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2017.05.13

ジョルジュ・デュビー『ブーヴィーヌの戦い―中世フランスの事件と伝説―』

(2)

テーマ：最近、読んだ本を教えて！(24662)

カテゴリ：西洋史関連（日本語書籍）

～平凡社、1992年～
(Georges Duby, Le dimanche de Bouvines: 27 juillet 1214 , Gallimard, Paris, 1973, 1985)

　ジョルジュ・デュビィが「事件史」研究を著した一冊として有名な著作です。たとえば、ピーター・バーク（大津真作訳）『フランス歴史学革命―アナール学派1929-89年―』岩波書店は、「政治への回帰」という小見出しでこの著作にふれ、「物語の復活」という小見出しの中でやや詳しく紹介しています（156-157、162-163頁）。
　本書の構成は次のとおりです。

―――
序言
関連地図

１２１４年７月２７日……

事件
　舞台設定

注釈
　平和
　戦争
　決戦
　勝利
伝説
　神話の誕生
　再燃

史料
図版

訳者あとがき

参考文献
索引
―――

　まず、まるで小説のような各章（節）の標題が印象的です。
　そして、注は一切ありません（デュビィの脚注に対する態度については、『歴史家のアトリエ』
　それでは簡単に、印象的だった部分を中心に概要などをメモしておきます。
序言で語られる執筆動機と問題関心は、先にふれたバークの著作のような史学史の観点からも重要です。ここでデュビィは、事件について次のように語ります。「センセーショナルな事件は測り知れない価値を帯びる、とも私は考えている。……事件が突如明るみに出すもの、その余韻が結果としてもたらすもの、言葉にならない深層から事件の爆発が浮上させるもの、潜在の中から歴史家に啓示するものがあるからこそ、そう言えるのである。まさに例外的であるからこそ、事件はそれにつれて痕跡を引き出し、発散させる言葉の波の中に痕跡を出現させる。その痕跡は、事件という網にすくわれなければ、気づかれないまま闇の中にとどまっていたであろう。最も凡庸なるもの、日常生活においてはほとんど話されず、決して文字にされないものの痕跡である」(5頁)

「1214年…」は、事件の概要を紹介し、本書での方法論（３つの手続き）を示します。現存する史料を批判的に読み、事件を検討すること。史料からうかがえる多数の情報から、「戦争の社会学」を素描すること。そして、事件の認識の変容を観察することです。

「事件」の章は、まず、登場人物たち（女性、馬、戦士）、勝者フィリップ・オーギュストの陣営（味方）、敵勢、場所といった「舞台設定」を紹介した後、「当日」の節で本書の主要史料であるギョーム・ル・ブルトンの年代記を引用しています。

「注釈」の章では、「戦争」の節が最も面白かったです。特にデュビィは、戦争のなかでの金銭の重要性を強調します。たとえば、デュビィは次のように言っています。「そもそも戦争とはなにか。古来、金を稼ぐ手段のひとつ、いや最良の方法ではなかろうか」(122頁)。そして、傭兵について（彼らには非難が浴びせられ、フィリップ・オーギュストの陣営にはあらわれません）、騎馬試合について（ここでも金銭が重要な役割を果たします）、騎士道について、といったテーマが論じられます。ここで重要なのは、戦争は儲けの手段であり、戦争の中では殺し合いは稀だったという点です。
　「決戦」の節では、決戦は戦争ではなく、決闘のようなもの、聖の領域に属するということが指摘されます（決闘については、たとえば山内進『決闘裁判―ヨーロッパ法精神の原風景―』講談社現代新書、2000年を参照）。
また「勝利」の節では、事件の描写が、騎馬試合の論理にのっとってなされていることが指摘されます。

「伝説」の章は、本書の白眉といえるでしょう。「神話の誕生」では、事件を語る史料の数と性質を示し、時代や立場によって事件の描写が変容するさまを描きます。さらに「再燃」の節では、14世紀から事件の叙述消失し、17世紀から再燃することを指摘した上で、具体的な政治的（国際的関係などの）背景などの中で、ブーヴィーヌの戦いがいかに描かれているか、評価されているかを論じます。たとえば教科書での記述も扱われますが、ある事件がどのように語られるかということ自体が、その時代背景をあらわしていて、非常に興味深いです。こんにちの、わが国での（とりわけ歴史の）教科書に関する議論を連想します。

　デュビィの有名な業績のひとつである本書を、このたび読むことができて良かったです。
　良い読書体験でした。

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