1

ツーことで、今日も多少雲が浮いているけど、ケッコウ強い陽射しが降り注いでいる?(^^ゞ 都心のアメダスを見ると、明け方の気温は18度台で、北寄りの風が吹き、日照はあるからか、午前10時の気温は21度台と昨日よりも4度くらい高くなっている?(^^ゞ 昨日は午後から晴れて暑くなったけど、今日は午前中から晴れて暑い感じ?(^^ゞ これは明日も続くようで、ところによっては最高気温が30度を超える真夏日になるかもしれないんだって?(T_T) 昨日の午前中が涼しかっただけに気温差が激しく、身体はグロッキー?(T_T) 一応来週の半ばくらいからはまた曇りがちになって雨になったりもするような?(T_T) どっちにしろ寒暖差が激しくなければいいのにって思うんだけど、なかなかそうもいかないのかなぁ…(T_T) マジで何もしないで寝ていたいんだけど…(-_-)zzz こよみのページによると、今日は「ネポムクの聖ヤン・ヨハネの祝祭日…自己判断の守護聖人。ボヘミア・チェコ・スロバキアの守護聖人」、「旅の日…松尾芭蕉が「奥の細道」に旅立った日が1689年3月27日であり、この日が太陽暦で5月16日にあたることにちなんで、1988年(昭和63年)に日本旅のペンクラブが制定。ともすれば忘れがちな旅の心を、そして旅とは何かという思索を込めて問いかける日」、「閻魔縁日…死者の生前の行いを判定して賞罰を与えるといわれる閻魔大王の縁日(毎月16日)」、「性交禁忌の日…江戸時代、5月16日の夜は性交禁忌の日とされた。江戸時代の艶本「艶話枕筥(つやばなしまくらばこ)」に書かれた内容が拡がったものと考えられる俗信。禁忌を破ると3年以内に死ぬとまでいわれた」だとか。ところで、訪中していたトランプさんだけど、習近平さんとどういうやり取りがあって、どういうことが決まったのかについてはブラックボックスで、当事者でもなければ詳細を知る由もない。ツーか、当事者であっても細かいニュアンスでどう受け止めたかなんてのは文書にまとめでもしなければ言った言わないのレベルになったりもする。で、お互いに自分たちに都合のいいところだけを切り取ってコメントするわけで、イラン情勢なども台湾とバーターになっている可能性もあるわけで、アメリカ側が中国はイランに武器供与しないといったとコメントしているようだけど、例えばその前提条件として「アメリカが台湾への武器輸出を辞めるなら」という文言があることだってありうるわけで、そうなった場合、切り取られた文言だけでは意味をなさないってこともあるでしょ?ホルムズ海峡は解放されるべきだってことで合意したということだって、アメリカが封鎖を解くことが重要だって言葉がそこになかったとは言い切れないでしょ?世界中がホルムズ海峡を通過したいわけで、それを現時点で阻止しているのはアメリカだってことになっちゃっているからね?まだ報道が出ていないけど、ホルムズ海峡を通過した中国の30隻の船舶がアメリカの封鎖を受けずに通れるのかどうかってのが一つの試金石になるかもしれないよね?トランプさんは引き際を模索せざるを得なくなっているような?で、高市さんはトランプさんが中国から離れてすぐに電話をしてどうだったかを聞いたみたいだけど、こういうのをオープンにするメリットデメリットとか考えているんだろうか?正直どういうポジションで話をしているのかがわからないから評しようがないんだけど、外交は密を旨とするようなものだから、誰と接触をとったとかそういうことを内密にすることの方が多いんじゃないかな?接触をとったと公にすれば「何を話ししたのか?」と訊かれるし、そこで迂闊なことなど喋れないけど、ついつい余計なことを言ってしまうこともあるからね?巧くはぐらかすことも必須なんだけど、最近は「それについてはコメントしない」っていう人も多いよね?昔だったら「コメントしない」なんて言わなくても阿吽の呼吸で「言わないんだ」って察して更なる質問とかしないものだったけど、最近はそうもいかないのかな?ツーか、阿吽の呼吸が「死語」になってしまっているのかなぁ…で、国会ではイラン情勢による物価高騰や「品薄」問題などわきに置いて改憲や皇室典範、再審に関わる刑事訴訟法の改正などに専心しており、消費者の不満などから目をそらしているような?前にも少し触れたけど、皇室典範の最もキーである部分って「男系男子」ってことでしょ?まぁ、過去には女性天皇もいたけど、確か女系の天皇ってほとんどいないような?まぁ、男系にこそ天皇の資質が継承されるということであるなら「女系はアウト」ということになりかねない。つまり、女性が結婚した場合、皇族から離れる規定を変更して婚姻後も皇族として生きていけるとするのは「女系を認める」ことになるのだ。まぁ、婚姻後も皇族に残れてもその子供には皇位継承権がないなら皇族である意味などあるのだろうか?皇族である=皇位継承権がある、というものでなければ存在意義が薄れかねないのだ。そもそも男系男子というのは明治期に近代国家として認められるようにと定められたもので、それまでは女性天皇はいたのだから、伝統としてはまだ150年くらいしかないのだ。けど、戦前の教育によって男系男子と刷り込まれてしまったから多くの人が不思議に思ったりしないのだろう。明治期に作られ植え付けられた「伝統」は日本人に深く根付いているから、今回のように皇室典範の改正ということになるのだ。この憲法と皇室典範の関係を考えると、今改憲を叫んでいる意味合いが失われかねないのだ。つまり、憲法を変えなくても下位法である皇室典範を改正すればいいだけのことなのだ。だから、憲法を変えるだけのものかどうかは下位法ではどうしようもないものだけなのだ。ツーか、緊急事態については憲法をに加えるとするなら「緊急事態時には憲法の一部もしくは全部を停止することができる。この詳細は緊急事態法で定める」というものを付け加えるだけでいいのだ。緊急事態というものはどういうものかも憲法で決めなくても下位法で決めればいいだけなのだ。正直な話、天皇が「男系」でなければならない理由は明治期にそう決められたからであり、天皇の血筋であれば女系でも差し支えないかどうかで女性皇族が婚姻後も皇族でいられるかどうかも意味合いが大きく違ってくるのだ。旧宮家の男系男子を養子に迎えるというのも例えば女性皇族と結婚するなら物凄く意味合いが違うでしょ?男系男子と男系女子が結婚した場合、生まれてくるのは男系の子供だけでしょ?そういった意味からすれば「男系」に拘るなら旧宮家の男系男子が皇族になるのはそう悪いことじゃないともいえる。が、婚姻しても皇族に残った女性の子供は「男系でなくても構わない」というコンセンサスがなければ男性であっれも皇位継承権がないことになるよね?結局、男系か女系かで扱いを変えたままでいくのか、扱いを変えないことにするかで女性皇族の在り様も変わってくるでしょ?この部分の結論が出ていないのに女性皇族の扱いを決めるというのは拙速だと思うんだけど、これについて誰も何も言わないからなぁ…(T_T)
2026年05月16日
閲覧総数 36
2

ツーことで、今日も朝から青空が広がり、かなり強い陽射しが降り注いでいる?(^^ゞ 都心のアメダスを見ると、明け方の気温は19度で、北寄りの風が吹き、日照があるからか、午前10時の気温は25度台と昨日よりも4度も高くなっている?(T_T) 陽射しがあるからさらに気温が上がるようで、午後には30度になるかもしれないって?(T_T) まだ5月なのになんでこんなに暑いの?(T_T) 気候がこんなだからかはわからないけど、最近カラスが狂暴というか、生まれてこの方カラスに襲われたことなんてないんだけど、ここ2~3週間で2回も頭すれすれを飛んでいく威嚇をされていたんだけど、今日はガンと頭に衝撃を受けたと思ったら、どうやらカラスがタッチアンドゴーをしたようで、爪が食い込むようなことはなかったけど、そんなことされたショックで「痛い」と感じているのかもしれない(T_T) あっし自身がカラスに何かしたわけでもないし、カラス見かけたら見なかった振りくらいはするんだけど、近所の人とか出入りの業者とかに恨みでもあるのか、かなり攻撃的になっているような?(T_T) 襲われたのはいずれも同じような場所だから、そこを避けて暮らした方がいいのかな?(T_T) こんなことあるとマジでへこむんだけど、皆さんも注意してくださいね?m(__)m こよみのページによると、今日は「生命・きずなの日…日本ドナー家族クラブが制定。生命の大切さ、生命の絆について考える日」、「世界電気通信記念日…国連の専門機構・国際電気通信連合(ITU)の前身、万国電信連合が発足した1865年5月17日にちなんだもので、ITUが1968年(昭和43年)より実施している。世界中の国とより速く、より正確に連絡をとる手段としての電気通信の普及と理解を深める日」、「パック旅行の日…1961(昭和36)年、イギリスで世界初のパック旅行が行われました」、「いなりの日…日本の食文化の中で多くの人に親しまれているいなり寿司を食べる機会を増やすきっかけを作ろうと、いなり寿司の材料を製造販売している株式会社みすずコーポレーションが制定。日付はいなりのい~なで毎月17日に」だとか。ところで、イラン情勢についてはトランプさんと習近平さんの会談の内容がわからないので何とも言えないというか、トランプさんが孤立化しており、それと逆比例するように習近平さんのもとには多くの国が近寄ってきているという現実を突き付けられて、意地を張り続けるか、どこかで折り合いをつけるかでトランプさんも苦慮しているんじゃないかな?まぁ、周りを囲むイエスマンたちがトランプさんをヨイショし続けることでトランプさんをミスリードしちゃう危険性も高いから楽観はできないんだけど、台湾への武器輸出の利益とイスラエルへのご機嫌取りとのはざまで悩んでいるんじゃないかな?現状イスラエル以外の国はアメリカから距離を取りつつあるという現実にどういう判断を下すのかってことになるのかもしれない。そういった意味からすれば訪中直後に高市さんが電話したのはいい意味でも悪い意味でもトランプさんに影響している可能性もあるよね?まぁ、それがどうなるかはまだ先の話になるのかもしれないよね?なんでもニュースによると東大の五月祭が爆弾予告のせいでそのイベントが中止になったらしい。そのイベントには参政党の代表の講演会(?)なるものがあり、これの開催を阻止するための爆弾予告だったとも言われている。まぁ、あくまでも噂のレベルなんで予告した人とは関係ない人が「犯行声明」を出すことはママあるわけで、警察の捜査の結果が出るまでは論評は避けるけど、少なくとも多くの学生などが楽しみにしていたイベントを「勝手な理由」で中止に追い込むことは許されないことでしょ?少なくとも爆弾予告は威力業務妨害(偽計業務妨害?)などの犯罪なわけで、そんな犯罪を犯してまで阻止しないといけないものなのかって話もある。ツーか、自分と違う意見を持つ人に敵わないから邪魔をするってのは結果として相手に利することであり、むしろ自分たちがいろいろ「邪魔されている」証拠をつかんでアピールする方がまだマシなのだ。ツーか、相手に対抗するだけの力を持っていないから妨害しようとするんだろうけど、妨害する暇があるなら相手と伍するくらいの力をつけろって話だよね?そもそも「自分が正しいとは限らない」んだから、一から考え直したりすることでより良い結果に導けるかもしれないよね?このあたりは難しい話になるんだけど、同じ土俵の上にいないと周りからは比較もできないってのがある。比較可能な状態にまでもっていって自分たちが正しく、相手が間違っていると証明しない限りは誰も味方になってくれないでしょ?結局は数の力って話になってしまうけど、それだけの数を集めるだけの努力をしているかいないかってことじゃないかな?とにかく、自分たちが多数派にならない限りは何も自分たちの思うようにできないんだよね?民主主義は多数決だから、より多くの人の共感を得られないと自分たちの意見は通らないのだ。あとは、相手などがいけない方法などで数を集めているから多数決は無効だって証明するくらいかな?脅しや買収などで多数派工作するのは「いけないこと」だと決まりがあればひっくり返せるけど、この決まりがない時にはやりたい放題になってしまうんだよね?まぁ、決まりがなくても「不正行為があった」と訴えることで多数派を握ることも不可能ではないからね?ツーか、こういうことはどこでもよくあることで、多数決が無効にならないこともよくあるでしょ?昨日もちょっと触れた皇室典範のこともそうじゃないかな?各会派の意見を集約し、今国会での成立を目指すとかいう話だけど、根本的な男系or女系の問題についてどこかで頬かむりしているでしょ?天皇が男系男子でなければいけない「科学的根拠」はなく、明治期の男尊女卑的な決まりがベースになっているようでしょ?皇族は何度か断絶しており、「どこかから連れてきた」なんてこともあるし、直系だの傍系だのって話もある。まぁ、女性天皇も5~6人いるけど、その多くはふさわしい男性が天皇に即位するまでの「つなぎ」であることもママあったわけで、強さの象徴である以上は男性がトップであることの方が都合がいいこともある。日本の場合は女性がトップに立つことはそんなに多くなく、首相だって高市さんが初めてなったくらいでしょ?そういった意味で、トップは男性でなければという考えもあるし、女性がトップでも構わないという意見だってあるのだ。このあたりのコンセンサスってのはまだ醸成できていないわけで、女性が排除されることもあればその反動で男性が排除されることあったりもするよね?男性と女性というのは出産という役割を除けばそんなに大差ないわけで、とりわけ能力値は性差よりも個人差でしょ?だから、能力のある人が男女にかかわりなくトップに立つというのが組織的には正しいと思うんだけど、明治期に醸成された男尊女卑的なマインドというのは払拭できていないわけで、それが皇族にも当てはまっているのだ。男系男子だって資質的にふさわしくない人が生まれる可能性はあるわけで、男系男子でない人でもふさわしい人は生まれる可能性もあるでしょ?ただ問題はその人の資質よりも世襲されている意味が重要視されちゃっていることじゃないかな?つまり、「女はダメ」というのが根っこにあり、表舞台から排除してきたからこの「伝統」を変えたくないって人がケッコウいるということだろう。卑近な例でいえば「上司が女では厭だ」という男性もまだケッコウいるでしょ?とにかく「男性の方が上だ」ということが崩されるのが嫌だから、何かと理由をつけて女性を除外したりするのが日本中のあちこちで行われているでしょ?その最たるものが日本の象徴たる天皇にまで至るんじゃないかな?日本の首相が女性でもいいんだって話にようやくなってきたけど、日本の天皇が女性でもいいというコンセンサスはないよね?イギリスでは数年前まで女性が国王だったのだけど、その女王の息子が今の国王でしょ?つまり、男系女系関係なく王家の血筋なら国王になる可能性があるということかな?日本の場合は平安時代の外戚制度のように娘を天皇の母親にすることで権力を握ったりした経緯もあるから、女系は実権を握る家系とみられ、正統性は男系だけと考えられているのかもしれない。そういった意味では男系に拘るのもやむを得ないのかもしれないけど、結局は「氏より育ち」ってことになるんじゃないかと思うのだ。つまり、皇族として育った人と市井に暮らす旧宮家の男系男子ではバックボーンが違うんじゃないかという気がしてならないのだ。日本国民じゃなく皇族として生きることの責任とか重圧とかに耐えきれるのかってこともあるしね?結局のところ、「男じゃないとダメ」という男尊女卑的な考え方が男系男子というこだわりを生んだわけで、女系でも同じ血筋じゃないかという柔軟性に欠けるモノでしょ?この女性でも同じ血筋だという考え方が婚姻しても女性皇族が皇族であり続ける意味であり、女系はダメだという考え方では皇族に残ってもその子孫は皇位継承権を得られないわけで、そうなると皇族に残る意味がかなり失われてしまうんじゃないかな?女系でも天皇になれるという規定がない限りは女性皇族が皇族に残る意味などないから、逆に言えば女性皇族が皇族に残れば子孫が天皇になれる可能性があるという意味でないとダメでしょ?あるいは女性皇族もまた天皇になれるということがあってもいいわけでしょ?このあたりはジェンダー論になるのかもしれないけど、女性でもいいんだって話にならない限りはこの手の話はすべきじゃないと思うんだけど、あっしがおかしいのかな?(T_T)
2026年05月17日
閲覧総数 14
3

えっととりあえず業務連絡(?)ですが、クリスマスの「お届け」は1件ということで締め切らせていただきました。まぁ、誕生日やアニバーサリー、40000のキリ番(前後賞も?)は「お題」さえいただければ即座に対応するつもりですのでこの限りではありません。ちなみにお正月の「お届け」のほうは今のところ5件で、こちらはできるだけ初日の出くらいまでに「お届け」するつもりですが、今後のお申込次第では多少遅くなるかもしれませんけど、元旦のうちには「お届け」する予定です。一応常連さんのところには「お題」がいただけなくても何らかの「お届け」が年賀状替わりに行くと思いますが、ご了承の程を。ツーことでお申込はお早めに(爆)m(__)mさて、今日は全国的に天皇誕生日で祝日ですが、実は今朝方時計代わりにつけっぱにしているテレビで皇室関係の番組をやっているのを見て「何でこんな番組やっているんだ」と思い、よくよく考え直すまで「勤労感謝の日」と勘違いしていました(^^ゞ<あふぉ 23日ってことでそういう風に思い込んで、今日のネタには「何に感謝する?」って感じのものをしようってあれこれ考えていたくらいですからとんでもないくらいの大タワケですよね<多少の自覚はある まぁ、「お篭り」明けで昨日の分の「日記」を書いて寝付くまでの間にあれこれ考えたことで、結局は「お蔵入り」ってことになるのかしら?ツーことで代わりを何かってことで「お篭り」の時に読んだものについてあれこれ触れてみましょう。以前にもここで触れた成田美名子の「Natural」ですが、題名のわりにはスーパーナチュラルなことも描かれていたりするんですよね。それが「予知夢」みたいなものです。山王丸家は巫女の家柄でシャーマン的な「視る」力があるようで、理子もその日に起こることを夢でスナップ写真のような映像として視てしまう。ただ、この能力はペルーから還ってきてしばらくは消えており、ミゲールが養子として日本に来てから徐々に現れるようになっていたが、なぜか「悪いことは視えない」んです。悪いことが見えれば危機回避に使えるかもしれないけど、百発百中で視えてしまうのに悪いことが視えたら…ってことでガードがかかっているのかもしれません。榊原西門も二十歳前だけど神職の一族で神主の資格も持っているからか、時折未来が「視えて」しまう。とはいえこちらはホンのちょっとした際にいきなり視えてしまうようで、ミゲールと一緒に矢大臣として矢を射る神事を行う2年前にその姿を視ており、その神事の際にミゲールが血を流して斃れている姿も視てしまう。そんな凶事を視てしまった西門は心穏やかではない。で、未来は決まっているのかってことになるんです。シャーマンが視てしまった未来は全くその通りにやってくるのか?予め決まっている未来に向かってただ進んでいるだけなのか?西門はかつてそのような問いをしたときに「水は低いほうにしか流れない」といわれており、自分の視たようにミゲールも血を流すのか、と思い悩んだりする。そんな西門に堂本は、かつて手相というものは人の運命を暗示しているが、それはその人への警告であり、場合によっては一晩で手相というものは変わってしまうものだから、未来はいくらでも変わるものだって言われたことを語り、西門はある意味眼から鱗だったりするんですよね。ところで桂正和の「DNA2」ってのがありまして、人口爆発を起こしている未来から人口爆発を起こす原因となったプレーボーイをプレーボーイになる前にDNAを書き換えて未然に防止しようって話で、これって「ターミネーター」と同じような設定ですよね?未来から歴史を変えるためにエージェントが送り込まれ、実はそのエージェントが送り込まれることで今(未来ね)あるようになってしまった、というタイムパラドクスとかパラレルワールドみたいな話なんです。そもそもが時間を遡るってことがSF的発想で、今のところは実現可能性はないんですが、これも見ようによってはあるべき未来を予知したことによって未来が改変されてしまうってことと同じですよね?人の努力によって未来は書き換えられるのかってことです。まぁ、前提が「未来がわかっている」だからおかしなことになっちゃうんですが、どう足掻いてもそうなってしまうってのはその人がそういう風に思っているだけで、その人次第でいくらでも可能性はあると思うんですよね。大きな競技会で優勝するってのは普通の人には考えにくいことだから「○○が優勝することに決まっている」かのように思えたりしますが、これはあくまでも将来起こりうる可能性の一つに過ぎず、結果はその時になってしまわなければわかるはずなどないんですよね。あまりにも多くの人がいるために未来起こることの可能性ってのは無限であると同時に相殺されて限定的なものになったりするために、あたかも決まった未来になってしまったように見えるだけじゃないのかなって思ったりします。そういった意味では未来は決まっているんじゃなく、自分の行動で決めていくものじゃないのかなぁ… 一つ一つの言動が未来のありようを決めていくのであり、自分という一人の主人公を持つ物語を演じ続けることでもあるんじゃないのかなって思うんですよね。シナリオはあるかもしれないけど、アドリブもあるし、不慮の事故だってあるんだから、シナリオ通りには進まないことのほうが多いんじゃないのかしら。まぁ、未来など気にせずに今この時を生きていれば好いのかもしれませんね。
2004年12月23日
閲覧総数 12
4

ツーのは槇村さとるの自叙伝的なエッセイです。一昨年に文庫化されていますが、あまり本屋で見かけないので入手は難しいのかしら?あっしは出てすぐに買ったんで持っているんですが(^^ゞ まぁ、先週夜遊びした翌日に引っ張り出してきて読み直したんで、そのときに書いても良かったんだけど、似た話題が続くのもいかがなものかなってことで置いておいたら今日になってしまいました(^^ゞ その間に長崎の事件が起きたりしているし… で、その事件について小泉さんの閣僚の一人がとんでもないこと言っていますよね?「従来の考え方をある意味で多少覆すことじゃないか。男がむちゃしたのはあったかも分からないが、女の子はこういうのは初めてじゃないか。最近は男、女の差がなくなってきたんだね。まぁ、元気な女性が多くなってきたということですかな。総じて、どこの社会もそうではないかな」というもの。小泉さんを初めとして他の閣僚なども「不見識だ」と不快感を示しているのに、当人は間違ったことは言っていないと謝罪も訂正もするつもりはないって新聞などでは報道されています。何で槇村さとるのエッセイでこういう的外れな発言を触れるのかというと的外れのようでいてそうでないからなんですよね。まぁ、実際にこの本を読んでもらうのが良いんですが、手に入るかどうか分からないし、エッセイだからあらすじってわけにもいかないんで、かなりの内容について書いちゃいますが、その辺のところはご了承ください。まぁ、あっしなりに換骨奪胎しているから似て非なるものになっているだろうから、この本を読まなくてもわかったことにはならないと思いますんで、営業妨害には当たらないんではないかと…(^^ゞ<ちょいと気にしている槇村さとるって73年に高校生のときにデビューしてかれこれ30年たっているんですが、この本では四六版になった98年当時までのお話が載っています。槇村さとるが漫画家になった発端の出来事というのは小学6年のときに母親が家を出て、父親と病弱な弟と3人で千葉の船橋に引越しをした、ということのようです。船橋に住んでいたのはたった9ヶ月のことですが、それまで学校ではリーダー的な存在だと自負していたのに転校生として入っていった先では先生に一目おかれるということもなく、それまでのように評価されることもない。ある日担任がヒステリー(?)を起こし、生徒をへこませようとしたときに最後まで屈しなかった少女をその担任は教壇にあげて髪の毛を引っ張って「子どもの癖に」みたいなことを叫んでいた。牧村さとるは怖くてその子を助けることも出来なかった。そんな担任の贔屓にされている少女たちに虐められたこともあった。担任に酷い目に遭った少女はごく普通のはきはきした女の子で、この学校で孤独を味わっていた槇村さとるにとって大切な友達だった。その少女といるときにはたと気づく。今までは自分が世界の中心だったけど、他の人もまたその人の世界では主人公なんだって。周りの人がすべて主人公になって世界が構成されているという客観性を持つようになった。この時期に初潮も来ていたこともあり、一気に大人になったということかもしれない。そんな槇村さとるは中学生くらいから本格的に漫画を描き始め、マンガスクールなどにも投稿しており、高校は将来のことも考えて都立工芸高校のデザイン科に進んだ。その在学中にデビューはしたもののそれだけで食べていける見込みもなかったので就職をして、その後ブレークをして家を出て独立する。漫画を描くことでどこか精神的な平衡を保っていたのかもしれない。「青春志願」「愛のアランフェス」というスポ根(?)モノの延長線上にある「ダンシング・ゼネレーション」を経て、「N★Yバード」で挫折する。自分の描きたいものとメディアとのギャップが次第に大きくなっていたのだ。「シンパシー」「フェイク」「ダブルヴィジョン」という通称「記憶三部作」を経て、少女漫画からアダルト路線(ツーか大人の女性向け)に転じる。その後は「おいしい関係」とか「イマジン」とかの作品が有名です。この「大人への脱皮」の直前に描かれたのが「白のファルーカ」でアイスダンスを舞台にはしているものの、どろどろの愛憎モノで、読者の評判は良くなかったものの、槇村さとるとしては気に入っている作品の一つになっている。というのは槇村さとるという漫画家は常に自分の中にあるものを漫画としているわけで、それまで描かれていた作品のすべてが槇村さとるそのものといっても間違いではないでしょう。「白のファルーカ」では実の父親を憎みながらも愛情に飢えている、復讐に手を染めながらもその虚しさに気がついていくという、最終的にはとっても救われるものなんですが、これと同じようなことが槇村さとるの中でも起きていたらしいんですよね。ずっと封印されていた過去の疵に気づき、知らず知らずのうちに親に復讐していた自分の行為の虚しさに気づき、そこから抜け出して、35歳から自分を躾けなおした、というのです。この辺りのことは解説文を読んでいただくとなるほどと納得できると思いますし、「おいしい関係」で藤原百恵が成長していく過程は牧村さとるが35歳から自分を躾けていく過程と重なり合うんでしょうね。槇村さとるの疵…それはまさしく父親からの暴行だった。それを庇いながら見ないようにして生きていたけど、やはりそこからは逃げられず、イロイロな作品もまたそこから噴出して来ていたんですよね。根っこが歪んでいることに自覚がなく、壁にぶつかっていたときにこれと正面から向き合ってどうにか克服したそうです。モチロン父親との修羅場もあったし、母親との和解もあったようです。そこまで行くのに20年以上の歳月が必要とされたってことです。それに槇村さとるの場合には無意識に漫画を描くことでセラピーになっていたことも考えると、普通のこういう疵を負った人がそれを乗り越えるのは容易なことじゃないだろうなって… この本の場合は槇村さとるの視点になっており、父親がどういうことでそうしたのかについては描かれていないけど、想像を逞しくするならば、奥さんに逃げられ、自棄になっていたときに酒に酔った勢いで、逃げた奥さんと娘を混同して襲ってしまったこともありえますよね?修羅場になったときに「覚えていない」と言い訳したんですが、それはきっとそういうことがあったんじゃないかと…って男だから弁護するのかな?<疑わしいで、最初の閣僚の発言に戻るんです。確かに最近は女性の元気が良くて男女差がなくなってきているのは間違いありません。けれども問題は男女差ではなく、小学生が殺人に至るってことのはずですよね?こんな成長過程にある子どもがなぜ殺人など犯したのか?教育のあり方に間違いがあったんではないかって言うのなら分かりますが、第二次性徴の前後で精神的には未分化かもしれない時期について男女差云々というのは何も見ていない証拠かもしれません。あるいはこの時期から女性としてみているのかってことですよね?ある種のロリータ趣味的な根っこがなければこういう発想って出てこないんじゃないかって思うんですよね。まぁ、話が突飛かもしれませんが、精神的に未分化な少女をロリコンな大人がいきなり襲って決して消えない瑕をつける… そういう危険性を意識するからこそ無意識のうちに過剰防衛に走ってしまうのではないか?過剰防衛に走る根本的な問題は大人にあるのであり、その当の大人が能天気に「女性が元気だから」などと的外れな女性の神経を逆撫ぜるようなことを言っても全く反省しないんですよね。少女の痛みを理解できない大人が多いってことですかねぇ…
2004年06月07日
閲覧総数 11953
5

ツーことで、昨日の冷たい雨は朝には上がったものの、陽射しは全くなく、しかも夕方には雪が降るって予報ですから堪りません((+_+)) ヤッパ陽射しのあるなしで気分も変わるし、それで温かく感じたりもするから不思議なものですが、陽射しのない今日は依然として「冬眠モード」ですね(-_-)zzz これだけ寒さが続けばチューリップもスイッチが入るんじゃないですかね?すでに咲き始めてる沈丁花は寒さの中で健気に香りを漂わせています。ツーか、寒さに鼻が効きにくくなっているから実際にはケッコウ薫っているのかな?ホント頭はほとんど止まっているので、短くなりそうです((+_+))<おひ!ところで、昨日も忘れていた話をしましたが、今日辺りもまだ話題としてチョコの話が出ていましたね。肉食だの草食だのということも含めて、昨今は様相が変わっているとか。昨日も書いたようにチョコレート会社の企画で普段告白する勇気を持てない女の子の背中を押すイベントにしたわけですが、つれて日頃色恋沙汰と縁のない男子も「もしかしたら」というわくわくとガックリを味わうことになったんですよね。そのうち「義理」が蔓延し、「虚礼廃止」で規制されることもママあったんですが、それでも普通にチョコをやり取りする日ではありました。ところが、「無駄玉」が勿体無いと言うのもあっただろうし、日頃の感謝の意味しかないのなら異性よりも同性の友達の方が意味あるってことになったのか、「友チョコ」がメインになったそうで、この日にチョコと一緒に告白するのは全体の1割程度なのだとか。ツーか、この日までじっと待つようなこともせずに事前にGETした恋人に愛の確認として贈り物をしたり、むしろ男性の方から贈り物をされたりするようになってきてるみたい(^^ゞ もともと女性から男性への告白というのが根拠がないことだし、日頃の感謝も気持ちなら性差がないのもその通りですよね?まぁ、先日電車の中でのキスに触れたけど、これもこの日の直前で「確認」の作業中だったのかな?この日はクリスマスと同格と言っていいほどあれこれすることになっているみたいで、ディナーや「お泊り」も常識なのか、翌日の昼ころまで一緒に過ごすってパターンも多いみたいです。が、先日の殺傷事件の輩みたいに相手の身体が目的ってのもケッコウいるみたいで、先々のことなんて関係ない刹那的な享楽を貪ったりするんですかね?この辺りはケッコウシビアな話で、楽しければよいってことを重視するのか、遺伝子を確実に残すことを大事にするのかで大違いなんですよね(^^ゞ つまり、結局は経済力ってことになるんですが、昨今はどういう人が経済力を長く持ち続けられるかが怪しくなっています。ペーパーテストの点数が良くていい学校を出ていい会社に入ったとしても子育てが終わるころまでキチンと稼げるとは限りません。医師や弁護士も一回のミスで致命傷になることもあります。ツーか、ストレスその他でいきなり倒れ、逝ってしまうこともあれば寝たきりになって介護が必要になることもあります。いきなりのリストラで破綻することもあれば、DVとかで離婚にいたることもあります。つまり、今の外見とか身体の相性(?)とかだけで判断するのは間違いで、あるいはリスクヘッジをキチンとするべきだってことですかね?ホント感じるのは最近は草食以前のひ弱な温室育ち、乳母日傘じゃないかって男子が増えていることで、見た目だけでは男女の区別ができないこともあります。先日手をつないで歩いている女性同士のカップルがいたんですが、よくよく見たら片方は男でした((+_+)) こういうひ弱さゆえに我儘で子供への虐待に走ったりとかあるのかな?ある意味ロクな男がいないから女性はしっかりと見る目を鍛えないといけないんでしょうけど、ケッコウ難しいのか、失敗するみたいですね((+_+)) どうかうまく行きますように(祈)<はぁ?
2010年02月16日
閲覧総数 11
6

ツーことで、とりあえず「日記」は書きますが、巡回やレスは一旦寝た後ってことで昼か夜になると思います。まぁ、こんな風に「お篭り」するつもりはなかったんですが、森博嗣の新刊や「星界の戦旗」の4巻など出てるはずのものをGETしにいったらどのお店にも置いてなくてムカッと来て「お篭り」してしまったんですよね。とはいえ、日付が変わる前に帰ってくるtるもりだったんですが、コミックの新刊がほぼ置いてあり、前からちょいと読もうかなって思っていたシリーズにハマってしまったんで、こんな時間になってしまいました(^^ゞ<アフォですねぇ…で、ハマってしまったのは野部利雄の「Monacoの空へ」という奴で、今のところ20冊出ていますが、タイトルからするとモナコという土地に関るもの、F1やらサッカーとかロードレースとかそっちのことを想像していたんだけど、実際に読んでみたらモナコが気に入って子どもの名前に「もなこ」とつけたってことからお話が始まっているんですよね。早乙女もなこという5年前に母親を亡くしボクシングジム経営の父親と二人暮しの16歳の高校1年生の少女はナイスボディだけど身長が170cmを超えているのが悩みの種だ。父親のボクシングジムに沖田空というプロボクサー志望の高校1年の少年がやってくる。もなこよりも背の低い空はもう一人の松井という暴力事件でアマチュア資格を剥奪されたインターハイベスト4の少年と一緒にもなこの学校に編入してくる。空は17歳になるまではアマチュアとして、それ以降はプロとしてボクシングに励むことになる。この場合、もなこと空は恋仲らしきものになるようですが、どうも恋愛未満ってところで推移しているようです。で、20巻までコミックが出ており、そちらではプロになって新人王戦のトーナメントをしています。本格的なボクシング漫画ってことなんですよね。もなこでなんでボクシングなんだって引っかかりを感じつつも読んじゃったのは野部利雄には「のぞみウィチイズ」という全48巻という作品があって、昔この最初のほうを読んでいた覚えがあって馴染みがあったから「Monacoの空へ」もハマったのかもしれません。で、「のぞみウィッチイズ」って途中から読まなくなったような覚えがあるんで、これを通しで読むとなると丸々一日近くかかったりするんですよね… それだけ読んだから「お篭り」になってしまったんですよね。司葉遼太郎という有名作家と同音異字の高校1年の少年は分譲一戸建ての家に家族と引っ越してきたのだが、遼太郎の隣の家には江川望というニュージーランドから帰国してきた少女が一人暮らしをしており、遼太郎と望は高校の同じクラスに編入する。遼太郎は何の取り得もないどっちかというと引っ込み思案でうじうじしているようだったけど、望と一緒にいることで望に「君なら出来るよ」って言われることで徐々に自信をつけ、ひょんなことからボクシングを始めることになり、「黄金の太陽」…オリンピックの金メダルやプロのチャンピオンベルトを目指すことになるのだが…これって最初は学園モノのラブコメだったんですが、いつの間にかボクシングのスポ根モノになっていたんですよね。タイトルにある望の存在感が徐々に薄れ、遼太郎がボクシングに打ち込むのがメインになってしまうんですよね。そういった意味では何か焦点ボケになっており、ボクシングのスポ根に特化したのが「Monacoの空へ」なのかもしれませんね。一部登場人物がダブったりもしていますんで、時間がある場合は48冊読んでみましょう<おひおひ!!
2004年12月17日
閲覧総数 17
7

ツーと、何それ!?ってビックラ魂消るかもしれませんが、まぁ、言葉のあやと言うか…<何それ? 慌しい師走も今日を入れても残り13日、今週末にはクリスマスだし、忘年会だなんだで忙しいのになんだって言われそうですが、年賀状やクリスマスカードって忘れずに書いていますか?あっしは書いていません(爆) ツーか、どうもパソコンであれこれ書くんじゃなく、実際に字を書くってのが非常に苦手で、もう何年も年賀状って書いていないですね。クリスマスカードにいたってはそんな風習などないから書いたこともないです。で、そんな奴が何でこんなこというかってぇと、年賀状替わり(?)の「大盤振舞」の最終締め切りまであと丁度10日ってことになったからなんですよね。まぁ、クリスマスお届け分については明後日くらいじゃないとちと困ったりするんで、ボチボチ「お題」を添えてお申込していただきたいなぁってことです。ホントならこないだ告知したし、トップにもお知らせで載せているからこんなことわざわざ書く必要ないと思うんですが、何せ今年は「お篭り」がちでついつい家を空けてしまうんで、入れ違いになったら拙いなぁって思ったりもしているんですよね。ツーか、「お届け」の受注があれば「お篭り」している暇もないから無駄な出費もなくなるんじゃないかって狙いもないわけじゃありません。とはいえ、先日は「お届け」指定日時ギリギリまで「お篭り」するってアフォなこともしていましたし、受注があったとしても「お篭り」を思いとどまらせることにならないんじゃないかって危惧もないわけじゃないんですよね。でもまぁ、たくさん受注があればそれなりにイメージ膨らませたりってあるから、寝食忘れて「お篭り」してる場合じゃないってのはあるかもね<他人事か?で、今年の受注状況はというと、今のところクリスマスに1件、お正月に4件って、「大盤振舞」告知以降の誕生日のお祝いの5件と同じじゃん(^^ゞ いくら不況とはいえ、ここまで受注が低迷するとは…よよよ(T_T)<泣きまねするなって! ツーか、受注の冷え込みってのは需要がないってことで、更なるレベルアップを図らねばならないってことなのかな?「お篭り」して遊んでいる暇にでも言葉を紡いで、人の心を惑わしていないからイケないのかしら?<お前はセイレーンか?(爆) まぁ、その時々の体調やテンションなどで出来不出来のバラつきが大きいのも確かだし、想像していたのと全く異なる「お届け」になっちゃうことだってありますからね。どんなお仕事でもそうですが、一度失敗すると信頼を取り戻すのって物凄く大変ですからねぇ… ツーことはあっしも雌伏の時を耐えなきゃイケないのかなぁ…<他人事のように聞こえる(爆)一応はあっしも年末はイロイロボランティアなどの用事もあるんで、「お篭り」はしている暇ないはずだけど、そこはそれ病膏肓のあっしのことですから保証の限りではないんですよね。まぁ、明日は病院に行く日で、通常なら「お篭り」危険日ですが、用事があるから「お篭り」にならないはずなんですよね。逆に「お篭り」出来なかったからってことで明後日くらいにひょこっと消えちゃうかもしれませんが<おひおひ!! それはそれとして、あっしとしては速めに「お題」をいただけるとそれなりに考えたりできるんで、お願いしたいだけなんですよね。まぁ、「お題」がいただけなくても年賀状替わりですから常連さんのところには強制的に(?)「お届け」が行っちゃうかもしれません。ちなみに去年もそういうことがあって、そうなると「One and Only」って訳にはいかなくなっちゃいますが(^^ゞ ちなみにあっしの「お届け」って一応は「One and Only」ですよね?<何を確認しているんだ!そうそう、告知の際にも書きましたが、誕生日やアニバーサリーのお祝いもドンドンさせてくださいね。最近はキリ番がいつも申告なしで終わっちゃうからイライラしてるって言うか、「お届け」する機会がないと面白くないというか、「お届け」のために上げていったテンションどうしてくれるんだ状態ですからねぇ<あふぉとも言う(爆) そういえば最近やたらカウンターの回りが速くて、年明けくらいに行く予定だった40000もヘタするとクリスマス前後に行っちまうかもしれないんですよね。まぁ、こっちのほうはまた申告なしじゃないかってへこみそうですが、キリ番申告がなかったら前後賞まで「お届け」しちゃうことにしようかなぁ… キリ番申請あっても前後賞ありのほうがいいかしら?まぁ、自爆する危険性も高いんだけどね(^^ゞツーことで今日は愚痴だらけですみませんm(__)m 「大盤振舞」って銘打っているのにこれじゃ「お猪口(ちょこっと?)振舞」(爆)になっちまいそうで、それじゃ面白くないからってことでお許しをば… ツーことでお申込はお早めにってことで(^o^)v まだ常連さんじゃない人もカキコして頂ければ「お届け」させていただきますので、今からでも遅くはないですよぉ(^o^)v でもどんなのが来るのか不安な人は掲示板(青)にこれまでの「お届け」の品がとってありますからそちらのほうでご参照ください。今なら去年の秋くらいまでは遡れそうです。ちなみにタイトルに(再掲)とあるのが「お届け」したものです。玉石混交ですが、お時間のあるときにでもどうぞ(^o^)v
2004年12月19日
閲覧総数 10
8

ツーことで、今日は薄曇りながらも南風が吹いたせいか、気温がぐんぐん上がったようで、一昨日くらいよりも一二枚薄手の服装でもよいような感じですよね?ホント3月から4月くらいの陽気があと数日続くそうですが、週末くらいからまた少し季節が戻るのかしら?(ToT) 冬枯れしていたアジサイやバラなどもよくよく見ると新芽が動き始めています。まだちと気が早いって思うのはあっしの杞憂かしら?(^^; うちのチューリップはまだ慎重なのか、まだ姿を現していませんが、ヒヤシンスなどはぼちぼち芽が出てきていますね(^O^)v 昨日つながらなかったパソコンの修理状況はどうにか確認できました(^^; ホントヒヤヒヤしましたが、繋がってみると修理中ってこと以外は不明です(^^; とりあえず、今週いっぱいはチェックを続けるしかないのかな?ホント胃に悪いですね(ToT)ところで、オリンピックでカーリングの女子が頑張っていますが、いろいろテレビとかでカーリングの解説とかやってくれるんでいつの間にか詳しくなってしまいました(^^; 最初の試合のときは「ここで相手に1点取らせる」とか解説の人が言っている意味がわからなくて困りましたが、点を取った方が次のエンドで不利な先攻になるので、有利な後攻になるためにわざと最小失点を相手に与えるってことなんですね(^^; 他にもストーンが20kgもあるとか、ストーンを離す位置から得点になるハウスの中心までが28mもあるとか、見てるのとやってるのとはものすごく違うって実感しましたね(^^; しかも、今回の出場国で世界ランクが日本よりも下の国って昨日負けたドイツだけで、それも9位と11位ってほとんど差のない相手だったんですね(^^; つまり、ランキング通りなら日本は1勝8敗の9位でもおかしくないわけで、もうすでに3勝もしているのはよくやっている部類なんですよね。そりゃもちろんメダルが取れるに越したことはありませんが、世界のトップクラスの選手たちと互角に戦うだけでもすごいってことでしょ?まして10チーム中8チームが格上なんて…(^^; その上メディアが注目してて、何でもかんでもネタにしようとしているでしょ?ボロ負けして凹んでいる時でもキチンとインタビューに答えないといけないってケッコウつらいと思うんですがねぇ…(ToT) 一試合で2~3時間も氷上にいて動き回るって心身ともに消耗するのにねぇ?他力本願だけど、まだ四強に残るチャンスもゼロじゃないんですが、四強に残らないにしても十二分に戦っているんだから、拍手を送ってあげたいですね。たとえ、明日がぼろぼろの結果になったとしてもね(^O^)vこういう風に書くと思い出すのは事業仕分けの時の「世界一でないと意味はないんですか?」ですね(^^; オリンピックとかW杯などの国際大会はもちろん、外国人選手が出ている試合ではついつい日本人選手を応援するのは同朋意識として当たり前だろうとは思いますが、応援のあまり、相手選手を貶したり、負けてしまった日本人選手にあからさまに失望するのはどうなんですかね?どう考えても体格的に劣り、しかも相手の方が本場の種目で日本人だから勝つってのは牽強付会でしょ?<違うか? 実際日本のお家芸である柔道はすでに「JUDO」として国際競技となり、日本人だからといって勝てるわけでもないし、国技の大相撲でもそのトップに立つ横綱は日本人でなく外国人力士でしょ?あっしのよく見る駅伝などでは外国人選手の走れる区間や人数を制限しないとフェアではないってことにまでなっていますよね?これらから考えてもいろんな競技で日本人には体格的に身体能力的に外国人選手に優ってはいないわけで、いろいろな創意工夫で優位に立ったとしても、その技術もすぐに外国人選手たちの知るところになって、更なる工夫をしないといけなくなるんです。これは1972年のミュンヘンオリンピックの男子バレーボールで金メダルを取った後、オリンピック自体への出場すら危うい状況になっていることからもわかりますよね?日本がトップに立つのは非常に難しく、トップに立ったとしてもそれを継続することは至難の業ってことですかね?ある意味他の国の人たちも真剣に頑張っているわけで、それを考えるなら、上位に入るだけでも凄いって思わないとおかしいですよね?まぁ、科学技術についてはグローバルスタンダードになるかならないかで天国と地獄だといえますが、これらもまた2位狙いだって相当に困難といえると思うんです。トップを狙ってどうにか上位に食い込めるかどうかってくらい差があるんですよね(ToT) オリンピックで見てればわかるように、韓国ならメダルを取れば兵役免除とか、途上国なら家やら高級車やらがもらえるとか「高価なニンジン」がぶら下げられており、日本の報奨金の額はさほど小さくはないにしても相対的な意味合いは天と地ほども違うくらいの些少さでしょ?だって、精精年収の1年分であり、競技を続けるためにつましい生活を送らざるを得ない選手たちには、今の日本の経済レベルと比べるならホントすずめの涙でしょ?これでモチベーションは外国人選手たちに劣ったとしても、外国人選手たちが死に物狂いで戦っているんだから仕方ないですよね?科学技術だって、世界で一番になることは望ましいけど、そのためにどういうお金の使い方をしてるかが疑問ですよね?オリンピックだってろくに強化費を出さないで、関係の「天下りさん」たちの懐に消えるようになってるんですからね(ToT) 不必要な事務費とかで消えてしまうお金も全部育成につかったなら、今以上に強い選手になったかもしれないでしょ?いわゆるリストラ全盛の時代に企業スポーツが下火になったのが痛いですよね?(ToT) もっと優遇してあげないと今以上に勝てなくなるような気がしますね。で、勝てないからといってお金を渋るならオリンピックに行ける人は皆無になるかも(ToT) 参加することすら叶わない国にならないように、そのための大局的な視点に立った施策が必要なんですが、「天下りさん」たちが群がってダメにするんだろうなぁ…(ToT)<おひおひ!!
2010年02月23日
閲覧総数 11
9

ツーことで、今日は朝からどんよりとした曇り空((+_+)) 昨日は暑いくらいだったせいか、寝る時には暑くて汗がビッチョリになるくらいだったけど、明け方からむしろ気温は下がってきてるような?((+_+)) 日中は昨日と比べると10度以上気温が下がるらしい((+_+)) もう厭だ(T_T) こよみのページによると、今日は「涅槃会…釈迦三大法会のひとつ。釈迦の入滅した日。宗派により供養の仕方は違うが、民間では炒り豆やあられ、団子を作って寺に詣でる。現在は月遅れの行事とされることが多い」、「春一番名付けの日…はじめて「春一番」という言葉が使われるようになったことを記念する日。暖かい南からの強風が、春を呼ぶかのように吹くもので、気象庁が毎年発表する」、「兼好忌…「徒然草」の作者として知られる歌人、随筆家の兼好法師(俗名・卜部兼好)の1350(正平5)年の忌日」、「西行忌…『新古今和歌集』などで知られる平安時代の旅の歌人の忌日。実際の命日は2月16日」だとか。ところで、気温の急落で体調が芳しくないので、ザックリ短めでごめんなさい((+_+)) これと言ってネタもないので昨日の続きというか、ちとゲスな邪推妄想の類でも(^^ゞ 週刊誌の報道って結局は「他人の不幸は蜜の味」ってことじゃないかって気がする。政官財のスキャンダルの場合は、敵からの攻撃であればある程度対策もできるんだけど、背中から狙い撃ちされるとどうしようもない。つまり、身内からのリークで足を引っ張られるような場合にはよけることもできないので、ダメージを如何に小さくするかってことを考えるしかない。大体、目立って上手くいってる人ほど狙い撃ちされるわけで、功績を独り占めすることなく「皆さんのおかげです」と謙虚に過ごすことが一番のスキャンダル除けになるんじゃないかなって思う。他方、芸能関係の場合はほとんどが売名だろうと思う。映画やドラマ、舞台やらCDリリースなどのプロモーションのために報道させるようなものじゃないか?実際、報道されると「そういえばこんな人いたな」って思うこと多くない?もちろん、政官財と同じように羨望嫉妬で足を引っ張られるような記事もあるけれど、そういうのは本気の記事というよりも埋め記事でよく見るような気がする。いわゆる便所の落書き程度の信憑性しかないものだ。まぁ、足を引っ張るのと売名とのコラボってのもケッコウあるみたいだけどね(^^ゞ女性アイドルの場合は熱愛報道が出ただけでお終いになることもあるが、それ以外は特に非難されることはない。だから、女性アイドルの知名度を利用して売名しようってのも出てくる。去年の総選挙直後に出た報道などはまさしくこの典型で、男の方のCDリリースに合わせた時期だったから、プロモーションに使ったような感もある。と同時に女性の方に掣肘を加えようって思っている一派が仕掛けたって可能性もある。つまり、女性アイドルの足を引っ張ると同時に男の方のプロモーションに手を貸すことで貸しを一つ貰うってことだから、一石二鳥という訳だ。そういえば丸刈りで大騒ぎになった時も、相手の男の方は「誰?」って感じだったけど、考えてみたらそれで初めて存在を知った人もいるんじゃないかな?ツーか、丸刈りのインパクトが大きいから見逃されがちだけど、男の方が何かしたって話は全くない。他のスキャンダルというものもほとんどがこれに類するもので、男の方の売名のようにしか見えない。物凄く斜め読みするなら、本丸は別のところにあるんだけど、都合のいいところとマッチングしたような気がしてならないんだよね(^^ゞまぁ、こういうのも全く根拠のない話なんだけど、ハーフタレントの不倫騒動も考えてみたら相手の男のCDリリースに合わさってるんだよね(^^ゞ 大騒ぎになって名前が売れればCDセールスも伸びる。だから、関係者がリークするってのはよくある話だ。上でも書いているように、報道されることで宣伝になると思ってリークすることもあれば、根も葉もない情報を流すことだってある。熱愛に見えたのは演技です、みたいな?(^^ゞ 共演によって本気で熱愛になることもあるから、そうなるんじゃないかって思わせぶりで釣って、それでホントになってくれればめっけもん、なんて考えているスタッフだっているだろう。こういう報道はただで宣伝してくれるようなものだから、利用しなきゃ損だって?(^^ゞそんな風に考えるなら、ハーフタレントの場合も男の妻が情報源というよりも事務所関係からリークされたって見る方が自然のような気がしてならないんだよね(^^ゞ ハーフタレントが恋愛初心者で世間知らずだったのもあるし、一昨年の乃木坂メンバーも不倫騒動でお咎めなしだったのを見てれば多少騒ぎになるくらいで、CDリリースのプロモーションに丁度いいと考えても不思議ではない。だから、報道されて「ありがとう」ってことになるんだろうね。もちろん、騒ぎになることで離婚協議も進むって考えたのかもしれない。ツーか、恋愛に逆上せ上ってまともに考える頭がなかったのかもしれない。週刊誌の方もなれたもので、ある程度顔を立ててくれるならすんなり矛を収めるが、メンツをつぶされると続報で追い打ちを掛けたりもする。乃木坂の場合などはもともとネタが弱いというか、ガセなのにメンツをつぶされたから別のネタをかましたって感じに見えるんだよね(^^ゞ ハーフタレントももう少しうまく立ち回っていたらこんなに叩かれることもなかっただろう。つまり、最初は独身だと思っていた、だけど既婚だと知って終わりにしなきゃと決心しました、旨のこと言っていればよかったのに、全否定だからね(^^ゞ 正月に相手の実家に挨拶に行くなんて常識はずれのことをしても「友達だ」なんてバックレたら週刊誌の方も引っ込みがつかない。それで鎮火できなかったという感じかな?(^^ゞまぁ、週刊誌だって持ちつ持たれつだから、否定も肯定もしないやり方が賢いんだろうね(^^ゞ 否定するにしてもある程度は正しいんだってことにした方がいいんだろうね。おそらくは関係者の言っていた部分だけを否定するのがいいのかもしれない。ツーか、地の部分は週刊誌だって自信のある部分なんだから、ここには触れないのが妥当なんだろうね(^^ゞ 自分の幸せを守るために何ができるのかって話なのかもしれないね(^^ゞ
2016年02月15日
閲覧総数 39
10

ツーことで、今日は二十四節気の大寒です。こよみのページによると、「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也(暦便覧)一年で一番寒さの厳しい頃 。逆の見方をすれば、これからは暖かくなると言うことである。春はもう目前である」だとか。ガチで寒い時期だからか、朝から晴れてるけど、メッサ寒い(T_T) 都心のアメダスをみると、明け方の気温は氷点下まで下がり、日照は十分だけど、北寄りの風が吹き、午前10時の気温は4度とメッサ寒い(T_T) つれて、体調は芳しくなく、鼻がグズグズするなど風邪の引き始めっぽいし、冷えで右腕がシンドイ(T_T) これじゃ碌なもの書けそうもない(T_T) マジで厭になる(T_T) そんな今日は「二十日正月…今日を正月の最後の日として納めの行事を行うもので、地方によっては骨正月、骨おろし、頭正月などとも呼ぶ。正月に食べた魚の骨や頭までも食べて、正月を終えるところからきている」、「アメリカ大統領就任式…西暦年が4で割り切れる年の翌年。 アメリカ合衆国憲法修正20条で、大統領の任期は1月20日の正午に終了することとされており、その瞬間から次の大統領の任期が始ります」、「玉の輿の日…1905(明治38)年、アメリカの金融財閥モルガン商会の創立者の甥、ジョージ・モルガンが祇園の芸妓・お雪を見初め、結婚しました。お雪は「日本のシンデレラ」と呼ばれました」、「義仲忌…源義仲(木曾義仲)の1184(元暦元)年の忌日。 兄・頼朝の命を受けた範頼・義経の軍と近江・粟津原で戦い、敗死しました」なんて日でもあるらしい。ところで、(第2別館)でもコロナについて、NHKのサイトやyahooのサイトを参考にしてあれこれ書いているけど、確か第5波が収まったあとにコロナ対策を検討する際には感染者数などではなくて医療機関の逼迫度合いなどを重視するようになったはずなんだけど、いまだに感染者数で大騒ぎしているように見えるんだけど、あっしの気のせいかな?あと、いろいろな比較がニュースなどで流れてるけど、チョイと気になることがある。それは第5波の時はまだワクチン接種が進んでいなかったけど、今は8割くらいが接種済みと言うことだからこれを抜いて考えるのはどうなんだろうって思うのだ。例えば、妊娠してる人の重症化率は妊娠していない人よりも高いと言うデータがあるらしいが、そもそもサンプル数が170人くらいと少なく、ワクチン接種の有無が全く触れられていなかったのだ。可能性として妊娠しているからワクチン接種していないこともありうるから、比較対象となる妊娠していない人のデータもワクチン接種していないグループでないとおかしなことになるよね?もちろん、妊娠前にワクチン接種してるかもしれないから、妊娠していて感染しちゃったグループもワクチン接種の有無でさらにグループ分けすべきじゃないかと思うのだ。結果に大きな影響を与える要因として妊娠とワクチン接種の2つがあるんだから、ワクチン接種の影響をなくすようにサンプルをグルーピングしないと結果が意味なくなってしまうよね?妊娠のせいじゃなくてワクチンのお陰で重症化率が大きく違うと言うことかも知れないよね?あと、今の重症者は第5波のピークの10分の1というのも事実としては間違ってはいないけど、感染がわかってから7~10日くらいで重症化するのだから、それくらい前の時点と比較しないと正しい分析にはならないでしょ?第5波の時は1~2ヶ月かけてピークを迎えたんだけど、第6波は2週間ほどで急増してるわけだから、ピークまでの感染者の累計は第5波の方が2~3倍だったと思われるし、そもそも今の重症者は7~10日前の感染者がベースで、この1週間で4倍くらいの規模になってることを考えると7~10日後には今の4~5倍になってもおかしくないし、もっと酷いことになる危険性もないとは言えない。だから、今は10分の1だというのは事実だとしても今後も10分の1のまま推移する可能性は担保されていないから、こう言う報道については注意が必要じゃないのかな?そもそも重症化率が低いのはオミクロン株が弱毒化したのか、ワクチンのお陰なのかは重症化した人のワクチン接種歴などをキチンと分析しないと不明でしょ?それから欧米などでは行動規制が緩やかだって報道もあるけど、これについてはリスク選択の自由ってことじゃないかと思うのだ。正直細かいデータは無いけど、日本ではコロナには60人に1人くらいが感染し、その40~50人に1人が重症化し、重症化した人の2人に1人が亡くなる感じだろうか?つまり、5~6000人に1人くらいがコロナで亡くなったわけだ。他方、ワクチン接種後に亡くなった人は1000人くらいいると言われるけど、ワクチン接種をした1億人の内なら、10万人に1~2人くらいなのだ。ザックリ、コロナで亡くなる危険性の10分の1くらいだと考えられる。で、ワクチン接種した場合、感染する可能性も重症化する可能性も未接種の人よりもかなり低く、亡くなる危険性が10分の1以下なら、ワクチン接種後に亡くなる危険性とほぼ同じくらいになるのだ。こうなると確率論になってしまうけど、ワクチン未接種でコロナで亡くなる確率とワクチン接種後の亡くなる確率を比較してどちらのリスクを選ぶかは個人の自由ってことなのかも知れない。また、ワクチン接種すれば感染しても重症化しにくいと言うことならそこまで神経質になる必要はない、ってのが欧米などの合理主義なのかも知れない。ワクチンを打つ打たないでのリスクについても自分で責任をとるなら他人がとやかく言うことでもないってことなのかも知れない。これは行動制限などで感染しないですむ代わりに仕事もできずに飢えることを考えたら、感染のリスクをとってでも仕事をした方が良いと言う考えかも知れない。ワクチンのお陰で感染しても大事に至らないなら閉じこもっている意味はないからね。もちろん、不運にも感染して重症化することもあるだろうけど、閉じこもってるよりも自分らしいって考えているのかな?で、こういうのを念頭に置いて今の状況を考えるなら、蔓延防止措置などで行動制限を求める意味があるのかはわからないよね?何度も書いているように感染して発症しても経口薬などで重症化を防げるなら医療機関の逼迫も防げる可能性もあるんじゃないかな?もちろん、重症化率が低減してるとは言え、感染者数の総数が急増したなら重症者数が急増し、医療機関が逼迫しかねないから感染者数を抑える意味はあると思うが、それが飲食店などへの規制だけで巧く行くかはわからない。ツーか、ワクチンの効果などをキチンと説明し、如何に重症化を避けるかを周知徹底すべきだと思うのだ。上にあげた妊娠中の重症化だの重症化率の比較などはそういった意味ではミスリードになり兼ねないし、そもそも何を目的にしているのかも解らない。事実は事実だけど、そこから導き出されるものが間違っていたら報じることが正しいとは言いきれないでしょ?それともミスリードさせるためにやってるのかな?(T_T)<まさか?
2022年01月20日
閲覧総数 40
11

ツーことで、今日は朝のうちは雲が広がっていたけど、徐々に雲も切れて陽射しが覗くようになってきている?(^^ゞ 都心のアメダスを見ると、明け方の気温は15度で、北寄りの風が吹き、日照が少ないからか、午前10時の気温は18度弱と昨日よりも5度くらい低くなっている?(T_T) 陽射しが出てきたから午後は気温が上がってきて、昨日や一昨日みたいににわか雨や雷雨になることもないような?(^^ゞ ただ、今はまだ空気がヒンヤリしていて、肌寒いくらい?(T_T) で、明日以降も晴れる日が続くようだけど、来週の半ばくらいからはまた下り坂になるのかなぁ…(T_T) 不安定な天気が続くようで、体調もあまり芳しくないような?(T_T) 今日も午後は寝て過ごそうかなぁ…(-_-)zzz こよみのページによると、今日は「沖縄本土復帰記念日…1972(昭和47)年のこの日、戦後27年間アメリカの統治下にあった沖縄が日本に返還され、沖縄県としてスタートしたことを記念した日」、「5.15事件記念日…1932(昭和7)年、5.15事件が起こった。海軍の青年将校・古賀清志中尉らと陸軍士官学校の生徒らが首相官邸等を襲撃し、犬養毅首相を射殺した。国家改造、軍部政権樹立のため、東京を混乱に陥れようとしての決起したもの。翌日、内閣は総辞職し、海軍大将斎藤実を首班とする挙国一致内閣が発足して、政党内閣制に終止符が打たれました。前日に来日して犬養首相と面会する予定だったチャップリンも標的になっていたが、直前に急遽予定を延期して大相撲観戦に行った為に難を逃れた」、「ヨーグルトの日…ヨーグルトを研究したロシアのメチニコフ博士の誕生日。明治乳業が制定した。博士はブルガリアに長寿者が多いのはヨーグルトに含まれる乳酸菌が原因であることをつきとめた。また免疫に関する研究によりノーベル生理学・医学賞を受賞した」、「ストッキングの日…1940年(昭和15年)にアメリカのデュポン社がナイロン・ストッキングを全米で発売した。それまでアメリカのストッキング市場は日本の絹製のもので独占されていたが、これ以降、ナイロン製のものに王座を明け渡した」だとか。ところで、訪中して習近平さんと会談しているトランプさんだけど、やはり、自分たちに都合のいいことについては胸を張るけど、都合の悪いことにはダンマリって感じだろうか?何といっても中国にとっては台湾問題が大きく、台湾への武器輸出をどうにかしろって話は避けられないわけで、トランプさんとしてはイランへの支援をどうにかしてほしいのとバーターになるだけに頭が痛いところだろう。トランプさんとしてはアメリカ製品をドンドン売りたいだけで、台湾だろうが何だろうがどうでもいい感じで、単に台湾が良い条件で買ってくれるからドンと売ったという感じだろうか?統一を目指す中国にとっては台湾が防備を強化することは許しがたいことで、余計なことしやがってというのが本音じゃないかな?だから、アメリカが台湾に武器を売らないなら中国もイランへの支援を考えるけどって玉虫色のことを言ったんじゃないかな?アメリカが約束したなら「考える」だけで、実質何も変わらないというのが中国なりの折衝じゃないかな?で、イランは中国の30隻の船舶がホルムズ海峡を通行するのを許可したらしいけど、これの扱いもややこしいよね?アメリカとしては「イランから」だろうから封鎖対象だろうけど、「中国の」だから下手にとめるわけにもいかないというわけだ。かといって止めないとアメリカ側の「封鎖」が意味をなさなくなるでしょ?それにもしもアメリカがこれを止めたなら「イランは通したのにアメリカが止めている」ということになるから風聞的にもよろしくないのだ。そもそもアメリカは「ホルムズ海峡を利用している国がどうにかしろ」といっているから、ホルムズ海峡を利用している中国が「どうにかした」のに邪魔するのかって話になるよね?つまり、中国の30隻の船舶がホルムズ海峡を通過したのはアメリカへの揺さぶりってことでもあるんだろうね?しかも訪中の真っ最中だから効果的なんだよね?これでアメリカが封鎖を解けばイランもホルムズ海峡を解放するかもしれないんだからね?まぁ、アメリカとイスラエル関連は除かれるかもしれないけどね?正直な話、今回のトランプさんの訪中はあれこれ試される場面が多くて、トランプさんも下手に動けないのかもしれない。ツーか、中国の30隻の船舶の通過の先行き次第ではうやむやになる可能性もあるわけだ。中国としても石油の供給が止まり、価格が高騰すればかなりの影響があるわけで、その原因がトランプさんだってのは明白だから、その責任を取ってくれという話になってもおかしくはないのだ。まぁ、これまでの分は仕方ないにしても今後急速に安値にならないのはトランプさんの責任として賠償くらいしてもらわないと困るって迫ってもおかしくないでしょ?値段を上げたんだから、責任をもって下げろって話だ。実際、トランプさんは「すぐに下がる」と公言もしているんだから、「今すぐだ」って言われて「できない」ともいえないでしょ?そもそも地政学的にホルムズ海峡の重要性を軽視していたのは間違いなく、この落ち度はトランプさんの責任だからね?まぁ、習近平さんがどこまでトランプさんをおだてつつも実利を得るのかが全くわからないから何とも言えないけど、トランプさんが「封鎖」を解けば石油市場も沈静化しそうでしょ?まぁまだどう転ぶのかがハッキリしないけど、最もいい感じに終われば石油の高騰は収まるんじゃないかなって思えるのだ。そういった意味で習近平さんの働き次第で世界は好転もするし、さらなる悪化もありうるってわけだ。ある意味、ドミノ理論というか、何かをした場合のその先まで見通して政策を決定すべきなんだけど、トランプさんって目先のことだけでその先に何が起きるのかってことをあまり考えていないようにしか見えないでしょ?ホルムズ海峡の重要性の見落としなんてのものその最たるものじゃないかな?軍事的には大成功でも経済的外交的には大失政なのだ。で、トランプさんの周りにはイエスマンしかいないから大失政だってことにいまだに気づいていないのかもしれないよね?ツーか、習近平さんが頑張ってもトランプさんの意固地が治らない可能性もケッコウあるわけで、そうなると石油関連商品はかなりの価格高騰に耐えないと拙くなるのかな?電気料金は来月からガス料金も数か月後には値上げが予定されており、これによって家計はかなりのダメージを食らいそうでしょ?7~9月については政府が軽減措置をとるかもしれないけど、公共料金だけでなく、食品をはじめあらゆるものの値上げラッシュが来そうなんだよね?石油製品の目詰まりがどうのって政府は言うけど、実際にモノがないのをどうにかしろよって話じゃないか?メディアも「モノがないから値上がりは我慢しろ」ってリテラシーのように感じないか?ツーか、備蓄の石油で石油の価格上昇を抑える気がないってのも明らかだし、物価上昇は当分続くのかなぁ…(T_T)
2026年05月15日
閲覧総数 39
12

しまったって感じ?まぁ、一昨日の「いま、会いにゆきます」ってアリバイモードですからレスがつかなくても仕方ないというか、もう少し心打たれたこととか書けば良かったのかなぁとか、後の祭りなんですよね(^^ゞ 実際澪が帰ってきた真相が明らかになったとき、物凄く切なくなったんだけど、それを語るとネタバレになるし、逆に捻くれた書き方しちゃったってのはアフォだったなぁ… などとぶちぶち愚痴っても意味ないんで、今日のネタに入りましょう。「お篭り」すると自然と新聞が溜まるんですが、それを昨日まとめ読みしたらいくつかネタになりそうな記事がありまして、そのうちの一つを今日は取り上げようと思います。ここでも何度か金曜日の夕刊に載っている「クラスルーム」という教育に関する記事を取り上げていますが、たまたまなのかもしれませんが、土曜日の朝刊に載っている「まなび再考」ってコラムと取り上げているものが同じだったんですよね。それでいて全く異なる事例が挙げられていて、対照的だったんですよね。まとめ読みしたからこういうことに気がついたのかもしれませんが、提示された事例によって印象が変わるもんなんですねぇ。で、これらのコラムが先週取り上げていたのは授業料の滞納問題についてなんです。いわゆる平成不況でリストラで父親が失業したりして生活が苦しくなり、学業を続けられなくなって退学したりする高校生とかが相当数いるって話は聞いたことがあるんですが、高校側もそれでは可哀想だってことでどうにか学業が続けられるようにしているそうなんですが…「クラスルーム」の事例はこういうものです。高校3年生のA子は祖父母両親と兄という6人家族で、不況で父親の収入が減り、交通が不便なため母親もA子もパートやバイトができないので2年生の頃から授業料が払えなくなり、修学旅行にもいけなくなった。県の規則では3ヶ月授業料を滞納すると除籍になるが、どうにか学業を続けさせようということで規則が実行されたことはないそうだけど、何度督促しても払えないので授業料の減免を申請するようにと必要な書類を渡したりしても書いてもらえない。あと数ヶ月で卒業になるのだけど、このままでいいのだろうか?というのはA子は将来TDLで働くことが夢だそうで年間パスポートを買っており、家族全員が携帯電話を持っているということはホントに授業料が払えないくらいの経済状況にあるのか疑わしく思えるからだ。払えるのに払わないのなら除籍するのも教育の一つではないのかとも思えたりするが…「まなび再考」の事例はこうだ。東北の私立高校7校を調査したところ、5校で授業料免除の生徒が増えており、全生徒の1割以上が授業料免除を受けている学校もあるそうだ。授業料滞納も増加し、修学旅行費用の積み立てにも支障が出るくらい、不況が子どもの教育機会に深刻な影を落としているものの、どの高校も滞納者を除籍処分にはしておらず、ある高校では滞納のままでも卒業させ、卒業証書は全納した時に手渡すという。卒業証書を取りに来ないで踏み倒すケースも少なくないが、ある卒業生は就職してから滞ることもあったけど、少しずつ滞納した授業料を払い続け、感動した事務長が最後の1か月分を免除して完済したことにして卒業証書ミニ授与式を行い、担任が泣いたそうだ。学校が除籍規定を厳格に適用せず、教育的論理による支援策を講じたことで、この青年は家計の破綻を自分の力でカバーできたのだ。モチロンウマく行かないことも多いが、学業の道を閉ざすよりはいいのではないか?対照的ですよね?学校の授業料って言うのはいわば家の家賃みたいなものですよね?家賃をキチンと払うから部屋に住まわせてもらえるって決まりで、家賃を払わなければ追い出されても文句は言えないですよね?モチロン公営住宅などでは減免措置があるので、払えないのであれば減免申請をすれば多少は大目に見てくれるもんですよね?授業料だって払えないのであれば通うのを諦めるか、減免申請をしてお願いすればどうにかなるもんですよね。申請が通る通らないではなくて、申請をすること自体に意味があるんであって、申請をしないということは「追い出されても文句は言わない」ってことですよね?あっしも大学の時は減免申請とかしましたね。大学に入る半年くらい前に父親が脱サラして始めた商売に失敗して、長年住んだ家の借地権を買い取ってもらって借金を返済したばかりで金銭的な余裕もなかったんだけど、「みっともない」という安っぽい見栄で入学金や初年度の学費は全納したけど、ない袖を無理して振るのはバカらしいって諭されて、授業料の減免や奨学金を申請しました。当時の国立大学って入学金が10万円で授業料が年間18万円だったけど、それでも払えなかったんだから。イロイロ書類書いたりするのは大変だし、必ずしも免除してもらえるとは限らないけど、審査している半年くらいは納付を待ってもらえたし、それで免除にはならないで半納くらいでも凄く助かりましたからね。それくらいの手間を惜しんで、ある意味つまらない見栄なのかもしれないけど、減免申請をしないで滞納し続けるってどういう気持ちなのかな?卒業してからでも完済できるように延納申請ってのもあればそれだってかなり助かるじゃないですか。ここまで書いてきてふと思ったんですが、そもそも何のために学校に行っているんでしょうね。最近は高校を中退する人もかなり多いし、なんとなれば大検で大学受験も出来るから高校を卒業することに意味がなくなってきてることは確かでしょう。ツーか、そういう風に高校に意味なんてないって思うからこそ、安易に中退したり、授業料払うよりもTDLの年間パスポートのほうが大事なんてことになったりするのかもしれませんね。もしかしたら高校に行っているというモラトリアムを手にしていたいだけなのかな?自分が大事に思っていることなら、無碍な扱いなど出来るはずもないだろうし、後々になっても完済するでしょうね。まぁ、あっしも奨学金の貸与部分はちゃんと完済しましたよ。そりゃ踏み倒すこともできるかもしれないけど、「授業料を踏み倒した」ってレッテルは信用できないって意味にも取られるんですからね。ツーか、踏み倒すことが悪いってことでさえもどこかに置き忘れてしまっているのかな?それくらい今の世の中って世知辛いのかなぁ… 学校のプライオリティって物凄く低いんですかねぇ…
2004年12月13日
閲覧総数 7
13

ツーことで、今日は62年前に長崎に原爆が投下された日です。先ほどまで平和祈念式典が中継されていました。62年前のこの日もその3日前と同じく、小倉の上空の天候が悪かったので目的地が長崎に変わったのだといわれています。突如中空に出現した「太陽」が閃光や熱波、そして目に見えぬ放射線をまき散らし、多くの人に瞬時の苦しみ…死を、それよりももっと多い人達に長い長い苦しみをもたらしたのです。62年を経た今でもこの苦しみに苛まれつつある人がいることを思うと、このような兵器を人が使うことの罪の深さを思わずにはいられません。基本的に戦争は兵士が血を流しあうものです。戦闘に直接関与しない非戦闘員である老若男女の市民の血を流すことは国際法上認められていません。だからこそ非戦闘員を装う諜報員が相応の扱いを受けることになります。一方、一般市民をも巻き込むゲリラ戦はある意味戦闘の継続が困難であることの表れであるような気がします。戦闘の範囲への歯止めがなくなり、無辜の民を殺傷する結果に陥り、更なる悪感情を醸成し、状況を悪化させるだけです。ゲリラ戦しかできない相手とは戦わないのが一番です。これは彼我の戦力に差がありすぎるせいであり、戦闘がそのまま殺戮になりかねないならば、戦闘はすべきじゃないんです。この辺りは兵士の安全と矛盾するかもしれませんが、殺し合いの場である戦場で味方の兵士のみ確実に無傷でいられるとしたら、それは殺戮以外の何物でもありません。犯罪の取り締まりでないのなら一方的な殺戮などあってはなりません。もちろん、殺し合いである戦闘などない方がいいに決まっています。けど、アメリカなどのように兵器を費消したい人たちや、彼らに抑圧されている人々は実力でどうにかしない限り生き残れないので、きれいごとなど言っていられません。とにかく目の前の敵を駆逐しないといけないから必死です。けど、根本的なことでいうなら、眼の前に敵がいないなら戦い続ける意味はないですよね?少なくともゲリラ戦を余儀なくされている方はそうですね。他方はほとんど言いがかりのレベルで拳を振り上げ、意固地になってる感じですよね?とりあえず退いてしまえばこれ以上悪いことなど起きないのに、いたずらに被害を増やしている。犯罪取り締まりレベルで他国の内政に干渉し、その政権を打倒してしまうことの是非を論じることもなく、これらの国を見下しているからその国の人を殺傷しても悪いとも思わない。したがってきちんとした補償も行わない。だから恨みを買って攻撃を受けるんだという単純なことさえ理解しようとしない。まぁ、これはよその国の話ですが、日本も対岸の火事であるといえなくなってきてるらしい。昨日の夕刊で京都大学教授の大澤さんが若者の右傾化について書いているのを見たんだけど、不遇感を抱く若者は規則を守るという倫理的なことに欺瞞を感じ、自分を「きちんと認めない」社会を打破し、流動化させるような戦争に一縷の望みを抱くのだとか。右傾化、ナショナリズムは偏狭になれば仲間でないものを徹底的に攻撃するようになる。日本人でないもの、日本人でも日本人以外の肩をもつもの、日本に不利益を与えそうなものを完膚なきまで叩く。日本人として恥ずかしい存在、例えばホームレスなども許し難い存在なのかもしれない。こういう「恥ずべきもの」は排除するしかない。まぁ、直接手を下すのが嫌な連中はネット上で罵倒中傷の限りを尽くし、さも自分たちのみが正しく、正しくないものには天罰が下る、なんてことを喧伝する。こういう言葉に感化され、まともな善悪の判断さえできないものは「みんながやれと言っているんだから構わない」と越えてはならない一線を越えてしまう。昨日触れた「ホームレスなどは死んでかまわない」という少年たちはある意味こういう情報に踊らされただけかもしれない。「ゴーマニズム」などと喚いている某漫画家(だっけ?)はこういう風潮すらも是認するのだろうか?まぁ、昨日この記事を読んで真っ先に思ったのは平和の敵はエゴってことですね。上記の「不遇に思う若者」というのは戦前の全体主義的思想の否定から生まれた個人主義の誤った姿だと思いませんか?個人というものは地域の小集団、家庭や学校や職場などでは代えがたい存在となりえるけど、社会全体としては至極平凡な存在にすぎないってことがすっぽり抜け落ちている。社会の中でも相応の評価を受けるのはホンの一握りであり、その一握りになるためには並大抵の努力ではダメだってことを抜きにして、個性重視、自分だけは特別な存在だと考える教育をしてきた結果ではないだろうか?かつては物質的に豊かではなく、何かと我慢するのが当たり前だったのに、物質的な豊かさはこの普通に我慢することをさせず、自分の思いが叶わないことなどありえない、と思い込むようになるんでしょう。この典型ともいうのが安倍さんのような気がするし、多くの若者たちのような気がします。物質的な豊かさが精神的な飢餓を満たすことはなく、我慢することを知らないがゆえに容易に切れ、不満を口にする。だれしもが普通に不遇であり、それに耐えるからこそ生活ができているのに、自分一人がこの上なく不遇で、世界一の不幸だと喚き、これを打破するために右傾化し、戦争を礼賛するとしたら… 彼らには平和の祈りすら届かないのかもしれませんね…((+_+))
2007年08月09日
閲覧総数 8
14

ツーことで、世界規模のイベントから一夜開けて、お湿りののち晴れ間がのぞき始めています。まぁ、あっしはイベントとは無縁でしたが、この時期はテレビが特番を繰り返すからそれで笑い転げたりしました(^o^)丿 今年もあと6日になり、何となく気忙しい中でも「毎日が日曜日」ではやはり無縁ですね(^^ゞ とはいえ、歳を重ねて身体のガタも酷くなってきているのか、爪が欠けたり、指先がパックリ裂けたり、眼の調子が悪かったりと散々です((+_+)) 寒さは緩んでいるのでまだマシですが、もう何もする気が起きません((+_+))ところで、昨夜元秘書の起訴で大変なことになっている鳩山さんが記者会見をするとテレビでやっていたので辞任するのかと思ったら予算が閣議決定されただけでした(^^ゞ この不況の中で景気回復も図らないといけないし、マニフェストにあることも実現させなきゃいけないしで、結果としては当初予算としては史上最高額になったとか。正直これでどれだけの効果があるのか疑問ですが、何もしないよりはマシって程度ですかね?(^^ゞ<おひ! これに対して自民党総裁の谷垣さんがコメント出してましたが、物凄くガックリでしたね((+_+))<え? 一昨日の秘書の起訴とこの予算の「稚拙さ」を通常国会で追及していくとの決意表明だったと思いますが、「マニフェスト詐欺予算」とバッサリやったのは良かったけど、その理由として「マニフェストの柱である無駄の排除ができていない」って墓穴掘っていませんか?((+_+))正直な話、鳩山さんたちの言う「無駄」というのは谷垣さんたち旧政府与党の続けていた政策の「ダメな部分」をバッサリすることでしょ?つまり「無駄の排除ができていない」というのはそれまでの自民党の政策が間違っていなかったという証左でしょ?なのに「無駄の排除ができていない」ということは「それまでの自民党の政策でダメなものがあった」と認めることでしょ?これまでに民主党などに指摘された以上に「無駄なもの」があるからそれの排除ができていないって非難してるんだから、もしも予算委員会で「ならばどれが無駄かご指摘してください。その分は予算から排除しましょう」と切り返されたらどうなんですかね?自分たち自民党の「失政」を並べ上げないと非難が非難として成立しないでしょ?つまり、自分で自分の首を絞める結果となるんですよね((+_+))他方民主党にしてみれば「無駄の排除ができていない」と言われても「予算を満額使い切るつもりはなく、今後も無駄の排除を続けて、それを景気浮揚につながる政策に振り分けます」と言い抜けられるんですよね。予算はあくまで予算であり、使い切らないのを前提として、麻生さんの時の補正予算の執行停止をしたように、新たに無駄と見做されたものを原資として補正予算を組むつもりだとされたら攻めきれないですよね?極力無駄を排除するために協力をお願いすると頭下げられたら厭だと拒絶はできないですよね?すべてが国民のためだとされていることですから、後ろ向きなことをやってしまったら次の選挙でもそっぽ向かれちゃいますよね?そもそも鳩山さんの資金問題も家族からのバックアップを素直に表明しなかっただけだとするなら、他の政治家たちの「私腹を肥やすための便宜供与の見返り」とは全く違うものであり、国民にとっては全く損になっていないんですよね(^^ゞ そうすると「家族愛を否定する」非難と言うのが妥当かどうか悩ましく思えてきませんか?むしろ小沢さんの「裏金」の方が徹底的に叩く材料だけど、同じ穴のムジナの二階さんもいるし、鳩山さんにしても弟さんが同じことしてるのにいろいろな閣僚を歴任してるし、他の人たちも後ろ暗い献金と無縁と言えないなら非難は両刃の剣として、物凄く白々しく思えてしまいますよ?もちろん民主党の方も自浄の努力をしないといけませんし、これができない人には政界からの退場をお願いするしかありませんね。見えなければないのと同じというのは子供の論理だと分かっていながら非難を続ける人は誰からも信用されないと思いますが、どうなんですかね?(^^ゞ
2009年12月26日
閲覧総数 9
15

ツーことで、今日も暑い、暑過ぎる(T_T) 昨日までで最高気温が35度以上の猛暑日が7日続いており、今日も昨日並みの気温になって、猛暑日の連続記録が8日に伸びそうだ(T_T) 今日の夕方くらいからにわか雨が来るかもってことで、明日は少し気温も下がるんじゃないかって話だけど、それでも33度って…(T_T) いい加減一日中雨でもいいやって気持ちにもなる(T_T) もう身体も暑さ負けでどうしようもないし…(T_T) 起きているのも辛い…(-_-)zzz 困ったもんだ(T_T) こよみのページによると、今日は「七夕(月遅れ)…新暦となり季節感がずれたため、7月7日から1月遅らせて七夕を祝う地域がある」、「花の日…「は(8)な(7)」の語呂合せ」、「鼻の日…8月7日の語呂合せから生まれた記念日で、日本耳鼻咽喉科学会が1961年(昭和36年)に制定した。鼻の病気予防をよびかける」、「バナナの日…「8」「7」と「バ」「ナナ」の語呂合わせから」だとか。ところで、上でも愚痴ってるようにあまりの暑さにグロッキーです(T_T) 昨日も書こうと思っていたところにたどり着く前に見失ってしまった感じ(T_T) 今日はその仕切り直しで(T_T) あくまでもザックリとした印象なんだけど、渡辺のファンって日本的でない、欧米的な思考法っぽい気がする。よく言われるのは「謝ったらすべての責任を負わされる」と言う考え方で、ごめんなさいと言えば済むところで依怙地になって悪くないと言い張り、却って険悪になるところがある。あと、考え方が硬直的と言うか、アイドルで渡辺が一番であるから、あらゆるジャンルで渡辺が一番になるはずで、そうならないのはおかしい、という思い込みだ。これが「謝ったらダメだ」と言うのと結びつき、一番にならないという事実を認めないのだ。本当は一番なのに不正によって一番を掠め取られた、盗んだ奴が悪い、というトンでもない論理の飛躍が生じている。なのに、論理整合性が失われている自覚が全くないのだ。端的に表れているのがここプラ以降の態度だろう。AKB48が連続ミリオン記録を続けているが、その中ではここプラは最も売れ行きが芳しくなかったシングルになってしまった。実際問題としては襲撃事件で握手会の再開が危ぶまれ、劇場盤があまり売れなかっただけで、むしろミリオンに到達できたのは大成功の部類だったと言える。ほとんどの人はこれを弁えており、ここプラがダメな作品だなんて思っていない。しかし、渡辺のファンは一番売れていないシングルと言う汚名を雪ぐことにしか目が行っていないようで、売れなかったのを秋元P以下のスタッフの無能さや選抜メンバーに恵まれなかったことを原因として挙げ、渡辺のせいじゃないという「センター無責任論」を展開して、過去のセンター経験者のファンたちの顰蹙を買ってしまった。それだけでなく、ここプラが一番売れていないわけじゃないとするためにその後のリフレインやグリフラが売れないようにと足を引っ張るありさまなのだ。握手会の人気に陰りが見え始めており、個握の日数を増やしてもさほど劇場盤の売行きが伸びない状況で、AKBGのことを考えるなら、如何に売上を伸ばすかってことに頭を使わないといけない。AKBGの所属するメンバーにとってはミリオン継続はオワコン認定されないための生命線であり、オワコン認定されたなら最悪解散、そうでなくても事実上の解雇の危機に直面することになるのだ。だから、そういうメンバーのファンならばメンバーを苦しめないためにも売上が伸びるように手助けをしないといけないのだ。しかし、渡辺のファンは「渡辺さえよければAKBGがどうなっても構わない」と言う考えらしく、渡辺の「最悪」という汚名が雪がれるならAKBGがどうなっても構わない、ミリオン割れしても関係ないって感じなのだ。こういう感じでは他のメンバーのファンからは忌み嫌われても仕方がない。こういうファンを抱える渡辺がセンターになることで求心力が生まれるとも考えにくい。そもそもAKBGにとってマイナスにしかならないことでさえ「正義」と称してやってしまうのだから性質が悪い。もう一つ渡辺のファンの悪いところは現実を直視しないところだろう。これも、「謝ったらダメだ」の一環なのだろうが、総選挙における海外票への意見のブレ具合は情けなくなる。自分たちで指原の中国票を蛇蠍のごとく叩いたのに、渡辺の中国票は「国際的な人気の表れ」では周りは鼻白むしかない。自分で中国への忌避感を育てておきながら「忌避するのはおかしい」では論理一貫性がない。そして、そういう忌避感を恐れてか中国票の実態を認めようとしないのだ。そもそも中国の人だって同じ人間だから差別するのは良くないことだろう。しかし、中国票がキャスティングボードを握るとなると話が変わってくる。今年の中国票はおよそ30万票とも言われ、全体の1割程度だ。しかし、渡辺の場合はおよそ半分が中国票であり、今後はもっと比率が上がるように思われている。これはこの1年ほどで渡辺のファンへの嫌悪感や渡辺への失望などにより、国内票がほぼ半減したこともあるが、中国票はそういう国内事情など無頓着で、「顔が良い」渡辺を1位にすることしか考えていないからだ。渡辺さえよければ他は関係ないという渡辺のファンのせいで共演NGが増えたのは間違いない。そんな渡辺がAKBGの顔になってもらっては困る、と言う国内の総意などお構いなしで中国からの大量票が入ってくるのだから、関係者は苦々しい思いでいっぱいだったろう。結局は指原がそのファンに無理させて勝ったからよかったものの、渡辺が連覇していたらAKBGは一気にオワコン化していただろう。それくらい危なかったのに、当の渡辺のファンは無頓着で能天気に「指原が不正をして勝った」と騒いでいる。また、中国票の実数を隠し続けている。隠してもそれなりの数字は出てくるのだが、全く頓珍漢な数字を標榜してるのだ。どうやら国内票が半減した事実を認めたくないようで、中国票も「増えていない」としているのだ。果たしてこれでいいのかって思う。あれだけのことがあっても国内票は減らなかった、と信じ込むのは戦略として正しいのだろうか?そして中国票頼みのままでいいのかってこともある。依然として中国の人気は悪く、中国にイニシアティブを握られるのを多くの人は嫌うので、中国票は多くないって喧伝したのだろうけど、明らかに「嘘」だからね。「嘘」でなく、ホントに国内人気の方があるって示す必要があるんだけど、今のままだと無理っポイ(T_T) この辺りを如何に周りに納得してもらえるようにしていくかの戦略がないんだよね(T_T) 他のファンたちに納得してもらう気が全くないからなぁ…(T_T) 困ったもんだ(T_T)
2015年08月07日
閲覧総数 37
16

ツーことで、どうやら未明に雨が降ったらしく、水たまりがあり、空には薄雲が広がっているけど、陽射しが降り注いでいる?(^^ゞ 都心のアメダスを見ると、明け方の気温は18度で、北寄りの風が吹き、日照はまずまずで、午前10時の気温は23度と昨日よりも4~5度高くなっている?(^^ゞ 昨日は一日中曇っていたからほどほどだったのか、今日は陽射しがあるから気温も上がってきている?(^^ゞ そうなると屋外で作業すると汗まみれになりそうだから、家の中でおとなしくしているのが良いのかなぁ…(T_T) ツーか、今日も突発的に用事が入ってきて1時間くらい時間取られてしまった(T_T) 最近こういうの多いんだよなぁ…(T_T) 丁度これ書く時間に来ること多いからどうしてもこれ書くのが遅れてしまったり?(T_T) 用事で疲れて書かないってことはないと思いたいが…(T_T) こよみのページによると、今日は「博士の日…1888(明治21)年、植物学者の伊藤圭介・数学者の菊池大麓・物理学者の山川健次郎ら25人に日本初の博士号が授与された。ただし、論文の提出による博士号ではなく教育への貢献を評価されたもので、名誉博士的なものだった。論文による本格的な博士が生まれたのは、それから3年後。また、当時は博士の上に大博士の学位があったが、該当者がなく1898(明治31)年に廃止された」、「コナモンの日…日本コナモン協会が2003(平成15)年に制定。「こ(5)な(7)」の語呂合せ。 たこ焼き・お好み焼き・うどん等、粉を使った食品「コナモン」の魅力をPRする日」、「粉の日…「こ(5)な(7)」の語呂合せ。小麦粉等、食料としての粉の有用な利用方法等をアピールする日」、「VEデー(Victory in Europe Day)…1945年(昭和20年)、ドイツが連合国に対して無条件降伏した日」だとか。ところで、イラン情勢については相変わらずの行ったり来たりというか、相場を動かすために良いことと悪いことを交互に送り出しているような印象すらあるでしょ?なんか政治家というよりもトレーダーというか、それもインサイダーオンリーのトレーダーなのかなって思えてくる。正直な話、ペルシャ湾内の船舶を解放するとしながらもたった2日で撤回とか、発言と実現可能性の齟齬が生じているのかなって気がしてならない。また、一時停戦によって60日ルールが適用されないとか言っていたけど、もしも再び戦火を広げるなら60日の延長という受け止め方をされるかもしれないわけで、その場合に議会が差し止めをはかる可能性もあるのかな?そもそも、戦争をしないという公約破りで戦争をし、その結果物価が高騰して生活が苦しくなっている人ばかりだから、物価を下げるためにもイランから手を引けって人も多くなってきているような?イランの核開発がどうであろうとガソリンの値段が上がることには我慢ならないってことなのだ。けど、こういう声をすべて「フェイクだ」とブロックしているから非常にたちが悪いのだ。正直な話、イランへの脅しとして更なる大規模な爆撃を予告しているけど、議会はこれをブラフなら見逃すけど、実施したら直ちに60日ルールで差し止めるのだろうか?ツーか、トランプさんが人気取りに敏感であるならガソリン価格を抑えるために尽力するはずだけど、このあたりのことについて物凄く鈍感だからなぁ… ツーか、原油先物相場がトランプさんの言動によって大きく上下しているために小売レベルでは高値安定しちゃっているんじゃないのか?少なくとも相場が乱高下している時に値下げなんて絶対にしないからね?通常は高値レベルで抑えといて相場が下がったタイミングの差益は懐に入れるんじゃないかな?まぁ、タイミングを逃して大損したときのヘッジにするという意味でもそれくらいのことは容認されるんじゃないかな?実際、この乱高下で大儲けしている人がいれば大損している人だっているからね?この大儲けしている人がトランプさんの近くにいる人だったなら確実にインサイダーでしょ?実際、そういう疑惑も出ているみたいだよね?超大国のトップがインサイダーっぽいことをしているとなれば周りはいかにして火の粉を浴びないで済むかってことになるでしょ?「TACO」すらも相場を動かすための演技だとしたならって思うとマジで怖いよね?ツーか、物凄く陰謀論だけど、ユダヤ資本がこの相場でうまく振舞って大儲けし、それでイスラエルに支援しているとしたらってことあるのかなぁ… 金融システムの基礎とかはユダヤの優秀な頭脳によってできているとするなら、そこでうまく大儲けするためのノウハウだってありそうでしょ?ある意味、トランプさんはユダヤ資本にいいように使われているだけで、ひと段落したらアメリカ国民からそっぽを向かれて弾劾から辞任に追い込まれるなんてこともあり得るのだ。それまでに大儲けしようって人たちがうごめくのかなって、ほぼフィクションの世界?話がぶっ飛んでしまったけど、人道的な立場からすればこれ以上の爆撃などによる殺生は恨みを買うだけで、今後アメリカ人だというだけで命の危険にさらされることも考えないといけなくなりそうでしょ?少なくともトランプさんの戦争に賛成した人たちは標的にされない方がおかしいのだ。今更かもしれないけど、トランプさんの戦争に反対し、トランプさんをホワイトハウスから追い出すような動きをしないなら、アメリカ人がみな恨みの対象になるかもしれないよね?少なくとも距離的な意味からもアメリカにとってイランの核開発は北朝鮮の核開発よりは脅威じゃないはずなのだ。なのに、トランプさんは北朝鮮の核開発を容認しているんだからアメリカのためじゃなくイスラエルのためだってことになるんだろうね?ツーか、現状イランには核開発をするだけの施設もお金もないんだから、これくらいで満足した方がいいんじゃないかって気がするのだ。少なくともイスラエルは世界中の嫌われ者になってしまったんだから、アメリカがそれに追随する必要はないでしょ?嫌われている当人だけが嫌われていると自覚ないから始末に負えないんだよなぁ…(T_T)
2026年05月07日
閲覧総数 45
17

ツーことで、今日は朝から曇り空(^^ゞ 一昨日までの強い陽射しもお休みになると気温も多少は下がるのかなって思ったんだけど、そんなには下がっていないような?風も心地よいからいいんだけど、やっぱり身体が言うこと聞かない(T_T) 昨日近くの本屋にモノがなかったから、駅前の本屋まで行ったんだけど、その往復だけでグッタリ(T_T) ヤッパ30度ってのは身体に来る(T_T) はぁ…(T_T) こよみのページによると、今日は「長崎原爆の日,長崎原爆忌…1945(昭和20)年8月9日午前11時ごろ、米軍のB29爆撃機「ボックスカー」がプルトニウム原爆「ファットマン」を投下し、長崎市松山町の500m上空で爆発した。約7万4千人の市民が死亡、約7万5千人が重軽傷を負った」、「パークの日(駐車場の日)…貸し駐車場管理会社・パーク24が制定。 「パー(8)ク(9)」の語呂合せ。 不正駐車・路上駐車の引き起こす問題について再認識し、できるだけ駐車場に車を停めるように心がける日」、「薬草の日…沖縄県保健食品開発協同組合が制定。 「や(8)く(9)そう」の語呂合せ」、「世界の先住民の国際デー…1994(平成6)年12月23日の国連総会で制定。国際デーの一つ。 1992(平成4)年、国連人権促進保護小委員会先住民作業部会の第1回会合が開かれました。(International Day of the World's Indigenous People)」だとか。ところで、身体が思いっ切り重くて頭も動いていないから、ザックリと短めでごめんなさいm(__)m 人の噂も75日で、そろそろ終わりかなって時期に来てるけど、依然として何かと非難してる人が多い。あっし自身は「大人への通過儀礼」だと思っているので、「乱倫」とも見られかねない限りはどうでもいいと思っているから、いつまでも非難してる人の気持ちがわからない。ツーか、本気で非難し続けないといけないって思っていないような気がいてならない。こういう報道がいけないというよりも、報道をきっかけに非難し続けてるだけのようにしか思えない。わかりやすい例で言うなら乃木坂46の「不倫・路チュー」のメンバーだろう。内容としては「乱倫」であり、擁護する理由などまるでないが、報道媒体が文春であり、当初から処分するつもりがなかったのは間違いない。ただ、対応があまり巧くなく、炎上しまくったので、目を逸らすためにか別のメンバーのものを報道し、活動辞退へと追い込んで行った。完全にガス抜き狙いで、別のメンバーを切り捨て、最初のメンバーを温存することにしたようだ。この一連の動きが紅白出場決定の時期で、最初の対応をミスしたことが祟り、出場を逃した。つれて多くのファンは不満を募らせたが、運営はこれを無視し、選抜からも外さず、悲劇のヒロインにしようとしてる。つまり、報道によって名前を売り、人気者にしようという意図があったわけだけど、巧く行かないけど、そのまま次を狙ってる。このメンバーの場合は狙いすぎて失敗したのだけど、おそらくは取り決めがあるから活動辞退することもない。そういうことが見えてくるからなのか、いくら騒いでも運営が無視するからなのか、非難も下火になってきているようだ。ツーか、どうでもいいメンバーだから非難する価値もないってことなのかもしれない。このメンバーのことで騒げば騒ぐほど他のメンバーにとってプラスにならないって雰囲気作りもあるのかもしれない。まぁ、あっし自身が乃木坂に興味ないから騒いでいないように見えているからかもしれないが(^^ゞ正直な話、AKBGの場合、ライバルのメンバーのファン同士の対立が激しい。とはいえ、昔はそれなりのリスペクトがあったと思うのだが、最近はリスペクトが一切ない誹謗中傷しかないように見える。自分の応援しているメンバーにとってマイナスになりそうなメンバーは何でもいいから粗探しをして叩きまくる。それによって全体がどうなっても構わないという感じなのだ。前であれば角突きあわせることで互いに燃え上がり、活気が増していたのだが、最近は叩く力が増しているのと、叩いていることへの嫌悪感からか、盛り上がるのではなく、意気消沈して行っている。傍からは呆れられているといった感じか?叩くにしても感情的で共感できるものがないからなぁ…(^^ゞなんだかなぁ…(T_T) あれこれ考えることはあるが、言葉にすると、非難してる人たちの悪口でしかないような気がしてきちゃう(T_T) 彼らが錦の御旗と掲げてるメンバーが「大人への通過儀礼」を通ることになったらどうなるんだろう?そういうこと考えると少し可哀想な気分にもなってくるが、彼らのせいでAKBGがかなり衰退してるのだが、その自覚すらない(T_T) もうちょっと考えてみるか…(T_T) ツーか、頭が動かなくなったので、続きは後日m(__)m
2015年08月09日
閲覧総数 53
18

えっと、今度こそ年内最後の「お篭り」になると思います。ツーのはクリスマスや年末年始のお届けやら、歳末の夜回りとかの都合で丸々一日家を空けるってことができないんですよね。年明けは松が取れてからにするつもりですので、半月くらいは「お篭り」しないで済むんじゃないかしら?まぁ、最近「お篭り」が多い理由として先日ストレスが溜まっているからって書きましたが、実際ストレスの元凶のせいで今からあれこれ考えなくても好いようなことも含めて無限ループにハマってしまったようなドツボな状態に陥っているんで、どうにかしないと拙いってことで「お篭り」しちゃうんでしょうね。ただこれだけ続けざまに「お篭り」していると読むべきモノがなくなってきちゃうんですよね。ツーか、最近のコミックってヘタすると50冊超えるような長ぁ~~い作品もあるし、ちょっとしたシリーズモノだと10冊くらいはあっという間にいってしまいますよね?このシリーズ全部とかを読むのに丁度良い時間ってのからするとシリーズで10冊ちょっとくらいで、完結しているものを選ぶことが多くなるんで、「はじめの一歩」などはまだ手が出ていないんですよね。今回は前にもここで触れた成田美名子の「Natural」(全11巻)、山本鈴美香の「エースを狙え!」や西山優里子の「HarlemBeat」の一部の読み返しをしたり、桂正和の「I”s」や「電影少女」「DNA2」などを読んだりしたんですが、「Natural」や「エースを狙え!」などは確実にスイッチが入ってしまいますね。ウルウルするだけでなく、涙ぽろぽろ鼻水じゅるじゅるになったりします。大概スイッチの入るところってのは決まっていて、運命に翻弄されて己の命を犠牲にしたり、病気などで死すべき運命にあるなんてときですね。どんなことでも誰かのために人が斃れるともうダメですね。ツーか、そういう風にスイッチを入れるために「お篭り」しているんじゃないかなって思うんですよね<他人事か?まぁ、涙は心の汗とか大昔の青春ドラマでは盛んに言っていましたが、泣くと言うことはストレス発散のためのカタルシスとして適しているものですよね?だからストレスが溜まってしまった場合には思いっきり泣くのが一番じゃないのかな?今年はイロイロストレスを溜めてくれる輩がいるんで、こんなにも頻繁に「お篭り」しちゃうんでしょうね。病膏肓でどうしようもないって気持ちもありますが、できればもう少し「お篭り」の回数を減らしたいって真剣に考えてはいるんですが…(^^ゞあと、できるだけ泣けるようなものを読むってのはもう一つ理由があって、普通に瞬きした場合では瞳が潤わないんですよね。これって10年前のGWに40度もの熱を出して入院した際にどうやら脳内のスイッチがいくつかおかしくなったみたいで、10年前の暮れくらいから「冷え性」の症状が出始めていたし、ドライアイの兆候も出始めていたんですよね。このドライアイ(らしきもの)って物凄くおかしくて、涙腺などにはどこにもおかしなことがないのに感情が高ぶった時の涙くらいしか出なくなったみたいなんですよね。だから瞳が渇き気味だと感じたら瞬きしても意味なくて、なにやら哀しいことでも頭に思い浮かべて涙を流さないと乾きまくるって感じなんですよね。どんなにみっともなくても涙をぽろぽろ流さないと瞳に良くないんですよね。だからそういうのを狙って読んだりするんですよね。これでストレスの解消になるし、瞳が潤うって意味では一石二鳥なんでしょうね。ツーことで「お篭り」明けでアリバイバージョンでした(^^ゞ
2004年12月22日
閲覧総数 6
19

ツーことで新しい年が始まりました。「年末年始の大盤振舞」ってことで年明けしてから皆さんのところを飛び回り、「お題」を頂いたところには「お題」から膨らませたイメージにそったものを、「お題」が頂けなかった常連さんのところにはその人から感じたイメージにそったものを「お届け」しました。「お題」を頂いたところには「One and Only」でしたが、いただけなかったところはそうも行かなくて…(^^ゞ 「お届け」したものは掲示板(青)に再掲してありますので、他のところに「お届け」したものもお時間があったらご笑覧くださいませ。あっしなりのタイトルも掲示板(青)に載せてありますので、ご参照ください。で、「お届け」したものについてあれこれ書こうかとも思ったんですが、とりあえず皆さんなりに楽しんでもらおうってことで後日触れようと思います。まぁ、11編の中でひとつだけ異質なものがありまして、それは「雪ウサギ(続き)」です。掲示板(青)に載せているのは「ショートバージョン」という奴で、この他に「日記」にフルバージョン(?)やそこから漏れたパーツを載せています。どこが違うのかといえば真夜中に起こった出来事がすべて夢でボクの記憶に残っていないのがショートバージョンで、実際にあったことをすべて網羅する形になるのがフルバージョン(?)ってことになります<一応(^^ゞ で、ショートバージョンの(続き)があるならフルバージョン(?)の(続き)もあるって訳で… クリスマスの頃からずっと頭の中で暴れていた「最終章」を紹介しましょう。「春の訪れ」クリスマスの夜が更ける窓の外には雪が舞う十二時の鐘がなる半瞬前長と呼ばれるウサギは後ろ足で立ち上がる「おい、起きているか?」低い声でボクに話しかけるボクはまだ寝付けないでいた昨日の夜の不思議な冒険サンタクロースと雪ウサギのソリみんなにプレゼントを配りまわったはずなのに何一つ変わらない朝が来たいや、雪ウサギがウサギに変わっていた雪のように白い毛に覆われたウサギ赤い瞳に長い耳どこか意味ありげな口元姉さんに連れられてきたけれどあれは夕べからここにいた長と呼ばれた雪ウサギどうしてウサギになったのか「うん、起きてるよ」ボクは長に応える「やっぱり夕べの長だったんだね」ウサギが口元を歪める笑っているつもりなんだろうか「まぁ、あれだけ一緒にいれば解るかな」呟くように低い声「夜が明けるまでってことじゃなかったの?」「まあな」「なのにまだここにいるのはなぜ?」「さてな」「昼間は知らん振りしてたのはどうして?」「いろいろあってな…時計を見てみろ」ウサギは前足で時計を指差す「あれ?止まっている?」「そう見えるだろ?」「え?」「十二時の鐘が鳴っている間だけ時が歪むんだ」「夕べのように?」「普通は月の光があるときだけだけど、俺たちは雪の光でもこうしていられるんだ」「雪ウサギだから?」長は頷く「夕べは特別な日だから1年分だったけど、普通は一日だったり、一週間だったり、一月だったり、まちまちなんだ」長は説明を続ける「雪さえあれば俺たちはいつでもこうしていられるけど、雪がなくなればそうも行かない」「雪が融けたら話もできなくなるの?」「月の光があればできるけど、俺もそうそう暇じゃない」「長の務めがるの?」「まあな…だから時が惜しい」「え?」「窓の外を歩きたいんだろう?」「う、うん、そうだけど」「自分の足で歩きたいんだろう?」「…できるの?」「お前次第だ…行くぞ」合わせ鏡の魔法不思議の世界へと誘う光導くのは雪ウサギの長まるで不思議の国のアリス三月ウサギのお茶会に紛れ込んでハンプティダンプティに微笑みチエシャ猫と知恵比べハートのクィーンにトランプの衛兵眠り姫にシンデレラ起こしてくれる王子様はどこピーターパンにウェンディキャプテンフックに気をつけろお花畑で一休み心が弾む、笑顔がはじけるそんなボクの横で雪ウサギの長はすましている「疲れたか?」声が優しい「うん、ちょっとだけ」長の口元がにやりとしたようだ「いい傾向だ…徐々に慣らしていこう」「え?」「ここは夢の世界だ…だけど心だけでいるんじゃなく、身体も来ているんだ」「身体って…ボクの身体が?」「そうだ」「でも、ボクは歩いたりできない…」「そう思っているだけだ…その気になれば歩ける」「…そ、そんな…」「でなければ夕べも出歩いたりできなかっただろうよ…ソリの中で寝込んでいるだけだったはずだ」「…じゃあ…」「100%の力が要るわけじゃないが、徐々に負荷を大きくすることもできる」「ボクはホントに歩けるようになれるの?」「そうだな、春になるまでにそうなって欲しいもんだな」素っ気なさそうに長が言う見つめるとどこか照れているようにも見えた毎晩のようにボクと長は不思議の旅を続けた南の島で舟遊びをしたり高原でピクニックをしたり岸辺で魚釣りをしたり雲に乗って大空を翔けたり楽しくてたまらなかったけど昨日より今日、今日よりも明日息が切れるようになったしそれが心地よくもなった不思議な不思議な毎夜毎夜のアドベンチャーいつまでも続くんだと思っていた夜遊びをすれば朝が辛い辛いけど清々しいボクはベッドに寝ているばかりでなく起き上がっている時間も増えいつしか窓辺に立ったり車椅子で外に出たりできるようになった姉さんもビックリしている「これもあのウサギのお蔭かしら」何も知らないけど感じるものがあるようだボクの自慢の姉さん髪も少しずつ伸びてきた「…大学は行かないの?」「…そうね…」「ボクはもう大丈夫だからさ」姉さんは笑うだけで応えてくれなかった陽が徐々に延びていくあれだけ積もっていた雪も減っていく昼間は長はほとんど寝ていて動かないそれでも時折ピクリと耳が動くことがある姉さんがボクの名前を呼ぶときだ「百合」どうしてなんだろうボクの名前が気になるのかな「おい、起きているか?」「うん」「もうかなり動けるようになっただろう」「そうだね、車椅子ももう要らなくなりそうだよ」長は口元を歪める喜んでくれているのだろうか今夜も不思議な旅を始める「ねぇ、長」長の首だけこちらを振り返る「長はどうしてボクのそばにいてくれるの?」「さあな」「姉さんがボクを呼ぶときピクリとするけど?」長は応えない「長の名前ってもしかして…」長は立ち止まっていた「俺もドジだなぁ」呟くような声だった「お前の姉さんが雪ウサギを作っていたときに一生懸命に祈るんだ…「百合、百合」ってさ」長はそっぽを向いている「俺にはそれが「ユーリ、ユーリ」って聞こえちまった」「…ユーリ…」「長に相応しいようにってユリウスって名前をつけられたけど、普通はユーリって呼ばれてる…だからかな」「同じ名前だから?」「姉さんの想いに捕まっちまったんだ、まるで俺のことを想ってくれてるみたいでさ」長は照れくさそうに口元を歪める「少しでも願いを叶えてやろうって…」「…長」「まぁ、それも今夜でおしまいかな」「え?どうして」「雪の季節ももう終わりだ…お前も歩けるようになったしな」「長…」「まぁ、たまには遊びに来てやるさ…百合」夜が明けてボクの横でウサギは寝ていたでももう長じゃないユーリという名を持つ雪ウサギの長ボクのそばにずっといてくれたけど春が来たからお別れなんだね桜が咲く季節が来てボクは学校に行き始めた姉さんも大学に行くようだボクがもう大丈夫だからボクの自慢の姉さんもっともっと輝いていて欲しいいつかボクも姉さんみたいになるからねボクも髪を伸ばし始めたボクって言い方も辞めようかな春風にスカートが揺れる「ユーリ」ボクの大好きな雪ウサギの長二度と会うことはないかもしれないけど絶対に忘れないよ春の陽射しが暖かくボクを包んだ
2005年01月01日
閲覧総数 6
20

ツーことで、あと10日ほどでここも開設来1900日となり、「日記」も1900回となる予定です。それに加えてカウンターの方も14万HITを迎えそうな勢いです。けどまぁ、「楽天」の仕様のせいで今自分が見ているカウンターが自分が動かしたものとは限らないことになっているので、踏んだつもりが踏んでいないとか、ケータイからアクセスするとカウンターが表示されないからまるきりわからないとかするんですよね。昔は来訪者もアクセス記録見れたりしましたが、こっちも今では管理者しかチェックできません。13万HITの時は「楽天」ユーザーさんだったんでお礼の「お届け」できましたが、今度はどうなるんですかね?で、1900日の方はどうかというと、これまでは「大盤振舞」をやっていましたが、100日ごとってのも有難味も薄れちゃうのかどうかはわかりませんが、半ば押し付け気味にしてようやく「お届け」できる程度になっているんで、今回は「大盤振舞」って看板は掲げないことにしました。とはいえ、当日になったら気分が変わって申し込みを受け付けるかもしれませんが、今のところは白紙ですね(^^ゞ白紙と言えば「お話」の方も今のところは白紙状態です。ちょいとテンションが低いのがその理由ですが、近々何らかの形で始めたいと思っています。「十二国記」や「風の行方」の続きはまだまだ先になりそうで、これ以外の何かってことになる予定です。まぁ、(本宅)の方の「100年後の物語」をリライトするってのも宿題としてあるんですが、こっちの方は舞台は同じでも全く別の「お話」になるかもしれません。10年近く前に思いついたものですけど、その間にいろんなことがあり、あっし自身の考え方も変わっているからようけわかりません。100年も経てばその間に大きな戦争があり、国際政治も大変動が起きて根本的に変わるって考えるのが楽なんですけど、100年でどれくらい変わるものなのでしょう?今から100年前と言えば帝国主義の時代であり、植民地では人と見做されない人たちがいて、日本がロシアに勝つということを目の当たりにして独立の気持ちが芽生え始めたころです。第一次世界大戦前夜であり、ロシア革命や辛亥革命に向かって人民の気持ちが高揚していました。翻って今はどうなのでしょう?100年前なら自分たちの力で変わっていくという可能性を夢見れましたが、今は夢を見られないような状況にあるような気がします。いわゆる「テロリスト」を擁護するつもりはありませんが、弾圧された人民が弾圧から解放されようとするとき、かつてのようには容易に事が進まないんです。だから誤った道筋として無差別殺傷となるテロを選ばざるを得なくなったりもします。ここに誤った道筋でなく、正しい確実に弾圧からの解放につながる道筋が提示されればテロは根絶されるのですが、既得権益などもあり、まず実現されることはありません。現状を変革することを阻む壁は分厚く、高く聳えているんですよね。今の暮らしを維持するのが正しいという勢力と、今の暮らしには我慢できないという勢力があり、治安維持を司る警察などが前者の味方、走狗であるために両者の隔たりは憎悪となり、血で血を洗うようなものになったりもします。未来のことを描く際にはこういう対立関係がベースにあり、これが行きついた先のことか、行きつくまでのことになるか、考えちゃいますね(^^ゞ 一応(本宅)のは行きついた先の世界ってことになりますが、歪みが歪みのままで残ってしまい、それが…ってのを描こうとして頓挫したんですよね。「お話」を書かなくなってもう1年ですからね。「お届け」などで多少は創作脳を動かしていましたが、本格的なリハビリって段階から始めて、「風の行方」や「十二国記」などもけりをつけたいですね。まぁ、そこまで行くのにどれだけかかるかはわかりませんが、ぼちぼちやっていきたいですね(^^ゞ
2008年03月01日
閲覧総数 9
21

ツーことで、今年も早2月になりました。ツキが変わったせいなのか、陽気の方も変わり目になったらしく、昼からは雨、やがては雪に変わるとか。暖冬だから雪にならないうちに上がってしまうかもしれませんが、春めいた陽気に誘われてのびのびとしてた草花たちも気を引き締めるんですかね?それとも「またかよ」と呆れているんですかね?あっしはこういうアップダウンに弱いのか、あるいはプラセボなのか、ちとダウンです((+_+)) 少しは免疫力も上がっているだろうに、なぜか身体がだるいというか…((+_+)) 体温が低いことに気が廻って忘れていたことに気付いただけなのかしら?ホントポンコツですね((+_+))ところで、最近もまたお騒がせの横綱の師匠の親方が暴力事件についてコメントしてたのをネットのニュースで見たけど、思わず目が点になりましたね。「横綱が酔っていて覚えていないから殴打したかどうか確認できない」旨のコメントでしたが、基本的に被害者の方が嘘をついていると言う印象のコメントでした。つまり、ホントに横綱に殴られて怪我したのかどうか、もみ合ったはずみの怪我なのかもしれないから、横綱だけが一方的に悪いと言う訳でないから示談という形になったという趣旨らしいんだけど、正直意味が分かりません。例えば「和解」という言葉ならば「喧嘩両成敗」的な印象もありますが、これでも基本的にお金を払ったりする方が謝罪の意味を示すわけで、お金を貰う方も悪い場合はその度合いに応じて金額が増減されるものです。報道では1000万円ともそれ以上とも言われている金額は傷害事件の示談金の相場である100万円と比べると極めて多く、これがそのままお金を払う側の悪質さの証左じゃないですかね?横綱をかばう形で「自分が被害者」と言っていたマネージャーについても親方が「勝手に嘘をついた」とバッサリ言っていたのはこれまた酷いですよね。場所中だから大騒ぎにならないように手を尽くしただけで、それを「お前が悪い」じゃ立つ瀬がないですよね?一応親方としては「横綱は悪くない」と言いたいみたいですが、全く反省していない様子しか感じられません。酔っていて覚えていないと言うのはよくある言い訳ですが、トップにある人は酔っても乱れない、泰然自若とした飲みっぷりでないといけませんよね?泥酔して乱れると言うのは人間臭さとも言えますが、泥酔したことを自分の地位を使ってもみ消して、何もなかったことにするのは如何なものですかね?上に立つ人なら最低でも「酔っていたとはいえご迷惑をおかけしたことをお詫びしたい」旨の発言をすべきですよね?「自分は悪くない」と言えば言うほど一層悪く受け止められてしまうものでしょ?被害者もかばおうとしたマネージャーも悪者扱いして、一人横綱だけが悪くないってのはあり得ませんよね?そもそも相撲は神事であり、精進潔斎して行えとまでは言わないものの、明け方まで泥酔して稽古もしないで本場所に臨むってのは横綱として如何なものでしょうか?本場所中であれば、勝った負けたの憂さを酒で洗い流して相撲に臨むこともあるかもしれないけど、記憶がなくなるほど飲んで相撲に臨むのはどうなんでしょうね?相撲に対する真摯さに欠けるのは明白で、品格も疑わしく思えますよね?大相撲の看板である横綱として相応しいかどうかじっくり考えなおしてほしいですね。…って、できるならこんな騒動になりませんね((+_+)) 親方も「自分が辞めるから斟酌して欲しい」と言えば横綱をかばえるだろうに、方向性が間違ってますよね(^^ゞ辞めろという圧力が増していると言えば小沢さんもそうですね。こちらも「自分は悪くない」と大声で主張してるからか、却って悪いように見ている人も多いようですね。あっしは小沢さんみたいな「金に汚い」政治家は一掃された方がよいと思っていますが、そんなことしたら大半の政治家が追放されちゃうだろうから無理でしょうね(^^ゞ ツーか、小沢さんを辞めさせようと言うのが「金に汚い」からじゃなく、民主党政権を潰すためだってのが肯うことができない部分ですね。非難する側の自民党だって相当に「金に汚い」人がいるわけで、政治献金の見直しに最も消極的なのが自民党の政治家だってことからも小沢さん以上に「金に汚い」人も散見できそうだと思えますよね?だからそういう意味だけで非難するのはお門違いだって言いたいだけで、民主党政権の掲げた政治改革が成し遂げられたらもはや不要な人として小沢さんに「隠退」してもらうのも当然ですよね?我々のためになる改革を阻止するための小沢さん非難は願い下げですね。とにかく政治がなんのために行われているのか、政治家の利権保護のためでなく、国民のよりよい生活実現のためだとするなら、プライオリティをキチンと弁えてほしいですね。まぁ、野党側は「絶対少数」ですから淡々と日程が消化され、何事もなく予算が成立し、各種法案も成立するんでしょうね。ホントつまらない茶番劇をやるくらいならもっと国民の方を見てほしいんですが、無理でしょうかね?((+_+))<おひおひ!!
2010年02月01日
閲覧総数 8
22

ツーことで、昨日は夕方にみぞれ混じりの冷たい雨が降り、今朝は薄曇りから陽射しがこぼれているものの、空気はキンと冷えています((+_+)) 天気予報では立春寒波とか言っていましたが、今日はその立春です。いつものようにこよみのページで見てみると「春の気たつを以て也(暦便覧) この日から立夏の前日までが春。まだ寒さの厳しい時期ではあるが日脚は徐々に伸び、九州や太平洋側の暖かい地方では梅が咲き始める頃である」とのこと。二十四節気で言うなら、雨水、啓蟄、春分と寒さが厳しく、また、寒さを駆逐しようと陽射しが頑張るせめぎ合いの時期でもあるんでしょうね。暦の上で行くと寒の時期が最も寒いはずですが、今年は(今年も?)寒の時期には春めいた陽気で、春になったはずの立春前後が寒より寒いってことになるみたいですね。それだけ暦と乖離するような気候になってきているのかなぁ…((+_+))ところで、1月30日の「日記」で冷えや低体温について触れましたが、昨日の「ガッテン」は「室内で凍死!?低体温が中高年を襲う」って内容だったのでしっかり見ました。詳しいことは「ガッテン」のサイトで見て貰うとして、ビックリしたのは冷え性と低体温は似て非なるもので、低体温も真逆のタイプがあるので注意が必要ということでした。先日触れた時は低体温は免疫機能がダウンし、深刻な症状をひき起こすことがあるから是正しないといけないってレベルでしたが、そもそも冷え性というのはある程度は身体の正常な機能というのにびっくりでした((@_@)) 人の体温は平常が37度で、寒いところなどでは手足などの抹消の血管を収縮させ、そちらに回すはずだった血流を体幹部に集中し、体幹部の寒さから守るらしい。手足が冷えるのは体幹部を守る働きであると同時に、これ以上の寒さは危険だと言うアラームなのかもしれませんね。だから、冷え症は寒くても体幹部の熱が十分確保できるくらい身体を温めたり、身体の内部から熱を出すようにすればいいわけです。ただ、外から温めるだけだとそれに身体が慣れて自分で熱を出さなくなって下の低体温になることもあるみたいですね((+_+))他方、低体温の方は冷え症の酷いようなタイプと自覚症状のないタイプがあります。前者は基礎代謝などが足りず、十分な熱量を発散できないために抹消はもちろん体幹部も冷えてしまっています。これに対して自覚症状のないタイプは寒さに対して抹消の血管を収縮することがなく、体幹部が冷えているんですが、手足が冷えを感じないためにむしろ「寒さに強い」と勘違いしてしまうらしい。これは抹消の血管を収縮させる交感神経の働きが鈍っているか、老化などで血管が収縮し難くなっているからしく、前者であれば寒さに鈍感な体質を変えることが望ましく、後者なら収縮し難くなっている部分を温めるのが良いらしい。老化によって血管の収縮が鈍くなるのは足⇒背中⇒胸⇒腕⇒頭の順番なので、この順番で温めていけばよいみたい。寒さに鈍感な体質改善には寒さへのセンサーの多い顔などを寒さにあて、日頃よりも一枚くらい薄着で20分程度のウォーキングをするのが効果的みたいですね。で、冷え性の人や熱量の足りない低体温の人は先日も紹介したように、食事に肉や魚介類を多く取り入れ、総カロリー数の40パーセント以上をタンパク質でとれば効果的みたいです。これはタンパク質がアミノ酸に分解される時に大量の熱を出すからですが、全身麻酔で体温が下がるのを防止するためにアミノ酸の点滴をしたりしてることからも体温上昇には効果的みたいですね。ちなみに全身麻酔などをして手術をする際に体温が1.5度程度下がるだけで肺炎などの重篤な合併症になるリスクがグンと跳ね上がるらしい。また、番組のタイトルにある凍死云々で言うなら、寝ている間に10度以下の空気を吸っていると体温が急降下し、心筋梗塞などの心疾患を起こして死にいたることもあるらしい。あっしの場合は閉塞性血栓性血管炎らしく、血流が悪いから末端が冷えてしまうそうで、できるだけ血管を収縮させないために薬飲んだり、タバコを辞めたりしているんですよね。タバコは血管を収縮させる働きがあるらしく、もしも症状が悪化した場合には手足の壊疽や壊死をひき起こしかねないとか言われたら速攻で辞めますよね?そう考えると冷え性の人でタバコ吸うのが論外ってことですかね?あと、先日湯たんぽの活用やHSP:Heat Shock Protein(ヒート・ショック・プロテイン)を使った治療などを紹介しましたが、「ガッテン」では触れていませんでしたね。あの時も温めるなら抹消ではなくて体幹部の太い血管の走っているところって話でしたから、食い違いはないのかもしれませんが、力点が冷え症じゃなく低体温だったから内容が違っていたのかな?あっしの場合は老化による血管硬化に近いのかなぁ…((+_+)) 発症した当時はまだ30代半ばで、その時にすでに「老化」ってことだとすると…((+_+)) 隠棲は妥当だったのかしら?<おひおひ!!
2010年02月04日
閲覧総数 8
23

ツーことで、昨日と打って変った曇り空でメッサ冷え込んでいます((+_+)) 昨日も空気は冷えていましたが、陽射しのお陰でのびのびできました。今日は予報がワンランク回復したのか雨から曇りになりましたが、昨夜少しお湿りがあったみたいですね。昨日はちと気分転換してて、帰り道は雨の上がりかけって感じでしたから堂々と(?)朝寝ができるはずだったんですが、雨はなくても寒いから早起きは無理ですね(^^ゞ まだ寝足りないようなんで、アリバイ的にアップして寝直そうかなって(-_-)zzz<おひ!昨日触れた芸能人の薬物事犯について今朝のスポーツ紙に載っていたんですが、逮捕された元マネージャや売人と見られる友人のほかにも数人連絡を取り、部屋まで来た人もいたらしい。彼らは「すぐに救急車を呼べ」と芸能人に言ったのに、芸能人が薬物のことがばれるのが怖くて救急車を呼ばずにぐずぐずしてて、女性が「手遅れ」になり、放置するわけにもいかなくて救急車を呼んだけど、救急車が来てすぐに死亡が確認されたみたいですね。つまり、すぐに救急車を呼べば助かったかもしれないのに、自分の保身のために「放置」して死なせてしまったわけですし、死ぬかもしれないことは十分認知してたんだから、保護責任者遺棄致死だったんじゃないかと思いますね。「致死」がつかない可能性はありますが、適切な対処法が分かっていたのに敢えてそれを行わないで死に至らしめたのですから、相応の処罰を受けないといけないですよね?「致死」がついて起訴されると裁判員裁判になるそうですが、これまでの身勝手な言動を「反省のなさ」と受け止めて適切な判決が下されることを願うばかりですね。芸能人だから許されるなんて身勝手なことが通ってしまったらやり切れないですよね((+_+))ところで、先日「値上げでもデフレ」ってことを書いたけど、分かり難い書き方だったと思いますが、言いたかったことは「値下げがデフレの原因」というのが短絡的で納得できないということで、値下げがなくなればデフレが終息するわけではないってことです。昨今のいろいろなデフレスパイラルの説明を聞いていると「値下げが続くと却って悪くなる」という結論が導かれるでしょ?ならば、値下げが終わり、値上げされるようになればデフレが終息するかのように思えますが、これがどうも胡散臭く思えるんですよ。下手をすると不況が続くのに物価だけが上がり続けるスタグフレーションの危険性もないとはいえません。こないだも書いたようにデフレは物価下落という意味にもつかわれますが、もともとは経済規模の縮小という意味だったそうです。とはいえ、デフレスパイラルのメカニズムを否定するつもりはありません。ただ、デフレスパイラルの発端は物価が下がることではなくて個人の可処分所得が減ってしまうことだと思うんです。つまり、個人の可処分所得が減るからデフレスパイラルにはまり込むんだってことですね。この可処分所得は物価変動分を調整した実質の可処分所得のことです。ちょいと想像してもらえば分かりやすいと思うんですが、普通の人が豊かさを感じるのは自分が自由になるお金で前よりも多くのものを購入できる時じゃないかと思うんですよね。物価が5%上がっているのに自分の収入が横ばいだったら購入できるものが減るからより豊かになったとは感じません。買えるものが減っていくと生活が厳しく感じられ、収入額が目減りしたらこの気持ちはかなり強くなります。こうなると消費が冷え込み、不急不要の機運が強まります。不急不要と見做される商品は価格を相当に下げない限り誰も見向きもしません。あるものが値下げしてそこにドッと人が集まると他のものが途端に売れなくなり、売れなくなったものが値下げを余儀なくされるんです。値下げ競争は個人の可処分所得が上向かない限り終息しません。エコカー減税やエコポイントは消費刺激になったのは事実ですが、これらを購入した分だけ他のものは余計に売れなくなったはずです。つまり、より刺激的な価格設定で消費者を呼び込まないと買い物に来てくれないんですよね。可処分所得が増えていない現状では「お得感」を演出して財布のひもを緩めさせ、「あれが安かった分これも買おう」とさせることが肝要です。エコカー減税もエコポイントもこういう効果を狙ったものでしょうが、でかい買い物だけに他への波及が起きにくいことも懸念されます。でも、自動車や電機産業が雇用を増やして可処分所得を増やせば、消費意欲も高まるはずですが、今のところ効果が上がっているのかは不明です。何年か前に経済担当相だった太田さんが原材料費の高騰に起因する物価上昇を「悪いインフレ」と言っていたんですが、物価が上がるのに可処分所得が減るために消費が減速してしまう⇒売り上げが激減した商品が大幅値下げを強いられる⇒それでも企業収益には焼け石に水⇒雇用調整をして赤字縮小を図る⇒可処分所得が減って消費が冷え込む⇒…ってデフレスパイラルが生じてますよね?よくインフレターゲットが必要などという人がいますが、物価上昇率以上に可処分所得が増えない状況ではデフレスパイラルのトリガーになりかねないんですよね。つまり、消費意欲が上向くまでは下手に物価が上がらないようにしないと拙いってことですね。この辺りのことを誰も説明してくれないんですがどうしてなんでしょう?((+_+))<おひおひ!!
2009年12月09日
閲覧総数 6
24

ツーことで、久々に柔らかな陽射しが嬉しい感じです(^o^)丿 とはいえ、朝の冷え込みは厳しく、相変わらずの「冬眠モード」です((+_+)) まぁ、地面は乾いていないし、落ち葉もそう多くないので屋外の作業をサボっても問題はなさそうですね。風邪の初期症状みたいのは徐々に和らいできていますが、復調はもうちょっと先ですかね?てな訳で、ちと「アリバイモード」で(^^ゞ<おひ!ところで、最近政治ネタが続いていますが、その根本のところについて触れてみましょう。根本って何かと言えば、なんで政治に嫌気がさすのかってことですね(^^ゞ<おひ! 一応の名目上は政治家と言うのは有権者の代表として有権者の声を代弁して有権者のための政治を行う存在だといわれています。これが「フィクション」になったのはいつなんでしょうね(^^ゞ 日本で民主主義が導入されたのは幕末に締結された不平等条約を平等なものへと締結し直すための方便でした。欧米列強と同じ民主主義国家だから対等な条約にしてくれと言うことです。だから最初から民意を政治に反映させようという気持ちはなく、お上の決定に従う様に仕向けようとしています。自由民権運動も見方によれば権力闘争の延長線上であり、建前上は民衆の味方のようなことを言いつつも「啓蒙」と言うまやかしによって己に都合の好いように導こうとしたものとも言えます。当初の選挙が高額納税してる男性のみの制限選挙であり、政府による選挙妨害が多々行われたのも、愚民の意見など反映させるべきでないという傲慢さの表れでしょうね。時代が下って、大正デモクラシーを経て所得制限もなくなり、戦後には女性も参政権が与えられましたが、選挙の中身は民主主義とは程遠いものでした。つまり、「おらがセンセ」に逆らうことなどできない上意下達の非民主主義的なものです。逆らわないことこそが正しいと妄信する人を増やしていくのが民主主義と言えるのでしょうか?まぁ、みんなのための政治と言うのは自分たちに利益をもたらすものだということは間違いとも言い切れませんが、一部の人だけが潤う政治は腐敗だと言えますよね?権力を握るというのはメディアへの影響力も含まれており、自分たちに都合の悪いことは国民に知らせず、時には改竄した情報すら流して情報操作を行います。メディアリテラシーという言葉がありますが、基本的に「この情報が流れたのは何を目的にしているのか」を念頭に置きながらメディアの情報に接しないと容易に「洗脳」されちゃうってことですね。ここでも何度か触れた「9.11」に関することも今でも地道な活動が行われているのにメディアは黙殺しています。これは下手に取り上げるとアフガニスタンやイラクなどでの「対テロ活動」への支援ができなくなるからであり、アメリカとの同盟関係も揺らぎかねないからです。また、よく警察や検察などの不祥事が報じられる時は大概政治家の不祥事が明るみになり、これへの捜査を行う方だってこんなに不正を行っているんだから信用できない、政治家への追及自体も誤りなんじゃないかって印象を植え付けるものだったりします。実際とってつけたようにケッコウ前のことが今やっと公表されたかのように報じたりしていますが、これは公表するタイミングをはかっていただけって気がしてきますね(^^ゞちと話がそれましたが、「よらしむべし、知らしむべからず」というのは無知蒙昧な民衆を政治に参画させても混乱するだけなので、権力を掌握してる者たちがキチンとした政治をして民衆には余計な情報を与えたりせずに従わせるというものです。これは権力者たちがキチンとした政治を行っていればさほど問題はないのですが、彼らが道をそれても誰にもわからないという欠点もあります。他方、もはや日本人は愚民の集まりではないのに愚民と見做して何も知らせないといううのは正しいとも思えません。むしろ、自分勝手に政治を行うために何も知らせないで愚民のままにしようとしてるみたいですよね?実際、先日の事業仕分けなどで初めて何が行われているのかが明らかになりましたが、国民に内緒であれこれやっていることが多すぎます。政治家の不祥事と言うのは氷山の一角であり、さまざまな利権に癒着しがちな政治家たちのシンボルと言うのが政権与党であり、好き勝手している「国民の敵」と言うイメージが自民党に染み付いているのは間違いないでしょう。だから、自民党が今やらないといけないのはかつての利権体質からの脱却でしょうね。何せ連立与党に入った国民新党が比較的利権体質に近いものを感じさせているので、今のうちに「クリーン」になれば好いんですよね。とはいえ、昨今の自民党のいろんな意見は利権体質の腐臭から抜け出していないようにしか感じられませんからね。民主党に奪われた利権奪還しか考えていないような自己中な印象ですからね((+_+)) こういう「腐臭」から脱却しない限り政治不信は消えないんですが、今の政治家で「腐臭」を感じさせない人って少ないというか、目立ちませんよね?国民が皆で糾合し、「腐臭」のない政治家を国会に送り出すようにしないとダメなんですが、前途は厳しいですよね((+_+))
2009年12月17日
閲覧総数 6
25

ツーことで、朝の冷え込みは厳しいものの、陽射しが優しく嬉しいですね(^o^)丿 冷たい空気を運ぶ風にへこたれそうになりますが、ようやく「冬眠モード」から脱したのか、少し身体が楽になったので30分ほど屋外での作業しました(^o^)丿 まぁ、風のせいで落ち葉が飛んで行ってしまうし、地面も乾いていないからやることもない(?)から、草花の様子を見る程度です(^^ゞ 今年は暖かくて雨が多いせいなのか落ち葉もムラがあるというか、桜や梅、ケヤキなどはすっかり散っていますが、アジサイやレンギョウはようやく散り始めたばかりです。暮れともなると紅梅がほころび始めたりするんですが、今年は天候が不安定なせいか全く気配がありません((+_+)) 寒い時期は花もちが良いのか、先日紹介したパラダイスはまだ華やかに咲いてします。ホント季節がどうなっているのか不安になります((+_+))ところで、師走も半ばで来週はクリスマス、再来週には大晦日とお正月ってことですから、ぼちぼち今年もお終いって感じですね。来年こそはいい年になるようにと、今年の最後のイベントにあれこれ頑張っている人も多いんじゃないかな?とはいえ、上手くいかずにすっかり諦めちゃっている人もいるんでしょうね((+_+)) かく言うあっしも全く予定はありません。ツーか、年末年始だってあまり実感がないような日々を送っているから仕方ないんですが、それでも季節の移り変わりとか、メリハリとか、失っちゃいけないものがあります。で、あれこれ時間の経過を感じることを大事にしようと思うんです。「季節の贈り物」なんてのもその一つですね(^o^)丿 でも、なんでって思うことも…(^^ゞ<おひ!ここであれこれ触れていて感じるのは基本的に人生ってうまくいかないものってことでしょうか?何もかもが自分の思い通りなることなどあるわけがないし、何もかもが思い通りになっているように感じるとしたら、きっとあとで物凄く困ったことになったりするかもしれないですよね?逆にあれこれヒドイことが続いたから物凄く良いことが起きたりすることもあるけど、どう足掻いてもどうにもならないこともあります。よく理不尽だって言葉を聞きますし、あっしも良く使いますが、どこまでがホントに理不尽なのかって考えたりすることもありますね。つまり、主観的な理不尽と客観的な理不尽が違うってことですが、同じ理不尽って言葉なために混同しちゃうんですよね。そうなってくると容易に理不尽って使っちゃいけないのかな?ホントよくわかりません((+_+))哲学的な物言いをするなら物事の善悪は人が後天的に決めていることで、これが社会に蓄積されることで常識や道徳、マナーというものが決められているわけで、ところ変われば品変わるように決まりも変わりますから郷に入れば郷に従えって言われるんでしょうね。この伝でいけばいろいろな決まりも時と場所によって異なり、普遍的な一律な決まりなど不可能で、何か一つ決まりを作ろうとすれば必ず不都合なことが生じるってことになります。不都合があるからってことで決まりを作らないのが良いのか、不都合があっても決まりを作るべきなのかって微妙ですけど、どちらか片方だけが正しいわけじゃないって見落とすと拙いですよね?そういう意味からすると何でもかんでも決まりで雁字搦めにするのが好いとも言えないし、すべてのことを自由放任にしても構わないともいえませんよね?なんか話が飛んでいるように感じるかもしれませんが、人が生きていく上で常に正しい答えがないってのは「諸行無常」という言葉で言い表せると思いますが、なかなかこれを常に思うことは難しく、ついつい理不尽だって喚きたくなります。でも、社会の一員として生きていくのには互いに譲り合い、時には我慢し、時には我慢してもらい、我慢と辛抱、容認と寛容を大事にしていないと何もうまく廻らないんですよね((+_+)) これは恋愛の場でも言えることで、自分と相手の好き嫌いの感情、互いのことを尊重しつつも自分を見失わないというかなり微妙なさじ加減や歩み寄りという妥協の産物だったりします。自分だけがって気持ちを抱き続けていたら何も得られないし、自分を捨ててしまったら生きている意味さえ失ったしまいます。このためのノウハウなどないし、相手によって対応策は異なるけど、それは自分で見出すしかないんですよね。まぁ、範囲は恋愛にとどまらず、生きていく上でのあらゆる面で同じことが求められており、その集大成ともいうべき法律・政治の世界はかなりの迷走に陥っていますよね?これも見方を変えるなら万事を一事で捉えてしまうという隘路に迷い込んでいると言えるんじゃないですかね?ケースバイケースを一事が万事と切り捨てる危うさをどこまで理解しているのか不安になってきます。とりわけ野党が複眼的な是正案を提出できない、揚げ足取りしかしないようなありさまというのがネックですよね?もちろん連立与党内でも意見集約をしようという気持ちに欠けるという無責任さがあり、これほど情けないものはありません。多くの人が幸せを実感できるようにするのが政治の責務であると自覚して欲しいものです。あ、最初の問いの答えですが、人は生きていくのが辛いから、その辛さを紛らわすものとしていろいろなイベントが生まれたわけで、生きていくための方便と言えます。それ自体が大事なのではなく、これらのイベントを楽しむことで、日頃の辛さを少しでも忘れることができればそれで十分ということじゃないですかね?自分が楽しいと思うことこそ人生を豊かにするんじゃないかって楽観的すぎますかね?(^^ゞ
2009年12月18日
閲覧総数 8
26

ツーことで、今日も空気は冷たいものの、柔らかな陽射しが嬉しい好天です(^o^)丿 風もほとんどなく、落ち葉も増えていないし、地面もほとんど乾いていないから屋外での作業はお休みです。こういう時には木酢液でも撒いてやればいいんじゃないかとも思ったんですが、如何せん水が冷たい((+_+)) 朝の冷え込みが厳しい時は草花が取りこんだ水分が凍っちゃうこともあるし、霜や霜柱もあまり嬉しくないから水撒きは控えめにしないと、って言い訳ですが(^^ゞ 風邪の初期症状みたいのは収まってきたようで、今朝の体温も36度台に回復したし、寒さに順応し始めて「冬眠モード」からも抜け出そうといてる感じですね。とはいえ、本格的な寒さは年明けして寒に入ってからですから、またぞろ「冬眠モード」に入っちゃうかも(^^ゞ とにかく遠からじといわれる春の訪れを願いつつ、じっと耐えるしかないのかな?ところで、昨日のはちと意味不明になってしまいましたが、この辺りはあっしの千路に乱れている心境のせい(?)かもしれませんね((+_+))<はぁ? 人に限らず、生きとし生けるものはすべて己のみで生き抜くことなどできないようになっており、誰かと支え合って初めて生きることができるんです。単身で暮らす人もケッコウ多いようですが、そんな人でもすべてのものを自給自足で済ますことはできません。たとえある程度まで自給自足が可能となったにしても「単に生きている」だけで、人として生きていることになるのかは疑問があります。獣たちが過酷な自然と向き合って生きるのにしても、己だけではどうしようもないことの中で生き抜こうとせざるを得ません。同胞や捕食の対象であるとか、己を支える者たちによって生かされているけど、それは生き抜く以上のものを生み出すことなど考える余裕すらありません。人であるということは獣たちとは違う何かを生きることで成し遂げるように人は思っていますから、生きているだけで満足はできないんでしょうね。ちとまた意味不明になっていますが、とにかく人は独りじゃ生きていることにならないってだけですね。独りでなく誰かと暮らすってことがケッコウ厄介なんですよね。一人一人がそれぞれ自分を大事にしているんですが、この大事さはかみ合わないことがほとんどです。それでも一人では生きていけないから互いに譲り合い、折り合いをつけようとします。でも、この互いの努力はいつしか当たり前のものと見做され始め、齟齬が生じ始めます。自分だけが我慢してるように思い始めると破綻はすぐそこに控えてしまいます。己の努力が認められず、自分だけが我慢を強いられていると思うのは一種の甘えなんですけど、じっと口にせずにいることで自分の我慢を正当化し、相手の「我儘」を攻める材料にします。もちろんホントに相手が自分を蔑ろにしてることもありますが、大半はそれだけの余裕がないだけだったりします。まぁ、お互いさまと言ってしまえばそれまでですが、自分と一緒にいてくれることへの感謝の気持ちを喪わなければ、いつまでもそばにいられるんですがねぇ…((+_+))昨今バツイチだの離活だのごく当たり前の言葉になるくらい離婚がポピュラーになっているような印象があります。他方で内縁だの再婚だのした相手の連れ子を虐待して死に至らしめることも少なくありません。誤りを正すに躊躇わずとか言いますが、根本のところでの過ちが正されないで目先の小さな誤りを正しても意味ないですよね?つまり、ホントに互いに尊重し合い、互いの違いを歩み寄りで埋め、互いに看取るような関係になれそうな人と結ばれようとするのではなく、本質など無視した表層的なフィーリングだけで相手選びをし、歩み寄りをする気もなく破綻を迎えているからって気がします。目先の幸せのために手段を選ばないでいるからこそ、互いの本質から目をそらして突っ走り、気付いた時は手遅れだったりします。まぁ、こういうことは失敗しないと気づかないことかもしれませんが、少なくとも「でき婚」は論外ですし、最低でも1~2年は一緒に暮らして相手が豹変しないかどうかを見定めるべきだと思うんです。そういった意味で、結婚前に同棲するのも失敗を避けるにはいいかもしれませんね。相手の欠点でさえ許せるのが愛だとしても、同じ欠点ゆえに憎しみも生じますから、自分の好いところしか見せない恋人時代だけで判断すべきじゃないんでしょうね。心身ともに愛し合える相手は必ずいるはずですから、じっくりと見定めてからにすべきですよね?けどまぁ、言うは易し、だよなぁ…(^^ゞ<おひおひ!!
2009年12月19日
閲覧総数 6
27

ツーことで、風が冷たいんですが、陽射しが穏やかで嬉しいですね。今年最後の日曜日と言うことで大掃除に忙しい人も多いんでしょうね。日頃から丁寧にやっていれば大掃除など要らないとも言われますが、どうしても見えないところが疎かになるからこういう時に時間をかけてやるのも大事なんでしょうね。…って、あっし自身は掃除が苦手だからついつい…((+_+)) 屋外ならどうせすぐにまた汚れるから丁寧でなくてもいいけど、屋内ってやってもやってもキリがないような気になるから厭ですね((+_+)) …って、言い訳ですが(^^ゞところで、昨日も来年度の予算案について触れましたが、予算案に対する批判を野党側の人がやっていますが、どうも的外れと言うか、どこを見てるんだろうって哀しい気分になってきますね((+_+)) 不景気だから景気浮揚の経済対策が必要だと、補正予算を組んでバラマキを繰り返し、財源がないから国債を乱発してたのに、来年度の予算案が景気刺激のための積極財政のことを非難しています。国民の不安感を払拭するために社会保障費を増やしてしまうと、この財源のために財政再建が難しくなるってことですね。それまでの対策と言うのがいわゆる箱モノ行政だったのとは好対照ですけど、箱モノが常に赤字を垂れ流し続けている現実をどう捉えていたんですかね?立派な建物があっても使われない、利用する人が少ない状態で維持費がかさむばかりで、この負担に地方が悲鳴を上げつつも、カンフル剤としてさらに箱モノを作ってしのごうとしています。新幹線や高速道路、空港などを整備して一体何になるんでしょう?不便なのに利用料が高い空港ばかり増えたために航空会社が破綻してしまったのを見ても、おらが町にも空港をっておかしくないですか?八ツ場ダムも同じような定めにありそうですよね?根本的に税収を伸ばすには国民一人一人の収入を増やすしかありません。これはフィンランドの教育改革でも行われたことですが、教育に投資することでより多くの人が高等教育を受けてより高い能力をつけてより高度の仕事をして収入を飛躍的に伸ばすことになれば、自然と税収も伸びていきます。揺り籠から墓場までと言うと大げさかもしれませんが、多くの人が暮らしていくことに不安を感じなくなれば、大いに実力を発揮し、またより多くのものにお金を費やすこともできます。今のように老後の不安を煽られてしまうと、将来に備えて貯蓄しないと大変なことになると思い込み、消費を抑えようとします。多くの人が将来不安から消費を抑えるから不況から脱却できないんだってなんで思わないんですかね?将来に不安を持たなくてよいと政治が太鼓判を押すようにしてやれば、爪に火を灯すようなつましい暮らしに耐えて貯蓄に励むこともなくなるだろうし、つまり節約のパラドクスの逆回転が生じて、消費すればするほど将来不安がなくなるってことになるんですよね。こんな風に書くと絵に描いた餅だと思われるかもしれませんが、社会保障が充実し、誰もが不安を感じなくなれば自然と財布の紐も緩くなります。皆の財布の紐が緩くなればお金が廻り、多くのモノが売れて、景気も浮揚します。これによって当初国が投下した以上のお金が税収として戻ってくることになるんですよね。売上高利益率が2%でその半分が法人税、消費税が5%だとし、これに従業員の所得税の伸びなども加味するならあっという間に歳出をカバーできますよ?ツーか、今は赤字に低迷してる所が大幅黒字になればこの波及効果は大きいですよ?積極財政の肝は最終的に歳出を回収できるように景気浮揚させることで、単なるバラマキとは違います。子供手当も教育費の無料化も将来の高額納税者を育て上げるためのものであり、高校中退でニートやフリーターに甘んずる人を減らすためのものです。より多くのお金が稼げる人が増えるための方策は目先の損よりも将来の莫大な利益を目途としています。まぁ、こういういいことずくめのような書き方をしても実際にこれが功奏するかは確約できるものじゃありません。規模の問題やら、途中で中抜きする役人どもの排除やら、解決しないといけないことはいくらでもあります。官公庁の大々的なリストラができないなら全くの無意味になることもあり得ます。税金が将来の自分たちのために使われているという実感があれば税金を払うのに躊躇いはないでしょうが、寄生虫のような政官財の魑魅魍魎の懐を暖かくするためだけだったら税金を払いたくなくなりますよね?そもそも社会保障費を「負担」と言うのが間違いじゃないですかね?お金に不自由してる人にお金に余裕がある人がお金を回すという仕組みに過ぎないんだってすればどうってことないでしょ?こういう人ならば普通に感じることを邪魔してる「政治」のありようが治らないといけないんでしょうねぇ…((+_+))<おひおひ!!
2009年12月27日
閲覧総数 6
28

ツーことで、今日は二十四節気の小寒です。いつものようにこよみのページで見てみると「冬至より一陽起るが故に陰気に逆らう故益々冷る也(暦便覧) この日は寒の入り、これから節分までの期間が「寒」である。寒さはこれからが本番。池や川の氷も厚みをます頃である」とのこと。暦の上では一年で一番寒いのが寒の時期ですが、実際には立春以降の2月頃の方がもっと寒かったりしますよね?旧暦ならおおよそ立春以降が一月で春ということになりますが、寒さが緩むのはお彼岸、春分のころでしょうかね?寒の時期と言えば寒稽古や寒中水泳、鏡開きに七草粥って感じで、滋養のあるもの、暖かいものを食べて、寒さに負けないよう体を鍛えるような行事が続きます。野球を除く球技の多くがこの時期にいろいろな大会を開いているのも、厳しい自然に負けない身体を鍛え上げるって狙いがあるんでしょうか?真夏だと熱中症など危険なこともあるし、冬休みでまとまった休みも取れやすいってのもあるんでしょうね(^^ゞ 寒さ寒さという割には今日は陽射しが温かくて寒の入りとは思えないような感じです。夜明けまでにまとまった雨があったようで、昨日あたりは多少乾き気味だった地面もしっとりとしており、これでまた数日水撒きする日が伸びたような?陽射しに誘われるように小鳥たちが囀りをかわしています。が、明日からまた寒くなるかと思うと、ガックリですね((+_+))ところで、昨日は坂本龍馬に触れましたが、泣き虫で寝小便垂れで、学問も武道もこれと言って光るものがなかった龍馬がなぜああいう風になったのかを考えてみましょう。昨日は虐められっ子だったから後々大きく成長することになったとかきましたが、ターニングポイントはやはり実の母が死んだことでしょう。フィクションであるドラマを見てあれこれ言うのは邪道かもしれませんが、父親晩年の子供である龍馬はさほど厳しく育てられたわけではなく、これと言って何か目標を持って生きていたわけではないでしょう。同年代の岩崎弥太郎が勉学によって立身を図っていたのと比べるとかなり違いますね。このため、上士下士という身分の違いの厳しさの実感がなく、上士の子弟に歯向かい、手討ちの危機に陥ったわけで、病身を押して弁明した母親がやがて死んだことは「自分のせいだ」と思う様になったと思われます。つまり、軽挙妄動によって自分の大切な人にも迷惑がかかると肝に銘じたんでしょうね。ところで、上士の子弟に歯向かったことについてちと考えるなら、下士の子弟の仲間内であれば暗黙の了解としてじゃれあいにも限度があり、その範囲内であれば赦しあえるのに、上士の子弟にはそういう暗黙の了解などなく、上士としての自覚にも欠け、下士を見下すことでしか己の存在感が得られない情けない輩だったために、龍馬はついつい歯向かったのでしょう。これに対し、この上士の子弟の父親が中途半端な理由で龍馬を赦すのではなく、息子にむやみに殺生を行うべきでないことを躾していれば上士と下士の関係はもっと良いものになったかもしれません。それに対してその後の龍馬は軽挙妄動ではなく、学問でも武道でも懸命に努力しないといけないと思いつつも、我武者羅とも違う何かがあるように感じます。文武両道で母親が死なずにすんだような方法論についてどうにか答えを出そうとしたんでしょうね。だから学問でも武道でもそれ自体に目標を置くのではなく、いくら技量が上がってもそれを誇ったりしないんでしょうね。さて、ここでちとおかしく思うのは泣き虫で能力的にも疑問視されている龍馬がいつの間にか文武ともに頭抜けた存在になったかということですね。まぁ、男子三日会わざればってこともありますが、変におだてあげられることもなく地道に努力した結果というのが一番それらしく思えます。つまり、大器晩成と言えばそれまでですが、幼いころは常に目立ったところがない方が変に満足しないで努力できるってことですかね?「小悟は大悟の妨げ」というのは禅の言葉ですが、小さな成功に満足してしまうとそれ以上先に進めなくなったりします。昨日もちと書いたクラスで一番という地位を脅かす奴を虐めなどで蹴落としてしまうというのもこれと同じことで、切磋琢磨してより高いものへと向かう努力を捨てるのが虐めですから、常に満足できないことが大事かもしれませんね。褒めることで成長を促すことが提唱されていたりしますが、褒め方にも工夫が必要に思えますよね?努力を促すために時に叱責したりするにしても、他人と比較してどうこうというのは辞めた方が良いように感じませんか?誰それはできるのにどうしてできないってのは最悪な貶し方ですよね?教育にしても躾にしても他人と競争するために身につけるものではなく、より大きな存在に育っていくための手段にすぎないんですよね。その時点での順位など全く意味などありません。もちろん学校などの好い環境を得るための受験も意味ないとは言いませんが、環境だけですべてが決まるわけではなく、本人がどれだけ自分のために頑張ろうとするかってだけじゃないですかね?多少時間がかかろうとも気にしないで長い目で見ることにしないと子供がダメになってしまいそうな気がします。長い目で見れない親に追い詰められた子供が目先のことにとらわれ過ぎて虐めに走らされることもあるだろうし…(^^ゞ 龍馬みたいに広い視野を持つ子供を育てるためには親の方も我慢と辛抱が欠かせないのかもしれませんね(^^ゞ
2010年01月05日
閲覧総数 6
29

ツーことで、メッサ寒い朝です((+_+)) 昨日も一日寒くて全く使い物になりませんでしたが、それでもネタもはっきりしてたからどうにかなったものの、今日は全く何も浮かびません((+_+)) ヤッパ興味のあることがあるとあれこれ次々と浮かぶものもありますけど、寒過ぎるとそれもままなりません((+_+)) ここ数日体温も普通に36度台だったのが、今日は35度5分とすっかり「冬眠モード」ですね((+_+)) こうなると布団の中から出られません(-_-)zzz どうせなら冷たい雨でなく雪になってくれれば多少は風雅で気晴らしになってくれるんですがねぇ…((+_+)) もちろん日本海側みたいに大雪になったら困ってしまうんですが、時には雪だるまができるくらい積もると嬉しいんですがね。あるがままを楽しむってことが大事なのかなぁ…ところで、一昨日から大相撲初場所が始まっていますが、昨今では外国人力士が増え過ぎちゃって今一つですね(^^ゞ パワーもスピードも日本人力士は見劣りしますからね。ツーか、体格的に「肥満体」というだけで、どこか強さを感じない力士が多いような?どうにか大関までは上がるものの、その上まではいけないのが増えましたよね?ずっと大関で勝ったり負けたりで、カド番になったり免れたりばかりで、優勝争いに絡めないのはねぇ…((+_+)) 大関昇進の辺りではどうにかなっても、大関になったところでなぜか勝てなくなりますよね?関脇の方が大関より強いってどうなんでしょう?横綱には歯も立たない、下位に星を献上してばかりの大関って存在感が薄いですよね?そりゃ、勝負には波もあるし、良い時もあれば悪い時もあります。けど、見てて歯がゆいですよね?しかも大関の半分が外国人で、日本人大関の方は「クンロク(9勝6敗)」すら危ういんですから… 実際先場所大関から陥落して今場所10勝以上上げて大関復帰をしようとしてるのに連敗スタートしてるのを見ると、もっと早く引退しても良かったように思えてきますね。まぁ、大相撲と言えば外国人横綱の「気儘さ」と薬物などの不祥事が喧伝されるばかりで、相撲が強いスターがいないような気がします。一昔前の「若貴」以降は日本人横綱と無縁のような?やはり素質のある人が入門しないってのがあるのかな?体格がよくて敏捷な人なら大相撲よりはラグビーみたいな競技に行きそうですよね?大相撲にそれだけ人気がないって言ってしまえばそれまでですが、国技と言われながら日本人にそっぽ向かれるってどうなんでしょう?厳しい稽古が敬遠される原因らしく、稽古不足のようなぶよぶよのカッコ悪い見た目の力士を見て憧れる人もいないでしょう?引き締まった鍛え上げられた肉体で勝つという姿が今ではモンゴル出身力士にしか見れないってのは情けないというか…((+_+))で、年功序列型の階級社会の縮図のような大相撲がより興味を持ってもらえるようになるには相応の変革が必要でしょう。その変革の旗頭としては若くて実力もあった人がいないとうまくいきそうもないですよね?で、人気実力ともにあった親方が理事になろうってことになったんですが、いわゆる年配の親方たちが猛反発したようで、この親方の賛同者の親方たちを「一門から破門する」と脅して芽をつぶそうとしてるみたい。こういうのを見ると旧態然というか、変革と無縁な組織にしか見えませんよね?いろいろ不祥事があってもことなかれ主義であちこちから非難されても変われないってのはどうなんでしょう?別に若手の親方のやろうとしていることに賛同してるわけでもありませんが(ツーか何しようとしてるのか耳に入っていない)変わろうとする機運を潰したらますます人の心が大相撲から離れていきそうですよね?うまくいく行かないは別にして、年功序列以外の風通しの良さをアピールすることも重要だと思うんですがね。できないのなら国技という看板を下ろさざるを得なくなるような気もするんですが、杞憂ですかね?(^^ゞ<おひおひ!!
2010年01月12日
閲覧総数 6
30

昨日のニュースでやっていたんだけど、中学2年の14歳の少年が合成麻薬(MDMA)の代金ほしさに酒店に押し入り、ナイフを突きつけて現金約10万円を奪ったそうな。で、後日ノーヘルでバイクに乗っていたところを職務質問を受けて無免許運転の現行犯逮捕され、取調べの際にこの強盗について自供したらしい。この他にも引ったくりなどもしていたとか。奪った金は1錠4000円というMDMAの代金に充てていたそうで、MDMAだけでなく大麻にも手を出していたようだ。この少年は茶髪で体格も大柄なため14歳には見えず、警察は強盗事件も18歳くらいの犯行と見ていたらしい。MDMAってのは植物の油を原料に化学合成してできる白い錠剤の麻薬で、強力な幻覚作用と中枢興奮作用があり、気分や性欲が高まることから「エクスタシー」「セックスドラック」などと呼ばれ、80年代にヨーロッパを中心に広まり、それが日本にも密輸入されているようだ。海外では乱用による死亡者も出ており、日本では平成元年に麻薬指定されたが、手軽に服用できることから未成年などにも広がりを見せている。クラブで開かれるパーティなどでMDMAを服用して頭を激しく揺らして踊る「揺頭(やおとう)パーティ」もあるそうだ。昨年のMDMAの押収量は約39万錠で三年の2倍以上で過去最高であり、摘発人数も117人から256人(うち20歳未満は7人→29人)と急増している。これを受けて警察庁は対策として、少年が集まる店の営業実態の把握、繁華街での補導活動の強化、密売組織の解明、壊滅と供給源の遮断、などを行うとともに学校などとも連携して広報活動を強化する方針らしい。ところで「合法ドラッグ」という言葉を耳にしたことありませんか?麻薬とか覚醒剤とか法律で製造、販売、使用、保有などが禁止されているものと似たような効果がありながら、「法律で禁止されていない」ものを「合法ドラッグ」などと呼ぶようです。MDMAなども麻薬と指定されるまでは「合法ドラッグ」だといわれていたみたいですね。つまりいくら服用しても法律には抵触しないから大丈夫だなんていわれていたわけですよね?これって何で麻薬とかそういうものが禁止されているのかってことがわかっていないというか、法治国家における陥穽ってところなんでしょうかねぇ…何でもかんでも「法律で禁止されていなければ何をしてもよい」ってわけじゃないですよね?あるいは「捕まらなければ悪いことをしたことにはならない」なんてことすら嘯く輩もいます。けれども、法律というのは他人への迷惑が甚だしくてモラルのレベルでは改善されそうもなくて止むを得なく法律という形にしているわけであって、法律以外にもモラルとしてしてはイケないことがあるんだってのを無視しちゃってますよね。モチロンこのモラルというのは他人に迷惑だからってこともありますが、これに反したことを繰り返していると不利益を被ることがあるからやめた方がいいってことなんですよね。「情けは人のためならず」と同じことですよね?とはいえ、法律万能主義というか、脱法至上主義というべきなのか、禁止されていなければ何をしても構わない、ばれなければ悪いことをしたことにならない、って風潮が昨今強くなっています。何か新しいもにチャレンジしろって時には励ましの言葉にもなるかもしれませんが、明らかに人の迷惑になること、最終的には自分の身を滅ぼすようなことを行うときの言い訳にすべきじゃないですよね?麻薬の類を使うのはそれが法律で禁止されていようがいまいがやるべきことじゃないですよね。タバコよりも害がないと嘯くアフォもいますが、常用して幻覚作用に苛まれ、フラッシュバックなどで人を傷つけたりすることもあるし、薬物依存になり、激しい鬱病に苦しむことだってあるんですよね。薬物は身体だけでなく精神も蝕むから使用するべきじゃないものとして禁止されているんですよね。頭がおかしくなるまで使うほど馬鹿じゃないと言う輩もいますが、おかしくなる前に辞める自制心があるなら最初から手を出さないはずだし、薬物に手を染めるほどの精神が弱いからこそ薬物に溺れ、精神を蝕み、身体をボロボロにしてしまうんですよね。試したくらいでは溺れないというのは詭弁なんですよね。どうしたって溺れないところまで行こうと言うことになり、気がついたらどっぷりと溺れているんですから…日常がつまらないとか、刺激が欲しいとかで、しかも「合法だ」ということで簡単に子どもが麻薬に溺れてしまっています。麻薬の恐ろしいところは刺激が鈍化してもっと激しい刺激を求めるようになることであり、そのためにより多くのお金を必要とすることであり、そのお金の多くが犯罪組織の資金となったりすることなんですよね。あっしは思うんですが、酒でもタバコでも大人だから許されるんじゃなくて、いつでもそれを辞められるだけの精神力があるから許されているだけじゃないか、二十歳になるまで自制できない人はいざというときに禁酒も禁煙も出来ずに心身ともにボロボロになる危険性を秘めているんじゃないかって… 自分の都合ではなく周りの決めたことの意味を理解し、それに順応する目安として18禁やらそういうものがあるんじゃないのかしら?よく「自分の身体だから自分の勝手だろう」と開き直るアフォがいますが、おかしくなったときに他人に一切の迷惑をかけないということなど絶対にありえないってことがわかっていませんよね?とち狂って人を殺傷することだってあるだろうし、盗みを働くこともあるだろうし、病気になれば医療費もかかれば、死んでもそれっきりというわけにもいかないんですからね。どこかの無人島で人知れず朽ちていくということでもない限りは必ず誰か他の人に迷惑をかけることになるんですよね。このことがわからないから子どもであり、いろんなことを禁止されているわけで、これを弁えるならば薬物などに手を出すことなどないんですがねぇ… 「自分が幸せになることが他人を幸せに導く」ってのはこういうことかもしれないような気がします。
2004年02月06日
閲覧総数 13
31

今週月曜日の朝刊の「領空侵犯」はキリンビール社長の荒蒔さんだった。キリンビールといえばサッカーやバスケット、オリンピック代表チームなどをサポートしているので有名ですよね?だからってわけではないですが、見出しは「スポーツ寄付に税控除を」「五輪メダル倍増めざせ」ってことになっています。昨今の不況のせいばかりではないでしょうが、アマチュアスポーツから企業が撤退するケースが増えており、もはや企業が支えるのは無理であり、発想の転換が必要だとしている。すなわち、企業がお金を出して選手に与えるのではなく、市民と感動を共有できる仕組みをつくって選手本人のやる気を喚起する仕組みを作ろうというものだ。具体的にはJリーグのようなフランチャイズ制を定着させ、市民参加によってスポーツを支えようというものだ。地方自治体などがハコ物を造ってもその意地に苦慮して企業に「冠スポンサーになって欲しい」と要請したりしていますが、企業に頼るのではなく、市民レベルの寄付を募るほうが望ましいのではないか。市民の利用度が高まれば自然と裾野も広がるってことなんでしょうかねぇ…この記事を読んだときに真っ先に感じたのは「何でスポーツに関する寄付だけ税控除をするのか?」ってことですね。リンクページにもある「クリックで救える命もある」みたいに世界規模でいろいろ苦しんでいる人を救うことへの寄付はどうなんだろうって思いました。まぁ、スポーツは自分でやるだけでなく、自分では到達し得ないレベルのトッププレイヤーの妙技を見て楽しんだり、自分たちの「代表」が試練を乗り越えて戦う姿に共感することも、一種のカタルシスとなって我々の気持ちをすっきりさせてくれたりします。「情けは人のためならず」という言葉通り、スポーツに寄付することは巡り巡って自分のためになることだともいえるでしょう。とはいえ中途半端な水準ではカタルシスも得られないから、それなりの水準までの寄付を非課税にしたりすることでまとまった金額にして選手の強化などに使えるようにするのはいいことですよね?だからこれが悪いとは思ってはいません。しかし、昨日の新聞に「イラクの子らに毛布を」という記事が載っており、厳冬で物資不足に苦しむイラクに毛布を送ることを民間シンクタンクである東京財団が呼びかけているそうだ。何しろ入院している子どもでさえ毛布もなく病状を悪化させているらしい。そこで全国から新品かクリーニング済みの毛布やタオルケットを集めてイラクに送り、比較的安全とされる南部地域で地方政府や地域団体を通じて住民に配るというもので、特に病院に入院中の子供たちに優先的に届けられるとか。輸送事業者も趣旨に賛同しており、輸送量も格安に抑えているので、毛布を送る人は東京都内までの運送費とイラクまでの輸送費、倉庫管理費として500円負担するだけで、輸送業者に連絡して毛布を渡せばよいそうだ。この取り組みは4月一杯まで続けられるらしい。そしてこの記事の隣には「何千人の子どもガンや白血病」という記事が載っている。イラクから悪性血液疾患のために来日した5歳の少年に付き添ってきた医師が会見し、イラクでは何千人もの子どもがガンや白血病になっているのに医薬品が足りず、ほとんどの患者が1年以内に死亡するのをなす術もなく見送るしかない現状を訴えた。来日した少年の入院していたバスラの病院には注射器すらなく、自衛隊でなく、医師と医薬品を送って欲しいと少年の母親もコメントしていたそうだ。どうしてこんなことになったのかといえば湾岸戦争やイラク戦争で米軍が使用した劣化ウラン弾の影響が指摘されており、この医師によれば患者の数はこの10年で10倍以上になったというから深刻な問題であり、しかも米英軍の攻撃で病院が破壊されたり物資不足で医薬品が足りずにろくな治療すらできない無力感に苛まれる状況のようです。この無力感が新たな怒りへと転化しないとも言い切れないですよねぇ…ちょっと考えてみたら他国の核兵器などの大量破壊兵器保有を批難しているアメリカって国はそれらの兵器を発明したり製造したりそしてそれを他国に向かって使用している数少ない国でもあるんですよね。まぁ毒ガス兵器はナチスが使ったことで有名でしたけど、原爆は日本に投下したし、枯葉剤はベトナムに撒き散らし、劣化ウラン弾はイラクにお見舞いしたんですよね。これらはいずれも深刻な後遺症をもたらすもので、この兵器を使った現地に入った米兵などにも症例が出たために使用が危険視されたものです。まぁ、劣化ウラン弾についてはまだ米兵の被害が顕著でないためか先日まで使用していますが、放射能物質を撒き散らすことになる兵器を使用した場合のアセスメントとかしていないから平気で使えるのかもしれませんね。本来武器というものは闘う意志のあるものを倒すためのものであり、闘う意志のない、闘う能力すらない人に対しては害を及ぼさないのが当たり前だったんですが、原爆のように戦闘にかかわりのない人までも殺傷する兵器が開発使用され、あまりにも非人道的だから保有や使用が禁止されるに至ったわけですよね?この禁止の例外的存在としてアメリカはいまだに大量破壊兵器を製造使用しているんですよねぇ…まぁ、話が横道に入り込みすぎましたが、寄付を税控除の対象にするなら、スポーツだけに限ることなく、貧困や戦災に喘ぐ人たちへの救いの手に関しても適応されるべきだと思うんですよね。あるいはこうした活動については国などが積極的にバックアップしたり、渡航費用を肩代わりしたりしても好いと思うんですよね。とりわけ、深刻な医師や衣料品の欠乏に苦しんでいるイラクへは積極的に医療物資を運んだり、医師を派遣したり、それでも手が足りなければ医学生を医療助手として派遣しても構わないんじゃないかって思うんですよね。モチロンこれはイラクに限ったことではなくて、世界中の今も救いの手を待っているあらゆる国や地域に対して適応されるべきじゃないかって思います。NGOもNPOも国が対応できないからやっているわけで、国の肩代わりをしているようなこういう団体に対しての寄付を非課税にしても罰は当たらないと思うんですよね。長い眼で見ればこういう寄付活動で日本のサポーターを増やしていることにもなるし、支援先が経済的に安定してくれば貿易の相手国としてお得意様になることだってあるでしょう?短期的な税収云々よりもずっと効果的な投資のあり方だと思うんですよね。そういった意味ではスポーツもまた国際交流として有意義でもありますよね。同じルールで相手を尊重しあいながら競い合うってのはそこに差別意識とかが入り込まないから良いんですよね。モチロン自国のチームが勝つのは嬉しいけど、そのために他国のチームを見下したり、蔑んだり、貶めたりしてはいけないと思うんですよね。勝つためには手段を選ばなくてもよいってことではなく、勝つことでより多くの国の選手たちと交流できるから勝ち進むのであり、互いに尊敬しあえるような闘いをしなくてはイケないと思うんです。そういう選手を育てるために市民が協力し合える仕組みを作ることも長い眼で見れば日本のサポーターを増やすことになるんだから、目先のことに拘るべきじゃないと思うんですよね。こういうことをきちんとできる役人がいないのが日本にとっての哀しいことなのかもしれませんねぇ…
2004年02月05日
閲覧総数 8
32

「子守は?(その2)」その一家は蘭桂と髪按に第一子が授かったと聞き、一月下旬に金波宮を訪ねてきた。建州候の内示を受けていた蒼月・紅蘭夫妻もその日は蘭邸を訪ねてきていた。「お久し振りです」「こちらこそご無沙汰しています。呉渡の暮らしはいかがですか?」「お蔭様で渡浪亭も軌道に乗り始めました。浪征や夕潮は舜に戻りましたが」「それは残念ですね。浪征さんや夕潮さんにもお会いしたかったが…」「こちらが背の君ですの?」「紹介が遅れましたが、良人の蘭桂です。あなた、こちらが蘭華さん、蘭華さんの娘さんの華湖さん。そちらの二人は華湖さんの子供の翠翔くんと慧湖ちゃんですよね。初めまして、髪按です」「初めまして、蘭桂と申します。珠琳宮では髪按が大そうお世話になったそうで」「初めまして、蘭華でございます。髪按さんにはお世話になり、何も恩返しもできず、今またご厄介に。申し訳なく思っております。…ほれ、挨拶をし」「初めまして、華湖と申します。師にはイロイロ教わりたかったです。これが息子の翠翔と娘の慧湖です」「翠翔です。よろしくお願いします」「慧湖です。よろしくお願いします」「しっかりしたお子達ですね」「蒼月さんや紅蘭さんのお蔭です。私も紅蘭さんにはお世話になりっぱなしで…」「ああ、丁度蒼月も紅蘭も来ています。どうぞおあがりください」蘭桂と髪按に導かれて蘭華たちが花庁に入ると、蒼月と紅蘭が玉拓の眠る揺り篭を覗き込んで。「蒼月さん、紅蘭さん、お久し振りです」「蘭華に華湖、翠翔に慧湖じゃないか。今日は… 玉拓君を見にきたんだね」「ええ、それに蒼月さんたちがご栄転なさると聞きましたので」「もう蘭華の耳に入っているのかい?まだ内示だというのに… 蘭桂さん、いいんですか?」「ううむ… まぁ、蘭華さんは口も堅いようですので…」「違いますよ。蘭華、カマかけたでしょ?」「髪按さんには敵いませんね。髪按さんが舜の遣士から通司になったように蒼月さんも栄達すると思ったんですが、大当たりですよね?」「ああ、どうも蘭華は苦手なんだよな。修部にいた頃から見透かされているというか…」「そうね。髪按さんの秘蔵っ子だけあって、散々からかわれたわ。あれも見られているし…」「確かに馴れ初めから全部知られているから…」「そうですか?私も王妹として舐められたらイケないので必死でした。国の威信もありますし」「確かにそうね。でも遣士だって国の威信があるから負けられません」「私は髪按さんにだけは負けたくなかったけど、敵なわったわ。だから蒼月さんたちにも負けられなかった。この子達はどうだったかかしらね」「私は紅蘭さんたちをずっと師としていましたが、… 負けたくはないと思っても敵いませんでしたね」「…これって髪按が植えつけたのかい?」「そうなるのかしら?もともと参謀格の博琅の御子孫ですから素養もありましたし。私はちょっと手を貸したくらいですわ」「そのちょっとが恐ろしい…」「…何か言いました?」「い、いや、何も。ああ、見てやってください。玉拓です」蘭桂は旗色が悪くなりそうなので、おもむろに話題を替えた。蘭華たちが揺り篭を覗き込む。「もいだばかりなんですよね?」「ええ、まだ半月も経っていません。良く寝る子で、夜泣きもほとんどしないし…」「へぇ… うちもそうでしたけど… じゃあ、お乳のほうも?」「よく飲みますよ。どこに入っていくんだろうってくらい」「厭だ、見ていらしたんですか?」「一緒の房室にいれば自然と眼に入りますよ。…でも不思議なものですね。女の人って神秘ですよ」「…神秘、ですか?」「ええ、私は早くに母を亡くして里家で育ったせいか、よく知りませんでした。周りで結婚した人も少なかったし… 夕暉さんや蒼月のところでも子供に乳をやるところなんて見れるわけでもないし… 子供ができると変わるものですね」「里木にお願いして、卵果が生って、もぐ頃になると乳が張ってくる。子供を抱くと乳が出てくる。でも、それって一年くらいのもので、一年を過ぎるとまたもとに戻る。親から聞いていないとビックリするかもね」「ああ、紅蘭に訊けばよかったのか」「ちょっと、よしてくださいよ。そういうことは家庭内でやってください」「ダメなのか?」「髪按さんだってわかってるでしょう?そういうものです」「蒼月、そうじゃないわよ。蘭桂さんに聞かれるのはなんだけど、女性同士なら案外平気なものよ」「そ、そういうものなのか?」「私も鈴さんとイロイロ話したし… 鈴さんは海客だから戸惑うことばかりで」「ふ~ん。でも、そうすると紅蘭は誰に聞いたんだ?」「うちの母親に決まっているじゃない。父親はよくわかっていませんでしたね」「ということは、私は知らないほうがいいことなのか?」「蘭桂さん、そうじゃないです。男性は知っていてもあまり口にしないんですよ。照れくさいようで」「へぇ…」「髪按さん、蘭桂さんって変わっていませんか?」「他人よりも少しばかり好奇心が旺盛みたいなの。私もそうだから気にならないわ」「…それはご馳走様」「ところで蘭華さんは三人兄妹ですよね?」「ええ、そうですが?」「お子さんとお孫さんは男女一人ずつですよね?」「ああ、仙になると仕方ないみたいね。海の民は子沢山が多いのよ。三人兄妹なんて少ないほう。だから、私も沢山子供が欲しかったけど、ダメだった。いくら里木に願っても卵果は生らなかったわ。華湖もそうだったし、蒼月さんのところもそうでしょ?」「ええ、うちは二人でいいかなってことでしたが、夕暉さんのところが三人目を願ってダメだったそうで… それで試しに三人目を願ったらやっぱりダメでしたね。夕暉さんのところは一年くらい頑張ったようですが…」「そうか、やっぱり…」「やっぱりって、何か?」「いえ、夕暉さんのとことも蒼月のところも男女一人ずつで、蘭華さんも華湖さんもそうですよね?仙は寿命が長い分、子供が授かり難いのかなって。だって、民はそういうこともないでしょう?」「そういわれれば、そうですね」「それに官はあまり結婚しないし、するときも年配になってからです。うちは百超えてますし」「ああ、うちはケッコウ速く結婚しましたが、子供たちはまだまだ気配もないですね」「そういえば、私や華湖は早く結婚しましたが、浪征兄さんも夕潮も全く気配がなかったわ」「民は増やすけど、官は歯止めをかけているのかもしれませんね。お蔭で刷新がなかなか進まない」「あなた」「ああ、これは冢宰殿の仕事で私があれこれ言うことじゃなかった。聞き流してください」「蘭桂さん、蘭邸でそれが通用するとお思いですか?」「いや。でも一応は舜の方もいるし…」「あら、髪按さんの背の君はそういう方でしたの?」少々トゲのある蘭華の声に蘭桂と髪按は顔を見合わせる。髪按が微かに頷くのを見て蘭桂は姿勢を正す。「蘭華さん、ここだけの話ですが、春の除目で蒼月は州候になります。慶の民が自由に出歩けないような舜の遣士をおよそ四十年務め、辛い環境での仕事の仕方も十分わかっている。夕暉さんの麦州、台輔の治める瑛州、柴望さんが整えた和州を除くとまだ諸州は機能していません。修部が学制改革をして官吏の意識改革も進んではいるものの、地方の因習は根深いものがあります。これを断ち切るには優秀な官が多数必要なのですが、官の子供の数が少ないのです。わかっていながら忙しくて結婚もしないでいた私が言うことではないのですが、一人でも多く子どもが欲しいのです。けれども、どうやら官の子供には制限があるようだというのでちょっとがっかりしています」「優秀な官というと遣士の皆さんなども?」「そうですね。できれば彼らの子供が官となって活躍してくれればとも思います。しかし、彼らは国外にいて結婚も出来ず、子供も得られないのです。早急に代わりを派遣してもすぐに子供が得られるとも限りませんし…」「でも、河徴さんみたいな例もありますよ。奏から戻ったらあっという間に結婚しましたよね?」「河徴さんと楼娥さんは前々からイロイロありましたからね。それが河徴さんの奏派遣で一気に進んだようです。朱蓮は相当に悔しがっていましたね」「あの三人は幼馴染でしたよね?私は朱蓮さんと一緒になると思っていましたわ」「楼娥さんは研修は担当しないで、修司としてあちこちとの折衝に追いまくられていましたから。河徴さんと一緒にいられないことも多くて、却って近くなったのかしら?」「かもしれないね。でもうちはずっと一緒だったけどなぁ…」「蒼月と紅蘭はべったりだったからね。蘭邸に二人して転がり込んだ辺りから怪しいとは思っていたけど」「そういう蘭桂さんだって髪按さんを…」「うっ… まぁ、それはそれとして…」「蘭華はしばらく呉渡にいることにするの?翠翔君や慧湖ちゃんの教育とかは?」「そうですね。私にとっては呉渡のほうが舜よりも過ごしやすいのかもしれません。舜と言っても珠琳宮は住み難いし… 呉渡に拠点があると雁や戴にも行きやすいですからね。翠翔や慧湖は私でも十分でしょう。足りなくなったら堯天に来させます。もちろんそこで学べるだけの実力があればですが」「いろいろな人と競い合って刺激を受け合うことはいいことですよね。是非堯天に来てください。そうすると玉拓の先輩ってことになるのかな?」「蘭桂さん。それは間違いはないと思いますが、かなり先のお話では?」「いや、玉拓にイロイロ教えてもらえるならそれに越したことはないかなって思ってね。どうでしょう?」「うちの翠翔や慧湖でお役に立てるかどうか… 蒼月さんや紅蘭さんの教えをちゃんと身につけていれば良いんですが…」「学校が休みのときなどは呉渡で過ごすのもよいかもしれませんね。視野が開けますよ」「そうだなぁ… 呉渡にそういう場所を設けるのもいいかもしれないな…」「あなた」「あ、いけない。これは春官府や修部の仕事だった。河徴さんたちに怒られてしまう」「蘭桂さんは秋官府に収まりきらないようにお見受けしますわ。イロイロおやりになりたいことが多そうですね」「あ、いや、そういうわけではなくて… ここでは常になんでもありでしたからね、役職など関係なく。主上もまだ無官だった私も一緒になってあれこれ議論したりしましたからね。ついつい枠を超えてしまいます」「でも、いずれはそのすべてをおやりになりそうですね。そのためにも良いお子が必要と?」「う~~ん、難しい問いかけですね。私がどうこうよりも慶のこの先のことが気になります。私の子供だからということは考えていませんし、優秀な官であれば誰であろうと気にもなりません。慶のためになるなら、ですが」「そのために子供を、ってことですか。それでは蒼月さんたちを出してしまうのはどうなんでしょう?教育については適任だと思いますわ」「それも考えたんですが… 国はそれだけではありませんからね。大局的にはこういうことになったのです。むしろ、州候が教育に熱心に取り組むことが改革を進めるかもしれませんしね。わかりませんよね」「そうですね。王宮から何を言っても変わらないことも地方からなら変わるかもしれませんね。蒼月さん、紅蘭さん、大変なお役目ですね」「脅かさないで下さい。私は初めての土地で初めての大任なんですから。今からドキドキしています」「そうは見えないけどな。大船に乗った気でいるからよろしく頼むよ」「…蘭桂さん」蒼月が情けなさそうな顔をするので皆が笑いあった。蒼月もいつの間にか場を和ます術を身につけたようだ。一つの州を治めることは容易ではないが、この夫婦ならどうにかするだろうと蘭桂は感じていた。紫蘭や光月を育て上げたのも、舜で華湖やその子供たちを教えたのもこの二人である。間違いはないだろう。問題は官の子どもたちの教育だろう。幼い頃から見聞を広めるために呉渡に行くのはいいことだろう。それ以外にもまだやれることはないだろうか?蘭桂は玉拓のためにあれこれ考えるのだった。
2005年09月27日
閲覧総数 32
33

ツーことで、今日は朝から青空が広がり、陽射しあふれる好天です(^o^)丿 とはいえ、天気予報見たら気温はまだそんなに高くないらしい(T_T) 一昨日が15度くらいで、昨日が5度くらいに急落し、今日は10度くらいだって(T_T) 天気が良いから暖かいと感じるんだけど、平年よりも寒いくらいだって言うんだから…(T_T) 視覚情報とのギャップで身体が混乱しそう(T_T) はぁ…(T_T) こよみのページによると、今日は「聖母マリアの受胎告知の祝日…天使ガブリエルが聖母マリアに救世主(メシア)の母となることを告げた受胎告知の日。(Lady day)」、「電気記念日…日本電気協会が1927(昭和2)年9月に制定。 1878(明治11)年、東京・銀座木挽町に開設された中央電信局の開局祝賀会が虎ノ門の工部大学校(現在の東京大学工学部)で開かれ、式場に50個のアーク灯が点灯されました。日本で初めて灯った電灯でした」だとか。ところで、(第2別館)でもちと触れてるけど、あの乙武君の不倫が話題になっている。まぁ、参議院選挙に立候補が噂されており、今のうちに潰しておこうってことなんだろう。で、報道されてブログで奥さんともども謝罪したことで物議を醸しているらしい。まぁ、乙武君を擁護する気はさらさらないが、あの身体で浮気してばれない方が不思議でしょ?電動車椅子がないとどこにも行けないし、そうなればどこに行ってもばれるわけで、奥さんが知らないってのはないと思う。一応、いろいろ非難している人は奥さんが浮気を知らなかったという前提で言っていると思うが、奥さんが「責任の一端は自分にある」と言っているのは浮気を知っていながら放置してたという意味だろうと思う。乙武君自身も「障害者だってだらしない奴もいい加減な奴もいる」と言っているように、自分が聖人君子扱いされることに違和感を抱いていたようだし、そういった意味からすれば浮気をしていても全く驚けない。とはいえ、多くの人は乙武君を聖人君子と見てたようだから、浮気をしていたことで失望したし、奥さんが謝罪したことの意味を斟酌することなく、奥さんが謝罪した事実に怒りを覚えているようだ。ツーか、奥さんが怒っていないのに周りが怒るってのはどうなんだろうってなんで思わないんだろう?不倫だ浮気だってのは結局一夫一婦制の社会だからじゃないのかな?もしも一夫多妻制の社会であれば全く問題じゃないよね?生物的には遺伝子レベルの本能でより多くの子孫を残そうとするわけで、より良い遺伝子を残すためにチャンスを求めるのは男女を問わずあるものだ。本来であれば産めよ増やせよ地に満てよでドンドン産むために行われるんだけど、産めなくなったためにそのための行為だけが残ってしまったのだろう。動物園の動物や飼い猫などが狩りをする必要がなくなったのに疑似的な狩りをやり続けるようなものだろう。そういった意味から浮気だの不倫だのは人間の本能レベルのことだけに、生きている限りは避けられないことだろうと思われる。けど、一夫一婦制の社会ではこれを認めていない。まぁ、責任をもって不倫の結果である子供の養育を行うのであればいいが、ほとんどの場合これが難しく、また本来の婚姻関係が破綻してしまうのはダメなので禁止してると考えられる。相続など財産分与で紛糾したりするし、碌なことがないって言われているけど、そもそも当事者間で納得してることであれば他人があれこれ言うべきことでもない。特に芸能人の場合などは「芸の肥やし」にもなるので仕方がない部分もある。この辺りはややこしくなるので深入りしないけど、浮気は仕方ないと当事者が納得してる場合でも、傍からは許せないって話になる。これはおそらく自分が禁止されてるのに許されるのは我慢できないってことだろう。だから家族が納得してる場合でも表向きは謝罪しないといけない。謝罪して家庭が丸く収まればそれで話は終わりだ。先日でたミュージシャンの浮気などはこの例だろう。逆にハーフタレントとミュージシャンの場合は浮気を認めていないし、これが原因で家庭内に不和が生じてるからダメなんだろうね。一夫一婦制の否定にもなるし、やってしまったことを認めないのもアカンでしょ?やったことを認めて謝罪してればあとはなるようになったんじゃないかな?なのに、いまだに「友達だ」と言い張ってるんだから処置なしだろう。やっちまったことを認め、本気なんだと言っていればそれで認めてもらえたんじゃないか?なのに、ガンとして認めないから周りも非難するんじゃないかな?イケないことでも真剣なら認めてもらえるはずなのに、嘘吐いて誤魔化そうとしたら誰も認めようとはしない。これで不倫への非難が強まったから他がとばっちりを喰らってる。そう考えるならハーフタレントがキチンとしない限り不倫への過剰な非難が続くのかもね(T_T)
2016年03月25日
閲覧総数 36
34

「お篭り」明けでちょいと一眠りしましたがまだ眠いです(-_-)zzz ツーことで昨日に続いてアリバイモードにしてしまおうかと…<なるのか? 一応昨日の「お篭り」は新刊本を買いに行って売っていなかったってのが引き金になりましたが、考えてみればそんなことで丸々一日以上を無駄に過ごすなんてアフォなこと普通はしませんよね?それを敢えてしちゃうにも何らかの理由があるんじゃないかと…<こじ付けか? おそらくは深層心理か何かに「家に居たくない」ってのがあるのかもしれませんね。はっきり言って愚痴ですが、「家に居たくない」理由の一つはここの存在ってのがあると思います。いい加減700回以上も「日記」を書いていると多趣味じゃないだけに詰まってきます。詰まってきちゃうと焦ってネタ探しに走るわけで、新聞読んだり耽読したりするのも無意識にネタ探しだったりするのかもしれません。とはいえ、あっしが取り上げてそれなりに膨らませるもので、読んでもらえてなおかつ感想まで書いてもらえるものってそうそう落ちているわけがないんですよね。そうなると前に書いたものの焼き直しだったり、蒸し返しになることを書いちゃったりするわけで、パターンとしては小泉さん嫌い、ブッシュさん嫌い、「テロリスト」って決め付けるな、経済はよくなってないぞ、北朝鮮でヒステリーになるなって感じですかね?アクセスやレスの数ってのが一種のバロメーターになっているんですが、もともと僻地の弱小サイトなんだから気にするだけアフォ臭いのに変に気にして、開き直れないでいるんですよね。レスがなくてもアクセスが減っても気にしないで自分なりに書けばいいのに、どこかでウケようとか、共感して欲しいっていう薄っぺらいプライドがそうさせないのかもしれませんね。ツーことで開き直りですが、実はあっしの大学ん時のゼミのセンセのホムペの15日の更新分で、北朝鮮の拉致問題についてあっしとは違う方向性を語っていたんですよね。あっしは拉致問題で騒ぎまくるのは最終的には改憲・再軍事化に繋がるものだって感じているんですが、センセは拉致問題を早期に解決することで護憲が可能になるって述べているんですよね。確かに北朝鮮は悪いかもしれないけど、北朝鮮の国内にいる人すべてが悪人って訳でもないし、むしろ北朝鮮に文化の風穴を開けて情報の国家統制システムを打破すべく、教育などに支援を惜しまないほうが解決への近道じゃないかって思ったりするんですよね。しかもこれ読んだのがあっしがここで北朝鮮絡みの「日記」書いた夜だったんで、物凄く忸怩たるモノを感じたりしていたんですよね。一方でなだいなださんのホムペでも戦勝国の戦死者は讃えられ、その巻き添えにあったような敗戦国の人は顧みられることはない旨のことを書いてあったんですが、こちらは共感したもののどういう風にネタにまとめるかでエラク苦慮して結局手付かずなんですよね。いずれ触れることもあるかもしれませんが、歴史ってのは勝利者によって作られたものなんだなってつくづく感じさせられましたね。イラクのファルージャで今何が行われているのかはアメリカの情報統制で伝わってきません。捕虜虐待だって関係者が吹聴しなければ誰にも知られずに闇に葬られただろうし、拘束されて抵抗のしようもない捕虜を問答無用で射殺した兵士がその後どうなったかなんてまるきり忘れ去られている。戦争に負けたなら間違いなく処刑されそうな行為なのにね。戦犯の裁判でとある捕虜収容所の看守が捕虜が弱っていたのでお灸をすえてあげたり滋養のあるゴボウを食べさせてあげたりしたことが、「身体に火を押し付けた」「木の根を無理やり食べさせようとした」ということで捕虜虐待で死刑になったなんてことが、戦犯への裁判の不当性の根拠として挙げられたりしますが、だからといって戦犯の裁判がすべておかしかったと決め付けるのはいかがなものでしょうか。アメリカはアフガニスタンやイラクでの米兵の行為について戦争責任を拒否していますが、そもそも戦争で人道的な行為を求めるのが間違っているってことなのかもしれませんよね。あるいはデッチ上げで戦争を仕掛けたんだからそのことすらも頬かむりするために兵士たちの責任追及を拒むのも当然なのかな?戦時下にある兵士がまともであるなんて夢想を現実に追求することに無理があり、だからこそ戦争なんてものを起こしてはいけないんですけどね。上の「心優しいがゆえに処刑された戦犯」の伝をA級戦犯などまで拡大し、東京裁判は無効だから靖国神社にその御霊を祀るのは当たり前のことであり、そこを一国の元首として参拝しないほうがおかしいって主張する人ってケッコウいるんですよね。そういう考え方をしちゃイケないとは言わないけど、アジア諸国の人々にとってA級戦犯の面々ってのはユダヤ人にとってのヒトラー及びナチス幹部みたいなもんじゃないですか。ヨーロッパでナチス幹部を祀る宗教施設を国家元首が参拝して、「二度と戦争が起こらないように願いを込めた」と言い訳したところで誰もそんなことを信じないし、イスラエル及びユダヤ社会からは「ナチスのシンパ」として見做されて当然ですよね?小泉さんの発言は建前としては間違っちゃいないと思うけど、「迫害者」としてシンボリックな存在になってしまったA級戦犯らを参拝することがいかに神経を逆撫ですることかを相手の立場に立って考えて欲しいもんですよね。どんなムチャクチャな論理でもそれなりに筋が通ってしまうことがあります。それだけはしちゃイケないことなのに、筋が通ってしまうために拒否できないってこともあります。それで好いんですかね?筋は通ってもダメなものはダメでしょう?しかもその筋の通し方が力ずくであったなら… そういう風に通された筋に従って何一つ文句もなく生きていられますか?そうしないと生きてイケないから仕方がないってのもあるでしょう。でもそれに甘んじていてはたして自分は「生きて」いるのか?もし逆らうのならどうしたらいいのか?その答えが見つからずにイライラするから、あっしなどは「お篭り」しちゃうのかもしれませんね<おひおひ!!
2004年12月18日
閲覧総数 7
35

初日の出は元旦の朝、書初めは正月二日ってことになっているけど、初夢っていつ見た夢がそういうことになるのかしら?年があけてから最初の夢ってことになるなら、年明けまで起きていてその日の内に仮眠をとった時の夢なら「昼間に見た夢」ってことになっちゃいますよね?素直に元旦の夜に寝たときに見た夢なのか、書初めを終えてそれを枕の下に入れて見るのが初夢なのかしら?諸説紛々と言うか単にあっしがモノを知らないだけなのかもしれませんが、一体どうなんでしょう?まぁ、夢の内容について語ると逆夢になるって言うから好い夢を見たときは何も語らないのが好いし、悪い夢なら外聞が悪いものでなければドンドン話して夢をひっくり返すのが好いのかもしれませんね。で、問題なのはどれが初夢なのかわからないってことですね。どっちにしろ今年って変な夢ばっか見てるんですよね。あまり続けて見ていたくないって想いが強かったのか眼が醒めてしまったりしたし… まぁ、変だってことは覚えているんですが、どう変だったのかは憶えていないんですよね。夢といえば夜見る夢だけでなく、叶えたいと思う夢もありますよね?今丁度箱根駅伝をやっているんですが、今年の箱根って復路の鶴見までただ一度の繰上げもなく襷がつながれていきました。かつては大ブレーキを起こして途中棄権になったり、走りきったとしても連鎖反応で調子に乗ることができずに先頭から離され続け、制限時間内に中継所に辿り着くことが出来ずに繰上げとなり、襷が途切れてしまったりするんですよね。襷をとぎらすことなしにつなぐってのが参加しているチームの最低限の夢であり、その次がシード権を確保することであり、最大の夢は優勝することでしょうね。個人的には確実に襷をつなぐのが最低限の夢であり、一つでも順位を上げたり、区間賞をとったりすることを叶えたいって思っていることでしょう。20チーム200人がそれぞれの想いを胸に必死に走っているんですよね。まぁ、その争いもこれが書き終わることには終わっているんでしょうね<書き終わる前に終わってしまった(^^ゞ夢ってことで強引な前振りになってしまいますが、今年は三が日はあっしの「詩人モード」について書くだけにしちゃおうってことなんです。昨日触れなかった「雪ウサギ」ですが、これも夢のお話なんですよね。夢を通して夢が叶うって感じですかね?これってもともとは「大盤振舞」でピウ♪さんから頂いた「お題」だったんですよね。この「お題」を頂いた時は雪ウサギを作ったときに思い出話に興じるようなものになるような予感があったんですが、何気に「雪ウサギがサンタさんのソリを引く」ってことが頭に浮かんでから変な方向に向かってしまうんですよね。「大盤振舞」の時は10編前後捻くりだすんで事前にあれこれ考えたりしますが、通常の「詩人モード」の時はほとんど即興で、紡ぎだされた通りに書き写すだけで、推敲何てこともしないで済ませているんですよね。一旦書いたものについてはすぐさま忘れてしまうことも多く、こんなに長く引き摺るなんてことはちっとも考えていなかったんですよね。「雪ウサギ」の現時点での「最終形」は←のフリーページに載せましたが、ピウ♪さんのところにもショートバージョンと一緒に「完全版」として掲載されていますので、比較の妙も楽しめるんじゃないでしょうか。まぁ、ちょいと説明するならば、最初に書いたショートバージョンだけで終わりになるはずだったんですが、どうして雪ウサギがサンタさんのソリを引くのかが描けなかったし、そもそもボクの枕もとにサンタさんが雪ウサギを探しにやってくるのかもわからないでしょ?その辺についてあれこれ言い訳を考えているうちに「フルバージョン」が出てきちゃったんですよね。それでも足りない気がして「ボクと雪ウサギ」という断片的なものになり、まだまだ腹膨るる想いって言えば好いのか、ショートバージョンの続きと「春の訪れ」になるんですよね。で、ちょいとサイドストーリーってのを考えてみたんですよ。ある母子が雪ウサギを作るんですよね。その雪ウサギは赤い瞳に長い耳だけでなく、ちょっと照れくさそうな口元をしている。そんな雪ウサギを見たことのない子どもは「どうしてこういう風なの?」って母親に訊ねた時に、母親が「実はね…」って語りだしたのがショートバージョンのお話なんですよね。つまり、この母親というのが百合であり、昔を思い出していたって訳です。ユーリという雪ウサギの長との不思議な時…でも、子どもにすべてを語るには長すぎる話だから一夜の話として聞かせるんですよね。でもまぁ、子どものほうは続きが聞きたい訳で、「続きは明日」という言葉どおりに語られたのがショートバージョンの続きです。不思議なことがあって雪の季節が終わるとともに雪ウサギの長とはお別れだったということですね。平凡な暮らしを手に入れるという百合の夢が叶うまでのお話なんです。でも、子どもが信じちゃうと困るから長の名前も言わずに、そういうことがあったらしいわってまるで自分のことじゃないように語ったんでしょうね。ボクという一人称も百合の話じゃないように聞こえますしね。ちなみに百合の姉さんの名前は薫さんってことになっています。小学6年生の時に生まれた妹の百合は未熟児だったせいか身体が弱く、ほとんどベッドから起き上がることさえできていなかったから、医者になって治してやろうって思っていたりします。ただ、学齢期を前に学校にも行けずに寂しがっている妹のために一年くらいなら休学しても構わないとも思っているんです。その辺のことを百合は悪いと思っていて、姉さんのためにも自分がどうにかしたいって強い気持ちを持っていたりもします。そんな姉妹が願いを込めて作った雪ウサギだったから、似た名前だったこともあり、ユーリは一晩だけならそばにいてやろうって気持ちになったりするんです。昨今の地球は哀しみに溢れており、その哀しみゆえに癒しきれなかったりするんですよね。トナカイも哀しみに引き摺られて倒れてしまう。そんな哀しみに対抗するには冷たいけれど優しい心を持つ雪ウサギの一族しかないってサンタさんは考えるんですよね。雪ウサギというのはホントは雪で作ったウサギではなく、雪のように白い毛をしたウサギであり、その霊的存在であったりするんですよね。その長であるユーリは長として相応しいようにとジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)から名を取ってユリウスと名づけられていたんですよね。その長が雪で作った雪ウサギの格好をしているから一族の千余羽も同じような姿で現れるんですよね。まぁ、霊的な存在だから見た目がどうであっても関係ないんですが、世界中の哀しみゆえに次々と倒れ、地上や天上に消えていくんです。ビジュアル的には綺麗だけど、内実は悲壮なものがありますよね。そういう哀しみの中でも百合が頑張りとおしたってことでユーリはもうちょっと百合の力になってやろうって気持ちになるんですよね。まぁ、照れ屋ですから素直に心情を語ったりはしませんが。フルバージョンのほうは基本的に「ボク」の視点になっているんですが、「ボクとウサギ」の部分は段落毎に視点が変わっています。物語の背景とかそういうものを書き込んだものですから、この部分をスパッと外しても問題はないと思うんですが、ボクと姉さんの心情とかそういうものの関係であったほうが好いかなって今は思っています。ツーか、一旦言葉になってしまったことについてこんなに引き摺るってことは今までなかっただけに、それだけこれが特別なものなのかもしれません。でもまぁ、これで「雪ウサギ」とはお別れって言うか、とりあえずのエンドマークが打てたんじゃないかと思います。
2005年01月03日
閲覧総数 5
36

ツーことで、暑中お見舞い申し上げます、って挨拶も今日限りですね。今日は夏の晦日で明日は立秋ですから、明日からは「残暑お見舞い申し上げます」となるらしい。子供のころなどは区別がわからなくて首をひねったりしたものです。月遅れのお盆までが暑中見舞いでお盆の後が残暑見舞いだなんてことを聞いたこともありましたね(^^ゞ それにしても天気予報では毎日のように「午後から所により雷やにわか雨があります」と言っており、ちょいとはあっしのうちの近くでもお湿りがあるかと期待していたんですが、どうも空振りのようですね。やはり、山間部などの天気の変わりやすいところだけなのかな?今年の場合は梅雨明けが遅れ、まとまった雨が繰り返し降ったこともあり、例年と比べるとさほど地面が乾く感じではないので助かっていますが、連日強い陽射しと高い気温ではさすがにぐったりしてきます。ところで、今日はネタの谷間というか、これと言って主張したいものがあるわけでなく、8月7日だから花の日だなんて思いつつ新聞をパラパラめくっていたら、先日の参議院選挙で当選した丸弁先生が「バッチは忘れてもバナナは忘れません」ってコメントしている旨の記事が載っていた。8月7日はこよみのページによるとあっしが冗談で考えた花の日であるとともに鼻の日でもあり、バナナの日でもあるそうな。ここを見るまで完璧に失念していたんですが、月遅れの七夕でもあり、仙台やら平塚などでは好天に恵まれて華やかなんでしょうね。思わずこっちのネタにすればよかったと…<おひ! で、丸弁先生の話ですが、バナナを食べて元気にということで、常に鞄に何本か入れているとか。「バッチは忘れてもバナナは忘れません」というのは完璧なリップサービスで、ホントにそんなことをやったら国会や法廷に入れてもらえませんよね?そうそう丸弁先生って弁護士と国会議員の二つのバッチをTPOで使い分けるんでしょうね。国民という顧客に誠実な先生であってほしいなって思います。話変わりまして、「夏の落ち葉」について触れようと思います。かなり前にここで「春の落ち葉」について触れましたけど、それともちょいと違うような感じというか… 普通落ち葉といえば秋から冬にかけてのもので、紅葉などを経て冬枯れに向かうってものです。これは日照時間が減ったり、気温が下がったりしたことで葉っぱの光合成が難しくなるので葉っぱを切り離して休眠期に入るというものです。本来の務めを果たし終えた葉っぱは葉緑素を失い、紅や黄色に装いを変え、われわれの眼を楽しませてくれたのちに散っていきます。散った葉っぱは樹の根元に堆積し、自然の力で腐葉土となって樹を養うことになります。秋から冬にかけて紅葉し、落葉するのは落葉樹と呼ばれますが、冬の間も緑をたたえている木々は常緑樹と呼ばれます。常緑樹は春になり新葉が芽吹き、一人前に機能し始めると冬の間じっと支えていた古い葉っぱが役目を終えたと散っていきます。これがあっしが「春の落ち葉」と呼んだものです。じゃあ、「夏の落ち葉」って何?ってことになります。葉っぱは光合成をおこなうために陽の光をいっぱい浴びようとします。けれどもものには限度というものがあり、あまりにも強すぎる光は熱を伴っており、葉っぱの方もオーバーヒートしないようにと蒸散をしつつやり過ごそうとします。とはいえ、熱が溜まってしまえば蒸散が追いつかなくなってしまいます。蒸散しても熱が下がらなくなったなら自己防御として陽の光や熱にさらされる範囲を狭めるでしょう。日中は萎れた振りをして陽が暮れると元気になるものもあれば、我慢できずに葉っぱを落とすものもあるでしょう。これが「夏の落ち葉」の一つです。一つということはまだあるんだろうってことですが、上にあげたのは基本的に落葉樹の対応です。落葉樹は葉っぱが薄く、お世辞にも暑さに強いようには見えません。一方の常緑樹の場合は葉っぱが厚く、暑さにも寒さにも強いように見えます。そんな常緑樹も春から夏までの間に成長しています。それまで陽の光を浴びていた葉っぱの先に新しい枝が伸び、葉っぱが茂ることもあります。それが繰り返されるうちに樹の幹に近いところなどは陽が射さなくなります。となれば本来の役目である光合成もできなくなり、エネルギーを消費するだけになります。こういう役目を終えた葉っぱが「春の落ち葉」同様、この夏の盛りにも散るようです。この「夏の落ち葉」は本来の秋から冬にかけてや春の時期よりもずっと少なく、あまり目立ちません。猛暑でカラカラになっていたりしなければほとんど見かけることもないでしょう。今年の場合は気候に落ち着きがないので木々の方も戸惑い、調子を崩してしまったのか、落ち葉が目立つように感じます。「夏の落ち葉」は主に立ち木などの話ですが、草花も暑さ負けで夏枯れしてしまうこともあります。これを防ぐのは水撒きくらいですかね?この暑い時期は肥料をやるとかえってダメにすることも多いようです。盛夏の時期には薄い栄養剤や活力剤くらいですかね?水撒きも注意が必要になります。陽射しが強い時間帯の水撒きは厳禁です。撒いた水がレンズになるとともにお湯になって火傷させたりするので、陽射しの強くない早朝か夕方のみですね。夕方の水撒きは日中に温められた草花を冷やすという意味も兼ねて上からシャワーのようにたっぷりかけますが、早朝の場合は葉っぱの上に水滴が残ったりしないよう、原則として株元に撒くようにします。これは日中に蒸散させるためのものですが、草花によっては水が多くないとダメなものもあれば、水が多いと根腐れを起こしたりするのもあります。強い陽射しが当たるのがいいのもあれば、木陰みたいな場所でないと枯れちゃうのもあります。まぁ、自分なりのメモとして書いたものですが、正直な話、虫も多いので水撒きは楽じゃありません。蝶の幼虫もケッコウいるのでここ数年は殺虫剤などもあまり使っていません。まぁ、草花にしてみれば葉っぱなどを食われるんですから迷惑な話ですが、受粉などのためには虫たちがいないと困りますからね。共存共栄といえばカッコいいんですが(^^ゞ 正直な話、寝ている間に雨が降ってくれないかなって毎晩思います。いろいろ目を楽しませてくれるものですから文句もあまり言えませんが(^^ゞ うまく付き合っていかれたらなぁって思います。
2007年08月07日
閲覧総数 7
37

ツーことで、昨日は一日雨模様でどこに出かけるでもなく、屋外の作業もできないので部屋でヒッキー。いつも間にか1週間分溜まってしまった新聞を一気読みしました。あれこれネタになりそうなものがあったんですが、今日はとりあえず年金について考えてみようと思います。一応、選挙と関わり合いがない、あっしなりの「私案」ってことです。昨今の年金はわけがわからないって感じですけど、根本にあるのは払い込んだ金額の4~8倍の金額を受給者が死ぬまで払い続けるというシステムのありようですよね?一応年金は25年以上払い込みをした人に死ぬまで支払われることになりますが、仮に60歳から年金を受け取った人が100歳まで生きたら払込期間よりも年金を貰う期間の方が長くなったりします。よっぽどうまい運用をして基金を増やしていなければ物凄い大赤字になるのは間違いありません。年金システムを構築した時に想定されていたのは70歳くらいでみんなが死んでしまうってことでしょうね。10年間に限定するなら今のシステムでも破綻することはありません。けど、日本人の寿命はどんどん伸びており、80歳くらいまで生きるのが普通になっています。そして80歳で頭打ちになるとも限らないわけですから、今のようなやり方では破綻しない方がおかしいんですよね。そこであっしなりに考えたのは、基礎年金部分については全て税金で賄い、上乗せ部分については個々人の判断に任せるというものです。とりあえず今のシステムは発展的に解消するとして、徐々に組み替えていくんですが、基礎年金については月額10万円とした場合、年金受給者が3000万人で年間36兆円、4000万人で48兆円ですが、仮に個人消費が500兆円あるとするなら消費税率を10%にすれば十分に賄えます。現行基礎年金の3分の1が税金で賄われていることを考えるならどうにかなりそうな水準じゃないでしょうか?この基礎年金は日本国籍を持っているか、上乗せ部分に20年以上積み立てをしている人に支給することとします。上乗せ部分は例えば利率2%の国債に投資するようなやり方で、20歳から毎月2万円ずつ積み立てた場合、60歳の時点で元利合計が1500万円近くになります。これを80歳まで年金形式で受け取るなら月額7.5万円上乗せになるわけです。これは今の国民年金とほぼ同じ形式ですが、すべて自分のお金だけで今の年金と同じくらいのお金が受け取れることになります。もしもサラリーマンなどの給与所得者でもうちょっと余裕があり、月額を5万円、ボーナス月には4ヶ月分上乗せするなら元本だけで100万円になります。これはあっしが働いていた時に実際にこういう貯蓄(いわゆる財形貯蓄)をしてたことがあるので無理な金額じゃありません。この場合は月額で30万円あまりを80歳まで受け取ることが可能です。基礎年金と合わせて月に40万円ですからケッコウな数字ですよね?一応は20歳から60歳まで積み立てることで考えたけど、仮に40歳から60歳まで積み立てた場合でも年利2%で運用できれば80歳まで積み立てた額の1.5倍の金額を受け取ることができるんですよね。もちろん利率が上がれば受け取りも増えるわけで、年利が5%あれば積立額の10倍の額を受け取れます。最近の外債などは5%を超える利率のものもありますし、年率5%というのは決して不可能な水準じゃありません。けど、問題なのは日本中の人がみんなしてこういう運用した時に軽く数千兆円になるので、これを運用する受け皿が考えにくいってことです。したがって、国や企業が2%での運用を請け負い、運用で得た差額を利益にする形にすればいいんです。私企業であれば純粋に儲けですが、国などの場合はそうやって儲けたお金を年金基金に組み入れたり、国債の返済に充てたりすることで財政の健全化も図れるでしょう。上の方で日本国籍がなくても20年以上上乗せ分の積立したら基礎年金を受給できるとしたのは、こういう儲けを国にもたらすからです。仮に2%請負で5%の運用をしたならおおよそ一人半分の資金を稼ぐことになりますからね。この儲けでその人の基礎年金分を支払ってもお釣りが来るならおいしいですよね?私企業の場合なら利回り保証型も実績に応じた支払にすることも可能ですね。まぁ、この辺りは401kに似たようなものですね。まとめると、国の場合は月額2万円~10万円を60歳まで積み立てると、年利2%の計算に基づいた金額を80歳まで年金形式で受給できるというものです。これはあくまでも上乗せ部分であり、基礎年金部分は死ぬまで受け取れることにします。個人的にあれこれ運用すれば国の運用以上に稼ぐことも可能だろうし、それで豊かな老後を送ることもできるけど、もちろんそこにはリスクがあり、下手をするとすってんてんになることもあるので注意が必要です。401kタイプというのはハイリスクハイリターンってことですね。で、こういう形にすれば厚生年金や共済年金は吸収されることになりますよね?いわゆる発展的解消ということですが、何を選ぶのかは個人の自由で、企業などは年金の負担に耐えることはなくなります。健康保険なども国民保険に一本化してしまえばいいんですけどね。大企業みたいにこういう負担に耐えられるところ以外は国民保険に吸収されてもいいことにすれば企業の倒産も減ることになりますよね?これまで企業が負担していた部分を給与に上乗せしても税金がその分軽くなるようにすればいいんですからね。正直な話、抜本的に改革するならこういう形にするしかないと思うんですよね。移行については一時金の支払いとかいろいろやり方はあるでしょうし、コンセンサス次第でどうにでもなる気がします。ツーか、やたら対処療法でぐちゃぐちゃにするよりもずっとマシな気がするんですがね。一応80歳までということでやってるけど、この辺りはいくらでもシミュレーションできるし、もっと工夫の余地はあるでしょう。でも、年金がもらえないということは絶対にありませんから、これをベースにやってもらえないですかね?ツーか、この程度のことも具体化できない政治家や役人ってどれくらいアホ…<以下自粛 まぁ、住みよい世の中になってくれればいいんですがねぇ…
2007年07月12日
閲覧総数 11
38

ツーことで、昨夜は雨が雪に変わり、明け方には止んだものの、どんよりとした曇り空の下、積もった雪が融けきらずに所々白く残っています。この寒さで地中に眠っているチューリップの球根もスイッチが入るかもしれませんね。一定の寒さに当たらないとスイッチが入らず、春になっても寝たまんまになったりしかねませんから、キチンと寒くなるのも必要です。あっし個人としては寒いのは苦手だからこういうときは家の中で温かくするか、外に出て思いっきり身体を動かすかですかね?寒さの中でじっとしてる草花の強さには頭が下がります。人間が酸素を消費して二酸化炭素を排出しているのに対し、光合成で二酸化炭素をとりこんで酸素を供給してくれるのも草花ですからね。より一層大事にしないといけませんね。ところで、ここでも何度か触れた大相撲の理事選挙ですが、大方の予想を覆す「大番狂わせ」で貴乃花さんが当選しました。まぁ、丁度お騒がせ横綱の問題が発生し、このままじゃ拙いだろうと言う雰囲気があった影響もあったようにも思われます。もちろん誰がどういう態度をとったかというのは詮索するつもりはありませんし、詮索したところで意味ないというか、詮索して生じるものは怨恨その他の酷いものになりそうですよね?まぁ、事前にあれこれ締め付けが報じられており、記名投票まがいのやり方に批判の声が大きかったからか、極めて民主的な秘密投票の確保ができたのは喜ばしいことでしたね。ツーか、こういう選挙方式でなかったら大相撲の閉鎖性への非難の声が上がっただろうし、非民主主義的な運営を目の当たりにして多くの人がそっぽを向くことになりそうでしたね。そういう意味で民主的な方法で若手の代表である貴乃花さんが当選したことでより良い運営ができるのではないかという期待が生じるでしょう。まぁ、こういうすったもんだが報道されること自体はあまり好ましいことではありませんが、これまでの旧態然とした旧弊が明らかになり、これが是正されるのをガラス張りで見て貰ったと言う意味では相当なプラスでしたね。もしも無投票で理事が決まっていたら、貴乃花さんが理事に加わったにせよ、改革を行うと言う気概がうかがえなかったでしょうね。そういった意味では、もしもシナリオライターがいたなら多くの人を手玉に取ったなという印象ですね。あまり詳しくは触れませんが、選挙直前まで投票方法が公開されていなかったので一門の意向に沿わないで貴乃花さんに投票するのはかなり難しかっただろうと思います。投票の秘密が守られるやり方だと知ってもすぐに投票行動を変えることはできなかったでしょう。やはり一門からの理事の数が減るかもしれないと言う緊張感の中でいきなり「大丈夫」と言われても、一門を裏切ることは難しかったでしょう。まぁ、貴乃花さんが離脱した一門には余裕があり、これが流れることも想定内でしたが、それゆえに何度となく締め付けを行っていたみたいですから大量に票が流れるとは思えませんでしたね。他方現職の理事で最も高齢の人の一門は立候補をめぐっていざこざがあったようで、ここに上手く入り込んで票を確保したみたいですね。事前の水面下の工作はあれこれあったようで、それが完全な無記名投票だったことで安心して行動できたみたいですね。実際一門を裏切る行為をなすのは難しいですからね。ツーか、一門の風通しの悪さが協会全体の風通しの悪さになり、切磋琢磨してよりよい相撲を取る環境を整える意欲を摘んでいるようにも感じます。テレビで貴乃花さんの母親が師匠の親方が横綱になっても厳しく躾をしていたことを紹介していましたが、そういう厳しい躾を受けてい貴乃花さんですから、我が侭勝手など赦さない、心技体そろった力士を輩出し、面白い相撲を実現させてくれるように期待したいですね。厳しい躾と言えば体罰との線引きが難しいですよね。親方と言えば実の親以上の愛情を注ぎ、それゆえに甘やかさずに厳しく接するんでしょうね。部屋内での暴行で死者が出た事件がありましたが、あれなどは飴と鞭という度合いを超えた、愛情のなさの表れだったと思います。親方や兄弟子に絶対服従であることを求めるために躾があるのではなく、当人がキチンとした力士、人格品格を備えた存在となるためですよね?後ろ指さされることなく、立派になったと褒められる人になるためには相当に厳しく躾を受けないといけないんでしょうね。昨今は堪え性のない人が増えたと言われるのは躾と体罰の区別がなくなって、きちんとした躾もされなかった人が増えたからかもしれませんね。単に殴ること自体を体罰というべきではなく、愛情もなく殴ることが体罰だと言うべきじゃないですかね?諭すことを目的とし、相手の身体に刺激を与えることで心に染みさせるものであるなら是認されてもよいと思います。だから、痕が残ったり治療が必要なほどの罰は行き過ぎで、自然治癒するくらいの罰であれば体罰というべきじゃないと思いますね。また、親の方もなぜそういう罰を受けたのかということを理解した上で罰の是非を論ずるべきですよね?キチンとしていれば体罰などしなくて済むのだという前提に立つなら、体罰を受けるだけの瑕疵が子供の方にもあるはずです。けど、体罰を与える方にこの前提が理解されていない時に行きすぎた体罰で取り返しのつかない結果を生じさせたりするんでしょうね。ホントもっと議論されるべきことなのに問答無用で切り捨てられており、このままじゃ躾の阻害になるだけで拙いのになぁ…((+_+))
2010年02月02日
閲覧総数 9
39

ツーことで、今日は建国記念日です。いつものようにこよみのページでみてみると、「「建国をしのび、国を愛する心を養う」。戦前の「紀元節」の日。この日だけなぜか法律に日付を記さず日付は「政令で定める」となっている。2月11日に決定するには紆余曲折があったらしいことが伺える。余談だが、ほんとにこの日に神武天皇が即位したのか、知っている人がいれば教えてほしい(「神武天皇東征上陸地点」は和歌山県新宮市に看板で示してあった。あくまで余談である)」「1967年(昭和42年)から実施されている国民の祝日。この日はかつて紀元節として奉祝されてきたが、戦後廃止されていたもの。建国の日ではなく、あくまでも建国を記念する日としたのも紀元節のイメージを抑えるためとされる」で、紀元節は「1873(明治6)年から1948(昭和23)年まで祝日とされ、四大節(新年・紀元節・天長節・明治節)の一つとされていた。日本書紀による神武天皇即位の日・紀元前660年1月1日を新暦(グレゴリオ暦)に換算した2月11日を祝日と定めた。当初は1月29日だったが、翌年から2月11日に変更された。戦後、日本国憲法の精神にそぐわないとして廃止されたが、昭和41年に「建国記念の日」として復活しました。1873(明治5)年11月15日、紀元前660年を元年として「皇紀○年」という年の数えかたが作られたが、現在ではほとんど使われていない」とのこと。ほとんど神話の話がベースにあるのはどこの国でも同じことですが、アイデンティティの根っこですから否定するのもなんですね(^^ゞ<おひおひ!!ところで、昨日18歳の少年がかつての交際相手の家に押し入り、交際相手の姉や知人を殺傷して交際相手を連れ出すという事件がありました。6時間くらいで共犯の少年とともに主犯の少年は逮捕され、連れ去られた交際相手は保護されたようです。共犯の少年は容疑を肯定してるのに、主犯の少年は「自分は関係ない」と犯行を否定してるらしい。なんでもこの少年と交際相手はともに18歳で生後4カ月の子供がいるらしいが、少年の暴力(DV)が酷くて交際相手は別れて実家に戻り子供を産んだ(帰る前?)が、この少年が執拗に付きまとい、警察にも何度なく相談していたそうだ。事件の前夜にも警察に通報があったが、少年を発見できずに引き上げ、その翌朝に凶行に及んだみたいですね。ちなみに少年は交際相手だけを連れ去り、子供は連れ去られずにすんだみたいです。これらの情報から想像を逞しくするなら、この少年は厳しく躾けられておらず、自己中心的な考え方に囚われており、自分の思い通りにならないと暴力でことを済ます傾向にあったんじゃないですかね?暴力で解決してきたから、それでも思い通りにならない時は「邪魔者を消す」ことしか考えられないんでしょうね。普通に暮らしていれば家族であっても衝突するし、その時に我慢と辛抱を学ぶべきですが、甘やかされて自分が折れることを知らずに育ったなら、自分の言うことが通じないことすら受け入れられず、キレてしまうんでしょうね((+_+))甘やかすとダメになると言うのはこの世の中は自分と自分に応えるもの(下僕)でできているように勘違いするからじゃないですかね?自分の思う通りに反応する人だけが「いる」のであり、それ以外の人は「いない」と考えるから傍若無人な振る舞いもできるんでしょうね。ツーか、自分では傍若無人だとも思っていないのかも((+_+)) 上の少年も自分と自分に従属するものしかいないから、交際相手の姉すらも「邪魔者」で自分の世界では「いない」から殺すことに罪悪感もないのだろうし、自分の子供は「放置」して逃げたのは子供も自分の思い通りの世界では「邪魔者」であり、「いない」方が都合がよいと考えたんですかね?交際相手への愛があるならその愛の結晶とも言うべき子供を「放置」するのは、そこに愛がない証左なのかもね((+_+)) 極端な話にしちゃうなら交際相手すら自分の下僕扱いなのかもしれません。巧言令色な部分もあって交際相手を誑かしてその気にさせつつも、自分の言うことが通らなければ暴力をふるうのは下僕への罰感覚だったのかもしれません。そういう意味では「勝手に家を出て、勝手に子供産んで、帰ってこないのは赦せない、邪魔する奴は殺す」という思慮の足らない感情に流されたのかもしれません。こういう考え方の場合、「他人のものは自分のもの、自分のものは自分のもの」で「来る者は拒まず、去る者は逃がさず」になるように思われますね((+_+))こういう話からすると牽強付会かもしれないけど、先日電車に乗ってドアのそばに立っていたらあっしのすぐそば、ホンの1mと離れていないところで高校生らしい男女がいちゃついていて、抱き合ったりキスしたりしてたんですよね((+_+)) あっしは古い人種でシャイ(どこが?)だから人前で女性といちゃついたりできません<相手もいないが(^^ゞ これって恥も外聞もあるってことだろうと思うんですが、基本は知り合いが見てるかもしれないってことですよね?まぁ、自分たちの世界に浸りきるのは悪いとは言わないけど、時と場所を弁えてほしいと思うのは古い常識なんですかね?でも、時も場所も関係ないって言いきれるのはそこに「誰もいない」からかもしれませんよね?誰に見られようと構わないと言うのは自信の表れなのか、唯我独尊的な自己中なのか分かりませんが、これが最も悪い方向に進むと上で触れたような事件につながりかねないって思うのは杞憂でしょうか?周りに「誰もいない」と考えるような人は交際相手さえ「自分の都合がよい」ならよくて、つまり、本気も浮気も関係ないってことになりかねないような?((+_+)) 交際相手さえ「いない」って怖いなぁ…((+_+)) ホント杞憂であってほしいですね((+_+))
2010年02月11日
閲覧総数 9
40

ツーことで、陽射しが隠れて今にも降り出しそうな曇天で、冷え冷えとしています((+_+)) 気持ちの好い陽射しは昨日だけなんですかね?その陽射しに誘われてちと散歩に出てみるといつもと違う空気に首を捻ってしまいましたが、すぐに気付きました。ツーか、昨日「日記」書いてる時はマジで忘れていて思わず頭抱えそうになりました((+_+)) そう、昨日ってバレンタインディだったんですね。で、こよみのページを見てみたら「女性から男性に向かって恋を打ち明けてもよい日とされ、日本では女性が愛の印にチョコレートを贈る。この習慣は1958年(昭和33年)にメリーチョコレートが東京・新宿の伊勢丹で販売促進を目指してキャンペーンを展開したのが始まり。ヨーロッパでは、愛の日としてケーキや花などを贈り合うという」とのこと。そのすぐ下を見たら「正月(旧暦)…旧暦の元日。地方によっては旧暦の日付を重視する地域もある。中国(国の)では「春節」として、祝日化している(但し、「春節」と日本の旧暦正月朔日とは希に異なる場合があるので注意)」というのがあって、そういえば春節のニュースもやっていたなって。基本的に縁のないあっしとしては面白くもないから取り上げる気持ちも薄かったんですけど、丁度オリンピック中継を流しながら書いていて、ネタないなぁってボヤキながら、折角のネタ忘れてるってアホですね(^^ゞ 実際前の日もバレンタイン特集の番組とかも見てたのにね。ところで、そのオリンピックの方ですが、昨日はスピードスケートのショートトラックや女子のモーグルとかやってましたけど、ショートトラックでは決勝に残るのも難しく、モーグルもメダルを期待された選手が4位に終わっていました。そういえばオリンピックじゃありませんが、サッカーの東アジア大会で韓国に逆転負けを食らったりしてました。つまり昨日は日本にとって散々な日だったとも言えますが、考えてみたら、「順当な結果」かもしれない気もしてきます。サッカーの方も絶対的な力があるわけでもなく、体格的にもアドバンテージもない相手と戦って確実に勝つことなどありません。王国と言われるブラジルだって時には格下と言われる国に不覚をとるわけで、歯車が狂えばボロボロになってしまいます。日本の場合はテクニックだって南米や欧州と比べても見劣りするし、スピードも驚異的でもないし、フィジカルも絶対的じゃないでしょ?同じアジアでもハングリーに燃えているところは追いつけ追い越せで必死だから、いつまでも格下扱いなどできません。実際ブラジルと戦う時の日本程度の視線しか相手に向けない「脱亜入欧」的な雰囲気がありますよね?この雰囲気が選手に伝染して相手をなめてしまったらまともな試合にもなりません。今回の大会では当人たちは頑張ったつもりでもブラジルとかと戦うようなチャレンジャースピリットに欠けたんじゃないですかね?貪欲に勝ちにいかないと幸運の女神から見放されちゃいますよね?他方オリンピックの方はメダルが取れると思う方が間違っているような気分になってきますね(^^ゞ 一応は互角に戦えるレベルまで上がってきていますが、確実に勝てるほどの実力はないように思います。練習できる環境ももともとの素質も体格も欧米の選手たちの方が格段に上にありますよね?そりゃ勝つシーンが見たいから「勝てる」って煽りたてたりしますが、日本のレベルは上位にいるかなって程度でしょ?メダルが取れる確率はゼロじゃないってのは間違いないけど、世界の壁は厚くて高く、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると思いたくもなるでしょうね(^^ゞ 先日のだらしない服装の選手でもチャンスはゼロじゃありませんけど、可能性は限りなくゼロに近いかもしれませんね。まぁ、上位の選手たちでもミスで自滅する可能性はあるし、その時に自己ベストを出していればもしかしてって程度でしょうけど、心臓に毛が生えていればって?あるいは根拠のない自信をひけらかすための虚勢で、実際には蚤の心臓だったりしたらがっかりですが(^^ゞ 一応は開催国への敬意を示す意味での服装だったのをあえてああいう風にしたんだから蚤の心臓でも自分を誤魔化して結果を出さないとね(^^ゞ ツーか、他の国の選手たちだって同じ条件だから、確約などは何もないんだけど、それすらも大事ってことかな?とにかく過度の期待はせずに、冷静に見つめていたいですね。ホント他の国の選手もスゴイってことを認めればそれだけメダルも意味をもつと思いますね。
2010年02月15日
閲覧総数 5
41

ツーことで、今日も暖かですけど陽射しが隠れてスッキリしない天気ですね(^^ゞ 近くにある空港が濃霧で閉鎖されているってことだからこれって霧なんですかね?急に暖かになった関係でこういうことになったのかな?昨日の予報ではケッコウいい天気だって言っていたからちと残念ですね(^^ゞ 昨日修理に出していたパソコンが戻ってきてホッとしています。一応ディスプレイ関係のトラブルだろうって思っていたんですが、万が一HDDにも何か障害があった時にはHDDをフォーマットしてインストールし直す可能性もあったわけで、その時にはHDDに入っているデータは諦めて欲しいって言われていたから(^^ゞ なんでもプライバシーの問題でHDDの中身は見ないってことらしいけど、バックアップしていなかったからヒヤヒヤでしたね(^^ゞ だからどうしても必要なファイルだけはすぐにバックアップしました。大多数は容量の関係もあるし、どうせなくなっても支障が少ないから(^^ゞところで、オリンピックも残りわずかですね。女子フィギュアのSPはまずまずの結果だったようですね(^o^)丿 ツーか、大騒ぎし過ぎというか、ホント「世界一でないといけないんですか?」って訊きたくなりますね。一昔前ならオリンピックに出るのすら難しかったのが3人も出られるようになったのはすごいってことでしょ?男子などは前回は出場枠が1人だったのに今回はメダルもとったし、出場3選手が皆入賞というのもスゴイ結果でしょ?女子の方もメダル&全員入賞の可能性もあるわけで、かなりの進歩ですよね?何回も書いているように手足の長さもスタイルも筋力も容貌すらも欧米の選手の方が有利なのは間違いなく、日本人の特色である創意工夫や柔軟性で勝負するしかないんですよね。この日本人の優位な点は同じ東アジアの韓国や中国にも当てはまるわけで、より積極的に支援しようとしてる韓国や中国に勝てないのも仕方ないですよね?日本の場合は直前になるまでは知らん顔のことが多く、常に次や次の次の大会に向けて強化に勤しんでいるこれらの国に敵わないことに不思議はないですよね?なのに勝てないことに不満を抱くのはどうなんですかね?もっと長い目で強化をしようというのでないならダメですよね?強化について思う時に思い出すのは東京へのオリンピック誘致です。確か石原さんの「やりたい」ってツルのひと言によって始まったとかそうでないとか言われていますが、北京で一昨年開催されたばかりなのに、同じアジアでしかも開催したことがある東京ってのは当初から無茶だと誰もが思ったことでしょう。オリンピック精神の拡大にはまだ開催されていない大陸、国、都市が優先されるだろうことは容易に考えられ、まだ一度も開催されていない南米のリオデジャネイロが有力で、実際その通りになりました。2020年のオリンピックについてもまた誘致しようなんて言っているのを聞いて呆れましたね。日本でやる可能性があるとしたらヒロシマ・ナガサキという平和祈願をアピールする場合くらいでしょ?2020年が核兵器廃絶のゴールの年でもあるのはプラス要素でしょ?なのに「日本でやりたくないのか?」って言う石原さんの感覚ってどうなんですかね?日本でやるのは良いけど、東京でなくても構わないって発想がないんですもの(^^ゞ 2016年の誘致では150億円も使ったらしいけど、このお金を選手の強化費用に充てていたらもっとレベルが上がっただろうにって思うのはあっしだけかな?ところで、何回かクリスタルジャパンについて触れたけど、今回かなり注目されたのに期待通りには結果が残せなかったからと言って辞めたりしないでほしいですね。今回は明らかに体力不足だったように思われ、疲労などによりプレーも乱れ、つれて気力も萎え、頭の回転が鈍って最後はボロボロになったようにも感じました。けど、もっと経験を積んで4年後8年後12年後にもっといい結果につながるような支援の輪が広がると好いですよね。少なくとも期待外れだと言って非難したりしないでほしいですね。特にまだ二十歳の選手は確かに調子が悪かったとはいえ、次やその次でエースとして活躍するはずの逸材だと思います。ホントまだまだ先は長いんですからね。ツーか、石原さんは派手さを求めてないで地道な支援の輪を広げるようにしてほしいけど、無理かしら?((+_+))<当たり前?
2010年02月25日
閲覧総数 5
42

ツーことで、昨日は病院に行った後ぷらぷらと散歩に行ったりしたんですが、お他所でもケッコウ沈丁花の薫りが漂っており、薫りで春を感じる気分でした。でも、まだ季節は春本番とはいかず、梅の次に咲くはずの杏子はまだまだ咲く気配もありません((+_+)) まぁ、彼岸まで半月ありますし、これからってことですかね?今日は夕方から雨らしく、どんよりとした雲に覆われ、時折陽射しが射すんですが、あまり期待できそうもありませんね((+_+)) ツーか、その雨が明日の明け方にやむと20度以上に気温が上がるってのも迷惑な話ですね((+_+)) いや、その気温が続くんなら嬉しいんですが、明後日以降また気温が下がるって言うんだから、あまり上がり過ぎないでいて欲しいですね。ところで、昨日テレビで6年前にイラクで人質になった人が取り上げられていました。当時は小泉さんが「自己責任だ」と非難したことからメディアもパンピーもこぞってお先棒を担ぎ、尻馬に乗っかってエライバッシングの嵐でしたよね?別に物見遊山で行っていたわけでなく、戦争孤児などの支援活動のためにイラクに行って、不運にもあのような事件に巻き込まれたんですよね。正直「自衛隊のいるところが非戦闘地域だ」などと詭弁を弄してまで自衛隊を派遣しても、湯水のように税金を費やしただけで、他国のNGOなどの支援活動と比べると非効率で、心身のケアなどの木目細かい活動などはほとんどできていなかったと聞いています。つまり、自分の身を守るための兵器や武器を携帯してノルマをこなすだけの支援よりも、身体一つで現地の人たちの中に飛び込んでいくようなボランティアの方がより親密でありがたく思われるんだろうと思われます。ツーか、自衛隊の派遣は法律で定められ、法律で定められた通りにしかできないことで、あるいは法律に定められたようにしないといけないからやっていた面もあると思います。命令でなく、率先してイラクに行った人がどれほどいたのかは分かりませんが、少なくともイラクで見聞した悲惨な状況について言及したのを聞いたことはありません。戦争の悲惨さを国民に知らしめるつもりもないんですかね?話がずれてしまいますが、何度かここでも書いているようにあっしは「9.11」は「テロリスト」のみで行われたものではなく、いわゆるアメリカの「ネオコン」と呼ばれる軍需産業に近い人たちが深く関与してるように考えています。被害の状況から一般に言われているような「ハイジャックされた旅客機が突っ込んだ」事件ではなく、計画的な「ビル爆破」だとしたらホントの恨みの矛先は当時のアメリカ政権の首脳たちに向けられるべきなのかもしれません。アルカイダの「オサマ・ビン・ラディン」などはまるでアメリカのエージェントみたいでしょ?丁度幕末のころの本を読んでいるから感じるんだけど、「9.11」以降の「対テロ戦争」って水戸・長州・薩摩対英米などの外国艦隊みたいな感じで、在日した外人が殺傷されるたびに徹底的な報復を下すようなもので、個人レベルでは対抗できても国レベルの組織としては全く歯が立たない相手です。いわゆる尊王攘夷が非現実だったように欧米諸国への「テロ行為」も非現実的で、却って悲惨な状況を招くだけです。むしろ、武器や兵器を消費する目的で戦争をしたと言う方が分かりやすいですね。的に当たる当たらないと言うよりも兵器や武器が費消され、新しい武器や兵器の需要が増えることこそ「ネオコン」の喜ぶところであり、「一般市民」がいくら死傷しても関係ないってことですね。とにかく大義名分を掲げて武器や兵器を費消したいから、「オサマ・ビン・ラディン」は永遠に捕まらないし、「テロ行為」は終わりません((+_+))まぁ、小泉さんはこういうアメリカの思惑に賛同してたわけだから、自衛隊派遣の障害になる世論をぶっ壊すために「自己責任」発言をしたのかもしれませんね。あるいはもっと酷いなら人質事件さえも「ネオコン」などの「芝居」だったかもしれません。実際日本人が銃撃されて殺されたり、のちの人質事件では殺害されていますが、これらも日本の世論を「テロリスト憎し」に持っていくのに役立ちましたよね?<おひおひ!! イラクの人が何万人と死のうとも心を動かさない人も、ホンの数人の日本人の死者で一気に燃え上がったりしました。これも一種のナショナリズムかと思いましたが、ホントやるせないですよね((+_+)) 他方「自己責任」という言葉は「危険地帯に立ち入らせない」と同時に「現地で起きていることを国民の目から隠す」のに使われたように思われます。多くの誤解もあると思うんですが、日々多くの人の命が奪われ、心の傷に苛まれ、途方に暮れながら生きていかざるを得ない人たちにどういう救いの手を差し伸べるべきなのか、誰も考えていませんよね?これはイラクだけでなく、アフガニスタンもそうだし、パレスティナのガザ地方もそうですよね?話を思いっきり元に戻すと、こういう「よらしむべし、知らしむべからず」目的のために発せられた「自己責任」は本来の意味に戻るべきだと思うんですよね。つまり、何らかの使命があるわけでもなく、興味本位などで危険な行為を行った場合に用いられるべきですよね?例えば、天候を無視して登山して遭難した場合とか、ふざけて高所から転落した場合とか、管理責任を問う前にそういう危ない場所で危険なことをした当人の責任を問うべきでしょ?これは体罰問題などとも絡みますが、回復不能な怪我を負った場合を除き、軽く叩いた程度で大騒ぎするんでなく、叩かれた理由を十分反省させ、己の教育の至らなさを反省すべきですよね?少なくとも「不幸な人々を支援する」という目的で活動する場合はこの「自己責任」の範疇ではないと思うし、万が一の時にも「責任をとってくれ」と言わない限りは自分で責任をとっていることになるんじゃないですかね?人質になっていた人が「生きて帰ってきたのが間違いだった」と思わざるを得なくした責任はその人にあるのではなく、小泉さんの配慮のなさのように思いますね。…って違うかしら?(^^ゞ
2010年03月04日
閲覧総数 11
43

ツーことで、今日は二十四節気の大寒です。いつものようにこよみのページでみてみると「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也(暦便覧) 一年で一番寒さの厳しい頃 。逆の見方をすれば、これからは暖かくなると言うことである。春はもう目前である」とのこと。この暦とは裏腹に昨日に続いて今日も冬とも思えないような暖かな陽射しに恵まれています。この暖かさは明日までで、その後は再び厳しい寒さが訪れると言うので、今から少しブルーです。三寒四温というのは春に向かう期待に満ちていますが、昨日今日明日の気紛れな暖かさは寒さの厳しさを際立たせるための「隠し味」っぽいですね((+_+)) あっしの風邪も一息つくことができてるみたいですが、明後日からの寒さでぶり返したり、こじらしたりしないか今から心配です。ツーか、熱が上がったりしないために風邪が抜けないのかなって懸念してるんですが、ちと見てみたら熱が上がれば上がるほど免疫力が上がるので体温が低い状態は風邪のウィルスにやられている状態で、熱が上がるのが治ってきてる証左らしい。こう考えるなら熱が上がり過ぎた場合には多少冷やす必要はあるけど、微熱程度なら解熱剤とか使わない方がキチンと治るんでしょうね。それに治りかけの時期ほど他の人への感染力が高いというし、少し自重気味でいるのが良いのかもしれませんね((+_+))ところで、昨日はメッサ暗くなる計算をしましたが、根本的に我々は長生きをしてどうしたいのでしょう?子や孫が育っていくのを目を細めて眺めることができれば生き物としての使命を果たしたことになるでしょう。それ以外の使命というのはほとんどが二義的なものじゃないですかね?学術的な解明のための研究が果たせないために未練が残る場合などなら後継の人々に託し、彼らが果たすための道を作ったことに意義があるんじゃないですかね?他方、後継の人がいない場合はもはや必要のないことにしがみついていたのかもしれません。よくなくなることが残念だという人がいますが、そういう人たちがホントになくならないように努力していないことも多く、単なるリップサービスだったりしますからねぇ…(^^ゞ もちろんなくさないために何をすればいいのか分からなくて手を拱いている間になくなってしまうこともありますが、なくなって特に不自由しないこともケッコウありますよね?あるいは代替のものがあってどうにかなることもあるし、むしろそれによってよくなることもあります。こう考えると人の場合でもケッコウ「替えが利く」わけで、家族などの「掛け替えのない」関係でさえも時として「替えが利く」こともあります。こういう自分にとって重要性が誰からも求められないがゆえに足掻いて、自分の居場所を確保しようと躍起になったりしますが、自分が他の人にしていることを裏側から見るなら、それがいかに見苦しいものかわかるでしょう。そういった意味からすれば恬淡として執着を見せない方がむしろ他の人から残念がられるんじゃないかな?残念がられても「後追い」されるほどの人は稀だし、むしろ「後追い」されることは迷惑だったりします。ツーか、冷たい言い方をするなら「他の人がどう思うのか」を考えてのことであり、ホントに自分がそう思ってやっているとも思えないんですよね。そう考えるなら、自分のためじゃなく、他人の眼のために生きてるとも言えるんじゃ?ここまで来るとなんか違うようにしか思えないんですよね(^^ゞまぁ、まだ本調子でないので不遜なことを書いていますが、ある程度社会的責任を果たした人が「これ以上は好いや」と思った時点で「卒業」するのは悪くないと思うんです。「これ以上はもう良い」というのに無理し続けないといけないのってどうなんでしょう?無理し続けるから少子高齢化が酷いって言うことになるのにね(^^ゞ 生きていてもこれと言って意味がないのに、無理やり生き甲斐を見つけようとし、それで生きている意味があるんですかね?長生きすること自体が生きている意味でしょうか?自然体に生き抜くことが大事だと思うんですが、いかがでしょうか?
2010年01月20日
閲覧総数 5
44

ツー感じの一日でした。昨日の予報では昼頃から大雨だって言うから水撒きもサボれるし、遊びにいけるとウキウキしていたのに、全くの期待はずれ。起きたときに曇りがちだったけど万が一降らないと困るからってことで眠い目をこすりながら水撒きを始めて3分の1くらい終わったところでパラパラ… 雨が降っているのに水撒きってのも変だから止めたらどうも様子がおかしい。天気予報も明け方のと昼のとでは大違いでどうも雨がないという。とはいえ気温もそんなに高くなさそうだし、曇りがちだから一日くらいは大丈夫だろうってことでバックレることに<おひおひ!!「楽天」のメンテが11時まであるからそのあと「日記」をサクッと書いて気晴らしにいこうと思ったんだけど、これまた期待はずれ。いきなり15時まで伸びるって危機管理甘いんじゃないのか?<「楽天」 この時点でやる気全くなし。遊びに行って帰ってきてから書けば良いやってほとんど投げやり状態。だって、珍しくネタがいくつかあってそのうちのどれにしようか迷っていたのに、いきなり出鼻挫かれてしまったからねぇ… こういうときは頭を空っぽにしないとイケないからってことで(誰が決めたんだ?)ちょいと現実逃避へ(^^ゞ先月はほとんどいけなくて新刊コミックが読めなかったのがストレスになっていそうだったので、漫画喫茶に行って新館を6冊くらい読んで、そのあとは「SLAM DUNK」に浸ってきました。確か前にも触れたような気がするんで紹介はしませんが、読んでいて気持ちが良いんですよね(^o^)v まぁ、気晴らしには丁度よいって感じですかね。物事がうまく行かないときは何もかも放り出すのもよいかもね<って放り出しすぎじゃ!(爆)
2004年08月03日
閲覧総数 6
45

ツーことで、今日も青空が広がり、陽射しあふれる好天です(^o^)丿 けど、空気はひんやりしてる?天気予報によるとこれで平年並みのようなんだけど、昨日と比べると4度くらい気温が下がるらしい((+_+)) そのせいか、調子が悪い((+_+)) 暖かだった昨日だって調子悪かったけど、それ以上?((+_+)) いや、それ以下ってことか?((+_+)) 一体何なんだろう?((+_+)) こよみのページによると、今日は「大津事件記念日…1891年(明治24年)に滋賀県大津市で来日中のロシアのニコライ皇太子が、沿道警備中の巡査津田三蔵に切りつけられる「大津事件」が発生した。政府は、日露関係の悪化を恐れ「大逆罪」を適用し死刑にしようとしたが、大審院の児島惟謙院長は「刑法に外国皇族に関する規定はない」とし、普通人に対する謀殺未遂罪を適用して無期徒刑の判決を下した。これにより司法の独立が守られた」、「長良川の鵜飼い開きの日…岐阜県の長良川で鵜飼いが行われる初日」、「朔太郎忌…大正・昭和期の詩人、萩原朔太郎の1942(昭和17)年の忌日」だとか。ところで、(第2別館)でも触れたけど、昨日はAKBGのドラフトが行われたようだ。具体的なことはいろいろな実況で見ていたんだけど、感じたのはしがらみがあるんだろうなってこと。ドラフト前に指原があれこれ問題提起をしていたが、いざ始まってしまえばそれすらも忘れてしまうというか、結局はメンバーの代弁だっただけということだ。ある意味、指原がコメントすることでガス抜きするとともに周知するというものだ。この辺りは他のメンバーがやるとさして話題にならなかったり、非難されるだけで終わってしまうが、指原の周りのメディアが放っておかないから一気にコンセンサスができてしまう。この辺りのシナリオって誰が書いてるのだろう?(^^ゞ<おひ!…って話がそれたが、47人の候補者のうち指名されたのは24人だった。前回が29人中20人指名(後日1名辞退)されたのと比べると、指名されずに涙をのんだ候補者が多くなった。とはいえ、指名されずに捲土重来を誓うのと、指名された後に鳴かず飛ばずに終わるのとどっちがいいのかって話もある。前回のドラフトから1年半が経ち、その半数以上が埋もれたままになっている。これは組閣などによりミスマッチになってしまったこともあるだろうし、育てようとしてたメンバーがいなくなったこともあり、結果として育成が巧く行かなかったということだろう。ツーか、当初即戦力と持ち上げながらも、いざふたを開けてみたら研究生とどっこいだったから鍛え直してる最中だってこともあるだろう。つまり、ドラフトという「特別扱い」によってハレーションもあるだろうし、ある意味「懲りた」のかもしれない。もしくはドラフトの意味をやっと理解して適正な選択をしたともいえる。今回はいきなり正規メンバーになれるわけでなく、「チーム付きの研究生」ということになっているが、グループで合同で育成にあたるというのが暗黙の了解のようだ。実際研究生であれば一つでも多くの公演に出た方が成長も早いわけで、所属するチーム以外の公演にも出られるようになればその方がいい。少なくともドラフト生同士での競争になるのだから、これも成長を促すことになる。この成長のスピード次第で昇格の時期が変わるのも当然で、昇格の時期までに組閣やクラス替えなどが行われたら、昇格先のチームが変わることもやむをえまい。むしろ前回のドラフトのように硬直的な方がおかしいのだ。ツーか、ひとつのチームに固定してカラーを固定するのと、いろいろなチームで様々なスキルを身に着けるのとどっちがいいのかって話にもなる。まぁ、これはドラフトに限った話でもないので今回は端折るけどね(^^ゞ現行ではAKBとNMBには研究生がいない。SKEは7期生がいるがやっと劇場デビューが始まった程度。HKTは7人しかいないので研究生公演ができない状態。つまり、どのグループもまともな研究生公演ができない状況なのだ。まぁ、SKEはしばらくしたら研究生公演ができるようになるが、先輩メンバーが全員昇格したのでまともなものになるのかちと心配になる。AKBとNMBはアンダーとして通常公演に出るくらいしかないので、出られるまでに時間がかかるのではないかな?HKTの場合は通常公演の他にひまわり組公演があり、比較的ハードルが低い。何より3期生が研究生として頑張ってるので、追いつき追い越せでモチベーションが保てそう。ツーか、3期生を追い越さないと昇格できないという理屈があるから心が折れたりもしないだろう。何より3期生の方が負けて堪るかとより頑張りそうだよね?結局悪法も法なりというか、どんなに不満があろうとも、やるからには最大限に利用すべきなのだろう。もちろん、次回に向けて改善点などを発信するのも忘れない。唯々諾々としてるだけでは誰も幸せにならないってことなのかもしれない。まぁ、こういうことも理解できない人もケッコウいるみたいだけどね(^^ゞ
2015年05月11日
閲覧総数 31
46

ツー訳じゃないけれど、「大盤振舞」ってことで年賀状代わりに皆さんのもとへ「お届け」したものは掲示板(青)に再掲してありますが、毎回野暮なことだとは思うんですが、「お届け」したそれぞれについてチョイとコメントをしてしまおうってことです(^^ゞ 今回のは年末に降った雪のせいか、そのイメージがこびりついて抜けなくて、その静謐さや冷たさがベースになって、そこからどうするかってものが多くなりましたね。いうなれば「冬来たりなば春遠からじ」ってことですかね?ツーことで、「雪ウサギ」以外の10編についてコメントしましょう。「冬の星空」昨年はイロイロと自然災害があったりしましたから、「もうこれ以上は酷いことにならないで下さい」ってのが正直なところじゃないでしょうか。まぁ、あっしは神秘的(?)な蠍座ですが、星の神話ではそのサソリとオリオンの諍いってのは有名で、互いを避けるように夏の天空に禍々しく紅く光るサソリと冬の大空に清々しく光るオリオンってのは対照的ですよね?そのサソリの星のもとに生まれたものがオリオンに願いを込めて祈るってのは「これ以上悪くしないで」ってことでしょう。あまりに熱心に祈る姿にオリオンとて悪い気はしないけど、自分でどうこうするのは意地もあるので、流れ星を遣わして願いをかけなさいってしたんでしょうね。願いは叶うんでしょうね。「初詣」恋人同士で初詣ってことで振袖を着ていったのはいいけれどあいにくの雪。ホワイトニューイヤーってロマンティックかと思ったけど、実際には足下が悪くて歩きにくいだけじゃなく、足袋が濡れてそこから冷えてくる。ふたりきりのはずが人ごみで気分も悪くなりそうになるって、今年の初詣ではケッコウあった風景じゃないかしら?そんな彼女に気がつかないのは論外ですが、なすすべもなく人ごみに飲まれてるってのはカッコ悪い。人ごみから抜け出してチョイと休める場所を見つけて、温かい飲み物を用意するくらいじゃないとダメですよね。モチロンさりげなくってのが重要ですが(^^ゞ「鶏」今年の干支が酉と言うことで頂いた「お題」ですが、鶏といえば「飛べない・飛ばなくなった鳥」じゃないですか。まぁ、家禽としては飛ばれたら困るってのはあるけど、単に玉子を生むだけのブロイラーなんかは論外としても、闘鶏に使われるとしても何のために翼を持つのかってのはあるでしょう?何か平凡すぎる人生に縛り付けられた人を暗喩しているようにも見えませんか?だからこそ飛び方を思い出すってのが重要で、自分らしい生き方を見出すってことになると思うんですよね。「雲」実はちょいと前に「空と雲」ってので雲に乗って遠くまで行くって感じで書いていたんで、これと同じのを書くのはどうだろうってのがあったんですよね。で、雪を降らせた鉛色の雲が徐々に晴れていく様を描いたらどうだろうって… 雲の切れ間から一条の光が差し込み、それが徐々に雲を駆逐していき、やがて青空になる。その青空にぽっかりと浮かんだ雲はもはや荒々しさとは無縁で、その雲に乗って旅できそうな感じに見えたりするんでしょうね。陽射しは冬の終わりと春の訪れを告げているのかもしれません。「虹」こちらも「雲」に似た感じですね。降れば土砂降りというけれど、気持ちを重くするような雨が上がり、風が雲を蹴散らし、穏やかな陽射しが差し込んでくる。その陽射しが虹を生み出すけど、虹の彼方には幸せが隠れたりしているのかなぁってことで、前髪しか持たない幸運の神様が通り過ぎる前に、今度こそしっかり掴んでみせるって気持ちも湧いてきたのかな?もう後悔の涙なんて流さないからって…「今年もふたりで」これまでもずっと二人で過ごしてきたからか、なんとなく当たり前のように思えてしまうけど、考えてみたら独りで生きていくってことはもうできないんじゃないかなって感じたりしたさまでしょう。ふたりだからこそ安全策もとれば冒険もする。一人だったらどうだっただろう。ちょっと想像もできない。一人だったら挫けてしまいそうなこともふたりだったら大丈夫だ。二人だからこそ力が発揮できる。これって幸せですよね?「冬の色」「雲」や「虹」で晴れていく前の風景ってことですかね?青春・朱夏・白秋・玄冬ってことからすると、冬というのは死に絶えた風景なんですよね。冬に同化してしまいそうな人の心というのは何かを喪失した傷心ってことでしょうが、生きている限りはその瑕も癒えるんですよね。深い雪の下にも命の息吹が潜んでいるように時がたてばその息吹が顔を出してくるんですよね。まるで牢獄のような冬に囚われた心もいずれは… でもまぁ、「雲」や「虹」で復活の様を書いているのにここでも描くことはないかなってことで癒される様は割愛しました(^^ゞ「初夢」今年は曇りがちってことで初日の出が拝めなかった人も多いことでしょう。初詣に行った後に車を飛ばして初日の出を拝もうってデートコースを考えていた人には痛かったことでしょう。厳かな気分になるはずが単に寒いだけってことで喧嘩しちゃうかもしれないし… 喧嘩して不貞寝して見た初夢では計画通りにウマく行ったデートだったりしたら… つまらない意地など張らずにキチンと謝って仲良く過ごしたほうが良いんだって思いますよね?で、大慌てで彼女に電話してってことになるんでしょうね。「いつの日か」春といえば卒業・新入学、異動や転校などで別れと出会いの時期ですよね。遠く離れた土地に行く時にはどうしても不安になりますよね。「友達たくさんできるかな」ってのはお子さんを持つ親御さんなら誰しもが抱くものでしょう。でも子どものほうはケッコウ逞しいもので、今までの友達と再びあう時までにたくさんの友達を作りあっていればお互いの友達がそれだけ増えるって思ったりする。「友達の友達も友達」なんだからってことですね。こうやって広がる友達の輪が果てしなく広がっていったら… 案ずるよりも産むが易しってことかもしれません。「道」もともとは「僕の前に道はない、僕の後の道はできる」ってのからの借用です。これまで歩んできた道程ってのはみっともないくらいにあっちにフラフラこっちにフラフラしていると思っていたのに、ふと立ち止まって振り返ってみると迷いがなかったようにまっすぐな道だったりする。その時々は血を吐くくらいに苦しみ悩みまくったこともすべてアプリオリだったのか?どんなに揺れても自分は自分、大した揺れにならないのかもしれない。もっと自分に自信を持ってもいいのかもしれない。過ちを恐れず、前を向いて歩んで行こうってことですね。こんな感じが今年の「大盤振舞」です。「雪ウサギ」はちょいと別格というか、これまでに何度も「日記」で取り上げているんで並列で語るのは違うような気がするんですよね。まぁ、「雪ウサギ」も「春遠からじ」の一つであるような気もしますが、初春ですから、辛い冬に耐えて春を迎えるって感じになるのは自然かもしれませんね(^o^)v
2005年01月02日
閲覧総数 4
47

ツーことで今しがた帰って来ました。一応クリックで救える命があるで今日の分のクリックをして、「日記」を書いて、余力があれば巡回やレスをしようと思っていますので、その辺のところはご容赦くださいませ。で、分量的にもアリバイモードってことに…(^^ゞ まぁ、年初と言うことでちょいとお茶をひいた感じだったんで、ついつい遊びに行っちゃたんですが、年末から怒濤のような「お篭り」でさすがに相当読んでしまったというか、それでもまだ読んでいない本も多いんですが、今すぐ読みたいってほどのものは少なくなってきましたね。で、今回は前から読もうとしていた「ヒカルの碁」とか「なるたる」とか読んだりしたんですが、これらについてはメモ取っていないんで、登場人物とかうろ覚えなんですよね(^^ゞ テレビアニメにもなった「ヒカルの碁」は平安時代の碁の名人が霊魂となり囲碁などまったく知らない小学6年の進藤ヒカルに取り憑いてめきめき強くなっていくというもので、もう少し読みたいなって気分になったんですよね。とはいえ話の流れからするとこれ以上引っ張るのは苦しくなる感じですし、いい塩梅で終わったということなんですかね?「なるたる」ってのはSFで龍の子と呼ばれる不思議な生物を巡り、この生物と意思の疎通ができる子どもたちが暴走する側と阻止する側に分かれ、これに各国政府の思惑が絡んでとんでもないことになっていったりするんですよね。こっちのほうは途中で登場人物のトレースが今ひとつウマく行かなくて(^^ゞ まぁ、こんなもんかと…まぁ、他にもいくつか完結していないのも読んだんですが、それは評価がしにくいからオミットして、唯一メモしたのはひかわきょうこの「彼方から」ってモノです。サラリーマンから作家になった父親を持つ高校生の立木典子は少々想像力が豊かな少女で、何日か続けれどこか見知らぬ土地の夢を見続けていた。ある朝、典子は連続爆弾魔の仕掛けた爆弾の爆発に巻き込まれ、何一つ残さずにどこかに消えてしまう。この爆発で典子は死んだのではなく、異世界に飛ばされてしまう。全く言葉の通じない場所で出会った青年はイザークといい、子どもの頃からこの世を滅ぼすことになる「天上鬼」になるといわれて育てられ、「天上鬼」になるきっかけとなる「目覚め」が現れる場所を占いで調べて待ち構えて殺してしまおうと思っていたのだが、「目覚め」が現れるべき場所に現れたのが小娘の典子だったために殺すに忍びなく、ついつい典子を連れて逃げてしまう。というのは「天上鬼」を顕現させる「目覚め」を手にしたモノが世界を征服するともいわれており、各国が血眼になって手に入れようとしているからだった。「目覚め」が現れたことで世界中が血なまぐさくなっており、そんな中、典子とイザークは世界を破滅に導くのか、それとも…まぁ、典型的な異世界もので、女子高生が一人っきりで流され、イザークという同行者とともに旅を続けるんですよね。典子とイザークは旅する先々でトラブルに巻き込まれるんですが、二人の正体など知らない小悪党が二人を痛めつけようとして返り討ちにあったり、「目覚め」らしい典子を手中に収めようとするものや「天上鬼」となるイザークを捕らえようとするものも現れます。おそらくは個々人の野望が肥大化し、理性的な政治家などは失脚し、悪辣非道な者たちの専横がなされたりするんですよね。そんななかで「天上鬼」を顕現させる「目覚め」って一体何なのかってことになっていきます。「天上鬼」にするために典子である意味などあるのだろうか?あるいは他のものへと変化していくための「目覚め」なのか?その辺のところは実際に読んで楽しんでもらいたいんですが、一つだけ気になったというか、他の作品などでも感じたことなんですが、邪悪な存在と言うとなぜ人類を滅ぼしたりすることを目指すんですかね?世界を破壊しようと思っているから邪悪なのか?まぁ、素朴な疑問なんですが、どうなんですかねぇ?
2005年01月06日
閲覧総数 5
48

松が取れたと思ったら三連休ですね。ツーてもあっしには関係のないことですが(^^ゞ<毎日が日曜日 年末年始って自分が休んでいるときには長いほうが嬉しいと思っていたけど、自分が休むほうじゃなくなる(いつもと変わらないってことね)と、あちこちが休みで面白くないって思ったり、不便で困ったりするもんですね。まぁ、連休明けには平常通りに戻るんじゃないかなって思いますが、そういえば不思議なことにここのアクセスがあまり減りませんでしたね。年末にあんなことがあったから出かけるのを辞めてネットで遊んでいる人が間違って来ちゃったのかな?どうも変な気分です<おひおひ!!まぁ、変な前振りはこの辺にして、4日から7日にかけて夕刊に「わが家の教育費」って連載記事が載っていたんですよね。朝刊には「少子に挑む」という少子化対策の連載が続いていますが、教育の問題もケッコウ少子化問題と関っているんですよね。ツーのは教育費の負担がバカにならないから子どもの数を増やせないって一面もあるんですよね。実際10年位前には世帯の年収に対する教育費の負担割合は20.9%だったのが33.4%にまで跳ね上がっているんですよね。これは教育費の金額自体が増えたというよりも収入が大幅にダウンした結果であるらしい。いわゆるホワイトカラーの管理職は同時期にほぼ半減しているようだし、終身雇用制が崩壊し、能率給が浸透するにつれて自然と収入が減る方向に向かっているみたいですね。つれて、より狭き門となった「成功者」を目指すために二極化がおきているという。すなわち、小学校くらいから有名私立校に入学させるために予備校通いさせたりする一方、学歴などには背を向けて手に職をつけようとするケースも増えてきているという。一方で、親のほうの都合から見てみると、昨今の晩婚化、出産の高齢化などの当然の結果として子育て=教育費のピークを定年後に迎えるということも増えるだろうってことです。これについては5日の夕刊に、高齢出産で退職した38歳の主婦と40歳の夫が3歳の長男と0歳児の長女を大学に入れるとどうなるかを試算した結果が掲載されている。一応夫は60歳で定年を迎えて退職金をもらえるって前提ですが、長男が大学に入学する頃からグンと負担が重くなるのに、収入は目減りする一方で、長男が社会人になり、長女が大学に入る頃には定年を迎えることになるんですよね。詳しい数字についてはあれこれ書きませんが、60歳以前に定年でなくリストラされたり事業に失敗したらどうするんですかね?一応大学のみ私立という試算ですが、小学校くらいから私立に通っていたらもっと厳しい結果になるんじゃないかって思うんですよね。このモデルでも夫婦揃って寿命通り(夫78歳、妻85歳)に生きたとすると約800万円もの借金が残るというんです。つまり、教育費によって老後資金を食い潰されてしまうってことですね。このモデルは夫の年収が700万円で、妻もパートにでるってことでしかも共稼ぎをしていた頃の貯金が1500万円くらいあるって前提ですから、ある意味余裕がある家庭ってことですよね?それが子供二人を大学まで行かせる(しかも大学のみ私立)だけで老後の資金がなくなるくらい大変な目にあうってことですから、現実問題としてはもっと厳しい状況に直面しなくてはいけないんでしょうね。というのは子供が大学を出てすぐ働くとは限らず、パラサイトして大学院や専門学校などに行き続けたり、フリーターとして親の脛を齧りまくることだってあるわけですからね。一方で、公立学校では教育に不安があるということで海外に留学させたり、インターナショナルスクールに通わせたりする人もいるし、身近の私立校に通わせる人も多いでしょう。仮に二人の子供を私立校に通わせるとそれだけで年間数百万単位のお金が必要になるわけですから、先ほどのモデルよりもかなり速い時点で収支が赤字に転落するんでしょうね。この赤字ってのは親の老後資金ですから、将来に暗雲が立ち込めるってことになるんでしょうね。今の老人というとお金持ちってイメージがありますが、これから老人になっていく人たちはケッコウ借金まみれだったりするんでしょうね。リストラだの年金受給の削減だの、悪いことだらけなのに子どもは子どもで金食い虫の割りにまともに勉強もしなければ働きもしないでぶらぶらとしており、親の老後資金を喰らい尽くそうとしているんですから堪ったもんじゃいないですよね?そんな悲惨な目にあう前に、速めに子供を育て上げて老後の面倒をしてもらえるように躾けるのが良いんだってことなのかもしれませんが、そうそう簡単なことじゃないんですよね?自分たちだって親の介護とかやる余裕もないのに、子どもたちには面倒を見ろってのは身勝手なことですからね。そういえば上のモデルでは家のローンとかはあったけど、親の扶養とかそういうのは含まれていませんでしたね。寝たきりになったり、障害を負ったりした場合のモデルとか考えたらメッサ暗くなりそうですが、ありえない話じゃないだけに目を逸らしちゃ拙いんでしょうね。とはいえ、上のモデルでさえもケッコウ暗くなりそうですが…(^^ゞ まぁ、状況が厳しくなる前にしっかり考えましょうってことで、転ばぬ先の杖ってことなんですかねぇ…
2005年01月09日
閲覧総数 6
49

いわゆるハッピーマンディと称する連休を多くしようって政策のために数年前からかつては1月15日だった「成人の日」が1月の第2月曜日になったんですが、どうも馴染めません。小さい頃は何の休日かなんて関係なく、休みであればそれだけで嬉しかったもんですし、今でも大方の人がそうなんじゃないかなって思います。1月15日というのは古来は上元ということで「長安異神伝」なんかでも出てくるんですが、日頃は夜間外出禁止の長安の街が上元の頃だけは夜通し外出できるってことだったようです。そういう日を「成人の日」にしたってのはそれなりの意味がそこに込められていたはずなんですが、それをかっ飛ばすだけのものがあったんですかねぇ?まぁ、あっしとしては1月15日というとラグビーの日本選手権が行われる日ってイメージが強いですね。大学日本一と社会人日本一が激突してその年の日本一を決めるってモンですが、まぁ、最近は社会人と大学生の差が広がりすぎてそれぞれのナンバーワン同士が激突するってものじゃなくなったんですが、やたら仕組みを弄くったせいか、却って面白くないものになっちゃったんですよね。アメリカンフットボールはいまだに1月3日にライスボウルという学生vs社会人という日本一決定戦を行っていますが、こういう一発勝負のほうが絶対面白いと思うんですがねぇ… ちなみにライスボウルは対戦成績がほぼ互角ってことですが、かなりのマイナースポーツになっちゃってますからねぇ…ラグビーの話に戻ると、最近は早稲田、関東学院、同志社、法政が大学選手権の上位校ってことになっています。かつては明治、慶応、大東文化などがいたんですが、どうも最近はパッとしないようですね。今年などは早稲田が頭抜けてるような感じになっていたけど、これって大学ラグビー全体のレベルが落ちているからこういうことになったんじゃないかなって思うんですよね。その大学ラグビーよりも格段と強いといわれる社会人ラグビーもW杯など外国勢と闘うと赤子の手を捻るようにやられてしまうんですよね。つまり、社会人ラグビーのレベルもそう高くはないってことなんですよね。これはいわゆるリストラで企業が保有しているチームを休部や廃部にしてしまい、ラグビー選手の受け皿が極端に減っていることにも関係するんですよね。以前はラグビーで実績があればそれなりの会社から引っ張られたのが、それも容易ではなくなり、ラグビーに対するモチベーションが下がってきているから高校、大学とレベルが上がらずに、社会人ラグビーまで地盤沈下してしまっているってことじゃないかしら。それくらい魅力が失われちゃったんでしょうね。早稲田出身ではないけど、早稲田フリークのあっしとしては昨日の大学選手権の決勝で早稲田が勝ったのは嬉しかったんだけど、先々のことを考えるとスポーツ界ってどうなっちゃうんでしょうね。一生懸命に頑張ってもヘタに怪我なんかしたらそれっきりでしょ?それでも頑張るってモチベーションがもてるような環境に今はないから、裾野が広がらないような気がするんですよね。これってラグビーだけの問題じゃなく、野球でもサッカーでも同じように抱えている問題で、そこに飛び込んでいくだけの魅力が失われているんですよね。まぁ、スポーツに限ったことではなく、漠然とした未来、将来ってモノに対して今の子供たちが抱いている不安ってのはとんでもなくでかいもので、それを誰も解消してくれないし、自分でどうにかできるもんじゃないからフリーターとかニートとかになってあちこちを彷徨ったりするのかもしれませんね。論語に「子曰わく、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。」ってのがあります。あっしなどは不惑を超えているんですが、孔子の言う「学に志す」レベルにも達していないんじゃないかって不安に思うことがいまだにあります。これって自発的に目的を持って学ぼうとするものであって、今の日本人ってヘタすると一生縁のないものだったりすることもあるんですよね。三十歳でそれなりの目途を立て、四十歳で軌道に乗り、五十歳で方向性に間違いがないことを確信し、六十歳で我武者羅さが消えて周囲との融和ができるようになり、七十歳にもなるとやりたいと思うことが周囲と摩擦を起こさなくなるってことですかね。まぁ、この年齢ってのはあくまでも目安で、各人がそれぞれのスピードで見極めていくことですよね。で、この言葉のうち成人ってのはどこかというと、「学に志す」か「立つ」ところですかね?自分の生きる方向を見定めて、そのための知識やノウハウを蓄積し、一人立ちする目途を立てることができれば一人前ってことですが、昨今では自分の生きる方向を見定めることすら出来ていない人が多いですよね。って、あっしもそのうちの一人になるのかもしれませんが、とにかく、どこに向かっていけばいいのかが見えないようになってきているんですよね。とりあえず生きていくことは出来るけど、自分が目指すものなどどこにもないって感じているんでしょうね。今日は「成人の日」であちこちで成人式が行われたりしていますが、そのほとんどが物理的な時間としての成人式であり、精神的な時間としての成人式じゃないんですよね。だから、式典で暴れたりするんでしょうね。あれって「自分は子供だ!」って大声で叫ぶようなもんじゃないですか。社会的に大人として認められるくらいには理性も知性もあり、TPOを弁えているって言うミニマムの成人というレベルにも達していないんですよね。今ある現状がよくないものだというのならそれを変えていこうとする努力をすべきで、単に駄々を捏ねて暴れているのは幼稚園児と変わらない姿だって自覚すらないんですから情けないです。世間から大人と言われたいのならもう少しTPOを考えるべきだし、大人になりたくないと言う意思表示であるなら大人にだけ認められているものをすべて拒否するくらいの潔さが欲しいですよね。酒やタバコなどそれなりの責任の見返りに認められているものを楽しみつつ、一切の責任を拒否するのは筋が通らないんですよね。大人としての責任を全うしながら大人であることを拒否するそういう精神的な強さの裏づけがないバカ騒ぎには賛同するべきものなどないですよね。ツーか、そういうものすら示しえない、彼らの先輩世代の責任なのかもしれませんね<自戒
2005年01月10日
閲覧総数 6
50

夕べネットのニュースを見ていたらちょいと気になる記事があったんですよね。どういう記事かというと、旧日本軍の慰安婦問題を裁く民衆法廷というものについてNHKが特番を2001年1月に放送することになったんですが、この放送前に当時官房副長官で今は自民党幹事長代理の安倍さんや経済産業相の中川さんらが「公正中立な立場で放送すべきだ」と指摘し、これを受けたNHKが「独自の判断で」編集しなおして放送したため、民衆法廷を主催した市民団体「VAWW―NETジャパン」の西野瑠美子共同代表らは「約束通りの番組を放送する法的義務を怠った」としてNHKと制作会社2社を相手取り、東京地裁に損害賠償を求め提訴し、東京高裁で係争中なんだそうだ。この裁判でNHK側は「政治介入はなかった」としていたが、この番組の製作に関ったスタッフが内部告発窓口の「コンプライアンス推進委員会」に「放送内容に政治介入があった」などと内部告発していたそうで、原告側は「NHKは偽証していた」と反発しているらしい。ちょいと解りにくいけど、従軍慰安婦問題などは政府・与党レベルと市民団体レベルでは見方がまるきり違っており、問題となった民衆法廷というのは、あっしも昨日初めて知ったんだけど、おそらくは一種の模擬裁判のようなもので、「判決」は昭和天皇らの戦争責任を認め「有罪」としていたらしいが、当初は含まれるはずだったこの部分が実際の放送ではカットされていたようなんです。安倍さんや中川さんの目には「偏った内容だ」と映ったようで、彼らからしてみれば「公共放送で偏った内容の放送はされるべきではない」ってことなんでしょうね。問題なのはこれが放送前に一種の検閲みたいに行われたってことですかね?政府の中枢にいる人から「イカン」といわれれば、放送免許取り消しを恐れてこれに従うのが世の常ですよね?そういった意味では安倍さんや中川さんは放送前にアクションを起こすのではなく、放送後に「このような偏った内容の放送が流れたことは遺憾である」って声明を出すべきだったんじゃないのかしら?あっしとしてはイロイロな犯罪に連座制が導入されたりしているのを考えるならば、占領地の女性を従軍慰安婦として兵士の性欲の捌け口にさせていたことは赦されざる人権侵害であり、この最終的な責任者は戦争を承認していた昭和天皇にあるとしても強ち間違いじゃないと思います。まぁ、実際問題としては軍部の担当責任者レベルが処罰されるだけで、軍部大臣や首相、さらには天皇まで責任が追求されることなどないでしょう。でも、被害者の心情からすれば最高責任者である天皇のせいで春をひさぐようなマネを強要されたって思うんじゃないですか?天皇が戦争に反対していれば人権を脅かされるような目にも遭わなかったわけですし… でも、「我々は悪くない」と言い募る人々にとっては「従軍慰安婦など瑣末な問題」だろうし、人によっては「そんなものはデッチ上げだ」とまで言うかもしれません。「従軍慰安婦」ってのを「南京大虐殺」と入れ替えても同じことですよね?そういう人たちにしてみれば従軍慰安婦問題で天皇が有罪に処されるのは赦しがたいことなんでしょうね。彼らにしてみれば「天皇が間違うことなどありえない」んですから、天皇の瑕疵を論うような真似など赦せるはずなどないんですよね。だからこそ、事前に「公正中立な内容にしろ」という指摘をしたんでしょうね。ここで問題になるのは「公正中立って何?」ってことですよね?意見が対立しているときにその一方の言い分だけを取り上げるのは偏ったことですが、偏らないためにその両者の意見をともに取り上げないってのは正しいんでしょうか?「公正中立」であるためにはまず意見の対立があることを示し、次にそれぞれの意見の内容の紹介して、そのいずれの意見が正しいかは報道を見ている人に委ねるべきじゃないかって思うんですよね。マズイのはあたかも意見の対立がないかのように一方の意見だけを報道するもので、これだと他方の意見を抹殺する「情報操作」になりかねないですよね?かといって何も報道しないのではジャーナリズムの意義が失われてしまいますよね?この考え方からすると、上のNHKの対応というのは「意見対立などない」かのような報道に徹してしまったということかもしれませんね。仮に「偏った内容だ」と指摘された場合にどうするかってことですが、出来るならその放送の最初か最後に指摘した人に「なぜこの放送は偏っているのか」ことについて語ってもらえば好いと思うんですよね。結果的には両論併記みたいなものですが、指摘をしたほうがこれを拒否したらそのまま放送しちゃえば好いんじゃないかって思うんですよね。だって、正当な根拠があればキチンと論破できるでしょうし、それができないというのは正当な理由のないものである証左になるからです。そもそも報道というものは世間に知られていないものを知らせるという使命があり、それがどのようなものかについては多面的に情報を収集し、賛否の意見をともに載せることで初めて「公正中立」が保てるんじゃないでしょうか。一方的な情報の垂れ流しでなく、受け手が判断を下すのに必要な情報をすべて提供することこそが「公正中立」の目指すことじゃないでしょうか?事前に放送を差し止めるような真似は、その放送によって侵害される人権の回復が極めて困難である場合に限られなきゃ拙いと思うんですよね。報道に携る人にはこれくらいの矜持は持って貰いたいんですがねぇ…
2005年01月13日
閲覧総数 6

