A・ジェラール(池田健二訳)『ヨーロッパ中世社会史事典』
~藤原書店、 1991 年~
( Agnès Gerhards, La société médiévale , Paris, 1986 )
訳者あとがきによれば、本書の著者ジェラールは、中世の宗教史を専門とするフランスの歴史家です。訳者の池田健二先生の訳業として、手元には、 ジョルジュ・デュビィ ( 池田健二・杉崎泰一郎訳 ) 『ヨーロッパの中世 芸術と社会』藤原書店、 1995 年 があります。
本書は、邦訳のタイトルどおり「事典」形式であり、概要紹介は私の力では困難なので、簡単にメモをしておきます。
冒頭に、ジャック・ル・ゴフによる序文が付されています。先に「概要紹介は困難」と書きましたが、ル・ゴフはいくつかのテーマごとに本書所収の項目を整理し、適宜批判も加えながら、その全体像を見事に示してくれています。池上俊一先生は、ル・ゴフの序文について、「この序文だけで本文の要点とその意義、そして広いコンテクストへの位置づけまで分かってしまうほど秀逸」と評しています(「ルゴフ先生への恩返し」『思想』 1083
、 2014
年、 129-133
頁 (
引用は 129-130
頁 )
)が、まさにそのとおりと感じます。
本書には154項目の事項が掲載されていますが、「開墾」「農業」「森林」など、経済、農業技術を扱う項目について、技術史の専門家マルセル・マゾワィエに執筆されています。
何点か訳について気になった点を指摘しておきます。
一点目は、「信心」の項目にある、「ジャン=クロード・シュミットは、聖レヴリエへの崇敬を研究している」 (190
頁 )
という記述。該当の著作は本ブログでも紹介したことのある
Jean-Claude Schmitt (trans. by Martin Thom), The Holy Greyhound. Guinefort, healer of children since the thirteenth century
, Cambridge University Press, 1983
[紹介したのは英訳版] ですが、 lévrier
はグレーハウンド犬のことですので、聖人名のように聖レヴリエと訳すのではなく、「聖なるグレーハウンド」と訳す方が適切です。(件のグレーハウンドは、名を聖ギヌフォールと呼ばれていました。)
二点目は、「村落」の項目にある、「とりわけイタリアでのように、高台にある城塞化された地点に、城館(インカステラメント)のまわりに、人々が再結集する」 (220
頁 )
という記述。城館のうしろにカッコでインカステラメントとありますが、インカステラメントは「集村化の中でもとくに、城を核とする防備集落の形成を指している」(城戸照子「インカステラメント・集村化・都市」江川温他編『西欧中世史〔中〕―成長と飽和―』ミネルヴァ書房、 1995
年、 129-150
頁 (
引用は 138
頁 )
)ものですので、項目中の引用箇所についていえば、「城館のまわりに、人々が再結集する(インカステラメント)」とされた方が適切だったかと思います。(もっとも、本訳書の刊行後に出版された文献をもとにしているので、これはアンフェアな指摘かもしれません。)
しかし、全体として読みやすく、翻訳で 370 頁近くにもなる「事典」を一人で訳出されたのはすごいことと思います。
各項目には(全てではありませんが)参考文献が付され、邦訳があるものには邦訳の書誌情報も補足してくれているだけでなく、訳者が独自に参考文献を追加してくれており、詳しい文献へのアクセスも容易です。また固有名詞などについては適宜訳注が付けられていたりと、とても丁寧なつくりになっています。
ずっと気になっていた文献なので、この度全体を通読することができて良かったです。
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