二宮宏之・樺山紘一・福井憲彦編『叢書・歴史を拓く―『アナール』論文選3 医と病い(新版)』
~藤原書店、 2011 年~
『アナール』論文選第3巻です。
本書の構成は次のとおりです。
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新版刊行に寄せて(福井憲彦)
解説 医と病いの歴史学(樺山紘一)
Ⅰ.病気の歴史研究序説(ミルコ・D・グルメク、樺山紘一訳)
Ⅱ.黒死病をめぐって(エリザベート・カルパンティエ、池上俊一訳)
Ⅲ.能力・理性・献身(ダニエル・ロッシュ、谷川多佳子訳)
Ⅳ.病を癒す術(ジャン=ピエール・グーベール、宮崎揚弘訳)
Ⅴ.労働現場の病いと医(アルレット・ファルジュ、福井憲彦訳)
Ⅵ.悪疫の流行と階級憎悪(ルネ・ベレル、中原嘉子訳)
コメント 病いのフォークロア(立川昭二)
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樺山先生による解説は、本書のテーマについていくつかのトピックを整理しつつ、本書所収の論文を位置づけており、有益です。このシリーズは編訳者による解説が秀逸ですね。また、本書では、「病いと医をかたらぬ歴史学は、ひとの生活感覚をうらぎり、体温のぬくもりに氷水をかけるような、冷酷な学にとどまることであろう」 (10 頁 ) という言葉が印象的でした。
第1論文は、流行病などの歴史的分析に関する方法論的考察です。「ある特定の住民のあいだでの、ある時間と空間における病理学的状態は、ひとつの全体を形成」していることをパトセノーズという言葉であらわし、この概念を用いた研究の方法を説きます。
第2論文は、 1348 年にヨーロッパで流行し多くの住民が亡くなることとなったペストに関する分析です。膨大な研究を整理し、論争と問題点を整理します。興味深かったのは、ペストの重要性を相対化する議論もあることや、「ペストは何回も戻ってきたからこそ重大なものだった」 (80 頁 ) という指摘です。
第3論文は、上の構成では省略しましたが「王立医学協会の弔辞による啓蒙時代の医師像」という副題が内容を的確に示しています。ある弔辞の中で、「学問による名と、寵遇によって創りだされた名との…あいだで、一方を選ぶことを余儀なくされたゆえに、われわれは、前者を選ばざるをえなかったのです」 (107 頁 ) とあり、これを著者は「王立協会の医者たちは、諸身分の和合よりも、その基本において平等主義的な、文化的素養による社会的昇進の希望を提示するのである」 ( 同 ) と指摘しているあたりなど、興味深く読みました。
第4論文は、フランス革命前後に行われた医者へのアンケートを通じて、回答した医者の語る「いかさま医師」の状況や、回答した医者たち自身の心性に迫ろうとする興味深い試みです。
第5論文は、過酷な労働環境にあった労働者たちの病について、医者たちがどのように語っていたのかを分析します。とりわけ重要なのは、たしかに労働条件は厳しいが、労働者たちにも責任はある、という言説です。これにより、「すべての過ちはエリートからきているものではない以上、労働者の不幸を増大させているのは、まさに労働者自身にほかならない。したがってかれらには、別の生きかたをすることを教え、同時にまた、みずからにたいして必要な予防の措置を講ずるよう、教え込まねばならない」とされ、エリートたちには「道徳と「慈善」に刻印された」新たな支配が可能になる (196 頁 ) 、というのですね。 18 世紀末頃の史料をもとにした分析ですが、現代でもかたちを変えながらもいろいろな問題があるわけで、考えさせられる論考でした。
第6論文は、 1831-1832 年のコレラ流行と、病に対する階級ごとの対応(あるいはエリートの民衆への態度や見方)などを考察します。
私が直接勉強している時代の話はほぼありませんが(比較的近いのは第2論文)、いずれも興味深いテーマですし、このシリーズの中でも気になっていた一冊なので、今回目を通せて良かったです。
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