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<前回からの続き>「思考 」 の 動きを じっと 見ていると 友人に 幸せが 訪れたとき 自分も 嬉しくなって お祝いをするが その 感情 は しばらくすれば 終わってしまう。 知人から その人に起きた 悲しい 出来事を 聞いたとき 同情して 自分も 悲しくなるが その 感情 は しばらくすれば 終わってしまう。 テレビから 大事故の ニュースが 流れたとき 被害者の 怒り に 同調して 自分にも 怒り が 起きてくるが その 感情 は しばらくすれば 終わってしまう。 こうして 自身が 経験していない 出来事への 感情は 永くは 続かない事が 見えてくる。 しかし 自身が 経験した 辛い 悲しい 苦しい 恥ずかしい 悔しい 出来事は 記憶に イメージ として 焼きついて 過去 となる。 思考 が 過去 の イメージ を 生きているときには 思考 は 苦しみ を 再現 し また 未来 としての 最悪 の イメージ を 編集し 作り出す。 思考 が 未来 の イメージ を 生きているときには 思考 は その 最悪 の イメージ から 恐怖感 を 産み落とす。 この様に 思考 は 過去 と 未来 の 中で 生きているのに 苦しみ は 現在に 現れて 心 を 繰り返し 苦しめる。 この苦しみの 継続が 苦悩 である。 人 は この 苦悩から 逃れるため 酒 娯楽 セックス 薬 宗教 暴力 理想 ・・・ へと 走り 自身 と 社会 を 破壊する。 そして 自身が 経験した 楽しい 嬉しい 面白い 美味しい 出来事は 記憶に イメージ として 焼きついて 過去 となる。 思考 が 過去 の イメージ を 生きているときには 思考 は 快楽 を 再現 し また 未来 としての より大きな 快楽 の イメージ を 編集し 作り出す。 思考 が 未来 の イメージ を 生きているときには 思考 は その より大きな 快楽 の イメージ を 実現するための 手段を イメージ として 編集し 作り出す。 この様に 欲望 が 生まれてくる。 欲望 は 人 と 自然 を 破壊して 新たな 苦悩 の 原因 を 産み落とす。 こうして 思考 が 過去 と 未来 という イメージ だけの 仮想現実を 生きている事が 苦悩 と 欲望 を 産み落とす 原因であり 人間が 作り上げてきた あらゆる問題の 根本原因であることが はっきり と 見えてきた。 そして この原因に 解決策が 有るとすれば 常に 現在 を 生きる以外には 無いことが 理解できる。 現在 とは 心 と 体 が 感じている 感覚 そのものであり 感覚の 全てを 常に 真剣に 感じることが 思考 に 過去 と 未来 を 生きることを 止めさせる。 心で 考えている 言葉 を 真剣に 聞いて 心で 見ている イメージ の 映像 を 真剣に 見て 心で 感じている 悲しみ を 真剣に 感じて 心で 感じている 怒り を 真剣に 感じて 心で 感じている 恐怖 を 真剣に 感じて 目に 見えている 映像 を 真剣に 見て 耳に 聞こえている 音 を 真剣に 聞いて 肌で 感じている 風 を 真剣に 感じて ・・・ 心 と 体 が 焦点を 合わせた 感覚 の 瞬間瞬間 を 逃げることなく 全力で 真剣に 見て 聞いて 感じていると 過去 も 未来 も 現在 に 存在することが 見えてくる。 生きている実感 を 得るために 物に 頼る 必要はない。 生きている実感 を 得るために 人に 頼る 必要はない。 生きている実感 を 得るために 将来のための 努力など 必要はない。 今 この 瞬間は 永遠であり これこそが 実在 そのものだ!! <2005年 6月 4日 校了>~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~作者からもし お一人でもこの 心 という 長い 哲学詩 を 最初から ここまで 読まれた方が 居られるならばその方に お話したいと 思います。私は ずっと 以前から 個人の問題も 社会の問題も その 根本的原因は 政治や 教育や 宗教や 経済などの 社会システムには 無い事に 気付いていました。親や 教師や マスコミや その他 から 押し付けられた 知識 を 離れ ただ ありのままの 自身や 社会を 見ていれば この事に 簡単に 気付いてしまいます。人の心が この社会を 作り そして 維持しているのですから 原因は 一人一人の 心にある事は 当然であり 他に 原因を 求めても 真の 意味は ありません。心は 非常に 複雑であり その 成り立ち方を 脳という ハード的な 視点から 見る 方法もあるかも知れませんが 私には その知識が 有りませんでした 例え それが出来たとしても コンピュータが そうである様に ハードを いくら分析してもそれが持っている 機能を 説明することは 出来ません。そこで ソフト的な 視点から 心 を ありのままに 見てみることに しました。実際に 自身の心を 見ていくと 次々と 発見があり その全体像が 見えてきましたそして 問題の原因として 上記の詩にある様な 結論に 達し 解決策も 見えています。そして これを 続けていくと心に 何か が 起きるかも 知れませんし 何も 起きないかも 知れません。もし 何かが 起きたときには それが この 哲学詩の 最終章と なる事でしょう。難しい 詩を ここまで 読んでいただき 本当に ありがとう ございました。それでは さようなら。
2005年06月04日
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<前回からの続き>「思考 」 の 動きを じっと 見ていると 昨日の 仕事の イメージ の 中 を 明日の デートの イメージ と 考え の 中 を 先月の 旅行先の 景色の イメージ の 中 を 来月の 休暇に行きたい 旅行先の イメージ と 考え の 中 を 昨年の 辛い 別れの イメージ の 中 を 来年の 自分と恋人の イメージ の 中 を ・・・ これらの 過去 と 未来 の 中を 生きている 「私 」 が 見えてくる。 しかし そこには 現在 を 生きている 「私 」 が 見えてこない。 「私 」 が 現在 を 生きているときを 思い出してみると 「私 」が 過去 や 未来 の イメージ の中を 生きているとき 現在 の 周囲の 光景 や 音 は 背景 でしかない。 「私 」が 何気なく イメージを 見ることも 考えることも 止めたとき 「私 」は 現在 の 周囲の 光景 や 音 を 何気なく 見ている。 「私 」が 何気なく 周囲の 光景 の 中に 本を 見つけたとき その本の タイトルを 見た 途端に イメージ が 沸き起こり 現在から 離れてしまう。 「私 」が 何気なく 周囲の 光景 の 中に 見知らぬ カメラを 見つけたとき そのカメラを 目にした 途端に どこのメーカーだろうという 考えが 沸き起こり 現在から 離れてしまう。 この様な 平常の 場合には 思考 は ほとんど 現在には 生きていない 事が 生きていたとしても 真剣には 生きていない 事が 見えてくる。 「私 」が 周囲の 光景 の 中に 危険な 車を 人を 動物を 見つけたとき その危険から 逃れるために 現在の 光景を しっかりと 見る そして 対処する方法を 廻らせる。 この様に 危険が 迫る場合には 思考 は 現在 と 過去 と 未来 を すばやく 真剣に 生きている 事が 見えてくる。 「私 」が とても愛している 恋人と 海辺で 戯れているとき 「私 」は 恋人の顔と姿を 真剣に 見つめ その声を 真剣に 聴く。 この様に 深い愛情が 伴う 場合には 思考 は 現在 を 真剣に 生きている 事が 見えてくる。 こうして 思考 は 特別な 場合で ない限りは 思考自身が 作った 過去 と 未来 という 仮想現実の 暗い部屋の中で イメージ を 見ながら 生きている事が 見えてくる。 そして その暗い部屋を 出て 現在 を 真剣に 生きているときには 生きている事の 実感 を 感じていることが 見えてくる。 <次回へ>
2005年06月02日
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<前回からの続き>「実在感 」 を じっと 見つめていくと 一人で 海辺を 歩き 夕方の バラ色に 輝く 圧倒的な 水平線と 空を 見たとき 一人で 山を 歩き 夕方の 黄金色に 輝く 圧倒的な 山々を 見たとき 一人で 野を 歩き 雨上がりの空に 圧倒的に 鮮やかな 虹を 見たとき その瞬間 には 忘我 となり 思考 は 存在しない ただ 圧倒的な 実在感 だけが 存在する。 やがて すぐに 思考 が 戻って来て 意識下で 昔見た 色々な 景色 の イメージ を 記憶から 探し出し 比較を 始める そして あの時は 恋人と 二人で 夕日を 見た あの時は もっと 寒かった あの人は 今 どうしているのだろう ・・・ という風に 次々に 思い が 湧いてくる。 この様に 思考 は 戻ってきた途端に イメージ と 感情 と 言葉 で 心 を 占領してしまい 目の前の 景色の 実在感は 失われる。 こうして 思考 は 実在感 と 同居 できないことが 見えてくる。 そして 思考 は 実在感 を 思い出そうとしても 思い出せない 実在感 は 記憶の中に ’何かすごい感動があった’ という 結果 として 見ることが 出来るだけである。 こうして 思考 は 実在 を 知らないことが 見えてくる。 思考 は 忘我になる様な 経験を しない限りは 常に 心 を 占領している たとえ 何も 考えてない時でも 周囲を 見ている 「私 」という意識 が 有り また 不安感 や 焦燥感 という 思考が作った 恐怖や 怒りや 悲しみの イメージ から来る 常態化した 感情が 背景音の様に 流れている。 そこには 時折 心に空いた 空虚な穴 が、 虚しさ という 感情が 顔を出す。 人 は 虚しさ を 埋めるため 酒 娯楽 セックス 薬 宗教 で 一時的な 忘我を 求める。 それは 心 が 実在感 を 求めている 証拠であることが 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月31日
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<前回からの続き>「時間 」 を じっと 見ていると 過去 現在 未来 という 三つの要素が 見えてくる。 現在 という 言葉 からは 今、目で 耳で 鼻で 感じている 感覚 そのもの を 感じ 過去 という 言葉 からは 自身の 色々な 経験が イメージ として 見えてくる。 実際に 比較してみると 肉体が感じている感覚は 鮮明で 現実性が 感じられ イメージから来る感覚には 鮮明さはない この 違いから 分離が 可能となり イメージから来る感覚を 命名して 過去 という 言葉 が 出来ていることが 見えてくる。 肉体が感じている感覚を 命名して 現在 という 言葉 が 出来ていることが 見えてくる。 次に 未来 という 言葉 を 見てみると 未来 という 言葉 からは 自身が 経験するであろう 将来の 色々な イメージ が 見えてくる。 未来 は 元々 どこにも 実在 しないのに なぜ 言葉に 成りうるのだろう ? 明日の 事を 考えてみると 天気予報で 明日は 雨に なると 言っていたので 雨の中を 歩いて 買い物に行く 私の姿 の イメージ が 見えてくる。 未来のイメージから来る感覚 -- 明日 雨の中を 歩いている 私の姿 -- と 過去のイメージから来る感覚 -- 先週 雨の中を 歩いていた 私の姿 -- を 比較してみる しかし 着ているものが 少し 違うだけで 未経験な はずの 明日の 私の姿は 先週の 私の姿と 同じ程度の 鮮明さで 見えている。 こうして 過去 の イメージを 編集して 出来た イメージ が 未来 であることが 見えてくる。 では この 同じに見える 過去と未来のイメージの 違いは どこにあるのだろう ? 過去 と 未来 の イメージ を じっと 見ていると 過去 の イメージ には ’確かに経験した’ という 感覚が 有り 未来 の イメージ には ’まだ経験していない’ という 感覚が 有る。 この 違いから 分離が 可能 となり 未来 という 言葉 が 出来ていることが 見えてくる。 本来 時間 は 過去 に 戻ることも出来ず 未来 に 行くことも 出来ない以上 実在 しない だから 命名 して 言葉を 作っても 無意味に 思える。 しかし 時間 は 人々が 狩や 農耕で 生きていくために 必要に迫られて 昼と夜 季節 月 太陽 などの 自然との関係から 生み出した 大事な イメージである。 思考は このイメージを 利用し あるいは 子孫に 伝えるために 過去 現在 未来 という 言葉 を 命名し あたかも 実在するかの様に 見せかける。 その仕組みは 言葉 の 本質に 見えている。 「 言葉 とは 記憶した イメージ を 取り出すための 検索キーワード 」 である だから イメージさえ あれば 実在 の 有無に 関わらず 機能してしまう。 思考 は 言葉から イメージ が 取り出せれば 物体 の イメージ と 同じ様に 実在 するものとして 信じてしまう。 こうして 時間 は 脳という 記憶装置 の 中に のみ 存在する 仮想現実 以外の 何ものでもない という 事実 が はっきり と 見えてくる。 親から 教師から 他人から テレビから 本から 教えられた 時間 に 関わる 一切の 知識を 忘れ ただ 自然の ありのままを 静かに じっと 見つめていると 空 を 飛んでいく 鳥 川 を 流れていく 水 風 に そよいでいる 木々 ・・・ ここに 時間 は 存在しない ただ 生き生きと 動いている 鳥 と 水 と 木々 が そして それらの 背景 が 鮮やかに 見えている。 <次回へ>
2005年05月30日
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<前回からの続き>言葉 を じっと 見つめてみると 家 という 言葉 からは 全体的な 家の イメージ と その背景にある 漠然とした 土地や 空間の イメージ が 屋根 という 言葉 からは 屋根の全体としての イメージ と その背景にある 漠然とした 家の イメージ が 瓦 という 言葉 からは 瓦の 一つ一つの イメージ と その背景にある 漠然とした 屋根の イメージ が 見えてくる。 これらを よく 見ると 言葉 とは 感覚を 分離 して 命名し 名前 と 分離 した 感覚 と 関連 を 記憶した イメージ であることが 見えてくる。 言葉 は 記憶した イメージ を 取り出すための 検索キーワード であり また 反対に イメージ は 記憶した 言葉 を 取り出すための 検索イメージ である ことが 見えてくる。 こうして 言葉 は 音声から 出来ている イメージ であることが 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月29日
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<前回からの続き>「思考 」 を 「思考 」 自身が じっと 見つめていると 思考 は 認識できる あらゆる 感覚 感情 記憶(イメージ) を 別の場所から 観察している 「私 」 という 意識 として 存在していることが 見えてくる。 森を 鳥を 山を 空を 見ている 「私 」 として 鳥の声を 波の音を 風の音を 聞いている 「私 」 として 怒りを 悲しみを 恐怖を 欲望を 感じている 「私 」 として 楽しい記憶を 悲しい記憶を 想い出している 「私 」 として ・・・ 思考 は 存在する。 これを よく 見ていると 思考は 自身の体の外に 見える 聞こえる 嗅げる 味わえる 触れる ものは 「私 」 ではない と 思う 思考は 体の内側にある 内臓からの 感覚に 対しては 「私 」の体の 一部ではあるが 「私 」 ではない と 思う 思考は 感情や 記憶を 体の内側に 感じて 「私 」の心の 一部ではあるが 「私 」 ではない と 思う こうして 思考 は 観察している「私 」と 観察されているもの という 分離を 作り出して いることが 見えてくる。 この 自他の分離 こそが 思考の 本質であることが 見えてくる。 この 本質 から 欲望 が 生まれ 欲望 からは 利己 と 排他 が 生まれてくる。 利己 と 排他 からは あらゆる 分離 が 生まれてくる。 私の財産 私の組織 私の会社 私の国 私の理想 私の面子 ・・・ という風に ここから 思考は あらゆる 問題を 生み出していく。 そして 問題が 自分の身 に 戻ってきたとき 思考は その問題を 解決 しようとするが 利己 と 排他 が ある以上 どんなに 考えを練っても どんなに 努力しても 問題を 根本的に 解決することは 不可能である。 たとえ 人々のために 自己を 犠牲にして 聖人として 生きたとしても そこには 私が愛する民衆 という 利己 が有り 民衆を搾取する者たちへの 排他 が ある。 こうして 善悪を 超えて 自他の分離 という 思考 の 本質が 人 の 行為 の 限界を 示していることが 見えてくる。 思考 を もっと 見ていると 明日の 仕事の 段取り を考えている時には 推量による 明日の作業の イメージ が 昨日の 休日にした草野球を 想い出している時には ヒットを打った時の イメージ と 感情 が 過去の 失敗を 嘆いている時には 今、嘆いている言葉 と 失敗した時の イメージ と 感情 が ・・・ 見えてくる。 こうして 思考 は 時間 イメージ 言葉 感情 から 成っていることが 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月28日
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<前回からの続き>「私 」 という 意識を 「私 」 自身が じっと 見つめていると 顔 目 耳 口 手 脚 声 ・・・ という 自身の 肉体の「私 」 の イメージが 浮かんでくる。 もっと 見ていると 恋を した時の 「私 」 辛い経験を した時の 「私 」 楽しい経験を した時の 「私 」 ・・・ という風に 過去の「私 」 の イメージが 浮かんでくる。 もっと 見ていると 雨の中を 出かけている 明日の 「私 」 夏の海で 泳いでいる 数ヶ月後の 「私 」 今と 同じ様な 生活を している 数年後の 「私 」 ・・・ という風に 未来の「私 」 の イメージが 浮かんでくる。 もっと 見ていると 家族から 見えている 「私 」 仕事先の人から 見えている 「私 」 恋人から 見えている 「私 」 ・・・ という風に 人が見ている「私 」 の イメージが 浮かんでくる。 もっと 深く 見ていると 肉体の「私 」のイメージ を 見て 歳をとった と 思う 「私 」 が 過去の「私 」のイメージ を 見て 愚かだった と 思う 「私 」 が 未来の「私 」のイメージ を 見て この程度だろう と 思う 「私 」 が 人が見ている「私 」のイメージ を 見て 仕方がない と 思う 「私 」 が 花を 見ている時には 美しい あるいは そうでもないと 思う 「私 」 が 音楽を 聴いている時には すばらしい あるいは 良くないと 思う 「私 」 が 苺を 食べている時には 美味しい あるいは まずい と 思う 「私 」 が 何も考えず 横になっている時には 不安な 思い をしている 「私 」 が 欲望を 感じている時には 実現の方法を 考えている 「私 」 が 恐怖を 感じている時には 逃避の方法を 考えている 「私 」 が 怒りを 感じている時には 復讐の手段を 考えている 「私 」 が 悲しみを 感じている時には 後悔して 考え込んでいる 「私 」 が ・・・ 見えてくる。 この様に 感覚や イメージや 感情を 別の場所から見て 思っている あるいは 考えている 観察する 「私 」 が 見えてくる。 こうして この 観察する「私 」 こそが 「思考 」 そのもの であり 「私 」 という 意識の 正体 であることが 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月27日
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<前回からの続き>「悲しみ 」 を じっと 見つめていると 肉親を 失ったときは 本当に 悲しい 友達が 泣いていれば 自分も 悲しい 紛争地の 地雷で 足を失った 子供達を 見たときは 心が 痛い ・・・ もし 生まれてから 一度も 悲しみを 感じたことがない 人が いるとすれば その人は 誰からも 真の仲間として 認められる ことはないだろう。 悲しみは 人が 人々の 一員として 共感して 共に 生きていくために 必要な 自然な 感情 であることが 理解できる。 そして この自然な 悲しみは 慈悲 という 深い 慈しみの 感情を 生み出して 人間性を 開花させる 母胎であることが 見えてくる。 しかし 悲しみは 欲望 からも 生まれてくる 欲しい物を 手に入れられなかった という 悲しみが 欲しい人を 手に入れられなかった という 悲しみが 社会で 成功できなかった という 悲しみが 理想から 外れた生き方を してしまった という 悲しみが ・・・ 生まれてくる。 欲望は 慈悲を 知らない だから 生み出した 悲しみは 執着という 欲望 そのもの であり 共感は どこにも 見えてはこない。 こうして 悲しみは 生活の あらゆる場面で 生まれ続け 拡大していく。 もっと 深く 悲しみを 見つめていくと 私は もっと 親孝行を しておくべきだった 私は 若い時に もっと 勉強をして 一流の大学に 入っておけば良かった 私は もっと 理想を 追求すべきで あった 私は もっと 恋人を 理解してやればよかった ・・・ という これらの 後悔が 見えてくる。 悲しい出来事を 思い出す時には 「私 」という意識が 介入し 後悔している 「私 」が 見えてくる。 後悔とは 自分が やるべき事を 最後まで 成し遂げられなかった 無力感だ。 無力感は 生きる 活力を 少しずつ 奪い取っていく やがて それは 積み重なり 心は病んで 無気力 神経症 うつ病 へと 進み そして 最後には 自殺が 待っている。この様に 欲望と その原因である 「私 」という 意識こそが 本来 自然な 感情であり 人間性の母胎である 悲しみ を 執着や 後悔に 変貌させた 原因であることが はっきりと 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月26日
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<前回からの続き>「怒り 」 を じっと 見つめていると 動物に 噛まれたとき 動物や 虫に 大事な 畑を 荒らされたとき 自身や 家族を 害されたとき ・・・ 怒り という感情が 見えてくる。 あの 優しい動物の イルカや 鯨でさえ 自身や 家族が 害されれば 怒りを 現わす。 もし 人類に 怒りが なかったならば 外敵から ただ逃げるだけで 今ごろは 淘汰されて 存在してないかも知れない。 これらの 怒りは 外敵から 身を守るために 必要な 生き物としての 自然な 感情 であり 害されることが 無くなれば よほどのことでない限り 永く 持続しない ことが 理解できる。 しかし 欲望 からも 怒りは 生まれる 欲しい物を 手に入れられなかった という 怒りが 欲しい人を 手に入れられなかった という 怒りが 社会で 成功できなかった という 怒りが ・・・ 生まれてくる。 恐怖 からも 怒りは 生まれる 暴力を 受けるかも知れない という 恐怖が 相手に対する 怒りを 隣の国が 侵略するかも知れない という 恐怖が その国に対する 怒りを 自分の理想が 壊されてしまうかも知れない という 恐怖が 反対者への 怒りを ・・・ 生み出してしまう。 こうして 怒りは 生活の あらゆる場面で 生まれ続ける。 そして 欲望と 恐怖が 持っている 持続という 性質から 何度でも 同じ 怒りが 生み出され 怒りは その都度 強化される。 そして 怒り という感情に 「私 」という意識が 介入し 欲望を 遂げるための 方法を 未来のイメージとして 作り出す。 私は お金がないので 欲しい物を 手にできない だから 他の 手段を 私は 魅力がないので 欲しい人を 手にできない だから 他の 手段を 私は 社会で 成功できなかった だから 他の 手段を ・・・ 恐怖から 逃れるための 方法を 未来のイメージとして 作り出す。 私が 暴力を受ける前に 先制の 手段を 隣国が 軍事を拡張している だから わが国も 私の理想が 壊されるかも知れない だから 対抗する 手段を ・・・ これらの 「私 」が作り出した 方法は 怒りが 頂点に達したときに 爆発する。この様に欲望と 恐怖と その原因である 「私 」という意識こそが 本来 自然な 感情である 怒り を 過剰な 暴力へと 変貌させた 原因であることが はっきりと 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月25日
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<前回からの続き>「恐怖 」 を じっと 見つめていると スズメ蜂が 近くに来れば 怖い と感じ 高い崖の上に 立てば 怖い と感じ ・・・ これらの 怖い という感情 が 見えてくる。 これらの 感情は 危険から 逃れるための 一過性の 自然な 感情 であることが 見えてくる。 しかし ここに 「私 」という意識が 介入してくると 自身や 他人や 社会の経験を 過去であるイメージから 持ってきて 推量によるイメージを 付け加え 未来のイメージとして 記憶する。 高い崖の上に 立つと そこから落下していく 自分の姿が 見えてくる 恋人から 捨てられる時の 惨めな 自分の姿が 見えてくる 隣の国に 侵略される時の 破壊される街と 殺される人々の 姿が 見えてくる ・・・ この様に 過去のイメージを 見るかの様に 未来のイメージが 見えてくる。 こうして 未来のイメージの中に 推量による危険と その場面が 作られて 怖い という感情は 明日へと続く 恐怖となる。 そして 恐怖は 欲望からも 生まれてくる 欲しい物を 手に入れられないかも 知れない という 恐怖が 欲しい人を 手に入れられないかも 知れない という 恐怖が 社会で 成功できないかも 知れない という 恐怖が 自分の 理想が 否定されるかも 知れない という 恐怖が ・・・ 推量によって 生まれてくる。 こうして 恐怖は 生活の あらゆる場面で 生まれ続け 拡大する。 やがて 「私 」は 自身が作った 大量の 恐怖のイメージに 耐えきれず 酒 娯楽 薬物 宗教 暴力 ・・・ へと 逃避する。この様に「私 」という 意識こそが 本来 自然な 感情である 怖い という思いを 持続し 拡大させた 原因であることが はっきりと 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月24日
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<前回からの続き>「欲望 」 を じっと 見つめていると 空腹になれば 食べたい という 欲が 年頃になれば 異性と付き合いたい という 欲が 社会の一員になれば 認められたい という 欲が ・・・ これらの 欲求が 見えてくる。 欲求は 生きるための 自然な 感情の一部 であることが 見えてくる。 ところが これに 「私 」という意識が 介入してくると 欲求を 満たしたときの 快感に 推量によるイメージを 付け加え 未来のイメージとして 記憶する。 私は 明日には もっと美味しいものを 食べられるだろう 私は 次には もっと綺麗な人と 付き合えるだろう 私は 5年後には もっと成功して 認められるだろう 私は 理想とする 宗教 あるいは 思想 あるいは 主義 を つらぬいて 人々から 尊敬を 集めるだろう ・・・ と こうして 欲求は 欲望へと 変貌する。 欲望とは 未来のイメージの中で 持続し 拡大する 快感 であることが 理解できる。 そして もっと 美味しいものを 食べるために もっと 綺麗な人と 付き合うために もっと 成功して 認められるために もっと 人々から 尊敬されるために ・・・ 方法という 未来のイメージが 「私 」という意識によって 作られる。 やがて 欲望は 拡大を続けて 暴走し 人と自然を 破壊する。 そして 恐怖 怒り 悲しみ ・・・ を 産み落とす。この様に「私 」 という 意識こそが 本来 自然な 感情である 欲求 を 際限なく 拡大させていった 原因であることが はっきりと 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月23日
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<前回からの続き>「感情 」 を じっと 見ていると 自分にとって 有益な経験をしたときには 快い 感覚が 生じ 楽しい 嬉しい 美しい ・・・ と感じ 自分にとって 不利益な経験をしたときには 不快な 感覚が 生じ 悲しい 辛い 苦しい 怖い ・・・ と感じる。 また それらの経験を 思い出すときにも 同じ 感覚が 生じてくる。 こうして この感覚が 感情 であることが 見えてくる。 この感覚を じっと 見ていると 目 耳 鼻 舌 肌 筋肉 によって 作られたものではなく 脳が 自ら 作った 感覚であることが 見えてくる。 こうして 感情 とは 経験 あるいは イメージ から 脳という内臓が作り出す 快・不快の 感覚 であることが 理解できる。 <次回へ>
2005年05月23日
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<前回からの続き>自分の中にある 「イメージ 」 を じっと 見つめてみる。 今朝、散歩したときの光景 -- 青空 木 花 鳥の声 花の香り 風の感触 -- 昼食に食べたデザート -- 苺 甘い香り 味 -- これらの 何でもない 出来事が 見えてくる。 イメージは 映画の様な映像と音 そして 匂いなどの 感覚 として 再現してくる。 こうして イメージ とは 感覚 の 記憶 であることが 理解できる。 それでは 人の声という音 つまり 言葉 とは 何なのだろう 私の 言葉 を じっと 見つめてみると 鳥 という 言葉 からは 鳩 や カラス の 姿が 薔薇 という 言葉 からは 薔薇の花の 姿 と 香りが 愛 という 言葉 からは 亡くなった 優しい 母の 顔が ・・・ 浮かんでくる こうして 言葉 とは 人の声という 音の感覚 と 映像や匂いの感覚を 関連させて 記憶した イメージ であることが 理解できる。 それでは 思い出 とは 何なのだろう 私の 思い出を じっと 見つめていると 子供の頃に 川で 遊んだ 楽しい 思い出が 映像 音 匂い として 初恋の 切ない 思い出が 彼女の 顔 姿 言葉 として ・・・ 見えてくる。 思い出も 映画の様な映像と音 そして 匂いなどの 感覚 として 再現してくる。 こうして 思い出も 感覚 の 記憶 であり イメージ であることが 理解できる。 ここで 私は 亡くなった 母の 思い出 を 見つめてみる 母の 年老いた 顔 姿 声 性格 そして 出来事が 母の 若い 顔 姿 声 性格 そして 出来事が ・・・ 見えてくる。 もっと よく 見ていると 自分が生まれる前の 知らないはずの 母の 顔や 性格などの イメージが 存在することが 見えてくる。 これを 見ていると 母の若い頃の 写真と 父や 叔母の 話から 私が 勝手に 作り上げた イメージ であることが 見えてくる。 実の母の イメージ ですら あやふやな部分が 有ることが 見えてくる。 まして 私が よくは知らない 知人や 会ったこともない 政治家や 俳優や 歌手 に関しては その 大部分は 私が 勝手に 作り上げた イメージで あることが 見えてくる。 こうして イメージ には 推量で 作り上げた 部分があることが 見えてくる。 <次回へ>
2005年05月22日
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<前回からの続き>自分の 「感覚 」 を じっと 見つめていると 森を 見ているときには 森の 映像が 鳥の声を 聴いているときには その音が 花の香りを 嗅いでいるときには その匂いが 木に 触れたときには その感触が 苺を 食べたときには その味が 山に 登ったときには 脚の筋肉の 疲れた感じが 驚いたときには ドキドキする 心臓の感じが ・・・ 見えてくる。 それは 体の 外部と 内部の 情報 そのものであり 経験 そのものである。 そして それは 生きていること そのものである。 <次回へ>
2005年05月22日
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<前回からの続き>自分の 「心 」 を じっと 見つめていると 目 耳 鼻 皮膚 舌 筋肉 内臓 からの 感覚 が 見えてくる そして 言葉 イメージ 感情 欲望 が 常に 飛び交っているのが 見えてくる 最後に それらを見ている 「私 」 という意識 が見えてくる。 <次回へ>
2005年05月21日
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個人が 抱えている 悲しみ 怒り 欲望 恐怖 ・・・世界が 抱えている 環境破壊 テロ 核兵器 戦争 ・・・これらの 切実で 危険な 問題は 個人の心と 集団の心が 作り上げてきた。個人の 悲しみ と 怒り の 心が 集まって テロリズムが個人の 欲望 の 心が 集まって 環境破壊が 個人の 恐怖 と 欲望 の 心が 集まって 戦争が ・・・この様に 個人の問題は 集団の問題となり そして 個人の問題として戻ってくる。そして人々の心は 心が作った問題を 解決するために宗教を 心理学を 科学を 政治を 経済を マスコミを ・・・これらの それぞれにおいて 数限りない 仕組み を作り人々を プログラムしてきた。だが これらの 仕組み が大昔から 抱え続けている 切実な問題を 一つとして根本から 解決することが 出来ただろうかそれどころか 個人の問題は 益々 切実さを 増し世界の問題は 益々 危険さを 増してきている様に 見えてくる。仕組みに 頼るという 方向性 そのものが 間違って いたのでは ないのか。問題を 作り上げてきたのは 心 そのものであり答えは 心 そのものが 握っているのでは ないのか。世界は 60億の 心 から 成っているならば一つの 心 も 世界と言えるだから私には 心 を ありのままに 理解する 義務がある。 <次回へ>
2005年05月20日
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朝 目が醒めると 森が 鳴いていた。窓を開けると 西の小山の頂上にある 広葉樹の木々が風に揺すぶられて 大きく 首を振り もがいていた。空には 白と灰と黒の 雲が すじ状に 引き伸ばされて ゆっくりと 東へ 流れていった。大粒の雨が ばらばらと 音を立てて 落ちてきて雨蛙たちが 悦びの歌を 歌い出した。たった今 雨季が 始まった ・・・
2005年05月18日
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二階の 窓を開けた。午前中は 雲っていたが 午後から ようやく 太陽が 顔を出した。太陽は 強い風を 連れて来て地面の埃を 舞い上げていた山々は 灰色に けぶって 輪郭さえ 見えない。近くの 森の木々は 大きく 揺さぶられて 鳴いている。二階からは 子供の頃 よく遊んだ川が 見下ろせる川は 緑の帯びの様に 田んぼを 横切っている。田んぼは 耕されてはいたが 白く 乾燥していた。梅雨を 待っているのだ。風の湿り気が 南国の 猛烈な 雨季の気配を 感じさせる何日かすればそれが 始まるかも知れない。大粒の雨 田植え 青々とした田んぼ カエルの合唱 ・・・やがて 緑が 大地を 覆っていく。
2005年05月12日
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薄曇りの 風の中を 歩くとざわざわと 木々の 葉擦れ が 心地いい。池には 蓮の花が 咲き始めていた。代わりに 向こう岸の ツツジたちは桃色の花びらを 落としてみすぼらしい姿を さらしていた。蓮の花を もっとよく見たくなって 岸辺に降りて しゃがみ込む。これ以上はない 白い 花びらと 輝く 黄色の 花芯が 眩し過ぎて 輪郭が はっきりと 見えない ・・・風に めくれたワインレッドの葉裏が 水面から 一斉に 手招きしているもっと 見て欲しいとでも 言う様に
2005年05月09日
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南国の 太陽と雨がひと月前には 砂原だった 小さな庭を雑草の森に 変えてしまった。三日ぶりに よく晴れたので 今日は 朝から 草むしり。草の汁の 青い匂いと 優しい 土の匂い が 心地いい。いつもの木に うぐいすが やって来ていつもの声で 歌っている。大きな ヨモギの 株を 根元から むしったらだんご虫に ナメクジに 蜘蛛に バッタにミミズまで小さい 命が わらわらと沸いてきた。こんな 小さな所にも 世界が 一つ 完成していた。
2005年05月08日
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楽しい 思い出も 辛い 思い出も 心をよぎる 思い出は 全て 経験 の 記憶。生きることは 経験そのもの。老僧の かすれた 読経の声が 本堂の 壁と 天井に 吸い込まれていった。既に 八十は 過ぎているであろう 僧の 痩せた背中には 時が持つ 哀しさと優しさが 滲んでいた。兄の 七回忌には 彼の 妻と子供たち そして彼も 知らない 幼い孫たちが 来ていた。本堂の 脇の墓地には 父と母と兄が 眠っている。一番奥にある 我が家の 墓への 途中にはこのあいだの 地震で 崩れ落ちた 墓石が 幾つか割れたまま 残されていた。やがて 老僧の 読経が 終わり とりとめのない 説教が 始まったが 誰も 真剣に 聞いては いないようだった。けれど終わり近くに 老僧が 言った ことだけが はっきりと記憶に 残った。『私の爺さんが 若い頃 大きな 地震があった という話を 子供の頃に 聞きました・・・』それは 初耳だった。経験は 永く 残るものでは ないようだ。
2005年05月05日
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池の 脇の 小さな藤棚には淡い上品な 紫の花房が 幾つも咲いて風に揺れていた。藤棚の下に 入り込むと カナブンほどもある 大きな 熊ん蜂たちが ブンブンと 羽ばたきながら 花房に 抱きついて 忙しそうに 蜜を 集めていた。黒い頭と その何倍もある 背中 そのまた何倍もある 黒いお腹背中の うぶ毛が モコモコで 黄色い綿菓子 みたいだパーツが みんな まん丸で 太った子犬の様に 愛らしい。一匹が 目の前の 花房に やってきた嬉しくて たまらない という様子でコロコロと 転げながら 働いている。つい うぶ毛を 撫でたくなって 人差し指で 触れそうになるだけど 本能が 寸前に ストップをかけた。ちょっと 危なかった ・・・ だけど ちょっぴり 残念だった。
2005年05月02日
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ただ あるがままに じっと 見つめていると見つめられたものは 自ら 真実の 姿を語り始める。自分の心の傷を じっと 見つめていると傷には 作られる時と 思い出される時の二つの プロセスが 見えてくる。理不尽な 行為を 受けたとき愚かな行為を 悔いたとき愛する人を 永遠に なくしたとき ・・・辛い経験をした 瞬間に 恐怖や怒り 後悔や悲しみ の 感情が 生み出され同時に 過程が 記憶され 傷になる。はたして 何が 記憶されたのか辛い 経験の 「場面」と「感情」か記憶を じっと 見つめていると驚くことに 「場面」だけが 記憶されていることに気付いてしまう。「感情」も 記憶されていると 思っていたのは 実は 自身の涙や 泣き声 などの「感情」を 表現していた 「場面」 であったことに 気付いてしまう。脳は 体の怪我の 痛み そのものを 記憶しない そんなことをすれば 痛くて 生きてはいけないのだ。この同じ理由が 「感情」においても 働いている「感情」は 痛み でもあるのだ。やがて静かに 座っているとき忙しく 働いているとき何かの 拍子に 記憶から 「場面」が 現在に よみがえり 再演される。その直後には感情という 痛みが 常に 新しく 生まれてくる。感情 は 「私」という 自意識 そのものであり感情が 恐怖ならば 隠蔽の方法を 怒りならば 復讐の方法を 後悔ならば 逃避の方法を 悲しみならば 癒しの方法をという風に「私」は それぞれの 方法を 作り出し 行為へと 至る。行為は 新たな 傷を 生み出して 無限の輪廻が 出来上がる。これらの 機械的 プロセスこそが傷が 語る ありのままの 姿であり それ以上でもなく それ以下でもない。そして そこには 既に 出口への 唯一の 光が 微かに 見えている。
2005年05月01日
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あまりにも 早く 目が醒めた。窓を 開けると ひんやりとした外気が 気持ちいい。籐椅子に 横たわり 暗闇の中で 朝を待った。赤い満月が 西の森へ 沈もうとしていた。淡い水色の空が 東の方から 少しづつ 広がり始めた。そよ風すらなく 森は まだ 闇の中で 眠っていた。混沌の 天と地が 別れ始め遠い山脈の 稜線が 影絵の様に 浮かび上がってきた。空は 刻々と 明るさを増し森が 目覚め始めた。うぐいすが 優美な声で 歌いだしたしばらくすると ヒヨドリたちも 甲高い声で 歌に加わり 不思議な 合唱が 続いていった。突然山の稜線から 太陽が 顔を出し暖かい 金色の 光が 全てを 包み込んでいった。光は 風になり森の若葉が 命のダンスを 踊り始めた。
2005年04月26日
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もしも 人とは何かと 問われたら「思考を持つ生き物」 あるいは 「思考そのもの」 と 答えるだろう。思考 は 芸術や医学を 作り上げ 人の 心と 体を 癒してきた。けれども遥かに 多くの 傷を 残してきた。永い永い 歴史の中で人は 思考 に あやつられ 自分と 他人を 傷つけてきた。傷は 辛い経験の 記憶と感情だ傷は 苦悩 そのものだ。だけど思考 は 決して 傷と共に 生きようとは しない 娯楽 芸術 セックス ドラッグ 精神分析 皮肉 反抗 暴力 嘘 宗教 思想 主義 戦争・・・ ありとあらゆる 行為で 傷を 癒し あるいは 逃避する。たとえ今日 癒され 逃れえたとしても 明日には その行為 自体から あるいは 周囲の 行為から新たな 無数の 傷が 生まれてくる。終わりなき 傷と行為の 無限ループこれこそが 破滅への 螺旋階段これこそが 恐るべき 心の メカニズム。思考 は 最初から 間違えていたのだ傷が 原因でありそれを 癒せば 苦しみは 終わると。思考 は 一度も 気づかなかったのだ思考 そのものが 原因であるとそのメカニズム こそが 原因であると。このことに思考自身が 完全に 気づいたとき初めて 自身の限界を 思い知るそして初めて 謙虚さを 身につける。この謙虚さ のみが傷と共に 生きることを知り 苦悩を 終わらせる。
2005年04月20日
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朝から 抜ける様な青空だった。公園の奥にある 小山の 細く急な階段を 数分で上りきると小さな あずまやに 辿り着く。木製の 簡素なテーブルとベンチが しつらえてありそこに座って 乱れた息を整えた。小山は 全体が草地になっており 見晴らしがとてもいい。公園の境界を走る 道路の向こう側は10年以上も前に造成された 広い宅地が拡がっている。しかし 一人の買い手もつかず今では 白砂と新緑の草原となってしまった。町の議員と役人たちの計画だった。昔 この土地には 黒々とした ボタ山が そびえていた。彼らは それを 全て けずり取ったのだ。心の中にしか存在しない ボタ山が幼いころの 記憶の断片を よみがえらせた。あの日 落盤事故が起きた。いつまでも続く 太くきびしい サイレンの音。女たちの こわばった顔と 祈り声。坑口から 続々と 引き上げてくる鉱夫たちの真っ黒な顔と 悲しげな まなざし。それらが あの日の 記憶だった。貧しく 正直で まっすぐな 男と女たちがこの地で 命を懸けて 生きていたのだ。あれから 永い時が過ぎあの懐かしい香りは 消え失せ黒一色だった色彩も 今では 明るい新緑となっている。空の上には 一羽の ひばりが いつまでも 楽しげに 歌っていた。
2005年04月17日
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宗教者は 残酷だ民衆よりも 信仰を 愛している。科学者は 無責任だ未来よりも 名声を 優先する。資本主義者は 強欲だお金で 買えないものはないと 思っている。共産主義者は 嘘つきだ真実を プロパガンダで 作ってしまう。民族主義者は 子供の様だ自民族が 世界で一番 優れていると 思い込んでいる。平和主義者は 偽善的だ自分だけには 暴力性はないと 思っている。彼らは それぞれに 理想家であり人間よりも 理想の方がずっと ずっと 大事なのだ。目を開けて あるがままに 見るがいい数十万年の 時をかけ幾百万の 理想家と幾百億の だまされやすい 民衆が嘘と 服従と 殺戮を 数限りなく繰り返し この狂った世界を 築き上げたのだ。
2005年04月16日
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町外れの きれいに手入れされた小さな公園が 好きだ。雨でなければ 毎日のようにここに来て 散歩する。中央には 少し広い池があり晴れた日には 亀たちが 池のふちに上陸し 首をいっぱい 伸ばして ひなたぼっこする。昨日までの 雨と風は すっかり止み上空は ひたすらに青い。陽光が新緑に 降りそそぎ 眩しい。朝露が キラキラし世界は 悲しいほどに 美しい。
2005年04月15日
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世界中の 古傷が 疼き始めた。傷は 狂信や 民族主義という 炎を発し周りと 自らを 焼き尽くすだろう。数十万年ものあいだ 繰り返される火炎地獄への 螺旋階段これが 人間の歴史だ。宗教は 数千年にも渡って主張し続けてきた。傷を癒やすことは可能だ・・・と。しかし 何一つ癒せなかったただ 傷を益々大きくし 腐臭を放つまで 悪化させた。哲学も 科学も 共産主義も あらゆる思想も 政治も傷を癒すことはなかった。ただ 大量の技術と 殺戮兵器を作り出し新たな傷を 増やし続けた。腐臭は 世界を覆い皮肉と偽善 快楽と暴力 嘘と野心が 文化となった。数百万年という 永い永い旅路の果てにようやく人間の限界が見えてきた。人々は 気づいているだろうか袋小路へ はまった事に。
2005年04月15日
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朝から 強い西風が吹き荒れていた。東に見える 小山の常緑樹たちは 真正面からの風を受けて大きく首を振り 悲鳴をあげながら 銀と濃緑のウエーブを 繰り返していた。空には 太陽も 青空もなかった。べっとりと重い 鉛色の雲たちが 小山のすぐ上を 獣に追われるように 走り去っていった。昨日まで 美しく咲き誇っていた 桜の木々は 嵐の一部となり もはや見る影もなかった。はるか西の空では 雷鳴が 遠く低く 憎しみをこめて うなっていた。暗い予感が 海を越え 島々を 覆い始めた。
2005年04月15日
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