの後、今度は近所の酪農農家さんのところへと向う。これはロホタン家で居候の俺に課せられた唯一の仕事であり、働くざる者食うべからずなのであるわけだが、働くとは名ばかりの楽しい時間だった。五リットルは入ると思われるでかい牛乳タンクを持参し、搾りたての牛乳を入れてもらうのだ。搾乳機が搾り終えるのを待つあいだ、牛乳をもらいに集まっている近所の人たちが新参者の俺に話し掛けてくるのである。フランス語だからほとんどわからないのであるが。 居候先のロホタン家ではその牛乳を使った料理が多いのであるが、これ、牛乳というよりは生クリームの如く非常に濃厚な逸品であり、農業貧国日本ではまず口に出来ないものである。ま、酪農やってる方ぐらいは飲めるだろうけど搾ったそのままは基本的に外に出せないことになってるもんね、我が国じゃ。 で、フランスはサマータイム制を採用しているから、夏場の日没時刻は午後10時頃であり、8時の夕食でもまだ煌々たる夏の日差の中なのである。ロホタン家でもよく庭で夕食となったわけであるが、そこでいつも俺の隣にいるのはロホタン家の主であり、ヨーロッパの絵本にでも登場しそうな老農夫然とした老農夫ピエールその人だった。ピエールには大嫌いな食べ物があって、それは米なのである。(つづく) ブログランキング登録してみました。時間と気持ちに余裕のある方、クリックどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.20
コメント(0)
やっと立ち上がれるようになったが、未だ熱下がり切らず、インフルエンザ確定である。誰って、俺がである。 意識混濁し、バファリンの服用過多で胃が痛むし、病気ごときで有給休暇を無用に消化し、もう踏んだり蹴ったりの数日間だった。ついては明日から執筆再開という事で関係各位に御報告させていただきます。体が弱いもんで何卒ご容赦の程賜りますようお願いいたします。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.19
コメント(0)
弟子にはRIZRA+青PACKを使わせているわけだが、所詮はRIZRA+青PACK.も間に合わせ的なペーパーでしかない。何故って、石垣島ではそれしか選択肢がないからである。ゆいロードを一本北側に入った○○商店にはそれしか売ってないのである。 では真の捲き師が選ぶべきはペーパーはなんぞやと言えばそれはOCB(オセベ)をおいて他にないのである。OCBと書いてオセベと読むことからもわかるように仏ブランドである。要するにアルファベットを単にフランス語式に読んだだけだ。無用な装飾や誇大な表現やイメージ先行で実際以上の品質を印象させてしまう昨今の市場商品に見習っていただきたいシンプルさである。これはもう商品名の機能美である。だが商品名よりも何よりもOCBが最高品質である証左はその薄さにある。もうスケスケである。で、薄いくせに全面型押しパターンで捲く者の目を楽しませるし、そのパッケージも白地にダークブラウンの一色刷りとなんとも渋いデザインとなっている。 もし捲き師ではなくとも、あなたがこのパッケージに軽いこだわりを見せるだけでもフランスはパリあたりのその筋の方々から一目置かれるに違いない。いや、違うかな。OCBをもっているだけで認められるほど捲き師の世界は甘くないが、道具にはこだわるべきであり、例えばそれは中国の故事にも読まれている通りである。【弘法は筆を択ばず】との有名な故事がそれである。世間一般ではその意味を【名人ともなると道具の質は問わない。何でもOKよ】と理解している方が多いようであるが、違うのである。名人は良いものしか使わないということをこの故事は読んでいるのである。だから択ばずなのだ。あれだこれだと択ばないで良いものしか使わないから択ばずなのである(ホントかな)。 ともあれ、真の捲き師も又いいペーパーしか使わない。厚手のペーパーなんか思想もポリシーもないうえに味もろくにわからない奴しか使わないのである。だからそのようなペーパーを使おうなんて努々(ゆめゆめ)思うでないぞと弟子には言い渡してある。もし厚手ペーパーや捲き器なんぞを使おうものなら言語道断に破門であるし、もしそのような事になれば、西欧はオランダから興り、インドへと渡って俺に伝授され、更には東シナ海を越えて石垣島への青年と引き継がれた捲き師の系譜が途絶えることになってしまうのである。 別の弟子を探そうにも師匠の俺が禁煙者に成り下がってしまったんだから具合が悪い。まさかタバコ吸ってない奴が捲きタバコとシガレットペーパーをむやみに持ち歩いては「きみ、きみ!そう!そこのキミ!タバコ、捲いてみないか?」などと手当たり次第に勧誘するわけにもいかないだろうし、今の弟子がダメだったら捲き師伝承の技も南海の海の藻屑と消え行くのみである。ああ無常である。俺、フランスでみっちり練習したのになぁ。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.17
コメント(0)
やられた。島の青年らに俺はやられてしまった。犯られたわけではない。騙されたとの意味のやられたである。昨日行われた石垣島一周駅伝でのことだ。 陸上・短距離種目を得意とする俺は駅伝大会の部落の代表に選ばれたわけであるが、短距離系トレーニングと素振りをちょっとやる以外は、なんら持久系のトレーニングをやっていないわけだから中・長距離のスピードレースである駅伝なんて論外でなのである。謙遜でもなんでもなく論外であり、データ-的に言うならば1km-5分が限界であり、ちょっと根性がなくなれば1km-6分7分は当たり前であるのだが、部落の為に俺は走ったのである。1km5分台の駅伝選手なんて聞いたことない筈である。少なくとも俺は聞いた事がない。それでも走った俺は偉いのであるが、敵は偉い方ばかりではなかった。 結論から言うと選手の大半は石垣島の青年だけに三味線弾きまくりであり、みんなで寄って集って俺を騙したのである。ひどいなぁ。 中継所での待機時間。周りの選手のなかに仕事上の知人が数名おり、彼らや彼らのそのまた知人や友人の選手らとレース前のひとときを語らい合う。前の週に行った試走会でのタイムや体調の良し悪しなどが主な主題であり、何名かは「いやあ、オレなんかタイム悪くてさ。試走会で走ったら7分台がやっとでさ。だめだめ。うん。全然オレなんか遅くてさ。うん。だめだめ。ほんと。だめだめ。まじに。だめだめ。お先にどうぞって感じかな」みたいなコメントであり、また別の何名かは「今週に入ってから風邪こじらしちゃって最悪よ、マジに。昨日も熱39度5分も出てさ、今日駅伝やめようかと思ったけど代わりがいないっていうから無理矢理出てきたさあ」なんて言うのである。なんだぁ。みんな俺とどっこいどっこいなんだ。俺も風邪こじらしちゃたし、でもみんなイコールコンディションなんだな。よかったよかった。うん。なんて具合に気を楽にさせ、あろうことか俺は皆のコメントをそのまま信じたのである。 ま、もう言うまでもないがどいつもこいつも速いかった。400m走でも始まったのかと見紛うばかりのスピードで駆けて行くのである。1km-7分台も昨夜の39度5分も大嘘である。呆気にとられた俺は目が点みたいになったばかりか、北海道くんだりから出てきて10年余年、自分が未だ純朴な青年に過ぎないということを嫌というほど思い知らされ、臍(ほぞ)を噛む思いで走った石垣島一周駅伝大会だったのである。ま、騙されなくても俺は遅いんだけどね。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.16
コメント(0)
捲き技を俺に伝授してくれたのはインドで出逢った日本人旅行者だった。俺と同年代の男性だったが、捲き師としては俺の師匠筋にあたるわけで随分と厳しい方だった。厳しいだけならまだいいが加えて随分と神経質な方で、彼の長い注釈を聞かされているうちに意識が混濁しかけたこともしばしばであり、意識の混濁とはつまり眠りそうになっただけの話なのであるが、ま、要するに説明魔というのかオタク体質と言うのか、俺などはよく『うるせー!やかましいー!どうでもいいから早く捲かせろー!』などと心の中で叫びながら師匠の話をおとなしく聞いていたのである。我ながらよくできた弟子だと思う。 で、師匠のそのまた師匠はオランダ人で、一度お会いしたことがあるのだが、師匠とは対照的にあまりディティールにはこだわらない結果オーライと言うのか、八重山的に言うとテーゲーな香漂う好人物だった。こういう書き方をすると師匠が好人物ではないみたいだが、実際そうなのである。 ともかくも俺が知ってるのはそこまでで、師匠の師匠そのまた師匠が誰であるのかまでは聞かされていない。おそらくは師匠の師匠の師匠のそのまた師匠や、そのまた師匠もいるし、遡れば当然、捲きタバコが欧州市場を席巻し、シガレットペーパーなんかが巷に出回り始めた18世紀もしくは19世紀の世に生きていた誰かに至るのであろうが、俺が辿れる捲き師の系譜は現代オランダまでなのである。 そして俺も又捲き師の系譜を守るべく師匠として石垣島で弟子をとっている。俺の弟子は弟子らしくうらわかき青年である。内地の方ではない。島の青年である。 弟子は、はっきり言って筋がよくない。弟子は絵も描けるし、決して不器用ではない筈なのだが何故か捲かせるとブヨブヨになる。それに修練もさぼりがちで,師匠の俺の目が届かぬところでマールボロとかいう官製タバコを吸ってしまう。それでも弟子は師匠の言いつけを守り、シガレットペーパーはRIZRA+(リズラコア)の青パッケージを使い続けている。赤パッケージは厚手のペーパーなので捲く上では取り扱い容易であるが、厚い紙を燃やすゆえに味が落ちるのである。青パッケージは薄いペーパーであり、実際にやってみれば解るが薄いというだけで乾燥気味の葉っぱなどを捲く場合に非常に難易度が上がってしまうのである。だが、やはり味には代えられない。葉っぱの味を守ることこそが捲き師に課せられた使命であり、捲き師が捲き師たる所以なのであるから、そこを疎かに考え、味を犠牲にして厚い紙で安易に捲いてしまうならばそれはもはや邪道でしかなく、もし仮にそういう邪道を平然とやりながら捲き師を気取るものがいたならばそれは巻き師ではなく単なるトーシローである。ま、ともあれ、心地よさや気持ちよさを追い求めるならば被うモノはなんでも薄いに越したことはないのは自明であろう。(つづく) ブログランキング登録してみました。時間と気持ちに余裕のある方、クリックどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.16
コメント(0)
子供が生まれてから煙草をやめた俺であるが、それ以前はどちらかと言うとヘビーな類の喫煙者であり、本数そのものも少なくはなかったが、量よりも質のほうにヘビーなものを求めていたのである。で、大陸の旅の最中(さなか)に行き着いたのが捲きタバコだった。 袋詰めで小売りされ、様々な銘柄があるのだが大半が欧米ブランドであり、ニコチンだのタールだの誰も気にしていない時代の産物ゆえどの銘柄もニコチンタールきつく、普段3mgだの2mgだの吸ってんだかなんだかわからないような煙草をご所望の方にはhard to smokeな逸品であり、肺ガン上等!タバコやめるくらいなら人間止めてやろうじゃねぇか!どうだこの野郎!という真性包茎ならぬ真性スモーカーの為の煙草である。箱詰の官製品タバコしか知らない我が国の喫煙者もその存在ぐらいは知っているだろうし、一回や二回試したこともあるだろうが、これをきっちり捲ける奴はそうはいないのである。 シガレットペーパーを片手の指の上で広げ、もう片方の手で袋の中から適量の葉っぱを取り出し、それをペーパーの上に細長く盛りつつ捲きやすいよう少々成型など施し、両手の指を用いてペーパーに曲面をつけるように行きつ戻りしながら丁寧かつ固くペーパーを捲き込んでいき、ちなみに俺の場合だと両の親指と中指が主導し人差指に補助的役割をもたせることで滑らかで手早い捲き込みを実現しているのである。そして最後にペーパーの端の糊を舌先でなめて留めることで一応の完成形であり、とりあえずはこのまま吸えるわけであるし、ペーパーを固く手早く捲くのはそれだけで容易ならざる技ではあるのだが捲き師の技はこれに留まらない。 手近にある別紙でフィルターを作るのである。適宣の長さにカットした紙をゼンマイ状に丸め、それをフィルターとして捲いたジョイントの片側に挿入するわけだが、この際ジョイントの捲きそのものに歪みや捲きもれ接着もれがあったりするとフィルターは綺麗に収まらず、そればかりか逆にジョイントがグシャグシャになったりするので要注意なのだ。 更にはゼンマイ状の撒きルーズだと吸っているあいだ捲きがほどけて細かな葉っぱが素通りしちゃってフィルターの役目を果たさなかったりするし、逆に固く厚く捲いてしまうと煙の通りが悪くそれもまた具合が悪いのである。要は加減なのであるが、手近にある適当な紙を用いるために紙質が変わるたびに加減の調整と紙別の核の作り方を見出さねばならず、決して紙を丸めるだけの単純な作業ではない。 葉っぱそのもの味は当然であるが、この捲きの差ひとつで捲かれた銘柄がなんであれその味わいはまるで違ってくる。ゆるく捲かれたモノは煙吸入の際に空気が混ざりすぎ葉っぱの味が薄まるし、ペーパーと葉っぱが均等に焼けずに紙ばかりが焼けた際の焦げた味と臭いは俺を不愉快にさせるのである。(つづく)ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.15
コメント(0)
日本の煙草文化がいつの頃まで遡れるのか調べていないのでわからないが、現代日本の煙草文化として根付いているものは基本的に官製タバコである。官製、つまり政府が管理統制して生産及び販売しているものである。その昔は大抵の国では煙草や塩や酒や葉書なんかはすべからず官製品として政府が管理し、それら官製品からあがる利益の全てを得ていたわけで、どこの国の政治家も役人も官製品からしたたり落ちる甘い汁をむしゃぶり続けたり吸い続けてたりしてきたのだろうが、反体制云々は本題から外れてしまうので割愛しよう。 で、煙草は今でこそJTなる民間会社が製造販売していることになっているが、JTの前身は専売公社なる立派なお役所であるのだから、下司の勘繰りじゃなくともお役所のひもつきであることは明らかである。JTを純粋な民間だと思ってる方は世の中に一人もいないだろうが、はっきりお役所だと認識すべきである。だって…。あれ、どうも反体制的なほうへ文意が流れてしまうな。性分なのかな。気を取り直して本題へ。 で、官製煙草とは政府がタバコの葉を買い付け、その葉を熟成、成型し、香料等の各種ケミカルな加工を施し、そのケミカルな葉っぱはラインの載せられて機械が紙を巻き、フィルターを合体させ、箱詰めされ、点検され、フィルムで巻かれて出来上がる。ま、それでも販売小売価格からしてみれば原価はただみたいなもんである。つまり税金を吸っているのである。製造販売は民間になってもタバコからあがる利潤はやっぱり税金という形の甘いあまい汁となり、政治家や役人は高級車を運転手つきの公用車として乗り回し、料亭や高級クラブで何を喰っても呑んでも【食料費】なんてふざけた名目で経理処理し…。あれ、おかしいな。やっぱりなかなか捲き師のところまで話進みません。どうして反体制的な文意になるのかな。十代の頃パンクロックのリスナーだったからかな。 ま、いいや。今日はもう本題へ入れそうにないので又明日。ブログランキング登録してみました。時間と気持ちに余裕のある方、クリックどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.14
コメント(0)
どのメディアでも沖縄への移住という企画をやる場合、基本的には肯定的なものとして扱っている。一部オマケみたいにしてネガティブケースも取り扱うのは単なるアリバイ作りというか、移住者からクレームがついた際の保険みたいなものだろう。『いえいえお客様、ほら、ここ読んでみてください。最悪こんなケースもあることを私どもの方ではちゃんと載せているんですよ。やっぱり沖縄ですから。ましてや宮古・八重山なんて、ドのつく僻地じゃございませんか。どのような野蛮人が住んでいるのかもわからない土地でございますよ。そんなところへ好き好んで移住しようって言うんですから、そりゃあ色々問題も起こるでしょうよ。ねぇ。それをいちいち私どもの沖縄移住特集のせいにされちゃうのは少々心外ですな。さあ、お引取り願いましょうか』なんて具合に使うのかも知れない。 はっきり言えば移住に関して個人的には否定的である。自らのことを棚上げしても、もうこのへんで移住ブームなんか打ち止めにしてほしいと思っている。だから見聞録やブログに書かれている沖縄や八重山のちょっとハードなエピソードを読んで、移住を踏みとどまってくれる人が一人でも増えるよう俺は日夜努力しているのである。 このままあと十年も移住ムーブメントに翳りが見えなかったりすると島の人口比率は内地出身者が島人(シマンチュ)を凌駕してしまうやも知れない。仮に人口比率に逆転状況が生じなくとも今後も内地化がどんどん進行していくのは間違いないのであり、本土から石垣島くんだりまで旅行にやってきたのに、島でも大勢のナイチャーに囲まれても気分良くないでしょ、やっぱり。島は島だから、島がシマンチュのものだから面白いこといっぱいあるわけで、ナイチャーの溢れ返った島なんてぞっとしないよね。 それに関して言えば、HP八重山見聞録には~驚愕の日々~との副題をつけており、俺が来た頃、もしくはそれ以前の島には驚愕の事実がごろごろあったのに最近じゃすっかり島も内地化が進んで見慣れたモノや事ばかり。 見聞録を続けながら少しずつ驚愕しなくなってきたことに気付いた時は、島で起こる大抵のことには慣れちゃったからだんだん無感動になってきたのかなとも思っていたけど、やっぱ違うんです。俺が慣れるよりも島のほうが内地化してきてるんです。どんどん内地化してるんです。標準語を流暢に喋るシマンチュや、へんに物分りのいいシマンチュや、日焼けしてないシマンチュや、時間も約束もきっちり守り計画性もあるシマンチュだらけになった島なんてぞっとしないよね。それじゃぜんぜん驚愕なんかできないわけで、島の皆さんにも内地化断念は強くお願いしておきたいところです。 内地化反対!移住者増大反対!驚愕の日々を返してください。お願いします。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.14
コメント(0)
前回掲載の本文中に“苦しいこと、キツイこと、辛いこと、頑張ること、努力すること。そういうものを楽しめる文化や習慣が島にはないことを~”とあるわけだが、島の方は頑張らない努力しないということではないので誤解なきよう補足しておく。勿論、島の人も努力はするし、頑張りもする。ただ、島の人たちが考える努力という概念は『影の努力』なのである。 例えば俺がよく行くトレーニングジムで島の知人に出くわす。するとその彼は俺に言うのである。「オレがここに来ていたこと誰にも言わんでよ。なんで今更オマエは筋トレなんかしてるかって皆にからかわれるからよ~」 そうは言うが別に彼が体重130キロで、運動オンチで、鈍チンなのでからかわれるわけではない。彼は外見も実際も万能型のスポーツマンである。ではみんなが何をからかうって、トレーニングジムなんて目立つ場所で青筋立ててバーベルや鉄アレイを持ち上げたり腹筋なんかやってるから小馬鹿にするのである。 だが実際には、知人や友人の全員が本当に彼をからかうわけではない。知人友人で実際にからかうのは三割か四割程度ってところだろう。そんなことよりも何よりも、ジムで筋トレをやっている現場で俺という知人に出くわしてしまったという事実を彼は恥じているのである。『し、しまった!見られてしまった!』と。 つまりは彼ら島の青年にとって隠れた努力ならば美徳との認識はまだしも可能なのであるが、公衆の面前で張り切っちゃて努力するなんざチョー格好悪くて、ある意味恥で、そういうことをするのはナイチャーだけだと断じているのである。だからそういう公衆の面前で張り切っちゃって努力したりしている島の青年がいたりすると周囲の青年たちはこう言うのである。“オマエ、なんでナイチャーみたいことやってるわけ。カッコワル!” 島の青年らにとって努力や頑張りは照れたり恥じたりすることであり、出来るものなら影の努力だってしないで済ませたい。だって努力は辛くてキツて苦しいのだ。間違っても楽しむものじゃないのである。ブログランキング登録してみました。時間と気持ちに余裕のある方、クリックどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.13
コメント(0)
ナイチャーは変。たいていの島の方はそう思っている。ナイチャー=変人。そういう公式がまさに共通認識として島では成り立っているのである。 どのように変かというと、何かと言うと環境だのエコだのを語るところが変だと思っている。島の方に言わせると「オマエも地球汚してるだろ。なら、偉そうに言うな」となるのである。確かに、環境問題を語る方の傾向としてちょっと肩に力が入りすぎるきらいがあるから偉そうに見えてしまうかも知れない。ヘンなところで偉そうにするからやっぱり変な人なのだろう。 次にどのへんが変かと言うと、すぐに頑張ったり努力したりするのが変だと思っている。ましてやそれが趣味の分野だったりすると変の度合いが増して見えるようだ。「なんで金にもならんことであんなに張り切ってるんだろうねえ。よくわからん人だねえ。疲れないのかねえ。ホントにまあ難儀なことだわ」となる。斯く言う俺も所属野球チームにおいて『勝つ為の練習の必要性』を説いた折に大半のメンバーが引いたのを感じ取り、孤立感を否応なく覚えたことがあるのである。俺もやっぱ変な人なんだろうなぁ。 で、他にはどこが変かと言うと、高い金払って好き好んで田舎へとやって来るのが変だと思っている。昨今でこそディスカバリー八重山みたいなムーブメントが島でも興っているが、やはり島の多数派(特に若い世代)は都会1番であり、わざわざ田舎の島へやってくる気がしれないというわけだ。島の方の憧れは利便性と快適性と流行と華やかさであるから、何事も利便性悪く、流行のグッズも服もほとんど手に入らず、快適さも華やかさもろくにないちっぽけな島へ何を求めてくるんだというわけだ。更にはここ数年に至っては来るだけではおさまらずに移住だなんだとぬかすから殆ど呆れているような状態だろう。『あんた達、どっかおかしくないか?な、大丈夫か?頭、ほんとに大丈夫か?』ってなところだ。 斯く言う俺も、こちらへ来るときは自転車に乗って日本を縦断した挙句に島へ流れ着くは、着いたら着いたでいきなり結婚して故郷へも帰らぬまま島へ住みつくはで完全に変人扱いだった。更に島の方々にほとんど理解されないのは、俺がこちらへ来る前年に何ヶ月も掛けて大陸を旅してきたことで、『そんなことして何か楽しいわけ?だって、きっついだろ、それ?』はっきりそういうコメントを吐く方だっていたのである。苦しいこと、キツイこと、辛いこと、頑張ること、努力すること。そういうものを楽しめる文化や習慣が島にはないことを変人のみなさんは覚えておいたほうがいいと思う。だって今は異文化遭遇が始まったばかりであるからやはり数が多いほうが気を使うべき時なのだ。数で圧倒するのは野蛮である。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.12
コメント(0)
八重山見聞録や見聞録外伝なんかを読んだあと内地の方の中には時折このような感想をもらす方がいる。「これってやばくない?。こんなこと書いていいの?大丈夫?」「沖縄や八重山のこと悪く書き過ぎじゃないかなぁ」「なんでこんなことばっか書くわけ?もっと沖縄の良いところを書くべきだよ」 ご意見はありがたいが、このように感ずる方はおそらくは自己投影を八重山見聞録にしているのだと思う。上っ面の体裁の良いところばかりを見て、耳障りの良い話ばかりを集めて、見たくないものには顔をそむけて沖縄を旅したり、住んだりしているが、無論バカじゃないから体裁の悪いところも見ているし、聞きたくない話も耳にはさみ、見たくないものも見てしまい、それらをすべからず否定的に捉えているからこそ八重山見聞録収録された同種のものを自ずと否定的沖縄論として読むのだろう。無論、どう読むかは読み手の勝手であり自由であるが、書き手にその意図はないので要は読み手が否定的に読んでいるということである。己の無意識に重ねて読んでいるということに他ならないのである。 その証左として島のことを否定的には考えていない島の人間が読む八重山見聞録は否定論ではない。島の方々の多くは見聞録を否定的なものとして読まないのである。島の方の感想は押しなべて容認的もしくは肯定的であり、「言われてみるとあんな感じだよね。でも、オレたちには普通のことが内地の人には奇妙に思えたり、驚きに感じたりするんだね。言われて初めて知ったよ」なんて感想が多い。ま、それでも『続・階級社会の亡霊は~』を読んだ公務員の方々は内地・島を問わずかなり面白くないであろうことは俺にも予想のつくところであるが、公務員でない方々は面白がってくれるのではとあの話を書いた次第である。 書き手は題材を面白く読ませようとするから冷やかしてみたり茶化してみたり大袈裟にしてみたりと色々アレンジをしているので、そのアレンジに好き嫌いはあるだろうと思う。世の中全般を見渡してみるにソフトアレンジやポジティブな味付けやキレイごと路線をお好みの方が多数派のように見受けられるのであるが、当見聞録・外伝はあくまでも冷やかし茶化し大袈裟路線が基本である。いくら受けがよくても多数派のほうへ流れる予定はまったくないのである。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.11
コメント(0)
階級社会の亡霊を簡単に探せる場所がある。石垣市や竹富町の役所である。ここには階級社会の影響を色濃く受けた方々が額に汗し、きっちり8時から5時までを勤務ロボットの如く無駄なく、そう余計なことなどこれっぽっちもするものかと心に堅く誓ってでもいるように8時間のときを過ごしている。勤務中は市民が自分のもとを訪れようとも笑顔ひとつ作ろうとしないその様はまさに合金製のロボットさながらであり、そこに勤務している方の大半はおそらく【公僕】という言葉や概念を知っておいでではないようだ。ま、役所批評ではないので皮肉はほどほどにしておこう。そうテーマは階級社会である。 近年に至るまでここ八重山は琉球王国の支配下にあったわけで、そこでは誰が一番偉いか、階級社会の頂点は誰かと言うと琉球政府のお役人になるわけである。島で一番デカイ家に住み、あっちこっちで女にちょっかいをかけ、取巻き連中を従えてやり放題すき放題である。俺も見たわけではないのでここの部分は書籍などから仕入れた話であるが、要するにヒエラルキーの頂点に君臨していたわけで、そのすぐ下あたりにいたのが島の役人(士族)で、中央政府の役人にうまく取り入ったり、娘を嫁に出したりしてすればもう名士として不動の地位を築けるわけで、そのような方々は家の規模や家の場所を考察すれば今でも容易に見分けることが可能である。 ま、とにかく昔から役人天国八重山であったわけで、それらの制度や慣習や価値観は近年に至るまで連綿と続いてきたのであるから平成の世となった現在でも役人偏重は健在なのである。将来どんな大人になりたいか?と島の小学生に尋ねれば、答の多くは「公務員!」となるかも知れない。と言うか、そんなことは小学生に尋ねたことがないのであくまで憶測、または冗談であるが、小学生はともかく、その子らの親は間違いなく息子どもを公務員にすべく奮闘しているのである。コネだろうと接待攻勢だろうと関係ない。ルールなどない。とにかくありとあらゆる手段を講じて役人への道を探るのが八重山の親の務めなのだ。医者よりも弁護士よりも実業家よりもパイロットよりも役人なのだ。医者は医療ミスでもやらかせばアウトだし、弁護士なんて島じゃ仕事がないし、実業家なんぞは浮き沈みの人生であり、飛行機の操縦士なんてそんなもんいつ落ちるか怖くて乗せられたもんじゃない。そんなのは所詮下層階級の連中が選ぶべき下賎なる職種であり、やはり偉いのは役人なんである。だって役人にさえなれたら職務上得られる各種権益によっておいしい汁を吸うこともできるし、民間企業のように景気に左右されたりしないし、土曜日曜祝祭日はすべて休んで、盆と正月休みに有給休暇とりまくりで年間半分働きゃいいんだから楽なもんである。そして何より人民の上に君臨し、衆愚を導く高貴なる仕事こそが役人なのである。 俺はそうは思わないが、八重山の方でそう思っている人は決して少なくないのである。いや多いと表現するのが適切か。俺の周りをちょっと見回しただけで役人偏重のコメントを頂戴できるかたはいくらでもいる。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.11
コメント(0)
石垣島は基本的に階級社会である。文字通り基本的な部分であり、表層部にそれはあまり露出していない。だから観光でちょっと覗いたくらいでは階級社会の階級社会たる所以はそう容易く探せるわけではない。それでも簡単に探せる手掛かりがなくもない。例えば新聞。これは朝日とか毎日とかそういう新聞ではなく、八重山のローカル紙の広告欄にそれを探すことが可能だ。 そこには某スイミングプールの会員募集広告が何年間にも渡って定期的に出ており、会員の各カテゴリー(例、個人会員やグループ会員、ファミリー会員など)とカテゴリー別の会員費一覧が載っているわけであるが、その価格がどう見積もっても石垣ローカルに見合う価格ではないのである。つまり平均的な島の所得や生活費などから算出しえる金額としては破格であり、島の平均的もしくは標準的モデルケース世帯では捻出するのに躊躇われる額であるのは間違いない。勿論、東京や大阪を基準にするならばむしろ平均値以下の金額なのかも知れないが、石垣島のミドルクラス以下ではまず通えないのである。 つまり私設プール側が客として見ているのは島のアッパーミドルクラス、もしくは内地から多額の預金と共に移住してくる方々であり、巷でミドルクラス以下の低所得者どもが『会員費高すぎだろ。安くしてくれたら利用してやるのによ、まじに。プール通うのに三万も四万も出せるかっつうの』みたいな文句を垂れようともそんな声に耳を傾けるようなことはないし、仮に試算上で会員費を下げたほうが利用客が増え利幅が大きくなろうとも私設プール側が会員費を下げることはないのである。 言うまでもなく現在この私設の利用客は島のアッパーミドルクラスやそのご子息達であり、各社の役員たちや医者や上級公務員の方々であり、三万や四万や五万のはした金で文句を垂れたりするような方々ではなく、プール側もこういう方々以外に来て欲しくないからこそ会員費を下げたりしないのであり、階級的なものをそこに見て取れる島の低所得者たちはそこに近付いたりしない。新聞広告を見て『高い、高い』と文句を垂れているのは島の階級社会をそこに読み取れないナイチャーばかりである。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.10
コメント(0)
沖縄は移住ブームである。今更言うまでもなく移住流行りであるから石垣島にも数千の移住者が押し寄せているらしい。誰も数えてないので実数はよくわからない。でもとにかく多いのは確かだ。中長期の滞在者まで含めると八重山界隈には常時一万人くらいの内地出身者がいるかも知れない。無論、俺もONE OF THEMであるわけだが、ここ数年で急激にその数が増えているので個人的には多少の危惧を覚えている。所謂、軋轢というやつだ。当然、島と内地のあいだの軋轢である。 ちょっと考えればわかるが、内地の人間は余所者であり、島の人間は島のことを自分の庭だと感じているのだからそこに余所者がドカドカと押し寄せて来て、家を建て、商売を始め、内地の文化を持ち込み、島の人間はだらしないだとか時間を守らないだとか酒を飲んでは仕事を休んでばかりいるとか内地式の価値観で島の人間を推し量るから当然そこに軋轢の元が生まれているのである。でもそれに気付いていない内地の方が実に多いことに危惧を感ずるのである。ま、今風に言えば(島の)空気が読めていないわけだ。これって、ちょっとヤバイでしょ。 良く言えば能天気(良く言ってない?)と言うのか、自己中心的と言うのか、唯我独尊と言うのか、自分の探しの旅とか言って自分のことにしか関心がないので周囲の動きが完全に疎かになっているパターンや、青い海と南国の風と白い壁のお家が関心事の中心で、内地から遊びに来る友人たちのおもてなしで毎日が明け暮れてしまうから周囲のことなど構う気もないパターンがその主なものであり、前者には若い方が多く、後者に多いのは実年壮年のリタイヤ組である。 軋轢が表面化した場合、直接的に実害を蒙(こうむ)るのはそういう彼らだろうが、どうしても島VS内地の構図にならざるを得ないだろうから俺だってなんらかのダメージがあるかも知れないし、一概に人ごとでもなかったりするのである。 ホント、頼むから空気読んで!一人で生きてるわけじゃないんだからさ。頼むよ、ホント。ね、移住組の皆さん。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.09
コメント(0)
ここ数年はその姿を見ることはほとんどないが、日本縦断行の果てに俺が石垣島に流れ着いた90年代半ばには離島便の発着する港周辺にお馴染みさんの顔が揃っていたのである。勿論、乞食のお馴染みさんである。 俺も今は仕事に追われて港界隈でぼんやり過ごすことなどまずないが、当時は流れ者風情であるから夜な夜な離島桟橋あたりを徘徊してはぼんやりしまくっていたのあり、ベンチに座って煙草をふかす俺のそばに時折お馴染みさんやってきては、「お、お兄さん、い、いっぽん、一本いいかな。へへへへへ」と笑いかけてきた。 彼らは島の方らしく、聞けばすぐそれとわかる沖縄式の苗字で呼ばれている人もいた。ま、例えば我那覇さん(仮名)とか東恩納さん(仮名)とか金峰さん(仮名)とかそんな名前であり、我那覇(仮名)さんと同級生だという男性から我那覇(仮名)さんの生い立ちを聞かされたことが後にあった。我那覇さんは幼い頃より神童よばわりされる人で、高校生までを秀才の名を欲しい侭にしていたらしいのだが何故か高卒後の進路として彼が選んだのは○○隊だった。専守防衛を職務とする国営のあの、立場のはっきりしない擬似軍隊である。数年間を過ごしたその基地内で何があったのかは誰にもわからないのだが、彼はそこで自我の崩壊、または魂の解放の時を迎え、めでたく乞食さんとなって島へ帰ってきたのだという。 そして元神童の乞食さんは、所持金600円で島へ辿り着いた乞食まがいの俺のところへやって来て煙草をねだる。「い、い、一本いいかな。ヘヘヘヘヘヘ」「いいよ。ヘヘヘヘヘヘ」 思い返すもその光景に何か感動的なものを憶えるのはやっぱり俺だけか。石垣島の夜の港で二人の乞食が出遭った美しい思い出である。 旅と乞食【 了 】ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.08
コメント(0)
面倒くさい人。 これ、内地の人間へ対して島の方々が抱いている先入観および固定観念である。島の一般常識との言い換えだって可能である。何故めんどーなのか。島の方々が主張するところでは内地の人間は計算に長け仕事がこまかく、色や形や形式や体裁にこだわり、計画を立てて行動しようとする。そして何よりも約束や時間にうるさい。これがめんどーでなくてなんなのかと。 内地の暮らしにおいては、計画を立てることは善であり、計算に長けるのは優である。こだわりを持つことも仕事においては大抵の場合良い仕事をする条件の一つと数えられるし、約束や時間を守るのは道義的にも道徳的にも人間的にも社会的にも最低限のルールであり、約束や時間を守らなかったりするとそれだけで極悪人のように罵られるか、もしくは泥棒のはじまりなどと称されるのである。 昨今じゃ近所の人はキレられるのが怖くて黙して語ろうとしないが、両親も先生も親戚も政府も官庁も徹底的で偏執的なまでの姿勢でそれらのルールを内地の人間に刷り込もうする。あまりに辛くて逃げようとすると、それは弱い人間のすることだと罵詈雑言誹謗中傷され、諦めずに何度でも挑戦することが尊ばれる。そして約束を徹底的に守り、競争には必ず勝ち、マシーンの如き仕事ぶりで人生を切り拓いていくのである。 やっぱりこれって面倒くさいことかも知れないなぁ。ブログランキング登録してみました。時間と気持ちに余裕のある方、クリックどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.07
コメント(0)
過日、街角を歩いている私の背後から若い男の怒声が響き渡った。文章化するとこんな感じである。「こらァァァッ!ぼけェェェ!止まれっ。止まれってよ!おい!止まれってんだろがっ!ああんっ、こらっ!」 ちなみに太字部分はアクセントを示しているわけだが、どういうふうに聞いても誰が聞いても反目しあうチンピラ同士が街角で出くわしたか、もしくは鉄砲玉の使命を帯びた若造なチンピラが組長暗殺のその大役を果たすべくアドレナリンの出過ぎでどうにもこうにも抑制が利かなくなってしまったか、又は、兄貴分の年嵩のチンピラが行儀の悪い若いチンピラを躾のために叱りつけんとしているのか、ま、なんにせよそのスジの方が発した怒声にしか聞こえず、私は多少の身の危険を感じつつ声のほうを振り返ったのである。 しかしそこに居たのはチンピラ二名ではなく至極カジュアルな雰囲気に満ちた親子連れだったのである。年の頃なら二十台半ばと思われる若いお父さん。その傍らで立ちすくんでいるのは幼稚園にやっと入ったくらいの幼い男の子だ。然るべくして私の頭の中には?マークが三つくらい並んでしまう。今の声は何?誰?あの若いお父さん?なんで?という訳であるが、驚いているのは私だけだったようで立ち竦んでいるかに見えた幼い子はすぐにヘラヘラと走り出したから再び怒声が鳴り響いたのである。「こらぁぁあ!止まれって言ってんのがわかんねぇのか、こらぁあぁぁあぁ!死なされるど、この野郎!」 『死なされる』とは八重山的言い回しで、標準語的に言うと『ぶっ殺す』となる。で、死ぬの殺すのまで言うのだからチンピラの抗争もしくは揉め事と間違うのもあながち大袈裟でないのは御理解いただけると思うが、幼い子に対して「殺してやろうか、この野郎」呼ばわりはいけません。どんなことがあっても駄目です。俺は認めません。でも、よその親子関係まで口をはさむつもりも義理もないので勿論その場は黙して語らず成り行きを見守っていたわけだが、別に期待したり不安に思っていたような展開はなかったのである。若い父親は小走りでちょろちょろと動き回る息子の頭をつかまえ、ちょっと大きな声で短い説教を垂れただけで、息子のほうも多少消沈の気配は見せたものの泣き出すわけでも絶望するでもなく二人は淡々と食堂なんかに入って行ってしまったわけで、要するに怒声による一連のやりとりがこの親子の間では至極ユージュアルでカジュアルで当たり前すぎる日常の一コマだと言うことが判明し、その至極ユージュアルでカジュアルで淡々としている粗暴な親子関係を見せ付けられた私はやはり驚愕するより他に術がなかったのである。 口が悪いと言ってしまえばそれまでであるが、悪いと言うよりも劣悪であり乱暴であり、私などに言わせればおよそ大人が子供に対して取るべきではない振る舞いの典型に間違いないのであるが、ここ八重山では決してレアケースではないから一概に否定的コメントを垂れ流すのもどうかなと感じる次第である。ま、冒頭に記したお父さんの振舞いは多分にひどいほうであると思っていただきたい。でもやっぱりレアケースではないのである。つまり単純に粗暴乱暴なる育児姿勢というのではなく、八重山ゆえの土地柄とか文化とか民族性とかそれら根源的な理由があってこその粗暴言動ではないかと私は類推している次第である。ここで早合点しないでいただきたいのは粗暴な文化とか乱暴な民族性とか言っているのではないと言うことだ。では、その文化的背景、民族的背景は何ぞやと問われると不勉強の極みにある私にはそれもよくわからないので、結局は驚くより他に手がないのである。だって、八重山の子供たちは深夜まで酒席宴席に連れ回されることもしばしばで、幼い時分から酒の味を覚えさせられ、多くの家では両親共働きだから当然日中はビデオ漬けのままに子供だけで時間をやり過ごし、ビデオに飽きたらテレビゲームを買い与えられ、スナック菓子を際限なく買い与えられ、挙句に親の意にそぐわない事でもやらかした日にはヤクザが切る啖呵の如き剣幕と怒声でもって罵倒され、実の親に「ぶっ殺す」とか言われ、頭を拳固で叩かれ、張り飛ばされ、もう散々である。いや惨々かな。 私はこれらの事実を踏まえ、バイオレンス養育法(八重山式)とここに正式および公式に名付けんと欲しているわけだが、おそらくは各方面から非難轟々だろうからやはりここだけの話にしておこうと思う次第である。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.07
コメント(0)
とある夕刻、島のみやげ屋から子供の泣き叫ぶ声。息のかぎりに喉を震わせ、呪いの文句のように同じ言葉を繰り返す。まさに絶叫と呼ぶに相応しい歪な波長を長く引きずり、間断なく幾度も幾度も繰り返す。 あまりに叫ぶので最初よく聞き取れないその言葉はどうやら【足】のようだった。その子はしきりに「足がぁぁぁ足がぁぁぁぁぁ足ぃがぁぁぁぁぁ!あああぁぁぁ!」とやっていたのである。説明の必要はないと思うが、要するに足が痛いのだ。だがその男の子はどこかに手を当てたり、さすったりするわけでもないので足のどこらへんがどのように痛いのかまでは不明だった。彼の両手はずっと母親の首に回されていたのだ。つまり母親に抱っこされていた。では母親のほうは我が子の絶叫を耳元で聞きながら何をしていたかと言うと、優しく声を掛けて落ち着かせるでもなく、患部と思しき箇所を探るでもなく、泣き止まない我が子を前に途方にくれるでもなく、ただひたすらに土産物(みやげ)を物色していたのである。 物色とは人聞きが悪いか。つまり買物だ。俺はその母親の神経を疑った。まず第一に、耳元で絶叫を聞かされても一向に動じないその聴覚神経を疑ったし、我が子が長いこと泣き止もうとしないのに何ら対策も処置も講じようとしないから母親としての神経も疑ったし、店内に大勢いる他の客に不愉快な思いをさせていることをこれっぽっちも想像できていないようだったから人としての神経さえ疑わざるをえなかった。 そしてその子の父親も同様だった。しばらく母は子供を抱きかかえながら一人で物色を続けていたから父親は店内にいないのかと思っていたら、父親は父親で一人で勝手に別コーナーで土産の物色を続けていたのである。父親は姉とおぼしき幼稚園生くらいの娘を引き連れていた。泣き叫び続ける男の子には三人の家族がいたのだ。姉も両親同様に、弟のことなどまるで気に掛けていないかのごとく父親の傍らに張り付いていた。母親にも呆れたが父親と姉にも俺は呆れてしまったのであるが、もしかしたらその男の子は絶叫癖とでも言うべき能動があるのかも知れないし、なんらかの障害を脳に持っているやも知れないと考慮もしてみた。 その子の様子や表情などから俺の目にそうは映らなかったのであるが、もし仮にそうだったとしても両親の態度は尋常ではない。どんな理由があるにせよ旅行先の買物の途中で泣き叫び続けている幼児を尻目に黙々と土産物の物色を続けられる神経と思考パターンは異常と呼ぶに相応しい。父親にいたっては土産物の選定というよりは自分の欲しいものを娘と一緒に楽しげに選んでいると言った風情だったし、親として何を為すべきか、何を優先すべきかという取捨選択をつかさどる脳神経回路にバグが生じているとしか俺には思えないのである。 一体なんの為の観光旅行なのだろう。何がしたくて日本の最果ての地にやって来たのだろう。買物をするためか。親戚や兄弟や同僚に土産物を配るためか。爺婆(両親)に幾日も預けるわけにもいかないから仕方なく、面倒くせぇな、邪魔くせぇなぁと思いながら幼い我が子を連れてきたのだろうか。みやげものを選ぶことはそれほどに大事なことなのか。 この両親は、まったくもって壊れていると言わざるを得ないが、石垣島を訪れる観光客にこのような方々はしばしば見受けられ、程度の大小や強弱はあれあまりレアケースとは言えないのである。そのような両親を持った幼い子供らにとって、石垣島への旅行は間違いなくバット・トリップだ。ナイトメアだ。トラウマ間違いなしだ。 幼児の肉体、特に関節などはまだ未成熟で長い距離を歩いたり長時間歩いたりすることが困難なのである。想像するに、絶叫していた彼の足は大人のペースで離島観光に連れまわされもうくたびれ果てていたのであろう。まだ幼児の彼は少ない語彙でもって自分の股関節も膝も足首も足指も何もかもが疲れ果てていることを母親に一生懸命訴えていたのだろう。大人はテレビやら雑誌などでさも興味深げにとりあげられている石垣島の自然やら風物やら文化やら土産物なんかを見たいかも知れないが、幼児にとっては石垣島も近隣の海もそう大差はなく、一日中おとなのペースで連れ増されたらもうあとは疲れ果てるよりほかに術はない。自分で行きたいと希望したわけでもない石垣島くんだりまで問答無用に連れてこられて一日中歩いたり座ったり乗ったりして、あれ見ろこれ見ろと言われ続けて、泣き叫んでも無視されて、あとは宿に戻って布団に入ってバット・トリップから早く覚めるのを願うしかない。 南島への旅行、どうせならグッド・トリップもしくはハッピー・トリップにしてみませんか。買物は、ま、そこそこにして。ね、観光に訪れる親御さんの皆さん。 あ、俺も激ってなんだかすっかり長文になっちゃった。ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.06
コメント(0)
沖縄や八重山の人が長寿というのは幻想である。秦の始皇帝が不老不死の薬を求めて徐福にその願いを託したが如く、本土の方もまた沖縄の地に同様の願いを託しているに過ぎない。ま、確かに現在に至るまでの長寿比率は多少高いかも知れないが、ここから先ははっきり言って短命確実であり、あと二、三十年もしたら間違いなく本土のどの土地よりも平均寿命が短くなっている筈だ。 なんでって、今の沖縄の壮年から下の世代なんてヌチグスイ(命の薬)はおろか、野菜もろくに食べないし、肉ばっか喰ってるし、肉は肉でもチャンプルポークなんちゅうジャンクフードの極み、もしくは頂点を極めたジャンクとも言える缶詰の食肉加工品をこよなく愛しているのである。このチャンプルポークにハマるのは島だけでなく内地出身者にも多くみられる現象で、さすがジャンクにかけては沖縄の数十年先を行ってる地で生まれ育っている彼らだけにそれはそれで然るべき事であるわけだから特にコメントを要しない。 沖縄と八重山の話に戻すと、まあまあまあまあとにかく食べ物の好き嫌いが多い方々が多いのである。一緒に飯屋などに入ると『もうそれくらいで止めてくれ~。頼むぅ~、も、も、もうそれくらいで充分じゃないか…。な、もういいじゃないか。き、き、聞いてんのか、この野郎!もう止めろって言ってんだろが!!』とこっちがそんなことを言いそうになるくらい必死に、懸命に、一粒残らずにピーマンやら人参やら玉ねぎやらのみじん切りを注文したチャーハンの中から拾い集めては別皿に捨て続ける島の方は少なくないのである。中には好き嫌いリストを挙げさせると次々と食べられない食材が増え続け、最後に残ったのは白米と鶏肉だけという島の女性もいる。オマエ、なに喰って生きてるわけ?と問うたら「白い御飯とお菓子」と彼女は答えてくれた。ま、彼女は死んでも長生きできないわけで、長生き以前に肉体的な抵抗力も回復力も低いだろうから病気がちにもならざるを得ないし、それだけ医療費もかさむし、家族にもそれ相応の負担も強いるわけであるが、それは極端な事例ではあるもののそれに類する方は多く、もし俺が食堂の主なら【野菜なし肉だけチャーハン】とか【長寿なんてクソ喰らえ丼ぶり(チャンプルポーク1缶まるごと使用)】みたいなメニューを考案し、店の看板には【当店のお食事によりお客様が成人病になられても一切責任は負いかねますので御了承ください】との注意書きを載せて、島の方々のジャンクな食生活の応援賛歌としてみたい。 昨今、八重山の医療費は上がる一方である。俺の周りは成人病だらけである。うつされないよう注意しなっきゃ。 ブログランキングに参加してみました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.06
コメント(0)
悪態を吐く乞食は、北京はナイトマーケットにいた。 人混みをかき分けて現れた彼女は立ちはだかるように俺の真正面にポジションを取り、胸を突き併せんばかりの勢いで眼前に迫ってきたのである。北京に至るまでの半年あまりに大陸各地で百名は下らない数の乞食から物乞いされてきたわけだが、彼女ほど強度のアタックと、相手に考える暇も与えないスピードを持った乞食は見たことがなかったから俺は少なからず焦った。 日本の乞食さんにもお馴染みの大きく膨れ上がった紙袋を片手に提げた彼女は、もう一方の手を俺に目の前に突きだして早口で何事かを捲し立てる。無論、中国語不明の俺には何を言っているのかまったくわからないのだが、その剣幕から彼女が俺を圧倒しようとしているのは疑いようがなく、ここで彼女の勢いに呑み込まれ気圧されてしまったら俺の後に続く日本の旅人達が彼女の餌食になってしまうかも知れないと、俺も踏ん張り返した。「だめだ。NOだ。わかるか。俺はもう金がないんだ。日本へ帰る船賃にも足りないのにアンタにやる金はないんだよ。な、わかるか。ないの。金、ないの。わかるか。ないものはないんだよ。な」と俺も大声でやり返すと彼女は俺よりも大声を出してもう一度捲し立て返すから周りもざわつき始める『お、喧嘩か喧嘩か喧嘩か。やんのか、やんのか、やんのか、やっちゃえやっちゃえ』みたいに。 仕方なく俺は声をひそめつつも一元一角(中国の通貨単位)とてキミにはやらんと断固たる意志を顔に貼り付けて頑張った。すると彼女も引き時を悟ったように俺の正面を明け、再び人混みの中へと姿をけそうとしたのであるが、去り際一発、彼女は再び俺のほうを振り返ると中国語で又も捲し立て、俺に向かって人差し指を突きつけ、詳細不明であるものの悪態を吐いていることは疑いようもなく、俺はすっかり閉口してしまったのである。 このエピソードから得るものは何もない。ただ乞食に気圧されだけの話である。(つづく)ブログランキング登録してみました。時間と気持ちに余裕のある方、クリックどうぞ。人気blogランキングへ
2006.01.05
コメント(0)
一切の光を放たない聖者の目をした乞食たちにインドで出遭ってからパキスタンを経由してイランに入国し、乞食の雰囲気が一変していることに俺はすぐに気がついた。イスラム圏の乞食は明らかにヒンドゥー圏の乞食とは違うのである。パキスタンもイスラム圏ではあるが、1947年に独立するまではヒンドゥー・ムスリム入り混じっていたし、インドとパキスタン両国は民族的には同族みたいなものであるからパキスタンの乞食物乞いは純粋なイスラム圏のそれとは少し趣を異にしているのだ。それゆえかパキスタンでは特に差異に気付かなかったのであるが、イランの乞食はその差異が際立っていたのである。 で、どう違うか。一口に言えば、明るいのである。 明るい乞食というのは言葉足らずも甚だしいかも知れないが、俺の第一印象は『なんか、此処の乞食さんたち随分と明るいな』だったのである。要するに表情があるわけで、他の地域ではほぼ例外なく無表情な乞食が多数派であり、あとは哀れっぽい感じでくる人が少しと、レアケースだが怒りっぽいノリでくる人がいるくらいなのだが、イランは違うのである。 眼と眼が合うと微笑みかけられ、その笑う顔がとてもいいので、つい施しをあげると『旦那ぁ、好い方だ。うん。良い方だよ。旦那にはきっといいことあるぜ』みたいな感じで頷いてみせたりするからこっちも何か良い気分になってしまうのである。『いやあ、なんか今日は朝から善い行いしっちゃた気がするなあ』みたいな。 で、日本へ戻ってから色々と調べてみてわかったのだが、イスラム世界では【喜捨】という価値観および習俗が成立しており、富める者は貧しき者たちへ喜捨を行わねばならず、イスラム原理主義の国イランなんかでは無論乞食は喜捨を受ける立場であるから、どこぞの極東の島国の乞食みたいに殴る蹴るの暴行を受けて死ぬ目に遭う心配やファーストフード店のゴミ箱を漁ったりしないでいいのだ。なれば人としての尊厳を保ったままイランの乞食は乞食でいられるわけで、極東の島国からやってきた旅行者に快い笑みを向けられるのであろう。 イランとかイスラムって日本じゃ随分と評判悪いみたいだけど、乞食がいい顔しているってすごく重要なことだと思うのは俺だけだろうか。(つづく)ブログランキングに参加しました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.04
コメント(0)
『癒しの島』これ、紋切調の煽動的キャッチフレーズの典型例じゃないでしょうか。曰く、「癒しの島へ行こう!」だの「癒しの島を巡る」だの「癒しの島で住んでみたい」だの、テレビ各局で「癒し」、雑誌の特集でも軒並み「癒し」、それらを見た観光客も口を開けば「癒し」、癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒し癒しと、これでもかと言うくらい連呼されるとなんだか沖縄や八重山全体が福祉施設か温泉チェーン店の牙城のようにさえ思えてくる。 紋切調というのは使い古され、バカの一つ覚えみたいに繰り返され、形骸化し、本来持っていたはずのエナジーを奪われてしまった言葉(言い回し)である。メディアに携わらない一般の方が日常のなかで使う分には特に不都合もないだろうし、誰に迷惑を掛けるのでもないから問題ないが、メディア側が紋切調で情報を発信するのは非常に迷惑であり、各方面に多大なる不都合を生じさせ得る。 発信しっぱなしのメディア側は無関係だが、その紋切調の情報を得た観光客は「そうなんだ。沖縄の島々では癒されるんだ。へ~、そうなんだ。癒されるんだ。へ~」と思ってこちら沖縄方面へとやって来るので到着するなり出会った島の方々に向って「癒されに来ました~。よろしく~」とやってしまう。で、島の何処へ行っても癒しを求め始める。海や夕日を見ていて癒されるのは言うまでもなく、飯を食っても「あ~、なんだか島の料理って癒されますね~」、ヤモリの声を聞いては「最初はちょっと怖かったけど、ヤモリの声ってなんだか癒されるんですよね~」、婆ちゃんが笑うのを見ては癒され(本土にだって笑う婆ちゃんくらい居るだろうに)、と、もうなんだか癒され亡者のような形相とあいなり、彼ら彼女らを案内もしくは世話などしている島の方々は、『これはなんとしても本土の方を癒してあげないとならぬ』との強迫観念に駆られ始めてしまうことも少なくない。いや少ないかな。でも気持ちの弱い方ややさしい方、もしくは観光客に尊敬されたいとかイイ格好したいというちょっと下心のある方のなかには本当にそういう強迫観念に突き動かされる方もいるのは事実で、そうなるとあんまし笑えない場合も多々あるのである。どういうふうに笑えないかというと、思う通りに癒されなかったりすると怒り出したりクレームをつけ始める本土の方も少なくなく、曰く「なにが癒しの島だ。嘘じゃねぇか。島の連中は約束は守んないし、酒癖悪いし、テキトーだし、ゴキブリは一杯いるし、車の運転は滅茶苦茶だし、海にすぐゴミ捨てるし、ゴーヤなんて苦くて美味くないし、嘘だ、嘘だ、癒しの島だなんて嘘ばっかしだ!」と騒ぎ立てたりするのである。 でも、そういう言い分は間違っていないと思う。確かに島の方は約束(時間)は守んないし、酒癖悪い人も多いし(本土にも多い)、テキトー(テーゲー)だし、ゴキブリもヤモリも他の虫も一杯いるし、危ない運転の人が多いし(本土も)、海にタバコの吸殻や空き缶ポイポイ捨てて、出したゴミは浜や公園に捨てて帰るし、それらの振舞いが島の方の一面の特徴であることも又事実だ。無論、そうではない方もいるのであるが、そんなことは昔っからそうなのであり、今更そうなったわけではなく、それが彼らなのである。良いも悪いもない。それが彼らなのだ。だから島の人間の気に入らないところを論(あげつら)って、癒されなかった。癒しの島じゃなかった。どうしてくれる。なんて騒いでみても何も始まらないし、変わらない。 要するに変なキャッチフレーズのおかげで島は引っ掻き回される羽目になるわけで、癒しの島のキャッチコピーもここらで打ち止めとしてもらえればお互いにとって幸いであるような気がするのだが、そう感じるのは俺だけか。ブログランキングに参加しました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.03
コメント(0)
”そうか。あれが生きるということか。虚飾も見栄も計算もすべて剥ぎとり、ただ生きようと欲するならばあのようにして生きていかなくてはならないんだな。そうか。わかった。それも覚悟しておこう”との一文が本文中にあるが現在はそのような覚悟はまるでないのでご注意されたい。何を注意って、そのような覚悟がある人間が書いている文章だと思われると色々弊害がありえるので注意してこれを読み、『ああなんだ。そんな覚悟のある人じゃないんだ。よかった』と思っていただければ幸いなのである。ブログランキングに参加しました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.02
コメント(0)
拙HP八重山見聞録冒頭にも書いてあるが、俺は俺の書くものが正しいとか真実だとかは一切考えていない。あくまで俺の目に映ったものを俺なりに咀嚼して俺風に書いているに過ぎないのである。俺風だから、笑いを嵌め込みたくてわざと大袈裟にすることだってしばしばである。話の流れをわかり易くするために瑣末と思えることをわざと省略してしまうこともある。だから事実ではない。断じて事実ではないが、嘘を書いているわけでもない。本当なんですよ、と言いながら嘘を書くのは明らかに販促である。じゃなかった反則である。基本的に反則はしない。意図しなかったり下調べが不足していて間違うことはあるかも知れないが、嘘を書くつもりはない。 必要があってフィクションを書くことはあるかも知れない。あえてフィクションで書いたほうが生々しく書ける素材や状況があり得るからで、その場合はHP八重山見聞録・第二部~短編小説による八重山的育児論考~のようにタイトルに『小説』であることを冠するものである。 だいたいがあらゆるメディアに登場するもの、これすべてある種のフィクションである。現実に起きている事件事象、森羅万象のなかに最初からテーマが決められていたり、テーマに沿って起きているものなんてありえないのであるから、テレビであれ、ラジオであれ、映画であれ、ブログであれ、メディアの中でテーマという作為を与えられて表現されてしまえばフィクション以外になり得ないのである。水戸黄門に出てくる悪代官みたいな悪の象徴や悪の権化的単純極まりない存在が世の中に存在しないように、俺が書く人たちも現実世界では書かれているほどに単純な存在ではない。例えばザ八重山・政治家たちの群像4でとり上げた町議会議員の先生はひどく単純化された個性に書かれているが、実際は子分も多く、子分の面倒見も悪いほうではないようだから一概にアホよばわりするのもどうかと思う。ま、自分で書いておいて「どうかと思う」もないが、面倒を見てもらった子分らにしてみれば『うちの親分はアホじゃないぜ。そりゃ確かに口も悪いし、肩で風きって歩くし、ちょっと威張り散らす傾向もあって、オレが世界を変えてみせるぐらいのことも思っちゃって少々誇大表現も鼻についたりするけど、でもあれで結構子分思いのいい人なんだぜ。あんましアホアホ言うなよ、こら!』ぐらいの反論はあるかと思う。 やっぱり先生をアホに書いてるって? いえいえそんなことはありません。気のせいです。ま、それはさておき、間違っても当ブログに書かれている事柄を真実であるかの如く思ったり、俺の主張を信じたりしないで下さい。反論するのも又逆説的な意味で俺の主張を信じているからこそ反論したくなるのであり、信じなければ 隣の部屋で こかれた屁ほどにさほど気にもなりません。俺も人間ですから嫌いな人の嫌な振舞いを見たら実際以上に悪く思うかもしれないし、体調や状況によっても感じ方が違うかも知れない。要は自分の目で見たものを自分で判断するのがベストであり、できればその際に思い込みや常識や、大手メディアが主に発信する紋切調の煽動的キャッチフレーズのフィルターをかけずに思考し判断してみてください。世界が変わると思います。 明日は、その紋切調の煽動的キャッチフレーズについて書いてみようと思います。ブログランキングに参加しました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.02
コメント(0)
正月早々乞食である。季節感も風情も凌駕もしくは度外視してこその八重山見聞録外伝であればこそいた仕方ない。 元々乞食に興味を持ったのは高校のときの修学旅行のことで、上野駅のホームで列車待ちの俺ら修学旅行生一団およそ400名の直中に置かれたゴミ箱(当時は無分別)をおもむろに掘り返し始めた乞食のおじさんを目の当たりにして強いカルチャーショックを受けて以来だ。学生期のほとんどを札幌の新興住宅地で過ごした俺はその時まで乞食というものを見た経験がなく、俺の目の前数メートルの所にある大きなゴミ箱に顔をつっこむようにして食べ物を漁るその姿は鮮烈ですらあった。 そしてインド。物乞いや乞食が鮮烈な印象を放つのはやはりこの国が一番かもしれない。なにせその多種多様な在り方には目を奪われた。他の方はどうか知らぬが、インド各地の雑踏の中を歩いては俺は繰り返し呆気に取られ、語るべき言葉を失ってしまったのである。ただ単に貧しげなるいでたちの方も多かったが、そういう次元を遥かに超え、なかには四肢のどれかを失っていたり、どれかどころか複数もしくは四つ全部失っている方もいて、彼らはひたすら地に伏せ、手を伸ばし(手がある方は)、または死体のごとく横たわり、蹲(うずくま)っていたのである。 可哀想とか憐憫とか同情とか慈愛とかそんな生はんかな感情は起こる筈もなく、ほとんど俺は硬直した。彼らの前を歩き去っても心は痺れて動かなかった。施しを行おうにも彼らの前で立ち止まり、財布に手を掛けることが出来なかった。わずかに20万円しか持たずに大陸に来て、語学もろくに出来ないくせに見知らぬ町や村を歩き、挙句にイスタンブールを目指すつもりでいた俺には、彼らの姿が明日の我が身にさえ思えた。ひとつ間違えば俺は彼らのように生きていかねばならないのか。そうか。あれが生きるということか。虚飾も見栄も計算もすべて剥ぎとり、ただ生きようと欲するならばあのようにして生きていかなくてはならないんだな。そうか。わかった。それも覚悟しておこう。でも俺には足があり手があり、旅を続けるための身体がある。俺は生きるために歩くしか、旅を続けるしかないのだ。どうぞ皆さん、俺を生かせて下さい、と俺は彼らに手を合わせ、覗き込んだ彼らの顔。その眼には一切の光がない。善意も悪意も希望も絶望も挫折も偏屈も何もかも一切だ。 俺は好き好んで乞食や物乞いになるつもりなど毛頭ないが、もし彼らの存在がインドになかったら旅を続ける意味や覚悟が得られなかったのは間違いと思う。旅をするとは剥ぎ取ることだと、旅をするとは生きることだと俺は彼らから教わったつもりでいる。ブログランキングに参加しました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.02
コメント(2)
以前からわからないことのひとつに『自分探しの旅』というのがある。どうも意味がわからない。自分を探すとはどういう作業なのだろうか。探さないと見つからない自分なら現時点での自分は探す前の自分であるということで、つまり隠れている自分ということになるのか。本来の自分ではない自分という意味なのかも知れないが、それは御都合主義的解釈なのではなかろうか。本来の自分も仮の自分もない筈で、自分は自分であり、悩んでいるのも苦しんでいるのも喜んでいるのも迷っているのも鬩ぎあっているのも皆どれも自分なのであり、そこらとちゃんと向き合わないと自分探しもへったくれもないのではなかろうか。悩んだり上手くものごとが運ばなかったりダメだったりすると、これは仮の自分なのだ。本来の自分ではない。本当の自分はきっと何処かにいるはずだなんてフィクション以外のなにものでもない。虚構である。 大陸の旅に出た当初、俺は自分の中の価値観や人生観が日々崩壊していくのを憶え、ひどく焦ったことがあった。それまでの生活の中で一度も見たことがない人や物が目の前に在り、ただ在るだけではなく語り動き叫ぶ。又あるときはそれらが割れたり壊れたり突如として動かなくなったりする。例えば路上で暮らす家族だったり、ゴミの上に横たわる赤ん坊だったり、犬小屋同然の家だったり、突然落ちてくる窓ガラスだったり、五分走るたびに停まってしまう列車だったり、カーチェイスをする路線バスだったり、施しを得られないと悪態をつく乞食だったり、日本人旅行者を食いものにしている物売りだったり、見知らぬ異国の旅人を豪勢な昼食に招いてくれる現地の人だったり、自動小銃を向ける強盗だったり、全裸で日光浴を楽しむ女性だったり、いやもう止めよう。きりがない。 いったい俺の目の前にあるものはなんなのか。俺が知っている知識や常識じゃ通用しない。どうすればいい。どう考えればいいんだ。理解不能なものを見るたびにいちいち不安になったり怒ったりしていたのでは何ヶ月もの長旅は到底できない。然るに旅の当初は帰りたくなった。日本へ帰ればこの得体の知れない不安感から開放される筈だと思った。押さえている手を離せば音を立てて壊れそうな価値観が如何に脆弱なものかを知り、俺は最初それを守ろうと抗った。押さえている手を離すものかと思った。これまで29年間もかけて造り上げてきた価値観や人生観をそう容易く壊せる筈がないのだ。 でも俺は帰らなかった。なんで帰らなかったのか。帰れば今の自分はなく、それまで29年かけて培ってきたものを信じて生きていたに違いない。男はかくあるべきとか、女とはかくあるべしとか、人生における成功とはこういうものだとか、何が善で何が悪だとか、島国日本の中で培い、それもたかだか29年しか生きておらず、出遭った人も僅かに数百人か数千人なのに、人生も人間も世の中もすべてわかった気になって暮らしていたはずだ。物を欲し、家を欲し、勝ちとか負けとか外観とかにこだわって札幌で両親や兄弟や旧知の友人たちに囲まれて生きていたはずなのだ。 でも俺はあの時、日本へ帰らずに手に負えないまま価値観も人生観も壊してしまった。驚いたのは、それらが壊れてしまうと虚無に襲われるどころか爽快ですらあったことだ。この感覚は自分でもまったく意外であり「おお!俺は今までなんと偏狭な価値観に縛られて生きていたのだろう。なんて瑣末なことにこだわって生きてきたのだろう。ウハハハハハ。俺は無敵だ。俺は自由だ。解放されたのだ。怖いものなどもう何処にもない。どこの国へでも行ってやる。どんな国境も越えてやる。旅の中で野垂れ死ぬのも又本望なり」ぐらいの勢いをつけて突き進んだが為に西進一路フランスに辿り着いた時は所持金2000円という有様だったわけだが、それはさておき、自分を探して旅をしている人は本当に自分を探し出せるのだろうか。自分探しの旅なんですというフレーズを使う方はめちゃくちゃ多いが、その中でいったいどのくらいの割合の方が自分を探し出せるのだろうか。もう一人、もしくは本当の自分を探すのだと心に誓い数日、もしくは数週間どっかに行ったくらいで自分が探し出せるなら誰も苦労はしないような気がするのは俺だけか。 感覚的な問題なのかも知れないが、探すという行為は、探し出す前は見つかっていない状態をさすわけであるから、つまり今在る自分を認めていないなんてナンセンスであり、馬鹿げている。今の自分を越えるとか壊すとかそういう感覚のほうが現実的かつ実用的であろう。旅行の時間や期間の問題ではない。どこから自分を見ているのか。そういう問題だと思う。 自分壊しの旅。これからはこれでお願いします。ブログランキングに参加しました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.01
コメント(0)
400票である。石垣市議会議員選挙の当落ラインである。無論もっと多くの票を獲る候補もいるから400票は文字通り当落ぎりぎりの線である。でもこの400という数字が微妙なところで、親戚や友人の多い人なら簡単に取れそうな数字に思える。だからちょっと弁の立つ方や、自己中心的な人や、ただ声の大きいだけの人や、上昇志向?の強い人や、オラが島を導かないで誰が導くんだと思ってる新興宗教の教祖まがいの人などがこぞって立候補するのである。で、やっぱり400は微妙な数字だから一回ぐらい間違って当選したりするのである。でも二度目の当選はなくて、本人は政治家返り咲きに結構しがみついたりするから本人よりも本人の家族が大変だったりする。 4年に一度の選挙活動ならまだしも実際は選挙の前年もしくは二年前くらいから会合集会寄合各種大会等々に顔を出し続け、本人は勿論のこと家族も友人知人親戚同級生等々を見かける度ごとに頭をさげ続け、果ては周りの方から「あれは電信柱にでも頭下げてるさ」なんて陰口をたたかれながらも選挙の日に勝ち名乗りを上げることだけを信じて来る日も来る日も頭を下げ続けるのである。 きっともうしばらくしたら内地出身の市議候補なんかも出てくる筈で、そうなると変に喜ぶ方や排斥に動き出す方なんかも現れて島と内地の対立の構図なんかも表面化するかも知れませんなぁ。非常にうっとうしいことで、俺はそういうの大嫌いだけど、内地でも島でもそういうのに命かけてるみたいな人って結構多いので、勝手にやってほしいものです。 今年、選挙の年なんです、島は。内地候補が出てこないよう俺は祈っています。時期尚早ですから。 ザ八重山・政治家たちの群像 【 了 】 ブログランキングに参加しました。時間と気持ちの余裕ある方、クリックどうぞ人気blogランキングへ
2006.01.01
コメント(2)
全39件 (39件中 1-39件目)
1